●リプレイ本文
●猫の町
にゃぁん‥‥。
‥‥にゃぁぁん。
にゃにゃっ!
にゃおーん!!
猫がじゃれあうような鳴き声が、廃墟の町のそこかしこから聞こえてくる。
「ル、ルリちゃん! 猫を追っていっちゃだめぇぇ! キロちゃんもぉっ!」
四つん這いになって、散り散りに町の猫を追いかけ出すルリとキロ(
gc5348)を、更に追いかけるのは美崎 瑠璃(
gb0339)だ。
「にゃお!」
「ねこねこぬこぬこー!」
ルリとキロは追いかけてくる瑠璃を一度振り返ると、怒涛の速さで猫型キメラを追って町の奥へと突貫していく。
「ちょちょちょっ! ま、まってっ!」
完全に保育園の先生と化している瑠璃である。
しかし、それでも流石にそろそろ子供たちの扱いにも慣れてきた。
瑠璃は大きく息を吸い込んで、辺りに届くようにこう叫ぶ。
「ルリちゃんが最初にトランク見つけられたら、あたしのお手製・ほっぺたが落ちるくらい美味しいホットケーキをご馳走しちゃうぞーっ!」
「ほんとっ!?」
「我には? 我にはっ!?」
どこから現れたのか、ずざざっっと一瞬で瑠璃のすぐ傍に来た二人は競う様に詰め寄る。
「最初にトランクを見つけたらね♪」
瑠璃はそんな二人にそう言って、やわらかく笑う。
そんな三人を遠くから見つめ、苦笑を浮かべてため息をつくのは龍深城・我斬(
ga8283)だった。
この辺りはまだ普通の猫ばかりで猫キメラは居らず、危険はなさそうだがなんだろうかこの雰囲気は。
(しかし、本当にピクニック見てえだな、子供もばっかだし、いや傭兵なんだろうけど)
はしゃぐ子供たちを見ながら頬を掻き、もう一度ため息をつく我斬の肩をぽんと叩く手があった。
「お察しします」
その声に振り返ると、似たような苦笑を浮かべた辰巳 空(
ga4698)が居た。
「皆、目的は忘れてないようですけれど‥‥」
「まぁ、たまにはこんなのもアリかもな。キメラに遭うまではよ」
そう言ってドライフルーツを一齧りする我斬。気付くとルリが下から覗き込む様に我斬を見上げている。
「ん? 欲しいのか?」
「‥‥うん!」
「んじゃ、やるよ」
「わぁぁぁぁいっ! ありがとっ! ‥‥え、と」
「ん、俺か、龍深城・我斬だ。よろしく頼む」
「うん! ありがとっ! 我斬にぃちゃん!」
一々声がでかい。満面の笑みを浮かべるルリを見送る我斬と空。
「確かに、たまにはこういうのも悪くはありませんね」
ルリの後姿を眺めながら、空は優しく笑った――。
●ぬこのもふ
廃墟の町。
そーっと、町の物陰を覗いてみると‥‥。
にゃー。なー。にゃおん。
もふもふもふもふ。
「はっ!?」
猫型キメラをもふもふしていたエイミー・H・メイヤー(
gb5994)は、はたと我に返り猫キメラから素早く距離をとる。
「くっ‥‥このように愛らしい姿のキメラを作るとはバグアめなかなかやるな!」
ふぅ。と額から伝い落ちる汗をぬぐい、忌々しげにそう呟く。
にゃ〜。
そう猫キメラが啼くと「にくきゅう‥‥」と陶然と呟きながら、ふらふら〜と再びキメラへと歩き出す。
目の前に居る猫は間違いなくキメラなのだが、存外おとなしくエイミーがチラつかせるリボンにじゃれ付いてきたりしていた。
‥‥正直、普通の猫とあまり変わりない。
そんな猫(キメラ)が集まっている路地裏にルリ、セラ(
gc2672)、火霧里 星威(
gc3597)、ジェーン・ジェリア(
gc6575)が集まっていた。
「えーっとぉ‥‥『なぁーご♪』‥‥どーかなー?」
「違うよぉ! 『にゃぁぁん』だよ!」
「『にゃにゃっ!』じゃないかなぁ?」
誰が一番猫の気を引けるかを競っているらしい。その中で一番の年長者のジェーンが「ふふん」と子供たちのやり取りを鼻で笑った。
「やっぱり皆子供だなぁ、大人なあたしはこんなものを用意してきました〜っ!」
そう言って高々と掲げたのはにゃん槍「エノコロ」っ!
