●リプレイ本文
朝、市内の外周部分に、武装したKVの姿があった。
「バグアと同じ‥‥といわれるのはご勘弁願いたいですね。この依頼、成功させますよ」
人型へと変形を完了している叢雲(
ga2494)がそう言って、アルヴァイム(
ga5051)から入手した地図を、KVのモニターにインプットしている。
「さて、陽動部隊らしく派手に行きましょうかね」
「Phineusより陽動班各機へ、ではド派手に行きましょうか」
ソード(
ga6675)と神撫(
gb0167)が、同じ事を口にする。応え等なくても構わない。そう思った直後、叢雲が反撃がわりに、最初のゲートをガトリングで吹き飛ばした。だがそれもつかの間。ある程度の襲撃から先は、防御を固めに回ったワーム達に手を焼いていた。いくら挑発しようが何しようが、こちらから直接攻撃を仕掛けない限り、仕掛けてくる様子はない。
「どうする?」
「忙しいでしょうがね、俺らの相手をしてもらいます」
ならば、こちらから直接攻撃に討って出るまで。ソードはそう判断する。刹那、叢雲がガトリング掃射し、その後方からソードがあわせるように長距離バルカンで牽制射撃を食らわす。上空ではワームにスナイパーライフルを当てようとする神撫がいたが、やはり必要以上は出てこなかった。
「これじゃ、二挺拳銃が意味ないな」
「建物ごと壊せれば良いんですけど、そうも行かないしな」
攻めあぐねている3人。ワームも考えているのだろうか。キメラ相手の時とは、勝手が違うようだ。
そうしているうちに。
「ゴーレム‥‥か」
武装車両に警戒していた神撫がそう呟く。見れば、荷台に乗った人型の姿。
「どうする?」
ソードが問うた。と、その刹那だった。
「遅くなりましたぁ!」
声がして、ばちばちと火花を散らしたハンマーが、すぐ目の前のワームを弾き飛ばす。入れ替わるようにヒートディフェンダーを盾がわりにしたオリガ(
ga4562)が、彼らの前へと立ちはだかっていた。
「あうー、やっぱり衝撃はきついですねっ」
だが、衝撃はそのディフェンダーを超えてきた。どこかで肋骨の折れた音がする。それでも、引くわけには行かなかった。
「よし、絡め手でいくぞ。ゴーレム型とは言え、急所はあるはずだ」
増援の姿に、叢雲がそのゴーレムを囲むよう指示する。
「これだけ密集してると、こいつは使えないな‥‥」
「援護します」
本当はグレネードをお見舞いしたかったのだが、ワームもそうはさせまいと間隔は狭い。それを見たソードは、機槍ロンゴミニアトを握り締める。大枚はたいてできる限り強化した自慢のそれを、彼は思いっきりゴーレムへと叩きつける。
「町の方へは被害を出させません!」
間を埋めるべく、オリガが宙へ舞う。空中からライトニングハンマーを振り下ろし、向かってきたゴーレムへは、ヒートディフェンダーで斬りかかる。
「今だ!」
ディアブロのパワーで持って、ゴーレムを押さえている間、神撫が援護射撃を食らわす。その効果で、ゴーレムだけは後退させたが、さすがに三人とも疲労の色は隠せない。
「後どれくらいかかるんだよ‥‥」
だがそこへ、他のワーム達が同じ様に3機編成を組んで集まっていた。
「ここでひきつけなきゃ、後がないんだ。我慢するしかないな‥‥」
もう燃料も残り少ない。既に、体のあちこちからずきずきと悲鳴が上がっている。能力者としての回復が追いつくかどうかもわからない体を押さえ込み、叢雲はそう呟くのだった。
一方、生身の囮達は、徐々に内部へと入り込んでいた。ワームが陽動をいぶかしみ、積極的に前へと出てこなかったせいもある。そのおかげで、街中へと入り込んだ彼らは、次々と検問所を襲撃していた。ワームが入り口にかかる橋に引き寄せられている間、川を渡る予定だった。エレナ・クルック(
ga4247)の偵察では、川にはキメラが放たれているらしいが、生身班のジーンは、構わず発炎筒を投げた。
「おらおら、かかってこんかい!」
騒ぎが巻き起こる中、キメラに己の拳を叩きつけるジーン・ロスヴァイセ(
ga4903)。川の深さは腰くらいまでしかない。足元は不安定だが、わざわざ水中用装備を用意しないといけないほどでもなかった。
「こっちも張り切っていきましょうか」
そこへ、ヒューイ・焔(
