●リプレイ本文
●出発前夜
‥‥これは、なんだろうか‥‥。
石枡 安奈(gz0395)は目の前の箱を開けてそんな事を思った。
箱の中には赤のホルターネックの水着と浴衣が入っており、あとはこう書かれた一枚のカード。
『これを着て海とお祭りで楽しんで下さい ジェーン☆ヤマダ』
安奈はカードを見つめながら苦笑し、後輩の顔を思い浮かべる。
自分で買った水着もあるのでどうしようか悩んだが、せっかくくれた物を着ないのは後輩に対してどこか申し訳ない。
そんな事を思い、自分の買ってきた水着と浴衣を脇に置いて、届けられた水着をカバンへと詰め込んだ――。
●一人より二人、二人より――
浜辺にはバカンスを楽しむ人々が溢れかえり、その中に浜辺に座ってぼんやりと人々を見つめる安奈の姿があった。
楽しそうに笑う人々を見る安奈の顔も、どこか楽しげに見える。
「あら、石枡さんじゃないですか」
そんな声に安奈が顔を上げると、石動 小夜子(
ga0121)と弓亜 石榴(
ga0468)が立っていた。
「石動さんに弓亜さん。奇遇ですね」
「石枡さん、一人?」
「え、ええ、まぁ」
石榴の言葉にバツが悪そうに安奈は応える。一人でバカンスに来ているのが少し気まずいのかもしれない。
「だったらさ、一緒にどーです?」
「え? いいんですか?」
「ふふ‥‥大勢の方がきっと楽しいですよ」
かなり大胆な黒の水着を着た小夜子がそう言う。石榴に強引に着替えさせられた水着だ。
残念ながら強引に着替えさせられたシーンは記録に残されていない。
問い合わせても無駄なので諦めて頂きたい。ほんとだよ?
「じゃあ、ご一緒させて貰っても‥‥いいですか?」
「もっちろん♪」
そう笑顔で答えながら石榴は、二人に見えないようにニヤリと笑った。
――計画通り。
いつもクールな安奈が着慣れない水着を着て、どこか恥ずかしそうにしているのを見る事が出来、水着をわざわざヤマダ名義で『送った甲斐』があったというものだ。
石榴に言われるがまま、石動と石枡は‥‥『石』という漢字を冠しているにもかかわらず、そのしなやかなで柔らかな肢体を砂浜に遊ばせる。
(ふむふむ‥‥石動さん、また成長を‥‥石枡さんもこれはかなり‥‥)
ビーチボールが跳ねるに合わせ、二人の肢体も同じように跳ね、揺れると、知らず知らずに石榴の喉が鳴った。
「あ、の‥‥ちょっと、弓亜さん?」
「気にしないで続けて、二人とも」
「いえ、あの‥‥踏んじゃいそうです」
ふと、気付くと石榴は超ローアングルから二人の肢体にカメラを向けていた。
「はっ!? 私をここまで魅了するなんて‥‥恐ろしい子達っ」
「弓亜さん、駄目ですよ?」
小夜子は石榴に苦笑を浮かべ呆れながら軽く石榴の頭を叩くと、弓亜はペロッと舌を出して応える。
海にそんな魅力的な女性が3人集まっていて、声をかけられる事は必然だったと言えよう。
「キミは確か石枡と言ったか‥‥こんな場所で会うとは奇遇だな」
「あ、各務さん。本当に奇遇ですね」
三人に声をかけてきた各務・翔(
gb2025)に、石枡は本部で浮かべるのと同じ微笑を返す。
「はは、旅行先くらいは普段のキミの笑顔が見たいものだね」
「あ‥‥すみません」
翔にそう言われ、石枡はあわてて自分の顔に手をあてた。職業病のような微笑が浮かぶ自分が恥ずかしくなって頬を染める。
「構わないさ。今のキミを見られただけでもお釣りが返ってくる」
それ程ULT内で石枡が慌てるところを見た事が無いのだ。
「よければ一緒に周らせてもらっていいかい? こういうものは大勢の方が楽しめるものだ」
「え、あ‥‥」
翔の申し出にちらりと石榴と小夜子の方に視線を泳がせると、小夜子が「そうですね、大勢の方がきっと楽しい、ですよ」と了解の意を示すと、石榴も頷きで返した――。
●それぞれの海の過ごし方。
「うーみーがーすーきー♪」
そう大声で叫びながら寄せては返す波に駆け出すキロ(
gc5348)。
体にフィットしたスクール水着を身に纏い、弾丸のように波に突撃していく。キロが激突した波は、大きな水柱を上げ周囲に飛沫を散らし砂浜に雨を降らせた。
まさしく小さな竜巻の様な少女である。
「ひゃっ、冷たい♪」
「ははっ、随分元気なのがいるみてぇじゃねぇかヨ」
降り注ぐ海水を浴びて、どこか楽しそうに笑うユイリ・ラフィアス(
gc5135)に、不敵な笑みを浮かべヤナギ・エリューナク(
gb5107)は応える。
