●リプレイ本文
●経営戦略しましょうか
――暗い店内。
一寸先も見えない闇の中。しかし、その中には間違いなく気配があった。
そしてスポットライトが一人の少女を照らし出す。
その少女は店のテーブルを積み上げ、やや高い所に立っていた。
「せいぞん! せんりゃくぅぅぅ!」
そう声高らかに告げたのはセラ(
gc2672)。いや、照明に照らしだされた男に向けるその冷たい瞳はアイリスの方だろう。
その男――田中は、つい先程四条 ルリ(gz0445)に手錠を掛けられている。
そんな田中に対してアイリスが指差し口を開く。
「きっとラーメン屋にはなれない愚か者に告げる」
「余計なお世話やっ!」
その言葉に合わせて田中を中心にスポットライトが灯る。そのライトの下には集まった傭兵達がらーめん丼を前に眉を顰めていた。
なんか、査問会みたいな状況になってる。
「この不味さ。むしろそれを強調して利益に繋げるしかないと思うんです」
純白の着物を身に纏った藤川 翔(
ga0937)が照らされたライトの中で、カウンターで足を組み片手に丼を持ちながら呟く。
「一番ごまかしが利く味噌ラーメン。それですら味噌汁よりも味が薄い。麺もふにゃふにゃ。コシがない。この麺を作った人の顔が見てみたいレベルです」
諌山美雲(
gb5758)の言葉に、床に手を付き、うなだれる田中。それに首を傾げる美雲にルリが耳打ちすると、美雲は口に当て驚きに言葉を漏らす。
「え? 田中さん自家製‥‥?」
「うーん‥‥不味い! もう一杯――とか言うわけねーだろ! この野郎っ!」
がしゃーん。
そう言って丼をひっくり返したのは月読井草(
gc4439)だった。
「不味いっ! 不味過ぎる! こんな不味いラーメン、バグアよりも許せないっ!」
憤る井草を柔らかそうな金髪の少女――ビリティス・カニンガム(
gc6900)が宥めて、そして田中を見据え口を開く。
「それだけじゃないよ。不味いだけで刺激があるわけでもねぇ――」
――面白みのない不味さだ。
ぐさ。
なんだろう。なんか物理的にそんな音が聞こえたかもしれない。
見ると田中はもう床を舐めるような体勢になりながら、なんかぶつぶつ言ってる。世界への怨嗟を呟いているのかもしれない。
そんな田中を余所にぽんと手を打ったのは吉田 友紀(
gc6253)だ。
「田中さんにモヒカンになってもらおう!」
「なんでやねんっ!」
「ほら、世紀末ラーメン屋とかそんな感じのコンセプトで!」
「ひゃっはぁー……って、あほかぁっ!!」
突っ込みの時は立ち直れるようだ。関西弁は伊達じゃないらしい。
「スープはそれなりで惜しいんだけど。本当に湯きりが甘過ぎるわね」
「なん‥‥やと?」
その言葉に田中が振り返ると、麺を箸で掬いながらため息をつく百地・悠季(
ga8270)の姿。
「それにこんなに麺がばらついてるんじゃあ、見極めが出来るわけ無いじゃない。あたしがちゃんと鍛えてあげるわ」
その言葉に血が出るほど下唇を噛み拳を握る田中。いっちょ前にプライドだけはあるらしい。
こいつ超メンドクサイ。
そして、田中は悠季の言葉に何かを言おうと口を開いたとき――
――タンッ。
食って掛かろうとする田中を、勢い良く丼を置くそんな音が制した。
その音に皆の視線が、村雨 紫狼(
gc7632)へと向く。
「む、村雨の兄貴。どうしたんだよ」
丼をカウンターに押し付け、小刻みに震える紫狼へ心配そうに声を掛けるビリティスを手で制しながら、ふらふらと店の戸を開けて外へと出て行った。
暫くして――
――うおおおーっ! 卍っ解っ!!
そんな、紫狼の咆哮。
――舞え、我が双牙! 天照、月詠っ! はああー月臥っ天翔おおーっ!!
