●リプレイ本文
●彼女の理由(ライン)
ホテルで班分けと定時連絡の時刻、担当箇所を決めた能力者達は、ホワイトヘイヴンの各所で調査を開始した。
「また随分ときな臭くなってきたもんだ‥‥」
バイク形体のAU‐KVを静止させた嵐 一人(
gb1968)は小さく溜息を吐く。
数十分前まで打ち合わせに使っていたホテルは、既に遠い。
後方から、ランドクラウンと最大搭乗員いっぱいのジーザリオ。
その内、ランドクラウンに視線をやって、一人はもう一度息を吐いた。
その車に乗っているだろう、今回の依頼人オレアルティアが浮かべた、ある表情を思い出して。
「オレアルティアさん‥‥。いや、さっきと同じ様に、ティアって呼んでもいいかな?」
「‥‥えぇ、どうぞ」
僅かに微笑を翳らせながらも運転を続ける彼女をそっと見やって、今給黎 伽織(
gb5215)はほんの少しだけ苦笑を漏らした。
「どうやら、さっきの事を気にしてるみたいだね?」
「‥‥次に顔を合わせた時、何とお詫びをすればいいのか、分からないだけですわ」
「成る程、ね。うん。少しずつ君の事が分かってきた気がするよ、ティア」
遂に本格的に肩を震わせながら笑い始めた伽織をバックミラー越しに睨みつけて、オレアルティアは一気にハンドルを切るのだった。
「うわっと! 危ねっ!」
「きゃっ‥‥!?」
「っオレアルティア殿は無謀な運転をするタイプには見えなかったが‥‥」
勢いよく角を曲がった前方のランドクラウンを慌てて追いかけるジーザリオ。
運転手をかってでたヒューイ・焔(
ga8434)は、咄嗟に切ったハンドルを慌てて立て直す。
助手席に座っていた鳳凰 天子(
gb8131)が冷静に論評するその後部で、驚きから持っていた無線機を取り落としたルノア・アラバスター(
gb5133)が小さな悲鳴を上げた。
「目的地はえー」
「後は一本道のはずだ」
告げられたのは、全く知らない地方の小さな薬屋の名前。
「開業は、4年前‥‥ですね」
拾い上げた無線を軽く叩いて呟いたルノアが、小さく首を傾げた。
「こちらも‥‥4年前、ですか‥‥」
どうやら今回のキーワードは『4年前』の様だ。
殺害されたチャールズとリチャードが、S&J社を解雇されてから勤めていた、とされているその会社は廃屋だった。
「随分長い間使用した形跡はないね‥‥」
すいっと伽織が撫でた机の上には、酷い埃が積もっている。
他のどの箇所も埃まみれで、その小さな事務所の中での目ぼしい書類を捜索していたヒューイや一人、ルノアも、時折咳を零していた。
「使ってない期間が長すぎるんじゃねぇ?」
「それに、しては‥‥不自然、すぎませんか‥‥」
ルノアが気にしたのは備え付けの電話だ。
「何だこいつは‥‥」
一人が顔を顰めるのも無理はない。
何故ならその発着信履歴は、全て抹消されていたのだから。
「余程聞かれたくない内容だったのか、それとも」
「‥‥それも、あるかもしれません。けれど、この着信は全て、別の場所へ、転送されていた、みたいですね」
何度か電話を操作していたルノアは顔をあげると、そのまま何処か遠くを見る様な視線を漂わせているオレアルティアへと視線を向けた。
「オレアルティアさん‥‥あの、やはり『4年前』が、全てのキーワードに、なるみたいなんです」
体を震わせてルノアへと視線を移した彼女へと、真っ直ぐな視線のまま問いかける。
「言い辛い、というのは、分かってます。それでも、お願いします」
「今回の件、そこから洗い出さなきゃならないのは、あんたにも分かってるはずだろ」
頭を下げながら言うルノアと、そんな彼女を押す形で口を開くヒューイ。
「被害者を解雇したのはキミ、だよね? 理由がないのにキミが解雇する筈が無い」
