タイトル:メイド喫茶に異常あり!マスター:風亜 智疾

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/04 03:02

●オープニング本文


「えー、とりあえず落ち着いてもらえますか?」
「落ち着け!? この状態で落ち着ける人がいるなら連れて来てよっ!!」

 ULT支部に雪崩れ込んで来た(冗談ではなく、本当に雪崩の様だった、とはその時依頼を受けたオペレーター談)まだ若い女性は、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
 女性はフランス、ナントの喫茶店の従業員代表として、今日ばかりは何としてでも依頼を受けてもらわなければならなかったのだ。

「いえ、そう言われましても、何でそんなに怒っているのかが分からないと‥‥」

 オペレーターの言う事も尤もである。
 只管「能力者を派遣しろ」「でも女性は駄目だ」「とにかく能力者を派遣しろ」と言い続ける女性から、一体何が起こっているかなど分かるわけもない。

「だからっ! 最近うちの喫茶店で変な事が立て続けに起きてるの。どう考えても人間じゃないわ。私達でもやれる事はやったけど。でもやっぱりこういうのは専門家の方がいいはずだわ」
「ですから、変な事、というのが具体的でないと依頼書の作成も出来ないんですよ」

 悲鳴の様なオペレーターの声に、女性は形のいい眉をますます跳ね上げた。

「変な事を具体的にですって? えぇいいわ。言ってあげる。具体的にね」

 すぅ、と息を吸い込んで。
 女性は依頼受け付けのフロア全域に、最高最大声量で叫んだのだった。

「うちの喫茶店に務めてる従業員の下着が盗まれるのよ! いつもいつも、女性のばっかり!!」

 ULTまでわざわざ乗り込んできた、勇ましい女性の服装は。

 所謂、メイド服と呼ばれる代物であった。

●参加者一覧

神無月 翡翠(ga0238
25歳・♂・ST
ヒカル・マーブル(ga4625
20歳・♀・BM
Anbar(ga9009
17歳・♂・EP
白虎(ga9191
10歳・♂・BM
紅月・焔(gb1386
27歳・♂・ER
七海真(gb2668
15歳・♂・DG
青海 流真(gb3715
20歳・♂・DG
ティム・ウェンライト(gb4274
18歳・♂・GD

●リプレイ本文

●最大の敵は‥‥
 男達は、今回のミッションで最大の敵と対峙していた。
 眼光鋭く見やるその敵は、沈黙を保ったまま群れを成している。
 無言の男達と、無言の敵。
 時間だけが無情に過ぎていく、その中で。
「まだ着替え終わっていらっしゃらなかったんですね。やはり着方が分かり辛かったでしょうか」
 ひょこりと顔を覗かせたのは、今回唯一の女性参加者、ヒカル・マーブル(ga4625)だ。
 男達の眼前に群れる敵と、男達を交互に見やって小さく苦笑してしまう彼女に、男達は大きく溜息を落とした。
 眼前の敵の名は『メイド服』。そして彼らは、今回のミッションのある意味犠牲者といえる能力者(男性)だったのだ。

 ヒカルの手ほどきを受けながら、Anbar(ga9009)と神無月 翡翠(ga0238)、そして七海真(gb2668)は何とかメイド服を着込む事に成功した。
「俺が幾ら女顔だからと言って、まさかこんなものを着るハメになろうとはな。幾ら仕事とはいえ、正直勘弁して貰いたいところだぜ」
「俺には似合わないと思うぞ‥‥兄貴の方が、得意なんだよな〜女装は」
 そう呟きながら、Anbarは後ろ髪を短く三つ編みにし、翡翠は店に置かれていたメイクセットでうっすらと化粧を始める。
「あぁ、そうだよ。サインをする場所を間違えたのはこの俺だよ。くそ、何度似た様な事やれば気が済むんだ俺は‥‥」
 ぶつぶつと、不機嫌マックスで何故か置かれていたカツラ(黒のロングウェーブ)を装着し、自分のミス(依頼書の見間違え、サイン箇所間違いでこの依頼に居る事)を悔やむ真を見て、苦笑しながら胸パットを入れているのはティム・ウェンライト(gb4274)だ。
「まぁ、引き受けた以上は頑張りましょう。接客も、キメラ退治も」
「張り切ってお客さんを萌えさせるにゃー♪」
 その後ろで、可愛らしくメイド服を着こなした白虎(ga9191)の片手には、何故か巨大ぴこぴこハンマーが装備されていた。
「ボク、男の子だから似合わないと思うんだけど‥‥」
 青海 流真(gb3715)も、渋々ながらメイド服を着こなしている。
 そんな中。メイド服を着込んで何かを呟いている男がひとり。
「‥‥成る程、下着を‥‥許せんな」
 紅月・焔(gb1386)の呟きは、そこまでは正常であったといえるだろう。
 しかし、問題は続いた言葉だ。
「‥‥先を越されるとは‥‥」
 その一言に、しん、っと静まる一同。
 無言のまま、白虎は(若干どす黒く)笑いながら、手にしたぴこハンを振りかぶった。
「てんちゅー!」
 ぴこんっ! と可愛らしい音とは正反対に、ドカンと顔を床に叩きつけられる焔を、他の全員が白い目で見ていた。

