●リプレイ本文
●傭兵さん達が来る日。
晴れた冬の空。外ではクリスマスの雰囲気が漂い、町中がどこかうきうきする様なそんな空気が満ちている。
しかし、喫茶店『11』の中では二人の少女が、緊迫した空気で対峙していた。
「まぁ〜なか〜。どぉ〜して逃げるのカナぁ」
「て、テルちゃんこそ、どうしてそんな飢えた獣の様な目で私を追いかけるの‥‥かな?」
メイド服を着たテル――三上 照天は、じりじりと阿部 愛華ににじり寄っていた。
狭い喫茶店の店内では愛華にはそう逃げ場は無い。
「今日は、傭兵さん達が来る日だよね? まなかぁ?」
「う、うん。そうだね。その筈だね」
「だったら、おもてなしする為の服を着てお出迎えしなきゃ‥‥だぁめじゃないか」
テルは口元に薄く笑みを浮かべ、じりじりと愛華との間を詰める。
その動きは肉食獣が獲物を追い詰め、舌なめずりをしている様を彷彿とさせる。いや、実際に舌なめずりをしているその様は、その小学生の様な容姿に似合わず妙に艶めかしい。
その手には‥‥メイド服。テルが今日この日、愛華の為にあつらえた物だ。
「おもてなしをするんだから‥‥やっぱりメイド服でしょ〜」
「い、いや、その服‥‥メイドの方向性間違ってるやつだよっ!?」
愛華が口にした通り、そのメイド服はやや――いや、かなり露出の多いメイド服だった。
そんなものを着せられた自分を想像して、愛華は血の気が引いていく。
じりじりとにじり寄るテルに後ずさりする愛華。しかし退路は確保されていなかった。
愛華の背中が喫茶店の壁にぶつかる。
「っ!?」
愛華が一瞬それに意識を取られた瞬間、小型の獣――三上 照天が飛びかかる。
「ちょ、て、テルちゃんっ、ま、待って!」
その時、喫茶店『11』の入口の扉が開いた――。
●そんな憩いのひと時。
「ご、ごめんなさい‥‥」
「い、いや、良いんですよ。‥‥いつも、あんな事してるんですか? おねえさん達」
「そっ、そんな事ないですっ」
顔を真っ赤にしながらソウマ(
gc0505) が問うと、愛華も同じく顔を真っ赤にして応えた。
あんな事と言うのは、ちょうどソウマ達傭兵が店に入って来た時、飛びかかって来たテルに愛華が半裸に剥かれていた事を指している。
(「うぅ‥‥恥ずかしいよぅ‥‥」)
そんな事を思いながら涙目になっている愛華は、結局『普通の』メイド服を着る事でテルと妥協したらしい。着なれないメイド服の所為か、どこか恥ずかしげだ。いつも大き目の帽子の中に入れている髪も、今回ばかりは長いお下げに結ってある。
「でも、お似合いですよ」
「確かに。僕もメイド喫茶をやった経験がありますが、よく似合ってます」
真っ赤になって俯いている愛華に、愛華が見惚れるほど綺麗な女性――マヘル・ハシバス(
gb3207) とソウマがそう言ってくれた。二人ともやや、苦笑気味なのは『あんな事』の所為だろう。
「ソ、ソウマさんメイド喫茶って‥‥メイド服を着た事があるんですかっ!?」
「メイドの極意は『ご奉仕の心を忘れないこと』。こう見えてもメイドの演技には自信がありますよ」
愛華の問いに、柔らかい笑みを返すソウマ。
しかし、それはこの場では言ってはいけない言葉だった。
「ほほぅ。ならばボクはこれを着て貰いたいなぁ」
カウンターの向こうでテルが例の『かなり露出の多いメイド服』を手に目をギラギラと光らせていた。
「え? いや、それはっ‥‥」
「大丈夫! ボクに全てを任せて!」
一体何が大丈夫なのか。
