●リプレイ本文
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仮面の男は足を組んで玉座に座っていた。
その傍らには、今まで勇者たちを苦しめてきた三魔貴族の姿がある。
彼らは生まれつき強大な符力を持ったが故に、人から色々な形での迫害を受け、人の輪から外れてしまった。
「‥‥‥‥」
「私はあなたを守ります」
沈黙を守るモリオウに、アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)はそう口にした。
彼女は幼い頃、冷たい雨の中モリオウに拾われ符獣の扱い方を教わった。そのお陰で、こうして生きていられるのだ。
きっと他の二人も似た様なものなのだろう。
「愚民共め! 我等の居城を侵すとは! こうなったら優良種たる俺自らが葬り去ってくれる!」
苛立たしげに口にしながら、天野 天魔(
gc4365)が、勇者を語る人間どもを迎え撃つために、玉座の間の扉へと向かう。
「はっはー! 待てよ天魔。俺も行くぜ! あ、アンジェリナは?」
天魔の後を追う守剣 京助(
gc0920)が、アンジェリナを振り返り声をかける。
それに首肯し、モリオウを振り返り頭を垂れた。
「それでは、行ってまいります――」
――あなたの夢を叶える為に。
そう言って背を向けたアンジェリナを、モリオウは沈黙を持って見送った。
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息が詰まる様な暗い通路。
魔王を打倒すべく旅を続けてきた勇者たちは、襲い来る屍人の群れに歩を妨げられていた。
「正義の味方気取りの愚民共め! 魔王様は傷つけさせんぞ!」
通路内に天魔の嘲笑が響き、屍人の群れが勇者たちを襲う。屍人達はその数で勇者たちを圧倒していた。
「い、いきなりピンチですよ〜‥‥」
「守ってばかりじゃ駄目だ! 出ろ『幸運のケット・シー』!」
『黒曜石の城壁』で屍人達の攻撃を防ぎながら、弱々しい声でそう口にするのは八尾師 命(
gb9785)。
それをソウマ(
gc0505)が激励し符獣を召喚した。
「『ケット・シー』の特殊能力に寄り、場の属性が光へと変わる。これであなたの闇の力は弱体する」
眩いばかりの光が通路内に満ち、屍人達はその光に焼かれ苦悶する。
「馬鹿な! 貴様ら愚民に優良種たる俺の術が破られるだと!?」
ソウマは挑戦的な笑みを浮かべる。『ケット・シー』は一定確率で場の属性を光へと変える。運に左右される札をこの決戦の場で使う彼は、『奇跡起こす勝負師』の二つ名がふさわしい。
「はっはー。やるねぇお嬢ちゃん」
「もう、ここで私に倒されちゃってください」
一方、住吉(
gc6879)の罠でもあり、符獣でもあるトリッキーな攻撃に京助が、感心とも負け惜しみとも取れる言葉を吐く。
直接攻撃型デッキの京助は、住吉(
gc6879)の戦闘スタイルとは相性が悪く、住吉の目の前に伏せられた符に攻めあぐねていた。
「ここは私達に任せて先に行って」
遠石 一千風(
ga3970)が背中あわせで、屍人を退けているエスター・ウルフスタン(
gc3050)へと叫ぶ。
符獣の力を自らに宿し、直接その符力を叩きこめるエスター。その能力は、魔王の符力に対抗しうる力だ。
その力をここで無駄に消費させる訳にはいかなかった。
「わかった。任せるよ、一千風!」
一千風にそう応え、エスターは駆け出す。それをさせまいと京助はエスターを自らの符獣『ツヴァイハンダー』で背後から斬りつけようと迫った。
「はっはー! 簡単に行かせ‥‥っ?」
「やらせませんよ〜。『業火の足枷』っ」
命の宣言と同時に『ツヴァイハンダー』の足に炎の足枷が纏わりつき、その攻撃を阻害する。
