●リプレイ本文
放棄されて久しい下水道に、サプレッサーのくぐもった銃声が響く。キア・ブロッサム(
gb1240)のバラキエルが発射されたのだ。
三葉虫型キメラが、ビッシリと生えたイヤらしい多関節をピクピクさせ、断末魔の痙攣に身を震わせる。
その光景に振り返りもせず、傭兵たちは先を急ぐ。が、強そうな奴の後ろ、つまりUNKNOWN(
ga4276)の後ろで、隠密先行まで使用して気配を消していたNico(
gc4739)が、物音に振り向くと、まだ震えているキメラに、別の三葉虫が一匹カサカサと這い寄り、覆いかぶさると共食いを始めた。
その光景に、Nicoは思わず顔をしかめると、スコルで二体を纏めて水中に蹴り落とした。すると、今度は水中からアノマロカリス二本の触手が伸び、二匹をガッシリと押さえつけ、水中に沈んでいく。
見ていると、水面に体液やら千切られた脚やらが浮かんで来た。
「懐かしいキメラが居るね」
Nicoと同様に振り向いていたUNKNOWNが静かに呟いた。
「おゥ、意地汚ない連中だねぇ? 俺達も道半ばで転ンで怪我して、ああなったら。話にならねェぜ。 くわばらくわばら」
Nicoはそう独り言のように呟き、他の傭兵たちと共に先を急ぐのだった。
しばらくして、弱火にしたランタンを掲げ、見取図と方位磁石を確認しながら先頭を進んでいた崔 美鈴(
gb3983)が、無言で手を挙げて合図し、立ち止まった。
曲がり角に出たのだ。崔は、素早く左右に目を配り、敵の有無を確認する。
彼女は、怪しい気配が無いのを確認すると、一向を振り向いて、合図しようとしたが、突然、驚いたような表情を浮かべて、如月・由梨(
ga1805)の方を指差した。
如月が慌てて振り向くと、そこには天井からダランとぶら下がった触手の先端にくっついた鋏がカチカチと音を立てていた。
思わず息を飲む如月。そこに、彼女をフォローすべく、フェイスマスクとダイバースーツを着込んだ終夜・無月(
ga3084)が飛び込んで来た。終夜は、装備したバトルブックで触手を殴った。
同時に、気を取り直した如月が氷雨で触手を切り払う。
悲鳴を上げて天井からボトリと落下するオパビニア型のキメラ。
如月や、終夜をフォローし易い位置にいた米田一機(
gb2352)が駆け寄って、仰向けでもがくキメラに蛍火で止めを刺した。
しかし、傭兵たちが一息ついたのも束の間である。何か、嫌な予感がしたのであろう。やはりランタンを持っていた沙玖(
gc4538)が、恐る恐る天井に灯りを向ける。
‥‥予想通り、下水道の薄暗いジメジメした天井にはビッシリと様々な三葉虫が張り付き、蠢いていた。
ガーネット=クロウ(
gb1717)が、ショートボウを手近なキメラに向けて放つ。天井に矢で縫い付けられ、痙攣する三葉虫。だが、他のキメラが一斉にカチカチと顎を鳴らし始めた。
「数が多すぎる! 逃げるべきであろう!」
フラウ(
gb4316)が叫んだ。
「みんな、こっちだよ!」
地図を持っていた崔が、素早く方向を指示した。
ひたすらに駆け抜ける傭兵たち。途中、進行方向にもキメラが立ち塞がるが、崔が一足先に、瞬天速で間合いを詰め、 蛇剋による瞬即撃で甲殻の隙間を穿ち、血路を切り開いた。
最後尾では、水中から突如飛び掛かってきたアノマロカリスの首を、UNKNOWNがあっさりと、ライトニングクローで切り落とした。
「前に戦ったものよりは弱い、な。量産型だろうか?」
「どっちでもいい! 俺はとにかく楽ならそれでいいぜ!」
相変わらずUNKNOWNの後ろを走っていた、Nicoが頭部を切り落とされて、なお動くキメラの体を、背後から迫る群れに蹴り飛ばした。案の定、その体に群がるキメラ。
やがて、走り続ける傭兵たちの前に、夜明け前の光が差し込む、下水の出口が現れた。
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下水を抜けた先は、調査区域である三角州の西の端の川に突きだした地点であった。
ここは、アルゲイニー河とモノンガヘイラ河が合流し、オハイオ河となる辺りであり、かつてはポイント州立公園呼ばれた一帯である。
「綺麗な噴水があって、助かりましたが‥‥任務とはいえ、こんな場所で着替えるのは落ち着きませんね」
体に、染みついた下水の臭いを洗い流しながらガーネットが呟いた。
五人の女性は、その州立公園の名所の一つ、河川の伏流水から取水する噴水で、水浴びの真っ最中である。
