●リプレイ本文
『何だァ? この辛気臭い曲は?』
『ベートーヴェンだよ兄貴! お葬式で流れそうな奴だ!』
『ああ‥‥博士がピッツバーグで、子供らに聞かせてたっけな‥‥敵さんどういうつもりか知らねえが‥‥』
‥‥葬送行進曲‥‥それが弔うのは、都市か人かバグアか? 管制担当のハンナ・ルーベンス(
ga5138)が乗機のウーフー2『フラウ・ジャンヌ・クローデル』からオープン回線で流す音楽を浴びながら、G3とT3を中核とする三角洲直衛は応戦していた。
『にしても‥‥あのKV、バカスカ射ちやがる‥‥』
舌打ちの様な音を立てたG3は、三角州自体を遮蔽物にしながら、ジャック・ジェリア(
gc0672)のスピリットゴースト『ジャックランタン』を呆れたように見た。
ジャック機は、三角州に対し高火力武器の一斉展開を行い、狙撃ポイントへと、三角州の移動方向を操作していた。もちろんハンナ機との連絡を密にして、必要火力と効率的な移動方向を適時決定しながらである。
『よし、お前がタロス連れて、止めさせて来い。これじゃあ進路が狂っちまうぜ』
『合点だ〜! 兄貴〜!』
G3の指示で、T3は、タロスを引き連れジャック機の妨害へと向かう。それを援護するG3の前に、榊 兵衛(
ga0388)の雷電『忠勝』が現れる。
彼は、僚機のUNKNOWN(
ga4276)が自機『UNKNOWN』で、T3他のタロス小隊の迎撃に入ったのを確認して、遮蔽物の影に隠れているG3を討ちに来たのだ。
『キャー見つかったッ!? プロットォォン(略)ry!!』
G3の攻撃を躱し、スラライで応射する榊が話し始める。
「奇矯な振る舞いが見受けられるようだが、機体と一体化している以上嘗めてかかるわけにも、いかぬだろうな」
『いや! 嘗めてくれ! 侮ってくれ! むしろ罵って‥‥危ねっ! 当たる!』
慌てて回避するG3。
「だが、俺とて武人の端くれとしては、得物を手足のごとく使えなくては面目が立たぬのでな‥‥全力で当たらせて貰う事としよう」
弱気な言葉とは裏腹に、弾丸を躱しつつ、マチェットで襲いかかってきたG3を回避して、榊は機体を素早く旋回させた。
「元気だったかね? うむ、 では、望みどおりに罵ってやろう」
一方、三角州を挟んで反対側の空では、T3らに応戦するUNKNOWNが、突如T3に無線でそんなことを言い始めた。
「お前に(ぴー)が付いてるだって? 玉無し野郎」
「!?」
しかし、その言葉に真っ先に反応したのはロビン『「天鳥」』で、味方の援護を行っていた依神 隼瀬(
gb2747)であった。一瞬の事ではあったが、機体の機動がおかしくなる。
『うわ〜! 大丈夫かい? レーザーが変な方向に飛んで行ったぜ〜!』
その動揺たるや、無人機を率いて応戦していたT3が思わず心配するほどだ。
「布団被って母ちゃんと寝てな。(ぴー)の(ぴー)が(ぴー)だろう」
なおも続くお下劣な挑発。ちなみに、冷静さを取り戻しつつも、顔の赤い隼瀬のコクピットには、誰が渡したものか、何故かチアーリィーディング衣装が所在無げに畳まれていた‥‥
『うるせー! 俺だって本当は格納庫で昼寝してたいやいっ! ‥‥キャー! 当たる〜! 全機散開だ〜!』
叫び返しつつ、敵の砲撃を避けるT3、あえて無人機は温存し、チャンスを伺う構えだ
「‥‥と、隣のジャックランタンシールドが」
最後に真顔に戻って、何食わぬ顔でジャックを指すUNKNOWNであった‥‥
『卑怯だぞ〜! 悪口くらい自分で言え〜!』
T3の言葉を聞いたジャックはコクピットの中でポカンとした後、思いっきり怒鳴った。
「言ってねえよ!」
「くっ。だが安心したまえ。私はお前達(G3やT3)を友と思って‥‥」
ジャックの抗議を無視したUNKNOWNはエニセイを撃ちまくる。
『強敵と書いて「とも」かよ〜! ぎょわ〜!』
「頑張れ、お前もやればできる子、だ」
