●リプレイ本文
●全滅の村
全員が簡単な自己紹介を終えた後。
真っ直ぐな瞳で口を開いた優(
ga8480)は、眼前の新聞記者へと問いかけた。
「確認をさせて頂きますが‥‥ティアナさん。今回向かう現場は恐らく、貴方が想像するよりもとても酷いものでしょう。覚悟は、ありますか?」
新聞記者とはいえ、一般人の彼女が果して生存者ゼロという壊滅状態の村を見る事が出来るのか。
その言葉は、今回の依頼に参加したメンバーの心の内を代表したものだ。
以前彼女が取材した際のキメラとは桁が違うのだから。
「村が1つ全滅、だからねぇ‥‥」
「前回とは危険度が違いますよ?」
厄介な相手だと呟くミンティア・タブレット(
ga6672)や、紅狼との交戦経験者であるアリエイル(
ga8923)の表情も固い。
強張った表情のティアナに、女性恐怖症のせいか少々怖々とした口調で最終確認をとるのはドッグ・ラブラード(
gb2486)だ。
「え、えと‥‥どうされます? せ、戦闘が終わるまでここで待ちますか‥‥?」
しかし、その言葉に首を横に振った新米記者は、ぐっと拳を握って大きく息を吸った。
「覚悟は、出来てます。皆さんのお仕事がバグアと戦う事なら、取材して立派な記事を書く事が、私の仕事です!」
前回の取材中に庇われた彼女が、能力者達から教わった『自分の仕事』への思い。
震えは収まらずとも、その視線からは強い意志がはっきりと汲み取れた。
「りょ、了解しました! 全力を持って護衛させて頂きます!」
大声で言い放ったティアナに負けず、大きな声で背筋をピッと伸ばして言ったドッグの背後から、にゅっと腕を伸ばしたゼンラー(
gb8572)は、そのまま彼の口を塞ぐ。
「しぃーっ! まだ村に入ってはいないけど、もうすぐ其処が、現場なんだからねぃ」
「気持ちはよーく分かったから。少し、声のトーンを落としてくれるかな?」
同じく苦笑してティアナの口を押さえたのは鳳覚羅(
gb3095)だ。
柔らかく微笑んではいるが、覚羅はしっかりと周囲への警戒を行っている。
「早く片付けて、安全に取材しましょうね」
配布されていた地図で自分達の立ち位置を最終確認したユーリ・クルック(
gb0255)もまた、勇気付ける様に語りかけ。
「自分も、ティアナさんの護衛を担当させて頂きますから」
「私も、頑張ります、から‥‥」
微笑みながら一礼した真上銀斗(
gb8516)に、きゅっと武器を握り締めながら呟く星月 歩(
gb9056)を見て、ティアナは小さく頷いた。
そこにAU‐KVをバイク形態にして一足先に様子を確認しに行っていた月城 紗夜(
gb6417)から、無線を持ったメンバーへと連絡が入る。
「残念ながら、最悪で、予想通りの惨状だ」
彼女の一言に、能力者達の雰囲気が一気に変わった。
「やっぱりですか‥‥。月城さん。姫咲さんと須佐さんは? 一緒ですか?」
「あぁ。俺達はここで待機している」
銀斗の問いかけに、僅かなノイズの後返答したのは姫咲 翼(
gb2014)。
もう1人の参加者、須佐 武流(
ga1461)も、既に村の入り口にいるらしい。
「それじゃあ‥‥行きましょうか」
誰ともなく呟いて、能力者達は瞬時に覚醒状態へと移り、それぞれの武器を手に握るのだった。
「成る程。今回の獲物は13、か‥‥」
壊滅した村に彷徨う大きな影がひとつ、ゆらりと動く。
影が手にしていたのは、細長い‥‥。
●闇を呼んだ紅
最初に村へと足を踏み入れたのは、先行していた武流、翼、紗夜の3人だ。
「妙に統率されたキメラ‥‥。こういう場合は、頭が別にいる可能性が高いな」
