●リプレイ本文
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間に合わなかったか。
俺は、追いすがるキメラに向かって引鉄を引く。
光を伴ったその弾丸は、キメラが盾にしたデブリに当たりキメラまで届かない。
舌打ちをする俺に僚機から接触通信が入る。
『俺を置いて行け』
そんな馬鹿な事を言う友人を無視し、デブリを足場にしてKVを跳躍させる。
推進剤を少しでも節約するためだ。
『馬鹿っ! 俺なんか早く捨てろ!』
馬鹿はお前だ。そんな事をするくらいなら死んだ方がマシだ。
いや、最後まで生きる事を諦めてやるものか。
そう思った瞬間激しい衝撃が走る。キメラの体当たりを躱せず周辺のデブリに叩きつけられた。
その俺の機体に止めを刺そうと、キメラが群がってくる――
――‥‥キメラが。
『宇宙で通り魔に襲われるなんて、余程ついてない人達だね』
不意にそんな通信が割り込み、群がっていたキメラの頭が吹き飛んだ。
『お待たせしたね。負傷とかしてない? ブーストは使える?』
そんな言葉に俺は肯定の意味の言葉を返すと、タマモが俺達が隠れていたデブリへと降り立った。
『俺が迎撃に出ます、大神さん救助お願いします』
『敵はこっちで対応する、そっちは任せたよ』
リヴァティーとドレイク。二機からの通信にタマモが手を振るだけで応え、その二機は俺たちが居るデブリの横を飛翔しキメラを追い落とす。
どうやら俺たちには運が残されていたらしい。
思わず、笑みが零れた。
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「ちゃんと気を付けるんだよモココー」
クラフト・J・アルビス(
gc7360)は、通信越しにモココ(
gc7076)の駆るヘルヘブンへと言葉をかけるが返事がない。
初めてのKVでの実戦に緊張しているのか。
「いや、違うなー」
出発前のモココを思い出し苦笑を漏らす。
不満そうな顔で「なんで私がKVなんか‥‥しかも宇宙で‥‥」とかなんとかぶつぶつ呟いていた。
なら参加しなきゃいいのに。とクラフトは思う。
まぁ、何かあった時はモココ優先でフォローに入る事にしよう。
「そのためについてきたみたいなもんだしねー」
そう呟いた時、要救助者発見の報が大神 哉目(
gc7784)のタマモから入る。
モココ機にも同様の通信が入ったのだろう、彼女の機体も軌道を変え、報告に会ったポイントへと回頭した。
他の傭兵達もすぐにそちらに向かってくるだろう。
「モココ。周辺警戒怠らずにねー‥‥っ!?」
ちょっと不機嫌そうな彼女の応答に微笑を浮かべ追うクラフトの目に、指定ポイントを光の帯が貫くのが見えた――。
――黒いティターン、か‥‥因縁かしらね。
光の帯の先に光学カメラを望遠にして、それをみつけた氷室美優(
gc8537)は苦い思いをそんな呟きと共に噛み潰した。
この距離からでも、漆黒のティターンのフォルムが光学センサーで見て取れる。
情報通りの重装甲、遠距離射撃型。その重々しい姿は鉄の城の様にも見えた。
「キメラはこっちに任せてください」
「ここらで一つ伏兵が怖いところか――任せても構わないかい?」
並走していたリヴァティーから結城 桜乃(
gc4675)の通信が届き、それにはセラ(
gc2672)が応えた。
セラのコロナ――アルカンシェルに並び加賀・忍(
gb7519)の軍茶利明王。そしての後ろになんか赤いやつ。村雨 紫狼(
gc7632)の駆るダイホルス――タマモ(?)が続く。
タマモの原型はもう既に留めていない。そんなタマモがあるか。と言う感じである。
しかし、敵の増援の気配にいち早く気付いたのはそんなタマモ(?)に乗る紫狼だった。
「‥‥っ! 来るぞっ!」
傭兵達が皆急制動をかけた所に、漆黒の刃が通り過ぎた。
『あら、そんなに急いでどこに行くの?』
三機の目の前には遠距離型のティターンと同じく、漆黒に染め上げられたティターンが剣呑に立ち塞がっていた。
そして引き連れてきた三機のタロスに笑みを含んだ声で言う。
『私たちの巣に近寄る悪いお客様に、お帰り頂きなさいな』
この言葉が本格的な交戦開始の合図となった。
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滾る。知らずのうちに笑みが漏れる。
「天使 聖っ!」
『その声は忍かっ、はははっ! こんな所まで御苦労な事ねっ!』
軍茶利明王の右の拳が唸る。それを聖機がブレードで受けいなす。
いなされるままの流れに左手に持った『陰』を、逆袈裟に切り上げようとするがその刃は聖機が蹴り上げ、ティターンの肩の装甲を滑らせた。
そして残ったブレードを忍機へと振り下ろす。しかし、その刃が届く前に忍機は聖機を蹴りつけ距離をとり回避する。
『KVも意外と行けるじゃない』
「よそ見してる余裕はないでしょう?」