俯いてしまった彼女を覗き込む形でそう告げた後、この依頼を受けた時から全員が浮かべていた疑問を、伽織は投げかけるのだった。
「どうして彼らを解雇したのか。理由を、教えてもらえるかな」
●残された日記
インディーズが街の片隅にある駐車場へとそっと滑り込んだ。
「流石にイギリスは冷え込むな‥‥」
運転席から乗り出したアンジェリナ(
ga6940)は、着込んだコートと首もとのマフラーを掻き抱いて小さく呟く。
「武器のカモフラージュは終わっているかしら? 今から被害者の家に行くのだもの。警戒されたら意味はないわよ」
後部座席から姿を現したのは鬼非鬼 ふー(
gb3760)。
彼女自身は既に自身の武器をスカートの下に隠し終わっている。
「大丈夫。しっかりとコートの中に隠しているから」
鳳覚羅(
gb3095)は助手席から降り立つと、微笑みながら自分のコートを軽く2度叩いた。
駐車場から数分歩いた所に、被害者2名のうちのチャールズ・マクレーガーが住んでいた家がある。
道すがら、ふと覚羅はホテルでの出来事を思い出してふーへと問いかけていた。
「そう言えば鬼非鬼さん。あの時、オレアルティアさんに言ってた事だけど‥‥」
「あの時? ‥‥あぁ、ホテルでの事ね。でも、間違ってはいないでしょう?」
依頼人であるオレアルティアを良く知るだろう人物達の彼女への評価を思えば、ふーは自分が言ったあの言葉に間違いはなかったと直感で信じている。
「グレイのだって馬鹿じゃないわ。小さくとも会社を纏めている人間だもの」
小さく肩を竦めながら言い切ったふーへと、覚羅は苦笑しながらポツリと呟いた。
「強いね、鬼非鬼さん」
それは、少し前の事だ。
「グレイの。貴女が今まで針を上げなかったのは曲が魅力的だったから? そうだとしても、それは貴女の怠慢よ」
ホテルに集合した12人が最終確認をしていたその最中。
遠巻きからその様子を見ていた依頼人へと告げたふーの一言に、彼女は一気に眉を顰めた。
「‥‥怠慢‥‥?」
そこで、初めてオレアルティアが12人の元へと歩み寄った。
低い声音と、そして歪められた表情。
ふーの正面に立った彼女が、にっこりと笑みを浮かべながら口を開く。
「えぇ、認めましょう。鬼非鬼様が、怠慢だと思われるのなら、そうなのでしょう」
微笑んだまま、それでもどこか底冷えのする様な声を発するオレアルティアの眼光は鋭い。
「ならば、私は鬼非鬼様に伺いますわ。貴方の体は硬く拘束され、身動き1つ取れません。そんな状態で、鬼非鬼様ならどう壊れたレコードの針を上げられますか?」
ピリ、と空気が尖るのを、全員が肌で感じた。
「動きたくとも、止めたくとも。体は自身ではどうしようもない程に雁字搦めにされているのです。さぁ? どうされます?」
「待って‥‥待って、下さい。落ち着いて‥‥」
咄嗟にふーとオレアルティアの間に己の体を滑り込ませたルノアが、懸命に手を広げて制止を促すが、まるで熱に浮かされる様に言葉を続けるオレアルティアには届かない。
「個人ならば、好き出来るでしょう。けれど、立場という『枷』に拘束された身で、一体どれだけの事が出来ますか?」
彼女は今回の依頼を受けたメンバーに、喩えとして『壊れたレコードの針を上げる』と現状を説明していた。
どうやら、それは唯の比喩表現で済まされるレベルではないらしい。
表情だけは微笑みのまま。
けれどもそれは、間違う事無く彼女の激昂だ。
「オレアルティア、頼むから落ち着いてくれ」
不穏な空気を止めようとするアンジェリナや天子の手を振り払おうとした彼女をじっと見つめたまま。
ふーはもう一度、言い聞かせる様に言葉を放った。