ga8434)が割って入ってきた。見れば、騒ぎを聞きつけたバグア兵が、銃を持ち出してくる所だった。
「って、ぎゃぁぁぁ、きたぁぁぁ!」
暴れている間に、身を隠しながら検問所のすぐ近くまで近づいていた翡焔・東雲(
gb2615)が、わざと大声を出し、逃げ回る。二刀小太刀を持って、走り回る。遊んでいるわけではないのだが、どこか楽しそうにさえ見える光景に、ジーンは半笑を浮かべながら、ぺろりと烈拳「テンペスト」を舐める。
「ふふふ、こんな面白そうなイベントがあるのに、参加しないわけには行かないわ」
そこへ、なにやら指示を飛ばす特徴ある上着を着た御仁が見えた。どこかの制服だろうか。
「あいつは、確かアルヴァイムが言っていた洗脳組の館長だな」
翡焔が橋の袂に身を隠しながら見上げると、襟元に何かの記章が輝いた。どういういきさつかは知らないが、転送されてきたデータを見る限り、倒さないと避難に支障が出るはずだ。
「いると電車が通れない。ちょっとおねんねしてもらおうかね」
援護するように照明弾を打ち込む翡焔。周囲が明るく染まる中、ジーンが「こいつを食らえっ!」とばかりに、館長を地面に沈めていた。
「能力のほうは大した事ないわね」
地面にひっくり返った館長を見下ろし、そう口にする彼女。ここはそれほど重要な拠点というわけではないのだろうか。沈黙したバグアは語らない。
「ここにも人が!」
だが、三つ目の検問所を超えたところで、翡焔が声を上げた。騒ぎに扉から顔を覗かせた人々が、邪魔だとばかりに銃を向けられている。
「ここを抜かせるわけには行かないんだよ!」
翡焔が大声を出す。割り込むように相手にしていたバグア兵を、持ち前の脚力で持って蹴り飛ばす。盾代わりにされたバグアが盛大に吹き飛ばされる。だが、手当てをする前に、キメラ達が集まってきてしまう。
「やらせるかっ!」
近づく前に懐に飛び込み、昆虫の顎へと肘鉄を食らわせ、反撃をかいくぐって蹴り上げる。とどめに顔面へパンチを食らわせる彼女。反応し、向かってきたバグア兵にカウンターで流し斬りを食らわせるヒューイ。
「おらおら、かかってこんかい!」
そこへ、背後から翡焔が援護するように照明弾を討ち込んだ。振り返るその間に、ジーンが相手の手を引いて、輪を脱出する。追いすがるバグア兵は、ヒューイが相手をしていた。
「どんだけの敵がいるんだよ!」
気がつけば、三人ともどこかしらに怪我を負い、錬力も消費してしまっている。それでも、まだ検問は入り口近くに留まってしまっている。先は遠すぎて頭がくらくらする。
「こうなったら、アレ使うよ!」」
翡焔が取り出したのは、万里起雲煙。炎を纏うと言われる火属性の長弓だ。
「伏せてっ!」
ヒューイが連れていた市民を強引に抱え込んだ。直後、放たれたそれは、幸か不幸か積みあがった木の樽へ引火する。それを合図と見たのか、同じ場所へソードのグレネードランチャーが炸裂した。その間に、さっさと離脱する彼女達だった。
それと時を同じくして。
「さてと、荷物はOK?」
不知火真琴(
ga7201)がジーザリオの調子を確かめながらそう言った。既にそこには、大量の資材やら荷物やらが運び込まれている。その多くはシェルターの補修に必要なものだが、中には真琴自身が持ち込んだ医療品や救急セット、それにジーザリオのスペアタイヤなども含まれていた。
「よっしゃ、いくぜ! 乗りな!」
真琴が運転席へと乗りこむ。それに続くようにして、他の面々も開いている隙間に乗り込んでいた。うぃんっと内部の機械が音を立てて回る。その加速に押しつぶされかけた柚井 ソラ(
ga0187)が、後部座席で悲鳴を上げた。
「き、気をつけてくださいよー!」
「安全運転なんて言ってられんだろ!」
助手席のジングルス・メル(
gb1062)が怒鳴り返す。車は明け方の空の下、土煙を上げながら進む。足元はさほど綺麗に舗装されているわけではないので、後部座席の金とソラで支える羽目になっていた。
「って、前々!」
だがその行く手を阻むべく、キメラ達が道をふさぐ。慌てて指摘するソラだったが、助手席のメルが叫んだ。
「ブレーキなんか踏むな! バグアは撥ねてヨシっ!」
アクセルを踏み込む真琴。がつんっと強い衝撃が走り、後部座席の金 海雲(