「傭兵としてあちこち行くのは慣れていますけど、やっぱりこの臭いは、少しだけ抵抗がありますね」
如月も、苦笑しながら入念に体を洗っている。
「ごめんね! 最短のルートを選んだんだけど、それが不味かったのかなあ?」
崔が、肩まで水に浸かりながら女性陣に謝っていた。侵入前、下水の地図を見て移動ルートを決定したのは彼女だったのだ。
「汝が気に病むような事でもあるまい。我が、この町を支配しているバグアなら、やはり最短距離に重点的にキメラを配置したであろう」
そう答えたのは、自称・やんごとなき身分のフラウである。
「帰りは、面倒でも回り道をした方が楽かもしれぬな‥‥」
「そうだね、調べなおしておくね」
呟くフラウに、崔が答える。
「しかし、少々不用心かもしれませんね‥‥ いえ、下水道のことではなく、周囲に人の気配は無いとはいえ、やはり街中ですから‥‥」
キアが、周囲にさり気無く注意を払いながら呟いた。とはいえ、彼女も、聞き込みに当たって、不快感を与えない為、やはり丁寧に洗い香水まで使っている。
それを聞いた如月が、柔らかく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。‥‥その、無月さんも見張ってくれていますから」
女性陣のすぐ近くで、かつ女性陣が目に入らない位置で周囲を監視する役目を任されたのは、如月の婚約者である無月である。彼は公園の様子を見回して呟いた。
「バグアによる陥落後にもかかわらず、草木の様子からして、ある程度の手入れはされている‥‥ここを管理しているバグアは、ここを箱庭とでも、思っているのかもね‥‥」
ちなみに彼はFマスクとDスーツを着ていたので臭い対策は不要であった。
何事も無く、水浴びを終えた女性陣と男性陣が合流したのは、同じく公園内にある現存するピッツバーグ最古の建物である、ピット砦の小要塞跡であった。
「ふむ、南北戦争時代の遺物がまだ保存されているとは、ね」
学識豊かなUNKNOWNが小さく呟いた。
それを聞いた米田が心境を吐露する。
「占領された地域の歴史的遺産がこんな形で残っているとはねぇ。 中国とかだと恐怖を背景にした圧力だったはずだけど‥‥」
傍らで消臭剤を使いつつ、Nicoがもの珍しそうに建物を眺める。
「どうでもいいじゃねえか。 まあ、これなら市中観光も、ちったあ面白くなりそうだぜ」
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学びの聖堂周辺に広がる、旧シェンレー・プラザ、現在ではトウモロコシ畑が広がる一帯には、夜明けとともに人が集まり始めていた。言うまでも無く、このピッツバーグの住人達である。
彼らは、一様に農作業に適した格好に身を包んでいる。彼らはどう見ても元サラリーマンといった雰囲気であり、それが妙にアンバランスであった。
「朝は、日の出と共に農作業、ですか‥‥」
住民の一日のスケジュールを調査項目として想定していた無月が、丁寧に記録を取っている。
その傍らを元気一杯に幼い子供たちが駆けて行く。彼らが向かう先は、もちろん学びの聖堂だ。中には、保護者や、大きい子供たちに連れられた者もいるようだ。
「保護者の方たちに紛れ込めば、怪しまれずに潜入できそうですね」
キアの言葉に頷く崔とフラウ。かくして彼女らは、土とトウモロコシの葉の青臭い匂いの中を進んで行った。
三人は、予めキアが母親役を演じ、米では外見の幼く見える崔が妹。そしてフラウが姉と言う役を演じることに決めていた。
ちなみに、フラウは当初の現地民に偽装しての調査と言う路線は早い段階で変更を迫られている。人の出入りが無い閉鎖されたこの街の状況では、住民一人一人の情報は、市長かバグアに入念に管理されていると考えるのが自然だ。
よってキアに合わせ、近くのバグアが管理する地域から逃げ出した、とした方が自然だったからである。
「あら、あなたたち、この市の住人じゃあないわね。 近くのバグア占領都市からの避難民?」
三人に声をかけたのは、小さな女の子を連れた気さくそうな母親であった。
「ええ、前いた所は、住民への扱いが苛烈で‥‥私の夫も‥‥」
キアは、これ幸いとばかりに同情を引くように話を合わせた。
「大変だったのねえ‥‥ここも、決して快適とは言えないにしろ、他の占領地よりは幾分マシなはずよ。 安心して良いわ」
