●リプレイ本文
●まずは自己紹介
集まった7人の応募者が案内されたのは、会議フロアだった。
広い部屋の中心に置かれた椅子と机、その前にずらっと並べられたパイプ椅子。
「本日は遠路遥々お越し下さり、誠に有難う御座います。社長のオレアルティア・グレイです」
社長と、その両脇に立っている2人の男が、手にした書類と本人を見比べた後に小さく咳払いをした。
「とりあえず社長。順に自己紹介をしてもらいましょう。自己紹介が終わられた方からご着席下さい」
それでは1番の方。
予め割り振られていた番号カードに書かれていた数字を各々確認して、手を挙げたのはサイト(
gb0817)である。
「はい。1番は私です。初めまして、サイトと申します。宜しくお願い致します」
礼儀正しく一礼し、にっこり笑ったサイトに、女社長も同じく笑みを返す。
着席したサイトを確認して、次に手を挙げたのは堺・清四郎(
gb3564)だ。
「2番。俺は堺・清四郎と申します。よろしくお願いします」
言葉の後に付属する会釈はきっちり45度。その姿を見て社長も深々と一礼を返した。
着席した清四郎の次に手を挙げたのは、ダニエル・A・スミス(
ga6406)である。
「No3。俺はダニエル・A・スミス。よろしくお願いします」
慣れないスーツ姿と丁寧過ぎる口調が、社長には好評だったのか、敬語は必要ないと笑みを返されている。
にっと笑ったダニエルの後、手を挙げたのは今回最年少のGIN(
gb1904)だ。
「4番。GINです。よろしくお願いします‥‥と、社長さんにはお久しぶりですの方が正しいでしょうね」
丁寧な仕草で相手をしっかりと見て会話をするその姿は、さながら就職活動中の学生の様である。
お久しぶりですと言葉を返されてから、姿勢正しく椅子に着席したGINの次に手を挙げたのは緑川安則(
ga4773)。
「5番。初めまして、緑川安則です。よろしくお願いします」
にっこり微笑んで一礼する安則に、社長も丁寧な礼で答える。
そして次に手を挙げたのは翠の肥満(
ga2348)だ。
「6番。翠の肥満です。よろしくグレイさん‥‥いや、社長さんと言った方がいいんですかね」
普段通りにどうぞ、と笑みを浮かべる社長に、じゃあ遠慮なくと言葉を返した翠の肥満が早速取り出したのは『フルーツ牛乳』と『コーヒー牛乳』だ。
両脇に立っている2人の男に其々渡し、漸く着席した翠の肥満の後に手を挙げたのは、自己紹介の番号が最後になっていたネオリーフ(
ga6261)である。
「えっと‥‥7番。初めまして、ネオリーフです。よろしくお願いします」
のんびりと、ゆったりと。独特の雰囲気を纏いながら会釈するネオリーフに、社長も柔らかな笑みを浮かべて初めましてを返す。
全員が着席したのを確認して、フルーツ牛乳を片手に持った男社員が
「以上7名が、今回の面接者です」
書類と照らし合わせながら言葉を発したのだった。
●特技はなぁに?
「それでは順に、趣味や特技がありましたらお願い致します」
コーヒー牛乳の方の男社員へと視線を向け、準備が必要なメンバーの為に色々なものを用意させる手筈を整えた社長が、にっこり微笑んで告げる。
「最初はサイト様。よろしいでしょうか?」
指名を受けて、サイトは笑みを浮かべながら頷いた。
「そうですね。特技、と言えるかは分かりませんが、私はよくジュースやドリンク類を作ります。嬉しい事に、私の作った飲み物で癒される、と言って下さる方がいらっしゃいますし。後は、小さな子供に好かれる事が多いですが‥‥」
そう言って、サイトは持参したポットセットを取り出すと
「今日はお忙しい社長さんの為に、リラックス効果のあるハーブティを淹れさせて頂きますね」
手際よく数種類のハーブをチョイスしてポットに入れ、水筒に入れていたお湯を注ぐ。
暫く蒸らしてカップに注げば、サイト特製のハーブティ完成だ。
どうぞ、と差し出されたカップを受け取り口に運んだ社長が、ふうわりと目を細めながら笑う。
「本当に、美味しいですわ。サイト様は人を癒す事が特技なのですね」
皆さんもどうぞ、と人数分のカップに注がれたハーブティを受験者と2人の社員にも勧めた後、サイトは自分の特技披露は終了したと着席した。
「有難う御座いました。では、堺様。よろしいでしょうか」
社長の呼びかけに頷いて、清四郎はゆっくりはっきりと口を開いた。
「俺の趣味は料理です。日本食‥‥特に、肉じゃがとかが得意です。特技は‥‥剣術ですね。幼い頃からずっと鍛錬を欠かしていません」
失礼して、と一言告げてから立ち上がり、自身の愛刀の刃が何も傷つけない場所まで移動する。
一呼吸置いて、すらりと抜かれた刀を数度振ってみせた。
「美しい剣線でしたわ。堺様のたゆまぬ努力と志が、見事に映されていますのね」
刀を納めて一礼し、特技披露の完了を告げるべく席へと戻った清四郎へと社長が微笑む。
「有難う御座いました。それでは、スミス様。よろしいでしょうか」
「あー、俺の特技はブレイクダンスとバスケなんだが」
流石にバスケットを会議室内でするのは難しいだろうと、用意されていた物の中からバスケットボールを取り出して、ダニエルは話しながら器用にボールを人差し指の上で回して見せた。