その視線の先には、先ほど水柱があがった方に向けられていた。ファイアーパターンの入ったサーフパンツが筋肉質の体に良く映える。
「ヤナギ、向こうでミスコン受付中だってよ」
「せっかくだから皆で参加しない?」
並んで歩いていた二人に、カイリ・ラフィアス(
gc6511)とアイラ・カートルド(
gc6515)がそう声をかけてくる。
その全員が眉目秀麗の美男美女、何かの撮影かと周囲の観光客が集まってくるほどだ。
「へっ、俺が優勝だな」
「はっ! 俺がいる限りお前の優勝はねぇよ」
ヤナギとカイリがにらみ合う中、アイラは苦笑して「先いこっか」とユイリに言って、それに気付いた男二人が追いかける。
そんな美男美女四人組がUNKNOWN(
ga4276)の脇を通り過ぎていった。
流石に真夏の日差しは暑いのか、シンボルともなっている黒のコートを小脇に抱えていた。
海の家の一つでゆっくりとアルコールを楽しみながら、時折吹く風に目を細めていると辺りがどうも騒がしい。
「あそこの海の家が今日は店じまいだってよ」
「うちに来たらどうすんのよ」
「覚悟決めるしかねぇだろ、そりゃ」
とか、奥のほうからそんな話し声が聞こえてくる。
何の事かとタバコを燻らせていると、目の前を小さな少女が横切りUNKNOWNの視界の端にあるテーブルに座ると、その可憐な口を開いた。
「‥‥ん。とりあえず。飲み物。カレーを。大盛りで。頂戴」
カレーは飲み物です。とか、そんなどこかで聞いたようなセリフをさらりと言ったのは最上 憐 (
gb0002)。ここに来るまでに一つ、海の家の食料を平らげてきている。
店主達が慌てて大盛りのカレーを持ってくると、言葉通りあっという間に飲み干した。カレーをですよ!?
「‥‥ん。鉄板の上に。あるの。全部。頂く。大人買い。おかわりも。したいので。じゃんじゃん。焼いてね」
急に海の家が慌しくなった。テーブルに置かれる皿が置かれると、瞬く間に料理が消える。
どうやら、この海の家の命運もここまでらしい。
UNKNOWNは店の惨状に苦笑を漏らしたあと、口にしていた煙草を灰皿で揉み消し、テーブルにお金を置いてその場を去った。
その海の家がどうなったかは、皆さんの想像に任せようと思う。
一方、寄せては返す波打ち際で随分と立派なお城が建っていた。
「悠司おにーちゃん。すごーいっ!」
「やった! 凄いお城が出来ちゃったね!」
鈴木悠司(
gc1251)とユウ・ターナー(
gc2715)は、手を取り合いながら喜びを分かち合う。
二人で力を合わせ作り上げた砂の城だからこそ嬉しいのかもしれない。
「ユウさん! ミスコンがあるらしいよ? ユウさんでたら優勝出来ちゃうかもよ!」
「うぅん‥‥ちょっと自信ないなぁ‥‥って、悠司おにーちゃん中では優勝?」
上目遣いで問うユウに「当然じゃないか!」と応える悠司。
「わーいっ! やったーっ☆ じゃあ悠司おにーちゃんもユウの中では優勝なんだよっ」
と、無邪気にはしゃぐユウに満面の笑顔で悠司は応える。
今日はまだまだこれからだ。夜店もあるし花火も予定されている。
「今日は1日、遊び倒そうね!」
「うん!」
そう、まだまだ遊ぶ時間はたっぷりとある。
「なんか、こうやって出かけるのも久しぶりの気がするなぁ」
ボートの上で寛ぎながらジャック・ジェリア(
gc0672)が青空を見上げながら呟くと、向かいに座っているタルト・ローズレッド(
gb1537)が「そうだな」と頷いた。
穏やかな二人の時間。ただ、泳げないタルトは水面が直ぐ近くにある所為か、どこか心許なさそうだ。
この辺りの海は稀に波が高くなる事があるから、転覆には注意するようにと貸ボート屋の店主が行っていたのをジャックは思い出す。
「大丈夫だよ、何かあっても俺が何とかするから」
ジャックの言葉に、緊張しつつも首肯する。
信頼は、しているのだ。だが、泳げないという事実は簡単に恐怖を振り払うことが出来ない。
それでもタルトがなんとか笑顔で応えた時――
――二人の乗っているボートが揺れた。
タルトはバランスを崩し、海中へと沈む。
「ちょ、や、助けっ、あ、足付かないっ!」
慌てて伸ばした手を、タルトと同じく海に落ちたジャックが握り自らの方へと引き寄せると、タルトの小さい体はすっぽりとジャックの腕の中に収まった。
タルトの口から「あ」と言う声が漏れる。
見上げると、優しく微笑むジャックの顔が視界に入った。
(‥‥そうか)
ジャックの顔を見てタルトは胸中で呟く。