ga8535)が悲鳴を上げていた。しかし、ひっくり返ったキメラが既に起き上がろうとしている最中だ。その攻撃を食らう前に駆け抜けようと、真琴は加速したままシェルターへの道を踏み込んでいく。
「毎度! UPCの発注で、シェルターの補修作業に来ました! 案内お願いします!」
誰かが似たような事を言っていた覚えがあるが、気にせずそう告げるメル。と、中の1人が回れ右をする。どうやらこのエリアは、アルヴァイムからの話が通っているようだ。
「頼むぜ、金」
「ああ、やってみる」
補修のチェックは金が担当である。エキスパートらしく、あちこちの耐久度を調べる彼。メルが「‥‥ど? 使えそう?」と尋ねると、金は難しい表情で応えた。
「全体的には大丈夫だけど、たぶんこことここがやばい」
相当耐久力が下がっているかもしれない。あまり時間はかけられないが、彼は的確にその補修指示をする。
「少しでも安全な状況を用意したいんです。手伝っていただけませんか?」
教員と思しき男性に声をかけるソラ。次のシェルターには、学校なのか男性が多かった。体育館にはそれなりに避難民が多く、そこをシェルターにする予定だったらしい。搬入作業に追われていたその時だった。
「やばい。キメラがかぎつけてきた!」
その一匹が頭にタイヤの跡がくっきり残っている所を見ると、踏みつけられた奴が増援を呼んできたと言ったところだろう。その証拠に、虫達の奥で、指揮官らしき人型の姿が見えた。
「‥‥ここお願いします」
ソラが、銃を持ち出す。それを見て、今まで運転手役だった真琴も、銃を取り出していた。
「間に合わないでしょ。追い払うだけなら手伝うわ! メル、お願い!」
「こういうのは、前衛に任せなっ」
瞬天足を発動し、一気に距離をつめる。直後、急所突きでまずはタイヤ痕の残る一匹を始末していた。
「こっちにもきた!」
「全員で出る事はないです。僕とジグさんで応対しますから、不知火さんと金さんは、皆さんを!」
ソラがぴしゃりとそう指示をして、顔に似合わない傭兵らしさを垣間見せている。
「これからって時に‥‥。どうあってもここから逃がさない気か」
だが、そんな彼らを数で囲むキメラ達。自分達だけだったら、いくらでも手段はあるが、シェルターや中の人を危険に巻き込みたくない。
「応援頼みましょう」
真琴が通信機を手にしてそう言った。その相手は、クラーク・エアハルト(
ga4961)と水理 和奏(
ga1500)だ。
「中佐のおじさんだって、仲間は見捨てない‥‥。だから、僕もっ!」
敬愛するツォイコフ中佐は、孤立した部下を自ら助けに向かったと言う。見習わなければと、彼女は背後から指揮官らしき人型へと距離を詰める。
「それじゃ、とどめはお願いしますよ!」
銃を構えるクラーク。数が多いため、まず彼が一掃することにしたようだ。ずがががっと乱射される弾。手前の1列が爆散し、2列目がひっくり返る。それに足止めを食らっている間に、わかなが瞬天足で距離を詰め、奥にいた人型へと一撃を食らわせる。
「そっちはだめっ! こんのぉぉぉ!」
彼女もまた、急所に一撃を食らわそうとしている。しかしそこは雑魚とは違うらしく、防がれる。盾で防がれた感触に、彼女は押し込むようにして瞬天撃を食らわせていた。
「無茶はしないで!」
「はわわわっ。ごめんなさいっ」
横から援護射撃するクラーク。その間に、距離を取る和奏。突出しすぎては、彼と共にいる意味がなくなってしまう‥‥と。
「壊させちゃ、だめだっ」
追いかけてきたキメラが、シェルターがあることなんぞ気にせずにその大きな鎌を持ち上げる。それを受け止め、何とかシェルター本体への衝撃を和らげる和奏。
「そこだと周りに被害が飛びます! 表の通りに行きますよ!」
駆け込んだリッジに飛び乗り、表通りへと向かう2人。しばらく散発的な戦闘音が続いたが、やがて遠ざかって行った。
「さて、次いくか‥‥」
別れ際、一瞬だけ振り返るメル。いくら救いの手を差し伸べようとも、自分達は空爆する側の人間。壊される前に、街の姿を眼に焼き付けておこう‥‥と。
その頃、黒子姿のアルヴァイムは、騒ぎが起きて、館長クラスが居なくなっているのを確かめると、その博物館倉庫へと、リッジウェイを走らせていた。だが、無線で連絡するなどして、各チームへの要請や伝達事項を伝えていたアルヴァイムのリッジに、群がってくるキメラ達。中には仲間の屍を踏み越えてなお、追いすがってくるキメラ達もいた。
