●リプレイ本文
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「まだどうにかなりそうな状況だな。成功、勝利‥‥俺らは何時だってそれを目指さないといけない」
到着した傭兵の一人、追儺(
gc5241)はエレナから状況を聴くとそう気合を入れた。
「ブラッドヒル‥‥能力者の先輩の姿、見せてやる!」
彼がそう叫んだ時には、既に他の傭兵たちも警戒態勢に入っていた。周囲の茂みが音を立て、影のような何かが茂み越しに覗く。
次の瞬間、飛びかかってきた影を追儺が殴打。影は呻き声を上げて、大きく彼らの頭上に跳躍した。
「何か嫌な敵だけど、それだけカプセルを回収させたくないって事なのかな。ここは、頑張るしかない!」
月居ヤエル(
gc7173)はそう叫ぶと、用意していたペイント弾を小銃で発射。敵を見えやすくするのが彼女の目的だ。
だが、さすがにこの速度に秀でたキメラには命中せず、周囲の針葉樹が塗料で染まった。
この間、傭兵たちはとにかく負傷者を守ろうと素早く円陣を組む。それでもキメラは襲撃を諦めず、樹上から落下する。狙われたのは、背後に負傷者を庇っていたエリーゼ・アレクシア(
gc8446)だ。
「負傷している方が何人もいるようです。これ以上誰も怪我をせず無事帰りましょう」
エリーゼはそう言うと一か八か、盾を構えたまま瞬天足で跳躍、空中の相手に突進した。キメラとエリーゼはもつれ合ったまま下草の上に着地。エリーゼが、逃げようとする相手をへトニトルスで突き刺したが、キメラはそのまま、跳んで木々の間に姿を隠した。
再度瞬天足を使い、円陣に戻ったエリーゼが言う。
「手応えはあったんですけど‥‥」
確かに彼女の剣と、地面の下草にもキメラの体液が残っていた。だが周囲の針葉樹林は相変わらず殺気を孕んでいる‥‥
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合流直後に襲撃があったせいで慌ただしくはなったが、ともかくも傭兵たちと分隊は無事に合流した。
「また‥‥会えました。‥‥でも、まずは任務遂行が先ですね」
若山 望(
gc4533)がE・ブラッドヒル(gz0481)に言う。
「はい! 望さんもどうか気をつけて下さい」
「ヒルダさん、初任務で色々あって気にはなるけど‥‥」
「ありがとうございます。やえるんさん。私は‥‥大丈夫です」
「そうだよね‥‥今回はアオちゃんもいるし、私は安心して回収任務に集中! ちゃんと戻ってこないとダメだしね。2人とも頑張ろうね!」
望、月居と言葉を交わした後、ヒルダは負傷者の治療へと戻る。そこではヨダカ(
gc2990)が木の枝などで、杖をこさえつつ、兵士たちと会話していた。
「増援部隊ただいま参上なのですよ」
ここで、背後にヒルダの気配を感じたヨダカは振り返る。
「また会いましたね、今は『首輪つき』ですか?」
「ヨダカさん、来てくれたのですか? 私が動員されている事は資料にも明記されていた筈ですが」
「勘違いするな。甘やかされて妙な思い違いをしていないか見に来てあげたのですよ」
冷たい声色で言うヨダカ。ヒルダもその反応は予測していたのか、ヨダカのしている事を見ると手近な木を持っていた斧で伐採してヨダカを手伝う。
「ん〜‥‥E・ブラッドヒルですしイブル(悪)と呼ぶのも有りですね、スペルが違うですが。首輪つきとどちらが良いです?」
受け取った木を加工しつつ、ヨダカは言った。
「エヴィル(Evil)だとブラッドヴィルに改名しないといけませんから‥‥首輪の方で良いですか?」
そう言った後、ヒルダは横を向いたまま薄く、クスリと笑った。
「ヨダカさんになら、そう呼ばれても構いませんよ?」
きっとなるるヨダカ。その時、近くに居る兵士が冷たい乾パンを齧ろうとしているのを見て優しく言った。
「暖かいレーションを持って来たのです。皆で分けるのですよ!」
兵士は喜んでくれた。腹が減っては戦は出来ぬ。ヨダカは軍人びいきなのである。
「治療成功を祝うのは後回しか。少々残念だが、やむをえないな」
同様に、陣地構築や、怪我人の救助を手伝っていたアセリア・グレーデン(
gc0185)が入れ違いに、苦笑しながらヒルダに話しかけた。
「アセリアさんまで! いいえ、お祝いなんて‥‥その気持ちだけで凄く、嬉しいです!」
周囲に懐疑的な目があっても特に気にしないアセリアの態度は、やはり嬉しかったようだ。
「‥‥負傷者はお任せ下さい‥‥ヒルダは直衛を‥‥奏歌も後ほど加わります」
奏歌 アルブレヒト(
gb9003)は、そう言うとヒルダの肩に手を置いた。今回来てくれた傭兵の中では、最もヒルダとの付き合いが長い人物である。
奏歌は挨拶をすますと、手早くソーイングセットや、輸液、支給品よりは効果のありそうな新薬である鎮痛剤などを取り出し、重症者の処置に当たる。
その手際と用意の良さに見とれつつ、周囲の警戒に戻ったヒルダは唇を噛み締める。自分がもっとしっかりしていればここまで怪我人を出さずに済んだのではないか? そういう想いが拭えないのだ。
そんなヒルダを、横目で見ている日下アオカ(
gc7294)。守りたいものが守れないというヒルダの悔しさを彼女は気にしていたのだ。
そもそも、今回の任務にアオカがくっついて来たのは、ヒルダがヤエルの友人に相応しいか検分するという微妙に嫉妬を含んだ理由からだったのだが‥‥?