(私が安心できるのは、ジャックの腕の中なんだ)
タルトはそう思った後、照れ臭くてちょっとバツが悪そうに「ありがと」とだけ口にした。
ごぽり。
ジャックとタルトがいい雰囲気になっている場所から少し離れた所で、海中から姿を現したのはアルヴァイム(
ga5051)だった。
「作戦成功」
事前に転覆に気をつける様ジャックに人づてに伝えたのも彼だが、実際に転覆させたのも彼だった。
遠目に二人の様子を伺って薄く微笑むと、浜辺に向かって泳ぎだす。
間もなく始まるミスコンや花火、屋台などでの問題が発生しない様にしなければならない。
皆が思う存分この祭りを楽しめるように。
そう、彼の本当の仕事はここからだ――。
●そんな、二人。
『6-2 りゅうな』。
そんなワッペンをつけたスクール水着を着て、海に駆け出すのはリュウナ・セルフィン(
gb4746)だった。それを追いかけるように東青 龍牙(
gb5019)が続く。
「にゃー! 龍ちゃん! 早く来るのらー!」
龍牙が持ってきた浮き輪に体を通したまま、ぶんぶんと龍牙に手を振っている。
龍牙の瞳にはスクール水着を着たリュウナの姿は夏の日差しに輝いて見えた。
「あぁ‥‥スクール水着姿のリュウナ様‥‥最高です♪」
「ん? 龍ちゃん、どうしたのら?」
「いえ、何でもありませんにょ?」
――噛んだ。
慌てて「何でもありませんよ」と、実に爽やかな笑顔と共に言い直す。
ここからは冷静さを保たなければならない。崇高なる計画の為に。
「あ、確か龍ちゃん泳げなかったのら‥‥」
そう、その通り。にも拘らず龍牙が浮き輪をリュウナの分しかもってこなかった理由。
泳げない。と言う大義名分を振りかざし、リュウナの浮き輪に捕まって泳ぐ練習をしながら――
――至近距離でリュウナのスクール水着姿を拝む為だっ!
リュウナに見えないように、拳を握り締める龍牙。
その目論見の達成まであと僅かっ!
「こんな事もあろうかと、龍ちゃんの為に――う〜き〜わ〜!」
――計画、失敗。
計算外の出来事で砂浜に膝を付きうなだれる龍牙に、リュウナは無邪気な笑顔で「コレで龍ちゃんも一緒にプカプカ出来るのら〜!」と言う。
その笑顔を見ると、計画は失敗してしまったが、それでもリュウナが一人で『自分の為に(ここ重要)』準備をしてくれていた事は喜ばしい事だ。
それ以上に――リュウナの楽しそうな笑顔が見れたのが、龍牙にとって何よりも嬉しい。
「流石リュウナ様です!」
得意げに胸を張るリュウナに、龍牙はそう言って笑顔を向けた。
ピルケースから錠剤を取り出すと、ラナ・ヴェクサー(
gc1748)はそれを飲み下した。
精神安定剤。
直ぐに効く訳ではないが、飲んだという安心感がラナの心を落ち着かせる。
それを隣で見ていた藤堂 媛(
gc7261)の視線に気付き「戦闘依頼のような、緊張感はないですけど‥‥念の為に、ね」と、どこか弱々しく言う。
久しぶりに泳いだ緊張もあるかもしれないので、本当に念の為。である。
「泳ぎ‥‥上手いんですね‥‥」
「えっへん、ウチは泳ぐん得意なんよー?」
ブルーハワイのカキ氷をつつきながら媛は笑う。
「泳ぐん久しぶり何やろ? 楽しかった?」
「‥‥ん、誘われて‥‥どうしようか、と‥‥思いましたけど。ありがとう‥‥」
ラナの言葉に媛は満足そうに頷いて口を開く。
「そっちも美味しそうやねぇ‥‥一口貰てかまん?」
「あ、はい」
許可を待ってから、ラナの持つ苺練乳のカキ氷にスプーンを伸ばす。
「ん〜、苺練乳も美味しいなぁ、はい、ヴェクサーちゃんも」
そう言って媛が差し出すブルーハワイのカキ氷に、ラナは遠慮がちにスプーンを伸ばす。
口に入れると氷の冷たさとブルーハワイの清涼感のある味が、夏の暑さを払っていく。
「‥‥青く、なっちゃった‥‥か、な‥‥?」
「あはは。青い青いー!」
「藤堂君だって‥‥」
眉根を寄せて鏡を見せると「ほんまやー」と、媛は楽しげに笑った――。
●ミスコンについて。
高見沢 祐一(
gc7291)は、人が集まり始めたミスコン会場に鋭い視線を投げかけていた。
祭りの場の様に人が集まる場所では、何かといざこざが起こるものだ。自発的にミスコンの運営に声をかけ、会場の警備を高見沢は申し出たのである。
「‥‥あ、いえ、困ります」
「大丈夫だ、キミは美しい。何せ世界一美しい俺が見惚れる程だ」
「でも‥‥ですね」
どうやら女性が軟派男に声を掛けられて困っているようだ。さぁ、出番だ高見沢!