「ああもうっ。しつこいっ」
「陽動でかなりひきつけているはずなんですけどねっ」
併走してきたそのビートル型のキメラに、後続のジーザリオに搭載した小銃から、弾をお見舞いする百地・悠季(
ga8270)。リッジに取り付いてきたキメラは、同乗していたルシフェル・ヴァティス(
ga5140)が突き落とす。
「さて、ここなら数百人単位での移動が可能そうですね」
こうして、ようやくたどり着いたのは、博物館の正面。それを見て、ルシフェルが安心したようにそう言った。館長は、陽動部隊が押さえていると言う連絡が、すでにアルヴァイムの元に入っている。残るは、洗脳されていない市民だけのはずだ。その彼に、アルヴァイムは黒子装束の顔覆いを上げ、こう呟く。
「約束どおり戻ってきた。文化財保護と一時避難用だ」
「だ、だまされるな! そいつらは今からここに爆撃しようとしてる奴の手先なんだぞ!」
反発するものも中に入る。だが、ルシフェルは、そんな彼らに落ち着いた表情で言い含める。
「犠牲の上に成り立つ勝利など望みません。例え同じだとそしられても、私はあなた達を救い出しに来たのです。どうか信じてください」
「文句なら受け付けます。だから‥‥」
フォローを入れるように、百地が瞳を潤ませる。それは決して、人々の不満を受け止めるわけではなかった。
(この状況って、あたしのトラウマを刺激するのよね‥‥)
たとえ偽善といわれようとも。あの時の自分と同じ目に合う人々は、できるだけいないで欲しい。その脳裏に、かつて家族を失った時の事が、鮮やかによみがえる。
「あーもー。わかったよ! だから女を出すのは止めてくれ‥‥。こっちの立つ瀬がない」
ぽりぽりと、後頭部をに手をやる町の人。年配の‥‥長く町に住んでいるであろう御仁。細かい指示を仰ぐため、彼女はその彼を、サイエンティストの女堂万梨(
gb0287)に案内する。
「こちらで補修を。使えるモノは全て使います。覚悟してください」
その彼女が指し示したのは、途中で拾ったワームの殻だ。他にも、一見して本当に補強になるのかわからないものもある。拾ったのは全て、長年の経済的事情による節約生活‥‥つまり貧乏が生み出した知識に基づいたものだ。内部の高温に耐えられた経験から、充分な断熱材になると、彼女は判断していた。
「こっちはこれで良いでしょう。出来上がったところから、順次案内しちゃってください」
補修が済んだそこへ、ルシフェルが人々を誘導していく。だが、博物館の倉庫と言うことで、時々古い骨なんかが保管されていたりもする。子供が怯えて泣き出す中、彼はこう言って微笑みかける。
「大丈夫。おじいちゃんかおばあちゃんの骨だよ。お母さん、ちゃんと抱っこしていてくださいね。まずは女性と子供からですから」
「ちょっと、キメラたちが追いついてきたわよ!」
その時だった。女堂が表に集結しつつあるビートル達に気付いた。外へと出向こうとする百地に、彼女は練成超強化を施す。ついで、表に出るであろうルシフェルととアルヴァイムにも。
「よし、完了っと」
その間に、シェルターの作業を終えた女堂が、人々を中へと招き入れる。闘牛士達の戦いは、まだ‥‥長い。
こうして、各チームが陽動、シェルター、そして人々の移動と手分けしている頃、もっとも重要とも言えるターミナル駅には、2チームが向かっていた。
「流す謂れのない者達の血と涙、決して流しては‥‥流させてはいけません」
時間もなければ余裕もない。けれど、向かわないわけには行かない。そう思うのは、佐伽羅 黎紀(
ga8601)も終夜・無月(
ga3084)も同じだ。だが、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)はそんな彼らに釘を刺すように地図を表示させる。
「大仕事だな。線路は敵の進軍ルートになっているようだし」
バグアにしてみれば、線路はただの『通過しやすい道』でしかないようだ。ターミナル駅なので、商業地区と住宅区が近い。文化財の密集する地区は、線路から離れているが、古そうな大きな協会は、駅のすぐ近くだった。
