●リプレイ本文
●少しだけ、先の話。
――運がいいわよ。
天使 聖はモココ(
gc7076)にそう言って笑う。
――腕一本で済んだんだから。
ぱたり。と。
宙を血の尾を引いて、細い腕が地に落ちた――。
●
最初に口火を切ったのは加賀・忍(
gb7519)だった。
しかし、同時にそれを迎え撃ったのは天使 聖。両者の動きに半拍遅れて両陣営が動き出す。
「決着をつけるぞ! 忍っ!」
「最後に立っているのは私だ――聖っ!」
お互いの刃の間合いはよく知っている。お互い紙一重で躱し間髪いれず切返す姿は、ワルツを踊っているかの様にすら見えた。
二人の戦いに近づいたポーンが剣戟の嵐に巻き込まれ命を散らす。
その二人に村雨 紫狼(
gc7632)は溜息を一つ吐き、「ったく」と悪態を付いた。
「忍。もう、死んだ人間に答えを求めるな‥‥自由に、させてやるんだ」
そう口にした紫狼の腰を炎のベルトが現れる。
「誰も傷つけたくはない、だが、傷つけなければ何も守れない」
その言葉通りの思いが、痛みが、彼を異形の騎士へと変える。
彼自身がちっぽけだと言い捨てる理想の姿。
――へん、しん!
炎がその呼び声に答え、紫狼の体を包む。
そして炎を振り払いその中から現れたのは不死の鳥。深紅の鳥人騎士。
紅蓮騎士ブラスターゼオン!
「聖ちゃん、君を斬るのは‥‥俺の運命だ!」
紫狼はそう宣言し剣戟の嵐へと向かう。
その因果を断ち切るために。
●
モココが駆け出すのを見て、聖が愉快そうに叫ぶ。
「ははっ! 来るかモココちゃんっ!」
しかしモココは瞬天速で一気に聖の脇を抜け、後方のティルナへと飛ぶ。
忍と紫狼の攻撃をポーンを楯にしながら凌ぎ、通り抜けるモココと視線を交わす。聖の瞳には驚きと笑み。
ティルナに向かって直線的に突っ込むモココの前をポーンが遮――
――では歌うとしよう。魔的にね。
セラ(
gc2672)の歌声が戦域に響き、それに気を取られたポーンが湊 獅子鷹(
gc0233)の刀に切り伏せられる。
「はははっ 無理に私に注目するものだから連携が乱れているぞ」
「露払いだ、まとめてかかってこい」
湊がそう言った時には、既に刃は鞘に収められていた。
神速の抜刀術が次々とポーンに地を舐めさせ、その背中を大神 哉目(
gc7784)が守る。
「先輩っ! モココをっ!」
哉目の言葉に黒羽 拓海(
gc7335)が、ティルナに向かうモココを追う。その行く道を塞ごうとするポーンの足元で銃弾が踊った。
ポーンの足を止めた銃弾を放ったのは月野 現(
gc7488)。
「殺し合い以外の解決法があれば良かったんだがな」
即座に交戦状態になってしまったため、投降を呼びかける時間がなかった事にため息を吐きながら現は再び銃を構えた――。
●
忍と二刀野郎。
正直、今の私ではこの二人の相手は荷が重い。
辛うじて凌げているのは、完全に三つ巴の戦闘になっているからだろう。
忍がいきなり二刀野郎に裏拳を放った時は面喰ったが、それに気づいていた様子の二刀野郎は、その拳をいなした後、私への攻撃の合間を縫って忍を牽制していた。
ったく。私なんか相手している場合でもないだろうに。
そんな事をぼやくと、耳聡くそれを拾った忍が口を開く。
「戯言は聞かない。私はやるべき事をやる。聖もやるべき事をやりなさい」