「‥‥あー、嫌がってるじゃないか‥‥ちょっとこっちまで来ようか」
声を掛けている男の肩に手を置き、毅然とした態度でそう告げる。と、声を掛けられていた女性は、高見沢も見知った顔だった。
「石枡君じゃないか」
「あ‥‥高見沢さん」
「まぁ、いい。この男とは自分が話をしよう」
「い、いえ違うんです」
声を掛けていた男の方を見て苦笑する。安奈の否定の言葉に、高見沢が眉根を寄せていると。
「各務さんが熱心にお誘いくださるもので‥‥」
「俺は彼女にミスコンに出るべきだと言っていただけだ。しかし、承諾してもらえなくてね」
と、男――翔は実に残念そうに言う。
ふむ。と高見沢は鼻を鳴らし、改めて石枡を見直す。ミスコン会場に来ている為か、水着の上にパーカーを着込んだ姿は、なるほど魅力的かもしれない。
「あぁ‥‥ミスコンには‥‥参加しないのか?」
「あの‥‥困ります」
「そうか‥‥非常に残念だ‥‥MOTTAINAI」
困ったように苦笑する安奈に、考え込むように顎に手を当てポツリと呟く高見沢。さっき翔がやっていた事とまったく持って変わりない。
そこに小夜子と石榴が飲み物を持って帰ってくると、高見沢は「そうか」と薄く笑う。
ULTでも安奈が傭兵たちとこのように交流している姿は見たことがない。彼女なりに楽しめているのだろう。とそう思ってこの場を去ることにする。
「ふむ‥‥祭りの方は‥‥楽しめてるようだな。まぁ、問題が無いように見回らして貰う」
「はい。頑張って下さいね」
いつも仕事に追われている女性も、偶にはこう言う休暇は必要だ。その休暇を守れるのであれば、高見沢がやっている事も報われるのだろう。
まだ、始まったばかりの祭りを守るために、高見沢は再びミスコン会場の警備に戻った――。
おおおおおおおおおおおおおっっっ。
ミスコン会場は熱気に包まれていた。
舞台袖からちらりと見える参加者たちは、皆美男美女ばかりである。
しゃくり。とかき氷にスプーンを挿した住吉(
gc6879)は、買い込んだ屋台の食べ物や飲み物を身の回りに置いて、観客席の最前列に陣取っていた。
スプーンですくったかき氷を口に入れ、スイカを齧る。
まさに夏! 満喫っ! と言う感じの体裁だ。
「ふむ‥‥やはり夏場の醍醐味といえばスイカにかき氷‥‥それとミスコンですよね〜♪」
上機嫌な住吉の目の前を、ミスコンの参加者たちが自己アピールをしていった――。
――とくん。とくん。
胸が早鐘を打つ。
ラナは舞台袖で自分の番を待っていた。
戦場では無いにせよ、それでも独特の緊張感がある。
(やっぱり、薬を飲んでおいてよかった)
そんな事を思って胸を撫で下ろした時、自分の名が呼ばれ息を呑む。そして舞台に向かって足を踏み出した。
舞台に出ると視界一面の人。
会場に来ている全ての人の視線がラナへと集まる。人の気配に気後れしそうだったが、観客席の中に媛の姿を見つけると少し気が落ち着いた。
周囲の歓声にかき消されてしまっているが、ラナを応援してくれているらしい。
ぎこちなく手を振ると、媛も手を振って応えてくれた。
こういうイベントは得意ではないが、応援してくれる人が居るのはやはり嬉しい。その人の為に頑張ろう。そう思えた――。
盛況の中ミスコンは終わり、男性部門、女性部門共に優勝者には今夜の夜店の無料パスが授与された。
「残念やったねぇ」
「そう‥‥ですね」
そういう割にはラナはどこか満足そうに見えた。
美貌だけなら、他の参加者にはそう引けを取ってはいなかった。しかし優勝者は美貌だけではなく『華』があったのだ。人をひきつける『華』。
ラナがもっと積極的にアピールしていたら、もう少し違った結果になったかもしれない。
「でも、楽しかった‥‥です」
「そか。んじゃ、次は祭りやねぇ、きっちりと楽しまんとね」
媛のその言葉に、ラナはこくりと頷いた。
そんな二人の背中を住吉は見送っていた。
「ふむふむ。十分魅力的でしたけどね、ラナ様も」
ずずっとストローで残ったジュースを啜り飲み下す住吉の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「さってと、次は夜店周りですね」
そう呟いて鼻歌交じりに日が傾き始め、ぼんぼりの灯かりが照らす祭りの屋台へと足を踏み出した。
●変態紳士と石枡安奈
どどどどどどどどどっ!
