●リプレイ本文
●午前の部いらっしゃい!
「皆様、S&J社主催の懇親パーティへようこそ。どうぞ、心置きなくお楽しみ下さいね。ドリンクはお持ちになりましたか? それでは、乾杯!」
主催者であるオレアルティア・グレイの開会宣言の後、パーティ午前の部は賑やかさを増した。
「ママのかわりに、みなさまの『ホスト』をさせていただきます、オレガノ・グレイです。よろしくおねがいします、なの!」
ペコリ、と頭を下げた小さな午前の部ホスト ――オレガノ・グレイは手にしたメモを一生懸命読み上げる。
お嬢様の今回のお召し物は、淡い水色のロリータワンピースに、猫耳帽子だ。
「可愛らしいホストさんですね」
「ほんと、小さいのにしっかりしてるわね」
微笑みながらオレガノに声をかけたのは、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)と百地・悠季(
ga8270)。
初対面のお姉さんを相手に、お嬢様少し恥ずかしそうです。
「んっと‥‥」
モジモジと手足を動かしているオレガノに視線を合わせる様、屈みこんだハンナと悠季が、くすりと笑った。
「オーレそっくりね。可愛いわ」
言いながら、帽子越しに頭を撫でる悠季に、益々照れてしまうオレガノ。
そんな2人を微笑ましく見ていたハンナは、側にあったクッキーをそっと小さなホストへと差し出した。
「はい、どうぞオレガノさん」
「ありがとうございます、なの」
はにかみながら受け取って、小さな頭をこてりと下げたオレガノに、ハンナは問いかける。
「オレガノさんは、いつも何をして遊んでいるのですか?」
「んっと‥‥がっこうのおともだちといっしょに、おいかけっこしたり、ティッシとにらめっこしたり、ママにえほんをよんでもらったりするの」
「ティッシ‥‥。あぁ、うさぎさんですね。今日はお留守番ですか?」
「うん!」
「オレガノさんはうさぎさんもお友達も、お母さんも大好きなんですね」
「うんっ! ママみたいな、すてきなレディになるのっ!」
「‥‥そう。お母さんの様な、素敵なレディに‥‥」
そんなやり取りをしていると、手に新しいソーダ水と一口サイズのピザを3人分持った悠季が戻ってきた。
「さすがはオーレね。手が汚れない様に工夫してるわ。はい、どうぞ」
差し出されたピザとソーダ水に目を輝かせて、オレガノはいつもの調子を取り戻したのか、それとも2人の優しい雰囲気に溶け込んだのか、にっこり笑ったのだった。
「ハンナねえさま、悠季ねえさま、ありがとうございます、なの〜!」
ポテポテ。お嬢様は会場内を歩き回る。
「あ! 冥華ちゃん! おきがえ、おわった?」
遅れて会場に入ってきたのは、舞 冥華(
gb4521)だ。
どうやら、事前にオレガノのママに頼んで、お嬢様と同じ水色のロリータワンピースと猫耳帽子を着せてもらっていた様子。
「ん、おれがのといっしょ。これで、でゅおができるの」
「デュオ?」
お友達なちびっ子2人は、目の前に並んだあまーいケーキを其々口に運びながらお話を続けている。
「冥華あいどるだから、まねーじゃーにきいた。2人でいっしょにうたうのは、でゅおっていうんだって」
「おうた! よーせいとかシンデレラとかね!」
盛り上がっている所申し訳ありませんが、そのお歌は駄目です。色々と大人の事情がありますからね。
何処からともなく聞こえてきた声に、ぷぅと不貞腐れるお嬢様。
「なら、べつのおうたをうたえばいい?」
はい冥華ちゃん、正解です!
