●リプレイ本文
■御着替え中
「なかなか、かっこいいですね」
「おー、ぴったりだね〜、エロい! けしからん。もっとやれ!」
カウガールの衣装を身に纏ったマヘル・ハシバス(
gb3207)の呟きに、テルは手を叩きながら称賛する。テルの言葉に少し照れながらカウボーイハットをかぶり直すマヘル。
(‥‥なんで、マヘルさんのサイズにぴったりの服があるんだろう‥‥)
愛華が苦笑しながらテルの身長とマヘルの身長を見比べてそんな事を考えていると、テルが愛華を振りかえり、にやりと意味深長な笑みを返してくる。
その笑みを受けて、愛華は考えるのを止めた。なんか色々怖い気がする。
「イベントですし割り切って楽しんだほうがいいと思いますよ」
引きつった笑みを浮かべる愛華に、マヘルがそっと耳打ちする。喫茶店『11』に度々通う様になった彼女は、どこか悪戯っぽく笑う。
「あの! わたしかぜ気味なので! あったかい衣装が良いです!! 顔が隠せればなんでもいいです!!!」
風邪気味と言うには、すこし無理のある勢いで山田麻耶と名乗った少女――八葉 白珠(
gc0899)はテルに懇願する。
テルの身長よりさらに30cm近く低い可愛らしい少女のその必死さに――
――ぎゅ。
テルが白珠を抱きしめた。
「あーもう、可愛いな! 抱きしめたくなっちゃうじゃないかっ!」
抱きしめてから言う事ではない。
自分より小柄な少女に、もうどうしようもなく萌えている様である。
急に抱きしめられた白珠はあうあう。とテルのハグから逃れようと、マヘルや愛華に助けを求める。
「もう、コスに関しては任せちゃってよ!」
白珠の要望はテルの脳に届いたのか、それは定かではない。
■店内にて
「へぇ、器用なものだねぇ」
カウンター内で自分の考えてきたメニューを、せっせと作っている結城 桜乃(
gc4675)の手元を覗き込み、感心したような声を上げた。
「折角考えてきたメニューを作るのを許可頂いたんですから、腕によりをかけさせて頂きますよ」
人懐っこい笑みを浮かべ言う桜乃に、「ありがと」とテルは返す。
桜乃の目の前にはガトーショコラや、可愛らしいチョコチップクッキーが並んでいた。
「その歳で、その腕前だなんてボクは感心しちゃうよ。その服もよく似合っているしね」
そう言って、桜乃の胸のあたりを指す。
顔だけテルの方を向け作業を続ける桜乃は、執事の服を身に着けていた。
執事喫茶でバイトをしている桜乃は、その執事服も実に板に付いている。テルの言葉に、少し照れくさそうに「ありがとうございます」と応える様は、年相応の可愛らしさが見えた。
「これ全部、一日限定メニューと言わず、グランドメニューにしても良いくらいさ」
悪戯っぽく笑い、クッキーを一つ摘み上げるとひょい。と口に運ぶ。
「んっぅ〜、んまいっ。才能あるよ桜乃くん」
商品をさくっと口に放り込む神経はどうかと思うが、それでも実においしそうに食べるテルに、嬉しい様な、でも、しょうがない人だな。と言う様な苦笑を浮かべた。
「じゃあ、カウンターはよろしく頼むよ。今日はキミが料理長だ」
そう言ってカウンターから出て行こうとするテルに、桜乃は「あ」と声をかける。
「実は‥‥チョコ以外のメニューも考えているんですが‥‥」
「任せるよ。キミの作るものに文句を言う客はいないさ――」
――ボクが保証する。
テルはそう言って笑い、もう一人カウンターに居る少女に視線を向けた。
「あの‥‥白夜に‥‥。白夜さん、あちらの席のお客様の注文をお願いします」
山田麻耶こと八葉 白珠である。