祭りの賑わいの中、そんな音を立てて一陣の風が吹き抜ける。
その、大地を揺るがすような音に安奈が振り返ると――
ざざざざざっ! と言う音と共にその音の発生源は、ちょうど一人になっていた安奈の前で急停止した。
そして安奈の方へ向き直った男――村雨 紫狼(
gc7632) は、大きく息を吸い込むとこう言い放った。
「チキチキっ! 第一回! 華麗に変身☆夏美人ばーい安奈たんすぺしゃーるうっ!!」
「‥‥え? あ‥‥」
突如現れた紫狼に面食らいながら、慌てて辺りを見回し石榴や小夜子を探す。
しかし、二人は先に浴衣に着替えに行っていて戻ってきていない。
「あ、いやいや、変質者とかそんなんじゃねーから! 待って! おねがいっ!」
「あ、はい」
「あれ? 信じてくれるの? 完璧に怪しいじゃん俺」
自覚はあったらしく、安奈の回答に逆に拍子抜けした顔をする。
そんな紫狼が面白くて、安奈はくすりと笑みを漏らして口を開く。
「ふふ‥‥御用は何ですか? えーと‥‥」
「村雨 紫狼。傭兵だ!」
「石枡 安奈です。それで、御用は‥‥」
「そう! それ! 俺さ、本部で安奈たんを見かけてから、もうマジでねー安奈たんの魅力をこのままにしとくのは、俺みたいな浪漫ニストには耐えられねーーっ!! ってなってたのよ!」
凄い剣幕でそう言ってくる紫狼に少し後ずさる安奈。
「でねでね、安奈たんをもっともっと美人にする為に、俺こんなものを用意したんだよ」
じゃーん。とでも言いたげに浴衣をその場で広げる紫狼。
白地に落ち着いた朱色の金魚が描かれており、実に夏らしくて涼しげな浴衣だった。
「あら、いい柄じゃない」
「ほんと、素敵ですね」
紫狼の背後から音も無く現れた小夜子と石榴、そして翔。
「でも、なんで石枡さんのサイズ知ってるのよ」
腰に手を当てそう言う石榴に、紫狼は得意気に胸を張り人差し指を立てて言う。
「説明しよう!訓練された変態紳士、村雨 紫狼の眼力はあらゆる女性のボディーサイズを見抜き、最適なサイズの装飾品を贈り物にすることが出来るのだっ!」
堂々と自らを変態紳士と言う紫狼と安奈の間に、翔を先頭に小夜子と石榴が立ちふさがる。
「あ、え? あれ?」
自分の発言のどこに失言があったのか分からず、戸惑う紫狼。じりじりと後ずさる一行。
少しして、安奈が口を開く。
「あの、村雨さんも一緒に‥‥」
「こいつは自分でそう名乗る程の変態ですよ?」
「でも、ほら、大勢の方が楽しい‥‥ですよね?」
最初に自分が言った言葉を出されて翔は、「まいったな。そう来るのか」と肩をすくめ笑った。
「そうそう、大勢の方が楽しいって! 皆で楽しもうぜ夏!」
紫狼はそう言って空に拳を突き上げて喜んだ――。
●少年と家族
道の両脇に夜店が立ち並ぶ。沢山の人が集まり楽しげに行き交っていた。
そんな中、石田 陽兵(
gb5628)は一人で、夜店を回っていた。祭りに誘ったあの子は隣にはいない。
ため息をつき、浴衣の帯に挿した団扇を手に取り扇ぐ。
不意に家族連れとすれ違い、その幸せそうな笑顔にほんの少しだけ羨ましそうな視線を向けた。
――もう少しだけ‥‥待ってみよう。
そう思ってから陽兵は人ごみの中に消えていった。
そんな寂しそうな陽兵の背中が少しだけ気にかかり、視線で追いかけいた諌山詠(
gb7651)は、妻――諌山美雲(
gb5758)の「どうしたの?」と言う言葉で我に返った。
「ん、なんでもないよ」
「そう? でも、こういうなんて事ないひと時が凄い幸せ」
「ん、最近は大規模でも忙しいですしね、と」
娘――鈴音を乗せた乳母車を押しながら言う美雲に微笑んで、夜店へと視線を移すと綿飴屋が見えた。
「綿飴なんていつ振りでしょうか、懐かしい位ですね」
「やっぱり、お祭りと言ったらコレだよね♪」
視線をもどすといつの間にかチョコバナナを手に、幸せそうに笑う美雲の姿。
「あ、詠さんかき氷」
片手で乳母車を押し片手にチョコバナナを持っている美雲は、どこか恨めしそうにかき氷の屋台を見つめる。
「はは、買ってきてあげるよ」
「うん」
詠の言葉ににこりと笑う。辺りは人々の話し声で騒がしいが、それでも家族の間には穏やかな空気が流れる。
「これなら鈴音も大丈夫かな?」
そう呟いてかき氷を持って戻ると、美雲はチョコバナナをぺろりと食べきっていた。
もぐもぐと口を動かしながら「えいふぁん」と口にする。
「はは。チョコついてるよ」
「あっ!」
詠は美雲の口元についたチョコをふき取ってあげた。
そしてチョコバナナを食べきって空いた美雲の手にかき氷を渡すと、照れくさそうに美雲は笑って乳母車を道の脇に止めた。
美雲は鈴音に向かいあうと、受け取ったかき氷を掬い「鈴た〜ん、あ〜ん」と鈴音の口元に寄せる。
