タイトル:星の船マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/12/02 21:10

●オープニング本文


●夢の残滓

 ――暗い闇。

 すべての光を飲み込むような闇の奥から、漆黒の鎧を纏った男が溶け出すように星の光の下へと現れる。
 鎧と同じ闇色の髪は低重力下でふわりと揺れた。
 壁に手を付き、重いため息を付きながら男が見上げたのは「夢」。
 少し前まで一人の少女が追い求めていた夢の残滓。
 結局、その少女が一度たりとも触れることのなかった夢への架け橋。
「‥‥ティルナ」
 少女の名を呼ぶが、それに応える者は誰もいない。
 同じ夢を追い、そして叶うことなく散っていった同胞たち。
 男はその夢の残滓を縋るように守っていた。

 建造途中で放棄された星の船。

 主を失ったこの船を爆破し、全てを終わりにしてしまおうと男は何度思っただろうか。
 しかし、同胞の夢を。あの少女の夢を爆破してしまう事をためらい、そうしている内に本星が落ちた。
「俺は‥‥どうしたいんだ」
 何度も繰り返し自らに問いかけた言葉を口にする。
 どうしたいのか。どうすればいいのか。あの少女ならば何を願ったか――。

 ――ティルナ。俺はこれをどうしたらいい?

 そんな男の呟きは闇に溶けた‥‥。



 私はどうしたものかしらね。

 ウイスキーのグラスを煽り胸に付いたエミタを撫でながら、私はそんな事を胸中で呟く。
 時計の針は既に深夜2時を回っていた。しかし、眠りにつけずに普段あまり口にしないアルコールを口にした訳だ。
 グラスをスタンドライトの光に当てると、からん。とグラスの中で氷が鳴いた。

 我が愛すべき娘はどうやら銀河の果てを目指すらしい。

 あの馬鹿娘らしい答えだ。
 いつの間にか、自分の意思できちんと考えるようになっていたようだ。
 それは誇らしくもあり、また、寂しくもあった。

 銀河の海を渡る船。

 バグアにはその力が、技術があり、事実その力によってこの地球までやってきたのだ。
 バグアからの技術提供を受ければ、ものの数年で星の海を目指す程の技術を得ることだろう。
 それ程に人類は貪欲に知識を、技術を吸収していく。
 このバグアとの戦争の中でもたった数年でバグアを退ける程の技術を生み出したのだ。もしかしたら数年どころか数ヶ月で銀河の海への航海に出港なんて事も有り得ない事ではない。
 そんな事を考えながら私はウイスキーのグラスを空け天井を仰ぎ見る。
 2階では今も馬鹿娘が寝息を立てていることだろう。

「でもルリ。宇宙に行くって事は――」

 ――地球に残る人間には、もう会えなくなるって事よ?

 あんたに、その覚悟はある?
 私はそう呟いて暗闇の中でぼんやりと光るスタンドライトの灯を消した――。

●参加者一覧

美空・桃2(gb9509
11歳・♀・ER
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA
狗谷晃一(gc8953
44歳・♂・ST

●リプレイ本文



 岩礁地帯に一際大きなデブリがあった。
 しかし、それはあくまで宇宙と言う広大な海の中での事であり、そのデブリは地上で言うとちょっとした島位の大きさである。
 そのデブリは、太陽の光を受けながら何かを待つように暗い闇の中を揺蕩っていた。

