●リプレイ本文
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空に太陽が顔を出し始めた頃には、既に『11』の厨房でまな板を叩く軽快な音が響いていた。
厨房に立つ女性は、時折自分のお腹を優しい表情を浮かべて撫でる。
「仕込みは順調そうだね」
「当然よ、あたしがやってるんだから」
店の奥から現れた三上 照天(gz0420)の言葉に、厨房に立つ百地・悠季(
ga8270)が得意げに応える。
「無理はしちゃダメだよ?」
「あはは。それはあたしが一番わかってるよ」
そう言って悠季が微笑んでもう一度お腹をさすると、テルもそれに釣られて微笑んで口を開く。
「なるほど、それがお母さんの顔なんだね‥‥どっち?」
「ふふ‥‥女の子よ」
「おおー。なんかボクも楽しみに成ってきちゃうよ」
「ありがと」
お互い、それぞれの仕事をこなしながらそんな会話を続けていると、結城 桜乃(
gc4675)と、美崎 瑠璃(
gb0339)が二人にアイスティーとぜんざいを持ってくる。
「少し休憩しよ?」
「試飲お願いできますか?」
二人はそう言って、カウンター越しにアイスティーとぜんざいを渡す。
テルがアイスティーを口に含むと「おや」と、桜乃の方へと視線を向ける。
「キャンディか。いいチョイスだね」
キャンディとは、スリランカのキャンディ地方で取れる紅茶葉である。癖の無い味がアイスティーにして飲みやすく、また、色々なスパイス等を入れる事で、その味は様々な表情を見せる。
「はい! 出張販売と言う事で、なるべく癖の無いものを選んで見ました」
「流石だね桜乃くん。信用してるよ」
笑顔で言うテルの言葉に桜乃は少し照れくさそうに笑う。
「あら、これ美味しい」
「でしょ〜」
ぜんざいを口にした悠季の呟きに、瑠璃がカウンターに身を乗り出して言った。
「粒餡とバニラアイスの甘さをコーヒーにほろ苦さで〆てるの」
「また、その苦味が甘さを引き立ててるのね」
「どう?」
「んまいっ!」
ぜんざいの器を掲げながらテルが叫ぶ。
どうやら、準備は万端だ。
テルは器をカウンターにたんっ! と音を立てて置くと拳を握りその場に居た皆に宣言する。
――さぁっ! ボクらの聖戦の始まりだっ!
そして、決戦の火蓋を切るように太陽の光が『11』の店内に差し込んできた――。
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「首尾は?」
「抜かりがあるわけ無いだろ? ちゃんと出店許可は取ってきたよ」
車に乗り込んでくるなり聞いてきたテルに、親指を立てて宵藍(
gb4961)は応える。
「助かるよ。いつもサンキュね」
「テルがやる気出したんなら、力貸さない訳には行かないだろ?」
「んん? ボクに惚れたな?」
「アホか」
ぐふふ〜と笑うテルをあしらう宵藍。「だよねー」と笑いながらテルは車から『11』を振り返る。
「愛華〜っ! それ落とさないでよっ!」
「え、えっ?!」
店内から食器類を運んでいた愛華は、その声であわわと足元をふらつかせる。しかし愛華を後ろから支える手があった。
「だ、大丈夫?」
「よ、陽兵さん‥‥」
愛華が振り返ると石田 陽兵(
gb5628)が、愛華を優しく支えている。陽兵に支えられた愛華は顔を赤くして「あ、ありがとうございます」と、小さな声で言うと陽兵も「あ、うん」とか、ちょっと照れくさくなった。