またも何処からか響く声に、2人はあーでもないこーでもないと、ケーキを次々に口へと運びながら話し合う。
「それじゃあ、いっしょにうたおう」
「うんっ!」
ケーキを口へと運び終わったちびっ子2人は、簡易ステージへと上がっていく。
何だろう、と周囲が2人に視線を向けた所で、にっこり笑顔の即興デュオはふりふり踊りながら歌い始めた。
歌い始めた歌は、冥華が所属しているアイドルグループの名曲。
周囲は微笑ましそうにそんな2人を眺め、拍手を送ったのだった。
ぽてぽて、またもお嬢様は会場内を歩き回る。
と、そんなオレガノを見つけたユーリ・クルック(
gb0255)は、持参していたうさぎのぬいぐるみを片手に声をかけた。
「初めまして、俺はユーリ・クルックって言うんだ。よろしく」
腰を屈めて、同じ目線になったユーリに、少し恥ずかしげにしながらオレガノはぺこりと頭を下げた。
「んっと。オレガノ・グレイです。よろしくおねがいします、なの」
どうやら最近、お嬢様は人見知りし始めた様ですね。
照れ臭そうに笑うオレガノに、優しく笑いながらユーリはぬいぐるみを側においた。
「オレガノちゃん、俺、手品を覚えてきたんだ」
「マジック!? すごいのね〜」
尊敬の眼差しを受けながら、ユーリはコインとハンカチを使ったマジックを披露する。
不思議な手品に、お嬢様は目を丸くしたり興奮してはしゃいだりと大忙しだ。
一通り終わったのか、ユーリはコインとハンカチを仕舞ってオレガノへと声をかける。
「どう? 楽しかった?」
「うんっ! ユーリにいさま、すごーいっ!」
「じゃあ、次会うときまでに新しいの覚えておくよ」
「やくそくね!」
ゆびきりして、約束したユーリが思い出した様に側に置いていたぬいぐるみを手に取ってオレガノへと差し出した。
「あ、そだ。うさぎが好きだって聞いたから、これ持ってきたんだけどどうかな?」
可愛いうさぎのぬいぐるみを受け取って、オレガノは嬉しそうに笑う。
「気に入ってくれたならプレゼントするよ」
「ほんと? ありがとうなの〜!」
ぎゅうっとうさぎのぬいぐるみを抱きしめたオレガノに、ユーリはポケットに入れていた1通の手紙を取り出した。
「その代わり、と言っては何だけど‥‥この手紙、オレアルティアさんに渡してくれないかな?」
「ママに?」
こてりと首を傾げたオレガノに、少し苦笑しながら頷くユーリ。
手紙とユーリを交互に見た後、オレガノは満面の笑みで頷いたのだった。
「うんっ! ママにわたせばいいのね? わかったの」
意外とユーリ君、抜け目がありませんね‥‥。
ぽてぽて、うさぎのぬいぐるみを抱いた猫耳帽子のお嬢様は会場内を歩き回る。
と、どうやらお嬢様は高いテーブルの上に置かれた、美味しそうなクラッカーを食べたくなったのだろう、一生懸命つま先立ちをしてプルプル震えながら手を伸ばしていた。
「はい。これでいいですか?」
ひょい、とお嬢様の目の前にクラッカーを取って差し出したのは佐藤 潤(
gb5555)だ。
今日は1日ここで過ごす予定だった潤は、会場で様々なものを少しずつ食べながら様子を見ていた。
そこに、プルプル震えたお嬢様を見かけたので、声をかけたのだった。
「ありがとうございます、なの」
「どういたしまして」
恥ずかしそうに笑うオレガノに、潤は笑う。
「佐藤潤といいます。どうぞよろしく、オレガノさん」
「んっと。よろしくおねがいします、なの。潤にいさま」
お嬢様、やはり本格的に人見知り開始でしょうか?