 そのデブリに4機のKVが降り立った。コロナのコックピットからデブリの表面に降り立った小さな影が両手を上げて叫ぶ。

「はーい! セラ宇宙にたーつ!」

 セラ(gc2672)はそう言うとふっふっふ。と笑い言葉を続ける。
「ルリがお勉強しているうちにセラってば抜け駆けだね♪」
「しかし、ルリが宇宙に出るとか言い出すたァな、でもルリが宇宙に行ったら会えなくなっちまうぜ?」
 オープン回線でのセラの呟きに村雨 紫狼(gc7632)がそう言葉をかけると、はた。とセラの動きが止まった。
「えっ!? 宇宙に行ったら全然会えなくなっちゃうの!?」
「全然って事はねぇかもだけど、なかなか会えなくなるのは間違いねーだろうなぁ‥‥」
 一年以上の付き合いになった、あの台風のような少女を思い浮かべ紫狼はしみじみと思う。その横でふるふると震えるセラ。
「むむむ‥‥セ、セラも宇宙を目指すのでっす! お友達においてかれるのは嫌なのです!」
 無重力空間でぴょこぴょこふわふわとどっかに飛んでいってしまいそうなセラを捕まえながら「そうだな、置いていかれるのは淋しいよな」と、どこか感慨深げに応えた。

 ――黒騎士の‥‥ティルナの残した物‥‥か。

 目の前に見える、明らかに人の手が加えられたその入口に紫狼は視線を向け胸中で呟く。
 この中には一体何が残されて‥‥遺されているのだろうか。

 紫狼はそんな事を思いながら、その入口へと足を踏み出した――。



「兵どもが夢のあとであります」

 美空・桃2(gb9509)がきょろきょろと辺りを見回しながらそう呟いた。
 岩礁の中はかなり整備されており、そこかしこにまだ人の気配が残っている。大勢の人がいた場所から人が居なくなると、何故こんなにも寂しいのだろうか。
 病院や学校などもそうだが、廃棄された基地や施設は人が生活していた匂い――生きていたと言う空気が人の心にわびしさにも似た感傷を思い起こさせるのかもしれない。
「調査ってぇ奴は、あんまり得意じゃねぇんだけどな」
 そうぼやきながら狗谷晃一(gc8953)はチョコレートを齧る。
 幸い施設内は酸素があった。決戦の戦火に巻き込まれなかった為か、施設の殆どは今も生きていたのだ。
「しかし、自発的廃棄は基本余裕を持って行われるので概ねもぬけの空ですし、めぼしいものは大体持ち去られているものであります」
「だが、聞いたところによると、黒騎士ってのはかなり慌ててこの施設を廃棄したみたいだぜ?」
 晃一の言葉に美空はふむ。と鼻を鳴らすと「なるほど」と呟く。
「つまり、マナーの悪い人類の引越しのように、何かが残されている可能性が高いという事でありますか。ULTがわざわざ依頼として出してくるということは期待しても良いのでありますかね?」
「まぁ、箱を開けてみれば分かるだろ」
 美空のその言葉に晃一はそう言って笑う。
 事実、晃一の言う通り黒騎士団は想定していた予定を繰り上げていたのは確からしい。
「お。ちょっと待つでありますよ」
 前を歩いていた3人に美空が声をかけ、身を隠し息を殺すように指示を出した。すると、少し先の通路を小型の宇宙対応型キメラが通り過ぎた。
「よく‥‥気がついたな?」
「美空は『アステロイド基地探索資格1級』なのでありますよ。こういう基地の探索は超得意とするところであります」
「そ、そりゃ、凄いな‥‥」
 そう言って美空は晃一に通信資格の免状を見せつけると、晃一は苦笑を漏らし「んじゃ、探索はお前に任せるよ」と口にするのだった。



 この岩礁基地はこの船の建造の為に作られた。

 ――夢の卵。

 ティルナはこの無骨な岩礁の事をそんな風に呼んでいた。
 全長数kmに渡るこの岩礁を卵というには聊か巨大にすぎるが、無骨な岩礁の殻に守られて居る事を考えるとあながち間違ってはいないかもしれない。
 男は疲れたように笑う。
 強化人間としてティルナに仕え、そして多くの人間を手にかけてきた。人を裏切ってまで外宇宙の夢を追いかけた自分の行動が、あまりに無為にすら思える。
 しかし――