「気に入りませんわね、その表情が」
気持ちを素直に表現できず、どこか意地悪くヒルダに話しかけるアオカ。
「あ‥‥すみません」
「べ、べつに責めている訳ではありませんわ! ‥‥楽器ひとつで、オーケストラの音を出そうとしても無理な話ですわよ!」
この時は、アオカの言葉が理解できず怪訝そうな表情を見せるヒルダ。
――僕にとっては、道化も音楽も人を『笑顔』にする為の手段だよ
これはアオカの父の言葉であった。
「エリーゼさんですね。初めまして、今回はよろしくお願いします」
アオカ同様、初対面であるエリーゼにも挨拶するヒルダ。だが、エリーゼは挨拶を返しつつもどこか反応が不自然だった。
「元強化人間のことを私は完全には信用していません。やっぱり一緒に行動する時は少し疑いの目で見ちゃいますよね‥‥」
「安心するです‥‥裏切るようなことがあるなら容赦するつもりは無いです」
その後、レーションをヨダカが起こした焚火で暖めつつエリーゼとヨダカはそんな会話をしている。
「焚火のせいもあるのでしょうけど、暑いですね‥‥一応防寒対策でコート着てきましたけど‥‥脱いじゃいますね」
ヨダカにそう断りつつ、コートを脱ぐエリーゼ。だが、突然背後からイヤらしい視線を感じてはっと振り返る。
「どうしたんですか暑いんでしょう脱ぎましょうさあ全部脱ぎましょう」
立っていたのはエレナだ。エリーゼとヨダカは理解した。こいつは、別にブラッドヒル専門ではない。この場にいる全ての少女が危機に立たされているのだと‥‥!
「なにか、御用なのですか?」
とりあえず、この場にいる唯一の下士官という事で、礼儀正しく聞き返すヨダカ。
「いえ彼と二人で回収に行く事が決まりましたからそれだけです」
エレナの側には、カプセル回収の班分けについて提案を行った奏歌が立っている。
エレナは一般兵の損耗と合流した傭兵の個々の能力を考慮して、ツーマンセルで足並みを揃えつつ最速で行動できると二人で回収を遂行すると判断したのだ。
追儺の方は、借りた暗視ゴーグルをを装備しつつヒルダの事を仲間たちに託していた。
「ブラッドヒルは初陣な上、上官とも離れて行動する事になる‥‥体力、精神状態に気を付けてくれ。特に先走らないようにな」
「任せて!」
ヤエルが言う。
「ああ、そちらも気を付けてくれ」
アセリアもそう応じた。
「個人的にはブラッドヒルに傭兵の在り方を見せたかったが‥‥後は戦場ってものを知る機会になればいいと思う」
そう言うと追儺は、錬成治療と奏歌の応急処置で細かい話が出来るくらいには回復しているイヌイットの上等兵に道筋を確認してからカプセルのある方向へ進み始めた。
エレナは、既に彼女を待っている追儺の方に一歩踏み出すと、すれ違いざまヨダカとエリーゼに聞こえるよう呟く。
「『子のパンを犬に与える事無かれ』、『しかし、犬もパン屑にはありつきます』‥‥それでは『首輪』をよろしく森の中でイケメンとデートだわっしょい」
エレナは、情報部の人間らしくヒルダと、ヨダカやエリーゼの会話をしっかり把握していた。彼女は瞬天足で加速。続いて追儺も同スキルを発動。二人のペネトレイターは最高速度で夜の森の中に消えた――
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ヨダカのバイブレーションセンサーが同時に敵を捕らえた。まず外周を警戒していた望が小銃を構える。茂みから大柄な黒い影が跳躍。
望は人型の影の足元を狙って発砲。命中はした。その証拠に体液が地面に飛散する。