『そっちもね』
忍の言葉に聖が笑みを浮かべると忍機にタロスが交戦に入って来た。
しかし聖機の方にも後方にあったデブリの裏から車輪を唸らせヘルヘブンが飛び出してくる。
その足に装着されたレッグドリルが、ティターンに向かって咆哮を上げた。
『ったく、宇宙でヘルヘブンとか予想外にも程があるわよっ』
ブレードをクロスさせ聖はそれを受け、駆動系を可能な限り柔らかく使いドリルの力点をずらし避ける。
慣性方向をずらされたそのドリルの切っ先は、デブリの一つを破砕して止まった。
「聖さんっ!」
『それに乗ってるのモココちゃんなの? あっはは! ほんと面白い子よね』
「聖さんっ! あなたはっ!」
楽しそうな聖の言葉に対し、どこか悲痛な響きすらあるモココの叫び。
しかしその言葉の続きを遮り聖は告げる。
『ほら、そこ。私にばかり構ってると危ないわよ』
遠距離型のティターンのレーザーキャノンから、モココが破砕したデブリに向かって光が放たれた。
同時にモココ機に衝撃が走り、その光の攻撃範囲から外れる。
「ほらほらモココー、敵は一人じゃないんだから気を付けないとねー」
「クラフトさんっ」
モココが気付くとクラフトのドレイクに抱かれるような感じで、退避させられていた。
『あら、あんた誰よ?』
「おー、はじめまして。モココの彼氏ね、俺」
『へぇ、彼女の事が気になったの?』
面白そうなものを見つけたとでもいう様にクラフト機に接敵してブレードを振るう。
その連撃を機杖で受けながら後退し、ブレードの射程からHigh Mobility Boostで退避した。
「んー、モココがこんなに真剣に向き合ってる人がどんなのか、気になってたのよ」
『で、ご感想は?』
そう言いながらも、レーザーガンで撃ち合う二人。
「別に。ただ、ちょっと羨ましい、なんてねー」
『ははっ、でしょう? でも私にばかり構ってて大丈夫?』
聖はそう言って、もう一体の漆黒のティターンの方へと示して――
――あいつの方が、私より遥かに強いわよ?
そう、笑った。
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「よそ見できる余裕なんて、作らせない」
美優が重装甲のティターンの懐に潜り込み、練機槍を突き込むと火花を散らして放電が走る。
その電光はティターンの装甲を舐め、装甲の強度を削いでゆく。が、ティターンもその攻撃が当たると同時に、青白く光るレーザーブレードを美優機に振るい、自らにされたのと同じようにタギリヒメの装甲を掻き削っていった。
全ての攻撃を受ける前提での攻撃に、美優は離れると同時にドレイクブレスで牽制し、そこに紫狼のダイバードが二刀を構え背後から切りつける。
トリッキーな動きに惑わされる風もなく、これも攻撃を受ける前提での反撃。
ティターンの後部ミサイルポッドが自らのダメージも構わず放出された。
「ちょっ!? またかよっ!」
以前も似た様な攻撃に冷や汗をかいていた経験が功を奏したのか、振るう二刀を寸前に止めて回避出来た。
しかし放たれたミサイルの爆光の中を突っ切って、アイリスのコロナがティターンに迫る。
「人機一体! どうにも拳で語るほうが性に合っている様だ」
機拳の手数で、ティターンの重装備を抑え込む。
「悪いが速攻だ。君一人相手にしてる訳にはいかないのでね」
「アイリスさんっ! 離れてくださいっ!」
その通信と共にティターンに取りついていたアイリス機が離れ、同時に桜乃機の機関砲から放たれた弾丸がティターンを掃射する。
確実にダメージを与えている。与えて居る筈だが――ティターンは桜乃機に向かってレーザーキャノンの引鉄を引いた。
光の奔流となって無音の宇宙を灼く光がデブリを飲みこみ桜乃機を掠めて消える。
気休め程度のサブアイシステムが、辛うじて回避を成功させたと信じよう。
「黒いティターンに嫌な記憶しかないけど、また新しい嫌な記憶になりそうだわ」
操縦席でため息を突く美優。このティターンは回避を捨て、装甲を限界まで載せ、相手の攻撃を喰らうのを前提で反撃を行う。
そう言う風に、出来ている。
これは早く救助者を連れて退却した方がよさそうね。
そんな事を一人ごちた。
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「天使 聖‥‥か?」
オープン回線で聞こえてきた声に哉目は顔を上げる。
あの女には聴きたい事が山ほどあったが、損傷したKVを狙って引き連れてきたタロスが仕掛けてくる。
「今回は守るのが仕事。 離れずに大人しくしてな、ジェヴォーダン」
哉目は舌打ちを零し、歯噛みしながら愛機に呟いたその言葉は自分に向けての言葉だったかもしれない。
それにしても――
――なんだ‥‥あれは。
