タイトル:【銀狼】鉄壁と箱庭マスター:風亜 智疾

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/06 03:01

●オープニング本文


 ――銀の唄は、まだ止まない。



「‥‥以上が、今回ティアお姉様から受けた依頼の、報告です」
 英国。
 少しばかり古びた外装の、小さなカフェテリア。
 眼前に並ぶ色とりどりのスウィーツをぼんやりと眺めながら、オレアルティアは小さく唇を引き上げた。
 彼女と向かい合う形で席についているのは、ノーラ・シャムシエル(gz0122)。
 英国中にある探偵事務所から、ナットーを選び抜いたのは、知己である可愛い後輩がいたからだ。
「そう‥‥。危険なことに巻き込んでしまって、ごめんなさいね。ノーラ」
 果たして、自分は上手く微笑みを浮かべているのだろうか。
 否。分かりきったことだ。
 ノーラが、まるで自分の事の様に顔を歪めているその段階で、自分がどんな表情をしているのか、それくらいは分かる。
「大丈夫よ。私は平気だから。だから、そんな泣きそうな顔はお止めなさい」
 せっかくの可愛い顔が台無しよ。と並べられたケーキから、おすすめの一品を差し出しながら。
 彼女は、もう一度重ねる様に口を開いた。
「巻き込んでしまって、ごめんなさいね」
 と。

 ノーラの報告から、自分なりの推測をたてたオレアルティアは、つい、と一枚の紙を差し出した。
「まだ、私の推測の域を出てはいないけれど。これを見てちょうだい」
 差し出された紙を受け取って、次の瞬間。
「ティアお姉様!?」
 ノーラは酷く慌てた様子で椅子を蹴った。
 その顔は、まるで紙のように白い。
「日付は昨日。場所は‥‥」
 小さく、息を吸い込んでから、彼女は重い吐息と同時に吐き出した。
「あの人の、墓標の前よ」



 遺体はついぞ見つからなかった。
 けれど、オレアルティアはその日の事を鮮明に覚えている。
 あの日も、今日の様に雨が降っていた。
 最期に交わした会話の、細部も諳じる事が出来るほど、それは鮮明で、けれど色褪せた記憶だ。



「ノーラ。貴方には申し訳ないけれど、次の依頼をお願いするわ。私では、色々と不都合が出てしまうから、貴方にしか頼めないの」
 その言葉に、息を飲んでから頷き返した可愛い後輩が、真っ青な表情のまま、口を開く。
「お姉様、まさか‥‥」
 学生の頃から、その聡明さの片鱗は見せていたが、まさかこれ程に成長していたなんて。
 こんな形で知ってしまった事に、虚しさを抱きながらも、オレアルティアは今度こそしっかりと口角を上げてみせた。
「貴方の想像通りよ。墓を、暴きます」
 その言葉は、速効性の劇薬だった。



 決断してからのオレアルティアは素早かった。
 社に身代わりを置き、自身はそっと社から離れる。
 行き先は、彼女の夫が眠るとされている小さな墓地。
 その道中、彼女は足止めを食らうことになった。

 ――キメラが、現れたというのだ。
 目的地である、そこに。

「‥‥やはり、こうなりましたわね」
 目的地の少し前にある町の宿舎で、彼女は小さく呟いた。
 手にしたモバイルを巧みに操り、ULTへと情報と依頼を送信する。


『キメラの3体の出現を確認。場所は英国・マンチェスター近郊の墓地。能力者の派遣を要請する』

●参加者一覧

夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
ユーリ・クルック(gb0255
22歳・♂・SN
ファイナ(gb1342
15歳・♂・EL
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
須磨井 礼二(gb2034
25歳・♂・HD
依神 隼瀬(gb2747
20歳・♀・HG
皓祇(gb4143
24歳・♂・DG
鳳由羅(gb4323
22歳・♀・FC
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
今給黎 伽織(gb5215
32歳・♂・JG
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
真山 亮(gb7624
23歳・♂・ST