顔を引きつらせたソウマに飛びかかるテル。避けるソウマ。穏やかだった空気が、一瞬にして『おかしな戦場』へと変わる。
どたばたとやりあうテルとソウマに頭痛を覚えながら、愛華はテーブル席に座るマヘルに話しかけた。
「でも、傭兵さん達がこんな事引きうけてくれるとは思いませんでした」
「美味しい珈琲が飲めるのでしたら、喜んで伺いますよ」
どこか感心しながら言う愛華に、マヘルは微笑みを浮かべながら応える。
「なら、ボクもその期待にこたえないとね」
マヘルの言葉が嬉しかったのか、テルはソウマを追いかけるのを止め、いつの間にか淹れてあった珈琲をマヘルの前に置いた。やや濃いめに入れられた珈琲は静かに湯気をたて、芳醇な香りを辺りへと漂わせる。
「では、頂きますね」
カップに手を伸ばしたマヘルを「あ、ちょっと待って」と手で制するテル。
「?」と言う風にマヘルがカップに伸ばした手を止めると、テルはスプーンに角砂糖を一つ載せる。そして、角砂糖にブランデーを垂らすと、白い角砂糖はブランデーを染み込ませていく。
マヘルはテルが何をしようとしているのか分かったのか、ちらりとテルを見て笑みを浮かべた。
「はい、愛華。これ持って」
テルは角砂糖を載せたスプーンを持たせ「落とさないでね」と釘をさす。テルの意図がつかめない愛華は息を飲んで頷くと、テルは燐寸を擦り角砂糖に火を付ける。
「わ、‥‥わ」
驚く愛華を傍目に、角砂糖は蒼い炎を灯しながらブランデーの香りが店内に広がった。
「はい、コーヒーに落とす」
「は、はぃっ」
テルの指示に従って、愛華はマヘルの前に置かれた珈琲に角砂糖をゆっくりと沈ませた。
「カフェ・ロワイヤルですね」
「ん。ボクが一番好きな珈琲。‥‥ちがうな、父さんが一番好きだった珈琲、だね」
マヘルの言葉に、テルはどこか懐かしげに微笑んで応えた。
テルが「どうぞ」とコーヒーを勧めると、「頂きます」と言ってマヘルはカップに口を付ける。
「どこか、懐かしい様な味がします」
「ボクの思い出の珈琲だからね」
「美味しいコーヒーを入れるコツってあるんですか?」
マヘルの問いにテルは少し考えて――
――その人を思う事かな?
なんて事を、少し照れながら言った。
●カレーと珈琲。それと音楽。
「‥‥ん。キメラだと。いう事を。気にしないなら。意外と。美味しいよ?。オススメ」
「‥‥え?」
スプーンを口にくわえた可愛らしい仕草でとんでもない事を言った最上 憐(
gb0002) の言葉に、愛華は良くわからないと言った風に聞き返す。
憐は既に何杯目のお代りか分からないカレーを平らげ、カレーの撃墜数を積み重ねた印の皿が何枚も積み上げられている。
「‥‥ん。私は。キメラ。30回。ちょっと。食べて来たけど。異常は無いし。安全だよ。多分」
「多分っ!?」
傭兵さんって逞しい。なんて事を愛華は思うが、顔が引きつってしまうのは仕方のない事ではないだろうか。
そんな愛華に、クスクスと笑いながらソウマが言う。
「食べられるスライムとかも居ますしね――今度持ってきましょうか?」
「調理済みなら。外見は。普通だし」
「へぇ。それは面白いね。食用キメラかぁ‥‥メニューに加えるのも面白いかも」
キメラ料理に花を咲かせるテルを含む三人。しかしそれは、人気が出るメニューなのだろうか。
「それよりも。大盛りカレーを。加えれば。店が。繁盛するよ。私も。常連になるよ」
「憐ちゃんが常連になってくれるなら喜んで。憐ちゃん専用のメニューを用意しておくよ」
