●リプレイ本文
●行列の出来る店?
「‥‥凄いや。こんなに朝早くなのに。この様子じゃ、ゆっくり見たいけど今回はそうもいかないかも」
早朝だというのに、既に長く出来ている人の列に、レイン・シュトラウド(
ga9279)は驚愕の声をあげた。
彼が驚くのも当然だろう。
何せ、このブランドの唯一独立店舗である店の前には、人・人・人。
「一番の敵は、ボクたち以外の客だね‥‥。この人たちは、欲しいものを手に入れる事しか考えてないだろうから。いかに彼らの妨害を切り抜けるかがポイントになってくるのかな?」
黒地に白の特殊フォントで『JackKnight』と描かれた看板を見上げながら、レインは最後尾に並び、持参したサンドウィッチを頬張る事にした。
「こんな風に並んで買うなんて、スーパーのタイムサービスくらいしかないな」
実に、庶民的な発言である。
「おぉ、いい天気だな。たまには早起きもするもんだ」
開店2時間前。店に近付いてくるガタイのいい男が1人。
桂木穣治(
gb5595)は、片手に単行本を持って『JackKnight』へとやって来た。
「にしても、コアなファンっていうのは凄いな。まだ2時間前だっていうのに、有名なラーメン屋みたいだ」
開店は10時と聞いていたし、まだ8時。2時間前なら何とかなるだろうと思っていたのに。
「こりゃ、徹夜組とかいるんじゃないか?」
既にずらっと並んでいる人をみれば、その発想にも頷ける。
「しかし、ヴォルフはいつもダボダボの白衣だから気付かなかったが‥‥意外と服にはこだわってたんだな」
知り合いの小さな科学者を思い出して、穣治はひとり呟いて。
一先ず最後尾に並び、穣治は単行本を開くのだった。
「んー。それにしても、ヴォルフくん。期待を裏切らない細さだなぁ」
開店時間に合わせてやって来たのはクロスエリア(
gb0356)だ。
事前に、小さな科学者のジーンズサイズを聞く事に成功していた彼女は、開店直前の店の前に出来た長蛇の列に、ビックリした様に目を見開いた。
「あ。ちょっと甘く見てたかな?」
小さなブランドだと思っていた為、開店時間に合わせて店に来ればいいだろう、と思っていた彼女だったが。
どんなご時勢でもコアなファンは入手に手段を選ばない様子。
「でも可愛いヴォルフくんのため、私も頑張っちゃうわよ」
以前、グロリア改の試射で会った事のある小柄で童顔の科学者を思い出して、クロスエリアはぐっと拳を握ったのだった。
「さて。開店まであと5分か。人も多いが、どうにかなるだろう」
眼前の人並みを眺めながら、そう呟いたのは緋阪 奏(
gb6253)だ。
どんなデザインの服があるのか、彼は少し楽しみにしていた。
「俺以外にも、何人か買いに来てるはずだしな。後で戦利品を見せ合うのもいいかもしれない」
そう呟いて、列の最後尾に並ぶ。
「‥‥かぶったり、気に入らないものがあったら譲ってもらったり‥‥出来ればいいな」
少し、セコイ考えを抱きながらも、依頼を達成すべく、奏もまた開店を待ったのだった。
●さながら戦場?
10時ちょうど。
店の扉が開かれると同時に駆け込む、コアな客達に負けるものかと瞬時に覚醒したレインが店には入るや周囲を見渡した。
目的の商品がどこにあるのか、覚醒によって広がった視界で素早く確認する。
まるで野生のバッファローの群れの様に突進していく客の目指す場所に、目的の品を見つけると、レインは小さく息を吸った。
3種類あるセット商材の中で、彼の目を引いたのは小さなスカルプリントの施されたTシャツとジーンズの『ストリートコーデセット』。
「‥‥あれが良いな」
呟いて、レインはまるで戦場と化している店内を、隠密潜行を使用して客の間を見事にすり抜けていく。
「フィットするタイプなら、大きさは普通がいいかな。‥‥っと」
お目当ての紙袋を手にしようとした瞬間。
「あ‥‥」
別方向から伸びてきた手に、レインと手の持ち主である男の目が合った。
どうやら、このデザインの普通サイズは、これが最後なのだろう、相手も引くつもりはないらしい。
少し考えて、レインは自分よりも長身の相手を上目遣いで見つめた。
「‥‥お願いです。どうかこれをボクに譲ってくれませんか?」
元々、中世的な顔立ちに小柄な体型のレインだ。自分の武器はよく心得ている。