掲げられたエノコロを見上げ、子供たちは「おお〜っ!」と声を上げる。得意げに胸を張るジェーンがエノコロを猫に差し出すと‥‥。
‥‥にゃっ。
最初は少し警戒していた猫(あくまでキメラ)の一匹が、ふりんふりんと魅力的にゆれるエノコロの穂先に飛びついた。
それが先駆けになったのか、我先にと猫達はエノコロに飛び掛っていく。
あれよあれよと言う間に猫の波にジェーンは飲まれた。
「にゃぁにゃぁ!」
「にゃんにゃん!」
「うにゃぁぁぁぁっ!」
その猫にまぎれて子供同盟がジェーンにじゃれ付く。
「ちょ、ちょ、まっ!?」
――平和な‥‥昼下がりの午後だった。
●猫の王と落し物のトランク
セラは身軽に瓦礫の山を越えていく。その姿はさながら猫の様。
白黒のゴスロリ服をひらひらたなびかせ、猫を追いかけながら町を駆け抜ける。
「あれ?」
はた。とセラは立ち止まり辺りを見回すが、周りに居たはずの皆が居ない。
「ル〜リ〜! セ〜イ〜!」
返事は無い。セラは一人ぼっちのようだ。
「はっ!? セラってば迷子っ!?」
セラは慌てている――
――さて、と。
不意にセラの雰囲気をがらりと変わった。
「とりあえず、トランクを探しながら合流するとしようか」
ゆっくりと日傘を差し、廃墟の町を見つめて少女はそう言ってくすりと笑う。
「面白いことになりそうだよ、実にね」
セラ――アイリスはそう呟いた。
★ ★ ★
ずぬーん。
それは。猫みたいな? 広場に座った巨大な猫を星威は見上げていた。
長靴を履いたどこかサムライのような雰囲気すら感じさせるそれは、眠っているのか目を閉じている。
「‥‥わ‥‥おっき‥‥えーっとぉ‥‥ごろにゃーん♪」
星威の精一杯のコミュニケーションが伝わったのか、ゆっくりと目を開き、めんどくさそうにゆらりと二本足で立ち上がる。
その手にもった反りのある片刃の剣を振り上げると、意外と敏捷な動きで剣を振り下ろした。
「わわわっ!」
慌てて振り下ろされた剣をかわす星威。
「どーせならカワイイ長靴ネコが良かったにゃーっ!」
「ふふーん! この子にトランクのある所に案内させれば良いんだよっ!」
下がる星威と入れ替わりで、エノコロを手に突貫するジェーン。
ふょんふよんと揺れるエノコロの穂先に、猫サムライは猫の性なのか気を取られた。
我慢をしているのか、ちらりちらりとそちらを見てはふるふると振るえている。その姿は無骨そうなその立ち振る舞いとはアンバランスで、存外‥‥可愛いかもしれない。
「うりうり〜」
「にゃあああああああっ」
何かを振り切るかの様に、猫サムライは青い空に向かって嘶いた。
なぁぁぁぁぁっぁあ!