そうね、ならばもう少しの間この時間に興じよう。私はその言葉に剣戟で応える。
あんたとの剣のやり取りは楽しかったわ。今となっては何となくだけど考えている事がわかる気がする。
決着をつけてあげられなくて悪いわね、忍。
二刀野郎――ゼオンとか言ったか。は数度剣を交えた後、何かに気づいたのか、私と忍の致命的な一撃を避けさせるかのように動く。
その度にゼオンの体に刀傷が刻まれた。
「君のその刃は嘘をつかないさ」
訝しげに見る私の視線に気づいたゼオンは、そう言って笑う。それを私は「馬鹿な事を」と鼻で笑って返すと「君もだろ?」と言われた。
本当に馬鹿な奴ら。
そんな憎まれ口が浮かびながら、実に穏やかな心でいられる自分がおかしかった――。
●
理想郷‥‥楽園、か‥‥。
ティルナの放つ弾丸の雨。
ほんの数瞬の時間が最大まで引き延ばされ、拓海はまるで長い道のりを駆けている様に錯覚する。
その引き延ばされた思考の中で拓海はひとりの少女を思い出す。
双子の片割れ、そして心安らぐ楽園を求めた少女の事を――
――物思いにふけっている場合ではない、か。
横合いから突き出された2m近い大刀を、両手持ちにした血桜で逸らし相手に向かって刃を繰り出す。
その鋭い切っ先は殆どが鎧の隙間を縫い急所を貫くが、一部は巧みに装甲弾かれ体勢を崩された。
そこに大刀が振り下ろされる。
舌打ちをし身を躱そうとするが、その振り下ろしは雷光の様に拓海を襲った。
「ぐっ。うっ」
しかし、そう呻いたのは盾を掲げた現。
盾で受けても体がばらばらになりそうな程の剣戟に耐え、近距離で小銃の引鉄を引く。
乾いた音を響かせながら弾丸が装甲を叩くのを、ルークは五月蠅そうに手にした大刀を薙いた。
その刃を盾で受けると同時に、現は後ろに飛んで威力を殺す。それでもバランスを崩し地に転がった現に衝撃波の刃を放つ。
その刃は地を這うように走り現を襲った。
「レイディアントシェル起動! っ!」
盾を掲げたアイリスの言葉と同時に現の前に光の翼が広がるが、力の奔流がその光の翼を削りアイリスは呻く。
そして、ブースター加速でもしたかの様にルークが二人に迫った。
「雑魚はあらかた片づけたんでなっ」
しかしそのルークを湊が迎え撃つ。
大刀と太刀。剛剣同士がぶつかり合い、まるで破裂するかの様な衝撃音が鋭く響く。
そして湊はルークの大刀の刃の上を自らの太刀を滑らせ懐へと潜り込み――
――剣劇。
残像の尾を引いた一瞬の三連撃。いや、三つの急所に対する同時攻撃と言った方が正しいだろう。
その太刀の刃は首、両肩の鎧の隙間を的確に切り裂く――が、ルークは湊が太刀を引く前に拳を振るった。
重量級の鎧を身に纏った全体重をかけた拳は、湊の脇腹を抉る。
覚醒と同時に痛覚を失う湊だが、内臓、呼吸器系へ響くダメージに思わず呻き声を上げ後ずさった。骨を何本か持っていかれたかもしれない。
そこにルークの前蹴りが飛ぶと、それを現とアイリスの二人が受ける。
「好きなようにさせんっ!」
「レディの誘いを断って、一人とばかり遊ぶのは関心できないね」
二人の力でその蹴りを押し返し、ルークの体勢を崩す。
そこに拓海が血桜と小太刀の二刀を持って滑り込み、気合の咆哮を上げ――
――鬼神楽っ!
