●リプレイ本文
●森の入り口・相談
「えぇっ!? キメラが3体いるのに、分散するんですか?」
ティアナの声に、和泉譜琶(
gc1967)とセラ(
gc2672)は声をそろえて指を口の前に立てた。
「しーっ!」
「あ。‥‥ごめんなさい」
慌てて口をぱくん、と閉じたティアナに苦笑しながら、ケイ・リヒャルト(
ga0598)が事情を説明し始める。
「童話には往々にして裏があるのよ。今回も、ただのヘンゼルとグレーテルじゃ無さそうね‥‥」
「余りに状況が胡散臭すぎるな」
「森は異界で、人に優しくなんてないのですよ? メルヒェンとは恐ろしいものなのですよ‥‥」
苦笑しながらそう言った白鐘剣一郎(
ga0184)とヨダカ(
gc2990)の言葉に、ティアナは眉を寄せて首を捻った。
「少し、深く考えすぎだと思いますけど。確かに、油断するのは良くないですけど、でもあんまり警戒しすぎた状態でカップルを見つけても、いい印象は持ってもらえないと思います」
「優先すべきは要救助者の安全だ。それは誰もが理解している。だが、我らも能力者として様々な死地に赴いた経験を持つ。故に、慎重に為らざるを得ぬだろう」
シリウス・ガーランド(
ga5113)はそう言いながら、姪の神宮寺 真理亜(
gb1962)へと視線を向けた。
「‥‥それじゃ、班分け‥‥しますか?」
しゃがみこんだ体勢で拾い上げた木の棒を手にしていた南雲 良太(
gc0156)が、ガリガリと地面へとメンバーの名前を書き上げる。
「‥‥ドラグーンは‥‥駆動音が、しますから‥‥出来れば、囮役で‥‥」
「そう、だね‥‥。僕らは、敵を誘き寄せる‥‥方が、得意だから」
霧島 和哉(
gb1893)は愛機である『擁霧』の動作チェックを行いながら呟いた。
「では、私は捜索班で先行しよう」
「じゃあ、私も一緒にいきますっ」
「セラさんが行くなら、私も一緒に行きます」
紫煙を燻らせながら告げるUNKNOWN(
ga4276)の言葉を聞いて、手を挙げたのはセラと譜琶。
「二人が行くなら、俺も一緒に行くかな」
そして、イレイズ・バークライド(
gc4038)だった。
「‥‥なら、探索班‥‥4人は、決まり‥‥ですね」
「私達ドラグーンも囮として行動を共にした方が良いのだろう。なら、後2人か」
真理亜の視線を受けて、すっと手を挙げたのはシリウスだ。
「ならば、我は真理亜と同行するとしよう」
「‥‥じゃ、俺も‥‥こっちに、入ります」
地面へとガリガリ名前を書き込んで、残りのメンバーの顔を見上げた。
「‥‥他の、皆さんは‥‥構いませんか?」
「俺は構いません」
「あたしも異存なしよ」
「ヨダカも構いませんっ」
「わたくしも、大丈夫です」
剣一郎、ケイ、ヨダカ、フランツィスカ・L(
gc3985)の返答に、小さく頷いて良太は立ち上がる。
「ティアナは、森には入らないわよね?」
言いながら、ケイは器用に肩を竦めた。
「勿論です!!」
何度も首を縦に振った新聞記者に、居合わせた能力者達は各々苦笑を漏らすのだった。
●先行・捜索班
覚醒し、隠密潜行で先行するUNKNOWNは予めティアナに渡された地図を見ながら小さく息を吐いた。
「さて、ね。迷い込んだのが『純粋な兄弟』なのか、それとも『赤頭巾を食べた狼』なのか。見極めねばならんかな」
新聞記者は、能力者達が口にした『行方知れずのヘンゼルとグレーテル』が本当に被害者なのか、という疑問に対して、酷く憤慨している様にも見えたが。
慎重にならなければ、戦場など渡っていけない。
「少し、純真すぎやしないかな。彼女も」
戦場とは本来無縁の、一般人である彼女の気持ちは、戦場に長く身を置いている彼らには分からないのかもしれない。
