●リプレイ本文
●森って木がたくさんあるんですね。
噂の七つ葉クローバーがあるという『イリュージョン・フォレスト』まで来た一同。不気味な雰囲気を醸し出す森に、8人は圧倒される。
「七つ葉のクローバーですか‥‥本当にあるんですかね?」
御崎緋音(
ga8646)が言った。七つ葉クローバーは、あくまで都市伝説。実際に『イリュージョン・フォレスト』に入って七つ葉クローバーを発見した人間はいないようだ。
「分かりません。だけれど、セルディアさんのためにも、絶対に探しださなきゃ」
鏑木 硯(
ga0280)が強い気持ちを込めて言う。その気持ちは他のメンバーも同じようで、うんうんと頷いている。
「では、行きましょう」
そうして8人は『イリュージョン・フォレスト』に足を踏み入れた。
森の中は、思った以上に薄暗かった。まだ午前中で、太陽はさんさんと輝いているが、鬱蒼と茂った枝葉が光を遮っているからだ。その所為か、ここ数日雨は降っていないにもかかわらず、地面はぬかるんでいる。
「この森‥‥やっぱり磁場が狂ってる‥‥みたい」
幡多野 克(
ga0444)が自分の方位磁石をみんなに見せる。針は北を示さず、くるくると回転している。これでは方位磁石はまったく役に立たない。
「じゃあ、幻覚が見えるのはその狂った磁場のせいなのか?」
レーヴェ・ウッド(
ga6249)が尋ねた。だが、克は首を横に振り、
「それは‥‥分からない。たしかに‥‥磁場の影響で‥‥幻覚が見えやすくなる‥‥。だけど‥‥それだけが原因か‥‥どうか」
「どちらにしろ、迷わないような工夫が必要ですわね。ではみなさん、打ち合わせ通りの対策をしましょう」
ラピス・ヴェーラ(
ga8928)はそう言うと、自分のバッグをガサガサと漁り始めた。他の7人もそれに倣う。
事前の打ち合わせで、道に迷わない方法を各々で考えてきていた。1つだけだと不安だが、複数の対策を施していれば流石に何とかなるだろうと踏んだのだ。
緋音がまず、ビニール紐を取り出した。このビニール紐の片方の端を入り口付近の木に縛りつけ、もう片方を持ったまま森の奥に入るというのだ。そうすれば、その紐さえ辿っていけば、森から出ることが可能となる。緋音のほかにレーヴェも同じような紐を持参している。2人が持ってきた分で、おそらく十分事足りるだろう。
要(
ga8365)は木に巻きつけるために、番号を振ったゼッケンを持ってきていた。等間隔に木にゼッケンを巻きつけることで、ある程度の距離感を掴むことができる。克はそれとは別に要所要所の木にペンキで目印をつけ、硯は蛍光塗料を塗ったビー玉を置いて行くということだ。これだけ目印になるものがあれば、大丈夫だろう。
「あとは、幻覚に注意せねばならぬな。どのような種の幻覚か興味はあるがのぅ」
どこか楽しそうなルミナス(
ga6516)を先頭に、一同は深い森に挑む。
●探し物はどこですか?