拓海に対して体勢を崩したままルークは強引に大刀を切り上げた。
しかし、体重の乗っていないその剣戟は拓海の小太刀に軌道を逸らされ、そこに拓海は血桜の刃を打ち込む。
そして刀を振り下ろした捻転を利用しルークの首に右の脚爪で首を刈り、拓海の体が宙を舞い左の脚爪がルークの側頭部を蹴りつけた。
その連撃で城の様な装甲を持つルークがその攻撃で地に膝をつく。
だが、それでもルークは敵を捕らえようと視線を巡らせた。そしてその視界が捕らえたのは太刀を構えた湊の姿。
しかし次の瞬間には湊が手にした太刀が閃く。
それは湊の最大攻撃力を持つ一撃――
――巌流、虎切‥‥燕返し。
黒の騎士の脳裏に、一羽の燕が羽ばたくのが見えた――。
●
どうやらティルナは銃撃戦が好みらしい。
そう読んだモココはティルナのリロードを狙い、攻撃の手を止めなかった。
メイン武器が銃とはいえ、ティルナの体術は卓越しておりモココの攻撃はかすりもしない。
一対一では勝負にならない。それ程の力の差を感じる。
「どうして聖さんを戦いに引き込んだっ!」
「あなたに関係ないわ」
モココの攻撃を微笑みながら避け、落ち着いて銃の弾丸を込めるティルナ。
近接格闘に銃撃を混ぜるティルナの戦闘方法は、初めて会った時の聖の戦い方に似ていた。
「なんにせよ私は君を壊さずにはいられないかなっ!」
「あなた程度に壊される私じゃないわよ?」
ティルナはモココの振るう刀を交わし、至近距離で銃の引鉄を引くとモココの肩から血が爆ぜる。
怯んだモココの頭を狙い再び引鉄を引こうとした時、視界の端に白い影――哉目の姿が見えた。
「理想郷だか何だか知らないけど、その計画を喰い散らかすのが私の仕事」
「それは困るわね、大切なものを食い散らかすような虫は駆除しないと」
二人の攻撃を同時にいなし、銃で応戦するティルナ。その表情にはまだ余裕が見える。
哉目は不意に二本のダガーを宙に放り投げ、こう告げた。
「私は私の作りたい世界の為に、あんた達をぶん殴るだけ――」
――あの子の、願った世界を。
同時に哉目が宙を舞う。
そして放り投げたダガーを足場にティルナの死角へと潜り込んだ。
「あなたの理想はここで終わり――真燕貫突」
「まだ、終わらないわ」
哉目の輝嵐の一撃を体を捻って回避するティルナ。しかし、その隙をモココは見逃さなかった。
「いいえっ! 終わりにしてみせるっ!」
急所を狙った渾身の一撃。
しかし防御をすり抜けたと思った瞬間、ティルナの手には小振りの刀が握られていた。
――終わらないわ。まだ始まってもいないんだもの。
ティルナがそう口にして刀を振るうと、細い腕が一本地に落ちた。
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――運がいいわよ。
目の前の少女はそう私に言った。
――腕一本で済んだんだから。
ぱたり。と。少女の腕が血の尾を引いて地に落ちる。
私の中の『私』が大きく動揺した。
どうして。
「言ったでしょ? 私を墓から掘り出した罪は償ってもらうって‥‥」
あぁ、言ってなかったっけ? と彼女は笑い、手にした刀に力を込める。
私は口から血の塊を吐き出すと、胸に冷たい刃が刺さっている事に今更気づいた。
『私』は自分の事よりも、自分が『私』のヒーローの腕を斬り飛ばした事に動揺したらしい。
彼女は「モココちゃん」と口にすると、彼女の背後から先ほどまで遊んであげていた女の子が銃を構えて顔を出す。
その瞳には小さな炎のようなものが揺らめいていた。それは覚悟と言うようなものだったかもしれない。
「ティルナ。私はあんたとは違うわ」
『私』のヒーローだった少女は、目覚めた時に私に告げた言葉をもう一度口にした。
――私には、『友達』が居るもの。‥‥多分だけど。
最後に自信なさげに付け足した言葉が、彼女らしいなと苦笑してしまった――。
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「蝶の事件以来か。バグア側だとは思っていたがここまで偉かったとはね」
「私は偉かったつもりはないんだけどね」
