●リプレイ本文
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一機のコロナが無重力の空を飛翔していた。
どこかふらふらしているような。そんな事もないような。
どこか不安げな動きで、そのコロナは目の前の封鎖衛星ポセイドンへと向かう。
「ああぅっ!」
コックピット内の少女はそんなうめき声を上げて、飛行形態から人型へとコロナを変形させた。
「あれだね! 人型じゃないと自分の体みたいに動かせないね!」
とかそんな事を言いながら、準備運動を始める。
KVに屈伸運動とか必要なのか分からないが、入念に間接をほぐした後、頭部カメラをポセイドンへ向けて頷く。
「よぅし! いくぞっ!」
そう気合を入れた少女――四条 ルリ(gz0445)の乗るコロナは、綺麗なフォームで宇宙空間を走り始めた。
たったったった。
とか、そんな音は宇宙空間ではもちろん聞こえないが、漫画的表現をするのであれば、きっとそんな書き文字が書かれているだろう。
周囲の戦闘には目もくれず、文字通り一心不乱に走るルリ機。
宇宙キメラの横を駆け抜けると、キメラは訝しそうにそれを見送った後「おうおう、ちょっと待てよ。お嬢ちゃん」とでも言いたげにルリ機に因縁をつけてきた。
どーん。
と、因縁をつけた途端に撃ち落される。
ん? とルリがその爆発に振り返ると通信が入った。
『ルリちゃん! 一人で行くと危ないよ!』
聞き覚えのある声。美崎 瑠璃(
gb0339)の声に「瑠璃ねぇ!」と嬉しそうな声を上げる。
『おいおい。一緒に行くってのはどうなったんだよ』
そう苦笑を漏らすのは龍深城・我斬(
ga8283)だった。
「ごめん! 忘れてた!」
『私達も居ることを忘れないでくれたまえよ?』
「うん! ごめん! アイリスちゃん!」
ルリ機に並んで飛ぶコロナには、セラ(
gc2672)のもう一つの人格であるアイリスが乗っているらしい。
『まさか、宇宙に来ちまうとは思わなかったな‥‥。ルリ! ママンをしっかりと取り戻すぜ?』
「うん! お兄ちゃん!」
村雨 紫狼(
gc7632)にルリがそう応えると、ぱたりと紫狼からの通信が途絶える。
「ん? どしたの!? お兄ちゃん!」
『い、いや、なんでもない』
‥‥今まで、紫狼にぃとか、サー、お兄ちゃんサーとか呼ばれてきたが、なんと言うか『お兄ちゃん』と呼ばれるのは初めてだった。
なんというか、きっとなかなかご理解頂けない様な感動が紫狼の体を貫いた。のかもしれない。
『きみがルリちゃん?』
「はい! ルリです!」
聴き慣れない声の主――潮彩 ろまん(
ga3425)に、ルリは元気良く応える。
「ボク、潮彩ろまん‥‥ルリちゃん、事情はよく知らないけど、一緒にポセイドン乗りこんで、お母さん助け出そうね!」
「うん! よろしくお願いしますっ! ろまん姉ぇ!」
『では、捕らわれの姫君を助ける騎士の騎行と参りましょうか』
「ヨハン先生!」
ヨハン・クルーゲ(
gc3635)のKVスフィーダに、モニタ越しに手を振るルリ。
『こう見えても『瑠璃色の騎士』なんて二つ名持ってる身だからね。お姫様をエスコートするのは騎士の務めっ。任せといて、ルリちゃん!』
瑠璃の言葉に、笑顔で親指を立てる姿が目に浮かぶ。
「とまあそんなわけで頼むぜ、まだ名も無い新しい相棒さんよ」
我斬はそう呟いて買ったばかりのタマモのコックピット内で、スティックを軽く叩く。
――そして鋼の騎士達は、海王の城へと向かう。
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引鉄を引く。UPC軍のKVが落ちる。
引鉄を引く。バグア軍のキメラが落ちる。
考えることもせず、ただ引き鉄を引く。
死んでしまえ。
ただ、淡々とそんな事を思いながら引鉄を引く。
覚えのない記憶。
でも、それは私が望んだこと。
だから私は――
――引鉄を引く。
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――なに‥‥? あれ‥‥。
愛機であるピュアホワイト、『メリーさん』が伝えてくる情報にろまんは息を呑んだ。
一体の高熱源反応が高速で移動するたび、友軍、敵軍問わず反応を消していく。
その熱源はじりじりとこちらに近づいてくる。
「みんなっ! 気をつけて! 何か来るよっ!」
「ろまん様! データリンクをお願いします!」
ろまんの警告にヨハンがデータリンクを指示し、情報を共有する。
「ち、そう易々と通してはくれねぇかっ!」
我斬が吐き捨てる様に言うと、『それ』は傭兵達の前に現れた。