テルがそう言うと、憐は顔を上げ「‥‥ん」と頷く。少し嬉しそうに見えたのはテルの気のせいだろうか。淡々としたやりとりの所為か、この少女の考えは読みとりにくい。
「‥‥ん。今なら。カレー。いっぱいで。私が。おぶざーばー。として。カレーの。味見役になるよ」
「あぁ、こちらからお願いしたい。今後ともよろしく」
そんなやりとりの後、もう一度「‥‥ん」と口にした後、再びカレーと格闘戦を始める。
「ん‥‥良い香り。そう言えば最近コーヒーって飲んでないかも」
ソウマと並んでカウンターに座った宵藍(
gb4961)が、香りを楽しんでからカップに口を付けた。
「あ‥‥美味しい‥‥」
思わずといった風に宵藍の口から洩れた言葉に、テルが「当然だろ」と得意げに笑う。
「ボクがキミの為に淹れたんだからさ」
そんな自分の容姿に似合わない、少女の様な顔で気障なセリフを吐くテルに、宵藍はどこか親近感を感じて「そうだな」と笑みを浮かべた。
そして荷物の中から、二胡を取り出してクールに笑う。
「それなら、この珈琲に俺も応えないと」
「三味線?」
「いや二胡(アルフー)と言う中国の楽器だ。三味線と違ってニシキヘビの皮を使っている」
宵藍の説明に興味をもったのかテルはふむふむと鼻を鳴らしながら、二胡を間近に寄って見る。
宵藍は弓を手に取り、二胡を弾き始めた。
聞き慣れない、でも、どこかで聞いた事がある様な、郷愁を感じさせるような曲。
そのメロディに合わせて宵藍は歌を口ずさむ。
冷たい雨が心まで凍えさせても
忘れないで キミは一人じゃない
哀しみ洗い流したい
雨のち笑顔になれ
良く徹る宵藍の歌声が、喫茶店『11』の中に響く。
曲が終わると、テルは小さな体をぴょんぴょんと跳ねさせながら拍手をする。その場に居た皆も追う様に手を叩いた。
「凄い凄い凄いじゃないか! 今の何? 即興!?」
周りをぴょこぴょこ跳ねまわるテルを視線で追いながら、「あぁ、まあね」と抱えていた二胡を下す宵藍。
「まだ若いのにすごいね〜、ね、愛華っ」
「うん。凄い! 私なんてやりたいと思った写真すら思い通りに出来ないのに‥‥ど、どうしたんです宵藍さんっ!?」
手放しで褒めていたのに、がっくりとうなだれる宵藍を見て愛華は慌てて傍に寄る。
「えーと、俺‥‥こう見えてもとっくに成人してるんだけど‥‥」
‥‥‥‥店内に沈黙が落ちる。
「中学生くらいと思った‥‥」
テルがぽつりと口にした呟きに、宵藍はカウンターでふさぎこんだ。
小学生に見えるお前が言うな。
店内の誰もがそう思った事だろう。
●懐かしい‥‥と言うほどでもない再会。
緩やかに流れる時間。それでも振り返ってみればあっという間に過ぎていく時間。
皆が皆、それぞれの経験した事をテルに話して聞かせ、それに興味深そうに瞳を輝かせて聞くテル。
愛華はカウンターの一つに座りながらそんなテルと傭兵達を眺めて、穏やかに笑みを浮かべる。
自分が出会った傭兵達と同じように、テルも良い出会いが出来たのかな。なんて事を思いながら、一か月程前に出会った傭兵達を思い出す。
(「どうしてるかな‥‥」)
きっと、今も愛華が知らない戦場で、愛華達や自分の大切なものを守る為に戦ってくれているんだろう。
そう思うと、嬉しい半面、傍に居られない自分の無力さに溜息が出る。
「どうしたの? 溜息なんか吐いちゃって」
「い、いえっ‥‥みんなどうしてるかなって‥‥」
不意に心配げな言葉をかけられて、そちらを見れないまま慌てて言い繕う。
「元気にやってるよ? 愛華ちゃんも元気そうでよかった」