それほどに力のあるキメラが、野良である割合の方が低いと武流自身の経験が語っている。
「本隊との合流は戦闘中になりそうだな」
少し後ろから、こちらへと向かって来ている本隊メンバーが揃ってからの開戦とはいかない様だった。
何故なら、広場に佇む3体の敵、紅狼達は、既に3人をその視線に捉え、体勢を低くして正に飛び掛らんとしていたのだから。
「チッ‥‥しょうがない。後手に回るよりはマシだろう」
翼の舌打ちが誰一人生き残りのいない村に響く。
その一言に、紗夜と武流も一気に覚醒し、その手に武器を構えた。
一気に駆け出した3人は、それぞれの敵を定めて駆け込む。
前方の紅狼2体へとAU‐KVの機動力をフルに活用して詰め寄った翼と紗夜を確認して、武流は残る後方の1体へと的を絞った。
交戦開始を告げる紗夜の呼び笛が、壊滅した村とその空へと響く。
「その陣形を、先ずは崩させてもらおう」
そのまま照明銃を密集気味の紅狼達に向けて放った。
閃光に驚いた紅狼が、僅かに後退するその瞬間を見逃さず、翼は携帯していた瑠璃瓶を引き抜くとそのまま1体ずつに叩き込んだ。
「よし、分かれたっ‥‥!」
飛び退った紅狼3体の間に、更に隙間が生まれる。
隙を与えずに自身の的である紅狼へと肉薄した武流が、体の回転を利用した回し蹴りを放つ。
足に装備された刹那の爪が閃く。
本能的にそれを紙一重で躱した紅狼は、一層鋭い殺気を纏いながら口を開いた。
武流の後方1直線上には、先ほど銃を放った翼と対峙していた別の紅狼。
その紅狼が身を翻し距離を取った次の瞬間。
武流の対峙していたキメラが、その口から勢い良く炎を吐き出した。
「‥‥のヤロウ!」
手にしたストラスで炎を薙ごうと試みた武流も勿論だが、その後方で突然敵を射程から逃がしてしまった翼にも又、その炎は襲い掛かった。
キメラの連携は、想像以上に高かったのだ。
「3人じゃ分が悪いか‥‥」
小さく呟いた武流は、再び間合いを詰めて今度は炎を吐くその口を塞ぐべく蹴りを放つ。
「‥‥左だ!」
蛍火で敵へと切り込んでいた紗夜が、鋭い声をあげる。
今度は、翼が対峙していた紅狼が距離を取り、口を開こうとしていたのだ。
回避しようにも、武流の眼前には自身の的である紅狼。
「相変わらずすばしっこいな‥‥! させるかっ」
どうにか火炎を止めようと、武器を機装剣「絶影」へと切り替え、竜の翼で紅狼の眼前に肉薄しようとした翼の、遥か背後から。
一発の弾丸が、敵の直ぐ傍に撃ち込まれ。
「トリガーオフ ――インパクト!」
翼の斬撃が、掛け声と共に押し込まれた。
●壊滅の村・合流
「酷い有様ですね‥‥生存者は‥‥絶望的でしょうか」
広場へと駆け込んできた本隊のうち、前衛を勤めるアリエイルが手にしたセリアティスを握りながら呟き、武流の元へと合流した。
「さっきのは、誰が?」
「真上さんです」
どうやら先ほど紅狼の攻撃を阻止したのは、銀斗のアサルトライフルによる狙撃だったらしい。
「遅くなって御免ね」
「姫咲さん。ご一緒、します」
竜斬斧「ベオウルフ」を構えた覚羅が紗夜と。コンユンクシオを構えた歩が翼と無事に合流した。
「援護班、スタンバイ!」
無線から響いてきたのは、ユーリの声だ。
どうやら援護班も無事、各自の射程に敵を収める事が出来たらしい。
「それじゃ、仕切り直しといこうかねぃ!」
ゼンラーの言葉で、再び戦場は激しい攻防を開始するのだった。
●高音
「素早い相手は苦手‥‥。しかし火属性なら私の武器は効果があるはず。どう当てるか、だ」
軽く唇を湿らせて、ミンティアはエネルギーガンの照準を定める。
「ダマになるなよ。コイツら、戦闘に慣れてやがる。連携を取らせるな!」