そして、店の外から激しい光が差し込んだかと思うと、息を切らした紫狼が店内に戻ってきた。
どうやら、覚醒して必殺技を放ったらしい。
「田中っ! 貴様は斬らなきゃならねぇ存在だ! 死にたくねぇなら、死ぬ気で繁盛するように努力する事をここで誓え!」
凄い剣幕で迫る紫狼に「え、そんなに? 存在してちゃいけないくらい不味いの?」と、泣きそうな顔で頷く田中の姿がそこにはあった――。
●つまり不味いと言う事。
「あはは♪ ホントだおいしくなーい♪」
「でしょー! 不味いでしょーっ!」
店内で無遠慮にそんな会話をしているのはセラとルリだった。
その無邪気な言葉が、田中の心を一番抉る。
「こうなったら店名を『世界で三番目に不味いラーメン屋』に改めましょうか」
「地獄ラーメンとか田中拷問所とか、パンチの効いたものにしてみてはどうですか?」
「なんでやねんっ!」
翔と美雲の言葉に涙声でそう応える田中。
拷問所とか、もうラーメンを売ってるお店じゃないよねっ。
「いえ、ここまで不味いと、逆に笑いに持っていくしかないと思うんです。そこはもういっそ突き抜けて、不味いラーメンの超メガ盛りとか挑戦出来る様にしたり」
「あ、『不味さ耐久ラーメン』ですね。しかも値段もライバル店の半額にしちゃうとか。インパクトありますよっ!」
むしろインパクトしかない。アミューズメントラーメンといえば聞こえは良いが、苦痛を与える事のどこがアミューズメントか。
「ラーメン屋がラーメンを作れるのは当たりまえだ。田中さんはスタートラインどころか走り方すら分かっていない」
先程まで無邪気に笑っていたセラが不意に立ち上がり言い放つ。これはアイリスだろう。
「走り方‥‥?」
「ったく。マシなラーメンを食わせてやる」
アイリスの言葉を反芻する田中に井草がそう言って立ち上がり「おい、厨房借りるぞ」と言うと、気圧された様に田中は頷いた。
井草は厨房に入ると手際よく調理を始める。そして暫くして田中の前にラーメン丼が置かれた。
「食ってみな」
「あ、あぁ‥‥」
田中は震える手で箸を握り、そして井草の出したラーメンを啜る。
そして眉を寄せ、衝撃を受けた様に言葉を漏らす。
「あ‥‥」
「あ?」
「‥‥味がある」
――そこかよっ!
その場にいる全員が突っ込んだ。
そんな中で苦虫を噛み潰したような顔をした井草が口を開く。
「どうだ? 凄く美味くも無いけど不味くもないだろ?」
「‥‥あぁ」
「味覚がダメって訳じゃなさそうだな。こいつは普通の食堂で使われてるスープとタレだ。麺だって製麺所で作られた既製品だしな。だが、お前のラーメンよりはるかに美味い」
その言葉に悔しそうに歯噛みする田中。いや、悔しそうにしてるけど、君はスタートラインにすら立っていない事を忘れないで頂きたい。
「何故かわかるか?」
「‥‥」
「それは誰かに食べてもらう事を考えて、基本に忠実にきちんと調理したからだ」
静まり返った店内に井草が続ける。
「続けたければ基本を守れ。今のまんまじゃ、国産小麦と地鶏が泣いてらぁ」
「そうね。本気でやるつもりなら、あたしがみっちり鍛えてあげるわよ」
井草の言葉に悠季がにやりと笑うと、アイリスが「それじゃあ」と他の皆を振り返る。
「調理技術の矯正は情熱を燃やしている人たちに任せて。私たちは企画を立てて行こうじゃないか」
と、少し悪戯っぽく笑みを浮かべた――。
●
「それでは、味の向上が上手くいったらいったで良いとして」
「それがダメだったときの事も、生き残る術を考えて行きましょう」
翔がそう言うと、それに倣うように美雲が続く。
その二人を交互にみてルリはふむふむ。と知った風な顔で頷いている。しかし、何も考えては居ないだろう。
