タイトル:メルヘン街道の逃走劇マスター:風亜 智疾

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/06 04:09

●オープニング本文


 ドイツ・ラインハルトヴァルトにあるザパブルグ城で、その事件は発生した。
 最初の被害者は、城の管理を任された男。
 男は、普段通りに城の中を巡回していた。
 と、ある部屋から『カサリ、カサリ』と小さな物音がしていたので、部屋の中を確認したのだという。
 そこにいたのは、1匹のリスだった。
 腹を空かせているのだろうかと、男は上着のポケットに入っていた胡桃を取り出して、リスへと放った。
 しかし、リスは胡桃を食べなかった。

 ――それどころか、微かな赤い光とともに胡桃はリスの体の前で、跳ね返ったのだ。

 男は驚き、悲鳴を上げて部屋から飛び出した。
 部屋の鍵をしっかりと掛け、窓が間違いなく閉まっていた事も覚えていた。

「ゴーストが現れたんだ‥‥」
 男の言葉に、妻は耳を貸さなかった。
 何せ、人間の亡霊ならまだしも、男が見たのはリスなのだ。
 逆に、妻は夫を窘めた。
「そんな小さな動物に何を怯える必要があるの。何か別の物に当たって、跳ね返った様に見えただけじゃないの?」
 妻の言葉に、夫は声を荒げて否定した。
「いいや! 間違いなく跳ね返った!」
 男とその妻は何度かそんな遣り取りをしたが、それも時間が経てば消えてなくなっていった。

 だが、リスを見たのは男だけではなかった。
 次の日、男に城の巡回を頼まれた人間が、同じ部屋から小さな音がしたのを耳にして、部屋へと入った。
 巡回を頼まれた人間は、その部屋にリスが現れた事も、胡桃がリスの体に跳ね返されたのも知らされていなかった。
 部屋の中には、1匹のリスがいた。
 知らされていなかった男は、リスを城から外に出そうと思い、リスを捕まえようとした。
 それを見たリスは、途端に甲高い鳴き声を上げて駆け出したのだ。
 部屋の扉は開いたまま。
 巡回の男が慌ててリスを追えば、なんとリスは既に部屋から出てしまって。
 広い城の何処にいるのか、見つける事が出来なくなってしまった。

 城の外へと通じる扉や窓は、全て閉ざされていて、リスは間違いなく城の中にいる。
 事の次第を警察へと通報した城の管理を任された男に告げられたのは、そのリスの実態だった。
「それは恐らくキメラだ。胡桃が跳ね返ったのがその証拠」
 つまり、フォース・フィールドに跳ね返されたのだ、と警察に告げられた男は、小さなリスとはいえキメラだという事実に震え上がった。

 やがて、城の中に30名の警察官が集められた。
 しかし目的はリスの捕獲ではなく、リスをあるフロアに閉じ込める為だった。
 試行錯誤の結果、何とか大広間のあるフロアへと追い込む事が出来た。
 だが、ここから先は警察官には何も出来ない。
 そこで、城の管理を任された男と地元警察は、能力者へと依頼を出す事にした。

『この城の大広間に隠れているキメラの探索と退治』

 大広間一部屋だけとはいえ、物は沢山あり死角も山の様にある。
 しかも、古い城だという事で監視カメラも付いていない。
 小さなリスだといっても、キメラはキメラだ。

 今の彼等に出来る事は、大広間から別のフロアへとリスを逃がさない様にする事だけだった。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
ディッツァー・ライ(gb2224
28歳・♂・AA
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
イレーヌ・キュヴィエ(gb2882
18歳・♀・ST

