●リプレイ本文
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艦橋内は警告灯で赤く染まっていた。
時折、地響きのように全体が大きく揺れる。
「傭兵達は、やってくれるでしょうか‥‥」
傍らに立つ副官の呟きにに艦長は応えず、静かに目を閉じる。
それは、この艦が囮役としてどこまで持つかによるだろう。
時に攻め、時に逃げ、息の根を止められない程度に被弾させる。それはほんの少しのミスも許されない、紙一重の戦いであった。
「『傭兵達』ではない。我々がやるのだ」
「え?」
「傭兵も軍人も関係ない――」
――これは人類の戦いなのだからな。
この艦の囮作戦も含め、人類の戦いなのである。
「あの砲塔に向かった戦友たちが戻ってきたら、酒を酌み交わしたいものだ」
「そう、ですね」
生きて帰ることができたら。きっと――。
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無重力の海の中を固まって高速で泳ぐ8匹の光の魚。
時折、その周囲を火球が彩りを添える。
その中で一際楽しそうに宇宙の海を泳ぐ魚が居た。
オルカ・スパイホップ(
gc1882)の駆るリヴァイアサンだ。その動きは正に水を得た魚。進路上のキメラを八艘跳びにその拳で粉砕していく。
「そんなノックみたいなの効かないよ〜!」
稀に防御を抜けてくる敵の攻撃も愛機の分厚い装甲を抜く事はない。
攻撃してきたキメラを『大蛇』で分断し、次の獲物を探す。
「道を開けてもらいますよ」
道を阻む宇宙キメラに向かいそう口にしながら、AAMで牽制するのはマヘル・ハシバス(
gb3207)。運のないキメラが牽制の一撃の直撃を受け散っていく。
購入したばかりのコロナの初陣。
そのしっくりと手になじむ操縦感は、流石メルス・メスが謳う最新鋭機と言えよう。
「囮になっている巡洋艦の為にも、ここは一刻も早く砲塔破壊をしないとな。全力で当たるぜ!」
「海王の槍‥‥この熾天姫が必ずやへし折って見せます!!」
威龍(
ga3859)からの通信に赤宮 リア(
ga9958)が力強く応える。
真紅に染め上げられたアンジェリカ改は、光の尾を引きながらポセイドンの喉元を目指す。
「私ら信じて引き付けてくれてるんだから‥‥艦の被害、最小限になるようにしないとね」
信頼に応えられなければ無様もいいところ。
先の言葉に続け、鷹代 由稀(
ga1601)は胸中でそう呟く。
だからこそ冷静に。それゆえに迅速に。課せられた任務をこなさねばならない。
「俺が突破口を開く! D−04発射と同時に全機突っ込め!」
大神 直人(
gb1865)のピュアホワイトからの通信と同時に小型ミサイルがばら撒かれた。
それに合わせて全機が飛行形態へと変形し、飛翔するミサイルを追いかけるように宇宙の海を駆け抜ける。
ミサイルの雨を辛うじて避けたキメラは、大神 哉目(
gc7784)のタマモのガトリングに蜂の巣にされた。
「ったく、やりたい放題やってくれるね」
ロクでもないヤツがあの要塞に居るんだろう。とそんな事を思う。
哉目は面倒臭そうにため息を吐き、「まぁ」と気を取り直して口を開く。
「頑張ってくれてる軍人さんの為にも面倒臭いから精々頑張ろう」
そんなどこかちぐはぐな言葉を口にして、哉目はもう一度ため息を吐いた。
8機のKVが互いの死角を補い、一本の矢と化していた。
主戦力を巡洋艦に向け薄くなっている防衛網では、その勢いを止めるには聊か力不足に過ぎた。
立ちふさがる宇宙キメラを駆逐しながら進む一行に、ドクター・ウェスト(
ga0241)が首を捻る。
「ふむ、簡単すぎる‥‥」
ぽつりと、呟く。
もう少しで三叉矛の様な巨大な砲塔がこちらの射程に入る。
巡洋艦がきちんと囮をこなしている。と言えばそうなのかもしれないが――
――けっひゃっひゃ、そうでなくてはいかんよなぁっ!
