タイトル:続・メルヘン街道逃走劇マスター:風亜 智疾

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/13 04:28

●オープニング本文


 小さなリス型キメラを5人の能力者が見事撃退してから、半年が経った。
「あれ以来、キメラも出てこないし、これで安心だな」
 ドイツ・ドルンレースヒェンにあるザパブルグ城の管理責任者は、その日もいつも通りに城内の清掃を行っていた。
 埃を払い、床をモップで拭き上げワックスをかける。
 窓ガラスを丁寧に拭いて、朝の掃除は完了だった。

 しかし、彼の日常はここで大きく変わる事になってしまった。

 最後の仕上げとして、集めた塵を袋にまとめ、いざ外へ持ち出そうとした、その時だった。

 ――グルルルル‥‥

 低い唸り声が、城周辺に鬱葱と生えている木々の陰から響いてきた。
 野犬だろうか。
 リス型とはいえ、キメラを退治してもらってもう半年。
 あれ以来、キメラとは無縁の生活を送っていた男は、その時まさかその唸り声の発生源が『それ』であったとは、思ってもいなかった。
 片手に持った箒で追い払おうと、唸り声の響く木陰へと歩み寄った、次の瞬間。

「うわぁあぁぁ!!」

 男の絶叫が、いばら姫の城に響き渡る。
 野犬だと思い込んだその唸り声の主は、思ったそれとは大きくかけ離れていた。
 鋭い牙がテラテラと凶悪に光を放ち、爛々と輝く瞳には理性の欠片も残されてはいない。
 大きな鬣。全てのものをいとも容易く引き裂いてしまえそうな爪。
 ドス‥‥と一歩を踏み出すその音は、それら全てを持ち合わせた主の大きさと重さを物語っている。

「キ‥‥キメ‥‥」

 腰を抜かした事が、彼の人生を更に終わりへと近づけてしまった。
 巨体に似つかわしくないスピードで駆け出したキメラは、次の瞬間男の目の前へとその全貌を現し。

 ――城の管理責任者であった男の人生は、一方的な暴力を前に終止符を打つ事となってしまったのだ。

 事態は急を要した。
 ドイツに駐留していた軍は、別件でザパブルグ城へは向かえない。
 恐ろしさのあまり、周辺の住民達は家から一歩も外へ出歩くことが出来ない状況だという。
 城に立て篭もったキメラが、夜な夜な恐ろしい鳴き声を響かせる。
 このままでは、自分達も男の二の舞になってしまう。
 住民達は縋る思いで能力者へと依頼を出した。
 男の無念を晴らす為に。そして何よりも。
 彼ら自身の生きる明日を、手にする為に。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
佐伽羅 黎紀(ga8601
27歳・♀・AA
淡雪(ga9694
17歳・♀・ST
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
ディッツァー・ライ(gb2224
28歳・♂・AA
イレーヌ・キュヴィエ(gb2882
18歳・♀・ST
ルチア(gb3045
18歳・♀・ST
セシル シルメリア(gb4275
17歳・♀・ST

●リプレイ本文

●御伽噺の勇者達
「知った顔も結構いるな。ひとつよろしく頼む」
「ええ‥‥懐かしいですね」
「あの時の管理人さんが亡くなったなんて‥‥」
 以前、この城で起きたリスキメラ騒動に出動したディッツァー・ライ(gb2224)とシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)、イレーヌ・キュヴィエ(gb2882)は、最新の地図を見ながら呟きあった。
「管理人さんの仕事を手伝っていた方から、戦闘に向いた部屋を聞いてきましたー」
「第一の候補はダンスフロア。第二の候補は接客フロアになりますけど‥‥やっぱり可能な限りダンスフロアがよさそうですねぇ」
 どうやら聞き込みが終了したらしい、佐伽羅 黎紀(ga8601)と淡雪(ga9694)が歩み寄ってくる。
「イレーヌさん、いつもお世話になってます。こうして依頼でご一緒するのは初めてですけどよろしくお願いしますっ」
 緊張気味に頭を下げるルチア(gb3045)に、緊張をほぐす様な笑みを向けるイレーヌ。
「ダンスフロアは2階の端ですか‥‥挟み撃ち、は難しそうですね。やはり追い込んで戦うしかありませんね」
「さながら御伽噺の勇者ご一行、といった所だな。ならば、期待に応えなくてはなるまい」
 不安そうに呟いたセシル シルメリア(gb4275)を励ます様に言ったのは榊兵衛(ga0388)だ。
「城の中から出すのはまずいでしょうから、何とか中で仕留めなければ」
 シンの提案に、全員が頷く。
「なら、とりあえずフロアから遠い地点から出発するとしようか」
 榊が、す、とペンで見取り図にラインを引いていく。
「手筈通り2班に分かれるとして、まず俺達は表側から探索する」
「私とイレーヌさん、榊さん、淡雪さんですね」
 同じくペンを手にしたセシルが、仮に『A班』と名付けた自分達の班名を書き込んだ。
「だったら、俺達は裏から入って探索するか」
「えぇと。それならここに通用口がありますから、そこでどうですか?」
 ディッツァーの言葉を受けて、黎紀がペンで指したのは、表玄関のちょうど裏にある従業員用通用口。
「ええ、そこがいいでしょう。なら、B班の僕、ディッツ、黎紀君、ルチア君はここから、このルートを通ってダンスフロアに向かいます」
 シンがペンで通用口から、通路に沿ってラインを引いていく。
 それを受けて、イレーヌが別の通路をペンでなぞる。
「私達はこのルートを通りますね」
 全員が通る道筋と、キメラと遭遇した時の追い込み場所を確認して。
 2班に分かれて、いざ城内へ探索開始。