「やられっぱなしとは行きませんよ〜」
笑みを浮かべて言う命に、京助は大きく間合いを取った。
「喰らえ、赤狼!」
それを追い打ちする様に一千風が叫ぶ。その肌には符力を制御する為に刻まれた紋様が浮かび、その敵をクールに見据える。
幾度目かになる三魔貴族たちとの戦いに寄って、一千風の符力、そして従える符獣達の力も上がっていた。そして符獣達と心を通わせた一千風に、新たな力が目覚めつつあった。
そして力に目覚めた彼女のその頭には――
――犬耳。
どこの萌えキャラだ。
正確に言うと、狼の耳なのだろうがそこはそれ、女性に犬耳等ただの萌え要素にしかならない。また、その肢体を包む服は符獣とのシンクロ率を上げる為か、それとも誰かに対するサービスなのか、妙に露出が高い。
これは誰得なのだろうか。
「こ、この格好は‥‥カードの力が私にっ」
変化した自分の姿と、溢れ出る様な符力に昂揚と‥‥羞恥心がないまぜになった一千風の口からそんな言葉が漏れる。
そんな恥じらう姿もすばら‥‥
‥‥閑話休題。
一千風の召喚した赤毛の狼が、疾風のように京助の喉元に喰らい付こうと飛びかかる――
――風符・斬風千嵐。
静かな。しかし、怒りが籠った声が勇者たちの耳に届く。
刃となった風が、京助に飛びかかった狼を斬り裂き札へと戻す。
「いい気になるなよ!『死を汚すモノ』だけが我が力ではない!」
風の刃が発せられた先には、静かな怒りを瞳に宿した天魔が立っていた。
その隣に京助が並び「すまねぇ」と声をかける。そしてアンジェリナへと目を向け口を開く。
「アンジェリナ! モリオウさんのとこに行け」
「下等種共は、俺たちが処分しよう――」
――モリオウ様を頼む。
アンジェリナはこくりと頷き、隙をついて魔王の間へと向かったエスターを追う。
それを見て住吉が命に駆け寄り、耳打ちをする。
「エスター様のフォローに行ってあげてください〜。魔王と三魔貴族相手に一人では勝ち目がありません」
口にしている言葉とのんびりした口調がどこかちぐはぐな感じだが、住吉なりに真剣に考えての事だろう。
「行って! こいつらを倒したら直ぐに行くから!」
戸惑っていた命は一千風の言葉にこくりと頷くと城の奥へと駆け出した。
「愚かな! 行かせると思うかっ!?」
天魔が駆け出す命の足を止めようと屍人を命にけしかける。
しかし、屍人達は天魔の命令を聞かず、その場から動かない。
――すみませんが、あなた達は僕達が相手になりますよ。
その声がした方を振り返ると、腕組みをし不敵に笑う黒衣を着た少年――ソウマが美しき三人の女神を従えていた。
「残念ですが運命の女神三姉妹の力によって、屍人の支配権は僕が頂きました」
そして、命が城の奥へと消えるのを見届けてから、嫌味にすら見える笑みで、慇懃に、そして無礼に言うソウマ。
――そして、幸運の星はいつも僕達に輝く。
「はっはー、ならその星ごと打ち砕くだけだぜ! コーラアサルト『キョウスケ』召喚!」
京助の傍らに、もう一人京助が現れる。召喚されたのは並列世界に存在するもう一人の京助である。
こうやって並ぶと、全く同じ顔で見分けがつかない。
なので、便宜上CA(コーラアサルト)と呼ぶ事にする。
「はっはー! コーラアサルトをエースの成りそこないだと思うなよ!」
なんだろう。その残念な紹介は。
しかし、CAから感じられる力は、彼の切り札たり得るプレッシャーを勇者たちに与える。
「そんでウラノスも装備してと‥‥」
続いて札を発動させる京助だったが、天剣『ウラノス』がCAに装着される事は無かった。
「ん‥‥あれ? 故障か?」
そう言って、アーカイブをぶんぶんと振り回す京助。
「あ、その『ウラノス』って言うの頂きました〜」
「え?」