しばらく森を進んでいく。その間、特に幻覚らしきものは見なかった。後ろを振り返っても、ちゃんと目印は残っている。
突然、一同は開けた場所に出た。上空には変わらず枝葉の天蓋が張ってあるが、しかし今までよりは幾分明るい。
「ここ‥‥ですか?」
要が呟く。
「あ、あそこ! あれ、クローバーじゃない?」
篠森 あすか(
ga0126)が声を上げる。その広場のような場所のちょうど中央。その周りは地面が剥き出しになっているが、そこだけは無数のクローバーが群生している。
「噂は本当だったんですねー」
「安心するのはまだじゃぞ。あそこから、七つ葉のものを探さなければいけないんじゃのぅ」
「‥‥確かに、普通の三つ葉ばかりですね〜」
試しに手にとってみたクローバーが三つ葉だったので、がっかりした様子でうな垂れる要。その仕種が可愛らしくて、緋音はつい微笑んでしまった。
「さて、では頑張って探しましょう?」
交代で2人見張りを出すことにして、他の6人は七つ葉クローバーの探索を始めた。初めの見張りはあすかと克。他はそれぞれ2人1組で散って、無数のクローバーを一つ一つ確認していく。
「うーん、やっぱり三つ葉ばかりかぁ」
緋音とラピスの2人は、談話しながら探索を続ける。
「緋音ちゃん、そんなに簡単に見つかったら、言い伝えの有り難味がなくなってしまいます」
「まぁそうだけどね。あー、これも三つ葉かぁ。せめて四つ葉くらいあってもいいんだけれど」
「ほう」
同じく、七つ葉クローバーを探していたルミナスは、目的のものではないものを発見した。
「四つ葉、か」
それは、四つ葉のクローバー。群生している三つ葉の中に、たまたま四つ葉のものを見つけたのだった。
「ふむ、おしいのぅ。今回は七つ葉のを見つけなければいけぬ。お主ではないんじゃ」
とは言いつつ、四つ葉のクローバーにも、発見者に幸運が訪れるというジンクスがあるのは事実だ。このまま捨てるのはもったいない。
「そうじゃな。おい、レーヴェ」
ルミナスは傍に居るレーヴェに話しかける。
「なんだ?」
「ほれ、これをお主にやろう。四つ葉は幸運のお守りらしいからのぅ。特に、何と言っても、わっちのような美人が見つけたのじゃ。効果てき面でありんす」
「む‥‥こちらも四つ葉のクローバーなら見つけた。あんた、好きそうだからやろうと思ってたんだが」
そう言うレーヴェの右の手のひらには、確かに四つの葉がついたクローバーが置かれていた。
「では、交換ではどうじゃ?」
「‥‥何故?」
「自分が見つけたものを自分で持っていても仕方なかろう? まぁ、わっちにプレゼントとは、ぬしにしては上出来でありんす」
ルミナスは笑みを浮かべた。
数時間ずっと探し続けたが、結局四つ葉のクローバーは見つかったものの、七つ葉クローバーは発見できなかった。
「‥‥七つ葉、ないんでしょうか?」
残念そうな口調で要が言う。
「これだけ‥‥探してないんだったら‥‥ここには‥‥ないのかも」
「そんな‥‥」
と、その時だった。
「あった! あったよ!」
叫びながら、硯が走って来る。硯は今の時間は見張りをしているはずだ。
「あったって‥‥まさか!?」
「うん、ほら、これ!」
両手を開く。そこには、小さいが確かに七つの葉をつけたクローバーが置かれていた。「わぁ、きれいですね〜」
要が目を輝かせる。七つ葉クローバーは、それぞれの葉が絶妙に折り重なっていて、それが何とも言えないほどに美しかった。七つも葉があれば少しは歪な形をしているだろうと思っていた一同は、その整った姿にただ溜息を吐くしかなかった。
「これ‥‥どこに?」
「あっちの方に、こことは別にクローバーが生えてるところがあったの。そこを探していたら、これが」
あすかの問い掛けに、硯が走って来た方を指差す。
「森の最深部‥‥がここではなかったという訳ですね」
なるほど、要が納得の表情を浮かべる。それならこっちのクローバー畑をいくら探しても、見つかる訳がない。
「やっぱり、これ1つだけですか?」
ラピスが尋ねると、硯は慌てて答える。
「う、うん。他にも色々探してみたけれど、これだけでした」
あわよくば2つ自分のものに‥‥。と思っていたが、1つしか見つからなかったのだから仕方が無い。
「まぁ、これで探し物は見つけることができたんですから、さっさとこんな森からは退散しましょう?」
ラピスの提案に、みんなが首を縦に振って同意する。
●帰り道こそ気をつけて。