●暗闇A班
「うぅ。なんでこう私の参加する依頼って暗いとこ多いのでしょう‥‥?」
 そう言ったセシルは、前を歩く淡雪の服の端を無意識に握っている。
「思った以上に古城とは暗いものだな」
 最前列を歩きながら、榊は苦笑しつつ応えた。
「大丈夫ですよ。ダンスフロアは窓が多くて、外の明かりも入りますから」
 地図を見ながらそう言った淡雪は、セシルが握り締めている服を振りほどこうとはしない。
 最後尾で物音や床を観察しながら歩みを進めているイレーヌが、無線のスイッチを入れた。
「こちらA班。キメラはまだ見つからないね」
 僅かなノイズの後。
 無線の向こうから響いてきたのはB班のシンの声だった。
「B班了解しました。こちらもまだです。もう少し、探索を続けましょう」

●遭遇B班
 暫く捜索を続けるも、1階ではキメラの姿を見つける事は出来なかった。
 細かく連絡を取り合いながら、A班・B班共に2階へと上がる。
「キッチンが使えれば、食材を焼いて匂いでおびき寄せられたんですけど‥‥」
 残念そうに肩を落とした黎紀の前を歩くディッツァーが、低い声で笑う。
「まぁ仕方がないだろう。古城だし、火をおこす所から始めると時間がかかる」
 最後尾で地図を見ながらナビゲートしていたルチアが声を上げた。
「あ、ディッツさん。次の分かれ道を左にお願いします」
「分かった」
 左へと曲がり、暫く歩みを進めた時の事だった。
「ディッツ、ストップ」
 声を上げたのはルチアの前を歩いていたシン。
 全員が足を止めて彼を見やれば、彼は何かに集中する様に眉を寄せていた。
「‥‥ルチア君。ダンスフロアの側にある部屋は何ですか?」
 その言葉に、ルチアは手にした地図へともう一度視線を落とす。
「‥‥控え室になってます」
「そこでしょうね。低い唸り声と、足音が聞こえてきます」
 瞬間走る緊張。他のメンバーも耳を澄まして気配を探る。
「ビンゴだな。俺達が先だったか」
 ディッツァーがどこか嬉しそうに呟き、手にした獅子刀 牙嵐を握り締める。
 同じ様に、黎紀はバックラーを、ルチアはトルネードを固く握った。
 全員が戦闘態勢を整えたのを確認して、シンは無線機へと小さな声で告げるのだった。
「こちらB班。2階ダンスフロア前の控え室にキメラ発見。誘導を開始します」
「A班、了解だよ。すぐに行くから、無理はしないでね」

●獅子に扮したキメラ
 控え室の扉は開け放たれていた。ノブが壊れている所を見ると、おそらく体当たりでもして無理やり開けたのだろう。
 気配を殺して扉から中を見やったディッツァーは既に覚醒している。
「以前はリスを捕まえる任務だったが、今度は随分と大物だな」
「やっぱりライオンか‥‥」
 そのすぐ後ろで待ち構えているのは、こちらも覚醒を済ませた黎紀だ。
「んじゃ、こっちも手筈通りに。まずは俺から行くぜ」
 後衛のシンとルチアが一定の距離を取り、覚醒したのを確認して、ディッツァーは刀を手に控え室へと飛び込む。
 あくまでもおびき寄せる為の一撃は、キメラの顔面を浅く切りつける。
 咆哮をあげるキメラに、ディッツァーは口角を上げて言葉をかけたのだった。
「怒ったか? 俺を喰いたいならついて来いッ!」