少し女の子らしく振舞えば、どこから見ても女の子。
「ど、どうぞ‥‥」
美少女(本当は男の子)のお願いに勝てないのは、悲しき男の性か。
レインの『お願い』攻撃に、相手は商品を諦めるしかなかったのだった。
こういう時、体格がいいのは好条件だ。
人並みを体で掻き分ける様に進む穣治は、3種類のセット商材と依頼者であるヴォルフガンクとを照らし合わせる。
「スーツが窮屈で、ネクタイが首が絞まるみたいで嫌だ、って事は。多分ゆるい方が好きなんだろうな」
となると、タイトに着こなすのは、ひょっとしたら嫌いかもしれない。
何たって彼は、白衣すらもサイズを合わせず(正しくは、そのサイズが一番小さかったというだけなのだが)着るのだから。
「ゆったり着こなすなら、これか」
大きくて長い手でひょい、と持ち上げた紙袋に描かれた文字は『アメリカンコーデセット』。
「サイズは‥‥ヴォルフは小柄だし、小さめでいいだろう」
サイズと商品名を再度確認して、穣治は足早にレジへと向かおうとするが。
「‥‥商品も確保したし、ついでだから自分の分も見ていくか」
体を反転させて、もう一度店内の商品を見るべく戻っていったのだった。
「え〜っと、ヴォルフくんが155で私が161だから」
同じく店内の人だかりに居たクロスエリアは、自身と実際に着る相手の身長差を考えながらサイズを厳選していた。
「ヴォルフくんに似合いそうなデザインは、この『アメリカンコーデセット』だから、それは決定。あとはサイズなんだけど‥‥」
本来なら試着したいところだが、この人ごみと袋に入れられているところを見ると、どうやらそれは不可能だ。
「あ! 全種類、見本が出してあるんだ」
脇に立てられている9つのトルソーには、それぞれセット名とサイズが記入された紙が取り付けられていた。
「なるほどね〜。これ位の大きさなんだ。だったらやっぱり、小さめがいいかな」
しっかりボトムのサイズも確認する。とはいっても、はっきりとインチが書かれているわけではなく、サイズがSである程度幅がある、というくらいしか分からなかったが。
「うん。これに決定♪」
お目当ての商品を手に、クロスエリアはレジへと向かうのだった。
「お。これとか格好良いデザインじゃないか?」
奏が目をつけたのは、チェーンやラメプリントがあしらわれた『パンクコーデセット』だ。
「普段どういった格好してるのか、俺にはさっぱり分からないからな。直感でいくしかないだろ」
それに、このデザインが万が一気に入ってもらえなくても、依頼者と交渉すれば自分が購入して着られるかもしれない。
「小柄だっていうのは聞いてるから、サイズは小さめか‥‥ん? トルソーが立ってるな。このセットの小さめは‥‥へぇ。意外と大きめに見えるな。まぁ、大丈夫だろう」
一つ頷いて、奏は手を伸ばし、目的の品を無事にその手中に収める事に成功したのだった。
●徹夜明けの科学者?
商品を無事購入した能力者達は、予め指定されていたある会社の応接間にやって来ていた。
「今日はどうもありがとう」
少し眠たげにしながら現れたのは、小柄で童顔で女顔な依頼人、ヴォルフガンクだ。
「おいおいヴォルフ。また徹夜か?」
「うん。でも、さっきひと段落ついたから、今日は寝れるよ」
苦笑して小さな頭をぐりぐりと撫で付ける穣治に、されるがままのヴォルフガンク。
「やほ〜、ヴォルフくん。久しぶりだね♪ この前はありがとうね。今回はあの時のお礼も含めて、頑張ったよ」
「ありがと、エリア。その後、グロリア改はどう? あれも、強化すればそこそこ使えると思うけど」
穣治の次に挨拶をしたのはクロスエリアだ。
元気よく抱きつけば、やっぱりこちらもされるがままのヴォルフガンク。
「こんにちは、ヴォルフさん。今日は、よろしくお願いします」
「ん。久しぶり、レイン。わざわざありがと」
ぺこりと頭を下げあうレインとヴォルフガンク。
「はじめまして、だな。緋阪 奏だ。よろしく」
「はじめまして。僕はヴォルフガンク。長いから、好きに呼んで。よろしく」
初対面の奏とヴォルフは、お互いに一礼して挨拶を交わす。
一先ず、そこに座ってと席を勧めて、ヴォルフガンクは小さく目を輝かせたのだった。
●ファッションショーのはじまり?