まるで前から愛華の事を知っているような言葉に、愛華はふと顔を上げる。
「よ、陽兵さんっ!? なんでっ! どうして!?」
愛華の隣に座って「久しぶり」と、片手を上げて笑うのは石田 陽兵(
gb5628)だった。以前、愛華の我儘な依頼を受けてくれた傭兵の一人だ。
驚く愛華を余所に、陽兵はテーブル席の方を指さす。
愛華がそちらに視線をやると、テーブル席に何の気なしに座って新聞を読んでいる――黒衣の男。
シックな服装がその雰囲気に実に似合っている。
そして、黒衣の男――UNKNOWN(
ga4276)が、愛華がこちらに気付いたのを見ると、実にくつろいだ調子で口を開いた。
「ん? 何かね?」
どこか空々しくも聞こえる第一声に、愛華は声にならない悲鳴を上げる。ぱくぱくと口を開け閉めして、酸素不足の魚の様だ。
「どうしたんだい? 愛華。アホみたいな顔になってるよ?」
「テ、テルちゃんっ!? ど、どうしてっ!」
「いや、二人ともちょっと遅れたけど、普通に入って来たよ? 愛華は物思いに耽ってたから気付かなかったみたいだけど」
「い、い、言って! 言ってよ! お二人もっ! なんで声かけてくれないんですかっ!?」
愛華は恥ずかしさで涙が出そうだった。
恥ずかしさのあまり、ばしばしと隣に座る陽兵の背中を叩く。
「ご、ごめん。いや、なんか声かけにくっ‥‥痛いっ、結構痛いよっ!?」
そう言いつつも叩かれるままにする陽兵。目に涙を溜めながら、叩く手を止めた愛華は口を開き――
――ぅ‥‥嬉しいじゃないですかっ!
そう言い放った。
●楽しい時間は瞬く間に。
実に楽しい時間だった。
「ん? 食べてみたいかね?」
そんなUNKNOWNのセリフから始まった新メニューの考案。
憐のカレーが決定済みなのは言うまでもなく、キメラを素材にした料理。UNKNOWN作った軽食は、手軽さもあって導入することに決まった。
軽食を摘みながら珈琲を傾けると、傭兵達の話にも花が咲く。
どこどこではどうだった。北京は今かなり危険になっている事など、愛華が知らない様な、実際に起こっている世界の実情を聞かせてくれた。
マヘルさんに珈琲の淹れ方を、得意げにテルが教えていたり。
宵藍の弾く二胡に合わせてUNKNOWNがハーモニカを吹き皆で歌ったり。
武勇伝を揚々と語る陽兵が、その矛盾をソウマにつつかれ平謝りしたり。
もくもくとカレーや軽食を食べる憐の髪の毛を、テルが結ったりほどいたりして悦に入っていたり。
本当に楽しい時間だった。
だから――この言葉は言いたくないな。
心の隅で愛華は思う。でも彼らをここにずっとここに引き留めて置く訳にはいかない。前に向かって進んでいかなくてはいけない。
愛華は彼らにそう教えて貰った。
――だから、笑ってこの言葉を言おう。
「行ってらっしゃい」
夜も遅くなり、皆が出口に並んだ前で愛華は笑顔でそう言った。
「あぁ、またのご来店をお待ちしているよ。この喫茶店『11』は」
まなかの背中に手を置いて、テルも笑顔で続ける。
「この店が、キミ達の帰ってくる場所の一つになれたなら、それほど光栄な事は無いよ――狭い、店だけどね」
テルの言葉に傭兵達は笑みを浮かべる。それが、肯定の意味かは愛華達には分からない。
それでも、帰ってきてくれる人が居るのであれば――
――キミ達の為に、この店はいつでも開けておくよ。
だから。無事に帰ってきてほしい。そんな気持ちを込めて。
傭兵達が店の扉を開くと、外はちらちらと雪が降り始めていた。
まるでそれは、クリスマスの贈り物であるかのように。