「他に何か食べたいものがあれば、取ってきましょうか?」
その言葉に、オレガノはやっとにぱっと笑ってみせた。
「潤にいさま、しんしなのね!」
オレガノのお願いの通りに色々なものを取り分けてくれる潤へと、お嬢様は目を輝かせてそう言ったのだった。
午前の部はとても柔らかな雰囲気で進んだ。
オレガノと冥華は何度かステージ上で歌って踊り。
ハンナはママ大好きなオレガノの話を楽しげに聞き。
悠季はそんなオレガノの頭を撫でて照れさせたり。
潤は身長の低いオレガノと冥華の為に料理を取り分けたり。
ユーリはオレガノにせがまれるまま、もう一度手品をしてみせたり。
全員が、思い思いの時間を過ごしたのだった。
やがて、午前の部の終了時間がやって来た。
閉会宣言の為に会場に現れたオレアルティアは、微笑を浮かべたまま会場に集まったメンバーに向かって口を開く。
「名残惜しいですが、午前の部の終了時刻となりました。皆様、本日は誠に有難う御座いました。お帰りの方は、会場出口におります担当者へお申し付け下さい。安全に迅速に、ご希望の場所までお連れ致します」
オレアルティアの午前の部閉会宣言の後、各々は小さな午前の部ホスト、オレガノへと声をかけていく。
「それじゃあ、オーレによろしくね。レディの特訓、頑張って」
頭を撫で、微笑みながらそう言うのは悠季。
「ん。きょうはたのしかった。またあそぼう、おれがの」
お土産にケーキを貰った冥華。
「それじゃあ、またね。次に会う時までに、絶対新しい手品を覚えておくから」
手紙をよろしくね、と笑うユーリ。
そうして、午前の部参加者は、会場を後にしたのだった。
さぁ、午後の部は一体どんな展開をみせるのでしょうか?
●午後の部いらっしゃい!
午前の部と同じく、最初の開催宣言はオレアルティアが行った。
但し、乾杯の音頭を取った後、残念ながら彼女は仕事へと戻ってしまったが。
「‥‥とりあえず、僕が午後の部のホスト、ヴォルフガンク。よろしく」
軽く頭を下げた小柄なサイエンティストの本日のお召し物は。
――何故か、メイド服だった。
いくら童顔で女顔だからといって、どうしてそういう結論というか結果に至ったのかは、楽しい事好きの社長と、特別手当&有給休暇に飛びついた本人のみぞ知る。である。
「‥‥ん。食べ放題の。匂いがしたので。私参上」
しかし、午後の部へと参加している者達も、ヴォルフガンク以上に個性的であると言えよう。
「‥‥ん。先ずは。端から順に。制覇して行こうかな」
そう言ってまるでスキルでも使用しているかの様な素早さで立食テーブルの端から1品ずつ制覇していくのは最上 憐(
gb0002)だ。
小さな体の、一体何処に入るのか。
「‥‥ん。カレーの匂い。あっちだ」
見ているこっちが、お腹いっぱいになりそうです‥‥。
そんな彼女を見ていたヴォルフガンクが、自分も何か食べようかと側にあったフィレ肉へと手を伸ばしたが。
物凄い勢いできゅうりが入った品以外を口に運ぶ憐の様子に、小さく溜息を吐いてきゅうりが入ったポテトサラダへと伸ばす先を変更したのだった。
てくてくと、面倒臭そうに小柄なサイエンティスト(今回はメイド服)は会場内を歩き回る。
そんなヴォルフガンクを見つけたのは、以前依頼で知り合った周太郎(
gb5584)とフィルト=リンク(
gb5706)だ。
何処となく、同情する様な視線をヴォルフガンクへと向けながら、周太郎は軽く手を挙げて彼を呼び止める。