言われるままに口をあけた鈴音の口に冷たい氷を入れると、もっともっとと言うように鈴音が美雲に手を伸ばした。
「はい、あ〜ん♪」
「では俺は美雲さんに、と」
そう言う美雲の口も開きっぱなしなのを見て、詠はその口に自分の持っているかき氷を放り込んだ。
「ひゃっ!?」
驚いたような声を上げる美雲だが、冷たい氷の清涼感に満足そうな笑みを浮かべる。
幸せそうな美雲を見て、ついつい釣られて微笑を浮かべる詠であった――。
●夜店あらし
祭りに出展されている夜店が荒らされていると言う話を聞きつけ、高見沢はそちらへと向かっていた。
「これは‥‥なんて酷い‥‥」
苦虫をつぶした様に高見沢はそう口にする。
対象の夜店は、二つの災害によって蹂躙されていたのだ。
「それは我のじゃぞ! 返せっ!」
「‥‥ん。弱肉強食。食物連鎖。この。店の。食べ物は。頂く。早い者勝ち」
屋台の料理を取り合う憐とキロの姿がそこにはあった。
凄い勢いで料理を平らげていくその様はまるで災害。イナゴだってこんなに酷くない。と、店主は思っているかもしれない。
高見沢が地に手を突きうなだれている店主らしき人物を見つけると、その傍にアルヴァイムの姿があった。
「‥‥間に合わなかった」
「何が‥‥あったんだ」
ため息混じりに店の看板を指差し、アルヴァイムは花火会場の方へと消えていった。
彼が指差した看板には『超★カレーライス・30分で食べたら無料』と書かれている。
万が一の事を考えて、アルヴァイムはこういったチャレンジメニューを出さないよう注意喚起をしていたのだが、規模の大きい祭りだった所為か行き渡らなかった店もあった様だ。
高見沢が憐とキロの周りに視線をやると、直径30cm程度の皿が既にいくつも重ねられていた。
「‥‥ん。面倒臭いので。出来たら。口に。直接。入れて」
「こっちもじゃ!」
「ひ、ひいっ」
店主の上げた悲痛な悲鳴を聞いて、高見沢は頭痛を覚える。
看板に30分で食べたら無料と書いている以上、それを実行している少女達は合法だ。
「‥‥ん。おかわり。遅いと。店を。食べちゃうよ‥‥」
「そ、それはいけないっ!」
「‥‥ん。冗談。流石に。店は。食べられない」
高見沢の突っ込みに、無表情のままこくりと頷く憐に店主は、「もう、食材が無いんです。勘弁してください」と泣きついた。
すると憐は席を立ち、立ち並ぶ屋台の群れをどこか鋭い目で見つめ口を開く。
「‥‥ん。私の。お財布が。空になるのが。先か。食材が。なくなるのが。先か」
まるで戦場に赴くようなセリフを吐いて、次の屋台(ルビ:獲物)へと向かっていく憐の姿がそこにはあった――。
●恋人たちと、未満
――休憩所に座ったタルトは、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「はい。浴衣にこぼさないようにね」
「こ、子供扱いするなっ」
そう言ってジャックが手渡してきたチョコバナナを、少しぐったりした様子で受け取る。ジャックの手には他にも綿飴や杏飴等、タルトが好きなものが握られている。
「‥‥恥ずかしかったぞ」
「ん」
タルトの文句に笑顔で応えるジャック。
ここに来るまでに人が多くて危ないからと、ジャックはタルトを抱え上げてつれてきたのだ。周りの人たちの好奇の視線が実に痛かった。
まぁ、今に始まったことじゃない。そう思ってタルトはうなだれて、渡されたチョコバナナを口に入れる。
「‥‥ん、これ美味いぞ、た、食べるか?」
「ん。もらうよ」
「あ、あーん」
タルトは顔を真っ赤にしながら、ジャックの口にチョコバナナを運ぶと、ジャックが何かに気付いたように「あ」と声を漏らした。
「‥‥これ」
「ま、まあせっかく貰ったものだし‥‥、しまっとくよりはつけた方が喜ぶと思ったから」
そっぽを向いて言うタルトの指に、以前ジャックが渡したプラチナリングが付けられていたのだ。それを見てジャックはタルトの手を取りリングに口づけをする。
「これを付けてるのを見れたのが今日一番嬉しかったかな」
「な‥‥ば、馬鹿っ」
そう言いながらジャックの顔が見られないタルト。そして彼女がもう一度小さな声で「ばか」と言った時、大きな花火が上がった――。
「ユイリっ! ユイリィィィィっ!」
もう随分昔から参拝者が無いのだろう、手入れの行き届いていない神社にカイリの声が響く。それを神社の入り口に座り苦笑をして見守るアイラ。
「くっそ、ヤナギと二人きりにしてたまるかっ」
「もう、諦めなさい」
「でもよっ!」
アイラに詰め寄るカイリの手を取って力任せに引き寄せる。そのままアイラに倒れこむカイリが次の瞬間見たのは、覗き込むようなアイラの笑顔。
カイリの頭はすっぽりとアイラの膝の上に収まっていて、その近さに不覚にもドキッとさせられた。彼女の髪を彩る白百合の髪飾りがアイラの美貌を際立たせていた。