哄笑と共に、回避行動を取る。
他の傭兵も気付いたらしく同様に回避行動に入った。
同時に。
視界を焼く灼光が、今まで傭兵達のKVが航行していたルートを焼き払う。
憐れなキメラはその光を避けられず灰へと変わった。
――えーと、聞こえてるかしら?
傭兵達の通信に割り込んでくる女の声。
「中学生以下の子以外には用はないんだけど、そっちに居るかしら?」
――居たら、その子だけ助けてあげるわ。
そんな、ふざけた様な言葉。
知っているものは気付いたかもしれない。
リュウグウノツカイと名乗る、イかれた強化人間集団の御前 海の声だった。
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外部カメラを望遠にして初めて確認できる。
黒を基調とした色の所為で、宇宙の闇に溶け込むように佇むティターン。
「ドクターっ! ここは任せて行ってくださいっ!」
由稀の言葉にウェストは薄く笑い、「ふぅむ」と少し考える様に鼻を鳴らし口を開く。
「トライデントをへし折ってやろう〜」
ティターンの性能等を少し確認しておきたかったが、まぁ、いい。と判断したのだろう。
それに今回は宇宙での継戦能力が高い装備を用意していない。
「150秒で終わらせます!!」
ウェストの天が機首を向けると、砲塔破壊を担うリア達がそれに続く。
少しでも早く。その破壊を進めるために。
ポセイドンへ向かう傭兵達のKVに、海機は先程撃って来た長距離砲を向けた。
その長距離砲を、一気に距離を詰めた由稀がムーンライトで斬り付け破壊する。
『あら、大胆ね。あなた』
「さーて、少し付き合ってもらうわよ――」
――ちなみに拒否権は‥‥ないっ!
通信越しにそう叫ぶ由稀。
斬り付け、距離を取る直前にティターンのミサイルポッドが口を開くのに、由稀は驚きの声を上げた。
「この至近距離で撃つっていうの!?」
『さぁ、一緒に踊りましょう?』
海の駆るティターンは運動性を犠牲にしてまで追加装甲を乗せていた。
それは、この近距離での爆撃に耐えうる為の兵装と見える。
吐き出されるミサイルに舌打ちしながら、避けきれないと判断した由稀はDIMMCを発動させ、ミサイルの雨を凌ぐ。
ミサイルの爆撃の反動でお互いの距離が開いた所に、海機に取り付く機体があった。
哉目の駆るタマモ――愛称:ジェヴォーダン・ドゥ。哉目はそれを体ごとぶつかる様にして『陰』を振るい、接触回線で海へと告げる。
「お前が居ると言う事は、あそこにイーノがいると言う事か」
『あら、聴いた事がある声ね』
「居るんだな?」
そう続けるとくすりと笑うのが聞こえる。それは肯定の意味だろう。
近接戦闘を嫌ったのか、哉目の機体を蹴り付けて距離をとる海。そしてレーザーライフルで狙いをつけ、いつもと同じ感覚で引き鉄を3回引く。
しかし、ティターンの反応が微かに遅れ、その3射共に哉目の機体から逸れた――。
――間に合ったか。
直人がコックピット内で安堵のため息を吐く。
瞳に映るモニターがヴィジョン・アイが、海機に対して問題なく効果を発揮している事を示していた。
正確な射撃をする者程、機体の微かなレスポンスが致命的になる。
「無茶するな! 俺達は時間を稼げばそれでいいっ!」
『分かってるっ』
『でも、先に行った方にも伏兵が居るかもしれない、急がないとっ!』
直人の言葉に哉目と由稀が口々に応える。
そんな事は直人にも分かっている。しかし目の前に不敵に佇むティターンが、簡単にはそうさせてくれなさそうだった――。