「やあ、ヴォルフ。この間は有り難‥‥フィルト、ストップ!」
挨拶の途中、自分の横をすり抜けていったフィルトへと制止の声をかけるも、時既に遅し。
「こんにちはヴォルフさん。先日のグロリアのテストではどうもお世話になりました」
自分よりも小さいヴォルフガンクを抱きしめて、フィルトは満足そうに微笑んだ。
「‥‥うん。先日ぶり、周太郎にフィルト」
されるがままのヴォルフガンクを見ていたたまれなくなったのか、周太郎は必死に彼からフィルトを引き剥がす。
残念そうに離れてしまったヴォルフガンクを見ながらも、フィルトはそういえば、と持参していた件の『グロリア改』を取り出した。
「頂いたグロリア改、早速使わせて頂いています。やはり、命中率が良い為、私のように不慣れでも安心して使えるのが良いですね」
「データは無事に採れたか?」
会話の主はやはり、先日彼らが出会った時の依頼に使用された銃。
「うん。きみ達が色々な試射をしてくれたから、いいデータが採れたよ」
こくりと頷くヴォルフガンクを見て、周太郎もフィルトも満足そうだ。
「データ収集も好きだろうけど、他にはどんな趣味があるんだ?」
「趣味‥‥機械をバラして、自己流に改造するのとか」
因みに、ヴォルフガンクの手によってバラされた機械は、絶対に元通りのものにはなりませんので要注意です。
「次に開発するものなどは、決まっているのですか?」
フィルトの問いに、ヴォルフガンクはこくりと頷いた。
「ん。今はまだ、テスト段階にもなってないけどね」
「何だか気になる話題ですね」
そこに加わったのは、午前の部に引き続き午後の部にも参加している潤だ。
「自分も、SES搭載のリボルバー銃を開発していると、こちらへ来る直前に知ったので、興味があるんです」
言いながらも、全員の手にソーダ水を配る事を忘れない。
「グロリアの開発状況はどれ位進んでいるんですか?」
潤の問い掛けに、ヴォルフガンクはふむ、と一瞬だけ視線を宙に逸らして。
「80%ってところ。銃自体の性能は今の段階だとこれ以上には引き上げ辛いから、後は何処を削って、少しでも改良するかが問題」
「なら、グロリアはほぼ完成形に近いものになっているのですね」
言いながら、少しずつヴォルフガンクとの距離を詰めていくフィルト。
「けど、あまり根を詰め過ぎるなよ? きちんと休まないと体が‥‥ってフィルトまたか!」
周太郎が労いの言葉をかけている最中、またもヴォルフガンクを抱きしめたフィルトは、微笑みながらいつの間に持って来たのか、片手にクラッペを持っていた。
「はい、ヴォルフさん。どうぞ」
そのまま口元へと運ばれて、すんなりとそれを食べたヴォルフガンクは、ある意味大物と言えるかもしれない。
「って、こらヴォルフも素直に餌付けされるんじゃない!」
周太郎が慌てて引き剥がそうとするも、フィルトはそう簡単に小さなサイエンティスト(しつこいが、本日はメイド服着用)を離そうとしない。
今ここに、摩訶不思議な三角関係が出来てしまったり‥‥はしていないのでご安心を。
どうにかフィルトからヴォルフガンクを引き剥がす事に成功した周太郎へと(正確には、周太郎の後ろに隠されたヴォルフガンクへと)再度近付こうとするフィルト。
それを苦笑しながら眺める潤。
そして、摩訶不思議な四角関係‥‥にはやはりならないが。