 ――ようやく‥‥。

 男はそれだけ呟くと背中を預けていた壁から体を離し、その場を離れた。



「あわわっ な、何かすごいもの見つけちゃったかも!?」

 それを発見した時セラはそんな声を上げた。
 しかし、ほかの傭兵もその言葉に同様の感想を抱いていたのは確かだ。
 ビッグフィッシュを元に建造されていたバグア艦らしいそれは、余りにも巨大で外からでは全貌を確認することは出来なかった。
 中に入ると人類側の戦艦の内装を模して作られており、有機的な外観からは想像できない程人類の技術が使われている。
「こんなのがまるっと残っているとは超びっくりであります」
 美空の言葉もどこか興奮を抑えるかの様にも見える。
「なんでこんなに人類側の技術が取り入れられてるんだ?」
「‥‥この船を作ったバグアがそれを望んでいたんだよ。きっとな」
 晃一の言葉に紫狼が思うところがあるようにそう応えた。
 以前の依頼で『人が外宇宙でもストレスなく生活できる施設』を、黒騎士団が建造していた事を知っていたからだ。

 ――遠い宇宙からやってきたバグアが、遠い宇宙に焦がれる、か。

 船内を見回りながら紫狼はそんな事を思う。
 これがティルナの遺した夢。宇宙への夢。星の船。
「うおお。こんなものまであるでありますかっ」
 紫狼が物思いに耽っていると少し先の部屋を探索していた美空が、流石に興奮を抑えられない様に感嘆の声を上げる。
 美空に追いついた傭兵たちが見たのは広大な空間。
 その空間にはちょうど人が入るくらいのカプセルがまるで柩のように並んでいた。
 ぼんやりと灯りは付いていたが、その光は奥まで届かず見通すことはできない。
「こいつは‥‥冷凍睡眠装置か」
「この数‥‥ティルナは本気だったみたいだな」
 晃一の呟きに紫狼がそう応えた。
 共に歩むことができる人類が、永い旅の先にある理想郷にたどり着けるように準備をしていたのだろう。

「あぁ、本気だったよティルナは」

 不意にかけられた言葉に傭兵たちは瞬時に構える。
 傭兵たちの目の前に現れたのは、漆黒の鎧を纏った男。その右手には銃、左手には両刃の剣が握られている。
 右手の銃の銃口は傭兵たちに油断なく向けられていた。
 その銃口を剣呑な眼差しで受け止め答えたのは、先程まではしゃいでいたもう一人のセラ――アイリスだ。
「ティルナか。君は彼女の関係者か?」
「‥‥ティルナを知っているのか?」
 アイリスの問いかけに、銃を構えたまま言う男に紫狼が続く。
「俺は。俺たちは戦いに来たんじゃない。探しに来たんだ――」

 ――ティルナの追い求めた夢ってヤツを。

「俺はもう殺したくないんだ。誰も」
 バグア本星が落ちた後、各地でそれを認めないバグアが少なからず現れた。
 はぐれキメラも未だに多く地球圏に残っている。
 その討伐のいくつかに参加した紫狼の胸には虚しさばかりは降り積もるばかりだった。
 紫狼のその言葉に薄く目を細め、溜息を吐いた。
「‥‥おかしな傭兵だ」
「今までと同じ結末だけは見たくない、ただそれだけさ」
 紫狼がそう言って笑うと、男も釣られるようにして笑った――。




「彼女の最期か‥‥そうだね、楽しそうだったよ。友達ができて笑って逝った」

 アイリスの言葉に男は「そう‥‥か」と、薄く笑みを浮かべる。
 男の名前はノグチと言った。
 ノグチは剣を収めると、傭兵たちを休憩室のような場所へと案内した。
 休憩室もかなり広く作られていて、これも人類のストレスのない生活とやらを実現するための物かもしれない。
「ノグチさんノグチさん! この船の名前はなんて言うでありますか?」
 美空の問いかけに「‥‥名前?」と呟くと、考えるように眉根を寄せる。
「名前など無い。名前どころか動かすこともできんからな」
「どう言う意味だ?」
「動力がないからだ」
 晃一の言葉に顔を上げて、当然だろうとでも言うようにノグチは応えた。
「ここまで作っておいてか?」
「まぁ、動力がないというよりも、『居なくなった』という方が正しい――」