テルのほうに視線をやると、親指を立てにやりと笑っている。どうやら、こうなる事を予想してわざわざ大きな声で愛華に注意したようだ。
「テル! 手伝いに来たよ!」
「瑞姫っ! 待ってたよ!」
掛けられた声にテルがそちらを向くと、瑞姫・イェーガー(
ga9347)とイスル・イェーガー(
gb0925)が並んで立っていた。
瑞姫は小走りに駆け出してテルに近寄ると、テルをぎゅっと抱きしめる。
「み、瑞姫!? どうしたのっ!?」
瑞姫はテルを抱きしめたまま、はらはらと涙を流す。それにテルは慌ててイスルに助けを求めるが、黙って苦笑するばかりだ。
「ごめん‥‥ついテルの温もりを感じたくなって」
そう呟いて抱きしめてくる瑞姫の背にテルはそっと手を回す。
「うん、大丈夫。ボクはここに居るから」
「うん、うん――」
少しして、落ち着いた瑞姫は「そうだ」とイスルの方へと向き直る。
「イスル。あれ持ってきて」
瑞姫の言葉にこくりと頷き、瑞姫が乗ってきたバイクからいくつかの包みを持ってくる。
「喫茶店出張おめでとう‥‥」
そう言ってその包みを渡すと、テルの手にずしりとした重さが掛かった。
「それ、ボクの作品なんだけど使ってくれないかな」
瑞姫にそう言われて、テルが包みを開くと中から銀で作られた食器が現れる。「うおっ、まぶしっ!?」とか、銀器に反射した朝日にテルはうろたえる。
「あはは。ちょっと勿体無い気がするけど、使わせてもらうよ」
テルはそう言って笑った。
「ほら、そろそろ行くぞ?」
「あ、うん。皆荷物とかちゃんと積めた〜?」
宵藍の出発の催促にテルが皆に声を掛けると、『11』の入り口から悠季が「も、もうちょっと待てない!?」と声を上げてくる。
「百地さんっ! 早く早くっ!」
瑠璃がそんな悠季を急かし、その隣を桜乃が荷物を持って出てくる。
そんなどたばたが楽しくてテルは微笑を浮かべると、「あ、そうそう」とイスルの方に向き直った。
――おめでとうの言葉は、成功してからまた言ってね。
テルの言葉にイスルは苦笑を漏らした――。
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木陰の椅子にマヘル・ハシバス(
gb3207)が腰を下ろしていた。
マヘルの白銀の髪と身に纏った浴衣のアンバランスさが、逆に道行く人々の目をひく。
人々の憩いの場所である広場。
『11』の出張喫茶店の場所取りのため、マヘルは先んじて広場へ到着していた。
「マヘルさーんっ!」
名を呼ばれてマヘルがそちらへ首を向けると、ぶんぶんと手を振りながらやってくるテルの姿。
「今日もよろしくお願いしますね」
「こちらこそっ! 美味しい珈琲を淹れさせてもらうさっ! ‥‥で」
と、マヘルの浴衣姿をうへへ。と言う感じで周囲に聞こえない様に、マヘルの耳に唇を寄せささやく。
「下着ははいてるの?」
「ふふ‥‥着けてませんよ?」
――うおおおおおおおおっ!
テルが吼えた。
「マヘルさんっ! 最高っ! 最高だよっ!」
平穏な広場に響いた雄たけびに、周りの人々の視線が集まる。
テルの発狂はいつもの事だと言いたげに、他のメンバーは出張店舗の設営を始めていた。
『11』から持ち出したテーブルが並べられたのを見て、テルは満足そうに頷く。
「よぉし! 皆っ! ボクに力を貸してくれっ!」
「おうっ!」
各々が声を上げ、時に頷きを返してそれに応えた――。
ざざぁっ!