「そうみたいですね。誰がやっているのか知らないけれど、学校のような事も開かれているみたいで‥‥この通り、私も子持ちなので、もしこの子たちでも入学できるのなら、仲良くしてあげて下さいね」
営業スマイル全開で微笑むキアに、同じ境遇と言うこともあり、母親はすっかり気を許したようだ。ここぞとばかりフラウが質問を発した。
「汝らの市長には、何処に行けば会える?」
「あらあら、随分と大人びたお嬢さんねえ。市長なら、あの校舎の最上階で仕事してる筈よ。暇な時は、農作業を手伝ってくれるけれど、最近お忙しいみたいねえ」
「かたじけない」
フラウはそう礼を言うと、二人に合図をし、一足先に建物へと向かう。勿論市長への聞き込みを行う為であった。入り口近くで待っていたNicoにも合図をし、市長の居場所を告げる。こうして二人は一足先に市長の所へと向かうのだった。
一方、崔とキアは引き続き、母親に聞き込みを続ける。
「今、どのくらいの人数の子供が通っているのかしら? ‥‥クラス分けとかは、あるんですの?」
世間話のように装って、話題を確信へと近付けてゆくキア。彼女の疑問は、特定の子供が何らかの目的で選別されていないかを危惧してのことである。
「それがねえ、あなた! あの先生ときたら、たった一人で、大学の人気講座以上の数の子供たちを一度に教えているのよ! それで、一人一人をしっかり把握しているのだから、驚きだわ。 やっぱり宇宙人って、地球の人間とは頭の構造が違うのかしら?」
「‥‥それは、特定の子のみが受講する授業や、特定の子供のみを教える教師はいないということでしょうか?」
「そうねえ。 最も、勉強が苦手な子の為に頻繁に補修授業があるけど、それもあの先生一人でやっているし‥‥ああ、それと青と黄色のよく喋るロボットがたまに手伝っているのを見るわ」
どうやら、キアが危惧していたような選別はいまのところ確認できなかった。最も真相は子供の方にも聞いてみるまでは解らないだろう。それにつては、この後崔に任せることにして、キアは話題を移した。
「ところで、皆さん普段はどこで暮らしていらっしゃるの? どこかで共同生活でも?」
「いいえ、残っている住人と言ってもそんなに多くないから‥‥このダウンタウン地区に残っている住居を利用して、皆好き勝手に住んでいるわ。中には、占領前よりいい家に住めたなんて、冗談を言う人もいるくらいよ。まあ便利だから固まって住んではいるけれど」
「貴方たちも、ここに住みたいのなら、一応市長さんに話を通しておかないと。 断られたりはしない筈だけど。色々食料の割り当ての事とかもあるし‥‥」
「それなら、心配いりませんわ。私たちの代表者が、市長の所に行っていますから」
そして、子供たちに交じって、崔とキアも学びの聖堂へと足を踏み入れたのであった。
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一足先に、学びの聖堂内に入っていたフラウとNicoはエレベーターで最上階へと向かっていた。
「驚いたねェ。 大学の建物だっつーのに、この豪勢な事! アメリカーンドリームってヤツかねェ? 俺にも少し分けてほしいぜ!」
既に、Nicoは金目のものを探すような目つきを見せていた。
「気にするのはそこでは無かろう。 まだエレベーターが、というよりこの大規模な建物の機能が生きていることの方が興味深い」
フラウがそう突っ込みを入れた所で、エレベーターが最上階に到達した。
「あんたが、市長サンかい? まあよろしく頼むゼ!」
あっさりと最上階の、今は市長の執務室として使われている部屋に通されたNicoは、親しげに二人を出迎えた市長と握手を交わした。
「おっと、肩に埃が‥‥」
更に彼は白々しい理由をつけて、パンパンと市長の肩を叩いた。
勿論、傍らのフラウは、それがFFの有無を確かめる行為であることをNicoと打ち合わせてあったので、市長の様子に注視する。
しかし、次の市長の親しげな一言は、二人の出鼻を挫くには十分であった。
「ご心配なく。 私は親バグアということになるのでしょうが、強化人間ではありません」
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荘厳なゴシック様式で組み上げられた教室には、ほぼ街中の子供が詰めかけていた。崔とキアは、とりあえず壮麗な柱の一つの陰に隠れ様子を伺う。
やがて照明が落とされ、壁に設置されたスクリーンが映像を写し始めた――