 全員が着替え終わったところで今回の作戦をおさらいだ。
「通気口は1ヶ所。配水管の通り道は店長に聞き終わってる。接客しながら『探査の眼』でその辺りを注意深く見る事にするか」
 Anbarの言葉に、白虎は元気よく手を挙げる。
「僕は一通りお客さんを萌えさせたら、ロッカーに入って待ち伏せするにゃー」
「ボクと七海さんは外で呼び込みをしながら、万が一外に逃走された時に備えるね」
「‥‥こうなったら、他の奴に俺だって分からねぇ位別人になってやるぜ」
 溜息交じりの真が、カツラを緩く纏めながら呟いた。
「残りのメンバーはフロアで接客しながら、索敵、だな」
「白虎さんがロッカーに隠れられたら、俺はその扉を閉めて、従妹の部屋からこっそり持ってきたコレを、囮に置いておきますよ」
 ティムと翡翠の言葉に、全員が頷いたその後に、にっこり笑いながらヒカルは「それでは」と口を開いた。
「接客の第一段階のおさらいをしましょう。お客様がいらっしゃたら、全員で声を揃えて『おかえりなさいませ、ご主人様』ですよ?」
 またも凍りつく男性陣。
 そりゃそうだ。女装した上に、何が悲しくて営業スマイル(メイド服)で男相手にそんな事を言わねばならんのか。
 いや、それが依頼なのは分かる。だが、何というか‥‥。
 正直言って、小っ恥ずかしいのだ。
「さぁ! 恥ずかしい気持ちも分かりますが、このお店の挨拶ですからね。皆様、ご一緒に」
 せーの!

「お、おかえりなさいませ、ご主人様‥‥」

 8人いるはずなのに、何故か声は8人分には程遠い、小さなものだった。

●オープン!
 本日も喫茶店『Mon cheri』は大盛況だ。
「いらっしゃいませ〜。メイド喫茶『Mon cheri』は、本日もご主人様のお帰りをお待ちしておりま〜す」
 道行く人達(男性のみ)にチラシを配りながら、真はにっこりと愛想よく笑う。
「ご主人様〜。お帰りはどうぞ『Mon cheri』へ〜」
 同じくチラシを配っていた流真は、時々窓から中の様子を確認している。
「おっ! 新しいメイドさんが入ったんだ〜。うんうん。いいねぇ〜」
 数人の男性が、鼻の下を伸ばしながらじーっと2人を見つめる。
「は、はいー。今日は特別イベントが開催予定ですので、メイドも沢山ご主人様をお待ちしているんです」
「そ、そうそう! そうなんですご主人様〜」
 冷や汗を必死に隠しながらも、真と流真は笑顔のまま頷いた。
「是非、お帰りは『Mon cheri』へ!」
「ふむ。清楚系に萌え系。綺麗系にお姉様系かぁ〜。いいねぇ〜」
 若干顔を引き攣らせながらも、客商売と依頼だと割り切って頑張る2人。
 どんどん集まってくるお客に、流真も真も、フロアメンバーへと心の中で合掌を送ったのだった。

「お帰りなさいませ、ご主人様〜♪」
 出迎えた白虎を見て、入ってきたお客はでれっと表情を崩した。
「可愛いねぇ。いいねぇ、萌えだねぇ〜」
「お席にご案内しますにゃ、ご主人様♪」
 どうやら白虎は、ノリノリの様である。
 同じく崩壊した表情のお客を案内しながら、白虎は内心ぺロリと舌を出していたり。
 うん。ハートはがっちり掴んだにゃ。
 そんな事を思いながら。

「ご注文はお決まりになりましたか、ご主人様?」
 お客に呼ばれたヒカルが、笑顔でテーブルへと向かう。
 そんな彼女に、でれっとした笑みを浮かべたお客が口を開いた。
「『もえもえカプチーノ』と『メイドお手製オムライス』を、お姉さんとセットで!」
 お客の言葉に、笑みを浮かべたままヒカルはズバッと一言言い放つ。
「はい、『もえもえカプチーノ』と『メイド特製オムライス』ですね。かしこまりましたご主人様」
 お姉さんとセット、の部分は完全スルーの本職メイドであった。

