●リプレイ本文
●無邪気な思い
軍の敷地内にある飛行場内。
一人の少女を護送する為に、軍の関係者達が護送機の準備で右に左に駆け回っていた。
不測の事態に備え、雇われた傭兵達は周囲の警戒に当たっている。
「バグアの最高傑作、ね・・・・」
拘束衣を身に纏った少女を視界の端に入れ、石田 陽兵(
gb5628)はそう呟いた。
外見からはそう見えないが、それは人を超えた力を持つ傭兵も見ようによっては似たようなものなのかもしれない。
陽兵の視界に入っていたルルゥが何かに気付き、嬉しそうな顔をする。
「蓮夢! 哉目!」
そう声を上げると、跳ねるようにして二人――柳凪 蓮夢(
gb8883)と大神 哉目(
gc7784)へと駆け寄った。
「久しぶり、元気そうだね」
「んぅ・・・・なんかずーっと外に出られなくてヤだった」
軍に監視されていた所為で自由に動けなかった事が不服だったらしく、ルルゥは頬を膨らませて不満を口にする。
「よく我慢できたね」
「だって蓮夢と約束したもん。イーノと会うまでおとなしくするって」
笑顔で応えるルルゥの頭を蓮夢が優しく撫でると、ルルゥはどこかくすぐったそうに笑った。
「あの子も皆と暮らしていけるんですかね・・・・」
「どう、ですかね」
モココ(
gc7076)の呟きに月野 現(
gc7488)が曖昧に応える。
強化人間をヒトに戻す方法はある。しかし、それには貴重な鉱石――エミタを使用する必要があり、その上強化人間になってから1年以上経過しているともう手は無いと聞く。
「どう、なんでしょう」
もう一度、誰にとも無く呟きルルゥへと視線を戻すと、李・雪蘭(
gc7876)がルルゥ達に近づいていくのが見えた。
「楽しい再会の所、済まない」
季はそう断ってから一葉の写真を取り出す。ルルゥは興味深そうにそれを覗き込み「?」と言う顔で季を見上げる。
「ルルゥが居た建物の中に、信龍と銀鈴という子供、居なかったか? こういう姿なのだが」
「んぅ・・・・居なかったと思う」
ルルゥの言葉に「そうか」と言う言葉と共に、季は安堵のため息をついた。
「情報ありがとう。私の子供達が生きてる希望、繋げられた」
「大切な人?」
「あぁ、大切な、家族だ」
「会いたい?」
「・・・・あぁ」
「じゃあ、私と一緒だねっ!」
ルルゥは季に無邪気な笑みを浮かべる。
その一途な感情は、イーノと言うバグアに歪められた憐れな思い。
そんなルルゥに季が何かを言おうと口を開いた瞬間、激しい爆音と同時に飛行場構内に警告音が鳴り響く。
――滑走路上に赤々と燃え上がる炎。
滑走路上に転がされ、爆発炎上したトラックの前に二人の人影が見えた。
「ルルゥは任せて迎撃に出てくださいっ!」
「紫狼君! 出るぞっ!」
「やっぱ追撃はあるよなっ!」
蓮夢の声に番 朝(
ga7743)の声に村雨 紫狼(
gc7632)が応え、戦場へと躍り出る。
それに現、モココ、季の三人が続いた。
「2人で来たとは思えない、伏兵に気をつけろよっ!」
ルルゥの傍に残った陽兵が迎撃に出た仲間の背中にそう声を掛けると、紫狼が腕を上げて応えた――。
●幕間
――イーノの匂いがする。
少女が呟く。
「行かなきゃ・・・・」
どこか熱に浮かされた様に立ち上がると、膝に置いていた蓮夢のクッキーが床に落ちた。
「ルルゥ!」
「ごめん哉目。行かなきゃ・・・・私」
哉目の言葉にルルゥがそう応えた時、軍関係者らしき男が叫ぶ。
「早く搭乗してくださいっ! 滑走路を変えます!」
滑走路上に障害物が出来た所為で、別の滑走路から飛ぶ様に変更したらしい。
「さぁ、はや・・・・」
タンッ。