●A班合流。ダンス開始
 身を翻して駆け出したシン、ルチアが先にダンスフロアへと駆け込んだ。
 続いて後衛メンバーを守る様に位置取った黎紀、そしてキメラのすぐ前で誘導を続けていたディッツァーが続く。
 ダンスフロアは通路よりも明るく、見通しもいい。天井も高く、装飾品も高所が主の為、実に戦闘向きの場所だと言える。
「B班、戦闘開始」
「A班あと5分!」
 無線でそれだけを連絡して、シンも両手にそれぞれ1丁ずつエネルギーガンを装備した。
「5分、持ち応えるぞ」
 声を上げて3人に残りメンバーの到着予定を告げる。
「それじゃあ、直に到着ですね。今のうちに補助をします」
 ルチアが素早く動き回るキメラを射程に捕らえ練成弱体を使用する。
「さて、顎は丈夫か? 俺は少々噛み応えがあるぞ」
 自身へと注意を引きつける為、ディッツァーが声を上げる。
「行きます」
 流し斬りを使用して脚部へと攻撃を繰り出す黎紀だったが、キメラは大きな体からは想像出来ない素早さで直撃を避ける。
「早過ぎますよ!」
 悲鳴の様なルチアの声に、シンは手にしたエネルギーガンを動き回るキメラへと向けた。
「敵の動きを一瞬だけ止めてみせる‥‥その後は任せた」
 鋭覚狙撃を使用したシンの攻撃が、どうにか脚部を捉えた。
「ディッツ!」
「分かってる!」
 牙嵐を閃かせ、シンの与えたダメージ部分を再度傷つける。
 咆哮するキメラが、痛みと怒りを込めて爪を翻した。
「ディッツさん!」
 ダメージを食らったディッツァーが、瞬間体勢を崩す。
 そこをキメラが見逃すはずもない。
 大きく爪を振りかぶって、再度彼へと攻撃を仕掛けようとしたキメラの、全く意識していなかった場所から。
「させるかっ!」
 声と共にダンスフロアに走りこんできたのは、別行動をしていた残り4人。
 フロアに駆け込む直前に、淡雪が榊へと使用した練成強化。
 攻撃力を増した榊の風天の槍。
 そして更に自身で急所突きを使用し突き出された槍は、振り上げたキメラの腕を深く傷つけた。
 思いもよらない反撃に、キメラが咆哮し素早く距離を取る。
「間に合ったかな」
 傷を負ったディッツァーへと練成治療を使用した治療を行いながら、イレーヌが小さく笑う。
「次はこちらの番ですよ」
 セリアティスを構えたセシルがキメラへと肉薄し、薙ぐ様に武器を一閃させた。
 浅くしか傷をつける事は出来なかったが、深追いは危険だと判断しすぐに距離を取る。
 こうして8人の能力者と1体のキメラは相対した。
 ダンスフロアに響くのは、優雅なワルツではなく、低い唸り声をベースにした戦場のマーチだ。

●高速を射止めよ
「移動が早いなら、鈍らせます」
 携帯品の中からペイント弾を取り出した黎紀が、狙いを外さない様に接近してキメラの顔面へと打ち込んだ。
 流石の高速移動も、眼前での攻撃には対応出来なかったのだろう。
 ペイント弾の直撃を受けたキメラが、鳴き声をあげてそのまま黎紀へと悔し紛れの体当たりを喰らわせる。
 大きい体から繰り出された体当たりに、黎紀の体は大きく崩れた。
 しかし、体当たりを喰らわせた後のキメラは、顔に受けたペイント弾のせいで、確かに動きを鈍らせている。
「サイエンティストの戦い方を、出来る限りやるだけですっ」
 ルチアが前衛のディッツァーへと練成強化を使用した。
「援護頼んだ!」
 キメラへと駆け出すディッツァーの後方で、エネルギーガンを構えたシンが目を細めた。
「まだ終わってないぞ!」
 撃ち込む攻撃が、キメラの腹部へと叩き込まれた。
 体勢を整えようと体を揺らしたキメラへと、先手必勝を使用したディッツァーが牙嵐を翻した。
「懐ががら空きだ!」
 逆サイドから、同じく腹部を切り裂かれ、キメラが咆哮をあげる。
 噛み付こうとキメラの口が開かれたのを確認したシンは、エネルギーガンの照準を口へと合わせた。
「獲物を捕らえたと思った瞬間が、一番無防備な瞬間だ」
 影撃ちを使用した攻撃が、開かれた口の少し上。鼻頭へとダメージを与える。
 ディッツァーのすぐ後ろから姿を現したのは、榊だ。
 もう一度急所突きを使用して、露出した弱点である眼球を狙う。
 しかし、キメラもそう簡単には倒れない。
 腹部、脚部へとダメージを受け、榊の攻撃を掠めながらもそのまま攻撃を繰り出した彼へとスピードをつけて体当たりを喰らわせる。
「くっ!」
 間に合わない回避を諦め、防御を試みるもやはり大型のキメラの体重は重い。
 膝を突くまいとフロアを踏みしめて、攻撃を受けた榊は小さく唸り声をもらした。
「今、ダメージを減らします」
 榊へと練成治療を施す淡雪の後方で、黎紀も自身に活性化を使用して傷を塞いでいく。
「眠り姫のお城で、いつまでもドタバタしちゃ駄目だよ!」
 後衛のイレーヌが、自身の武器ブレーメンを使用してキメラを榊から引き離した。
「これで‥‥!」
 よろめくキメラへと再度肉薄したセシルが、円閃を使用して頭部へと武器を叩き込む。
 頭部 ――正しくは眼球へと吸い込まれたその攻撃は、キメラの絶叫を響かせる事に成功したのだった。