 出来上がったものをテーブルに運ぶ役の翡翠は、サンドウィッチとアイスティをトレイに乗せてお客の待つテーブルへと歩みを進めた。
「‥‥お待たせ致しました、ご主人様」
 あまり口を開くとボロが出てしまう。
 なるべく無口に、しかし接客の基本である笑顔を忘れずに、翡翠は付け焼刃ながらも器用にテーブルセッティングを行っていく。
 そんな様子を見ていたお客が、やや興奮気味に身を乗り出してきた。
「ねぇねぇ、写真撮影はいくら?」
 ぴしり、と固まりそうになりながらも、翡翠は必死に叩き込んだメニュー内容を思い出す。
「えー‥‥新人メイドは、写真撮影のメニューには入らないんです。申し訳ありません、ご主人様」
 何とか言い訳をして回避しようとする翡翠に、お客は残念そうに視線を送るのだった。

「お待たせ致しました、ご主人様。ケチャップにハートを描いてもよろしいですか〜?」
 メイド喫茶お決まりの、メイドによるサービス(とはいっても、金額には含まれているので、サービスとも言い切れないが)である『ケチャップにお絵かき』の発言を、恥ずかしさを堪えて告げたティムに、お客はでれでれと表情を崩している。
「うんうん。もちろんだよ〜。おっきく頼むね〜」
「は、はーい」
 このお客、完全に下心見え見えである。
 それでも与えられた仕事をこなすべく、ティムは笑顔で『これでもか!』といわんばかりに大きなハートをケチャップで描いた。
「私から、ご主人様への愛情を込めさせて頂きました〜」
 これもまた、お決まりの台詞である。

 出来上がったコーヒーを、お客の下へと運ぶべく、トレイを手にした焔。
 そんな背後で、白虎がにんまり笑っていた。
「お待たせしました、ご主人様。ご注文のアイスコーヒーです」
 にっこり笑顔の焔に、お客はニコニコ受け取って、焔が目の前で差したハート型のストローに口をつけた。
 次の瞬間。
「ぶはっ!?」
 突然飲み物を噴出したお客が、テーブルに突っ伏した。
「ど、どうかされましたかご主人様!?」
 慌ててナプキンを取り出した焔に、お客はプルプル震えながらアイスコーヒーを指差した。
「これ、アイスコーヒーじゃない‥‥なんだコレ!?」
 飲む様に促されて、焔は仕方なくそれを口に含んだ。
 瞬間。
「ぶっ‥‥!? コレ、めんつゆじゃね‥‥」
 噴出し、つい本音で口走りそうになった焔へと、素早く駆け寄った白虎がぴこハンを構えると、思い切りぴこん、と叩いた。
「やだにゃ〜焔ちゃんっ! そんな間違いするなんて〜。ごめんなさぁい、ご主人様〜」
 にっこり笑顔で告げた白虎のフォローで、お客はどうにか怒りを静めたものの。
 焔は裏で、店長からみっちりお説教を喰らうハメになったのだった。

「いってらっしゃいませ、ご主人様」
 担当していたお客をさばいて、Anbarはそっと視線を店内に巡らせた。
 既に覚醒し、探査の眼は発動中だ。
 そのままめんつゆを噴出したお客のフォローをしていた白虎と、ケチャップでお絵かきを完了させていたティムを、ちょいちょいと手招きする。
 呼ばれるままAnbarに近付いてきた2人と更衣室付近まで下がり、声を潜めた。
「通気口の付近。恐らく犯人だろうな、近付いてきてるぞ」
 その言葉に、白虎とティムは表情を引き締めた。
「隠れる前に、ネズミ捕りでも仕掛けておこうかにゃー」
「相手がキメラだから、効果があるかどうかは分かりませんけど、設置するだけしてみましょうか」
 そっと更衣室の扉を開き、大き目のロッカーを見繕うと、白虎はその付近にネズミ捕りを置いていく。
 白虎が隠れるロッカーのすぐ隣にあるロッカーを一度開いて、ティムは持参した女性用下着をちょっと見える様に置いて、扉を閉めた。
「他の奴等にも伝えてくるぜ。後は頼んだ」
 頷いた2人に手を振って、Anbarは更衣室から出て行った。