この台詞は皮肉にも、真実であった。純粋な空中戦では、慣性制御をある程度使いこなせれば、バグア機はまだ有利だ。
T3はぎゃーぎゃー騒ぎながら、存分に慣性制御を用いて、急加速、急停止、そして異様な機動を書いて圧倒的なUNKNOWN機の火線を避ける。
その喧しくも腹の立つ光景に、ロングボウII『ミサイルキャリア』を駆るBEATRICE(
gc6758)は援護のミサイルを放ちつつ呟く。
「‥‥へんな連中も、そろそろ退場になって欲しいものですが‥‥」
●
三角州自体は、混沌とした通信内容とは裏腹に、徐々に狙撃ポイントへと誘導されていた。それはつまり、狙撃ポイント付近に布陣している地上部隊にも、三角州が視認できることを意味している。
ハイウェイと、幾つかの朽ちた建物が、ある他は、平野が広がり、とところどころに小高い丘があるだけの場所で、ヘイル(
gc4085)は、陸戦形態をとっているシラヌイS2型『HS II−テンペスト』のコクピットから上空を見上げ、言った。
「二度も飛ぶ大地を見ることになるとは‥‥とは言えむざむざいかせる訳にはいかないな。ここで落ちて貰おうか」
そしてヘイルは、一足先に地平線の向こうから大地を疾走してくるキメラの群れにガトリングを向けた。
「まずは数を減らさないとな‥‥。ヘイル機、攻撃を開始する」
射程に入った敵キメラ群は、ガトリングの斉射の斉射を受け、数を減らす。
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)も、乗機のR−01改『18−9373【ディース】』で機刀と機銃によってキメラを薙ぎ払いつつ上空を眺めて呟く。
「何でも飛ばせば良いってもんじゃないだろ。バグアって意外と派手好き?」
一方、戦闘そのものを目的に参加した銀しゃり(
gc7667)は、まだ装備が整っていないアンジェリカを降り、あえて生身でキメラの群れに突進する。
「もえるぜー」
そう言いながら、銀しゃりは、KVの足元をすり抜けて来るキメラを、斧で片っ端から叩き潰していく。気が付けば、ジャケットはキメラの返り血でべったりと汚れていた。
「あははは」
気にせず笑う銀しゃり。
一方、前回の作戦に続いて、重体の身を押しての参加である、ミカガミ『白皇 月牙極式』に乗る終夜・無月(
ga3084)も、レーザーライフルでキメラを撃つが、腕に激痛が走り、微かに顔を顰めた。
「続けて満身創痍か‥‥でも持てる力で戦う‥‥」
そう言った無月は、鎮痛剤を打つと、改めて攻撃を再開するに。だが、そこに数の減ったキメラの群れを押しのけるようにしてRexキャノンが突撃して来た。
「くっ‥‥?」
咄嗟に錬剣を構える無月。しかし、無理な動きに鎮痛剤でも抑え切れない激痛が走り、その反応を遅らせた。
だが、援軍襲来の報を受け、低空から戦場を監視していたアルヴァイム(
ga5051)のノーヴィ・ロジーナbis『【字】』が、無月の危機を救った。
VTOLを活用して、急降下して来たアルヴァイム機が、機銃掃射でRCの体勢を崩す。続いて、重体の無月を気にかけていたユーリも、重機関砲を発射して、アルヴァイム機との十字砲火を張る。
途中から体色を変えて、砲火に耐えるRC。しかし、体勢を立て直した無月機のレーザーガトリング砲 を受け、遂に爆散した。
「すみません‥‥」
そう言って無月は申し訳無さそうに微笑んだ。
●
フェニックス(A3型)『Aeon』を駆って参戦したアクセル・ランパード(
gc0052)も、無月同様に重体である。この為に、彼は空中で管制を担当するハンナ機の援護を受け持っていた。
「進路をもう少し右にずらしましょう!」
各種情報の整理に忙しいハンナに代わって、三角州の進路を詳しく分析し僚機に指示を出すアクセル。
「交戦ポイントはもう少し左でお願いします!」
アクセルの指示にジャックは、着弾点をずらす。それに合わせるように他の味方機も少しずつ敵を誘導する。