「歴史もなく。味も悪く。客は傭兵だらけという一般人には入りづらい空気。さてどうするか」
「田中おっさんが蛇とか雑草とかイケる口なら、雑草とかミールワームを具にしたサバイバルラーメンとかどうだ? 意外に蝉の殻とか香ばしくて美味いし、芋虫とかだって茹でるといけるもんだぜ?」
「さ、流石にもうちょっと一般向きの材料にした方が‥‥」
ビリティスの台詞に翔が苦笑しながら応えると、続いてアイリスが口を開く。
「麻雀卓等を置いて、娯楽スペースを置くのはどうだろう?」
アイリスがそう提案する。
何というか、それって麻雀がメインでラーメンがおまけのような‥‥。せめてラーメンを主役に考えていただきたい。
「あ、でも、チャイルドスペースを作れば、家族連れとかは来易くなるかも」
ぽんと手を打ち美雲が言う。さすが一児の母。発想が家庭的で方向性としては悪くない。
しかし、それを実行した場合、休日の幸せな一家団欒が一生消えないトラウマに変わる事請け合いである。
「客はラーメンではなく酒で呼ぶ!」
「いいね! 昼は普通のラーメン屋だけど、夜は皆がわいわい騒げるようなおつまみとか焼き鳥とか出すってのはどう?」
「あら、良い考えね。でも、摘みは田中に作らせちゃだめよ?」
アイリスと友紀の提案に、ルリのママ――藍が乗る。
しかし、それではラーメンどころか店主が田中じゃなくてもいいのではないだろうか?
どうやら、企画は迷走を始めたようである。
●修行と言う名の苦行。
「うっ、くっ‥‥」
田中は泣いていた。いや、いい歳こいた男が泣いているのには理由があった。
「ふーん‥‥これで諦めるくらいのラーメンに対する情熱なんだ‥‥」
「あほかぁっ! やったるわぃっ!」
悠季の言葉に涙を拭きながら麺を切る。切っては茹で、そして湯切りの練習。ただひたすらに麺を切る。
しかし、田中の腕は一日や二日でどうにかなる様な腕ではない様に思える。
その様を紫狼がカウンターで見守りながら、悠季に言う。
「麺は外注にさせたほうがいいんじゃないか?」
「最悪は、ね。でも、本人がやる気ならやれる所までやらせてやりたいのよ」
もう、母親のような感想である。
「せめて味は一本に絞らせないとな」
「そうね」
紫狼の言葉に、店内に掛けられたメニューに目をやると、とんこつ、味噌、しょうゆ、塩、傭兵――傭兵っ!?
「あれって‥‥」
「あれ?」
「『傭兵』って‥‥何?」
「あぁ、あれ特別メニューなんよ。傭兵専用やねん」
「専用ってナンだよっ! 専用って!?」
「んなもん決まっとるやん。特別にヘビとトカゲで出汁とって、ニラとニンニクどっさり入った麺は二キロの大盤振る舞いラーメン屋」
がたばしゃーん。
あ、紫狼が箸箱投げつけた。
「あほかぁぁっ! こんなクソ不味いもん食わされる方の身にもなれぇぇっ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて村雨の兄貴っ!」
激昂する紫狼を宥めるビリティス。ここまで人を不快にさせるラーメン屋もなかなか珍しいかもしれない。
いや、あってはいけない気がする。
「そんな訳の分からないものばっかり作ってるから美味しくならないのよ。まずはきちんと基本を押さえなさいっ。ほら、麺の太さがまだ揃ってないわよ!」
「りょ、了解! ボス!」
「スープは一つに絞って行くわよ」
「イエッサー。ボス!」
「声が小さい」
「ぃぃいいいえっっっさぁぁぁぁっ! ぼぉぉぉっすっっ!」
そんな田中の涙交じりの叫びが店内に響いた――。
●
風景が凄い速度で流れていく。
テールランプの光が尾を引きながら峠の道を駆け抜けていく。
前を走る赤色のバイクが、挑発するように肩越しに後ろを走る友紀を見た。
