●リプレイ本文
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「おうおう、たくさんいるな」
街の外れにある高台。そこから双眼鏡を覗き込んだ鯨井起太(
ga0984)が呟く。
今回の任務の対象となっている街には、偵察と守護の任を担っていると思われるハーピーが多数闊歩していた。ハーピー以外のキメラは見当たらないが、事前に入手したこの街の地図と照らし合わせた結果、依頼人の女性が勤めていたビルに向かうには、どうしてもハーピーとの戦闘は避けられない。
「ふむ、まぁ予想通りだな」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)も双眼鏡を外しながら、言った。ハーピーが街を守護しているのは、事前の情報から予想していたことだった。
「では、当初の予定通りに?」
赤霧・連(
ga0668)が尋ねると、ホアキンは頷いて、
「ああ、地下鉄を通って目標のビルに潜入しよう」
この街には地下鉄が通っており、目標となっているビルのすぐ近くに地下鉄の出口があることは既に確認済みである。流石に地下にまでキメラの防衛網は張っていないだろう、という予測の下、地下からの潜入を試みるつもりだった。今回の任務はあくまでオルゴールの奪還である。無駄な戦闘をする必要はまったくない。
「このまま夜を待って、先ほど決めたとおり、2つのグループに分かれてビルに向かおう」
6人は同時に首肯した。
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薄暗い地下鉄の線路を、αチームのホアキン、起太、そしてアイロン・ブラッドリィ(
ga1067)の3人が歩いていく。隠密行動に長けている起太とアイロンが先行し、キメラがいないかどうか確認しながら進む。
「‥‥敵はいないようだな」
起太が呟く。潜入開始から約1時間、未だにキメラとは遭遇していない。
「油断は禁物ですよ?」
アイロンが窘める。まだまだ目標のビルまでは距離がある。3人の眼前に広がる漆黒の暗闇には、一体何が潜んでいるかは分からない。
『こちら、βの月影。α、状況は?』
トランシーバーからβチームの月影・透夜(
ga1806)の声が聞こえてきた。ホアキンがそれに応える。
とはいえ、地下に潜っているせいかほとんどまともに通話が繋がらず、簡単なやり取りにもかなりの労力を費やしてはいるが。
「αチームのホアキンだ。こっちは順調に進んでいる。目的地まであと30分といったところだ」
『そうか。こちらも順調。何の問題も‥‥む?』
「? どうした?」
『くそ、キメラに見つかった!』
「なんだと?」
自然に声が上擦る。キメラが地下鉄内を張っていた‥‥? だとしたら、αチームもキメラに捕捉される可能性がある。
『これからβは戦闘に入る! 地下鉄の敵は俺たちが食い止めるから、αはそのままビルに向かってくれ!』
的確な透夜の判断。片方のチームが発見されてしまったなら、そちらが囮になるのは常套である。もとより、チームを2つに分けたのはその理由があってのことだ。
「‥‥分かった。そちらは任せる」
『ああ。絶対、オルゴールを発見してくれよ』
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「迂闊でしたね。地下鉄にキメラが配属されていたなんて」
辰巳 空(
ga4698)が苦々しい口調で呟く。空たちの視界には、うじゃうじゃと群れたスライム。βチームもαチーム同様、隠密行動をしながら歩を進めてはいたが、これだけのスライムが配属されていたら、どうしようもない。
「いくらスライムとはいえ、この数を相手にするのは結構難儀ですよ?」
「‥‥俺たちの任務は敵の殲滅ではない。αチームがオルゴールを奪還する時間を稼げばいい」
烏莉(
ga3160)がぶっきらぼうに言いながら、アーミーナイフを構える。既にこちらの存在がばれてしまってしまっている今、為すべきことはαチームのオルゴール奪取の援護である。連がそれに頷いて、
「ほむ。αチームの脱出ルートも確保しなきゃいけませんしネ」
ここでこうやって敵を引き付けておけば、αチームが脱出しやすくなるはずである。
「‥‥いくぞっ!」
透夜の声と同時に、4人はスライムに攻撃を開始する。
真っ先に行動したのは連だった。自身の得物である長弓をすばやく構えると、スライムに矢を放つ。風を裂いて、矢はスライムに直撃する。ずぶずぶ、とスライムの体が崩れ落ちる。
「はぁっ!」
気合と共に、透夜が槍を突き出す。同時に、空も刀を振り下ろし、スライムに攻撃を加える。2人の同時攻撃で、スライムは絶命する。烏莉も、すばやい動きでスライムにダメージを与えている。
「よし、この調子でαチームがオルゴールを見つけるまで持ちこたえましょう」
空が紅い刀を再び構えて、言った。
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βチームが囮を担ったおかげか、αチームは何とかキメラと遭遇することなく、目標のビルへと到着した。運よく正面玄関のガラスが割れており、3人はそこからビル内に潜入する。
荒れ果てたエントランスホール。割れたガラスなど、キメラの襲撃の爪痕が痛々しく残っていたが、幸運なことにハーピーの気配は感じられないない。だが、間違いなく上の階にはハーピーが待ち受けているだろう。
「‥‥さて、件のオルゴールはどこにあるんでしょうか?」
自問するように、アイロン。
「依頼人が最後に確認したのが3階だから、そこを基点に探ろう」
ホアキンがそう言うと、他の2人は頷く。