その時、粒子加速砲準備状況について、UPC司令部とデータリンクしていたハンナが、敵に聞かれぬよう専用回線で叫んだ。
「発射準備完了! 最終的な狙撃ポイントの情報を送信します!」
●
巨大粒子加速砲は、五大湖南東に繋がるハイウェイの傍らに、野砲として敷設されていた。
これら4門の巨大粒子加速砲はかつて、『自由の女神砲』と呼ばれたSoLCを容易に輸送可能なように小型化した外観であったが、この時点では木々の枝葉をあしらった偽装ネットを被せられ、小高い丘のように見せかけられている。
周囲には、戦闘指揮者や、電源車等の、各種の作業用車両が並び、その間を将兵と技術者が、忙しく立ち働いている。
その周囲を北中央軍のKVが護衛する。作業は時間との勝負だ。既に、三角州はギリギリ肉眼で確認出来る。更に、そう遠くない場所から、傭兵たちのKVと地上用キメラの戦闘音が絶え間なく響いてくる。
恐らく、キメラを率いるRCと大型アースクェイクも接近中だろう。だが、発射準備の最終段階に入れば、その圧倒的なエネルギーは嫌でも敵の注意を引いてしまう。これ以上の隠匿は無意味だ。
そう判断した士官の命令で即座にネットが取り払われ、遂に対ギガワーム用の秘密兵器がその全貌を現した。
「いよいよチェックですかね? それにしても‥‥、まさかローリングヒルズ高効率発電所の地下にあんな物があったとは‥‥」
空中から、モニターに映ったそれを眺め、アクセルが驚嘆したように呟いた。
「この際、隠し球の威力、拝見させて貰いましょう」
そう言うと、アクセルはレーザーキャノンで、ハンナ機に近づくキメラを撃墜する。
一方地上では、ヘイルが、交戦予想ポイントの2〜300m後方に設置した計測器が、接近するEQの存在を感知していた。それまで、キメラの群れの後方にいたEQは、粒子加速砲に火が入るのと同時に、明らかに速度を上げ、一直線に設営地点を目指す。
「ち、気づかれたか‥‥? だが、ここから先へは行かせない!」
ヘイルは、状況を、管制と僚機に送信し、自身は急降下して加速砲に向かう飛行キメラをガトリングと対空砲で撃ち落とす。
「抜かせるものか!!」
叫ぶヘイル。
ヘイルからの連絡で、EQの出現予測地点を割り出したハンナが、事前にアルヴァイムに依頼されていた通り、迅速な警告を送る。それを受け、地表の急激な変動があった箇所に急行したアルヴァイムとユーリの眼前で、土砂を巻き上げEQが出現した。
すかさずユーリが、重機関砲の弾幕を一点集中で叩き込み、怯んだところに、アルヴァイムが、電磁加速砲を猛射する。
「ここで、撃破せねば、粒子加速砲が危ないですからね」
アルヴァイムが言った。
しかし、大型は致命傷を負いながらも、激しく巨体を捩らせ、ユーリ機を跳ね飛ばして、前進しようとする。
そこに、飛び込んで来た無月機が、ロンゴミニアトをEQの口にねじ込む。EQは、体内のFFを突き破られ、体液を吹いてもがいた。
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『博士! 見えてますかい!? あの大砲が!』
傭兵たちの猛攻を、三角洲の廃墟を、遮蔽物にして凌ぎながら、G3が通信でがなり立てた。
『しっかり見てるよお。弱ったなあ。うふふ、今からじゃあ、進路を強制的に弄っても、射程外に退避できないよぉ』
薄笑いを浮かべ、ドクトル・バージェス(gz0433)は、何故か、嬉しそうに笑う。彼は、BF『ダンクルオステウス』を、ギリギリ戦域外の高空に滞空させて、状況を把握していたのである。
『ここ笑う所ですかね?』
『どうせ、これっぽっちの岩塊をこれっぽっちの戦力でオタワに届かせられるなんて、期待してないよぉ?』
『‥‥結果として、敵さんの隠し玉を一つ暴けたから良しという訳ですかい?』
G3の質問には答えず。ドクトルは喋り続ける。