帰り道。行きはほとんど幻覚を見なかったにも関わらず、帰り道になると状況は一変した。歩いていると、当然方向感覚を失うことが多発し、自分がいったいどっちに向かっているのか分からなくなる。しかし、目印と、入り口から伸ばしたビニール紐のおかげで幻覚が起きたとしても何とか通常の道筋に戻ることが出来た。
みんな、このまま安全にこの森を出ることができるだろうと思っていた。しかし、そうは簡単にいかないのが、『イリュージョン・フォレスト』の所以である。
「‥‥あれ?」
最初の変化は、緋音が感じた。突然、霧が濃くなったのだ。最初はまだ視界は確保できていたが、見る見るうちに白い世界が侵食してくる。
「みんな、その場を動くなっ!!」
レーヴェが叫ぶ。下手に動くと、もしかするとはぐれてしまうかもしれない。ここはその場でじっと耐えるのが得策である。
そのまま数分が経過。やがて、霧が晴れて行き。
8人は目を疑った。
「なっ!?」
8人の目の前に、数体のキメラが立ちはだかっていた。さっきまで、何にもいなかったはずなのに‥‥。8人は急いで、戦闘態勢を整える。事前に決めていた通り、キメラが出現したときのための陣形をとる。
じりじり‥‥と、キメラが距離をつめる。肉食獣を思わせる鋭い牙が、怪しく光っている。各自、自分の武器を構える。が、
「ちょっと待つでありんす」
突然、ルミナスが攻撃を止めた。
「どうしたんですか?」
「こやつ、キメラかと思うたが‥‥見てみんしゃい」
ルミナスが、シグナルミラーを手に取る。本来なら信号発信用ではあるが、通常の鏡として使用することも可能である。
ルミナス以外の7人は、そのシグナルミラーを覗き込んだ。
「あれ、何も映ってない‥‥」
シグナルミラーは森の景色を映すだけで、8人の目の前にいるキメラの姿を映し出してはいなかった。
「つまり‥‥これは‥‥幻覚‥‥」
こくり、とルミナスが頷く。
「道を迷わせるだけではなかったという訳じゃ。さて、先を急ごうかの」
●告白は雰囲気を大切に。
依頼は無事、果たすことが出来た。七つ葉クローバーを発見することができたし、8人全員『イリュージョン・フォレスト』から脱出することができた。
しかし、まだ完全に依頼が終わったとは言い難い。まだ、一番の最難関が残っているのだ。
「‥‥やっぱり気になりますものね」
「まぁ、ここまで来て結末を見届けないなんて、ねぇ?」
「しっ! 声が大きい! セルディアさんにばれますわよ?」
公園の木陰に、7つの影。息を潜めて、噴水の前で想い人を待つセルディアにばれないようにしている。一同は、セルディアにクローバーを渡した後、彼に内緒でこっそり付けたのだった。
「あれ、レーヴェさんは?」
「性に合わない、らしいのぅ。まったく、もったいない」
「‥‥」
「どうしたんですか、あすかさん? だまりこんじゃって」
「私も、相手がほしい」
「‥‥。俺も、です」
「‥‥来た‥‥みたい」
克が告げると、みんな一斉にそちらの方を向いた。
白いワンピースを着た、可憐な女性がセルディアに向かって手を振りながら、公園の入り口からこちらに向かってくる。セルディアも彼女を認めると、満面の笑みを浮かべた。
「か、かわいいですね」
「セルディアさん、ガンバですッ!」
「セルディアくん、どうしたんですか? 急に呼び出したりして」
女性がセルディアに尋ねた。セルディアは顔面を真っ赤に染めながら、後ろ手に隠していた植木鉢を前に出す。
「これは‥‥?」
「な、七つ葉のクローバーです」
「七つ葉? あ、本当だ。めずらしい」
彼女の表情がぱっと明るくなる。タイミングはもうここしかない。
「あの、セリアさん」
「はい?」
「こ、この七つ葉クローバー、言い伝えでは、好きな相手に贈って、告白すると、永遠の愛が約束されるそうです。セリアさん、こ、このクローバー受けとってくれますか?」
「え?」
「あ、えと、つまり、その‥‥。セリアさん、好きです。僕とお付き合いしてくれませんか? お願いします!」
ずい、と七つ葉クローバーの植木鉢を前に差し出す。セルディア、一世一代の大勝負である。沈黙が1秒、2秒、3秒と続いていく。告白の様子を眺めていた一同も、固唾を飲んでセリアの答えを待つ。
「‥‥もう」
やがて、セリアは溜息をついて、沈黙を破った。
「いつ告白してくれるか、ずっと待ってたのに」
淡く微笑んで、セリアはそう答えた。そして、七つ葉クローバーを受け取る。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その返答に、みんな快哉をあげたのだった。