翼の叫び声に、敵の攻撃を回避しながら覚羅は小さく口角をあげた。
「指し当たっては、敵の連携が『唯の群れ』だって事を、自覚させてあげるっていうのが、一番かな」
後方から絶え間なく続く援護射撃。
「この動き‥‥統制されている、というより、どこか‥‥」
優以外にも、ユーリは拳銃「ライスナー」と試作銃「グロリア改」を。ゼンラーは可能な限りの練成弱体とカウンターとして超機械を使用している。
飛び交う弾丸と吐き出される火炎。
傷つきながらもなお立ち向かう能力者達。
互いに、出し惜しみなどしない。出来ない。
目まぐるしく切り替わる攻防のその中でも、援護班はティアナの護衛を忘れずに続けていた。
「ちっ‥‥! 記者の姉さん無事か!?」
降りかかった火炎を、ティアナと敵の間をしっかりと塞いでいたドッグが虚闇黒衣を発動させて盾で回避し声をかける。
「だ、大丈夫です!」
「ワーズさん、もう少し下がれますか? ラブラードさん、ご一緒して下さいね」
アサルトライフルの照準を敵に向けたまま銀斗が指示を出し、2人は僅かに距離を取った。
「それにしても、邪悪な顔をしているねぃ‥‥拙僧、犬は好きだけれどもあれはちょっと飼えないかも‥‥」
不安げな表情のティアナを気遣って、紅狼達への練成弱体を終えたゼンラーが、疲れを顔に出さずに小さく笑ってみせる。
「これがペット? なら、今この状況は正に、飼い犬に手を噛まれる、ってやつだね」
ベオウルフで敵を薙ぎ払いながらそう言った覚羅が、瞬間体の動きを止めた。
「‥‥で、さっきから気になっているんだけど、この笛の音は何かな?」
「今、音が‥‥」
同じく優も、トリガーから指を離すと勢い良く周囲を見渡す。
「音? この乱戦じゃ、そこまでの音は拾えませんけど‥‥」
そう言ったユーリが、援護射撃をミンティアと銀斗、ドッグ、ゼンラーに任せ、じっとキメラを観察する。
「鳳さん、優さん。次に音がした時に、声をあげて下さい」
「了解だよ」
体を捻って攻撃を回避した覚羅が、その勢いを使ってベオウルフを一閃させた。
炎に怯えていた歩も、懸命に自身を奮い立たせて攻撃を続ける。
キメラの体力が落ち始めたその時。
「‥‥聞こえました!」
優の言葉に、ユーリは更に紅狼へと集中する。
そして、ある事に気が付いたのだ。
「耳‥‥」
後退する時も、火炎を吐く時も、その鋭い爪や牙を向ける時も。
紅狼達は、耳をピクリと動かしている。
「連携の前に、必ず耳が動いてます。音は、連携の前に必ず鳴っている。なら、このキメラ達、何かに指揮を執られてるんじゃ!?」
「甲高い音‥‥。そうか、犬笛!」
人間には聞き取り難い周波数の音を放つ笛がある。
その音は、人によって聞き取れる場合もあるが、この乱戦状態では聞き取れるメンバーの方が少ないだろう。
「連携を一気に崩すチャンスがあるとすれば、それだな」
回し蹴りを放った武流の一言に、全員が頷きあった。
体力を削りあった同士、優勢に立ったのは能力者達だ。
音が聞こえるメンバーはその度に声を上げ、それ以外のメンバーも攻防の最中に紅狼の耳を注視し続け。
「おやすみ‥‥ワンちゃん」
「一撃必倒の一撃を‥‥せぇぇぇっ!!」
「任務遂行の為、排除する」
「これで、終わりだっ!」
覚羅、アリエイル、紗夜、翼の声と共に、3体の紅狼キメラが絶命した、そのタイミングで。
「成る程‥‥ある程度は調教したが、お前達にはまだ足りなかったか?」
突然、メンバーの背後から、低い声が響いた。
●戦慄の男
「‥‥ここで貴方に会えるとは‥‥これも、運命ですか?」
「運命などと大それたものでもないだろう。唯の腐れ縁だ」