●イベント開催?
 キメラが現れるかもしれない、というAnbarの言葉に、能力者(但し、全員メイド)に緊張が走る。
 全員が覚醒し、胸パットを入れていたメンバーはそそくさとそれを取り外した。
「とにかく、こっちは室外に逃げられた時の為に、外で待機しておく」
「万が一、フロアまで出て来た時は、店長さんにも許可を貰ってるし、イベントって事でお客さんには説明をお願いしますね」
 真と流真の言葉に、フロア担当メンバーは頷いた。
「フロアは従業員の方々にお任せして、私達は更衣室へ向かいましょう」
「可能な限り、更衣室内で仕留めた方がいいだろうしな」
 ヒカルや翡翠といった、新人メイドがキッチン近くで顔を突き合わせて会話をしているその光景は、恐らく傍から見たら異常だろう。
 とはいえ、実際に異常が起こっているのだ。この際メイドのミーティングには目を瞑って頂く事とする。
 各々がキッチン脇に置いておいた武器を手にしたところで、更衣室から。
「逃がさないにゃー!」
 白虎の叫び声が、店中に響き渡ったのだった。
 ‥‥これは流石に、目を瞑る事は出来ないだろう。

 ネズミ捕りに引っかかってはくれなかったのだろう。
 更衣室は、巨大なもぐら叩き場と化していた。
「すばしっこいにゃー!」
 100tハンマーを振り回し、敵であろう小さなネズミキメラを追い掛け回している白虎を見て、集まった全員は小さく溜息をついた。
「やっぱキメラか‥‥」
「ちゃっかり囮の下着、口に銜えてやがる」
 翡翠とAnbarは口々にそう言いながら、自身の武器を握り締める。
「一つ! 美女の世下着を荒らし‥‥二つ! 不埒なセクハラ行為‥‥三つ! 退治してくれよう‥‥煩悩侍!」
「何の口真似かは知らないけど、退治されるキメラより表情がおかしいわよ、紅月さん」
 焔の決め台詞を、逆にすっぱり切り捨てたのはティムだ。
 盾を手に、同じくキメラを叩き潰すべく更衣室へと乗り込んでいく。
「素早いみたいですね。サポート致します」
 同じく乗り込んだ翡翠も、キメラを叩き潰さんとしているメンバーの支援を始めるが、それでもキメラはすばしっこく逃げ回る。
 もちろん、下着は銜えたままで。
「だから、何で下着を銜えたままなんだよ‥‥」
 若干呆れつつ、Anbarが後方から射撃を開始する。
 100tハンマーに蛍火、S−01にエンジェルシールド、カプロイアM2007にエネルギーガン。
 全員が必死に追い掛け回す。キメラも必死に逃げ回る。
 そして、最悪の事態が訪れた。

 キメラが、フロアへと逃げ出したのだ。

「はーい、ただいまイベント『メイドとネズミの追いかけっこ』開催中です!」
 やけっぱちになりながら、ティムが声をあげる。
 メイド服を着込み、さっきまであった筈の胸パットを外したせいで胸がなくなり、その上各々武器を持った6人が、笑顔で小さなネズミを追いかけている。
 当然お客は驚くが、メイドの『イベント』発言を受けて端っこに寄って声援を送りはじめた。
「フロアまで出てきちゃったんですか」
「仕方ねぇな」
 その声と同時に、外に居た真と流真も、各々武器を手にフロアへと駆け込んでくる。
「声援よろしくにゃっ!」
 言いながら、真っ先にハンマーを振り回す白虎が、お客に向かってウィンクをひとつ。
 こんな時でもお客の心を掴むべく、萌え要素は忘れない。
 とにかく追い掛け回す。武器を振り下ろす。乱射しない様に心掛けつつ射撃する。と、8人のメイドは大奮闘だ。
 傍から見ていれば『可愛いメイドが戦闘!』なんて正しく萌える一品だが、残念ながら追いかけているネズミの口には『女性物下着』が。
 一部のお客から、そこに関して声援が上がったのはこの際無視だ。
「追い詰めましたよっ!」
 ティムの盾と壁の間に挟まれたキメラを確認すると、メイドメンバーはその周囲を取り囲んだ。
 逃げられない様に、じりじりと間合いを詰めていく。
「これでおしまいにゃー!」
 振り下ろされる100tハンマー。
 ぷちっ、と何かが(あえてはっきりとは言わないが)潰れる音と。
「何も下着まで潰さなくても‥‥!」
 焔の的外れな絶叫が、フロアに響いたのだった。

●後日談
 ある日の事、フランスのとある小さな喫茶店『Mon cheri』は、開店以来最高額の売り上げをたたき出した。
 何でもその日は『特別イベント』があったらしく、ハンマーや盾、銃や刀を勇ましく振り回しながらも、笑顔で接客する『戦うメイド』が存在していたらしいが。
 残念ながら、その日以降『特別イベント』も『戦うメイド』の姿も見る事は出来なかったそうだ。

END