それを真っ向から否定する事はしなくとも。
「バークライドさん、今回もよろしくです。もちろん、UNKNOWNさんも!」
ついさっき、そう言って笑みを浮かべていた譜琶も、真剣な表情で後方から探索を続けている。
その隣には覚醒し、別の名を名乗るセラの姿もあった。
「っと、足元に注意してくれよ? 折れた木やら、泥濘やら結構多いからな」
一番後方で前を行く二人の少女に、そう言いながら自身も注意深く周囲を観察しているイレイズ。
ティアナに貰った地図には、小さな小屋がある、と記されていた。
とにかく此処の様子を探らなければ、先には進めないだろう。
そう考えた捜索班のメンバーは、常に周囲を警戒しながら先を進むのだった。
●囮班・森侵入
「真理亜よ、此処では我等は傭兵の立場。身内故の優遇は無いと覚悟せよ」
「はい、叔父上。しかし、こうやって一緒の行動となるのは久方ぶりです」
そんなシリウスと真理亜の会話があったのは、先行した捜索班が森に入って直ぐの時だ。
「あ‥‥ここにも、落ちてる‥‥。投げ捨てた、のかな?」
和哉が足元に転がった女性ものの靴を見て、小さく呟く。
「我等の第一優先は『キメラ3体を誘き出す事』だ。後続が回収する手筈になっている」
「‥‥投げ捨てた、というよりは‥‥投げつけた、感じが‥‥」
「考え得る事は、襲われて咄嗟に身に着けていたものを投げて抵抗した。という事だろうか」
まだ、血の匂いはしてこない。
「もしかしたら‥‥間に合う、かもしれないよ」
和哉の言葉に頷いて、囮班は出現予測ポイントへと急行するのだった。
●遊撃班・森侵入
「‥‥さぁ。それじゃあ、あたし達も行きましょう。その狼さんに会いに」
小さくウィンクをして、ケイは森の入り口で待機しているティアナへと笑ってみせる。
「心配いりません。要救助者が本当にただの被害者なら、きちんと捜索して見つけますから」
そう言った剣一郎の後ろで、ヨダカがトランシーバーから聞こえてくる情報をまとめてひとつ頷いていた。
やっぱり、ちょっと心配かなぁ。なんて思っていたティアナのすぐ隣で、フランツィスカが首を横に振る。
「わたくし達が、行きますから。ティアナさんは、待ってて下さい」
「‥‥はい」
戦場で戦えない一般人を守りながら戦うのが、どれくらい大変なのか。
過去の取材で、目の前で自分を庇って怪我をした能力者を思い出して、新聞記者はふるりと首を振ってから、小さく笑って見せた。
「皆さん、お気をつけて!」
戦えない人間が出来るのは、彼等の無事を祈って待つ事だけだ。
剣一郎を先頭に、ケイ、フランツィスカ、ヨダカの順に森へと入った遊撃班は、まず地面の様子とどういう状態でものが落ちているのかを確認し始めた。
「足跡のつき方が変わったのは、靴を脱ぎ捨てたから、でしょうかね‥‥」
剣一郎の言葉に、ヨダカが腰を屈めて足跡と、その傍に落ちていた女物の靴の片方を拾い上げた。
「何かに投げつけたって感じですね」
「もしかしたら、キメラに追われて必死に靴を投げつけたのかしら?」
キメラに靴を投げつけたところで、何の攻撃力も無いのは分かっているが。
「‥‥こちらにも、靴が」
フランツィスカが拾い上げたのは、靴のもう片方だ。
「要救助者が被害者だったときに、素足で歩かせるわけにもいきません。拾いながら、先に森に入ったメンバーを追いかけましょう」
そう言いながら、剣一郎は足跡を追って森の中へと入っていく。
「幸いにも、俺達は風下にいますからね。敵に気づかれるにはまだ、時間があるでしょう」
風は、森の中から入り口に向かって、吹き抜けていた。
●囮班、遊撃班・戦闘開始