「そうだな。駅前の駐車場が広そうだ。着陸の都合もある。南側の幹線道路から降りる」
目視で確認したホアキンが、降下地点を指示する。折しも、陽動班が川に面した入り口ゲートで盛大に弾をばら撒いている最中だ。
「まずは主要駅確保だ。突破するぞ」
葵 コハル(
ga3897)にそう言って、ホアキンは高度を落とす。低い建物の並ぶ真上を、超低空飛行で駆け抜け、幹線道路へと急カーブする機体。ワームがこちらに撃ってくる中を、彼は広場へ人型に変形しながら無理やり着地する。
「了解。んじゃ、突撃かけるんで、援護ヨロです!!」
そこへ、やや遅れてコハルが着陸してくる。シールドを前に、ずんずんと前進しようとするコハルの後ろから、スナイパーライフルを発射するホアキン。本当はレーザーライフルを使いたいところだが、横の教会を壊すわけには行かないので、ここは我慢だとばかりに、機盾で受け流していた。
「おいでなすったな‥‥。皆、無理無茶無謀は通すなよ。出来る限り広いところまで引っ張っていけ」
KV部隊の乱入に、ワーム達が集まってくる。その狙いが自分に向いている事を確かめたホアキンは、くるりと踵を返して、駐車場へと進路を変えた。ソードウィングを使うのは、まだ先だ。
「って、電車の動かし方はぁ!?」
「黒川さんに習ったから、心配ないですよっ」
通信機越しに佐伽羅が聞いてくるが、コハルは自信たっぷりにそう答える。生身で駅制圧に向かっている黒川丈一朗(
ga0776)から、一通りのレクチャーは受けた。だから大丈夫だと。
「この人数だと、あのあたりのワームを引き剥がしてぶちのめすのがよさそうですね」
「そこまで出来る様な機体じゃないんですよ。やれる事はやりますけどねっ」
そのコハル、目の前にいた中型に、流し切りを叩き込む。そこまで大きな傷は付けられないものの、かしいだ相手ワームに、ビームコーティングアクスを叩きつけ、即座に距離を取る、いわゆるヒット&アウエイを使っていた。
「向こうに大きな通りがある。そっちまで引っ張って!」
「うん、わかってる!」
追いかけてきたワームは2匹。もう少しパワーがあがれば、1人1体がノルマとは言われそうだが、今はそこまで無茶は出来ない。勢い、追いかけっことなってしまう。
「皆にいと高き月の恩恵があらんことを」
その様子に、祈りを捧げる無月。今、天空を支配するのは赤き月。だがいずれ、白き月がそれを塗り替える事を信じて、無月は錬剣『雪村』のコンソールを握り締める。
「本命がきたぜ。任せた!」
ホアキンが、レーザー砲を乱射しながら、ゴーレム型を引っ張ってくる。遅々として進まない進路。業を煮やした無月、その相手に向かって、副兵装に仕込んだエネルギー集積砲のトリガーを絞った。しゅびぃんっと、青白い光が、そのゴーレムを貫く。かしいだそこへたたみかけようとした刹那だった。
「もう一機来ただと!?」
まるで、闇から抜け出るように。漆黒のゴーレムが、線路へと足を踏み入れようとする。
「させるか!」
時間はすでに、駅へと移動している頃だ。ここで線路を攻撃させてはならない。立ちはだかるように、ブーストを吹かす無月。
「なんだ。ちょっと忘れ物を取りに来ただけなんだが、こんなところでお目にかかれるとはな」
そう声がした。モニターに、敵の該当データが表示される。佐渡京太郎‥‥と。
「赤い月の恩恵なら、流してやろうか? 島には帰れなくなるがな」
「今はお前の相手をしている暇はないんだ。そこをどいてもらおう!」
ホーミングミサイルが周囲へと降り注ぐ、線路を傷つけないように、華麗に舞う弾幕。その軌道を見て、京太郎は言う。
「なるほど。目当てはこれか。お前達。奴には手を出すな。代わりにこの鉄の塊をずたずたにしておくと良い」
指し示されたのは線路。ターミナル駅の中で、希望の光と準備が進められているはずの道。動揺しているその間に、京太郎はさっさと戦場から離脱してしまう。
「やりにくくなった‥‥な」
ワームの攻撃対象が、自分達ではなく線路へ変わった事を知らしめられ、歯噛みする無月。見上げれば、天空にもまたワームの群。
「こんなところで落として自爆された日には、大惨事だよぉ!」
空の上で相手をしていたキョーコ・クルック(
