●リプレイ本文
●試合前
野球大会の当日。空はこれでもかというくらいの快晴で、気温も程よい絶好の野球日和となった。
「野球なんて本当に久しぶりですね」
比良坂 和泉(
ga6549)は榊 刑部(
ga7524)に向かってボールを投げながら言った。弧を描いて、白球は榊の左手のグローブに収まる。
「いや、たまにはこういうのもいいものですね」
今度は榊が投げる。その隣では、先発投手を務める神無 戒路(
ga6003)が秋月 祐介(
ga6378)を座らせて、投球練習を行っている。
「あれ、他のみんなはどこ行ったんすか?」
櫛名 タケル(
ga7642)が辺りを見回す。今、この場にいるのは、あちらで素振りをしているJ・御堂(
ga8185)を含めて7人だけ。2人、見当たらない。
「ああ、トーナメント表を見に行きましたよ」
比良坂が答える。
大会本部のテントに張り出されたトーナメント表を、ナナヤ・オスター(
ga8771)と黒羽・勇斗(
ga4812)の2人は見ていた。
「おい、あの熊やろーのチームはどこだよ?」
「んー、あ、こっちですね」
ナナヤが指差した場所は、ちょうど彼らのチームとは反対側のブロックだった。つまり、あの熊とは決勝で戦うことになる、ということだ。
「‥‥しかし、なんなんだ? 『チームくまさん』って」
いくらなんでも可愛すぎである。
「あの風貌とは、似ても似つきませんねぇ」
「まぁなんでもいいさ。絶対勝つぜ! あんな熊なんかに負けてられないからよ!」
●VS.チームくまさん
彼らのチームは順調に一回戦、二回戦と突破した。三回戦で強豪と当たってしまったのだが、先制されながら粘り強い攻撃を繰り返し、なんとか逆転に成功した。
そして。
ついに決勝戦を迎えた。対戦相手は当然、あの因縁の『チームくまさん』である。
「両チーム、集合!」
審判の号令で、両チームの選手が駆け足でホームベースに集まる。
「ふふふ、ついにここまで来たか‥‥」
『チームくまさん』の先頭に並ぶ熊が、不敵に笑う。その表情には、自信が漲っている。それもそのはず、『チームくまさん』はこれまでの試合も、全てコールド勝ち。圧倒的な戦力差をまざまざと見せ付けているのだ。
「まぁ、ぜひいい勝負にしてくれよ!」
「‥‥あんまりなめない方がいいですよ」
ぼそりと。聞こえるか聞こえないかくらいの声で、秋月が呟いた。
「ああん?」
「いえ、なんでもないです。よろしくお願いします」
●1回
じゃんけんにより、先攻はこちら、後攻が『チームくまさん』に決定した。
1回表、先頭の神無、櫛名、比良坂の3人は相手の剛速球投手の前に三者三振を喫した。正直、全く手も足も出ない。
そして、1回裏。マウンドに登ったのは、神無。捕手は秋月である。
先ほどああ言った秋月には、それなりの勝算があった。
今までの試合で、確かに『チームくまさん』は安打と本塁打を重ね、コールド勝ちを収めてきた。しかし、どの試合も、対戦したピッチャーは皆、ストレートに自信がある本格派の投手ばかりだったのである。
観察の結果、おそらく『チームくまさん』は球速の遅い、コントロールと変化球主体のピッチャーには弱いのではないかという予測をつけた。それならば、投手・神無は十分通用するのではないか?
果たして、それは的中した。
神無の変化球に、『チームくまさん』の打者はことごとくタイミングを外され、凡打を築く。
「くそッ!」
セカンドゴロに打ち取った3番打者が悪態を吐いたのを見て、神無は内心でガッツポーズをした。
●3回表
相手の速球に手も足も出ず、彼らは3回表のワンアウトまで一人のランナーも出せずにいた。打席には8番の黒羽。
ピッチャー、振り被って第1球を投げる。唸りを上げ、直球が外角いっぱいに決まる。その投球を見て、黒羽は普通にバットを振るだけでは絶対に当たらないと悟る。
‥‥どうする?