●リプレイ本文

●ドルンレースヒェン
「‥‥いばら姫の城に小リスが1匹‥‥か。メルヘン街道らしい依頼だ」
 紫煙を燻らせながら呟いたホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)の言葉を受けて、ほんの少し楽しそうな声を上げたのはイレーヌ・キュヴィエ(gb2882)だ。
「うーんっ、素敵な絵が描けそうなお城なんですけどねぇ。可愛いリスのイメージが崩れないうちに済ませましょう」
 そんな二人の側に屈みこんで、何やら不思議な形状の物体を作っていたシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)が、目を輝かせて『それ』を持ち上げた。
「出来ましたよ! 特製『キメラホイホイ』!」
「ギリギリのネーミングだな」
 突っ込んだのはシンの友人であるディッツァー・ライ(gb2224)だった。
「何だよディッツ。これ考えるのに結構苦労したんだぞ? 何たって使用してるのはメトロニウム合金。曲げるにしても一苦労だ。リスが追い込まれたと気付かない様に‥‥」
 必死に解説を始めたシンを横目に、小さく溜息をついた白雪(gb2228)が、ぼんやりと誰かに向かって声をかける。
「何だか皆賑やかだね‥‥真白お姉ちゃん」
(「任務前って事、ちゃんと理解してるといいけど」)
「もう、お姉ちゃんったら」
 傍から見たら独り言の応酬の様に見えるが、実際白雪は独り言を言っているわけではない。
 自分の中にいるもう一人の自分。いや、姉というべきか。姿の見えない姉と会話をしているのだ。
「ほう、とりもち付きか。確かに某ホイホイに似ているな」
「でしょう? やっぱりホアキンさんもそう思ってくれますか!」
「これは? この蓋の部分は何て書いてあるんですか?」
 イレーヌの問い掛けに、シンは思わず口を噤んでしまう。
 しかし、あえて言わなかったというのにディッツァーが、
「開いている時に書いてあるのは『Kommen Sie!』――つまり、いらっしゃい。閉じた時に書いてあるのは『Disser Narr! Sie wurden gefangen!』訳すれば、馬鹿め、捕まえたぞ! だ」
「こらディッツ!」
 まだ自分より年下の女の子に聞かせる様な内容ではない。
 シンが窘める様に口を開くが、ディッツァーはそんな言葉に耳も貸さず、シンが作り上げた『キメラホイホイ』を手に取って、訝しげにそれを見やった。
「お前の工作には碌な思い出がない。多くは実験台にされたり、またある時は実験台にされたり‥‥今回実験台にされなかったのが却って不気味だ」
「小型キメラ専用の器具は、人間相手には実験出来ないだろう」
 ホアキンのいう事も尤もである。
「‥‥いやまさか‥‥イタリアンマフィアの手口じゃねぇだろうな? 始末する相手には極上の贈り物と『もてなし』で警戒心を解くと同時に、死への手向けにするっていう‥‥」
「ディッツァー、少し考えすぎだ。友人をあまり疑うものではないと思うが?」
「ホアキン、あんたは知らないだろ? 俺が今までどれだけシンの実験で痛い思いをしてきたか!」
 軽く妄想に近い言葉をぶつぶつと呟くディッツァーを、煙草を銜えたまま器用に諌めるホアキン。
 その様子を笑いながら眺めているイレーヌと、小さく首を傾げながら
「お姉ちゃん、分かる?」
(「さぁ」)
 身に宿る姉へと問い掛ける白雪。
 何はともかく、今回はこの5人がザパブルグ城キメラ退治のメンバー。
 下準備そのイチは完成した。
 いざ、城の大広間へ!

●宛らお引越し?
 大広間の扉を慎重に開閉し、5人は其々室内を見回した。
「やたら高そうな物ばっかだな」
 ディッツァーの言葉もごもっとも。
 ここは時代は移り変わろうとも王族の住んだ城なのだ。そして、当然そこにある物も王族にちなんだ物ばかり。
「では手筈通りに。先ずはシン、あなたの作った装置を設置してくれるか」
「いえっさ。それじゃ、扉から離れた場所に置いておきますか」
 手にした特製『キメラホイホイ』を、高そうな壷とこちらもまた高そうな棚の隙間へと設置する。
「スイッチはディッツ、任せた!」
 その言葉と同時に、放り投げる様にシンはスイッチをディッツァーへと渡す。
「おいコラ! 仮にも精密機器じゃないのか!?」
 慌てた様子でそれを受け取ったディッツァーが、頭を掻きながら今度はスイッチをイレーヌへと手渡した。
「俺はこれから部屋の中の重い荷物を運び出す。悪いが任せる」
「それじゃあ、私は軽めの荷物を運び出しますね」
 スイッチを受け取ったイレーヌが、次いで白雪へと視線を向ける。
「雪ちゃん、扉からリスが逃げない様に見張っててくれますか?」
 突然声をかけられた白雪は、一瞬目を見開いて自身を指差した。
「‥‥雪ちゃん、とは私の事ですか?」
 愛称呼びに驚いたのだろう。小さく首を傾げた白雪に、同じ様に首を傾げたイレーヌ。
「あ、ダメですか?」
「いえ‥‥大丈夫です。扉の監視、承りました」
 小さく笑って、頷く。
「では、俺は作り付けの家具を確認して、開閉しない様にテープで隙間を埋めていこう」
 ひとしきり内部を確認しながら、ホアキンが気密テープを取り出した。
「じゃ、僕は周囲の警戒を始めます」
 取り出したライフルのスコープを覗き込みながら呟くシン。
「この面子なら俺が一番力仕事に向いてるだろ。動かせる物は俺が運び出すぜ」
「軽い物なら私も運べます」
 迷彩服の袖を捲くりながらディッツァーが告げれば、同じ様に袖を捲くる仕草を見せながらイレーヌが続く。
「扉とキメラの逃走はご心配なく。きっちりと見張っておきます」
 白雪が告げたその直後、其々が自身の役割を果たすべく行動を開始した。