隠すだけではどうしようもない、と判断した周太郎は、くるりとヴォルフガンクへと向き直って。
「ごめんヴォルフ少しの間我慢してくれ‥‥!」
ひょい、と小柄なホスト(メイド服着用)を抱き上げた。
所謂、お姫様抱っこで。
その体勢のまま、この場を逃げ出そうとした周太郎の背後に、一瞬どす黒いオーラが漂う。
「‥‥逃がしませんよ?」
ふふ。と小さく声を上げて笑ったフィルトの手には、先ほどまで話題の中心にあったグロリア改。
「ま、待てフィルト! パーティ会場で誤射は駄目だっ!」
「だったらヴォルフさんを降ろして下さい。そして私に引き渡して下さい」
メイド(服を着た童顔の男)を抱えた周太郎と、その後を追いかけるフィルト。
周太郎の腕の中で、抱き上げられた事に多少なりとも嫌そうな顔をしているだろうと思われたヴォルフガンクだったが。
「って! ヴォルフも何寝そうになってるんだー!?」
どうやらヴォルフガンク、またも徹夜していた様である。
てくてくと、面倒臭そうに小柄なサイエンティストは、またも会場内を歩き回る。
どうやら解放されたらしい。
そんなヴォルフガンクの視界に、再び入ったのは憐だ。
「‥‥ん。うぉーみんぐあっぷは。終わり。本気で行く」
先ほどまでも結構な量を口にしていたというのに、まだ更に食べる気だろうか。
ほんの少し、ヴォルフガンクの興味は彼女へと向けられた。
物凄い勢いで様々な料理を食べている憐へと歩み寄って、彼は新しい皿を手に珍しく自分から声をかける。
「‥‥どれがいるの?」
声をかけられた憐は、一瞬だけ視線をヴォルフガンクへと向けた後、テーブルの上に並べられた様々な料理を指差す。
「‥‥ん。これと。それと。あれを。おかわり。大盛りで」
言われた通りのものを、新しい皿に次々と取り分けて差し出せば、憐は一言。
「‥‥ん。ありがと」
感謝の礼を述べた後、やはり物凄い勢いで口に運び始めた。
一体全体どこに入るのか。ヴォルフガンクの興味はただそこにだけ注がれている。
「ねえ。さっきから色々食べてるけど、何できゅうりは食べないの」
その言葉に、初めて憐はぴたりと動きを止めた。
「‥‥ん。きゅうりはダメ。全力でダメ。本気で危険。凄く。危険」
ふるふると首を振って拒否を示す憐に、ふぅん、とヴォルフガンクは言葉を返す。
「まぁいいや。好きなだけ食べてよ」
漸く食事の続きを始めた憐を、ぼんやりと眺めてから、ヴォルフガンクは彼女の側を離れる。
きゅうりを食べると一体どうなってしまうのか、凄く興味があります‥‥。
午後の部は、とても個性的な雰囲気で進められた。
周太郎とヴォルフガンクは、其々趣味の会話を交わし。
フィルトはヴォルフガンクを見つければ抱きつくか撫でようと試み。
憐は時々ふらりと近寄ってくるヴォルフガンクに食事を取り分けてもらい。
潤は終了直前にヴォルフガンクへと「食事の持ち帰りはOKか」を尋ね、許可をもらった途端、嬉々として持参したタッパへと残った料理を詰め込み。
各々、楽しい時間を過ごしたのだった。
午前の部と同じく、閉会宣言にはオレアルティアが現れた。
彼女の閉会宣言の後、帰宅しようとしていた憐に、ヴォルフガンクは小さな箱を手渡した。
「ケーキが入ってるから、振り回さないようにね」
こくりと頷いて、憐は貰った箱を両手に大切そうに抱えて会場を後にしたのだった。
次は最終、深夜の部。一体どんな展開が待ち構えているのでしょうか?
●深夜の部いらっしゃい!