「そうですわね。バスケットは流石に難しいでしょうから、ダンスをお願い致しましょう。一度、机と椅子を全て端に寄せますわね」
社長の声に答える様に、2人の社員があっという間に会議室を広いダンスフロアへと変えていく。
準備された音楽に合わせて軽くリズムをとった後、ダニエルはフロアの中心へと向かう。
音楽に合わせて繰り出される数々のアクロバティックな技に、その場に居合わせた全員が感嘆の声を漏らす。
「スミス様は皆を明るく元気にさせる事がお上手ですのね。大変楽しいダンスでしたわ」
踊り終えて、元通りに戻された椅子や机。元の場所に其々戻った後、社長はにっこりと笑って告げた。
「有難う御座いました。では、GIN様、よろしいでしょうか」
指名されて頷いたGINが、席を立つ。
「俺は他の人の様に『見せる』特技はありません。なので、自己アピールを」
小さく咳払いをした後、視線を真っ直ぐ社長に合わせて口を開いた。
「今の俺は唯の一能力者でしかありません。出来る事より出来ない事の方が多いかもしれません。当然、俺にしか出来ないオンリーワンな技もありません」
視線を逸らす事無く、ハキハキとした口調で自身をしっかりと語るGINを、無言のまま続きを促す社長。
「ですが、今の状態を『ゼロ』であるとすれば、これから先の未来、俺は何者にでもなれる可能性があるんじゃないでしょうか。あるのはこの身一つと、可能性。そして選択だと俺は思います」
言い切ったGINを見つめて、社長が笑みを浮かべたまま頷く。
「GIN様は見せる特技をお持ちではないと仰いましたが、それは違う様ですわね」
着席したGINに、笑みを深めて再度頷いた社長が、小さな声で分かりました。と告げた後。
「有難う御座いました。それでは、緑川様、よろしいでしょうか」
声を受けてしっかりと頷いた後、安則は立ち上がった。
「特技は、そうですねぇ。護る事、でしょうか。声優をしていた頃にやっていたアクション俳優、それに軍隊での訓練を受けていますから」
言った後、準備をお願いしてもいいでしょうか、と告げる安則に、頷いて再度椅子や机を端に寄せ始める2人の男。
天井の高さも十分になることを確認して、安則はフロアの中心に巻き藁を設置してもらい、社長との面接前に預けていた自身のナイトソードを受け取った。
「では‥‥」
次の瞬間。瞬時に覚醒した安則は、瞬速縮地で一気に巻き藁へと肉薄し、手にしたナイトソードを一閃させた。
ひゅん、とひと鳴きした風の後、覚醒を解いた安則が振り返れば。
そこには見事に断ち切られた巻き藁があった。
「素晴らしいですわ。巻き藁を切るというのは存外難しい事だと聞いておりますから、緑川様は大変腕の立つお方なのですね」
社長に一礼する安則に、社長が微笑みながらそう言って、側に控えている2人の男に藁の撤去と椅子と机の再設置を命ずる。
てきぱきと後片付けは進められ、再度並んだ椅子に順番通り全員が座り終えたのを確認してから、社長は口を開いた。
「有難う御座いました。では、翠の肥満様、よろしいでしょうか」
頷いて、翠の肥満はにっと笑いながら『あるもの』を取り出した。
「これは‥‥写真、ですか?」
社長だけでなく、側に控えていた2人の男にも渡されたそれに写っていたのは。
「えー、特技はいつでも牛乳を取り出せる事と、写真の通り女装です」
過去に女装をする事でもあったのか、社長達には分からなかったが。
間違いなく、目の前で面接中の翠の肥満(女装中)が写っていた。
「後は自分を売り込むとすれば、子供によく好かれます。お嬢さんともよく悪戯‥‥遊ばせてもらってますね」
瞬間、2人の男の脳裏に過ったのは。
『ハロウィンの恐怖』と工場フロアで語り継がれている、ある日の話だった。
「相変わらず、ユーモアたっぷりですのね。翠の肥満様は」
アピールが終わったのか、席に着いた翠の肥満と、僅かに顔をひきつらせた2人の男。
「有難う御座いました。それでは最後に、ネオリーフ様、よろしいでしょうか」
微笑む社長に同じ様に微笑み返して頷いたネオリーフが立ち上がった。
「趣味はお散歩と‥‥お料理やお掃除が好きです。でも、一番好きなのはお裁縫で、パッチワークとか‥‥あと、ぬいぐるみをよく作ったりしてます。多分、お裁縫が特技、です」
そう言って、持参したお手製の縫いぐるみを取り出す。
「あの、よかったら‥‥これ、どうぞ。最近作ったクマさんです」
手のひらサイズのクマを差し出したネオリーフに、笑顔で受け取った社長が
「とてもお上手ですわ。ネオリーフ様はお優しい心を持っていらっしゃいますのね」
笑みを絶やさずに着席したネオリーフと、可愛らしい縫いぐるみとを交互に見ながらそう言った。
「これで、一通り全員のアピールは終了、という事でよろしいですか?」
社長の側に控えていた2人の男のうち、片方が口を開いた。
誰も手を挙げず、これで面接は終了したのだろう。と全員が心の中で思った。
「では社長」
促されて、社長は書類と面接にやって来た7人を交互に見やった後。
「そうですわね‥‥」
さぁ、社長は一体どの殿方がお好みなのか! 年下、家庭的、年上と選り取り見取りの中から、一体誰を選ぶのか!?