思案している最中、ピッチャーは早くも2球目の投球動作に入っていた。ええい、ままよ、と黒羽はセーフティバントを試みる。
コン。
バットに当たった球は三塁方向にてんてんと転がっていく。後は三塁手との勝負である。黒羽は自慢の俊足を活かし、一気に一塁に滑り込んだ。結果はぎりぎりのセーフ。
「よっしゃあ!」
一塁上で喜ぶ黒羽。初めてのランナーが塁に出た。
続いてのバッターは秋月。もちろん、このランナーは大事にするため、送りバントがセオリーではあるが‥‥。黒羽が塁上にいるのなら、話は違ってくる。
セットポジションから投げられたストレートをあえて空振りする。その間に、黒羽は盗塁。キャッチャーからいい返球があったものの、これも間一髪のセーフだった。あえて空振りするというプレッシャーを与えなければ、アウトになっていたかもしれない。
同じように今度は三塁に盗塁。これでワンナウト三塁。
(ここだ!)
ここが勝負どころである。秋月はサードランナーの黒羽に対し、サインを送る。黒羽はヘルメットのつばの部分を触り、了承のサインを出す。
(よし!)
チャンスは1回。既にツーストライクである。絶対に失敗できない。秋月はその場面を脳内でシミュレーションする。大丈夫、いけるはずだ。
ピッチャーの第3球。ストレートが内角へ。それを秋月がバントで上手くピッチャー前に転がす。スクイズ。ピッチャーがすばやい動作で捕球するが、いいスタートを切っていた黒羽相手では当然間に合わない。
「先制点!」
黒羽は、思いっきりホームベースを踏んだのだった。
●8回裏
その後はずっと両チームの投手陣が踏ん張り、膠着状態が続いた。
試合が動いたのは8回裏である。投手は2番手の榊。この回、突如として崩れた榊は四球を出した後、ヒットを打たれノーアウト一塁二塁のピンチを作ってしまう。対する打者は3番。
ふぅ、と息を吐いた後。思い切り、ストレートをミット目掛けて投げ込む。
カキン!
無情にも、渾身の1球はセンターに弾き返される。しかし落ちたか、と思われた打球をセンターの櫛名がダイビングキャッチ。捕球に成功する。その後、すぐに体勢を立て直し、ランナーが飛び出していたセカンドにボールを送る。落ちると思っていたセカンドランナーはすぐに戻れず、アウト。ダブルプレイとなり、ノーアウト一塁二塁のピンチはツーアウト一塁へと状況が変化した。
ダブルプレーを取ったことにより、榊の心にある程度余裕が出来た。しかし、それがいけなかったのかもしれない。
続く4番、熊に対しての1球目が、ど真ん中に入ってしまう。もちろん、熊がそれを見逃すはずがない。フルスイングして弾き返された打球は、レフトの頭上を遥かに越え、場外へと消えていった。
「がははははは! あんな甘い球で俺を抑えようなんて、100年はえーよ!」
ダイヤモンドをゆっくり一周する熊の笑い声が響く。逆転ホームランを打たれた榊はショックのあまり、うな垂れるしかなかった。
●9回表
1点のビハインドで最終回が訪れた。この回、最低でも同点にしなければ、敗北が決定する。
打順は運よく1番の神無から。流石に疲れが見え始めた相手のエースの速球を、ライト前に運ぶ。ノーアウトのランナー。確実に1点を取るため、2番の櫛名は送りバント。これが成功し、ワンナウトランナー二塁となる。次の打者は、3番の比良坂。
「つなげないと駄目ですね」
そう呟いて、打席に入る。後ろには4番のJと5番の榊が控えている。無理をして自分で返す必要は無い。チャンスを広げるバッティングをしたらいい。
難しい球には手を出さず、甘い球を待つ。そして、2ストライク1ボールからの4球目。ストレートが高めの甘いところに抜けてきた。
「もらった!」
バットを振り抜く。打球は勢いよく、三遊間を抜ける。‥‥と、誰もが思っていた。しかし、ショートがその打球をダイビングキャッチする。その華麗なファインプレイに阻まれ、チャンスを広げることが出来なかった。
ツーアウト。もう、あとはない。次は4番のJ。しかし、Jはこの試合、前の打席まで3打数0安打。3三振である。正直、まったくタイミングがあっていない。
「ふふ、勝ったな」
キャッチャーの熊が独りごちる。これまでの対戦で、この打者は外角にカーブさえ投げていれば問題ないことが分かっている。今回も、その3球で片がつく。ストレートのキレはなくなってきたが、変化球はまだ大丈夫だ。
ピッチャーはセットポジションから第1球を投げる。熊の要求通り、外角低めへのカーブ。
Jはその球を狙っていた。カキーン、と綺麗な音がグラウンドに響く。
「ライト、バック!!」
熊の怒声が飛ぶ。定位置で守っていたライトがボールを追う。これは、入るか?