『多分、アレは、リリア閣下のギガワームを落とす為のおもちゃだよぉ。 くす、折角だから、アレにぶつけちゃうおっかぁ?』
『‥‥はん、面白れぇや! あっちがグシャっといくか、こっちが、ジュジュッと蒸発するか、丁半博打ですかい』
『おっけぇ。じゃあ、そろそろ最後のオモチャを出すよ、君らは適当なところで引き上げてねえ?』
『AIは捨て駒、か‥‥胸が痛む気もしますがねえ?』
『何言ってるのぉ? アレのデータ元にになった子供らは、無事ピンピンしてるんだよぉ? そう、このピッツバーグ退去直前の体育祭で、あの子らが走る時にもこの曲を流したっけねえ?』
そう言うと、ドクトルは、戦域に流れる、運動会で良く聞くハチャトゥリアンのテンポの速いバレエ音楽に目を細めた。
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粒子加速砲発射5分前、ハンナの提言通り、ある音楽が戦域に流れ始めた。
『また、曲が切り替わりやがった!』
『兄貴〜! 今度は、アレだよ、年末になると良くやるヤツだ! 嬉しい歌だよ!』
『さすがに、これくらいは、俺でも知ってらあ!』
この音楽を合図に、ハンナのサポートであるアクセルが、警告の声を発する。
「皆さん、タイムリミットまで後僅かです! 早めに離脱の準備を‥‥!?」
だが、そのアクセルは高速で高空から接近する新たな敵に、言葉を失った。
『キャハ! 新しイ体、調子いいー!』
『一杯いルよ! 一杯やっツけチャえ!』
『よーし、競争ダー!』
ドクトルの実験AI機が、投入されたのだ。
位置的に、真っ先に狙われる位置にいたアクセルは、止むを得ずミサイルで、応戦する。だが、敵も操縦技能だけは指揮官機並み、あっという間に、大型ヘルメットワームの一機に距離を詰められてしまう。
『頂きダい!』
アクセル機の至近で、大型のフェザー砲が不気味に輝いた。
「くっ! この怪我さえなければ‥‥」
悔しそうにアクセルが呟いたその時、アルヴァイム機のチェーンガンが、HWに着弾した。一旦、離れるHW。アクセルもその隙に素早く距離を取る。
「少し手強い敵が現れましたね‥‥フォローしましょう」
アクセルの無事を確認し、独り言のようにつぶやくアルヴァイム。裏方は彼の嗜好。満更でも無い様子だ。
敵の増援への対応として、この段階まで温存していた須佐 武流(
ga1461)は乗機のシラヌイ改からミサイルポッドを飛行キメラへ浴びせつつ、増援との戦闘を開始した。
だが自らの放ったバルカンを回避して、てんでバラバラな機動で向かってくるAI機に眉をひそめる。
「何だ、この大型とタロスは‥? 有人機なのか? 動きは滅茶苦茶、連携をとる気は、さらさらねぇようだし‥‥」
エナジーウィングによる攻撃で、タロスに切りつける須佐。回避され旋回をしつつ、なおも呟く。
「だが何か違う気もする‥‥何だ、コイツらは?」
この須佐の疑問に直接答えた訳では無いのだろうが、竜牙『ぎゃおちゃん』に搭乗するミリハナク(
gc4008)が喜々として叫んだ。
「さあっ! ちみっこ達、遊びに来ましたわよ。そちらも楽しませてあげるから歓迎しなさいな」
『あっ! あノかっこいいけーぶいだ!』
『よオし、今度こソやっつけてやるぅ!』
やはり、子供にとって翼竜の姿を模したぎゃおちゃんの飛行形態は魅力的に映るようだ。
「鬼ごっこというゲームをしましょう。逃げる私を撃破できたらそちらの勝利で、褒めて上げますわ。他の飛行機と違って竜に乗る私はレアキャラで高得点ですわよ!」
そして、このちみっこAIの反応は、彼らを、遊びに誘うという挑発で引き付ける意図のあるミリハナクにとっても好都合だ。
ミリハナクは、AI機が、射撃予定地点や、三角州には近付かないように、スキルとブーストを併用して、とにかくでたらめに逃げ回る。