ひょっとしたら、一番緊張しているのは面接を受けに来た7人ではなく、社長の側に控える2人の男かもしれない。
「それでは‥‥」
ごくりと唾を飲み込んだ社員の視線は、もう社長から動かない。
口を開いた社長が、にっこりと。にっこりと笑いながら。
「まずは、私は一体『どなた』を『どういう意味で』選ばなければならないのかを、教えて頂けますか?」
面接に来たメンバーの予想からは大きく外れた言葉を告げたのだった。
場の空気が固まってしまったのは、言うまでもない事だろう。
●結果発表は?
つまり。社長であるオレアルティア・グレイは何も知らぬままに面接官を務めていたのだ。
「私にはさっぱり分からないのですが、皆様はご存知でしたか?」
問い掛けに、受験者其々が「護衛役かと思って」「医療スタッフの募集かと思って」と同じく分からなかったと首を傾げる。
「‥‥皆様、大変申し訳御座いませんでしたわ」
にっこりと。それはそれは美しい笑みを浮かべた社長が、椅子から立ち上がって深々と頭を下げ。
「直にお答えを返す事が出来ない状況の様ですから、本日のところは『保留』という事でよろしいでしょうか。後日、結果を皆様にお届け致しますので」
笑っているはずなのに、何処となく反論の余地を与えない社長のその言葉に、やはり全員が首を傾げるが。
結果は後日届ける、と言われてしまえば今日の所は帰るしかないわけで。
全員が礼儀正しく頭を下げながら退出し、そして部屋に残ったのが社長と2人の男だけになった、次の瞬間。
部屋に、悲鳴と銃声が響いたのだった。
●遅れてきた男
社長が面接を終了させ、元凶である若い役員へときっちり再教育を施し終わった頃。
本社に1人の男がやって来た。
上質な黒のボルサリーノに同じく黒のコートとスーツ、シルクマフラーに紅のタイとチーフ。
全てを見事に着こなしたその男は、受付まで迷わず歩み寄り口を開いた。
「オレアルティアは居るかな? 少し帰りに寄らせて貰ったのだが」
紳士的なテノールヴォイスでそう言いながら、軽く片目を瞑って見せる男に、受付担当の社員が内線で社長へと連絡を入れる。
「はい。社長にお客様で‥‥あぁ、申し訳ありませんお客様。お名前を伺っても?」
その言葉に、優しい声で彼――UNKNOWN(
ga4276)はこう告げたのだった。
「『LEON』の管理人、と言って貰えれば分かると思うよ」
言われた通りを内線で知らせれば、社長は柔らかな声で面会を許可する旨を伝える。
「どうぞ、ご案内します」
目的の場所まで歩き、扉が見えると彼はここからは1人で構わない。と案内をやんわり断った。
首を傾げながらも頷いて戻っていく社員を見送った後、彼は眼前の扉を2回ノックした。
「はい、どうぞ」
返事を受けて扉を開けば、其処には若干疲れた表情を浮かべた目的の人物が机越しに座っていた。
「お疲れ、かね? 仕事は終わったかな。来客があった様だが」
笑みで答える社長に、片目を瞑りながら鞄を軽く上げてみせる。
「シャトーでいいワインを見つけてね。どうかな?」
「あぁ、いいですわね」
ワイングラスを軽く鳴らし、笑みを浮かべ、言葉を交わす。
柔らかい談笑と、時々思い出したかの様に部屋に響くサックスとヴァイオリンの音。
忙しく働く時間をつかの間忘れる様に、ゆったりとした空間が社長室に漂っていた。
●面接参加者へ届いた手紙
『先日は、弊社の社員が手違いで配布したチラシで大変お騒がせ致しました。心よりお詫び申し上げます。残念ながら、現在弊社では該当の募集を行ってはおりませんでしたので、皆様を採用させて頂く事が出来ません。お詫びと致しまして、弊社製のシルバー食器を同梱させて頂きます。重ね重ね、お騒がせした事と来社頂きました事に、お詫びと感謝の言葉を述べさせて頂きます。 S&J社 オレアルティア・グレイ』
END