慎重に階段を昇り、3階へ。開け放たれた扉の影からオフィスの中を見る。
「‥‥やっぱり、いるなぁ」
3階のオフィスには、2体のハーピーがいた。うろうろと、不規則にオフィスの中を徘徊している。排除しないことには、オルゴールの探索は不可能だろう。
「ここは‥‥」
「僕に任せて」
起太が、静かに長弓を構える。視界にぎりぎりハーピーを捕らえるように、柱の影に隠れて、隙を窺う。
徘徊していたハーピーがくるりと背を向けた。その隙を起太は見逃さない。矢を番えて、弓を引く。そのまま、ハーピーを狙い、矢を放つ。
「ぴぎゃー!」
矢はハーピーの右肩部に命中。悲鳴を上げ、床に落ちる。同時に、ホアキンがソードを抜いて、躍り出る。反撃される機会を与えず、ハーピーを切り伏せる。
異変に気付いたもう一匹のハーピーが振り返る。が、こちらもアイロンが弓で撃ち抜き、ホアキンがトドメを刺す。
「さぁ、邪魔者はいなくなった。オルゴールを探そう」
散乱したオフィスを、くまなく探す。あまりに物が散乱していて、探索には骨が折れそうだ。それに、早く探索しなければ、他の階のハーピーがこちらに来てしまう可能性もある。
ひっくり返っている机をどけ、ばらばらになっている書類の山を掻き分ける。が、目的のものはなかなか見つからない。
3人に焦りが出てくる。この階には存在しないのか? そうした疑惑が浮上し始めた頃、ようやくそれを見つけた。
「あった、これだ!」
起太がその四角い箱を掲げる。荘厳な装丁が施されたその四角い木製の箱は、事前に依頼者の女性から聞いていた特徴と同じだった。
「綺麗‥‥」
アイロンが溜息をついた。その繊細に作り込まれた装丁に、惚れ惚れとしてしまう。様子を見る限り、壊れている部分はなさそうだ。
「見惚れるのは後にするんだな。他のハーピーが来る前にここを脱出しよう」
ホアキンが言った。
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時間を掛けながら、確実にスライムの数を減らしていくβチームの4人。しかし、
「‥‥来ました。増援です」
騒ぎを聞きつけた他のスライムたちが、増援としてやってきた。地下鉄の線路に配属されていたスライムたちが、続々とここに向かってきているのだろう。どれだけの数が配属されているのかは定かではないが、そう楽をさせてもらえる訳ではないみたいだ。
「多いですね‥‥」
肩で息をする空。流石に疲労の色は隠せない。それは他の3人も同様だった。スライム自体、耐久力はそれほどないが、軟体の特性上、ダメージを与えづらいのだ。
「αチームはまだ見つけられないのか‥‥?」
烏莉の額に汗が滲む。その時だった。
『こちらαチーム。目標のオルゴールを確保した』
トランシーバーからホアキンの声。その報告に、βチームの4人は色めき立つ。
「本当ですかッ!?」
『ああ、これから退却する。打ち合わせどおり、あのポイントで合流しよう』
ホアキンは事前に示し合わせたポイントを告げる。そこで両チーム合流し、脱出する予定である。
「了解。‥‥みんな、退却するぞ!」
刀を振るいながら、透夜が叫ぶ。襲い掛かるスライムを空が払う。
「殿は私と透夜くんで務めます! 烏莉くんと赤霧さんは先に!!」
「分かった。赤霧、行くぞ」
「はい。2人とも、無理しないでくださいネっ!?」
そうして連と烏莉は駆け出した。
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オルゴールを奪取した7人はなんとか街からの退却に成功した。殿を務めた透夜と空にも大きな怪我はなく、αチームにも被害はなかった。
任務を終えたその足で、依頼人が入院している病院に直行する。一刻も早く、依頼人にオルゴールを手渡したかったからだ。
「ああ、本当にありがとうございますッ!」
依頼人の女性は、そのオルゴールを受け取ると、胸に抱きかかえて泣き出した。
「このオルゴール、死んだ彼が作ったものなんです」
「この装丁も?」
アイロンが尋ねた。女性はこくんと頷くと、
「はい。そして、この曲も」
そう言うと、女性は静かにオルゴールの蓋を開けた。内臓されたシリンダーが回転し、旋律が部屋に満ちる。それはかつて聴いたどんなものよりも美しく、そして力強い旋律だった。
その音色に圧倒され、7人は黙って立ち尽くすしかなかった。
「彼、ピアニストだったんです。この曲も、彼が作曲したピアノソナタなんです。死ぬ前に、私のためだけに遺してくれた曲で。だから、絶対に失いたくなかったんです」
彼女は、彼が傍にいた頃を思い出す。温かく、幸せな日々。この曲は、彼女にとってかつてそれが実存したというの証明だった。
「そうですか‥‥。このオルゴールは、貴方にとって大事なものだということは分かりました」
アイロンが言う。
「しかし、その代わりに貴女の命が失われれることは、この曲を作った人の本意から外れると思われます」
「そうですヨッ。このメロディー、あなたに生きていて欲しいというメッセージが込められていると思いませんか?」
アイロンが、連が、彼女に言う。オルゴールから流れる力強いメロディー。彼女にとって、それは「かつて」の証明なのかもしれない。しかし、彼にとっては「未来」に向けたメッセージなのだ。
「だから、これからはどんなことがあっても、ご自分の命を大切になさってください。決して、あんな無茶なことはしないでください」
「‥‥はい」
アイロンの言葉に、沈んだ表情で返答する彼女。そんな彼女に、連が言う。
「ほらほら、もう泣かないで。笑ってください!」
「!!」
一瞬彼女は驚いた表情を浮かべる。そして、
「‥‥はいっ!」
追憶のソナタが鳴り響く中で。彼女は瞳の端に涙を湛えたまま、満面の笑みを浮かべたのだった。