結局、手渡された可愛らしいゴシックロリータの服だった。「これも依頼だよ」と言うテルの言葉にどこか釈然としない気持ちがありながら、渋々それを身につけ、持参したマスクと眼鏡で顔を隠すと言う、とても不思議な格好になってしまっている。
そんな白珠に、微笑みを浮かべて頷いたのは八葉 白夜(
gc3296)である。白珠を見るその瞳は実に優しい光を湛えていた。
彼が身につけているのも桜乃と同じく執事服。白夜のその落ち着いた雰囲気に、実にしっくりとくる。
「本日はヴァレンタインフェアと称しまして、普段お作りしておりませんメニューをいくつか用意しております。これを機にお試しになられては如何でしょうか?」
柔らかい笑みを浮かべて、そう言うと女性客達はぼんやりとした表情で「‥‥全部」と口走る。まるで、心を奪われてしまったかのようである。
「ありがとうございます」
白夜は微笑みで注文を受け、カウンターの白珠へと渡す。
「じゃあ、これをお願いします。山田さん」
不意に山田と呼ばれた白珠は、首を傾げて「にい‥‥」と言いかけた後、慌てて「は、はい。白夜さん」と言い直し、受け取った伝票を桜乃へと手渡した――。
■愛の形に似たそれを配る日
少年はその幸薄そうな顔に苦渋の表情を浮かべながら町を歩いていた。
町にはにっくきカップルどもが蔓延り、お菓子業者の罠に喜びながらハマっている。
――愚かだ。
黒くて甘いあの物体に一体どれほど価値があるのか。はっきり言って少年は甘いものは嫌いだ(今日限定)。だからあの物体などに全く興味は無い(今日限定)。
しかし、なぜだろう。
カップルとすれ違うたびに、道をあけて此方の顔を見られないように隠れるのは。
その時も少年はカップルからの視線を避け、路地裏に逃げ込んでいた。路地の影から、往来を行き交うカップルどもをねめつける。
知らず知らずのうちに奥歯を噛みしめていた。涙も、流れていたかもしれない。
「‥‥ん。そこの人。寄って行かない? 可愛い子。居るよ」
そんな少年の背後から、そんな声が掛けられた。
慌てて後ろを振り向くと、そこにはウサギの着ぐるみを着た小さな少女――最上 憐(
gb0002)が立っていた。
「‥‥ん。そこの。心が寒そうな人。今。チョコを。買うと。可愛い子が。接客してくれるよ」
「あ、いや、僕は‥‥」
チョコレートは嫌いなんだ(くどいようだが今日限定)と続けようとしたが、見上げてくる少女のつぶらな視線に言葉を飲み込んでしまった。
「‥‥ん。そこの。孤独そうな人。コスプレ少女が。アッチで。待ってるよ?」
「だ、だから‥‥」
「コスプレ少女が。アッチで。待ってるよ?」
もう一度そう言って、憐が指さす方に視線を向けると、小さな喫茶店が目にとまる。『11』と書かれた看板を掲げたその店の前には、カップルだけではない沢山の人だかりが出来ていた――。
――撮影は許可してやる、しかし、コレを買ってもらう。
喫茶店『11』の店頭で、カメラを手にした集団に囲まれながらそう言い放っているのは、メルセス・アン(
gc6380)だ。
その身をメイド服で包み、タイヤキ型チョコ『ちょこ焼き』を次から次へと売りさばく。アンが着ているメイド服。上半身は肌の露出は皆無と言ってよいのに、スカートだけが極端に短い。
そのスカートからのぞくすらりとした足は艶めかしく、カメラ集団の視線を集めると同時に、店頭に設置したテーブルの上の『ちょこ焼き』を次から次へと購入させて行く。
愛華は写真のモデルになっているアンの隣で、目を血走らせた男性客に少し怯えながら、ちょこ焼きを手渡していく。
「す、凄い、勢いですねっ!」
「当然だ。このちょこ焼きがブームとなれば、私は億万長者になれるのかもしれないのだぞ」