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間近で見ると、本当に巨大だった。
神話で聴くバベルの塔を彷彿とさせる巨大な三叉矛は、まるで地球を貫かんとしてその時を待っているかのようにも見える。
ここの防衛も比較的薄い所を見ると、まだ囮となっている巡洋艦は健在らしい。
しかし、こちらの目標がポセイドンの主砲であることに気付いたHWが、攻撃の矛先を次第に傭兵達へと向け始めた――が、既に主砲は傭兵達の射程内だ。
「射程内! 行くぜぇっ!」
「派手に行きますよっ!3×3ブラスター!!」
威龍の咆哮と共に、人型へと転じたタマモ――蒼龍が誘導弾を手当たり次第ばら撒いた。
それに続き、リアが対空砲火をしてくる砲台に向けGP−7をありったけ撃ち込む。広範囲に広がるそのミサイルは、熾天姫の名の通りまるで天使が翼を広げたように見えた。
着弾と共に砲塔の装甲に光点が生まれ、分厚い装甲を削り取っていく。
「水素カートリッジよし、砲塔への攻撃を開始します」
マヘルの駆るコロナが、砲身12mの荷電粒子砲を構え引き鉄を引く。破壊の光の本流がポセイドン主砲の表面を舐め、その周囲に居たキメラごと焼き尽くして行く。
――射線上、どきたまえ〜!
そんな通信とほぼ同時に爆光が、他の傭兵達の背後から主砲めがけて放たれた。
HL00対艦荷電粒子砲。
その巨大な砲口が吐き出した光は、盾になろうとしたHWを巻き込んでポセイドンを貫く。
リアは装甲の剥がれた箇所に取り付き、雪村でその傷を抉る。
「どんなに頑丈だろうと、この熾光の剣で焼き切り裂くのみっ!!」
刀傷はポセイドン主砲の内部を焼き切り、致命的なダメージを与えていく。
――あっはは。やってくれるねぇ!
そんな通信と共に一体のティターンがリアに迫る。緋野 焔真だ。
「やはり、来ましたかっ!」
ブレードで斬り付けて来るティターンの一撃を、『メルキセデク』で受け止めるリア。
ティターンを力任せに弾き飛ばし、距離を取る。
『へぇ、気付いてたんだ』
「当然です」
『でもさ、あんた、もう燃料かつかつなんじゃない?』
嘲笑を含んだような言葉に、リアは息を呑む。
元々宇宙用ではないアンジェリカは宇宙での継戦能力が低い。だからこそリアは短期決戦に挑んだのだ。
『一人ずつ殺させてもらうよ?』
そんな焔真の呟きが聞こえ、リア機に間合いを詰めた瞬間、横合いからティターンにきりつける機体があった。
オルカのリヴァイアサン――レプンカムイだ。
通信の向こうで焔真の呻きが聞こえ、オルカの楽しげな笑い声がリアの耳に届く。
「ねぇ、きみって強いの?」
接触回線で問うオルカ。それに「くはは」と笑いで答えブレードで薙ぐ焔真。
ティターンのブレードをシールドで受けると、ちりちりと火花を散らす。
腰の部分を狙ってくる『大蛇』を装甲を削らせるだけで避け、焔真はそのシールドに体ごとぶつかり、オルカの体勢を崩すとその隙間を狙ってブレードを突き出すが、そのブレードをアンカーテイルが弾き飛ばした。
格闘用に調整されたティターンの動きを読んでくるオルカ機に、焔真は口笛を一つ鳴らす。
『俺達より、あんたらの方が化け物に思えるけどな――傭兵さんよ』
――傭兵になった時点で、もう人じゃない。か。
焔真はあの少女が口にした言葉を、口の中で転がす。
あぁ、確かにそうだ。そうなんだろうな。
『さっきアンタが聞いた質問だけどさ』
「なに?」
『俺達は弱いよ。弱いから今ここに居るのさ』
自嘲気味に焔真はそう告げる。
それと同時にポセイドンの主砲が、威龍の【FETマニューバA】で強化されたミサイルを受け、まるで断末魔の様な大きな爆発を起した。