 ――この船はティルナが機械融合して動かすつもりだったみたいだからな。

「‥‥なるほどな」
 バグア船の多く。特に星間航行を行う場合、高位バグアを機械融合させる必要がある。
 ティルナがどれほどのバグアだったのかはわからないが、もしかしたら彼女はその為だけに自らを調整していたのかもしれない。
「このティルナの夢の卵は、ただのガラクタでしかないって事だ」
 自嘲するように笑みを浮かべるノグチ。しかし、それをきょとんとした顔で美空が言う。
「でも、逆に言えば動力があれば、星間航行が出来るって事でありますよね?」
「それは、そうだが‥‥」
「行きたいという望みと行けるという手段があるなら何も迷うことはないのであります。諦めたらそこで終了でありますよ、ノグチさん!」
 美空の言っている事を実現するには、いくつもクリアしなくてはいけないハードルがある。
 しかし、ノグチはティルナが居なくなった時点で全ての事を諦めていた事を、美空の言葉で気付かされた。
「ティルナは死んだ、だが彼女の夢はまだここにある。ティルナが宇宙の果てを目指した事は真実だ。真実から出た『誠の行動』は、決して滅びはしない」
 まるで自分自身が噛み締める様に紫狼は美空の言葉を継ぐ。
「君が守ろうとしたものは、彼女の――ティルナの思いなのだろう? ならば、このまま朽ち果てさせていいとは思ってはいないはずだ。違うかい?」
「地球人だろうがバグアだろうが同じ宇宙の命だ。‥‥俺たちに託して欲しい、彼女の願いを‥‥!」
 紫狼の言葉がトドメとなったのか、ノグチは降参だ。とでも言うように苦笑を漏らすのだった。



「ここが心臓部だ」

 ノグチがそう言って案内した場所は、心臓部というには本当に小さな小部屋だった。
 扉は厳重なロックがかかっていたが扉を開いた先には空っぽの玉座。
 黒騎士の女王が同朋を。バグアだけではなく人類も等しく宇宙の果てに導く為に作られた。たった一人を動力として縛るための牢獄。
 その玉座は、もうこの世にいない女王を今も待っているかのようだった。
「これが‥‥ティルナの覚悟か」
 アイリスの呟きに傭兵たちは息を飲む。
 多くの人の夢を紡ぐ為に、この小さな部屋にたった一人で孤独に耐えるつもりだったのか。
「お前たちに彼女の遺志を託す。後は好きにしろ」
 ノグチがそう言って扉の入口から離れると、晃一がそれを呼び止める。
「どこに行くつもりだ」
「消えるのさ。俺は人を殺しすぎたお前たちと共には歩んでは行けない」
「死ぬ気か?」
「死ぬつもりはない。どこか宇宙の片隅で『コイツ』が宇宙に旅立つのを見守ることにする」
 晃一の言葉にノグチは疲れたように微笑んで応える。
「戦いは終わっ――」

 ――終わってないさ。

「村雨と言ったか。お前だって本当はわかっているだろう?」
 この戦争は長すぎた。
 多くの人間の命を飲み込み、心に傷を作った。
 自分の知り合いを殺した。もしくは殺したかもしれない相手を前に、手を握れる強い人間は決して多くはない。
 同じ人類ですらそうなのだ。まして宇宙から来た存在、そしてそれに付き従った『裏切り者』が共に歩くことは理性が許しても感情は納得できないものである。
 だから――

 ――託したぞ。夢を。

「俺はお前たちにティルナの夢を託すために、ここで待っていたのだろうな」

 最後にノグチは満足そうにそう言って、この船から姿を消したのだった――。

●星の船

 傭兵たちの前には巨大な恒星間航行船が残された。

 その船は心臓となるべき物を失った、一人の少女の夢が詰まった卵。
 少女の夢を守っていた男は人類にそれを託した。

 この星の船は人類へと委ねられたのだ。

 宇宙の果てを目指す者の思い、地球に残る者の思い。
 これから、そのそれぞれの思いがこの船には詰められていくのだろう。

 この船を活かすか殺すかは、人類の手にかかっている。