●リプレイ本文

●過去への道
 各々自己紹介を済ませた後、12人の能力者と同行者である女性は早速、目的地である墓地へと向かった。
「オレアルティアさんの過去にまつわる依頼‥‥か」
 ファイナ(gb1342)の呟きに、隣を歩いていたユーリ・クルック(gb0255)も困惑した表情で案内を続けるオレアルティアを見つめる。
「グレイ社長とはちょっとした知り合いだが、あんな表情見た事ないな」
「確かに‥‥無理に笑っている様に見えるな」
 夜十字・信人(ga8235)と大神 直人(gb1865)もその表情は消して明るいものではない。
 この4人は、オレアルティアの知人であり、普段から微笑みを絶やさない彼女を知っていた。
 だからこそ、今の彼女が浮かべるその表情が、無理矢理作られた笑みだと分かってしまったのだ。
「前にもジェノヴァで似たキメラと遭遇したな。まぁ、知ってる敵なら、戦い易いだろ」
「敵は敵だ。どの様な姿をしていたとしても、殲滅するのが我の任務だ」
「僕は南フランスで似たキメラと対したけれど。まるで操られているかの様な統制のとれた動きをしていたよ」
 以前、ジャーナリストに同行して紅色の狼と対峙した事のある真山 亮(gb7624)と月城 紗夜(gb6417)に、別の事件で南フランスで同型のキメラと遭遇した今給黎 伽織(gb5215)は、今回の相手になるであろう敵の推察を行いながら歩を進めている。
「わざわざ墓だけを壊して回る、というのも妙な話ですね‥‥」
「まさか‥‥キメラはエサ? だとしたら、エサにかかる者を待つ誰かが他にいるかもしれませんよ」
「ったく。墓地を荒らすって、何つー冒涜だよ。悪いコにはお仕置きが必要だよなァ?」
 何故、男性の墓だけが荒らされるのかについて考察していた鳳由羅(gb4323)と須磨井 礼二(gb2034)の会話を聞いて、小さく舌打ちをしたヤナギ・エリューナク(gb5107)に。
「そうですね。何が目的なのかは分かりませんけど、死者が安らかに眠る地をこれ以上騒がせちゃいけませんよね」
 応えたのは依神 隼瀬(gb2747)。
「訊き込みでもう少し関連性が分かる事を祈りましょうか」
 皓祇(gb4143)の言葉の通り、敵の目的は未だに分からないままなのだった。

●荒らされた眠り
 能力者達が様々な場所で訊き込みを行ったというのに、得られる情報が大幅に増える事はなかった。
 男性の墓ばかりが壊されている事以外で分かったのは、ただ一つ。
 墓碑は破壊されているにも関わらず、掘り返されてはいないという事だけだったのだ。
 既に時間は作戦決行時刻である4時直前。
「遺体には興味がないって事か?」
 首を捻りながら呟く信人が、ちらりと傍らに立つオレアルティアへと視線を向ける。
 相変わらずどこか表情が強張り、顔色の悪い彼女をそっと支えた伽織が、柔らかく声をかけた。
「顔色が悪いようだけど、大丈夫かな? あまり無理しないように」
「‥‥えぇ、大丈夫ですわ。お気遣い、感謝致します」
 何とか微笑を浮かべようとしている彼女の手を、心配そうに取ったユーリは、ゆっくりと口を開く。
「オレアルティアさん。何があっても、俺‥‥俺達は傍にいますから」
 その言葉に、彼女は小さく頷き返しながら、ひとつの墓を指差した。
「恐らく、キメラの目的はあの墓でしょう」
 彼女の指先を辿った能力者達は、思わず息を飲む。
 そこに記されていた死者の名は『ウィリアム・グレイ』
 依頼者で同行者であるオレアルティアが、4年前に亡くした、夫の名だったからだ。