アイリスの言葉に、仰向けに天を仰いだままのティルナが苦笑を漏らしそう応える。
「で、理想郷とやらは見つかったのかい?」
「見てのとおりよ、始まりすらしなかった」
「お前が求めていた理想郷とはどんなモノだったんだ?」
拓海が気にかけていた事を問う。それはあの少女が求めていた答えに繋がるものかもしれない。
「可能性だと、思っていたわ。でも理想郷なんて人の空想や妄想の中にしかないのだろうと思う」
そんな夢を見られるあなた達人間が羨ましかった。とティルナが続けると、アイリスは鼻で笑った。
「なら、私の結論だ。理想郷など無くても人生楽しい。それでいいんだよ、きっとね」
満面の笑みを浮かべてアイリスは言う。
ティルナはどこか面くらった様に目を見開き、そして「そうね」と少女らしく微笑むと聖が声をかける。
「ティルナ、私はあんたの事嫌いじゃないわよ。だから一緒に逝ってあげるから、先に逝って待ってなさい」
「‥‥え?」
「あんたは私の友達でしょ? 私は友達が少ないんだから、そういう事にしておきなさい」
「あ、あはは。そうね、そういう事にしといてあげるわ、聖」
そう言った後、ティルナはアイリスの方視線を投げると「そうね、楽しければ、それでいい」と、言った。
「‥‥聖、私少し疲れた、わ。あんまり待たせ、ないでよ」
ティルナは穏やかに目を閉じるのを看取った聖は、呟くように言う。
「そんなに待たせやしないわよ」
「まったく予想外の行動をしてくれる。この行動は誰の為だ?」
ため息交じりに言う現に聖は笑みを交えて応える。
「自分の為よ、決まってるじゃない。何かを行動するときは結局のところ自分が納得できる様にする為でしょ?」
「そう、か。二度目の生で何か掴めたみたいだな」
「一回死んで馬鹿が治ったんじゃない?」
「一度、あんたと戦ってみたかったが残念だ」
「止めた方がいいわ、私が勝つもの」
湊の言葉に舌を出して悪戯っぽく返す聖に、湊は苦笑を返すしかない。
「にしても、言いたい事が多いってのも困るわね」
――ゼオン。あんたがいなかったら、あのタイミングでティルナを止められなかった。ありがと。
最初で最後の共闘だ。俺たちはもう仲間だろ?
口元に笑みを浮かべて紫狼は答える。
――えーと、現だっけか? あんたの甘さ嫌いじゃないよ。多分焔真もそうだった。
そう、か。と現は歯切れ悪く言う。
焔真という少年とは自分の手で決着を着けたかったからかもしれない。
――金髪少女。あんた敵として結構厄介だったわ。嫌いよ。
私は、頑張る女の子は好きだよ、向こうに行っても頑張りたまえ。
アイリスの返しに、だからやりにくいのよ。とバツが悪そうに聖はつぶやく。
――忍。あんたが地獄に来たらまたやりあいましょ。あんたは絶対こっちに来るから。
いたずらっぽく笑う聖に、今度はお互い全力で戦いましょう。とだけ言う。
――あんたは‥‥。悪かったわね、ルルゥじゃなくて。
哉目はそれに、そうね。と口にする。
私は羨ましかった。強く思った人にもう一度会えたモココが――
そう言って哉目はモココへと視線を向けると、それに誘われるように聖の視線がモココの方へと向く。
そして、満面の笑みを浮かべ聖は言った。
――幸せになりなさいな。
たったの一言。その一言に聖の想いが込められていた。
モココはその言葉に、ふらふらと聖へと近付いてそして抱きしめる。泣き顔を見られないように強く顔を押し付ける。
出会ってくれて、ありがとう‥‥聖さん。
涙声で言うモココの頭をくしゃくしゃっと撫でると「そろそろ行かないと」と告げた。
「どこへ行くつもりだ?」
「再生体の私は、後はただの肉の塊になるだけ。あんた達にそんな姿見せたくないのよ」
聖はそう言って傭兵たちに背を向け――
――理想郷なんて、自分のすぐ傍にあるものらしいわ。ティルナ。
と微笑んで、立ち去って行った。
●聖
あいつらに会った事で、初めてこの世界も悪くないって思えた。
だから私はきっと、あの傭兵たちに会うために生まれてきた。
例え自己満足だとしても、そんな夢くらい見ても良いだろう。
それが人間に許された、華胥の夢なのだから。
〜少女と華胥の夢 fin〜