ga4770)が、煙幕を張って視界をふさぎながら、エンハンサーまで動員したレーザー砲を食らわせているが、正直ドッグファイトでは追いつかなかった。流れ弾まで対処しきれていないのだ。助勢しようと、ワームを槍で貫き終えたUNKNOWN(
ga4276)が、天空へバルカンを乱射する。ここまで来る間に結構なブースト回数を使ったらしく、つや消しブラックの機体が、ところどころ汚れている。だが、まだ援護射撃が出来るだけの力は残っているようだ。
「なら、一機でも多く倒すまでだ」
翼の部分に仕込まれた超伝導アクチュエーターが輝き、雷電に力を与えていく。そうはさせまいと、降下するワーム。だがそこには、キョーコとアンノウンが立ちはだかり、下から押し上げるように上を狙う。
「青海、いるか?」
アンノウンが通信回線を開くと、弾き飛ばされた装甲やキメラの対処に当たっていた青海 流真(
gb3715)が応えた。この状況では、AUKVの力が必要だろう。指示されて彼は、リンドブルムを走らせていくのだった。
避難誘導しているのは、シェルターばかりではない。アッシュ・リーゲン(
ga3804)と美環 響(
gb2863)、神無月 るな(
ga9580)のチームは、列車に乗り込む人々の誘導へと回っていた。
「どっかで聞いた話だが、そのどっかが多すぎて、わかりゃしねぇな」
苦笑するアッシュ。響が「失礼ですよ」と注意する中、ため息と共に紫煙がこぼれ出る。アッシュのように怪我を押して参加しているものもいる。悲しい顔をしてはいられない。
「目立つ印が必要ですね。そぉれっ」
人数は多い。はぐれない為に、響は持っていた手品用のステッキから、スペインの国旗を出現させた。
「みなさーん、ここはまもなく危険になります。僕についてきてくださーい」
その旗を手に、彼はそう言って周囲に大きな声で呼びかける。目立つように、色とりどりの紙ふぶきを周囲に舞い散らせながら。極力明るく。
「良いか! 荷物はできる限り必要最低限、本当においていけないモノだけを持て!」
アッシュが三角巾で吊っていた腕を振り回して、人々を誘導する。背中におばーちゃんを背負い、子供の手を引こうとしたその時だった。
「めいちゃんもつれてくのー」
女の子は、ぎゅっと抱きしめたうさぎのぬいぐるみを手放そうとしない。子供と同じくらいある。いやいやと首を横に振り、しゃくりあげ始める女の子に、おろおろするアッシュ。
「お泊り会じゃねぇんだっつーの‥‥。な、泣くなってば」
まさか泣かれるとは思っていなかったらしい。どうして良いかわからず、周囲に助けを求めるように、視線をさまよわせると、泣き声を聞きつけた響が駆け寄ってきて、服の袖からチョコレートを取り出す。
「大丈夫。お兄さんが守って上げるから、怖い事はすぐなくなるよ」
驚いて、でも嬉しくて。固まっている少女に、響はそう言って笑いかける。彼が頷いてみせると、少女はぬいぐるみをぎゅっと抱えなおして、大人しく電車の中へと入って行った。その姿が見えなくなってから、アッシュは響に問う。
「いいのか?」
「ここでぬいぐるみ取り上げたら、僕たちも立派な悪人です。るなさんなら、許してくれないかもしれませんけどね」
その彼が顔を上げた先には、容赦なく余計な荷物を取り上げているるなの姿がある。大人には厳しいようだ。そうしないと、全員乗りこめない為だが、るなにはもう1つ理由があった。
「失礼ですが、その荷物は置いていってもらいたいのですが‥‥」
るなが、大きな箱を抱えた男性に厳しい表情で声をかける。抱え込む男性。しかし、彼女は容赦なくそれを引っぺがし、取り上げていた。そして、慎重に開くと、中から出てきたのは、芋虫キメラの仕込まれた爆弾。「返せ!」人相を変えたその男はそう言うと、爆弾を奪い取ろうと手を伸ばす。るな、反射的にその手を押さえつけた。そして、持っていた手錠を取り出し、その男にかけてしまおうとする。
「危ない、るなさん!」
響がそう言って突き飛ばした。なぜなら、男の手にナイフが握られていたから。
「市民に怪我なんてさせません。あなたも、です」
振り回される前に。狭い車内で身をかがめながら、彼女はその足元を払う。すっころんだ彼の手を跳ね上げ、がっちりと手錠をかける。
「あなたはこれから精密検査を行い、洗脳の疑いが晴れるまで開放できません。それでは、よい旅路を」