関係者が急かす言葉を言い切る直前、陽兵の持った番天印がその男に向かって火を噴いた――。
●再会
「久しぶりね。元気にしてた?」
昔なじみに会うような気軽さで、聖は目の前に立つ二人――モココと現にそう声をかけると現は油断無く聖へと銃口を向けたまま応える。
「銃弾でしか解決出来ないなんてな」
「そう? 相手を排除するのは最も原始的で単純な解決策だと思うけど――」
――ねぇ? モココちゃん。
瞬時にモココの背後に回り、その呟きと共に右手に持った刀を振るう聖。
その剣閃はモココの皮膚を浅く斬り付け、薄い朱線を走らせた。
「ち」
舌打ちをする現の持つ小銃から弾丸が放たれると、聖は負傷も気にせずに現の懐に潜り込み、いつの間に抜いたのか左手に持った小太刀を横に薙ぐ。
避けきれない刃が現の脇腹を裂いた。
「く、ぅ・・・・」
呻きながら聖から距離を取る現。聖はそれに追いすがるようにして右の刀を振り下ろす。
しかし、その刃は現には届かなかった。
何かがぶつかり合うような金属音の後、聖が大きく弾き飛ばされる。
――私を、殺してくれるんでしょう?
弾かれた聖が見上げた先には、薄く笑うモココの姿。それを見て聖も口元を歪めて笑う。
「良い顔、するじゃない。でも――」
――たった二人で大丈夫?
現の放った銃弾を受けた傷から血を流しながら、聖は不敵にそう言った。
●慈愛の海
御前 海。
以前現れた際、戦闘を行わなかった事もあり能力は不明。
但し、その犯罪歴は少し有名だった。子供ばかりを狙った残酷な殺人。
調書にはその殺害理由がこう書かれている「可愛かったから殺した」。幼い子供に対する歪んだ愛情。
狂った――感情。
その心の闇は、誰も知らない。
「御前 海だな?」
季はそう問いかける。
海とは面識は無いが、イーノ関連の調書に紛れていた関係人物の一人と特徴が一致していた。
「あら、私も有名になったものね」
「何故子供を殺したがる」
「可愛いじゃない――」
――だから、殺すの。
薄く、笑う。
笑う海の瞳の奥には慈愛の光がみえる。しかしその慈愛を持って子供を殺せる事実が、見ているものの背筋を凍らせるような狂気を孕んでいた。
その瞳の狂気に季の隣に立つ朝が息を呑む。自分が理解できない狂気に触れ、心が竦んだ。
「お前も、過去にそうされたから・・・・か?」
「えぇ、母は私をそうやって愛してくれたの。爪を剥ぎ、肌に傷を付け浮き上がる血を舐めながら『愛してる』って言ってくれたわ」
懐かしい記憶の様に、恍惚となって言う。
だから。
私もその愛を子供達に分けてあげないと。
そう、告げた。
やはり、季の思ったとおり生い立ちから歪んでいたのだ。
「確かにそいつぁ気の毒だけどな」
そう口にして紫狼が腰に帯びた二刀を抜き、続ける。
「これ以上幼い子供の命を奪うなんて、俺がぜってぇさせねぇよ――」
――護るって約束したんだ。あの親子になっ!
二刀を構えた紫狼に影がまとわり付いたかと思うと、その影は漆黒の侍装束へと変わり紫狼を護る。
「俺もちょっとマジでやらせてもらうぜ!」
そう言って海に駆け出す紫狼。それに朝が続こうとする。
大丈夫。大丈夫だ。
ポケットの中に大切な人からの贈り物があるのを確認し、竦んだ心を立て直す。
狂気へ立ち向かう覚悟を、ポケットの中のコインは与えてくれる。
俺には、帰る場所がある。
その思いが竦んだ心に勇気をくれた。
「朝は殺させない。朝には朝を助ける存在が居る。私も、私以外にもな」
それを後押しするように、季がそう口にする。
「海は止めなくちゃいけない。これ以上子供達を殺させない為に」
――あぁ、絶対にここで止めるっ!