漆黒のティターン。
その闇色の装甲は、宇宙の闇に溶けて消えてしまいそうな印象すら受ける。
ティターンは、訝しげに傭兵の駆るKVを睥睨すると――実際にはそのような印象を受けただけだが――は、傭兵達に通信を開き――
――しんじゃえ。
そう、言ったと同時にブレードを構えて、ルリ機に向かって飛翔する。
『Der Freischutz、ちっぽけな魔弾ですがこの距離なら外しませんよ』
ティターンに向かってプレスリーと種子島弐式が火を噴いた。
両方は避けられないと判断したのか、ティターンは弐式のレーザーを避け、プレスリーを直撃を受ける。
しかし、ティターン勢いは止まらない。一番動きの悪いルリ機に向かいブレードを振り下ろす。
だが、ルリ機を守るように展開していた傭兵達は、当然の事ながらそれはさせない。
『悪いが、そう簡単にルリまで届くと思わないで貰いたい』
アイリスがそう言ってティターンとルリ機の間に割り込み、『シルバーブレッド』でティターンの装甲を叩く。
しかし、それを物ともせず突き出したティターンのブレードが、DIMMCを展開した装甲の表面を火花を散らした。
その身を省みない攻撃に、アイリスは一瞬驚きの表情を見せた後不敵に笑って口を開く。
『コロナの高速戦闘を見せてあげようか。淑女的にね』
ブレードを避け距離を取るアイリスに入れ替わりで、紫狼のタマモがティターンと同じく二刀を振るう。
二刀同士の鍔迫り合い。
無音の宇宙で、ただコックピット内の呼吸音だけが妙に五月蝿い。
機体ごとぶつかるように『陰』を振るい、紫狼は接触回線でティターンへと通信を開く。
「おまえ、聖ちゃんだろっ!?」
紫狼の言葉にティターンは何も応えない。だが、紫狼は構わず続ける。
「狂気に逃げるなっ! 天使 聖っ!」
――五月蝿い。
聖はそう言葉を返すと、ティターンの全身に搭載された火器を全て開放した――。
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――あ、危なかった。
ろまんはコックピットで冷や汗をかいていた。
『助かりました、ろまん様』
「あ、うん。間に合ってよかった」
ヨハンからの通信に少し慌てて応答する。
『メリーさん』からのデータリンクが、正常に僚機に張られている事を確認した。
ロータスクイーン、ヴィジョンアイ。この二つの情報がなければ、全火器を無造作に開放したティターンの攻撃は被害を大きくしていただろう。
あんな、自分を省みない後先を考えない攻撃。
事実、ろまん機にモニターされているティターンには、殆ど余力が残っていないように見えた。
しかし、それでもティターンは手に持ったブレードを構えこちらに向き直る。
まだ、戦うと言う意思にろまんは息を呑んだ後、ハンマーボールを構えた。
「ルリちゃんの邪魔はさせない、悪い宇宙人にメリーさんからのプレゼントだよ‥‥波・斬・剣−ハンマーボール剣玉殺法!」
必殺技を叫ぶと同時に『メリーさん』がアラートを上げる。
接近する敵機を感知し、その情報を数字の羅列でろまんに向かって伝えてきた。
流れてくる情報量に混乱するろまんに、飛んできたティターンが迫る。
しかし、そのティターンのブレードはろまん機までは届かなかった。
我斬の駆るタマモが、接近するティターンを抑えたのだ。
「あんまり好き勝手やらせるかよっ!」
『それはこっちの台詞だ。傭兵っ!』
横薙ぎに振るうティターンのブレードを『シュラーク』で受け流す。その声の主に我斬は覚えがあった。
「お前、ルリちゃんのママを浚ったヤツかっ!」
『へぇっ! あの場に居た傭兵かっ!』
緋野 焔真。先程までポセイドン主砲の防衛に回っていたが、そのまま聖のフォローに入ったのだ。
我斬の拳と、焔真のブレードが交錯する。
「あい合わらず細かい経緯はよく知らん、然程知りたいとも思わん‥‥だが、母子を目前で引きはがした愚行は正させて貰うぞ!」
『くははっ! 愚行結構! 俺達は狂った悪役だからなっ!』
通信越しに焔真が笑う。
――ヒノエンマは嗤う。
まるで道化の様に。
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目の前のタマモが目障りだった。全火器を開放で撃墜し切れなかったこいつは、私の二刀を悉く受け流す。どうしてもこいつの命に届かない。
『聖ちゃん! キミを助けたい、そう願う女の子が居ることを忘れるな!』
「黙れ傭兵! 私は救われたいなど思っていないっ! 殺せればそれで構わないっ!」
――本当にそう思っているのなら、そんな言葉出てこないだろう?