「だが、連携を取る気がねぇなら‥‥1機ずつうまく誘導してやる。ここで倒さなけりゃヤバい気がするからな‥‥潰す!」
須佐が決意したように呟く。
もちろん、ミリハナクだけに任せておく訳にはいかない、とばかりに、須佐は、バルカンで一機のHWの進路を塞ぎ、注意を自分に引きつけた。
AIはあっさり挑発に乗って、須佐の方へ向かう。そこに、ロジーナbis『Witch of Logic』を操る番場論子(
gb4628)が、ロケットランチャーを放ち、須佐を援護した。
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地上では、ユーリが、二体目のRCを、リニア砲で撃ち抜いた。
これを確認したヘイルはハンナに質問する。
「管制! 三角州の動きはどうなっている?」
だが、次の瞬間、ヘイルは、嫌でも状況を理解した。既に三角州は、誘導どころか、彼らの頭上に覆いかぶさり、僅かに、に高度を下げていたのだ。
「粒子砲自体に、ぶつけようというのか‥‥!? 準備はまだか? 急いでくれよ、中将‥!!」
「地上班! まだ、この高度なら、発射後、地上に被害が及ぶことは無いはずです。もう少しだけ、砲を守ってください‥‥!」
空中では必死にハンナは管制を続ける。無茶な命令の様に、思えるかもしれないが、どのみち、この質量が直に落下することを許せば、地上は無事では済まない。ここまで来たら、もはや粒子加速砲の照射の完遂こそが、唯一の活路なのだ。
「物を落とす‥‥衝突エネルギー=質量×落下速度の2乗÷2‥‥でしたか‥‥質量よりも‥‥落下速度が重要であることの分かる式ですが‥‥」
一方、BEATRICEは、冷静にこのまま落下を許した場合の被害を計算していた。この時点で岩盤は、高度を下げてはいるものの、自由落下では無く、依然バグア一八番の慣性制御で落下を制御している。
「つまるところ落とす高さ‥‥が大切なはずなのですけどね‥‥あの程度でもばかにできる威力ではないでしょうが‥‥」
『難しいことを言うなよ〜! ここまで来たらもう、あの大砲に当たれば良いんだい!』
いつの間にか、T3が、BEATRICEに迫っていた。
「目立ちすぎた‥‥でしょうか‥‥?」
小さく呟きながらも、BEATRICEは、T3と、その周囲に密集する大小無数の飛行キメラの群れに向かって、K―02を発射する。
「この期に及んで‥‥効果的な増援を‥‥許すわけにはいきませんよね‥‥」
ミサイルによってキメラの群れは爆散し、肉片と体液の霞となった。しかし、その背後から無人機を引き連れたT3が、応戦する。
『フェェェエザァァアアアッ、フラアーッシュ!』
T3に合わせるように、他の無人機も一斉にF砲を放った。回避しつつも追い詰められていくBEATRICE機。
「まて、平和的に話し合おう」
だが、危ういいところで、割り込んできたUNKNOWNが、BEATRICEの盾になりつつ、K−02連射を発射した。
同時に、隼瀬機がG放電で、T3の機動を阻害しつつ、オメガレイで、周囲の無人機を狙う。
『わ〜っ! このままじゃ‥‥ええぃ! ごめんよっ!』
避けまくり、F砲で撃墜しながらも、回避し切れないと判断したT3は、止むを得ず無人機の一体とキメラの群れを盾にして逃れる。タロス一機とキメラが、UNKNOWNのミサイルと隼瀬のレーザーの暴風雨との中で爆散した。
『どうした! そろそろ撤退しなくていいのかい!? うかうかしてると、砲撃に巻き込まれるぜ!?』
フェザーライフルを撃ちながら、G3が、榊に叫んだ。
「お前たちを放っておけば、どれほどの被害が出るか分からぬしな。無事狙撃ポイントに誘導する事が、俺達の務めだ。お前たちこそ、早めに引き揚げたらどうだ?」
『お堅いことだ!』
バックパックのトマホークを投擲するG3。格闘武器の射程外から確実にダメージを与える事を意識していた榊は、これを躱し、機銃による弾幕で応戦する。