そう言った朝の瞳には、もう微塵の迷いも無かった。
●少女の選んだ道
「意外に勘がいいのですね」
悪太郎さんの言ったとおりだ。と、目の前の男は言った。
「血の匂いがするんだよ。おまえからは」
番天印を構えたまま、陽兵は目の前の男にそう告げる。
ルルゥは何が起こったのかわからない様に、蓮夢と哉目の顔を見上げていた。
その視線に気付いた蓮夢は「大丈夫」と、優しく頭を撫でてやる。
「そうですか。次に潜入するときは無闇に殺すのはやめましょう」
男は事務的にそう言うと、変装の為に着ていた服を脱ぎ捨て、続けて名乗った。
――私は守宮 井守。イーノの使いです。
「その子をお迎えに上がりました」
その言葉に哉目がルルゥを護るようにして立ちふさがるが、背後のルルゥはイーノの名前を聞いて、押しのけるようにして井守に問いかける。
「イーノ!? イーノに会えるの?」
「ええ、貴女に会うのを楽しみにしているようですよ?」
感情のない瞳で、口元だけ笑みを浮かべて井守はそう告げる。井守が差し出す手に誘われるようにルルゥは足を踏み出し――
――哉目?
不意に袖を掴まれて、不思議そうな顔で哉目を振り返る。
その視線を真っ向から受けて、哉目は少し戸惑い、しかしそれでもはっきりと口にする。
「上手く言えないけど、今あいつらに着いて行ったらルルゥはきっと不幸になる――」
――私は・・・・そんなのは嫌だ。
ルルゥは哉目の言葉に困ったように視線を泳がし、蓮夢へと助けを求める。
「それは、ルルゥが決める事だ。ただ、出来れば私達の傍に居て欲しい。そう、強く願ってはいるけど、ね」
蓮夢はそう言ってルルゥへと微笑みを向けた。それに哉目が続く。
「ルルゥが会いたがってるヤツには、きっと私達が会わせてあげる。約束する」
そう強くルルゥの袖を握る。思いを込めて、その思いが伝わるように。
ルルゥ少し考える様に唸った後、井守へと向き直り口を開いた。
――私、行かない。
その拒絶の言葉に、井守の表情が曇る。
「迎えに来てもらうんじゃなくて、私から会いに行く」
「そうですか、仕方ありませんね」
そう言って井守は音も無く刀を抜き、ルルゥへと斬りかかる。その凶刃から身を挺してルルゥを庇う哉目の背中を、冷たい刃が斬り付けた。
同時に陽兵の持つ小銃から放たれた弾丸が井守に全弾撃ち込まれる。
その中の数発が井守の防御をすり抜け直撃し、井守の口から呻きがもれる。
「この距離で半分弾くかよっ!」
そうボヤキながら、井守に体ごとぶつかりルルゥと哉目から距離をとらせた。体ごと押されながら井守は呟く。
「やりますね。一発だけ貫通弾を混ぜるなんて。それに腕も良い」
ルルゥと哉目を巻き込まない位置に瞬時に移動しての射撃。通常弾に混ぜられた貫通弾。その威力に左腕が思うように利かなくなっている。
そして、距離をとらせ味方の治療の時間を稼ぐ。視線を泳がせると蓮夢が素早く哉目に練成治療をかけているのが目に入った。
「感心してる場合かよ」
「感心してる場合じゃありませんね」
陽兵の言葉通り、体を押されながら脇腹に番天印が押し付けられている。
「しかしあなたもそうでしょう?」
井守の言葉通り、陽兵の太ももにつき立てられた小刀。一度突き刺してから、大きく抉ってやった為、かなりの激痛のはずだ。
陽兵の額に脂汗が流れているのはその所為だろう。しかし、その赤く染まった右目の闘志は揺るいでいない。
苦笑を漏らしながら、陽兵の足に突き刺さった小刀を蹴り付け距離をとる。
足から鮮血がほとばしり、陽兵は痛みに呻いた。
「ふむ。また、私達の負けですかね」