アンがにやりと浮かべた笑みには、自らが考案したちょこ焼きに対する自信が見てとれる。そして、その笑みは実に魅力的だった。
どうして、カメラを置いてきちゃったんだろう。などと、カメラマンの端くれである愛華は少し悔やんだ。
そんな愛華の思いなど知ってか知らずか、アンはレンズを向ける男性客たちに、その魅力的は笑みと、ちょこ焼きを振りまいている。
その視界の端で‥‥
「おい! そこの軍曹!」
『11』の店頭で軍服姿で姿勢よく立ち、軍人さんに声をかける屈強な男――秋月 蓮蒔(
gc6820)が居た。蓮蒔は特殊部隊仕様のベレーを被り、縦から見ても横から見ても、明らかに堅気では無い。
そんな蓮蒔を訝しげに見る軍人さんは、恐る恐る「なんですか‥‥?」と問う。
「貴様、上官に対する態度がなって居ないな! 上官と会話する際にはサーを付けんかバカ者がっ!」
胸を張り、堂々としたその態度に軍人さんは慌てて居住まいを正し、軍形式の最敬礼をする。
「サー、イエッサー!」
「よし。貴様‥‥良い人はいるのか?」
「い、居ませんサー!」
「ほう、貴様は残念な非リア充だと言う事か。悲しいな」
「は。自分は残念な非リア充でありますサー!」
軍人さんは少し泣きそうだ。リアルが充実しているのであれば、今日この日に仕事なんてしている物か。
「貴様、好きな女は居ないのか」
「‥‥」
「どうした軍曹! わしは好きな女が居ないのか。と聞いている」
続け様にそう言う蓮蒔の言葉に、歯を食いしばり意を決して口を開く。
「は! 好きな女は居ますサー!」
「ふむ。居るのか、ならばコレを買って行き逆に彼女を喜ばしてやれ!」
そう言って蓮蒔が差し出した物は、『11』で販売しているチョコレートだった。
「こ、これは‥‥?」
「軍曹! この日が女から男に対する特別の日だと誰が決めた! 男から女に対して贈り物をしてはいけないと言うきまりは無い! 違うか!?」
「さ、サー、イエッサー!」
「作戦とは常に相手の意表を付く物だ!」
そう言ってから蓮蒔は声を低くし、軍曹に耳打ちする。
「意表を突いてやれば‥‥今夜が楽しみだな!?」
「サー、イエッサー!」
そう答えた軍曹は渡されたチョコを受け取り、踵を合わせ蓮蒔に最上級の笑みと敬礼をする。
「あ、ありがとうございますサー!」
「うむ。最善の健闘を、幸運を祈る」
意気揚々と立ち去る軍曹の背に蓮蒔は敬礼と爽やかな笑みを返していた。
「バレンタインにチョコレートはいかがですか〜」
道行く人に、一生懸命声をかけていたのは祈宮 沙紅良(
gc6714)だ。実家が神社の沙紅良は、いつもの着なれた巫女装束を身に纏い人々の注目を集めていた。
沙紅良が柔らかい微笑みを返し「如何ですか?」と首を傾げると、柔らかそうなウェーブの掛かった長い髪が揺れた。
その仕草に男性客が見惚れたままチョコを購入し、そしてどこか幸せそうな笑みを浮かべたまま、ふらふらと町へと消えていく。
「好調みたいだね」
店内から補充用のチョコレートを持ってきたテルが沙紅良に声をかける。
「あ、はい。照天さんの心がこもったお菓子、しっかりとお売りしますね」
「はは。もう桜乃くんにまかせっきりだけどね」
と、テルは苦笑を浮かべた。
「それにしても、良く似合うねその服。やっぱり本業は違うなぁ」
顎に手を宛て、沙紅良の巫女装束姿を眺めて感心したように言うテル。
「‥‥少し恥ずかしいです。あんまり見ないでください」
(なんだこの可愛い生き物は)
そんな事を思い、少し笑みを浮かべながらテルは沙紅良に言葉をかける。
「じゃあ、そろそろお願いしてもいいかな? ボクも見たいし」
「あ、はい」