同時にジャック機からの援護射撃も行われ、G3は、素早く岩盤の上の廃墟に身を隠す。
『目標である浮遊岩盤の高度が、更に低下』
『阻止限界高度まで残り僅か』
戦闘指揮車の内部には、傭兵たちに状況を伝えるオペレーターの、冷静ながらも切迫した声が響く。その時――戦場に流されていた音楽が、そのイントロを再び繰り返した。
それは、事前にハンナらが打ち合わせた発射約90秒前の合図である。
「作戦が成功し、私達の歓喜がこの唄に重なる事を願います。‥‥皆に神のご加護を」
コクピットの中でハンナが静かに祈りを捧げた。
『‥‥ああ、もしかして、そう言う事なのかなぁ? 主旋律の数が少なかったり、展開が長めな曲ばかり選んだのは』
ダンクルオステウスのブリッジでは、ドクトルが何かに納得したかのように、薄笑いを浮かべた。
グルジア人作曲家であるハチャトゥリアンの曲は、ひたすらお馴染みのメロディーが続く、短い曲だ。
一方ドイツ人の楽聖ベートーヴェンの葬送行進曲も、どちらかと言えば緩やかな拍子の楽曲であろう。
この二つの曲は、このような状況でBGMとして聞き流した場合。例え曲自体にある程度精通していても、ふと耳を傾けた時、現在曲のどのあたりかを瞬間的に答えるのかは、中々に困難ではないだろうか?
だが、楽聖が生涯最後に残した交響曲の、特に最後の楽章は、その特徴的な構成のおかげで、聞き流していても、今が曲のどの部分か、ある程度特定出来ると思われる。
ドクトルが感づいたのは、そこだ。
そして、眼下には今にも発射の合図を待ち構えている粒子加速砲――となれば、その関連性は、ある程度想像できるというもの。
『二人ともぉ、蒸発したくなかったら、さっさと引き上げた方がいいよぉ? 後のかけ引き無人機に任せるしかないやぁ!』
G3とT3は、迅速に指示に従い、素早く岩盤から全速離脱を試みる。その様子を見逃したUNKNOWNが、仲間に言う。
「――彼らは、旅に出たのだよ‥‥さて我々もそろそろ危ないか、な」
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地上では二体目の大型EQと、最後のRCが、巨大粒子加速砲発射阻止の命を受け、突撃を行っていた。
かなり、長時間の戦闘を強いられた地上班の、機体の錬力の消耗は大きかった。加えて、重体の無月は、体力の限界であった。
「もらった! ここで沈め!」
それでも、体色を変化させ、粒子加速砲を撃ち抜こうとした最後のRCを、ヘイルがレーザーで撃ち倒した。
一方、ユーリも無月の援護射撃を受けつつ、EQの傷を機刀で広げた後に、Aファング乗せのリニア砲を叩き込む。しかし、大型は這うようにして、それでも粒子加速砲を目指す。
だが、空中からの厚い弾幕射撃がEQの動きを止める。そう、三角州自体の高度が下がったことで、ジャック機の強力な支援砲火が、地上にも届くようになっていたのである。
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時間は、少しだけ遡る。高度を下げる三角洲とは対照的に、ミリハナク、須佐、それを援護する番場の三機は、AI実験機三機と交戦しながら、徐々に高度を上げていた。
須佐は、ディノスケイルと飛燕で姿勢を制御して、高速かつ立体的な軌道で、大型HWの一機と空戦を繰り広げていた。
「ざけんじゃねぇよ、クソ共が‥‥人の土地に勝手に踏み込んで妙なことばかりやりやがって‥‥」
仲間から、奇妙なAI機の正体について、聞いた須佐は怒っていた。
「実験だと‥‥地球に生きる人間も生物も土地も‥‥テメェラのおもちゃじゃねぇんだよ‥‥!!」
そう吐き捨て、HWに切り掛かる須佐。
『くす、じゃあ、地球に生きる人間なら、生物も、土地もおもちゃにしていい訳だねぇ?』
何故、このバグアは、どうでもいいところで、人に絡みたがるのであろうか?