ローラーブレードを履いたへそ出しシーフの姿をした瑞姫が、そんな音を立ててイスルの目の前に止まった。
「イスルっ! アイスコーヒーとアイスティーお願いっ」
「了解‥‥ちょっと待って‥‥」
そう言って、商品の準備をするイスル。
ローラーブレードの採用は成功だった。用意した椅子に座れなかった客に、その機動性を利用して素早く届ける事が出来たからだ。
イスルから商品を受け取ると、出張店舗から元気良く飛び出す瑞姫。
飛び出す瑞姫を見送った宵藍はテーブル席の接客に戻る。
「百合の花も恥じらい俯いてしまいそうな可憐なお嬢様、『11』へようこそおいで下さいました」
丁寧に礼をしながら、女の子の前にフラッペを置く宵藍。書生の格好をしている宵藍だが、その整った顔立ちの所為か風変わりなホストにも見える。
「結城さん。あちらのテーブルお願いしますっ」
「は、はいっ」
愛華に言われて桜乃は慌ててテーブルの注文を取りにいく。今回の衣装はマヘル、宵藍に合わせて、桜乃も愛華も和装給仕の姿だ。
その出張和装喫茶が物珍しいのか、次々に客が集まってくる。
「うおおっ! もうここにお店作ろうかなぁっ!」
「テルちゃん! これ持っていって!」
どたばたとあちらこちらに走り回るテルに瑠璃が叫ぶと、接客をしていた桜乃にテルが叫ぶ。
「桜乃くんっ! 悠季さん休ませてあげてっ! 無理にでも休ませてねっ!」
「分かりましたっ!」
言われて調理スペースへと滑り込む桜乃だった――。
――はあ‥‥練習した方がいいかな。料理。
料理本を片手にため息をつく陽兵。その目の前には失敗した料理(ルビ:ダークマター)が鎮座している。
「陽兵さんっ! フラッペお願いしますっ」
「は、はいっ!」
不意に聞こえた愛華の声に、つい丁寧に応えてしまった陽兵。氷を削るだけなら、もう随分手馴れたものである。
削った氷を悠季と交代した桜乃に渡すと、バニラアイスが乗り、シロップが掛かったフラッペが再び陽兵に手渡される。
「陽兵さん‥‥少し元気が無いですね」
「いや‥‥料理くらいできた方がいいかなって」
手渡されたフラッペをトレイに乗せながら言う愛華に、苦笑しながら応える陽兵。
「それなら‥‥あ、いえ、いいです」
なぜか顔を真っ赤にしながら、その場を離れる愛華が何を言いたかったのか――それがなんだったのか想像するのは、陽兵の自由なのである。
●喫茶戦士達の休息。
「暑いー、じにぞう」
木陰で大の字になりながら瑞姫が手足をばたばたさせていた。
「つめたくてあまいものたーべーたいー」
駄々っ子の様にむずかる瑞姫の頬に、冷たいアイスティーが押し付けられ、ひゃあっ! と悲鳴を上げる瑞姫。
気付くと隣にイスルの姿が見える。
「ほら‥‥チョコレートとアイスティ。冷たいもの飲んで落ち着かないと」
「いするごめんね落ち着いたよ」
イスルは苦笑しながら瑞姫の隣に座る。喫茶店はどうやら盛況の様で、交代で休憩することにしたのだ。
木陰に涼やかな風が吹く。緑と土――むせ返るような夏の匂いが鼻を突く。空には真っ白な雲が流れ実に爽快な気分になる。
「守れて‥‥よかったね」
瑞姫の呟きにイスルは頷く。さてっと。と瑞姫は状態を起こし「もう少し頑張ろうかなっ」と言った後凍りつく。
――じぃっ‥‥。
そんな二人を薄い笑いを浮かべながら見つめるテルの姿を見つけてしまった。
「て、てる‥‥、みっ、みないでこどもになっちゃったところっ」
「かーいーですなー。瑞姫たんは〜♪」
「ちょ、てるっ!」
慌ててテルを追い掛け回す瑞姫を穏やかにイスルが見守っていた。
「お疲れ様。悠季さん」
「あぁ、悪いわね任せきりになっちゃって」
瑠璃の差し出したアイスティーを受け取る悠季。
「いいんですよっ! 楽しいですし」
「そうね」
瑠璃の笑顔を見てそして今だ落ち着かない店の方に視線をやる。
どたばたと走り回るテルが見えたが、その顔は実に楽しげに見えた。
「何ヶ月なんです?」
「九ヶ月半ばって所よ」
「じゃあ、もう直ぐですね」
「そうね」
そう言って愛おしそうにお腹を撫でる悠季。暑いが穏やかに流れていく時間。この子が生まれてくるまでに平和になっていればよかったが、今の戦況ではそうも行かないだろう。