『授業』の開始から、20分が経過している。画面に現れたのは、予想通り、少年の外見を持ち、白衣を着た『博士』と名乗るバグアであった。
博士の背後でゴーレムとタロスが、何やら化学の実験の準備らしきことを終えたことを博士に報告すると、途端に子供たちは静かになる。
授業は、極めて円滑に進行した。授業に関係のないことで騒ぐような子供は一人も居なかったが、『博士』とその補助役らしいゴーレムとタロスは、常に子供たちが発言等を通して主体的に授業に参加できるよう計算し、息抜きの話題も完全に配分されているらしかった。
おかげで子供たちの笑いは絶えず、しかし誰もが真剣な表情で聞き入っていた。有体に言えば、『楽しく学べる理想的な授業』がそこでは行われていたのだ。
キアと崔はこの様子に毒気を抜かれ、気が付けば休み時間を博士が宣言した。
休憩時間と言うことで、育ち盛りの子供たちの中には、、お菓子を食べている子も多い。
その中で崔が目を付けたのは、一人だけ、お菓子を忘れたらしく指をくわえて見ている男の子であった。
「ね、チョコいらない?」
崔の言葉に、目を輝かせる男の子。
「私と、お話ししてくれるんだったら、好きなのあげても、いいよ〜?」
男の子は、コクコクと頷く。かくして、崔のあげたトリュフチョコを頬張る子供からの事情聴取が幕を開けた。
(どうやら、フラウさんが気にしていた道徳や歴史の授業も、普通に教わる内容と全く変わらないようですね)
話を聞いている途中でキアが崔に耳打ちする。
崔はそれに頷いて見せつつ
「最後の質問ね‥‥バグアのことどう思ってる?」
今までよりも真剣な表情をつくって質問する崔に、子供は元気よく答えてくれた。
「わかんない!」
思わず、脱力する二人。実際、授業のカリキュラムや、キアが見せてもらった教材は全て当たり前のものばかりで、特にバグアについて触れた内容は見当たらなかったことを二人は思い出した。
二人は落ち込んだものの、気を取り直して、子供の方を見る。彼はまだ食べたいのか、物欲しそうな目で崔のメダルチョコを見ている。崔は、苦笑してそれを差し出す。
嬉しそうにそれを受け取った子供が次に言ったことは、この調査に大きな光明となった。
「おねえちゃん、ありがとう! じゃあねえ‥‥お礼に博士の秘密の場所に連れて行ってあげる!」
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4人の傭兵が、内部で聞き込みを行っている時、学びの聖堂の外壁を、ハンディバキュームハンドルを吸着させて足場を作りつつ、ワイヤーでロッククライミングする黒いスーツ姿の男いた。
もちろんUNKNOWNである。彼は、他のメンバーとは違い、誰にも見とがめられないよう内部に潜入していた。
そして、資料保管庫と思しき部屋に忍び込み、様々な研究記録を調査していたのである。
医学や化学についての記録は全て、バグア占領以前のものであった。
しかし、臓器移植についての資料を漁っている時に、興味深い文章が目に入った。
よくよく調べてみると、それは厳密には臓器では無く「思考パターンの移植」と記されている資料であった。これについての資料は、この建物の42階にある増設された研究室にあるらしかった。
建物の構造上、鍵をこじ開けるよりは見取り図にある窓から侵入するのが良いと考えての行動であった。
ある程度登ったところで、休めそうな場所が見つかったので、彼は咥え煙草で一息ついた。
ついでに、カメラで周囲を撮影し始める。河を越えた先に広がる廃墟の様子が嫌でも目に付く。
吸い尽くした煙草を用心深く、携帯していた袋に押し込むと再び彼は目的地に向かって登り始めた。
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ダウンタウン地区に保存されている高層ビル街を、二人でぶらぶら歩いているのは、終夜とその恋人の如月である。
どのビルも外観こそ保っているが、周囲は木々がうっそうと生い茂っており、既にここが無人の僻地と化していることを示していた。
「何が怪しいとかはよく分かりませんね‥‥平和で穏やかで。ただ‥‥この辺りのビルは姿はそのままでも、内部はもう誰も使っていないようですけど」
終夜に如月が話しかけた。二人は手分けして、幾つかのビルに侵入し、調査を終えた所であった。
「こういう場所なら、レジスタンスの拠点でもあるか、と思ったけど‥‥」