「なんだと‥‥?」
オープン回線からのドクトルの言葉に、思わず反応する須佐。
『知らない訳じゃあ無いでしょうぉ? 今飛んでるこの街だって、キミたちが、散々『自然』を弄繰り回して今の形に仕立て上げたんだよぉ? 街だけじゃないでしょお』
『リョコウバトは、この北米東海岸に、20世紀初頭までは一杯いた鳥でしたあ』
『でも、彼らはどこにもいない。他でも無い。キミたち人間が、食べ尽くして、捕り尽くして、絶滅させちゃったもん。勿体無いよねぇ?』
『ああ、リョコウバトだけじゃないか。 キミたち人間は、この大陸に入植する時に同族である先住民を、散々痛めつけてからこの大陸に広がっていったんだものぉ! あはっ、あはははっ!!』
ドクトルの言葉が、この作戦に参加した傭兵たちにどのような思いを抱かせたは解らない。それは各人の胸の奥に秘められるべき事柄であろう。
「だからどうした! 今まで貯めたツケ‥‥思い切り、のしつけて返してもらうぜ! 俺達はなぁ‥‥負けられねぇんだよ‥‥てめぇらてぇな奴等にはなぁ!」
ただ、須佐は、少なくとも戦闘中にこの言葉に乱されはしなかった。叫び、とにかくHWを粒子加速砲から引き放す為に戦い続ける。
一方、ミリハナクは、ちゃんと自分を追ってくるように時折反転して攻撃しつつG放電とK−02ミサイルで、HWとタロスに攻撃を加える。
『キャハハハ!』
二機の内、HWが、攻撃を回避してミリハナク機に肉薄した。
だが、ミリハナクは、咄嗟にエナジーウィングで突き放しつつ、九頭竜を叩き込む。そこにミリハナクを援護していた番場のミサイルが命中した。
『このまマじゃ、ゲームに負けチゃうよ〜!』
あくまでもスコア狙いのその思考は、この局面では不気味でもある。その時、AIのセンサーが捕えたのは、眼下の粒子加速砲であった。
『ヨーし! 博士の言っテいたアレを壊して、一発逆転だ〜!』
自らの機体の損傷など一顧だにせず、急降下を開始するHW。
『!? お待ちなさいっ!』
ミリハナクも、ぎゃおちゃんを方向転換させ、後を追うが、これまで敵を引き付け追わせる方針で動いていた分、突然目標を変えた相手の挙動に即応はできず、一瞬出遅れた。
●
音楽の演奏が、一旦途切れた。発射約40秒前であり、空戦対応の機体は、安全圏への退避を開始すべき時である。
「皆さん、タイムリミットです! 早めの離脱をお願いします!!」
アクセルが叫んだ。
「このようなところで‥‥失礼しましょうか‥‥」
BEATRICEも、離脱を開始する。それ以外の空戦対応も、順次加速砲の射線上を離脱し始めていた。
だが、発射まであと10秒を切るという所で、上空から先程のHWが急降下して来た。ミリハナク機と須佐機も追いすがるが、追いつけない。しかも、HWの軌道上、つまり射線上に粒子加速砲が設置されている為に、迂闊に射撃ができないのだ。
しかも、完全に破壊されていなかったEQまでが、HWと連携するように再び動き始めた。結果、地上部隊はEQに攻撃を集中させざるを得ず、また空中部隊は、離脱を開始していた為に、HWの迎撃が間に合わない。
しかも、完全に破壊されていなかったEQまでが、HWと連携するように再び動き始めた。音楽が、独唱から、それに応える形での合唱に移った時、HWのプロトン砲が、粒子加速砲を射程に捕え、紅い光りを放つ。
が、同時に、粒子加速砲もそのエネルギーを砲身から迸らせた。
「リリア姉様‥‥私は‥‥貴女を取り戻します。この都市(まち)も」
ハンナが、静かに目を閉じた。
4つの砲身から放たれた眩い閃光が、まずHWを焼き尽くす。そして、大地に暗い影を落としていた三角洲の岩盤に直撃し、光が溢れ出した。