宣告を突きつけるるな。がっくりと肩を落とす男を、アッシュが「おし、連れてけっ!」と、車で専用のシェルターへ連行していくよう、指示するのだった。
こうして、シェルターの補修作業に、傭兵達が時間を取られていた直後の事だった。
「UPCの飛行機が来たぞ!」
町の誰かがそう叫ぶ。見上げれば、エンブレムを付けた岩龍が飛び回っていた。時間より少し早いが、機体を考えれば、おそらく偵察だろう。だが、人々への衝撃は計り知れなかった。
「予定を早めないといけないようだな。おい、この地区の顔役はどいつだ? 誰でも良い。影響力のある人がいいんだ」
青年団等を予想していたアンドレアス・ラーセン(
ga6523)だったが、教えられたのは近所の食堂の名物店主だった。こんなときにも関わらず営業中の札を出し、パンだけは焼いている女店主に、彼はこう訴えていた。
「作戦は成功させる。だから、もうちょっとだけ我慢してくれ」
アンドレアスの申し出に、店主は黙って店の名前が焼印されたパンを渡される。硬く焼かれたそれは、日持ちのしそうなシロモノだ。
「おーい、宅急便だ。こいつを例のシェルターに放り込んでおいてくれ」
と、そこへ鴉(
gb0616)が、車両に潜り込もうとしていたバグアの手先を輸送してくる。
「いたいけなじじぃに何を‥‥」
「爆弾持ち込もうとしといてよく言うな。よっと」
まだぶつぶつ言っていたので、アンドレアスはそのジジィを押さえ込み、専用のシェルターへと放り込もうとする。かなり手厳しく縛り上げているそれを見て、鴉が咎めるように言った。
「おいおい。丁重に扱えよ」
「本当に手荒ならとっくの昔にその辺に放り出してる」
縛り上げてそのままぽいだ。だが、洗脳されているとは言え、一般人を空爆の危難にさらすわけには行かない。そう思い、アンドレアスは他の避難民に見つからないよう、運び出そうとする。
「おうっと!」
だが、その刹那。大人しくしていると思ったジジィが急に暴れだし、アンドレアスの手を振り切ってしまう。
「逃げるなぁっ」
エネルギーガンを取り出すアンドレアス。叫ぶその間に、鴉がアサルトライフルはその足元へと打ち込んでいた。
「こう見えても、昔は前線で戦ってたんじゃあ!」
どうやらジジィ、元軍人らしい。逃げ足の速さは結構早い。
「仕方がない。本当はやりたくなかったんだけどな」
鴉がそう言った。そしてその刹那、瞬天足を発動し、一気に距離を詰める。ジジィには消えたようにみえたらしく、目を見開いていた。
「こっちだ!」
立ちはだかったその後ろから、アンドレアスがエネガンの銃底で気絶させる。
「俺を恨むなよ。このまま空爆にさらすわけにもいかねぇしな」
そう言って、アンドレアスはジジィがかけていた眼鏡をはずしてしまう。怪訝そうに鴉が「それは?」と尋ねると、彼はこう答えた。
「前に眼鏡で洗脳してたって報告を聞いたもんでな。ただの老眼鏡ならいいんだが、念のためって奴さ」
「なるほどな。じゃ、こいつを見つからないようにしたら、他の面子をシェルターまで連れて行くか」
そう言って、車を出発させる鴉。不安材料は出来るだけ摘み取っていかなければならない。閉鎖された空間で、恐慌を起こされれば如何に恐ろしいか、2人ともよくわかっていたからだった。
青海がリンドをかっ飛ばして乱入したのは、生身組が駅へと乱入した直後の事だった。
「列車のある位置を送信します〜。このルートが通れそうです〜」
ちょうど、エレナが作戦時間に合わせ、ウーフーの通信機能で、調べてきたルートや電車の情報を、各班に送信しているところだった。
「電線切れてるところとか、変電所がワーム支配になってる可能性があるので、ディーゼルの方が良さそうです。燃料は、ユーリさん何とかしてください?」
電車はディーゼルと電車が半々だが、電線の切れている箇所がある為、そちらの方が有効らしいとの事。燃料は操車場のタンクから引っ張ってくればどうにかなるそうだ。
「それは良いけど、動かし方は?」
「准将のお話では、KVよりはマシなはずです。最低3本は確保したいところですが‥‥」
黒川が、通信機越しにそう口をはさんだ。だが、延びる線路のうち、1本はたった今KV班がドツきあってる真っ最中だ。
「とりあえず、作業を進めてください」