終夜も残念そうに呟いた。既に、人が住んでいる区域の調査や住民の言動の観察からも、この街にレジスタンスと呼べるような組織は、その痕跡すらも見つからなかったのである。
「鉄鋼業が軍事利用されている形跡も無いね。まあ、バグアが使用するのは彼ら独自の金属がほとんどだけど」
終夜が呟いた。
「鉄鋼といえば、ご存知でした? この橋、ホット・メタル橋と言う名前だそうですよ?」
如月が、彼女ら二人の進行方向に伸びる橋を手で示した。このホット・メタル橋はダウンタウン地区の南東、モノンガヘイラ河に架かった、三角州のダウンタウン地区と対岸を結ぶ橋である。
橋の向こう側には、廃墟が広がっており、晴れた空には明らかにキメラと解る異形の影が複数見えた。
早速、無月は、月読の望遠と赤外線機能使用し、偵察にかかった。勿論、録画録音機能での情報の保存の準備も忘れない。
しかし、確認できたキメラは、いずれもありきたりな代物、例えて言うなら大規模作戦に動員され、KVに一蹴で蹴散らされるような、手合いばかりだ。
「数も、あまり多くないね‥‥ああ、これはちょっと珍しいかな?」
終夜がそう言ったのは、いわゆる翼竜、プテラノドンを模したらしい飛行キメラである。
「結局、さっき高層ビルの上から確認した限りでも、占領後に新設された軍事施設らしいものは見当たらなかったね」
望遠を覗き込みながら、終夜が言う。
「ええ、ただ、KVや機体の発着に使えそうな、アリーナの跡がありましたけど‥‥」
対岸の調査を終えた終夜の言葉に、如月が意見を述べる。
「ただ、この三角州に繋がる橋‥‥特に西側のものが全て顕在だったのが解ったのは大きいと思います。 どういう軍事作戦を展開するにしろ、東側が完全にバグア支配圏となっているこの都市を責めるのなら、西側からこの三角州に攻め込むしかありませんから」
終夜は頷くと、それまでの緊張感に満ちた表情を一変させて、恋人に話しかけた。
「それじゃあ、大分午後も遅くなったし、南側を調べる前にお昼にしようか?」
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「‥‥昼食の時間は、ここに集まるのですね。 毎日そうなのでしょうか」
レストランだった場所で、ガーネットが、目の前の皿を見て呟いた。遅めの昼食を取るのは彼女の他に、沙玖、米田の二名である。
既に彼ら三人は、市長からの通達で、東から避難民ということで、この都市への居住許可を貰ったことになっていた。
この都市では、食料は配給制であった。昼食を農作業の合間に手軽にとれるよう、飲食店を利用して調理経験のある市民が、その日のメニューを配給、という形になっている。
この日は、トウモロコシ粥に野菜、それにカントリー・フライドステーキという牛肉の揚げたものが供された。
テーブルには、もう一人、人のよさそうな男が相伴していた。この都市の住人である彼が、気さくに声をかけて来てくれたので、少しでも情報が欲しい三人は、喜んで同席したのである。
「こういう場所は、この辺だけですか?」
このガーネットの質問の意図は、軍の攻撃の際に巻き添えが少なくなる時間と場所を探ることにある。
「いや、ダウンタウン全体に点在しています。畑があちこちにあるから」
男は粥を啜りながら答える。
「ここも、バグアに占領されていることは変わらないから、どうなることかと思っていたが、なんとかなっているよな」
沙玖が肉を切り分けつつ言う。
「野菜だけじゃなく、この牛も、市内で育てたモンなのか?」
「ええ、今の統治が始まった頃に、博士が占領地から移送して来たものです。壮観でしたよ、BFから、家畜がぞろぞろと、アリーナ跡に降ろされた光景は‥‥」
沙玖の質問に応え、肉を頬張る男性。この回答に、米田と沙玖は顔を見合わせた。
これまでの所、博士の行動に、怪しい点は見つからなかった。沙玖が住民に聞いてみても、博士の統治が始まってから、キメラになった住人はおろか、行方に不明なった者さえいないとのことであった。聞き込みでも、バグアに対する悪感情も、少なくとも表向きは感じ取れなかった。
米田は内心で激しく自問する。
(この場所だって無抵抗で占領されたわけではないはず。争いが起きてる。つまり、何かしらの遺恨があるはず。人の思念っていうのはそう簡単に消えないんだ。どこかに‥‥必ずどこかにその歪みがあるはずなんだ。どこだ‥‥どこにある?)