「‥‥へぇ」
友紀の口元に浮かぶのは不敵な笑み。
その挑戦、面白い。
「『駆ける音速天使』の名は伊達じゃないよ〜!」
アクセルを回しコーナーを抜ける。二つのバイクはぴったりと寄り添うように峠を駆け抜ける。
ヘッドライトが揺らめき、右に左に光が交錯するその様は、地上を流れる星の様に見えた。
鋼鉄の馬を駆る騎士同士の一騎打ち。
その戦いは3つ先の峠まで続き、後に走り屋の間で『峠の決闘』と呼ばれる名勝負になる。
しかし――
――走り屋達は友紀の当初の目的が、ラーメン屋「田中」のビラ巻きだったと言う事を知らない。
‥‥もう、友紀にとってはそれは過去の事なのだろう。
●
黄金色に輝くスープ。そして、太目に切りそろえられた力強い麺。
具は丁寧に盛り付けられ、味付け玉子、チャーシューが規則正しく並んでいる。
傭兵達は目の前に置かれた丼から麺を掬い取り、ゆっくりと口に運んだ。
そして傭兵達は口をそろえて言った――
――普通。
「普通なんかいっ」
がしゃーん。
傭兵達の感想を息を呑んで待っていた田中が、スープの寸胴を思い切り蹴倒した。
「うーん。なんか面白くなくなったね〜」
「むしろ、普通過ぎてインパクトが薄れたよな」
セラとビリティスがそんな事を言い合っている後ろで、翔がうぅむ。と眉をひそめていた。
「これだと‥‥世界で何番目くらいに不味いんでしょうか」
あ、下から数えるのが前提なんだね。
「味覚が可笑しい訳じゃないんだから、普通に作れば普通のものが作れるのよ。ただ、技術は見れたものじゃなかったけど」
口々に言う傭兵達に悠季が苦笑を漏らしながら言うと、井草も同じく苦笑を返す。
「まぁ、ほんとに普通だな。でもまぁ‥‥一応『らーめん屋』としては成立ってとこか?」
「もし、田中さんがお望みなら、暫くウェイトレスやりますよ? ほらほら!」
そう言って田中がカウンターに置いたラーメンを手にしたのは美雲。
軽いステップで、傭兵の――具体的には狙ったように紫狼の方へと持って行く。
「ちょ、美雲たん。何でこっちにっ!?」
「え? 村雨さんにラーメンを‥‥ああっ」
その瞬間。美雲が何も無い所で躓いた。そして――
――丼が宙を舞う。
それは宛ら空を飛ぶ円盤の様に、妙に長い滞空時間を経て紫狼へと飛んで行く。
‥‥フライングラーメン。
誰かが、そんな言葉を呟いた。
●
「まだ、美味しい。と言うには程遠いんだから、毎日きちんと訓練するようにね」
「はい! 姐さんっ!」
悠季の台詞に元気良く答える田中。
「ダメだったら傭兵に戻れば言い訳ですしね」
「そうならんように努力するわ‥‥」
美雲のそんな言葉に苦笑を漏らす田中に、翔が一枚の紙を渡した。
「不味いラーメンしか出せない場合は、これを参考に頑張ってください」
「なんや? これ?」
「私達が意見を出し合って作った不味いラーメンの売り方です」
「いらんわっ! ‥‥あ、やっぱりもらっとく」
結局、貰っとくんだ‥‥。
「まぁ、たまには食べに来るから、ちゃんと腕を磨いておけよ?」
そういう井草に、少し困ったような、照れたような感じで田中は口を開く。
「あぁ‥‥、なんて言ったらえぇんか‥‥」
みんな、ありがとな。
そう口にした田中の顔は、ほんの少しだけ晴れやかに見えた。
●蛇足
「あれ?」
「あれ? まだおったんかい」
「皆は?」
「もう帰ったで?」
「あ、そ、そう?」
「でも、あんたもありがとな。こんな遅くまでビラ巻いてくれとったんやろ」
「あぅ、うん」
「ほんまにありがとな」
「あ、うん‥‥じゃあね」
「あぁ、またなぁ」
走りに夢中になってビラ全然配れなかった‥‥。
そんな事を思って友紀は、ちょっと反省するのだった――。