生まれてくる子供の為に、平和な世界が来ることを願う。
「大丈夫ですよ! 私たちは負けません。絶対に」
不意に悠季の手を取っそう言い切る瑠璃は、更に続けて口を開く。
「で、平和になったらお料理を教えてくださいねっ」
そう続けた瑠璃に微笑を返し「私は厳しいわよ?」と悠季は応えた。
――そう、こんな時間を子供たちに残したい。
強く、そう願った――。
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西の水平線に朱色の太陽が沈んでゆく。
日が傾いても、客足は途絶えなかった。昼間に寄った客が、まだ店を開いているのを見て、立ち寄ってくれていたのだ。
盛況だった。
実に、盛況だった。
材料の補充に走ったのも一度や二度ではなかった。
最後の客が帰った後、心地よい疲れと共に『11』に戻って来たら、もう20時を回っていた。
皆が一心地ついた後、テルが口を開きながらケトルを火にかける。
「ふぃ〜、皆お疲れさまっ!」
「盛況でしたね」
カウンター席に座ったマヘルがそう言うと、テルは力強く頷いた。
お湯が沸くとテルは手際よく珈琲を落とす。珈琲特有の甘い香りが小さな店内に漂う。
「あ、宵藍さん! 二胡弾いてよ」
「おいおい‥‥まだ働かせるのかよ!?」
「頼むよ。ボクも忙しくて全然きけなかったんだから」
テルが頼むと「ったく」とかなんとか言いながらも、それでも二胡を抱え上げて奏ではじめる。
独特な民族的なメロディが店内を包んだ。
「あ、僕も何か手伝います」
「じゃあ、これ皆に持っていってもらえる?」
テルの渡したカップを皆に配る桜乃。受け取ったカップから漂う香りをマヘルは胸いっぱいに吸ってため息を吐く。
「やはり、ほっとしますね」
そう言うマヘルにテルが口を開こうとする前に、マヘルが言う。
――当然だろ? ボクがキミ達の為に入れたんだから。
「ですよね?」
「あ、あ、うん」
‥‥いつも言っている言葉を先に言われ、テルは赤くなって黙り込む。そんなテルを見て宵藍がくすりと笑うと、店内の皆が声を上げて笑った――。
もう、日はとっぷりと暮れてしまった。
傭兵たちは皆、『11』の外で今日の別れを惜しんでいるらしい。
「今日は楽しかったー♪ 次はあたしたちのお店にも遊びに来てね、勿論愛華ちゃんも一緒にっ。歓迎するよっ♪」
「うん。近いうちにお邪魔するよ」
瑠璃の言葉に愛華と一緒に頷くテル。
「成功して良かったね‥‥。今度は子店でもできそうだね」
「うん。ありがと。でも、ボクはこのお店を守るだけで精一杯かも」
イスルの言葉に苦笑して、店内を見回してからテルは応える。
「今日みたいなのも楽しいけど、やっぱりボクの居場所はここだなって」
「そっか。ボクはテルがここに居る時は、常連でいるからさ」
「ん。待ってる」
瑞姫にそう笑顔で応え、気になる二人に視線をやる。
「あの、また来て下さいね」
「あ、もちろん」
実に初々しいやり取りをしている二人は、当然ながら愛華と陽兵だった。
それを見てニヤニヤしているテルにマヘルが「甘いですね〜、砂糖吐きそう」と耳打ちすると「あはは。アレはボクにも飲めないよ」と笑う。
「あ、そうだ。桜乃くん」
「あ、はい」
「気が向いたら、また新メニュー考えといてよ」
「‥‥え?」
「好評なんだ。キミのレシピ」
まぁ、あんまりお客さん来ないけどねーっ。と自虐的に笑うテルだったが「ぜ、是非」と桜乃は応えた。
「宵藍さんは次は、メイド服でお願いね」
「気が向いたらな」
「ふふん。素直にやりたいって言えばいいのに〜」
「何でだよっ」
テルの軽口に付き合っていると、どうも漫才に見えなくも無い。
そこに悠季が笑いながら、声を掛けてくる。
「今日は楽しかったわ」
「こちらこそ、悠季さんもお大事にね。子供が生まれたら会いに行くから」
「ええ。それじゃ機会があったらまた」
「こちらこそ――」
――いつだって『11』は皆を待っているよ。
そう言って、テルは皆を満面の笑みで見送ったのだった――。