既に、この気さくな男との会食はかなり打ち解けた雰囲気で進んでいる。そう判断した米田は、次のような話題を振った
「でも、あんたは生き生きしてて、いいよね。僕、なんかわっかんなくなっちゃってさ。なんで生きているんだろう」
かつてはバリバリの金融マンであったというこの男は、どういう思いでこの環境を受け入れているのか。
質問された男の顔に、ふっと暗い影がさす。
米田は、このチャンスを逃すまいと、聞き込みの際に使うよう崔から渡されたワインを取り出した。
男との会話から、さすがに流通の途絶えた市内には、酒がほとんどないということと、この男が酒好きであることを聞き出していたのだ。
男は、しばらくためらっていたが、やがてワインをグラスに注ぐと、静かに語り出した――
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「まず、お尋ねしたい。 あの『博士』というバグアは穏健派なのか、実験派なのか?」
単刀直入に、市長に質問を切り出すフラウ。
「あなた方は、自分が家畜であると思い知らされたことはありますか?」
そう言って、市長はようやく語り始めた。
以下の記録は、市長の話と、食堂の男の話をまとめたものである。二人の話は、途中までほぼ同じ内容であった為の措置である。
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ピッツバーグの陥落直後、辛うじて生き延びた市民たちは、廃墟と化した街の一角に集められた。
住民たちの周囲には、まるで檻のように多数のBFが駐機していた。
既に、選別は終わった、とその軍人をヨリシロにしたバグアは言った。ここに集められた者は、キメラのエサだ。そう言ったバグアの口調は、事務的に、与えられた仕事をただ処理するだけといった風情であった。
子供が、母親たちが泣き叫ぶ中、BFのハッチがジワジワと開き、中からキメラの耳障りな咆哮が響いた。
そこに、新しいBFに乗って現れたのが『博士』だった。彼は、その虐殺を止めさせた。
渋い顔をしていたそのバグアは、博士が、ヨリシロ候補の強化人間の提供を申し出ると、一も二も無く態度を軟化させた。
このバグアは、今のヨリシロに満足していなかった。余り物をあてがわれたと、大いに不満であったらしい。
「嫌になっちゃうよねえ? ブライトン閣下を始めとして、皆で『優秀なヨリシロ』ばっかり取りあっちゃってさぁ」
博士はピッツバーグの管理権を譲渡された数日後、数日後、市長のみをBF内に呼び出して開口一番こう言った。
「成長って、進化そういうものじゃないよねえ? 生命は個人や個体として進化するんじゃない。 種として進化するものじゃないのかな?」
「つまり、『ブライトン』や、『エミタ』クラスの能力は、『人間』という種として、君らの誰もが手に入れられる可能性があるんじゃないの?」
余りに、場違いな話題に、市長は絶句したという。
「博士は、子供たちを『実験』に差し出すよう要求したのです。自らの手で、『天才』と呼ばれるような存在に子供たちを育て上げ、『誰もが天才児になれる』と証明すること。それが彼の『学校』の目的です」
「選択の余地は無かった。彼は一度として、脅迫じみたことは口にしなかった。キメラの『飼料』に過ぎなかった我々を、買ったのです それで十分でした。 我々が家畜であることの証明には」
「彼はこう約束しました。子供たち、をヨリシロに供するつもりはない。失敗したら、子供らにヨリシロとしての価値は無いし、成功したら、それはもう好きなだけ優秀なヨリシロを『飼育』、いや『肥育』できるという証明になるから、ここの子供たちは、その生きた見本として、平和に寿命を全うさせると言ったのです」
「この話自体は本当だと思う。彼は、子供たちを使って、全人類をより安全な家畜に品種改良する実験をしているのです」