横合いからのコロナの拳打と共に、そんな通信が割り込んでくる。
吐き気がする。頭が痛い。耳鳴りがした。
私は思うまま、ブレードを振り下ろすが、コロナは易々と避ける。
乗っているパイロットが不敵な笑みを浮かべているのが目に浮かぶようだった。
『人機一体の戦技、その身を砕いて教えてあげよう』
そんな通信が私の感情を余計にささくれ立たせる。
ティターンの動きが悪い。私の操作についてこない。
そう思った。
しかし、そうじゃなかった。
私は、もう。操縦桿を握っていなかった。
「は、はは‥‥」
私の口から笑いが零れる。
動きを止めた私のティターンの腕が斬り飛ばされた。
そして二刀のタマモが私に剣を向け告げる。
――やっぱり聖ちゃん、キミは戦いに向かない子だ。
あぁ、そんな事。分かってる。
でも、もう後に戻ることは出来ないでしょう?
お前達にだって、それくらい分かってるでしょう? 傭兵、なんだから。
私は、二刀のタマモの言葉には応えず、残った片腕を振り上げ斬りかかった。
これが、きっと私の最後の舞台なのだと。そう感じながら。
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ルリは『レミエル』の照準を戦場へと向けていた。
高速戦闘をするKVを正確に撃ち抜く技量は今のルリには無い。
フレンドリーファイアになるのが目に見えていると言う残念な事実。
『ルリちゃん。当てちゃ駄目だよ? ティターンを牽制するだけで良いから』
「うん!」
照準を合わせるルリへと群がるキメラをミサイルで撃ち落しながら、瑠璃はルリにそう指示する。
『皆様が離脱できる隙を作れば良いのです。ルリ様ならきっと出来ます』
ヨハンが近づくキメラを弐式で狙い撃ち、ルリの背中を優しく押す。
「うん!」
『ETPを起動させて、味方には当たらないように設定して。そうすれば後はコロナがやってくれるから』
「うん!」
元気良くそう応えてルリは瑠璃の言うとおりにETPを起動させる。
ルリの視界のモニターがルリには良く分からない動きを見せ、2機のティターンの動きを自動で計算し照準を合わせていく。
そしてルリは引鉄を引く。
レミエルの砲塔から、破壊の光が吐き出された。
それは自分の味方を守るための光。そして同時に敵の命を奪う為の力でもあった。
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ティターンが熱源を感知する。
今のティターンの損傷率でも回避できるタイミングだ。
しかし、私は目を閉じる。
――死は救いだ。
私が強化される時に、井守に「死とは?」と問われてそう答えた。
そう答えた時の井守は、どこか悲しそうに「そう、ですね」と言ったと記憶している。
それならば、私はこれで救われるのだろうか。
そんな事を思った時、私のティターンが強い衝撃に揺れた。
機体は大きく弾かれ、熱源の射線から大きく外れる。
落としていた視線をモニターに戻すと、焔真のティターンが映っていた。
『くはは・・・・も少し、生きろよ聖ちゃ――』
――光が、焔真のティターンを貫いた。
次の瞬間、焔真のティターンは――焔真は。爆発を伴いながら宇宙の華となる。
私のティターンはその爆風に煽られ大きく揺れた――
どうして。私なんかを。
――ただのきまぐれさ。
そんな焔真の声が聞こえた気がした。
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傭兵達はそこに酸素があるのを確認し、ポセイドンへと降り立つ。
敵を倒した。それだけの筈なのに、なぜこんなにも心が痛い。
いつも能天気なルリですら、言葉を失っていた。ヨハンがその肩に手を置くとルリは震えていた。
「ルリ様‥・・」
「ルリ。これも傭兵の通る道だ」
傭兵になってからずっとルリを見てきたアイリスには、そう告げる権利と責任があった。
ルリはその言葉にぎこちない笑みを返し、言葉無く頷いてから――天を仰ぎ大きく息を吸う。
うわぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁっ!!
雄叫び。
少女の雄叫び。
その音にならない叫びは、少女の迷いを振り払う。
ひとしきり叫んだ後。
――私は。ママを助けるんだ!
はっきりと自分の意思を口にすると、瑠璃がそれに頷いて応える。
「うん。藍さんを助けよう!」
「ここからは、敵の本拠地だよ。気を引き締めてママを探し出そう」
ろまんの言葉に拳を天に突き上げ「おうっ!」と応えるルリ。
先程まで震えていた手は、体は意志によってしっかりと大地を踏みしめていた。
我斬はKVから居りてきながら、傍に居た紫狼に口を開く。
「迷わず揺るがず目的に向かってただ愚直に突き進む、それがあの娘の強みなんだろうな」
「あぁ、強すぎるくらい強いよな。たまにロケットみてぇにどっか行っちまいそうだけど」
「その時は俺らが修正してやればいいだろ?」
「はは。そうだな」
我斬の言葉に紫狼はそう言って笑う。
そして、自分をここまで運んできたタマモを見上げて呟く。
――焔真‥・・お前は一体何を求めていたんだ。
焔真が死んだ今、それはもう想像するしかない。
しかし、そんな感傷は後にしよう。紫狼は先程ルリがしたように大きく息を吸い――
――イーノっ! お前は絶対にぶったおすっ!
紫狼はポセイドン全体に届きそうな程の大声で、そう宣戦布告したのだった。