重装甲で鈍重そうなティターンは紫狼機の攻撃をいなし、セラ――アイリス機の拳を近距離火器で牽制し、少し離れた桜乃機をミサイルで追撃し、爆撃の様な攻撃の隙間を縫った美優の刃ですら致命的なダメージを与えた様には見えない。
まさに城塞を相手に歩兵が戦っているかのような。
『ほら、早く逃げないと噛み殺すわよ?』
不意に通信――そして、振り下ろされるブレード。それをリドワンで力任せに弾く。
「天使っ! 何が目的だっ!?」
『あら、アンタ。ははっ、殆ど知ってるヤツじゃない』
嬉しくなるわね。と、聖は続ける。
『目的? 自分の巣を守るのに理由なんていらないでしょ?』
「‥‥巣だと?」
問い返す哉目だが、聖が応える前に桜乃が聖機に機関砲を打ち込み距離を取らせる。
「大神さん! 早く行ってください」
『焦らなくてもこれ以上追わないわよ、坊や』
「それはどういう意味――」
――ルーク。これ以上は無駄な戦闘でしょ? ティルナが待ってるわ。
『って事。あんた達も引いてくんない?』
もとよりあんた達がこの宙域に来なけりゃ起こらなかった戦闘なんだし。と、聖は笑った。
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ありがたい事に私の言葉で双方矛を引いてくれたらしい。
ルークに対しては、やはりティルナの名前が効果があったか。
タロスは全機潰された――潰してくれたか。
ルークはティターンに乗っているとは言えバグアだ。こんな遭遇戦の様な戦闘ではそうやられはしないか。
概ね、予想通りの戦況ってところね。
『おい、今ティルナっつったか?』
聴いた事がある声。確かあの寂しがり屋を討った男だ。
「何?」
『ティルナって、あのティルナか?』
「私が行ってるのは黒騎士団のNo.2 クイーンのティルナよ?」
あの女、ふらふらとどっかに出掛ける事がある。その時にでも会ったのだろうか?
「んで、そこのがルーク。ヨリシロの名前は知らない」
不自然にならない様に情報を流す。ヨリシロと言う言葉でこいつがバグアと言う事が知れるだろう。
つまり、今こちらの手札には2人のバグアが居る事を。
『聖さん。何を待ってるんですか? 私は‥‥私達は何をすればいいんですか?』
モココちゃんだ。まったく、まっすぐ過ぎて困るわよね。そのまっすぐさに私は救われたのだけれど。
「大丈夫。巣に来たらちゃんと殺してあげるから」
私は嘲る様にそう応え、帰還する為に背を向ける。
ルークは傭兵達に砲門を開いたまま距離を取っていく。そう言えばコイツが喋る処一度も見たことないな。短い付き合いではあるけれど。
『一つ聞いておきたいな。君は理想郷についてどう思う』
通信に乗って、そんな少女の声。これも聴き覚えがある。姿までは思い出せないが。
「なんでそんな事を? ティルナみたいな事聴くのねアンタ」
『別に大した意味はないさ。ただ最近よく聞くのでね、君の様な黄泉がえりにも理想郷とは優しいのかと思っただけさ』
「理想郷なんてありはしないわ」
私の回答に、少女がほぅ。と息を吐くのが聞こえる。それを無視して私は続ける。
「理想郷なんてなくとも、誰かの心に自分があると言うだけで満ち足りるもの」
それが善意であれ、悪意であれ――それは、自分が在る。と言う事ではないだろうか。
それは十全に幸せな事だ。少なくとも私にとっては。
『都合のいい理想が合っても罰は当たらないと思ったんだがね』
「自分の心の持ちようで、どこだって理想郷よ――理想郷を望むと言うのは唯の現実逃避でしかないわ」
そう、それならばティルナは何から逃げたいと思っているのだろうか?
私にできる事は、私にとっての理想郷につれて行く事くらいだろうけれど。
不意に忍の乗った機体が視界に入る。
「巣を見つける事が出来たら、もう一度くらいは戦えるかもしれないわね」
予想通り忍は応えない。それでも待っているわ。多分、次で最後だと思うから。
そして私の仮初めの命が尽きるまでに、少しでもバグアの戦力を削る。
それが、私の出来る本当に小さな事なのだと思う。
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「理想郷なんてなくとも、満ち足りる‥‥か」
帰還したアイリスは、KV格納庫の中でそう呟きくすりと笑う。彼女の言うとおり、理想郷なんてものは本人の心の持ちようなのかもしれない。
しかし、あの天使 聖がそんな事を言うなんて。本当に変わったのだろう彼女は。等とそんな事を思った。
「あの子は、自分から黄泉がえりを望みはしねぇ‥‥そうだろアイリス」
「あぁ、そうだね。彼女にとって死は本当の意味で救いだったはずだよ」
紫狼の言葉にそう応えて、聖を変えた張本人へと視線を向けると、自分のヘルヘブンの装甲板をこつんと叩くモココの姿がみえる。
その傍で壁に背を預けたクラフトがそんなモココを柔らかい瞳で見守っていた。
――今度は直接会いたいな‥‥こんな鉄の塊越しじゃなくってさ。
そう、少女は願うのだった。