沙紅良はテルの言葉に笑顔で頷き、顔を上げた――
――シャン‥‥
街中に澄んだ鈴の音が響く。
その鈴の音は道を急ぐ人の足を止め、足を止めた人々は鈴の音がどこから聞えたのかと頭を巡らせる。
人々が視線を泳がせた先には、巫女装束に神楽鈴を手にした沙紅良が立っていた。
巫女装束を身に纏い、その場に目を閉じて佇むその姿は、見る者をまるで神前に居るかのように錯覚させる。
沙紅良はすぅ。と息を吸うとゆっくりと目を開く。
すると、茶色がかった髪がまるで桜が花開いたかのような桜色に染まった。
ゆっくりと、細く、長く吸いこんだ肌寒い空気を、沙紅良は歌声と共に吐き出した。
言葉では表せない想い
甘いお菓子に込め 貴方へ
心の花咲く 想い舞う
歌に合わせ沙紅良は軽やかに舞う。彼女の髪が揺れる度に、どこからか現れた桜の花弁が彼女を飾った。
ひとしきり舞が終わると集まった人々から、沙紅良への喝采が雨の様に降り注いだ――。
■少女と予約席
後は存分に楽しんで帰ってくれたまえ。
そう言ってテルは余ったチョコレートや自慢の珈琲を皆に振る舞う。
珍しく一日ずっと忙しかった『11』の狭い店内で、傭兵達はテルの淹れた珈琲とチョコレートを楽しんでいた。
チョコレートの甘い香りと、珈琲の香りが店内を包む。
憐はウサギの着ぐるみを着たまま、アンに渡されたちょこ焼きをほおばっている。
「憐ちゃんにはカレーもあるからねー」
「‥‥ん」
口にちょこ焼きを頬張ったままテルに応える憐の姿は、まるで小動物の様で可愛らしい。
穏やかな空気が『11』の店内に漂う。そんな中、料理やデザートを甲斐甲斐しくカウンターからテーブルへと運ぶ白珠がいた。
「気を付けて持って行ってね」
桜乃の言葉に「は、はい」と危なげにトレイを持つ白珠。
トレイに桜乃の作ったデザートを載せ運ぼうとするが、白珠はバランスを崩してふらつく。
「大丈夫ですか?」
そんな言葉と共に白珠を支えたのは白夜だった。支えてくれたのが白夜だと言う事に気付いた白珠は、慌ててずれた眼鏡をつけ直し顔を隠そうとする。
そんな白珠の頭に白夜はぽんと手を置くと、白珠はびくっと身体を震わせた。
「これで少しは私も妹達の手伝いが出来ると言うもの。良い機会を頂きました‥‥ねえ、白珠」
(ば‥‥ばれてる!)
優しい微笑みを浮かべる白夜に、白珠は汗を一筋流した――。
これはなんだろう。と、カップを傾けながら、そのカップと同じようにマヘルは首を傾げていた。
『予約席』
そんな札がカウンター席の一番奥に立てられていた。
「テルさん。これは‥‥」
「あ、ごめんね〜。今日はそこ予約席なんだ」
見れば分かるのだが、店を閉めた今、他に誰が来るのだろうかとマヘルは首を傾げる。不思議そうにするマヘルにくすりと笑みを浮かべて言う。
「はは、うん。誰も来ないんだけどね、今日はその席空けておいてほしいんだ」
そう言って、火にかけていたケトル手に取り濃いめの珈琲を一杯淹れた。そしてスプーンに角砂糖を一つ載せ、ブランデーを垂らす。
ブランデーの色に染まった角砂糖に、燐寸で火を付ける。
「カフェ・ロワイヤル‥‥ですか」
マヘルの呟きに笑みを浮かべ、テルは火のついた角砂糖を珈琲に沈めた。
そして、そのカップを『予約席』の札が置かれた席にそっと置くと、カウンターに頬杖を突き、誰も居ない席を懐かしそうに見つめたまま、口を開いた。
「ボクが大好きだった人の席さ」
もう、死んじゃったけどね。そう続けてテルはマヘルから貰ったチョコを口に放り込んだ。
「だから、キミ達には必ず帰ってきてほしい――」
――ボクはずっとここで待っているから。
今日は本当にありがとう。
そう、笑顔で皆に礼を言った。