開催宣言はオレアルティア。
午前の部、午後の部に比べて、会場の雰囲気は少し変更されていた。
少し明かりの落とされた会場に、立食スペースとは別個に設置された簡易カウンター。
中央は広めに取られ、クラシック音楽がBGMという、アルコールにうってつけの雰囲気だ。
さて、そんな中。妙な動きを見せる影がひとつ。
「油断するな、慢心するなよ希明。外敵なんてない、戦う相手は自分自身。例え相手が素人でも、全力を尽くして獲物を狩る。それが私の正義」
まるでスキルでも使っているかの様に素早い動きで、日本酒の瓶が置かれたテーブルへと近寄っていく。
緊張の面持ちで、そっと、しかし迅速な動きで瓶を手にし。
「任務完りょ‥‥おりょ?」
瓶にしては柔らかすぎる感覚に、首を傾げて顔を上げる。
と、そこにいたのは‥‥
「あらまぁ。伊佐美様? 一体何を手にされようとしていたのですか?」
にっこり微笑んだ、オレアルティアがいた。
「‥‥テヘ☆」
「可愛らしく申されましても駄目でしてよ? 変装なさっていても、私にはお見通しです」
変装して深夜の部へと進入したその人物は、伊佐美 希明(
ga0214)だった。
こほん、と咳払いをひとつして気を取り直した希明は、持参した日本酒をオレアルティアへと差し出した。
「とりあえず、こいつは手土産だ。いくらタダと言われても、手土産無しで来るほど礼節に欠いちゃいねぇさ。遠慮なく受け取ってくんな」
「ご丁寧に有難う御座います。入手方法は、あえて伺いませんわ」
くすりと笑うオレアルティアと肩を並べて、希明は先日の告白大会についての話を始めた。
頷いたり、首を傾げたりしながら相槌を打つ社長へと、少し照れ臭そうにしながらも笑う希明。
「頑固なのかも知れねぇな。忘れちまえばいいんだが、どうにも私にはアイツだけらしい。気長に待つしか私には出来ねぇが、でも心から愛した奴だからな。他の人間を考える隙間なんてねぇもんよ」
「伊佐美様は、素敵な女性ですわね。芯を曲げないその強い心、素晴らしいと思いますわ」
微笑んだオレアルティアに、笑いながら背を向ける。
「そんだけだ。じゃあな」
それだけを告げて、会場から出て行く希明へとオレアルティアは微笑んで手を振った。
ちなみに。残念ながら希明さん。左手にちゃっかり持って帰ろうとしたその瓶の中身、ソーダ水です。
「あー、やっぱ見つかったか」
少し気まずそうに呟いたのはリュウセイ(
ga8181)だ。
手にした取り皿へと自分の好物を乗せ、口に運びながらオレアルティアと希明のやりとりを見ていたのだ。
「ま、オレアルティアに任せて正解だったな。俺じゃどうにもならねぇ」
苦笑して、また食べ物を一口。
どうぞ気分を入れ替えて、好きなだけ飲んで食べてして下さいね。
カツカツと、パーティドレスを身に纏った社長が会場内を歩き回る。
「こんばんは、オレアルティアさん」
微笑みながら歩み寄ってきたのは、小隊【アークバード】でも共に空を駆けているハンナだ。
「まぁ。いらっしゃいませ、ハンナ様。午前中は娘がお世話になりましたわ」
「いいえ。オレガノさん、本当にお母さんの事が大好きなのですね‥‥」
午前中、オレガノから『大好きなママの事』を沢山聞いていたハンナは、微笑ましそうにその時の事を話して聞かせる。
その内容に、僅かに顔を紅潮させるオレアルティア。
「オレアルティアさんが、これからもご無事である様に、帰ったらお祈りしておきます‥‥」
微笑みながら、そう言ったハンナへと、感謝の言葉を返すオレアルティア。
‥‥えーと、ハンナさん。ある意味それは強烈な口説き文句ですが、自覚はありますでしょうか‥‥?