最初に提案したのは奏だ。
「俺が選んだのは『パンクコーデセット』の『小さめ』だ」
紙袋から取り出したTシャツとジーンズを見て、ヴォルフガンクは普段の無表情から少し楽しげな表情に変わる。
「チェーン使いといいラメプリントといい、このデザインが一番格好良かったからな」
「ん。確かに格好良いね」
ただ、と残念そうにヴォルフガンクはジーンズを手にして、ウエストへと合わせる。
「‥‥やっぱり、大きいね」
小さめを選んだが、どうやらパンクコーデセットは全体的に大きめに作られていたらしい。
ジーンズのサイズが合わず、残念ながら奏の手に入れた『パンクコーデセット・小さめ』はヴォルフガンクの望みには沿えなかった。
「それじゃあ、次はボクが買ってきた『ストリートコーデセット』の『小さめ』です」
次にレインが紙袋から取り出したのは、先ほど奏が見せたものとはデザインの異なったタイプだ。
「あ。それもいいね」
目を輝かせるヴォルフガンクに、レインは続いて購入してから考えていたコーディネイトを提案する。
「これにさらに、黒の皮ベストと黒のハットを合わせると良いなと、ボクは思うんですけど‥‥」
「皮のベストは持ってないけど、黒のハットなら持ってる。いいと思うけど‥‥」
そのコーディネイトはお好みだった様だが、ヴォルフガンクは申し訳なさそうにレインへと視線を向け。
「ちょっと、ぴったりし過ぎる気がする‥‥」
確かに、あわせてみても体にぴったりとしていた。
残念ながら、レインの購入した『ストリートコーデセット・小さめ』も、ヴォルフの望みには叶わなかった様子である。
「それじゃ、次は私の番だねっ!」
そこで別の部屋へと移っていたクロスエリアが、満面の笑みで戻ってきた。
「うわぁ‥‥クロスエリアさん、お似合いですよ」
レインの賞賛を受けて、カウボーイハットを被ったままで服装だけをチェンジした彼女も、笑顔で答える。
「なるほど。エリアと俺が買ったのは同じだったのか」
穣治も笑いながら、自分の購入したセットを取り出した。
「じゃ〜ん。私と穣治くんが選んだのは『アメリカンコーデセット』の『小さめ』だよ♪」
自ら試着して、サイズとコーディネイトの雰囲気を演出するクロスエリアに、ヴォルフガンクは少しびっくりした様に目を見開く。
そんな彼の前で、穣治はクロスエリアが着ているものと同じものを、ヴォルフガンクへと広げて見せた。
ぱちぱちと目を瞬かせる小柄な科学者の前で、ゆっくりと一回転して、クロスエリアはプレゼンを開始する。
「スーツが息苦しくて嫌だって聞いたから、ゆったりとして動きやすい、しかもカッコいいこれがオススメだよ♪」
「さっきまでの話でも、ヴォルフはゆっくり服を着こなしたいみたいだったからな。エリアが着てこの大きさなら、ヴォルフでも大丈夫だろう」
広げたTシャツをヴォルフガンクに合わせて、うんうん、と頷く穣治。
「本当だ。それなら、大きすぎも小さすぎもしなくて、いいですね」
「ジャストサイズ、といったところだな」
レインと奏も、白衣の上から穣治がヴォルフガンクにあわせたTシャツを見て、パチパチと手を叩いた。
「これだけだとちょっと寂しいから、アクセサリーとか合わせると結構良いと思うよ」
例えば、とクロスエリアは持ってきていた十字架の腕輪を見せる。
「ちょうどいいから、俺が買ってきた方を着てみたらどうだ?」
「それいいねっ♪ お揃いにしてみようか、ヴォルフくん」
手渡されたTシャツとジーンズをじっと見つめた後。
小さな科学者は、こくりと頷いて、それから全員を見やった。
「何だったら、全員着替えてみたら?」
彼にしては、実に珍しい積極性だった。
●記念撮影!
依頼人であるヴォルフガンクの提案で、全員で『JackKnight』の新作を着て写真を撮る事になった。
「あ、やっぱこのデザイン、俺好み」
パンクコーデを見事に着こなした奏を見て、ヴォルフガンクは頷いて口を開く。
「ん。それは、奏にあげる。今回の僕のお願いを、受けてくれたお礼に」
実は、既に小柄な科学者は、彼らが『JackKnight』で立て替えて購入したセットの代金を返し終わっていた。
その為「あげる」という発言になったわけで。
「ヴォルフさんには少し小さかったみたいですけど、ボクにはちょうどいいみたいですね」
「レインも。サイズが合ってるなら、それはお礼として受け取って」
ストリートコーデを着こなしたレインにも、ヴォルフガンクは頷きながら告げる。
「うんうん。やっぱりヴォルフくん、似合ってるよ♪」
「俺が買った分をヴォルフにやればちょうどいいかな」
サイズの合ったクロスエリアはいいのだが、穣治には小さすぎるサイズ。
「ん。エリアには、お礼でそれをあげる。穣治は、また別の日に、サイズが合ったのを送るから」
残念ながらサイズの合わなかった穣治が、今回はカメラマンだ。
「よし、それじゃあ、撮るぞー」
使い捨てカメラを構えた穣治に、全員が視線を向ける。
「はい、ちーず」
「‥‥ちーず? 何で?」
頓珍漢な発言を投下したヴォルフガンクを除いて。
というか、彼は笑わないので、笑顔は無理だが。
ヴォルフガンクとのツーショットと、全員で一緒にとった写真とが、カメラのフィルムに収められた。
もちろん、私服の穣治とヴォルフガンクも、一緒に写真を撮っている。
全員で撮ったその写真は、ブランドのカタログに『新作お目見え』として載ってもおかしくないほど、見事に着こなされたものとなったのだった。
END