のんびりとした声に振りかえると、そう言う住吉の傍らに立つ、なんと言うか勇者が使うには不気味な藁人形の手に『ウラノス』が握られていた。
「『首吊り藁人形』は、相手の指定した効果対象をこの子に移し替える能力があるんですよ〜。だから、その『ウラノス』って剣の効果対象をこの子に変更した。と言う事です〜」
「うげっ!?」
人差し指を立てて、可愛らしく説明する住吉。
その可愛らしさと反比例にえげつない手を使う。さすが勇者汚い。民家の箪笥も平気で開けるくらい汚い。
『ウラノス』には攻撃を仕掛ける際に受けた特殊効果を無効化する能力がある。そうする事で必殺の攻撃を阻害されないコンボだったのだが――
――切れない札は、切り札になりませんね〜。
住吉はそう、穏やかに微笑む。
その脇を駆け抜ける金色の影があった。
「今だ黄虎! 引き裂けぇっ!」
『ウラノス』を奪われた京助の隙を突き、一千風の符獣が鋭い爪を振るう。
「ちょ、ちょ、まっ!」
たたらを踏みながらも京助は自らの手札から札を放つ。
瞬間、黄虎と京助の間に光る十字架の墓が現れ、耳障りな音と共に黄虎の爪を弾く。
「くっそ、CAっ! 反撃だっ!」
CAはその指示に従い、大剣を頭上に大きく振り上げる。力強い光が大剣を覆い、周辺の空気をちりちりと焦がす。
「受けてみろっ! 最大最強の必殺技! ヘラクレススラッシュ!!」
爆光と共に振り下ろされる大剣。それを受け止めたのは‥‥京助だった。
「え?」
その呆気にとられた呟きは誰の口から洩れたものだっただろうか。
目もくらむような爆光が引いた後、膝を突いていたのは京助だった。CAは既にその場から掻き消えている。
「『気まぐれなドッペルゲンガー』。相手の姿を写し取り、撃破された場合、一定確率でそのダメージを倍にして反射する」
反射したのが当然の様に、符獣の効果を告げたのはソウマだった。
「『ウラノス』さえ、装備出来ていれば‥‥くそ‥‥」
「京助!?」
その場に崩れ落ちる京助に天魔が動揺を見せた。その隙を見逃さず、一千風は懐に潜り込んでいた。
「吼えろ白獅子――」
――レオン・ブラスト!!
光の獅子の咆哮が光の粒子となって天魔の体を突きぬけた。
それは天魔の命を食いつくし、致命の一撃を加えた――筈だ。
しかし、それでも勇者を先に行かせまいと立ち塞がる天魔の姿。
「く。は‥‥。愚物相手に、俺が、負ける‥‥死ぬだと‥‥?」
忌々しげに勇者達を睨みつける天魔。
震える指で、手札を見る。しかし、『死を汚すモノ』の支配権が奪われている以上、それを取りこんで自らを強化する『禁符・人獣同魂』も使えない。
そして糸が切れた様に仰向けに倒れると、中に向かって手を伸ばし――
――モリオウ様。
まるで親を求めるかのようにその手は宙空を彷徨い、そして――地に落ちた‥‥。
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「魔王だかラオーだか知らないけどね、うちはあんたなんて絶対に認めないわっ!」
松明の明かりがゆらゆらと照らす魔王の間にエスターの叫びが響く。
しかし玉座に座った魔王は、エスターを目の前にしても微動だにしない。
舐められているのかと、エスターは近づいて文句を言おうと、魔王の玉座に歩み寄る。
「あんた‥‥ね‥‥?」
不意にエスターに生まれた疑念。
そしてそれを確かめようと手を伸ばした時――
――『怒れし選定の牙』。
そんな言葉が微かに聞えた。エスターは咄嗟に防御符を発動させる。
「『汝は死、汝は生。護れ、エイワズ!』」
終りと始まりを表すルーンがエスターの胸に浮かぶ。同時に耳障りな音と共に、エスターは大きく弾き飛ばされた。
「指一本触れさせない」
鋼の剣を手にしたアンジェリナは静かに宣言し、流れるように次の符を発動させる。
「『定められし勝利の証』」