カツカツと、ヒールを響かせて社長は再び会場内を歩き回る。
と、社長は会場内でゆっくりと時間を過ごしている、ある2人の人物を見つけて微笑んだ。
「こんばんは。周太郎様、リンク様。先日は、ヴォルフがお世話になりました」
カクテルを片手に近付いてきたオレアルティアへと、午後の部に次いで深夜の部にも参加していた周太郎とフィルトは振り返った。
「こんばんは。こうしてお話するのは初めてですね。フィルト=リンクと申します。本日はパーティへの参加許可を頂き、ありがとう御座います」
「初めまして。周太郎です」
丁寧に頭を下げる2人の顔を上げさせて、オレアルティアは嬉しそうに笑う。
「ヴォルフのお友達になって下さって、有難う御座います。あの子は、少し人付き合いが苦手な様で‥‥。ご迷惑をおかけしてしまっていたら、申し訳ありません」
その言葉に真っ先に首を振ったのは周太郎だ。
「いえ。どちらかというと、迷惑をかけたのはこちらというか‥‥」
周太郎くん。君の言いたい事はよく分かります。が、どうぞ誤射には気をつけて下さいね‥‥?
カツカツと、ヒールの音を響かせて、再び社長は会場内を歩き回る。
と、片隅で酔いのきつそうなお客をソファへと誘導していた潤を見て、目を丸くした。
「あらまぁ。お客様にその様な事をして頂いて、申し訳御座いません」
声をかけられて、午前の部からずっとパーティに参加している潤は笑ってみせた。
「いえ。今日1日こちらで食事と飲み物を頂いているので、これくらいは何という事はありませんよ」
「ずっと参加頂いているのは、佐藤様おひとりでしたわね。楽しんで頂けてますか?」
微笑みながら、新しいカクテルを差し出すオレアルティアに、潤は礼儀正しく一礼してそれを受け取った。
カチン、とグラス同士を合わせて、一口。
「えぇ。食事のテイクアウトまで許可を頂けて、感謝してます」
その言葉に、くすりと笑う社長。
「加熱したものもありますが、なるべく早めにお召し上がり下さいね?」
確かに。これから先、食中毒とか大変ですから、潤君、早めに食べてしまった方がいいかもしれませんよ?
カツカツと、ヒールの音を響かせながら、再び社長は会場内を歩き回る。
ふ、と視線を窓辺に移すと、そこに浅く腰掛けてシャンパンを片手に紫煙を燻らせている知人と目が合った。
「あぁ、こちらにいらっしゃったのですね、UNKNOWN様」
微笑みながら歩み寄るオレアルティアを認めると、UNKNOWN(
ga4276)は立ち上がり、軽く背を屈めた。
「‥‥今日は、マダム、かな? それともレディかな?」
挨拶のハグと、額と頬にキスを落として片目を瞑ってみせれば、オレアルティアは微笑み挨拶を返した。
「そうですわね。今の私はオレアルティア・グレイという1個人です、とだけお答え致しましょう」
くすくすと笑い、お互いのグラスを合わせて軽く鳴らす。
暫く会話を交わしていると、BGMがスローワルツのものへと切り替わった。
中央に広く取られた空間もまた、簡易ダンスフロアになっている。
周太郎やフィルトなど、2人で参加している人達も、のんびりと踊ったり話したりと様々だ。
「‥‥微笑ましい、ですわね」
微笑んでいるはずのオレアルティアだったが、何処となく寂しげな色を湛えた瞳で踊る人々を眺めている。
「たまには、そうだな。またダンスでもどうだね?」
あえてその色に触れず、UNKNOWNは挨拶をする様に背を斜めに、オレアルティアに向けて手を差し伸べた。
「‥‥Shall we dance?」
差し伸べられた手と、彼の顔を交互に見やって。
オレアルティアは、くすりと笑ってその手を取ったのだった。
踊る人もいれば、それを笑いながら見る人もいる。
「皆さん、素敵ですね‥‥」
ハンナは微笑みながら、ダンスフロアで踊る人々を見つめていた。