「彼が、我々が最低限生きてゆけるよう、家畜を供与したりして自給自足の環境を整えたのも、他のバグアにこの特異な実験を邪魔されたくなかったからでしょう」
「ちなみに、教育のカリキュラム自体は普通の人間が教わるものとほとんど変わりません。あくまでも、優秀な『人間』を育てることが目的ですから」
「とはいえ、あなた方が心配したようなことも、少しは教えていますが」
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市長が話し終えた時、Nicoとフラウは、最上階にある、そこだけは明らかにバグア製と解る大部屋の前に案内されていた。
「あなた方は‥‥?」
市長が言った。
其処には既に男の子に連れられた崔とキアも顔を見せていた。更に、その部屋に入った一行を待っていたのは、一足先に外壁の通風孔から潜入したUNKNOWNであった。
「構いません。当の博士からして、この部屋を特に秘密にしている訳では無い。親も皆しっています」
市長はそう言って男の子の頭を撫で、先に帰るように言った。
そこには、軍事関係の戦闘シミュレーターのような機材が並んでいた。そのほとんどは、地球準拠のもののようであった。
そして、市長は、部屋の奥にある。施錠された金庫らしきものを示した。
「この中には、ここの機材で『遊ばせた』際に子供たちが示した思考パターンを電子的に記録した、一種の人工知能が納められているのです」
「彼は、兵器の操作や、戦闘の管制についての英才教育を受けた三歳相当の思考能力を持ったAIを、ワームに搭載する腹積もりです。バグア上層部への言い訳だと嘯いていましたが」
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「さっき、夜間規制について聞かれましたね?」
ワインを空にして、発泡酒を煽りながら、すっかり酔いの回った男は、沙玖の方を見た。気が付けば、既に空は夕日に赤く染まっていた。
「それと、廃墟の状況についても」
今の話に圧倒された三人の傭兵たちは、頷くだけだ。
「‥‥外に出て、自分の眼で確かめてみてください」
夕暮れを告げるサイレンが鳴り響いた。
同時に、ダウンタウンを囲む四方の廃墟のあちこちから、突然、ワーム発進用のカタパルトが生えて来た。
十五メートル程あるその中から、次々と、無人のゴーレムやらタロスが現れた。
それらは、離陸すると、保存されている高層ビルに取り付き始めた。
その様子は、調査を終え、橋から夕陽を眺めていた終夜と如月にもよく見えた。
急いで、その様子を記録する終夜。
学びの聖堂の窓からは、そこに取り付いた一機のゴーレムが良く見えた。思わず身構える傭兵たち。
だが、市長は微笑して言った。
「気になさることはありません。 本来は防衛用のものでしょうが‥‥」
ゴーレムがその手に握っていたのは、ビルの外壁清掃用の道具であった。
それぞれの居場所で唖然とする傭兵たちの見守る中、ワーム達は、ビルの外壁を清掃し、メンテナンスを始めた。
「さあ、今日はこれでお別れのようです」
市長が、西の空を指差した。そこには黒と灰色に塗装されたBFとしては最大級のサイズのそれと、直衛のゴーレムとタロスが一機ずつ都市の上空に侵入して来たところであった。
「ここを管理する。『博士』こと、ドクトル・バージェスの旗艦兼移動研究所である『ダンクルオステウス』です。さあ。急いで、お帰りなさい。そして、願わくば――」
「我々をこの悪夢の飼育場から、家畜の身分から開放して下さい‥‥!」
市長はそう言って歯を食いしばった。
十人の撤退は、迅速かつ、順調だった。崔の予測通り、下水では遠回りのルートを選んだところ、キメラとの遭遇は少なくて済んだ。
ちなみに、崔が依頼で、譲渡した酒や、菓子は、貴重な情報を持ち帰った特例と言うことで、UPCが補填してくれた。