「落ち着きなさい」
「あ、あぁ‥‥」
優しい笑顔に息を呑むカイリ。そしてアイラの顔に手を伸ばす。
「今日は一段と綺麗だな。‥‥アイラ、愛してるゼ」
「何、突然‥‥」
その言葉を無視してカイリがアイラの顔を引き寄せる。
そんなどこか気まぐれなカイリに苦笑して、唇を寄せ――
――ふふ、アタシも愛してるわよ。
そう言って、二人は唇を重ねた――。
――人気の無い海辺。遠くに花火の音が遠雷の様に耳に届く。
波が打ち寄せる静かな音と、さくさくと白砂を踏む二人の足音が不意に止まる。
「優勝商品がこんなもんとはな、安く見られたもんだゼ」
「でも、無料で夜店を楽しめましたよ」
ミスコンの優勝者二人は、蒼白い月明かりの下そんな会話を交わしていた。
ヤナギは商品のパスをポケットにしまいながら、「まぁな」と応える。
ナギとユイリはそのまま波の打ち寄せる音に耳を済ませていた。
海の方を見つめたまま、ヤナギは口を開く。
「ユイリの歌が聴いてみてェ」
「‥‥え?」
「頼めねぇか?」
少し逡巡した後、ユイリはこくりと頷くと海のほうへと一歩踏み出した。
そしてヤナギの方を一度振り返り、照れくさそうに笑い、
「気に入って頂けるといいんですが‥‥」
そう言ってから、細く息を吸い歌を紡ぎだす。
透き通るような美しいソプラノが波の音をBGMに混ざり、美しい旋律が二人を包んでゆく。
――その旋律が突然途切れる。
ヤナギがユイリを抱きしめていた。
「ヤナギ‥‥さん‥‥?」
「悪ィ、何か‥‥こうしたくなって、な‥‥」
抱きしめられたヤナギの腕のぬくもりに、ユイリはそっと自分の手を触れる。
(ずっとこうしていたい‥‥どうしてこんなに安心するの‥‥?)
そんな穏やかな気持ちを感じながら、ユイリはヤナギの腕に顔を摺り寄せた。
戸惑いの混じったその思いは、まだはっきりとはしない。
だが今は心地よいヤナギの腕のぬくもりに、身を任せよう――そう思った。
高台に向かう階段に座り込んだ陽兵の顔を花火の明かりが照らし出す。
陽兵の顔にはどこか諦めの表情が浮かんでいた。
「結局、一人で浮かれてバカやって‥‥何の進歩もしちゃいないな、俺は」
空を見上げると、色とりどりの花火が空を彩っている。
からん。
空になったラムネの瓶の中で、ビー玉が乾いた音を立てた。
腹に響くような花火の音ですらどこか現実味が無い。
陽兵は行き場の無い思いをため息と共に吐き出し、足元にラムネの瓶を傍らに置き立ち去ろうと立ち上がった時――
――駄目ですよ。ごみを捨てて行っちゃあ。
振り返ると、どこか申し訳なさそうな顔をした浴衣姿の少女。
トレードマークの帽子は被っておらず、下ろした髪の毛をお下げに結んでいる。
その姿に陽兵は声も出せず立ちつくす。
少女は陽兵にやや駆け足で寄って来ると頭を下げる。
「ごめんなさい、遅くなりました」
「あ、い、いや。うん。来てくれて‥‥ありがとう」
嬉しくて陽兵はちょっと泣きそうになって、うまく言葉が出てこなかった。
――ありがとう。
陽兵は心の底からそう思い、彼女とのその時間を大切にしようと誓った――。
●打ち上がる花火。
「線香花火の様に静かな穏やかな人生か‥‥それとも打ち上げ花火の様な一瞬だけ輝ける人生か…さてさて、どちらが人には良いのでしょうかね〜‥‥」
住吉は綿飴を片手に打ち上げ花火を見上げながら、剣呑なまなざしで風刺を切る。
きっとその答えは、人それぞれなのだろう。中には年中打ち上げ花火な人生と欲張る人物もいるかもしれない。
「にゃ! 龍ちゃん! 龍ちゃん! 花火にゃ! 花火!」
「‥‥可愛い」
かき氷片手に浴衣姿ではしゃぐリュウナを見て呟く龍牙。表面上平静を装っているが、油断をすると鼻血が出そうだ。
「冷たいものばかりだと、お腹壊しますよ」
そう言っておでんをリュウナの口に運ぶ龍牙。
「スゴいのら! キレイなのら! りゅ、龍ちゃん熱いのらっ!?」
うふふふふ。と笑顔で熱々の大根をリュウナに食べさせる。龍牙は既に自分が見えていないのかもしれなかった。
そんな人ごみの中で子供の泣き声が響く。
母親であろう女性が、乳母車から子供を抱き上げてあやしだす。
「鈴たん、ビックリしたね〜? よしよし‥‥」
「あぁ、やはり泣いちゃいましたか」
美雲が抱き上げた鈴音を覗き込みながら、詠が優しく笑い鈴音の頬に手を当てる。
すると、娘はそれで落ち着いたのか泣き止んだ。
「む。鈴たんは詠さんの方が好きなのかな」
そんな事を言って膨れる美雲に「そんなことありませんよ」と慰める詠。
「ほら、また大玉みたいですよ美雲さん」
「あ‥‥」
「ほら、掛け声掛け声」
――鍵屋〜っ。
二人は空に広がる花火に向かって、そう掛け声を掛けた――。
――ほらほら、あんな感じでいうんやよ?