●途中経過のおはなし
 荷物を運び出す為に覚醒し、豪力発現を使用していたホアキンとディッツァー。
 二人が壷やら食器やらテーブルやらを運び出していた、その真っ最中。
「ディッツ! 足元!」
「うぉっ!?」
 重い物へと注意を向けていたディッツァーに、突然声をかけたシン。
 慌てて足元へと注意を向ければ。
 そこを駆け抜けたのは今回のターゲットであるリス、ではなく。
 極々普通のネズミだった。
「ったく、驚かすなよシン」
 大きく溜息をついたディッツァーを見やった全員が、次の瞬間顔を真っ青にして口をパクパクとさせる。
「ディッツァー! 手元!」
 珍しく慌てた様子のホアキンが、テーブルを放り出して駆け寄る。
 何事かとディッツァーが自身の手元を見やれば。
 そこには、積み重ねて持ち運んでいた高級食器の数々が、ありえない程波打っていて。
「う、うわっ!?」
 慌ててバランスを取るも、時既に遅し。
 走り込んだホアキンと、同じく滑り込んだイレーヌ。
 しまったという目をするシンと、目を見開いた白雪の目の前で。
 ――パリーン
 いっそ小気味良いほどの音を立てて、一枚の皿が。
 割れた。
「‥‥シーンー‥‥!」
 低い声で、ワナワナと体を震わせながらディッツァーが原因へと恨みがましい視線を向ける。
 その足元には、滑り込んだ体勢のホアキンとイレーヌ。
「え‥‥僕のせい?」
「お前以外の誰がいるかー!!」
 絶叫が、ザパブルグ城に響いた。
「ホアキンさん‥‥テーブルに傷が‥‥」
 白雪がポツリと呟けば、ホアキンはバツが悪そうに頬を掻いて。
「まぁ、割れ物でなかっただけ感謝だ」
 と、気休めの言葉を呟いたのだった。

●運び出し作業真っ最中のおはなし
 そんなこんなな出来事の最中。
 扉を見張っていた白雪は、いざという時の為に覚醒していた。
 他のメンバーが荷物の運び出しや警戒をしている最中だった為、特に何もする事がなかったのもあり、彼女はポツリと呟いた。
「とりあえず異常なし‥‥ね。退屈」
 その言葉に、彼女にだけ聞こえる声で答える者がいた。
(「ねえお姉ちゃん。退屈だし、しりとりでもしない?」)
 それは、覚醒した事で内へと潜っていた『白雪』だった。
「はぁ? 白雪、貴女何言って‥‥」
 現在表に出ているのは、普段内に住まい、覚醒の時のみ現れる彼女のもう一つの人格。
 ――白雪曰く、姉の『真白』だ。
(「最初はりすの『す』。次お姉ちゃんね」)
「え? す‥‥? す‥‥すー、すずめ?」
(「『め』か〜。難しいなぁ。雌鳥!」)
「り‥‥リザード、とか?」
 結局ノってしまっている2人(?)だった。

●束の間の休憩
 ある程度の貴重品を運び出したメンバーを見て、白雪が一度覚醒を解く。
「皆さん、お茶が入りましたから一休みしませんか?」
 言いながら、作ってきたのだろうおはぎと、其々の好みに合った飲物を配っていく。
 ホアキンとイレーヌにはお茶、ディッツァーには珈琲、シンにはリンゴジュース。そして自身もお茶を手に、束の間の休息を取り始めた。
「不思議な食べ物だが、これは何というのかな?」
「日本の食べ物で『おはぎ』というんです。お口に合いますか?」
 ホアキンと白雪のそんな会話に続いて、全員が其々会話に花を咲かせる。
 本当に束の間の休息だったが、全員が気力と体力を養う事が出来たのだった。