発動した札は、巨大な光の槍へと変化しアンジェリナの手から離れると同時に、衝撃波を伴ってエスターへと飛翔する。
「くはっ!?」
光の槍の直撃を受け、光の尾を引きながら床を転がるエスター。歯を食いしばりながら体勢を立て直すエスターにアンジェリナが雷を帯びた槌を振り下ろす。
「っ! 『汝は勝利、汝は勇気。進め、ティール!』」
エスターの呼び声に応じ、彼女の右手甲に戦神ルーンが浮かぶ。その拳を真っ向から槌にぶつけると、爆音と共に二人は両端の壁へと激突した。
「‥‥絶対に行かせない」
ゆらりと立ちあがるアンジェリナが呟く。その瞳には強い意志の光が宿っていた。
「どうして‥‥どうして、そうまでしてモリオウをっ」
「恵まれたあなたには分からない」
そう応えて召喚した黄金の剣を横薙ぎに振るうと、二人の足元に闇が纏わりつく様に蝕み、動きを阻害した。
――『終焉の災厄』
続けてアンジェリナが振り上げたのは炎の剣。全てを焼き払い浄化する炎の剣。纏わりつく闇と炎が混じり合い、黒く濁った炎が魔王の間を焼く。炎が。とぐろを巻いてエスターに襲いかかる。骨まで焼き尽くす業火は、振るったアンジェリナの前髪すら焦がし、独特な嫌な匂いが鼻に付く。
「エスター様っ!」
遅れて辿り着いた命が、その光景に悲痛な声を上げた。
しかし、業火の中から飛び出す影を命は見つけ、命は口元を引き締めて札を引く。
「これで決めてください! 『虹色に輝く幻想』 後は任せましたよ〜」
発動と共に、その場に膝を突く命。
『虹色に輝く幻想』は、自らの生命力を糧として、対象の攻撃を繰り返させる効果がある。
普段からのんびりとした命ではあるが、戦場に立つ彼女のその瞳には、今まで戦い続けてきた符術師としての誇りが見えた。
『虹色に輝く幻想』の効果を受けたエスターは、全身全霊の力で右手に持つ槍を突き出し吠えた――
――汝は友、汝は守護。集え、エオローっ!!
エスターが繰り出す槍には、大鹿を表すルーンが刻まれて居た。
召喚したルーンの力を全て込め、疾風のように突きを繰り返す。その槍の穂先はアンジェリナの生み出した炎を吹き散らしながら、魔貴族を貫いていった――。
――そして、魔王の間に静寂が満ちた。
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勇者たちが魔王の間に辿り着いた時、そこには血を流し横たわるアンジェリナと、それを悲しげに見つめるエスターと命が立っていた。
一千風が玉座の魔王を見て身構えると、エスターがそれを手で制した。
「もう、終わってる」
「え?」
視線を落したまま言うエスターに聞き返す一千風。
「死んでるんだ。もう‥‥」
「なら、三魔貴族は死んでいる魔王を守って居たと言うのか!?」
やり場のない怒りにソウマが叫ぶ。
「あの人は私たちの希望だった」
「‥‥希望?」
その言葉に訝しげに住吉が問うと、自嘲する様な笑みを浮かべて魔貴族は応えた。
「あの人は私たちの様な人間が、差別されない世界を作ろうとした」
力がある故に迫害を受けた。そして親から、世界から捨てられた彼らをモリオウは拾い、差別されない世界を作ろうとしたのだ。
それが、モリオウの夢だった。
「‥‥その世界はうちらが作る」
不意にエスターが口にした言葉に、魔貴族は目を大きく見開く。周りに立つ勇者たちもその言葉に強く頷いた。
「そう、か」
――ならば、あの人の夢は任せる。
そう言って目を閉じるアンジェリナの顔は、どこか満足げにも見えた。
●夢を繋ぐもの
勇者たちに寄って魔王の野望は潰えた。
しかし、その本当の遺志は勇者たちが受け継いで行く。
あるものは更なる後継を育て。
あるものはその意志を語り。
あるものは歌にして紡ぐ。
――そうやって人の思いが繋がれていくのが、遥かなるこの世界なのだ。