「私は貴女ではないから、それは貴女が答えを出す事よ」
「どうやら被害者の身内っていうのは、一緒に住んでないらしいわ」
家のチャイムを鳴らしても誰も出てこなかった事を不審に思ったアンジェリナは、近隣住民へと聞き込みを行っていた。
結果、この家の持ち主であり被害者の1人であるチャールズという男は、この家に1人で住んでいたと言う事が判明した。
「こういうのをガサ入れって言うのかしら?」
すんなりと入り込めた家の中で、何か手掛かりはないかと捜索を続けるふーが呟いて、机の引き出しを確認する。
「‥‥ビンゴ」
取り出したのは1冊の本。
否、日記だ。
「日記か‥‥。さて、何故彼らが狙われたのか。理由が分かればいいんだけどね」
歩み寄ってきた覚羅とアンジェリナが、ふーの手にある日記へと視線を落とす。
相当の厚さを誇るその日記をパラパラと捲りながら、ふと気が付いたのはやはり手に日記を持っていたふー。
「‥‥妙ね。この日だけは一文しか書かれていないわ」
「『サンプル<願い>を回収・配達』‥‥?」
書かれていた内容を読んだアンジェリナは首を捻る。
あまりにも簡潔すぎる内容だ。
「このページ以外はきっちり書かれているのに、どうしてこの日だけこれだけなのかしら」
何度か前後のページを確認したふーは、たった一文しか書かれていないその日記の日付を確認して読み上げた。
「4年前の、5月2日。ね‥‥」
●言葉を濁す者達
「それじゃ、ウィリアム・グレイの遺体は見つからないまま捜査を打ち切った、と」
翠の肥満(
ga2348)の的を射た言葉に、応対していた警察官も渋い顔をするしかなかった。
「そんな‥‥それじゃあ、オレアルティアさんが警察の事を信用出来ないのもそれが原因‥‥?」
聞かされた内容にユーリ・クルック(
gb0255)は眉を寄せて小さく呟く。
初めて出会ってからというもの、どうやら自分はあの微笑を絶やさない人を恋焦がれているらしい。
そんな人が、ホテルで見せた意外な激昂の原因はここにもあったのかと、彼は離れた場所で調査を続けているだろう彼女へと一瞬思いを馳せた。
「まだ現地のマスコミしか報道していませんでしたが、それは規制して、という訳ではありませんよね?」
大神 直人(
gb1865)の問いかけに、警察官は首を横に振った。
本当に、今回ばかりは警察もお手上げらしい。
ここに来る前、彼らは放送局や新聞社などを回っていた。
「ならばなおの事。この事件の犯人は紅の狼だと断定しているのだろう?」
軍服を纏った月城 紗夜(
gb6417)の言葉に、警察官は唸る様に低く頷く。
「こちらは以前、紅の狼と対峙した。その際『ウィリアム・バートン』というヨリシロにも遭遇している。バグアが絡んでいるのなら、これはUPCの仕事だ」
正直なところ、紗夜自身警察と仲良くつるむつもりなどない。
それでも、警察の持つ情報は時として軍よりも細かい。
「犠牲者2名と紅狼。そしてS&J社に『ウィリアム』という故人。この縁が偶然だとしたら、その方がおかしいでしょう?」
以前遭遇した紅狼の情報を提示しながら告げたユーリに対して、担当していた警官が口にした次の言葉に、直人はそっと会話を録音していた翠の腕を止めた。
「それが‥‥。当時の『ウィリアム・グレイ氏の遺体行方不明』を担当していた警官は、とうの昔に死んでしまっていて‥‥」
●増えた死者と消えた紅狼
一足遅かったのか、2名を殺害した紅狼達は街から姿を消し終わってしまっていた。
「持ち帰った情報を整理しましょうか」
直人の一言に、ホテルへと再度集まったメンバーはそれぞれが調査し収集した情報を提示し始めた。
最初に手を挙げたのは翠と直人。