しかしあと一歩で入らない。フェンスを直撃し、跳ね返ったボールは誰もいない外野をてんてんとする。
セカンドランナーの神無は悠々ホームイン。バッターのJはセカンドベースを蹴る。
「みっつだ!」
熊の指示。中継で受け取った二塁手がサードに送球する。だが、これもJが一歩早かった。頭から滑り込んだ直後に、三塁手がタッチする。セーフ。タイムリー三塁打である。
同点打に沸き立つベンチ。Jは澄ました顔で、しかし内心ではしてやったりという気持ちでいた。いままで、わざと外角のカーブに弱いフリをしていたのだ。いざというときのために。
ツーアウト三塁。バッターは5番、榊。
(さっきのミスはここで返す‥‥!)
榊は先ほどの回で熊に投じた一球を悔やんでいた。あれがなければ、勝利が確定していただろうに‥‥。あのミスを、ここでJを返すことで帳消しにする。
しかし、『チームくまさん』も必死である。ここで点を入れられる訳にはいかない。
意地と意地がぶつかり合う。ピッチャーがいいところに投げれば、榊はそれをカットする。
そして、第15球目。ピッチャーの投じたインコース低めの直球を、榊は肘を畳んで打ち返す。ゴロが二遊間を転がっていく。
「抜けろ!」
走りながら、榊が叫ぶ。二塁手と遊撃手が打球に飛びつく。際どい。二塁手が精一杯伸ばした左手の1センチ横を打球がすり抜けてゆく。
「抜けたー!」
先ほど以上に盛り上がるベンチ。榊は一塁上で大きく右手を振り上げた。
●9回裏
マウンドには抑えの秋月が登る。もうこれが最後だ。出し惜しみする必要はない。得意のシンカーを織り交ぜ、6番、7番を三振にきってとる。
だが、その後の8番にセンターオーバーの二塁打を打たれてしまう。
「まだまだ、諦めるな!」
ベンチから熊の声が聞こえる。向こうにも、プライドがある。そう簡単には勝たせてはくれない。
次の打者は9番。しかし、今日の成績は3打数2安打である。
「ふぅ」
秋月は溜息を吐く。ここは絶対に抑えなければいけない。その緊張感で手のひらに汗がにじむ。
第一球を投げる。
ジャストミート。鋭いゴロの打球が三遊間へ。誰もが抜ける、と思った。それほどの強烈な打球を、遊撃手のナナヤが見事に捕球する。そして素早く一塁に送球した。
「アウトー!」
一塁線審の右手が高々と上がる。それが、試合終了の合図だった。
●試合終了、そして
「くそ‥‥、まさか負けるなんてな」
試合終了後、熊が話しかけてきた。影で泣いていたのか、眼が少しだけ赤い。
「なめていたよ。いや、後半からはだいぶ真面目にやったつもりだったが‥‥」
「いえ、貴方たちのチームも強かったですよ。紙一重、でした」
ナナヤが柔和な表情を浮かべて言う。本当に紙一重だった。最後のあの打球、抜けていたら‥‥。
「また、機会があればやりましょう」
右手を差し出すナナヤ。熊はその右手をがっちりと握る。
「ああ、今度は絶対に負けないぜ!」
●表彰式
「優勝、おめでとう!」
野球大会の実行委員が記念のトロフィーを手渡す。金色に輝くトロフィーの目映さに、ナインは目を細める。
「これが優勝商品だ。受け取ってくれたまえ!」
そう自信満々な口調で持ってきたのは、何の飾り気もない無骨な段ボール箱が9つ。中には‥‥。
「‥‥」
野球の硬球が、どっさり詰まっていた。これでいったい、どうしろと?
「これで、野球の練習を思う存分してくれたまえ!」
「‥‥」
いやいやいや、これはいらない。
「本当におめでとう!!」
困惑するナインを余所に、盛大な拍手が辺りから巻き起こるのだった。