幸せそうな家族連れが掛け声を掛けているのを見て、媛はラナにそう口にした。
その手には屋台で買い込んで来た牛串や、リンゴ飴などが握られている。
「たーまやー、って言うんよ〜♪」
自分が贈った浴衣を着たラナを見て満足そうに笑いそう促すと、戸惑いながらもラナは「たー‥‥ま、やー‥‥?」と呟くように言った。
掛け声と言うには聊か小さいが、それでも今のラナにとっては精一杯の掛け声だ。
まだ、ラナは笑顔を取り戻すことは出来ない。しかし、それでも今日は本当に楽しかった。
そして、この祭りに誘ってくれた媛に本当に感謝し、媛が友人でいてくれたことが本当に嬉しかった。
「ありがとう‥‥ね、藤堂君‥‥」
ラナが呟いた礼に媛は満面の笑顔で応えた。
●祭りの終わりに
「しっかしほんとにヤナギさんが優勝してたなんてね」
人がまばらになった海岸で、線香花火を片手に悠司がそんな事を呟く。線香花火の灯かりが悠司とユウの顔を照らし出していた。
向日葵の浴衣を着て悠司の隣に座るユウの手には、金魚の入った袋が下げられている。
「すっごいツーショットだったね!」
「そうだね」
ヤナギとユイリのミスコン優勝者を思い出してそんな事を口にする。
「でも、ユウさんの浴衣も綺麗だよ」
「えへへ‥‥おにーちゃんありがとっ!」
丁度、その時悠司が持っていた線香花火の玉が落ち、ユウは悠司に飛びついてその頬にキスをする。
「今日はありがとなのっ、悠司おにーちゃん」
そう言うとぱっと体を離すユウ。
そのあどけないしぐさに悠司は優しい微笑を浮かべた。
「また一緒に遊んでね☆」
「こっちこそ今日は楽しかった! またデートしてね!」
年相応の愛らしいユウの笑顔に悠司は手を差し出す。
「そろそろ帰ろっか」
「うん!」
そして二人は手を繋ぎ、岐路へとついた――。
――煙草の匂いが鼻を突く。
先ほどまで喫煙所には世の嫌煙ムード嘆く同志たちが居たが、祭りの収束と共にアルヴァイムだけがその場に残されていた。
煙草を一本取り出し火をつけ、煙を吸い込み吐き出す。
すると紫煙が分煙の為の仕切りにぶつかり、行き場が無いままその場に漂った。
「おや、先客かね」
そう口にしてUNKNOWNが喫煙所に入ってきた。
闇に解けるような黒衣を纏った男の手には琥珀色の液体の入った瓶。
胸ポケットから煙草のケースを取り出し、火を点けると濃い煙が混ざり合う。
「どうかね、一杯」
「貰おう」
多少想定外のことは起こったが、それでもこの祭りは成功したといえる。
自分をねぎらう為にも、一杯くらい酒を口にしても構わないだろう。UNKNOWNが持ち込んできた小龍包を摘みに、二人はグラスを傾ける。
小龍包の薄皮を破ると、中から濃厚なスープが口の中を満たす。
「表面しか見れず中を見ようとしないものは、薄皮の様な世界しか作れない、よ」
それはアルヴァイムに言っているのか、それとも独白なのか。
UNKNOWNがグラスを傾けると、からん。と氷がグラス中で澄んだ音を鳴らす。
「でも、ね。中を深くまで知ろうとすると、逆に魂が囚われる」
そう言って黒衣の男は小龍包を口に放り込むと、「うむ、いい小龍包だ」と口にした。
「そうだな」
アルヴァイムはそう応え、琥珀色の液体を煽り
祭りを皆が楽しんでくれたことを願った――。
●夏の思い出
弓亜さんからお手紙が届いた。
なんだろうと思っていたら中から数枚の写真が零れ落ちる。
「!?」
写真はいつ撮ったのかと言うような、それこそ『バスト』アップの写真や、慣れない下駄にバランスを崩してこけた時の写真が入っていた。
浴衣の裾から見える太ももに、こんなに肌蹴ていたのかと慌てて写真を隠す。
自分の部屋だから他の誰かが見ることは無いのだけれど、恥ずかしさに頬に手を当て座り込む。
(‥‥弓亜さん‥‥これセクハラですよ‥‥)
う〜。と唸りながら零れ落ちた写真を見直すと、一枚の写真に目がいった。
私はその写真を拾ってテーブルの上に置き、ため息をついて出口へと向かう。
――写真立て、買ってこなきゃ。
そう呟いて私は出口へと向かった。
明日からは弓亜さんと石動さん、各務と紫狼さんと一緒に撮った写真が、自室のテーブルの上に置かれることになるだろう。