「どうか、この穏やかな時間が続きますように‥‥いつか、この穏やかな時間が、世界を包みますように‥‥」
平穏を愛する彼女らしい、一言だった。
「ダンスって柄じゃないんだけどな」
「私もですけど、いいんじゃないですか? たまには」
周囲の空気に押される形で、周太郎とフィルトは踊りながら小さく苦笑する。
「‥‥帰りは、送ってやるよ。物騒なんだし」
ぽつりと呟いた周太郎の言葉に、一瞬目を丸くしたフィルトだったが。
「しっかり守って下さいね」
柔らかく微笑んで、そう答えたのだった。
「まぁ、ステップも詳しくは知らねぇし、俺は食べながら楽しませてもらうか」
沢山の料理を少しずつ取り皿へと移して、リュウセイは笑った。
「柄でもねぇけど、こういうのもいいな」
少しアルコールが回ったのか、気分が高揚している様だ。
穏やかに流れる時間に、リュウセイは久しぶりに戦場を忘れる事が出来たのだった。
優雅な物腰と雰囲気を纏い、上手にリードするUNKNOWNに、オレアルティアは笑ってみせた。
「随分、場慣れしていらっしゃる様ですわね」
その問い掛けに、彼はゆっくりと低い声で囁く。
「‥‥さて、私はUNKNOWN。何者かは秘密で、何する者かは秘密、だ」
会話を交わし合いながらも、踊る事はやめない。
「では、私は君を、どう呼べばいいのか、な?」
「‥‥どうぞ、ティアと」
問われて、オレアルティアは一瞬目を丸くして、それから深い笑みを浮かべて告げたのだった。
「さすがはイギリス企業の社長さん。ダンスもお上手ですね」
簡易カウンターでカクテルを口に運びながら、潤はダンスフロアを眺めていた。
「それにしても‥‥あのお二人はまるで『オペラ座の怪人』といった雰囲気に見えますが」
カクテルを作っている初老の男性と、顔を見合わせて笑う。
「穏やかな時間も必要だと、そういう事でしょうね‥‥」
空になった自分のグラスを差し出して、潤は新しいカクテルとこの空間を楽しむのだった。
夜も更け、深夜の部の閉会時間となった。
「夜遅くまで、ご参加頂き誠に有り難う御座いました。今回のパーティは、これで終了とさせて頂きます。お帰りの手段がない方は、フロア外におります従業員に声をおかけ下さいね」
微笑みながら閉会宣言を行ったオレアルティアに、深夜の部参加者が声をかけていく。
「それでは、オレガノさんや従業員の皆様にも、よろしくお伝え下さい‥‥」
優しい笑みを浮かべて、丁寧に一礼するハンナ。
「楽しかったです。ヴォルフに、また話そうと伝えて下さい」
「本当にありがとう御座いました。ヴォルフさんも、オレアルティアさんも、またお会いする時まで、お元気で」
一緒に帰るのだろう、柔らかい笑みを浮かべながらそう言ったのは周太郎とフィルト。
「丸1日、お邪魔させてもらって、手土産まで頂けて、本当に有り難う御座いました」
持参した紙袋を両手に掲げて、頭を下げたのは潤。
「ま、色々あったが、楽しませてもらったぜ。ありがとな」
頭をガシガシと掻きながら、苦笑してそう言ったのはリュウセイ。
深夜の部参加者の全員が、会場を後にしようとしているその最中。
「‥‥UNKNOWNさん。あんたは帰らねぇのか?」
唯一人、会場に残って紫煙を燻らせていたUNKNOWNに、全員が不思議そうに視線を向ける。
声をかけたリュウセイに、UNKNOWNは片目を瞑ってみせ。
「この後少し、彼女に用があって、ね」
そう言った彼に、その場にいた全員が思った言葉を、代弁しよう。
――成程。要するにこれが、希明の言っていた‥‥
何となく予想は付いていましたが、やっぱりそう来ましたか、UNKNOWNさん。と。
ですが、あえて言いましょう。それ以上はアウトです。ごめんなさい‥‥
何はともあれ、社長の思いつきで始まったこのパーティ。
普段戦場という血生臭い場所に借り出される傭兵達の、ひと時の安らぎになる事を祈るばかりである。
END