その嘶きに応えたのか辺りの物陰から一匹。また一匹と猫型キメラが現れる。
見る見るうちに広場が猫の海と化す。
「うぉぉぉっ! 猫がいっぱいだよぉぉっっ!?」
「もふりほうだいじゃぁぁぁぁぁっぁ!」
猫型キメラを捕まえてもふり回すルリとキロ。明らかに嫌がっている猫キメラに引っかかれながらも、構わず抱き上げもふりたおす。
「い、いかん。こ、この攻撃はあまりにも攻撃力がありすぎるっ!」
歯を食いしばり自らの胸のうちから溢れ出る欲求を堪え、ツインテールを揺らすのはエイミーだった。しかし言動とは裏腹に、その瞳は完全に魅了されている。
「み、みんなしっかりしてぇっ!」
猫の海に溺れながらも瑠璃が全員に檄を飛ばすが、猫の鳴き声で溢れ、混沌としたこの場では
効果が薄い。
「うにゃぁぁっ! やっつけちゃうもんっ! 雷神いっくよーっ!」
猫に取り付かれながら星威が叫ぶと、手にした機械巻物から紫電が走る。
地面を舐めるように走る雷の蛇は、周囲の猫(キメラだからねっ)をなぎ払ってゆく。
それに驚いた小型の猫キメラは、蜘蛛の子‥‥いや、猫の子を散らすように逃げ出した。
機械巻物の発動の瞬間を狙って、猫サムライが再び星威へ剣を振り上げる。
――にゃぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁん。
瞬間。どこか艶のある猫の鳴き声が広場に響く。
猫サムライはそれに気を取られ、鳴き声がした方へと視線を向ける。
その先には‥‥。
「にゃぁん。なのじゃ〜♪」
猫手を作り不適な笑みを浮かべてそう言うキロがいた。
「君の相手はこっちだよ!」
一瞬の隙を突いて瑠璃が猫サムライへと宣言し、瑠璃の手から手袋が舞う。
それは決闘の申し込みの証。
この場には不釣合いなその行動に、他の傭兵たちも瑠璃に任せる事にする。
対峙する二人。いや、一人と一匹。
星威の雷で発生した静電気で毛を逆立てながら、手にもった剣を構えなおす猫サムライ。
肉球でどうやって剣を握っているかは、それはキメラだからと言うことにしておこう。
対してイアリスを片手に剣を持ち、油断無く構える瑠璃。
猫サムライが地を駆ける。猫らしいしなやかな動きで瑠璃に迫る。風を切り猫サムライの剣が瑠璃を襲うが、瑠璃は冷静にそれを回避して口元に笑みを浮かべた。
「行っくよー! 超久しぶりの! 必殺っ!! 『瑠璃色の牙』属性反転バージョンッ!!」
二人の影が交錯する。
ぱたり。
猫サムライが倒れた――。
「いい戦いだったね!」
イアリスを鞘に納めながら瑠璃は笑った。
●大人のけじめ
「なるほど、それがルリの覚醒か」
「ほえ? あ〜アイリスさんだぁっ! トランク見つけたんだ!」
ちょうど猫サムライと瑠璃の決着がついた頃、トランクを手にしたセラがルリにそう声をかけた。セラと、もう一つの人格のアイリスを間違わないのは野生の勘だろうか?