「わかった。時間はないから、ディーゼルをひっぱってくるのでいいな?」
黒川にOKのサインを出すユーリ・クルック(
gb0255)。指示を受け、ハインと共に、エレナに教えられた車両へと向かう。本来、荷物を運ぶものだが、人間が乗れるなら、それでいい。急いで、車両を誘導し、駅の方へと出発させる。
「おーらーい。もうちょっと右ー。OK〜」
「わかりました。まだ修理箇所が残っているので、ここはお願いします!」
それを信じ、エレナが作業を進める間、ユーリはワームに攻撃された線路の補修へと回る。
「向こうにワームが行っている今がチャンスです」
「って、多いなぁ」
そのユーリの指示に、げんなりする青海。キメラとかワームの殻程度だと思っていたが、しっかりばっちり無傷のワームとゴーレムがいる。
「列車が使えなければあの人数を移動なんてできないですからね。踏ん張りどころです」
その線路から引き剥がすようにして、走り出すユーリ。どかさなければ、補修が出来ないから。
「制御室は?」
「今排除してます!」
その間に、鳥飼夕貴(
ga4123)とハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)、それに黒川が、制御室に陣取るキメラを掃討して回っている。鳥飼が急所付きと二段撃でダメージを集中させ、ハインが持ち替えた蛇剋とナイフで止めを刺して回る。そこへ、黒川がアナウンス席を確保していた。
「上出来だ。そっちは?」
「平和になったら、こういう使い方がメインになるんだろうけどねっと」
その彼が尋ねると、ユーリが線路の補修作業に着手した所だ。電気関係はサイエンティストのエレナに任せ、自分は送電の一時止まった電線をつなぐ。穴の開いた枕木を持ち込んだ予備で入れ替えるのは、人型のKV。細かい指示はエレナ任せだが、なんとかなりそうだ。
「大丈夫そうだな。よし、アナウンス流しますよ」
すぅっと息を吸い込み、落ち着いて放送のスイッチを入れる黒川。そして、既に人々が集まりつつあるであろうホームに向かい、出来るだけ静かな口調で告げる。
『こちらはUPCです。これから避難車両に皆様を誘導いたします』
落ち着いてそれらしく放送すれば、大丈夫だと思ったのだが、やっぱり外からざわめく声が聞こえてきた。監視カメラを操作すると、ハインと鳥飼が、人々を誘導している真っ最中だ。
「慌てると、逆に時間がかかります。そこ、順番守ってー!」
「皆さん走らないで下さい! 列車は全員乗れますからね!」
我先に乗ろうとする人々を抑えながら、そう叫んでいる。覚醒した2人にとって、人々を押さえ込むなど分けはないが、どうやら早く出発しないといけないと思い込んでいるようだ。そんな人々に、ハインがため息をついているのが見える。
『全員の避難が完了するまで、撤退する事はございませんので、落ち着いて順序良くご乗車ください』
再びアナウンスを入れる黒川。そのおかげか、なんとか落ち着きを取り戻したようだ。だが、その直後だった。
『おい。京の字にバレた。破壊工作がすぐ来るぞ!』
KV班から連絡が来る。ハインが「ちょっと見てきます!」と、線路へと向かう。
「残念ながら、消えていただかなくてはなりませんね」
線路に攻撃を食らわせようとしたキメラがいた。スコーピオンを向け、一掃するハイン。
「ここまで来て、邪魔はさせません!」
「脱線なんかされたら、水の泡なんだから!」
銃声を聞きつけてか、ユーリと青海が駆けつけてくれる。いや、彼らばかりではない。
「もう! この人たちには、指一本‥‥じゃない。塵1つ触れさせないわ!」
「もう少しで安全圏なんだ。こんなところで邪魔させるか!」
市民を誘導してきたるな、そしてKV班のキョーコ。人々を守ってきた傭兵達が、今度は希望の道を守る為に集う。
「おまちどうです〜。線路の修理、完了しました〜」
エレナの通信が、副音のように響いた。エンジンは既に始動している。ホームにも、人の姿はない。
「出発進行!」
最後に乗り込んだコハルが、高らかにそう宣言し、車両は町を抜け出す。
「ペンフレンド‥‥か」
呟く響。手には、ピンクの封筒が握られていた。開いたそこには、つたない文字で、今回の事を礼する文字が、リターンアドレスと共に記されていた。