「逃げるなら追わないから、イーノだっけ? そいつに伝えてよ。お姫様迎えに来るならガラスの靴でも持って自分で来いってね」
哉目の口から吐かれた憎まれ口に「伝えておきますよ」と、妙に丁寧な物腰で井守は応じその場から姿を消した。
「哉目! 哉目!」
治療を受ける哉目にすがりつきながらルルゥが叫ぶ。それに微笑を返して哉目は口を開く。
――よかったら今度・・・・一緒に何か食べに行こうよ。
ルルゥにとって、それもきっと大事な約束になるのだろう。
蓮夢は、そう思いながら二人のやり取りを眺めていた――。
●悪意への誘い
「これが聖君の狂気――アハハッ」
高らかと響く笑い声。そして剣戟音。
剣と拳を打ち合うごとに、モココの血が肉が爆ぜる。
「モココさんっ! 下がって!」
現の制止も今のモココには届かない。ただ目の前に居る天使 聖を――
――壊す。
届かない言葉に現は呻き、モココの援護射撃を行う。
不意を付いた弾丸は何発かは間違いなく聖を捕らえているにも関わらず、聖の動きが鈍る様子はない。
また、それ以上の傷を負っているモココも同様に、聖に喰らい付く。
自らの身を省みないその戦闘は、見ている現の方が肝を冷やす。
しかし、その終わりは唐突に訪れた。
「ちょっとタイム」
モココを殴りつけ距離をとった後、聖がこちらに手を出し戦闘の中断を言い出した。
余りに突然だった為、モココも現もあっけに取られる。
装着していたインカムに向かって一言二言話した後、二人を向き直り聖は言う。
「撤退だってさ」
「行かせると思うか?」
苦笑しながら言う聖に、モココに駆け寄りながら小銃を構える現。しかし、聖の視線は現の背後に居るモココだった。
――モココちゃん。ルルゥの代わりにこっちに来る?
「何を・・・・馬鹿な事を」
その言葉を口にしたのは現。そしてモココは掠れた声でそれに答える。
――私は、私の居場所はそっちじゃない。
「そう」
聖はそれだけ言って、背を向けて走り出した。
モココはその背中に向けて、言葉をかける。
――こちらには、私を支えてくれる大切な人達がいるから。
きっとその言葉は聖の心には届かないだろうと、心の片隅でそう思いながら。
●
――退きますよ。海。
朝と紫狼に追い詰められた海を護る様に、井守が三人の前に立ちふさがっていた。
「貴女に今死なれると困るのですよ」
「・・・・わかってる」
「戦うと言うのなら私がお相手します。三人とも必ず道連れにさせていただきますが――如何しましょうか?」
そう言って井守は自分の胸の辺りを指差す。
自分に仕掛けられた自爆装置を示しているのだろう。紫狼が舌打ちをして
言う。
「イーノに言っておけ、人間ナメってっとヤケドすんぜ。ってな」
「承りましょう。しかし、今日は色々と伝言を頼まれる」
井守は苦笑しながら海を担ぎその場から立ち去った。
そして姿が見えなくなった後、朝はその場に膝を突く。体のあちこちに薬品によって負わされた火傷が見える。
「元サイエンティストのようだ、な」
「あぁ、戦闘は得意ではなさそう・・・・だった」
季の言葉に朝が応える。事実、三人で海にトドメをさせる所まで追い詰められたのだ。しかしもし、あの三人が連携して仕掛けて来ていたら。と思うと背筋が寒くなる。
「まぁ、今回は俺達の勝利を素直に喜ぼうぜ!」
影の衣を解いた紫狼がそう言うと、他の二人もそれに同意した。
●見送る者の思い
護送機が空を飛んでいく。
あの少女は今頃護送機の中でクッキーをかじっている事だろう。
自らの意思で、自らの道を選んだ少女が今後どうなるのかはまだ分からない。
ただ、せめてあの少女の選んだ道に、幸福が待っていることを願う。