「覚醒時、特徴が肉体に出る傭兵は多いが、ルリは髪が伸びるのだね」
「へ? うおおおおっ!? なに? 何これ!? ‥‥ま、いいか」
腰の辺りまで伸びた自分の髪にルリは絶叫をあげた後、そう自己完結する。どうやら知らなかったらしい。
「くっ、これで目的は達した! 帰還するぞ!」
「わーい! じゃーミンナでごハンたべいこー! ボクおなかへったー♪」
エイミーの言葉に星威が手を上げて応える。。
エイミーとしてはこの猫の町に後ろ髪を引かれる様な、でも、ここに居たら自分が駄目になってしまうような。そんな危機感に焦燥に駆られて居た。
エイミーのそんな気持ちを知ってか知らずか、他の傭兵たちも駆け出すエイミーを追って、星威を筆頭に撤退を開始する。
それに付いていかない人物が居たのにルリは気付く。
「あれ? 我斬にぃちゃん、どしたの?」
「あぁ、ちょっと忘れ物をな」
「そうなんだ! 探すなら私手伝うよ!」
「いや、いいよ。すぐ見つかると思うしな」
「そっか! じゃあ見つけたら皆でご飯食べよーねっ!」
「あぁ」
ルリにそう言って笑い、視界から消えるまでその場で見送った。
――んじゃ、やりますか。
我斬はそう言って、猫の町へと向き直る。
先ほど逃げ出したものも含めれば、まだ結構な数の猫キメラが居るはずだ。
「悪いな、俺は貴様らがキメラである以上許せない」
「そうですね」
不意に物陰から空が現れて、我斬の言葉に同意した。
「なんだ。あんたまで残る必要はねぇのに」
「はは。大人のけじめって奴ですよ。放置しておいても、また別の傭兵に退治されるだけですしね」
「俺はあんたみたいな大人の理由じゃねぇよ。ただの私怨だ」
「でも、子供たちの前ではちゃんと大人だったじゃないですか」
空が言っているのは、おそらく子供たちに猫を――いや、猫キメラを退治するところを見せなかった事を言っているのだろう。
それに我斬は苦笑して「毎度毎度、ぶちきれるのは直さねぇとだしな」と応え、明鏡止水を構えなおす。
「んじゃ、始めますか」
「ええ――」
――大人のけじめってやつを。
そして二人は猫の町へと、再び走り出すのだった。
●
(‥‥あ、あの町は危険だ‥‥、自分を保てる自信がない‥‥)
猫の町からかなり離れたところで、エイミーは地面に手を突き心中でそんな事を思った。
「楽しかったねぇ!」
「‥‥あ、あぁ、そうだな」
無邪気に感想を述べる星威の言葉に、あの猫の楽園の事を思い出し、ほわん。とかする。
だが、すぐに頭を振り「あれはキメラ」とぶつぶつと繰り返すエイミー。
「あ、ルリ! そのスイートポテトは我のじゃぞ!」
「まだまだ沢山あるから大丈夫だよ♪」
「セラちゃんてば料理上手いねぇ」
「瑠璃ふぇ! ふゅーふゅほっへ」
「ルリちゃん‥‥口の中のものちゃんと食べてから話そうね?」
ルリにジュースを取ってあげながら瑠璃は苦笑を漏らす。
「そういえば、瑠璃ねぇカッコ良かった! 私もがんばんないとなっ! ママを倒せるくらい!」
あれ? 以前はママを守れるくらい強くなりたい。とか言っていた気もするけれど。
まぁ、この場のノリで口にしたのだろう。
「それなら特訓じゃ! 特訓をするのじゃ!」
「おおっ! 特訓! 特訓なのだ!」
キロと二人してその場で特訓とやらを始める。端から見ているとじゃれあっているようにしか見えない。
「セラもセラも〜」
「僕も僕もっ!」
「なら、あたしが稽古をつけてあげよう。これからあたしの事はサーと呼べっ!」
ジェーンがイカ剣スルメを空に掲げると、子供たちは口々に「さー」と呼ぶ。きっと意味は分かっていない。
「‥‥あはは、混ざっちゃうんだぁ‥‥」
乾いた笑みを浮かべ瑠璃はそんなジェーンと子供同盟を見ながら、友人からルリに似ていると言われた事を思い出す。
(雨ちゃん達から見ると、あたしってあんな感じに見えてるのか)
ちょっと、反省した。
「あ、お帰り! 我斬にぃちゃん! 空にぃちゃん!」
「おう」
「お待たせしました」
ぶんぶんと手を振って自分たちの名前を呼ぶルリに、どこか優しい気持ちで応える大人二人。
セラの作って来たお弁当やおやつを食べながら一休みをする。
たまにはこんなピクニックの様な依頼も悪くない。
我斬と空はそんな事を思った――。