タイトル:【NS】死して何を?マスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/14 04:37

●オープニング本文


 ドローム内の権力闘争の凄惨さは、良く知られている。だからと言って役員の椅子を勝ち取るものが、全て優秀な人材であるかというとそうではない。
 サミュエル・グルベルマンは、ドローム役員の中では飛び抜けて無能な男であった。
 便宜上、ベルナール派と言う建前だが、それは、彼の自発的な意思や覚悟によるものでは無く、単に生来の臆病さと保身への執着が、成り行きでそのような選択をさせたに過ぎない。
 何故そのような男が現在の地位を勝ち得たのか? それがパワーバランスの妙というものなのだろう。
 激烈すぎる権力闘争には弊害も多い。その当時、あまりの苛烈さに、強硬手段までが横行し、有能な人材がこれに巻き込まれ続けた。この状況を納める有効な手段が、とりあえず毒にも薬にもならぬ人物を役員の椅子に据え、各派を納得させることだったのだ。
 かくして、グルベルマンは役員に祭り上げられた。
 組織というのは偉大なもので、グルベルマンの無能さえも、その発展に奉仕させた。彼の、能力の無さを補う為に、あるいは、彼が下に必要以上に干渉しないのを当てにして、彼の下では様々な人材が、緩やかに、しかし同時に有能な人間の間ではままある、激しい衝突も無しに結束した。
 結果として、グルベルマンの一派は、ドローム全体の運営に寄与することが出来ていたのである。それを、グルベルマンの人徳なり、器の大きさとまで評価する者は『ほぼ』皆無だったが。

 しかし、ビル派とベルナール派の対立が表面化した事を機に、グルベルマンも遂にその無能をさらけ出した。ように思われた。
「Mr.グルベルマン!」
 グルベルマンのオフィスでは、彼の部下や、研究員たちが一斉に彼に詰め寄っていた。だが、グルベルマンはハンケチで出てもいない冷や汗を拭って、モゴモゴと言い訳を重ねるだけだ。
「今こそ団結し、真正面からストリングスらと闘う時でしょう! ミユ社長も、他の重役も覚悟を決められたというのに!」
 耐えかねた若い社員がデスクを激しく叩いた。彼らは、ビル・ストリングスが苦々しく思う数々の兵器の開発に陰ながら協力して来た社員や技術者でもあるのだ。
「うるさい! 私は、元々こんな危ない橋を渡るのは嫌だったんだ!」
 すっかり頭髪の薄くなった、中年のグルベルマンは肥満した体を震わせて、見苦しく癇癪を起して喚く。
「私は財産と、進行中のプロジェクトの機密処理だけ持って逃げる! お前たちも好きにしろ!」
 もはや、グルベルマン配下の社員たちには、失望しかなかった。彼らが、憤怒の表情でグルベルマンのオフィスを退出した数時間後、グルベルマンはULTに連絡をとっていた。その依頼は、北米の老舗ホテルの最高級スイートを借り切ったから、大至急身辺警護の為傭兵を派遣せよというものである。
 応対したオペレーターは、呆れ果てた。役員の傍若無人な態度もさることながら、何故避難先に、有名なホテルを選ぶのだろうか。こういう場合、どうせ金持ちなのだ。人里離れた、他人に知られていないような別荘でも選ぶのが普通ではないか。
 苛立ちの余り、その事を指摘したオペレーターに対し、グルベルマンはこう答えた。
「冗談では無い! 仮にも天下のドロームの役員たる私が、何故使用人もおらんような不便な別荘などに逃げ込まねばならんのだ!?」
 オペレーターは、もう何も言わなかった。

「これで良かったろう?」
 豪奢なスイートで、グルベルマンは古い、色の褪せた写真をいとおしげに撫でた。しかし、その指は、震えている。
「私の部署は、血の気の多いのが揃っとる。こうでもせんと、時期を見ることもせず、私を総大将に祭り上げて、皆でビルにに楯突くだろう。そうなれば、目ぼしい者が、纏めてバグア謹製の刺客の手で、枕を並べて討ち死にという事になりかねんわい」
「それに、私の部署は私がおらんでも、回るように出来とるからな‥‥恐らく、今度こそローガンたちは勝利する。ミユ社長のおっしゃる通り、ドロームはバグアというお袋の手を離れ、きっと生まれ変わる」
「進行中のプロジェクトの書類は、安全な場所に隠してある。私が死ねばすぐ発見されるように手配してな」