「‥‥見つけた、よ」
呟いた和哉の視線の先には、小屋の方へと顔を向けながら唸っている3体のキメラがいた。
「この様子では、探索班は小屋に近づく事は不可能だろう」
シリウスの言葉に、ひとつ頷いたのは真理亜だ。
「‥‥それじゃあ‥‥お願いします」
「了解した。これより作戦を実行する」
和哉と真理亜が、覚醒しAU‐KVを駆動させる。
その音に耳を揺らして3体のキメラが振り返った。
「遅い、よ」
キメラが攻撃態勢に入る前に、ピルツを手にした和哉は一気に3体の敵の中心へと突っ込んだ。
「こちらB班、シリウス。敵3体を確認。これより戦闘を開始する」
シリウスは無線機に向かってそう言うと、両手でアサルトライフルを構える。
「グルルル‥‥」
突っ込んだ和哉にキメラが気を取られている隙に、低く唸った良太が一気に手にしたゲリュオンを振り抜いた。
能力者の力を持って振り切られた鋭利な槍斧によって切られたのは、1本の木。
「たお、れろ!」
木の倒れる方向を蹴りで修正した良太の視線の先で。
低い音を立てながら、キメラと和哉が密集していた場所へと、遮蔽物としてそれは倒れた。
キメラ1体と和哉、キメラ2体の組み合わせで分断されたのを確認して、シリウスは手にしたアサルトライフルの銃口を敵へと合わせる。
「連絡が入った。もう、そこまで来ている」
引き金を引いた次の瞬間。
「それじゃあ、こっちの2体には、あたし達とダンスしてもらいましょう」
「走り回るのは得意ではありませんからね」
スキルを使用して放たれたケイのエネルギーガンとアラスカ454と、駆け込んで盾を構えるフランツィスカ。
同じく月詠を鞘に収めたままケイの射撃を援護に利用しながら駆け込む剣一郎が、低い体勢から、前へと走りこむ勢いを利用して、一気に抜刀する。
「天都神影流・虚空閃っ」
抜刀の速度にソニックブームを合わせたその攻撃は、2体いたキメラのうちの1体へと直撃した。
最後に駆けてきたヨダカが、射程に敵のうちの1体が入った事を確認して、ぐっと牡丹灯篭を握る手に力を込めた。
「まずは、敵さんに弱ってもらうです! それから、強化開始なのですっ」
練成弱体で敵の防御力を落とした後に、盾を構えたフランツィスカへと練成強化を施す。
一方の囮A班は、敵が1体に絞られた事で集中攻撃を行いやすくなっていた。
「捜索班の様子は‥‥」
「まだ、連絡は無い」
敵へと照準を合わせ、発砲を続けるシリウスの返答に、真理亜は僅かに眉を寄せる。
「こちらC班。A班と合流した。戦闘を継続中」
トランシーバーの向こうからは、まだ返答はない。
●捜索班・発見
一方の捜索担当B班は、小屋の裏側に回りこんでいた。
前方では敵と仲間達が交戦していて、中の様子を正確に把握出来なかったからだ。
「アイリスさん、何か聞こえますかー?」
壁にぴとりと耳をつけて目を閉じていたセラ ――戦闘中は、別の名前、アイリス、と名乗っているが。
少女は壁から耳を離して、ひとつ頷いた。
「聞き取った限りでは、人間の呼吸音が二人分、聞こえたかな」
「なら、私がちょっと、中を窺って来ますね。勿論危なくなったら即行で帰って来ますけど‥‥」
「一人でも平気かな?」
頭を撫でてくるUNKNOWNに小さく頷いて、譜琶はそっと裏口のドアを細く開いた。
「‥‥いきます‥‥!」
アルファルを握り、少女はそっと身を滑り込ませる様に小屋の中へと入っていく。
小屋の中から、まだ目立った音は聞こえてこない。
暫くして。
「皆さん、大丈夫ですっ! 行方不明になってた、カップルさんですよっ!」
譜琶の声に、全員が入りすぎていた力を僅かに抜いた。
小屋にいるのが敵なんじゃないか、と疑り続けていたのだから、神経も磨り減ってしまう。