薄く笑ったユーリが、体を一気に反転させ貫通弾を装填する。
一気に膨れ上がった殺気を向けられたのは、片手に笛を持った体格のいい男 ――いや、ヨリシロ『ウィリアム・バートン』の姿を取ったバグアだ。
両断剣を発動し、手加減なしに貫通弾を叩き込んだユーリを一瞥し、ウィリアムは小さく息を吐いた。
「‥‥抗うのも結構だが。俺が構う必要を感じない」
するりと身を翻し、その攻撃を回避した男へと、紗夜は蛍火の切っ先を突きつける。
「随分とちょっかいをかけてくるんだな。‥‥そんなに人間が恋しいか?」
「恋しい? 勘違いだ。この体が人のものだとしても、俺は人ではない」
問いかけられた言葉に、表情ひとつ変えないウィリアムが同じ様に抑揚のない声を響かせた。
が、次の瞬間、一気に後ろへと飛び退った。
「現状を見れば大体の事は分かるが。これを放ったのはお前か?」
刹那の爪を閃かせながら蹴り込んだ武流の攻撃を、回避する為だ。
武流はそのまま追う形で走りこみ、今度は手にしたイアリスを横に薙ぐ。
「この村を襲った目的は何だ!?」
鋭い声を放つ翼へとチラリと視線を流しながら、武流の攻撃を全て回避したウィリアムが、一瞬考える様な仕草を見せるも。
「ないな」
「なら、どうして村の人を全員‥‥!」
「バグアである俺が、人を生かす理由はない」
「だからって、こんな‥‥」
アリエイルと歩の悲痛な声も、バグアである彼には届かない。
武流の攻撃も、能力者達の放つ殺気も物ともせず、ウィリアムは小さく溜息を吐いた。
「‥‥面倒だ」
そのままウィリアムは、自身の懐から黒く小さなものを引き出した。
――オートマの、拳銃。
「危ねぇっ‥‥!」
向けられた銃口の先で、状況把握が追いつかずに突っ立っていたティアナを引き倒したドッグの頬を掠めて、一発の弾丸が放たれる。
この中で、最も簡単に倒されてしまうのは、非戦闘員のティアナである事は間違いない。
しかも、相手はキメラとは段違いの、バグアだ。
ドッグの咄嗟の行動に、僅かに目を見開いたウィリアムが、拳銃を仕舞い。
彼にしては珍しく、手を叩いてみせる。
「エクセレント。その直感に免じて、今回は退こう」
ひらり、と武流の蹴りをかわして身を翻したウィリアムを、誰も追う事はしなかった。
疲労した今、ヨリシロである彼との戦闘に、勝機は限りなく‥‥。
「くっ‥‥! また、倒せなかった‥‥!」
ユーリの悔しげな声が、響き渡った。
●取材の行方
「何だろう‥‥私、この村の惨状‥‥知っている、気がする‥‥」
「遅くなったけど、懇ろに弔うからねぃ‥‥」
体の震えを押さえ込もうとする歩と、呟いて合掌するゼンラー。
全員で黙祷を捧げた後、能力者達と新聞記者は、壊滅した村の取材と敵の情報収集を行った。
「何か、見つかりましたか?」
銀斗の問いかけに、全員が首を横に振った。
「どうやら、本当に『気まぐれ』でこの村を壊滅させたみたいだね」
倒れた紅狼からは様々なサンプルを。村には鎮魂を。
「それでも‥‥皆さんのおかげで、ここの人達は、安らかに眠れます。きっと」
傷つきながらも懸命に誰かの為に戦う能力者と、そして倒されなければならない敵。
泣きながらも、新聞記者として頑張って取材をする事しか出来ない事に、ティアナは歯痒さを感じてならなかった。
後日。
彼らの採取したサンプルは無事ULTへと届けられ。
また、フランスの小さな地方新聞のある面には、こんな記事が載る事になるのだった。
――絶望の中に立つ希望を見た。傷を負いながら、それでも人の為に戦い続ける能力者達へ。いつの日か笑いあえる日が訪れる事を。
END