「依頼を頼んだ傭兵たちには、悪いことをしてしまうかもしれん‥‥だが、こうしなければ、私がデコイとしての役どころを果たすことが出来ないのでな‥‥」
「ドロームのおかげで、私の様な者でも随分と楽をさせてもらったのだ‥‥社を存続させるために、最後のご奉公をしたら、お前の所に行っても良かろう‥‥?」
 その時、呼び鈴がなった。グルベルマンはルームサービスを頼んだ覚えが無い。しかし、彼は一瞬躊躇すると、ドアを開けた。
 氷とソーダ。それに上物のスカッチを携えて、よく仕込まれた優雅な物腰で、少し小柄なメイドがグルベルマンのソファーに近づいて来た。
 とても美しい、というよりは可愛らしい顔立ちだ。ただ、胸は小さい、というより全く無かったが。
「飲み方は、いかがしましょうか‥‥?」
「‥‥ああ、なるべく楽に頼む。出来れば、余り後片づけをする者に、迷惑をかけないように」
 沈黙、しかし、部屋の温度が下がったようにグルベルマンは感じた。
 メイドはちょっと首をかしげると、音も無く袖口からのナイフを出し‥‥そのまま酒を混ぜ始めた。
「バレちゃったのかな‥‥」
「これぐらい怯えていれば、多少敏感にもなるわ‥‥最後の一杯という訳か? 君はプロのようだが‥‥随分甘いことだなあ」
「僕は、もう、出来ればこの技術を使いたくは無いの‥‥でも、上の命令だから‥‥」
「そんな心境なら何故、ビル‥‥いやバグアに組するのかね?」
「‥‥僕は、もうこの暗殺技術を使いたくはないけど‥‥同時に、この技術だけは残したい。無価値な者として、生を受けた僕が、この世界に生きていた唯一の証。今はもう無いあの組織で、これだけは誰にも負けなかった。」
「僕があの方のヨリシロになれば、僕の殺しの技術は、バグアという存在を通して永遠にこの世界に‥‥ううん。宇宙に存続出来るから‥‥」
「君も、自分の遺伝子以外のものを、残すしかなくなった訳か。因果なことよなあ」
「‥‥?」
「いや、いいんだ。早くやりたまえ、もうすぐ、私の呼んだ傭兵たちがこの部屋に来る時間だでな」
 そう言うとグルベルマンは、メイドが混ぜた酒を手に取る。その時、また部屋の呼び鈴が鳴った。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
ユウキ・スカーレット(gb2803
23歳・♀・ST
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
ミルヒ(gc7084
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

 ノックの後、部屋に入って来たのは、女性従業員に服を借りて変装したシクル・ハーツ(gc1986)であった。
「お客様‥‥あ‥‥お取り込み中でしたか」
 思わず、重役とメイドは顔を見合わせた。メイドは動かない。プロの暗殺者である以上、殺害する瞬間を目撃されたらこの女性を始末しなければならない。それは彼の望むところでは無かった。
「申し訳ございません。後ほど改めてお伺い致します」
 シクルが出て行ていった。重役は咳払いをすると、メイドに向かって片方の眉を持ち上げて見せた。
「‥‥まだ、やらんのかね?」
 直後、再びドアが開けられ、傭兵たちが踏み込んで来る。
「あら。メイドさんにしてはお若いですのね」
 ロジー・ビィ(ga1031)は、そう言うと、メイドの全身をチラっと見て一言。
「それに‥‥失礼ですけれど‥‥あまりにぺったんこ(ころ」
「僕、気にしてるんですけど‥‥」
 咄嗟に、お芝居を打つメイド。一人称を直さなかったのは、ボクっ娘で通す気なのだろうか。
「で。先程、隠された銀色のモノは何でしたの? マドラーには見えませんでしたけれど‥‥」
 一転して鋭いロジーの質問。メイドは気付いた。今入り口にいる六人こそ、この重役が依頼した傭兵なのだと。
「じゃあ、教えてあげようか‥‥?」
 メイドが袖を動かすと、フリルの影から剣呑な光を放つ刃物が覗く。
「ナイフを持つメイドさんとは珍しいですわ。お仕事御苦労様です」
 一瞬張りつめた場の空気を、天然な発言で弛緩させたのはAUKVを纏ったミルヒ(gc7084)である。物々しいAUKVでガッチリ身を固めた彼女が言う訳だから、その破壊力もひとしおだったろう。