「ここで、大人しくしてて下さいね。すぐに、外の狼を退治して、一緒に森から出ましょう」
譜琶の言葉に、カップルはガタガタと震えながら小さく頷き返すのだった。
「じゃあ、裏手から一気に合流するか」
イレイズはそう言って、蛍火へと手を掛けて小屋の表側。
既に戦闘が始まっている場所へと駆け出した。
●全班合流・戦闘
「小屋の中には例のカップルがいたよ。二人とも、擦り傷程度で済んで、小屋に逃げ込んだらしいが」
合流したB班のセラが、声を上げて残りのメンバーに要救助者の生存と状態を伝える。
「それじゃあ、可哀想なヘンゼルとグレーテルの為に、早く切り上げましょうか」
唇の端を引き上げて、口を開いたキメラへとケイが一気に接近する。
「さ、ダンスの時間よ? 華麗に舞って頂戴」
ゼロ距離で、スキルを発動させながらアラスカ454の弾丸を口内へと叩き込む。
痛みのあまりに倒れこむキメラへと、加虐的な笑みを浮かべたケイが呟いた。
「鉛の飴玉のお味は如何?」
口内を攻撃されたキメラには、唸る余裕などない。
出鱈目に手足をばたつかせるキメラから距離を取るケイを庇うように、盾を構えるのはフランツィスカだ。
「わんこは好きだから、心苦しいのだけど」
スキルを発動させ、そのまま盾でキメラを勢い良く薙ぎ払う。
薙ぎ払われた先にいたのは、先ほどの再度月詠を鞘に戻して構えていた剣一郎だ。
三、二、一。
接近する敵との距離と、己のタイミングを計って、剣一郎はぐっと体を沈ませる。
正面ではなく、敵とは斜めに対峙していた。その理由。
半身の状態から、右足をぐっと踏み込んで、柄に手を掛ける。
剣一郎は体の振りによって生まれる遠心力をも加算して、斬撃の勢いを更に増したのだ。
「‥‥天都神影流『奥義』断空牙」
静かに、そして苛烈に。
全てのスキルを発動させて抜刀された一撃は、キメラを見事に断ち切った。
後方からUNKNOWNと譜琶の援護射撃を受けながら、イレイズがもう1匹のキメラへと駆け込む。
腰を低く落とした体勢から、スキルを発動させて居合いの要領で刀を振り抜いたイレイズの攻撃が、キメラの脚部を裂く。
「まだだ‥‥!」
そのまま刀を返し、二の太刀でキメラへと袈裟懸けに切りつけた。
深く裂かれた腹部に、キメラが鳴く。
最後のあがきに、と爪を翻したキメラのその足を、後方からバラキエルで打ち抜いたUNKNOWNが、冷たい瞳のままに小さく呟いた。
「アーメン」
今度こそ、銃弾はキメラの心臓を打ち抜くのだった。
シリウスと真理亜の弾丸で、脚部が使い物にならない状態にまで追い込まれていたキメラは、和哉のスキル咆哮で地面へと叩きつけられる。
「逃がさ、ないよ」
和哉の下で、必死にもがくキメラの牙も、厚い竜の装甲を削る事は出来ない。
ピルツでキメラの両肩部分を貫いて、完全に回避不可能な状態に追い込んだ、和哉の真後ろ。
その影から飛び出したのは良太だ。
「今だな‥‥!」
スキルを発動させ、攻撃力を上げたゲリュオンを真上から勢い良く振り下ろす。
ドンッ、と鈍い音と、ほんの少し響くキメラの搾り出す様な鳴き声。
まさしくスキル名通り、両断されたキメラは、もう動かなかった。
●ヘンゼルとグレーテル
無事に保護されたカップルから、メンバーは事情を聞いていた。
物をひとつずつ落としていったのは、追ってきたキメラへと投げつけながら逃げたから。
森にキメラが出るという事は全く知らなかった。
小さな怪我は、何故かポツリと「爆ぜろ」と呟いたフランツィスカが言葉の割には丁寧に治療して。
森に出現したキメラの殲滅と、カップルの救助は無事終了となったのだった。
END