●紅狼・出現
 墓碑から距離をとっていた彼らの眼前に、突然姿を現した3つの影がある。
 疾走の勢いを殺す事なく、そのまま目的の墓碑へと飛びかかった影を確認して、真っ先に行動を開始したのは直人だ。
「固まって動いてくれるのは、好都合だ」
 続いて前衛である信人、隼瀬、ヤナギ、皓祇、紗夜、ユーリ、由羅の7人もそれぞれのスキルを使用して肉薄する。
 その移動時間を利用して、亮は自身の射程に入ったキメラへと練成弱体を施した。
「こんだけでも‥‥結構消耗するな‥‥!」
 2体にスキルを使用した後、彼は若干疲れた様な表情を浮かべる。
「御苦労様。さぁ、こちらも調教開始と行きましょう」
「あえてエサになるんですから、上物が釣れてくれないとね」
 武器を手に、低い声で笑って伽織が射線上のキメラへと照準を合わせ、両手で銃を構えた礼二も小さく笑う。
 その隣でファイナが銃器のエキスパートであるオレアルティアへと声をかけた。
「オレアルティアさん、狙撃の手ほどき、お願いしますね♪」
「えぇ。よろしくお願い致しますね」
 覚醒状態へと引き上げた後衛メンバーもまた、それぞれの標的へと武器を向ける。
 そこで漸く、キメラ達の意識が墓碑から能力者へと移された。
「翻弄してさしあげます‥‥捕まえてごらんなさい」
 しかし、その視界から掻き消える様にスキルを使用しながら滑らかに移動した由羅が、刀を翻し足を薙ぎ払う。
「任務の為、排除する」
 すっと身を引いた彼女の後ろから、二振りの剣をクロスさせながら斬り込む紗夜の更に後方。
「頭の上を失礼します!」
 別の墓碑を飛び越えて、獲物へと超機械の狙いを定める皓祇。
「そのお墓に何の用があるのか知りませんが、これ以上は許しません」
 別のキメラへと銃と刀で攻撃を繰り出すユーリと、その死角を消す様に薙刀を振るう隼瀬に、機械剣で更に追いこんだのは直人だ。
「キメラが墓に何の用があるんだよっ!」
 大剣で斬りかかった信人が、返ってくるはずがないと分かっていながら、声を荒げ。
「よう、子犬。お前さんの相手は俺らだ」
 小さく唇を引き上げて、皮肉っぽく呟いたヤナギはペイント弾を撃ち込むと、そのままイアリスを翻した。

「重心は前へ。スコープを覗くのは短時間に絞って下さいね。そのまま‥‥トリガーに指をかけたら躊躇わずに弾いて!」
「狙撃目標確認‥‥対象認識、発射」
 オレアルティアに促され、ファイナはライフルで狙撃を行っていた。
 全員の動作と、周囲の警戒を兼ねて確認していた伽織が、僅かに眉を潜める。
「妙だな‥‥」
「え?」
 その言葉を耳にした亮の小さな呟きに、伽織は言葉を続けた。
「キメラ達の動き‥‥よく見てみるといい」
 ファイナとオレアルティアもまた、その言葉に促されるままキメラをもう一度凝視する。
 最初に気がついたのは、ゴーグルの望遠機能を使用して確認していた礼二だ。
「キメラの目当ては‥‥こちらじゃない?」
「その通り。キメラ達が狙っているのは能力者ではなく、墓だ」

 前衛メンバーも直ぐに、その事実に気がついた。
 確かに、キメラ達は攻撃を受ければ反撃してくるが、ほんの少しの瞬間でも空けばその鋭い爪や牙を墓へと向けるのだ。
「いい度胸してるじゃねぇか。あぁ?」
 その事実に奥歯を噛みしめ、ヤナギが低く唸る様に呟く。
「それはそれで好都合です。こちらは攻撃に専念させてもらいましょう!」
 皓祇がキメラを押さえつける様に動けば。
「休む間は与えない」
 連携して二双の剣を翻した紗夜が斬撃でキメラへと深手を与え。
 その直ぐ後ろから姿を見せた由羅は、強気の笑みを浮かべる。
「刮目して見なさい‥‥何が起きたか、理解できないかもしれないけどね‥‥」
 振り下ろされた刃の後には、動かなくなったキメラが倒れ込んだ。
「いつまでも墓で暴れ回ってんじゃねぇよ」
 別のキメラの背後に肉薄した信人は、大剣を翳しながらスキルを使用して攻撃を繰り出し。
「お前らが眠るには豪華すぎる墓場だが、仕方ねぇなっ!」
 深手を負い体勢を崩したキメラへと、ヤナギが言い放った言葉と同時に二連撃でその動きを止めた。
 最後の1体と対峙していたユーリは、他のメンバーがキメラを倒したのを確認して、手にした銃を硬く握りしめる。
「オレアルティアさんの亡くなった旦那さんも含めて。多くの人が眠る場所ですから、お静かにお願いします」
 そのまま回り込みながら銃弾を放ち、その後方から詰め寄る隼瀬と直人の射線を邪魔しない様に身を翻した。
「直人くん!」
「分かってる!」
 同時に駆け込む事で、退路を断つ隼瀬と直人が、ほんの僅かにずらしたタイミングで絶妙な攻撃を繰り出す。
 全くの反対からの二つの攻撃に、最後のキメラも地に伏したのだった。