「さて、話は聞かせてもらったが、無駄なことだね〜」
 この隙を突いて、ドクター・ウェスト(ga0241)が語り始めた。会話で暗殺者の精神の動揺を誘うつもりだ。
「どういう意味‥‥?」
「地球人類相手の暗殺技術が、地球人類とは身体構造が違う異星人類相手に役に立つとは思えないのだがね〜」
 だが、メイドは動じなかった。
「彼ら(バグア)にとって簒奪した知識は、一つのコレクションに過ぎない。その中に陳列されるだけで、僕は構わない‥‥むしろ、役に何て立てない方が‥‥」
 だが、会話に夢中になったせいで、暗殺者は隙こそ見せなかったものの、注意を重役から逸らした。この機会を生かすべく、ユウキ・スカーレット(gb2803)も、会話に参加した。
「‥‥そちらの上官や、同僚たちは人質作戦はあまり乗り気ではなかったはず。何故今回のような任務を?」
 ミルヒから聞いた情報や、このメイドと思しき敵が確認された報告書に目を通していた彼女が質問する。しかしメイドは首をかしげた。
「人質をとる事と、重要人物を消すのは、違うと思うな‥‥」
「しかし、貴方がこの任務に乗り気でなかったのは確かでしょう? もっと上からの指示? 例えば‥‥社長代行のビル・ストリングス(gz0449)からの、でしょうか?」
 メイドは、肩をすくめ、曖昧な回答を口にした。
「命令された時は驚いたな‥‥下っ端の強化人間の過去を上層部が把握してるとは思わなかったから‥‥」
 ここでアルヴァイム(ga5051)は周囲の様子を伺った。豪奢な窓の向こうに、一瞬だけ、屋上から下りて来て、突入のタイミングを伺っている御鑑 藍(gc1485)の手が写る。暗殺者に気付かれないように、一瞬だけメモを藍に見せて合図を送るアルヴァイム。
 まだ、早いとアルヴァイムは判断した。もう少し、メイドの注意を引きつけなければ、重役が危険だ。そう考え、彼は会話に参加する。
「汝がこの任務に乗り気でないのは確かでしょう。‥‥汝の指揮系統がどうなっているか、詳しくは知りません」
「だが、汝の言葉は、少なくともビル・ストリングスを支持している者のものとは思えない。今回の任務に成功したとしても、それはあの社長代行の手柄となる。気の進まぬ仕事で、嫌な上司に手柄を立てさせることも無いのでは?」
「そのビルとかいう人が誰かは知らないけど‥‥でも、身勝手な言い分だけど、僕は早くヨリシロになってしまいたい。その為には、少しは使える事を上に見せないとヨリシロにすらなれないから‥‥」
 メイドが殺気を纏う。しかし、傭兵たちの準備も整っていた。 
「ミスター、グルベルマン。こやつは無能と呼ばれておるが一つだけ天才的な部分を持っておる。それはじゃな‥‥」
 美具・ザム・ツバイ(gc0857)が、そうぼやきながら迅雷で重役と暗殺者の間に割り込んだ。彼女は、交渉役が暗殺者にプレッシャーを掛けている間に、最適な位置に移動して、機会を待っていたのである。
「‥‥人の仕事を台無しにしてくれることに関しては、まさに天才じゃよ。じゃがな、能力者を呼んだからには楽に死ぬことはできんのじゃ。覚悟してもらおうかのう!」
 美具はまず、自身障壁を発動。続いてボディガードで重役を守り、メイドのナイフと弾丸を盾で弾いた。
 そのまま重役を急き立て、室外に避難させる美具。避難経路は事前に廊下の看板を確認したアルヴァイムに教えられている。
 即座に追撃に移ろうとするメイド。これに対しアルヴァイムが制圧射撃を行った。怯んだメイドにウェストがエネルギーガンを突きつけた。
「動けばレーザーが君を焼く、分かるね〜」
 一瞬の対峙の後、メイドが再び動く。だが、ウェストのエネルギーガンはメイドをかすめて窓に命中する。
 この合図をきっかけに、割れた窓から藍が突入。アルヴァイムが発動させていた魂の共有の支援で、迅雷を発動させメイドとの距離を詰めた。
 藍は翠閃で円閃を発動させ、二回連続で切りつける。しかし、それはナイフによって弾かれた。ならばとスコルによる鋭い回し蹴りを繰り出す藍。
 だが、やはりメイドの接近戦の技能は並では無かった。メイドはトーキックでスコルの軌道を逸らすと、すかさず後ろ回し蹴りを放つ。それも、シューズの踵に仕込んだナイフを起こして。