その圧倒的な高熱は、瞬く間に、都市の残骸と岩盤を融解、蒸発させ遥か蒼穹へと吸い込まれていった。
楽聖の生み出した不朽の旋律に乗せて、シラーの詩が高らかに歌い上げられる中、空中から舞い落ちるのは、ほとんど問題にならない量の土砂や土埃のみであった。
●
「大した威力だな。流石秘密兵器、と言ったところか」
感嘆したように、ヘイルが呟く。
「‥‥勿体無いな、あの公園」
ユーリは、消え去ってしまった公園の事に思いを馳せた。
「恐ろしい威力ですね‥‥まぁ‥‥あの顔より怖いものではないですよね‥‥」
何気なく、ヴェレッタ・オリム中将(gz0162)のタブーを口にしてしまったBEATRICEは、言ってしまった後、急に恐ろしくなり、思わず口を押えて辺りを見回した。
「‥‥聞こえていませんよね‥‥」
その頃、オタワの指令室で作戦の終了を見届けたオリム中将は、作戦成功の歓喜に沸く司令室の空気を凍らせてしまうような声で意外な命令を下した。
「第二射。目標、ロングボウII」
「ちゅ、中将‥‥?」
思わず部下がオリムに聞き返す。
「冗談だ」
オリムが素っ気なく言った。しかし、目撃者の証言によれば、その顔は決して笑っていなかったという。
「作戦終了‥‥全機、帰投願います‥‥」
ハンナは、全機の無事を確認し、呼びかける。そして溜息をついて呟いた。
「リリア姉様‥‥何故この様な事を‥‥」
●
そのリリア・ベルナール(gz0203)から、ドクトルに通信が入っていた。
『失態でしたね。ドクトル・バージェス?』
『申し訳ございません、閣下』
表面上は穏やかに微笑むリリアに、ドクトルは静かに一礼した。
『とはいえ、私のギガワームが動く前に、彼らの儚い希望の一つを白日の元に晒せた点は、良しとしましょう‥‥フフ、本当に愚かな人たち‥‥あのようなおもちゃが、本気で私の、ギガワームに対する切り札になると思っているのでしょうか‥‥ウフフ‥‥』
通信を終えたドクトルは、BFのカタパルトの当たる部分に立ち、ハッチを開く。風圧が少年の白衣をはためかせた。
すぐさま、ハンガーに帰投するG3とT3.。生き残ったAI機や無人機もBFの周囲につく。
『博士、KVが、一機だけついて来てますぜ。まあ交戦する気は無いようですが』
格納庫に入ったG3が、ドクトルに囁いた。
「ふぅん?」
そう言って、何気なく、ハッチに立って外を眺めるドクトル。
その姿は、BFの退却する方向を見定めようと、途中まで追跡して来たミリハナク機のモニターに映った。
青い髪、深紅に染まった瞳。体には不釣り合いなほど大きいネクタイに突き刺された、アノマロカリスを模したらしい意匠の待ち針。
その、見た目だけなら、ある意味可愛らしい容姿がはっきりとミリハナクの目に映った。
「よ‥‥予想外に美少年!?」
オープン回線でミリハナクが叫んだ。
『博士〜! 「予想外」にだって〜!』
『どんな「予想」してたのか。個人的には気になりまさぁね』
ミルハナクの言葉に感想を述べる二機。
「ファンになるから、プロマイドちょうだいな!」
回線で騒ぐミリハナク。ドクトルはポリポリと指で頬をかくと、BFの加速を命じた。
『お姉さん、失礼だよぉ? まあ、また今度会えたら、考えてもいいかなぁ?』
という野次を残して、である。
その数時間後、北中央軍の部隊が、今回は無事にピッツバーグを奪還し、そこにUPCの旗を立てた。だが、彼らが、その姿を大きく変えたピッツバーグにどんな感想を抱くのかは、まだ解らない。
何故なら、ピッツバーグ解放の直後、ギガワーム北上の急報が北中央軍全軍にもたらされたからである。