「こっちは『マスコミは今回の事件について、変死事件としか取り上げていない』のと‥‥」
「『被害者は背後から襲われ、致命傷になったのは首筋への噛み付きだ』と警察が断定した、という事」
それから、と視線を渡された紗夜が、淡々とした口調で続ける。
「そして『犯行時に人影はなかった』という証言が挙がっている」
最後に、と躊躇いながら口を開いたユーリの視線の先には、瞳を閉じたまま情報を整理しているオレアルティアの姿があった。
「『4年前のウィリアム・グレイ氏の遺体行方不明事件を担当していた警官は、その事件についての調査が終わった数ヵ月後に、事故で死んでいる』らしいんです。偶然、にしては出来すぎていませんか‥‥?」
「確かに‥‥何もかもが、繋がり過ぎている感じがするな」
天子の言葉の後、全員が一斉に黙り込んでしまったオレアルティアへと視線を向けた。
「‥‥そう、ですわね」
やっと話したと思ったその一言は、あまりにも曖昧だ。
小さく咳払いをして声をあげたヒューイの手には、自身の手帳がある。
「『被害者の職場は廃屋状態。使われた形跡はほとんどなかった』な」
続いて発言したのは一人。やはり彼の手にもメモが握られていた。
「行きつけの店のマスターに聞いてみたら、どうにも『小さな会社に勤めている割には羽振りがよかった』らしい。それと『常連になったのは4年前から』だ」
またも全員に降りかかった『4年前』というキーワード。
「後は‥‥『電話は、全て転送されていた』形跡が、ありました」
通話記録を全員に手渡しながら告げたルノアの後ろから、そっとオレアルティアの背を押しながら歩み出たのは伽織だ。
「『4年前の解雇』については‥‥僕達の情報提示が終わったら、ティア本人が話してくれるそうだよ」
俯きながらも頷いたオレアルティアを見やって、ふーは小さく肩を竦めた。
「それじゃあ、早く言ってしまいましょうか。私達が得た情報は3つね。被害者2名の自宅と周辺を調査した結果『彼らはS&J社を辞めた後、薬品卸売りの会社に勤めていた』わ」
優雅に指を立てながら言ったふーに、同じ場所を調査していたアンジェリナと覚羅が続く。
「ふたつめ『彼らは毎年決まった日に、ある病院へと多額の寄付を行っていた』みたいね。残っていた帳簿に書かれていたわ」
「そして『彼ら2人の日記を確認したところ、同じ年の同じ日付については、たった一言しか書かれていなかった』。これがみっつめだね」
「あの。その日付っていうのはいつなんですか?」
ユーリの問いに答えたのは、最初に日記を見つけたふーだった。
「4年前の、5月2日よ」
集められた情報はこれで全て。
1日で彼らが、可能な限りで調査したその報告を聞いたオレアルティアが、小さく息を吐いた。
それは、何かに区切りをつける様な、そんな重さの吐息。
「それでは、皆様に調査して頂いた内容を補完する形として、お話致しましょう」
その瞳に、迷いはなかった。
「彼らを解雇した理由は、私の夫の死亡原因や遺体の行方について、当時の社上層部であった彼らが隠したから。彼らの解雇後の就職先については、私にも分かりませんでした。そして、2名の日記にある『5月2日』。この日は‥‥私の夫であった『ウィリアム・グレイ』の死亡確認日です」
一本に繋がりそうな情報達に目を見開いた全員の中で。
ふーへと視線を向けて彼女は確かに、小さく笑ってみせたのだった。
「鬼非鬼様の仰る通り。針を上げなかった私の怠慢が、全ての原因となった様ですわね」
「『サンプル<願い>』‥‥ウィル‥‥ウィリアム‥‥」
ふーの呟きに、彼女は小さく。
自虐的に、笑った。
紅色の闇が、暴かれようとしている。