オルカ機にリアからの通信が入る。
『もう目的は果たしました! 撤退しますっ!!』
「えぇ〜‥‥。分かったよ」
通信にそう応えると、オルカは焔真機に向き直り通信を繋ぐ。
『またどっかで会ったら戦ってよね!』
そう言うが早いか飛行形態へと変形し、その場を飛び去っていった。
「くはは。面白い傭兵だ。そうだな――」
――その時まで俺が生きていたら。戦ってやるよ。
未だ連鎖爆発を起こしている主砲をモニターで確認しながら、焔真はそんな事を呟いた。
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――もう一発くらいは撃てると思っていたけど。
主砲の爆発をモニターで確認しながら、海はため息を吐いた。
そして自分を取り囲む傭兵の機体に向き直り、海は通信を開く。
「で、どうするの? 続ける?」
正直、海自身3対1だと少し荷が重い。
周囲にはキメラやHWも居るが、それでもKV同士での高速戦闘には邪魔になるだけだ。
「用が済んだなら帰りなさいな。囮になってる巡洋艦の援護に行った方がいいと思うしね?」
『気付いていたのか?』
「さぁね」
直人の反応に言葉をはぐらかす海。
正直な所、彼女にとって――リュウグウノツカイに所属する強化人間にとって、こんな戦いどうでもいいのだ。
『ここは引く』
先程聞いた覚えのある声、哉目がそう言う。
『だが、これだけはイーノに伝えろ』
「あら、何かしら?」
『私達はお前に遊ばれてるだけの存在じゃない。ジェヴォーダンがお前の喉元に喰らい付き――』
――私がお姫様を連れ戻す。
『もう直ぐだ、首を洗って待っていろ』
「伝えておくわ、その憎しみは彼もきっと喜ぶ」
海の言葉に、哉目はぎりと奥歯をかみ締める。一々気の障る言葉を残していく連中だ。と。
「さぁ、舞台は整ったわ。いらっしゃいな死を撒く終焉の舞台に」
『えぇ、その招待、お受けするわ』
由稀の言葉に、海は満足そうに笑い戦域を飛び去っていった。
終焉の舞台――ポセイドンへと向かって。
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ポセイドンに聳えていた巨大な砲塔が沈む。
口髭に隠れていてよく分からないが、艦長は薄く微笑みを浮かべていた。
「やりましたね」
「あぁ」
我々の仕事もここまでだ。
対空砲火も出来ず辛うじて航行できる程度の損傷を受けている、あとはもう沈むのを待つだけ。
しかし、成すべき事は成した。後は残った者に意志を継ごう。
艦橋のまん前にキメラの影が横切る。キメラはその無感情な瞳を艦橋内に向けた後大きく口を開いた。
すまんな。皆。
共に乗り込んでくれたクルー達に感謝の意を胸中だけで述べ――
――諦めるなよっ!
そんな通信と同時に、艦橋に取り付いていたキメラが撃ち抜かれた。
通信をしてきた方向に視線をやると威龍の駆る蒼龍がライフルを構えているのが見える。
主砲破壊作戦に参加していた傭兵達が、巡洋艦の防衛に戻ってくれたのだ。
8機の心強い戦友が巡洋艦を取り囲み、周囲のバグア機を撃墜していく。
「お待たせしましたっ! もう大丈夫ですっ!」
「信頼にはきちんと応えさせてもらうわよ」
リアと由稀が続けて艦橋へと通信を繋ぎ、投げ出しそうになっていた命を掬い取らせた。
「‥‥艦長」
「‥‥あぁ――」
――この戦いが終わったら、取って置きの酒を開けるとしよう。
艦長は傭兵達のKVが周囲を飛翔する様を見て、そう言って笑った――。