●正しく怒涛
 前衛メンバーは攻撃を喰らいつつも、後衛メンバーの補助によってダメージを回復していく。
 対してキメラは自身の傷を癒せない。
 確実に体力を消耗し、動きが更に鈍ったキメラを、能力者達は見逃さなかった。
「今度こそ外さん!」
 流し斬りを使用した榊が、キメラの脚部目掛けて槍を一閃させる。
 確実に刻まれた傷に、キメラは鳴き声をあげる。
「そろそろ終わらせましょう」
 腹部目掛けて黎紀はソニックブームを使用し、離れた場所から衝撃波を敵へと打ち込んだ。
「さ、おやすみの時間だよ!」
 後衛のイレーヌが、再度ブレーメンを使用して追い討ちをかける。
 同じく後衛の淡雪が、ソニックヴォイス・ブラスターを構えた。
「ちょっときつめの子守唄をあげる。‥‥眠りなさい」
 響く超音波に、三半規管がおかしくなったキメラはとうとう膝を突いた。
「あと少し!」
「援護しますっ」
 飛び出したセシルが、もう片方の瞳目掛けて突きを繰り出し。
 援護する様にルチアが自身の武器であるトルネードを使用して追撃した。
「これで終わりにする!」
 動きが確実に鈍ったその瞬間にあわせて、シンは畳み掛ける様に二連射を連続使用しながらエネルギーガンのトリガーを弾いた。
 絶叫を響かせながらも、最後の力を振り絞って反撃しようとしたキメラへと、止めをさそうと駆け込んだのはディッツァーだ。
「全身全霊 ――飛び込み面ッ!」
 先手必勝を使用しキメラの攻撃より早く動いたディッツァーが、更に紅蓮衝撃を使用して牙嵐をキメラの頭部を、剣道で言うところの面と同じ動作で斬りつける。
 もう、咆哮する事も出来ない。
 頭部を割られ、キメラはその巨体をゆっくりと倒し動かなくなったのだった。

●眠り姫の城に眠るのは
 戦いの後を自主的に片付けた能力者達は、それぞれ思い思いの行動を取っていた。
「シンさん、ディッツさん。久しぶりのドイツですし、皆で一度帰ってみませんか?」
「そういえば、あれから実家に顔出してないな」
「折角ですから、皆さんで僕の実家に寄って、お茶でも飲みませんか?」
 ドイツが故郷のルチア、ディッツァー、シンが話し合って他のメンバーに声をかける。
「うーん、じゃあその前に、街に連絡入れた方がいいかな?」
「そうですねぇ。お城を片付けながら確認しましたけど、もうキメラはいませんでしたし」
「報告までが仕事だろうな」
 イレーヌの言葉に、頷きながら姿を現したのは淡雪と榊だ。
 その更に後ろから、パタパタと足音を立てて駆け寄ってくるのは黎紀だ。
「うーん。やっぱりライオン型だったからでしょうか‥‥キメラの卵はありませんでしたねー‥‥」
 どうやら外も確認してきたらしい、髪に緑の葉がくっついている。
 それをそっと取ったのは、スケッチブックを片手に微笑むセシルだ。
「ふふ、さすがは童話の舞台になったお城ですね。なかなかいい絵が描けました。帰ったら何か作ってみよっと」
 スケッチブックを覗き込んだイレーヌが歓声を上げる。
「それじゃあ、皆で一緒に街に下りて、それからディッツ達の里帰りに行こう」

 眠り姫の舞台となったザパブルグ城。
 起きてしまった悲劇を覆す事は出来なくとも、8人は新たな悲劇が産まれる事を阻止したのだ。
 城に眠るものの喜びを表す様に、暗かった城内には光が差し込んだのだった。

END