 咄嗟の判断だった。藍は、下手に刃物を避けるのではなく、あえて迅雷でメイドに体当たりした。藍の脇腹が切り裂かれ、鮮血が飛ぶ。しかし、メイドを押し返し、距離を稼ぐのには成功した。
 膝をついた藍と、あっさり受け身で体勢を戻すメイド。そのままでは藍が追撃を受けるのは明らかだった。だがアルヴァイムの制圧射撃が再びメイドの動きを止め、両者の間にすかさずロジーが割って入る。同時に深い傷を負った藍にユウキが練成治療を行う。
「生きた証として技術を残す‥‥それがヨリシロにされる事でも、ですか‥‥けれど、ヨリシロにされたからと言って、その技術が広まるとは‥‥思えないです‥‥ね。バグアはこの技術を広める‥‥と言う事が無い‥‥気がしますし‥‥」
 治療を受けながら藍が言う。
「彼らにとっての知識は、そういうものじゃないと思う。‥‥『倒れて行く者の存在は、それを倒した者の知識と共にやがて還元される』‥‥」
「ブライトンとかいう偉い人の言葉だったかな? 多分、一度彼らが略奪した知識は、その個体の存続とは関係無く、彼ら全体が存在する限り、何らかの形で残り続けるのだと思う‥‥」
 メイドが叩き込まれた戦闘術をバグアの知識の還元の輪に溶け込ませる‥‥それが今の彼にとって唯一の生きがいなのだ。
 少なくとも、多くの傭兵が指摘したように、単に有効活用して欲しいのではないのだろう。
 人類の積み上げてきた知識もその全てが実用的、という訳では無い。一見無駄なもの時代遅れなもの‥‥だが、そういったもの全てを含めての集積が知識なのだ。
「だとしても、ベルナール派ドロームの役員方は、これからの闘いに無くてはならない存在。絶対に護ってみせますわ。と、いう訳で暗殺者‥‥それもやる気がない方には早々にご退場願いたい所ですわ」
 ロジーはそう言って二刀小太刀の花鳥風月を構え、剣劇を繰り出す。エースアサルト故の攻撃力から繰り出されるそれには、さすがのメイドも全力で対応に回らざるを得ない。それでも圧倒的な連続攻撃は、メイドの両手と踵のナイフに防がれる。
 遂に攻撃が回避され、剣劇の攻撃回数が限界に達した時、メイドの手とスカートの間で何かが光った。
 しかし、ロジーがメイドの暗器に警戒していたことと、ユウキの超機械による牽制のおかげで、ワイヤーカッターは小太刀で弾かれた。近くの豪華な肘掛椅子が一瞬でバラバラになる。この隙にもう片方の小太刀を用いた強刃で、カウンターを行うロジー。
 しかし、メイドはそれを踵に装備したナイフで防ぐ。ナイフは砕け散ったが、メイドにダメージは無い。が、メイドの動きも止まる。
 その足元を狙って、ウェストがエネルギーガンを発射。アルヴァイムも制圧射撃を行う。これにロジーのエネルギーガンも加わった。
 ところが、メイドはそのまま跳躍し‥‥そのまま天井近くのシャンデリアの下に宙吊りとなった。そう、ワイヤーを天井に引っかけたのだ。
 振り子のように体を揺らして勢いをつけたメイドは、一気に部屋のドアの方へ飛んだ。室内に隠し持っていた手榴弾を投げた上でである。

「いいのか? これ以上、追うと狭い廊下で挟み撃ちになるぞ?」
 室内の爆風を背にして、廊下に着地したメイドに、シクルが弓、雷上動を突きつけ、警告する。相手の逃走に備え、ドアの前に待機していた彼女は、爆風にも巻き込まれず、相手の対応に回ることができたのだ。
「残念だけど‥‥見ての通り、仲間はすぐに動けないよ?」
 そう言って、階段を降りて行く美具と重役の方を見るメイド。止むを得ずシクルは弾頭矢を放つ。
 だが、メイドは踊るように回転するとメイド服を脱ぎ捨て、その服で、弾頭矢を防いだ。それは、対爆繊維で出来た衣服だったのである。爆風と衝撃がほぼ完封される。
 下着姿になった暗殺者の武装は、身体各所に巻きつけたベルトに挟んだナイフ。そして、脇のホルスターに釣った拳銃であった。
 改めて跳躍の構えを見せた暗殺者の前に、AUKVが立ち塞がった。ミルヒだ。
「先刻の会話から、思いついたことがあります。貴方の技術を教えてください。私が継承し、人の世に遺すという案は駄目でしょうか? この身にまた叩き込むのはどうでしょう?」
 互いの間合いを計りながら、ミルヒがそう話しかけた。暗殺者の静かな瞳に、僅かながら興味の色が宿った。
「本気なの‥‥?」