●『ホイホイ』の威力は如何程に?
 大抵の貴重品を運び出し終え、残るは備え付けの家具ばかりとなった。
「後は仕掛けに掛かってくれるのを待つのみですね」
「それじゃ、装置以外の場所に威嚇を込めて叫び声を上げてみようか」
 ホアキンとイレーヌは、呼笛を。ディッツァーはメガホンを。
 其々携帯品を使って、装置以外の場所へと散る。
「わっ! ‥‥って、ちょっと恥ずかしいな。これ」
 呼笛とメガホンを使ったリスキメラの追い込みを片目に。
 いよいよトリのキメラ退治。
 小さなリスキメラが一体何処に隠れているのか。
 運び出した荷物にはいない事は確認しているのだから、間違いなくこの部屋の中にいる。
 ぴりり、と張り詰めた空気を纏い、覚醒したシンが、自身の作った特製『キメラホイホイ』から視線を逸らす。
 部屋の中を射抜く勢いで見つめながら、自身の武器を握り締めた。
 ――何があってもこの部屋から出すわけにはいかない。ここで仕留める。
 ――神経を研ぎ澄ませ。狙撃主としての自分を常に思え。
 ――銃を自身の延長上に。これは僕の腕だ。僕の手だ。
 シンの気が張り詰めきった、次の瞬間。
「よし、かかりやがった!」
 どこか嬉しそうなディッツァーの声に、シンは拍子抜けした様に目を丸くした。
「は? あ、あぁ、捕まりましたか」
「無事に捕獲完了ですね」
 覚醒したイレーヌが役目を終えたスイッチを、ゆっくりと広間の床の上へと滑らせ。
「全く‥‥城を騒がせて、姫の眠りを妨げるなよ」
 紫煙を燻らせ、同じく覚醒したホアキンが片手にイアリスを構えながら、捕獲装置の中にいるであろうキメラへと声をかける。
「とにかく、キメラを倒さなければ」
 やはり覚醒し蛍火を構えた白雪が、装置から目を逸らさずに呟く。
「袋のリスとはこの事だな!!」
「それは『袋のネズミ』の間違いじゃないのか?」
「ものの例えだよ!」
 シンとディッツァーの掛け声の後、シンが懐からもう1つのスイッチを取り出した。
「それじゃ、開けますよっ」
 カチリ。
 最後の始末が始まった。

●すばしこいリス
 開いた捕獲装置から飛び出したリスへ、一番最初に攻撃を仕掛けたのは先手必勝を使用したディッツァーだった。
「っこの! ちっさ過ぎて狙いにくいな!」
 流し斬りでリスキメラへと攻撃するが、俊敏なリスは見事に避けきってしまう。
「流石は小動物キメラ。なら、これならどうかな」
 次いで先手必勝を使ったホアキンが、急所突きを併用してイアリスを閃かせる。
 間一髪本体への攻撃をかわしたキメラだったが、愛らしい尻尾に一撃を喰らってしまう。
 小さな金切り声が、広間に広がった。
「奥のとりもちにはくっついてくれなかったか‥‥!」
 ライフルからスパークマシンへと装備を変更した彼は、まるで憂さ晴らしといわんばかりの勢いで乱射を始める。
「おいコラ、シン! ちゃんと狙えっ!」
 乱射。正しく的を狙わずに行なった射撃を、俊敏なリスは見事に避ける。
「直接攻撃じゃないと、直撃は難しい様ですね」
 白雪が蛍火を構え、リスキメラの隙を見て刀を翻す。
 光の一閃は今度こそリスキメラ本体へと直撃する。
 耳障りな奇声が、再度響く。
 動きが止まったリスキメラへと、すかさず試作型超機械を向けて。
「可哀想だけど、キメラはキメラだから」
 放たれた電磁波が、リスキメラへと直撃する。
 小動物特有の聞いていて悲しくなりそうな悲鳴を上げて。
 動かなくなった。

●管理責任者の絶叫
「ここここここれはーー!?」
 割れた皿を見て、管理責任者が絶叫した。
 恐らくその声の大きさは、今日一番のものだっただろう。
「申し訳ない」
 ホアキンの言葉と同時に、全員が頭を下げた。
 管理責任者の男はふるふると首を横に振り。
「いえ。キメラが退治されたのです。驚かせて申し訳ありませんでした。お礼申し上げます」
 深々と一礼した。
「さ、て。依頼も完了したし、ゆっくりこの辺りを探索しようかな」
 イレーヌが大きく伸びをして城の外を眺める。
「ホアキンさん、如何ですか?」
「そうだな‥‥ご一緒させて頂こうかな。君はどうかな? 白雪」
「ええ。是非」
「なぁディッツ。ちょっと遠いが故郷に帰ってみないか?」
「遠すぎるだろ」
 そんな会話を交わしながら、5人は城の外へと歩き出した。
 空は青く、空気の澄んだメルヘン街道いばら姫ルート。
 小さなリスキメラの巻き起こした事件は、皿一枚を犠牲にはしたものの、何とか無事に解決したのだった。

 END