●判明した名前
 3体のキメラを退治し、破壊されたひとつの墓のその前で。
 彼らは、遂に対面を果たす。
「‥‥‥‥」
 沈黙を纏い、感情の籠らない瞳を能力者に向けたその男を確認した瞬間。
「やはり‥‥この結果、なのですね」
 呟いたオレアルティアを庇う様に立ちはだかり、緊張感の漂う空気を切り裂いたのはヤナギの一言だ。
「‥‥お前ェの目的は何だ」
 冷たい銃口を突き付けられながらも、男は揺るがない。
 それどころか、まるで尋ねられた意味が分からないと言わんばかりに口を開いた。
「人は、里帰りというものをするのだろう」
「里帰り‥‥?」
 訝しげに眉を顰めた隼瀬へと視線を移した後、男は小さく頷く。
「出来れば、このキメラと関わりがあるのかも教えてもらえませんか?」
「答える必要がない」
 ユーリの問いかけに、一言呟いたその男を観察しながら、紗夜はゆっくりと問いかけた。
「貴様は人間と同じく、群れるのか」
 そこで漸く、男は視線を険しいものへと変える。
 滲みだす殺気すら、隠そうともせずに鋭い眼光で射抜く様に能力者達を見やると。
「好きに取ればいい。但し、俺の行方を遮るのならば、殺す」
「そうは、させませんわよ」
 遮る様に口を開いたオレアルティアが、同じ様に殺気を隠す事もなく強い口調で言い放つ。
「貴方が人でない事は、私が確証を持って是と申しましょう。ならば、貴方は私達の敵」
「おちついて。今はこちらも疲弊しているから、戦うのには向いていないよ」
「オレアルティアさん。急いては事を仕損じる、ともいいますから」
「護衛対象には近づかせません」
「依頼人に何かあったら事だからね」
 銀の銃口を向けた彼女を抑えようと、伽織が彼女の肩を抱き、礼二とファイナが互いの腕を交差させ、更にその横に並ぶ亮。
 他のメンバーも、心配そうに自分を見ている事を確認したオレアルティアが、一瞬表情を歪めてから、銃口を下し。
「遺体は見つからなかった。貴方は死んだと、私は聞いていたのに‥‥!」
「グレイ社長‥‥貴方は‥‥」
 そう呟いた彼女に、眉を寄せて何かを口にしようとするが。
「いや、何でもない」
 頭を振って、続きの言葉を飲み込んだ。
 オレアルティアの言葉を訊き流したのか、男は表情をなくし踵を返した。
 去りゆく彼を追う事は、作戦にはない。
 だからこそ、彼らも彼女もその背を追う事はしない。
「貴方は、人として死んでいる。間違いないわ、ウィリアム!」
 ただ一言、オレアルティアの叫び声。
 ――彼女の死んだ夫の名だけが、墓地に響き渡った。

●戦いの後に
 各自、戦闘の傷を癒し終えた後に簡単な墓地の片づけを行った。
「先程は、取り乱した姿をお見せして、申し訳御座いませんでしたわ」
 片づけが終わった後、そう言って丁寧に頭を下げたオレアルティアは、いつもの様に微笑みを浮かべていた。
「あの‥‥オレアルティアさん」
 大丈夫ですか。と続けようとしたユーリへと、彼女は戦いの前とは明らかに違った、いつも通りの微笑で首を振る。
「大丈夫ですわ。これで、ひとつは解決致しました」
「解決?」
 直人も不思議そうに首を傾げるが、彼女は変わらない表情で頷き返した。
「えぇ。あの人は間違いなく『死んでいる』のです。それが、あの姿で現れた。推測を更に重ねれば‥‥答えは、限られて参ります」
 死んだはずの人間が、姿そのままで『キメラ』と現れた。
 想像はしていたが、まさか本当にそうだとは。
 彼らは小さく息を飲み、微笑んだままの彼女をじっと見つめる。
「強化人間か‥‥ヨリシロ‥‥」
 伽織の呟きが、全員の胸中を代表していた。

 END