「私は、別に強くなりたいとは思いません。ですが、たまたま能力者となれて武器を振り回しているだけではいつか死にそうだから、戦う技術が欲しいのです」
 淡々と言うミルヒ。もちろん彼女の狙いは標的を重役から自分に向けるようにしむけることだ。だが、同時に先の発言も彼女の本音ではあったようだ。
 メイドが動く、すかさずシエルクラインで弾幕を張るミルヒ。だがメイドは即座に間合いを詰めてる。
 接近され、まずダガーを一閃するミルヒ。だが暗殺者のようにはいかず、あっさりと避けられる、それでもミルヒは再び距離をとり、今度は愛用の機剣サザンクロスを大きく振る。
「それじゃあ、振り回しているだけじゃない‥‥?」
 だが暗殺者はそれをすり抜け、ホルスターから眼にも止まらぬ速さで引き抜いた拳銃をミルヒに向ける。
「小さくて近い方が当たるのですね。前回の貴方との戦いで学んだことです」
 ミルヒは盾で銃口を塞ぎ、剣を投げ捨てると盾の裏に隠していた拳銃をメイドに向かって零距離から発砲する。フォースフィールドの揺らぎと、鮮血が飛び散る。
 が、膝をついたのはミルヒだった。暗殺者のナイフがAUKVの装甲を貫いていた。
 しかし、至近弾を受けた暗殺者の隙をついてシクルが千鳥で切り掛かる。これを迎撃するも、暗殺者の表情は僅かに曇る。
 既に、他の傭兵たちも体勢を立て直し、廊下に布陣していた。
 暗殺者は素早く状況を判断する。彼はメイド服を脱ぎ捨て、武装の半数を失っている。また、手の内が割れている以上、今までのような傭兵たちの不意を突いた奇襲のような戦法は不可能だ。
 格闘戦では彼に分があるとはいえ、これ以上彼が戦う意思を見せれば、傭兵たちも本気で闘うだろう。そうなれば彼の方も少なからず不利となる。
 これまでの傭兵たちの立ち振る舞いや言動が、彼に無言の内に撤退を進めていることは彼も気付いている。
 それは、アルヴァイムの指示で、傭兵たちが敷いている陣形、意図的に彼の退路を残した包囲からも明らかである。
「私たちがこれ以上、ここで争えば戦場になります! 少ない、とはいえ一般人の人たちまで巻き込むわけにはいきません‥‥」
 ユウキが再び説得を試みる。無暗に標的以外を巻き込みたくないのは、彼も同じだった。
「先ほどの会話、無関係な者を巻き込みたくはないのだう? 私たちもその気持ちは同じだ。しかし、彼はもう一般人のいる階下、周りを傷つけず彼の命を奪うことはもうできない。今日の所は一旦、引いてくれないか?」
 畳み掛けるように、シクルが言う。暗殺者の全身から、徐々に殺気が失せていく。
「仕方ないよね。迅速に仕留められなかった僕のミスだよ‥‥」
 そう言ってから、暗殺者は、ウェストの練成治療を受けているミルヒを見る。それに気付いた藍が言う。
「‥‥技術は人と触れ合いながら伝承されて行く‥‥のではないでしょうか? その触れ合った事こそが‥‥生きた証‥‥にならないかな?」
 その言葉を聞いた暗殺者は薄く笑うと、コホンと可愛らしく咳ばらいして、ミルヒに言った。
「入門編としては、まあまあだったかな‥‥?」
 そして暗殺者は音も無く窓から跳躍し、闇へと去って行った。
「重役とは責任をとるのが仕事じゃ。そして死人には責任をとることはできん。そなたに死に花等100年早い。生きて成すことをなせ」
 戦闘が終結した後、スイートルームで美具はそう重役に説教する。
 緊張から解放された重役は、成人の傭兵たちには葉巻や酒を、それ以外には適当な飲み物を勧めた後、緊張から解放されたせいかぐったりと椅子に身を沈めて葉巻を吹かしていたが、この言葉を聞き、静かに目を閉じる。
「はは、先立たれたあいつにも、同じ説教をされそうだよ‥‥」
 その時、重役の携帯がメールの受信を知らせる。それは、行方不明になっていたミユ・ベルナールの救出成功の一報であった。
「そうか‥‥まだ、儂にも今少し、やるべきことが残っているようだ。‥‥ありがとう傭兵諸君。ドロームを運営していく者の一人として、君らの働きに心から感謝させてくれ」
 傭兵たちは彼の手配で、ホテルで一晩休息することとなった。傭兵たちが、事前の連絡で従業員の安全に配慮したため、ホテルも快諾したのである。
 加えて、傭兵たちが消費した備品も補充され、彼らは翌日の朝LHに帰ったのだった。