しかし、この時日下も別方向から迫る何者かを捕えていた。
「‥‥やはり‥‥複数でしたか‥‥」
奏歌が素早く超機械を作動させ電磁波を放つ。だが、影は放射された電磁波を振り切って迫る。
エリーゼが剣で切りつけるが、かすり傷だ。影は内周へと迫る。
奏歌は乙女桜を起動。予備動作のいらないエネルギー刃が影を貫く――かに見えたが、キメラは直前で危険を感じたのか素早く飛んで逃げてしまった。
乙女桜の刃も、浅く相手を穿ったに留まる。
月居が敵の正確な数だけでも把握しようとペイント弾を使う。今度は、命中したらしく塗料の色が素早く木々の間に消えて行った。
この調子で時間が過ぎていった。
こちらの攻撃は当たってもかすり傷くらいで、ほとんどの攻撃は回避される。
ただ、救いは奏歌の応急処置やヨダカのレーションやらで、一般兵の消耗が抑えられている点だ。当初の重傷から少しでも持ち直したのは大きかった。
むしろ、この時点では覚醒と非覚醒を断続的に強いられる能力者たちの消耗が蓄積していたのだ。
「KV戦闘メインで生身戦闘の装備を整えるのをサボったツケが来ました‥‥」
望が荒い息を吐く。彼女もかなり消耗しているらしい。
これを慮ったアオカがある提案をした。
「でも‥‥それは!」
アオカの提案を聴き終えて、抗議するような声を上げたのはヒルダだった。
しかし、アオカは彼女を見つめていう。
「敵が襲ってくる場所がわかれば、それだけで守りやすいですわ」
分隊の兵士たちを見るヒルダ。彼らに異議は無い様だ。彼らもこれ以上神経を削られるような消耗戦を強いられるよりは、一気に決めてしまいたいのだろう。
それでもまだ、迷いが見えるヒルダに、ヨダカが小声で囁く。
「忘れるな、お前の『自由』は鎖の届く範囲だけなのです。誰もお前を許してなんていない」
そう言ってからヨダカは、もう少し大きな声で続ける。
「『尻尾が犬を振る』とうそぶきたいなら、もっと気合を入れるのですね」
この一言がヒルダの決断を促した。無言で覚醒するヒルダ。
ヨダカは円陣に戻る。入れ違いに今度はアセリアが話しかけた。
「不安は解るが‥‥心配するな。私にも策がある」
アセリアは義手でヒルダの肩を優しく叩いた。
「決まりですわね。手を貸しなさいな。ぎゃふんといわせて差し上げますわ」
アオカが言った。
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再度、襲撃をかけた影はある一点に殺到していた。アオカの提案で円陣につくられた包囲の『穴』である。
アオカのバイブレーションセンサーが捕えたのは三体の影だ。相変わらず素早く、暗視用の装備をしている者にも、人型で長く鋭い爪が生えている事しか識別できない。
しかし、ヤエルのペイント弾のおかげで辛うじて位置は判別できた。それを頼りに、アセリアは再度覚醒するタイミングを図る。
覚醒を切るという事は、動きそのものが(キメラから見て)脆弱になるということ。アセリアはそう判断して、アオカの提案に己の案を付け加えたのだ。
「撃つよ! 皆目を閉じて!」
加えて、月居が放った照明銃の余波が、一時的にではあるが影の視力を低下させ、影から獲物を識別弦判断力を奪っていた。
アセリアはあえて一般兵と同じ内周にいた。影は本能的に円陣の内周にいたアセリアに襲い掛かり爪を振り下ろす。
「‥‥ウェンディゴは本来決して姿を見せぬもの。姿を晒した時点で貴様らの負けだ‥‥自分の血で雨を降らせるがいい!」
このタイミングで覚醒したアセリアは、敵を引き付けたまま一般兵から離れ、仲間の位置を確認した上で両断剣を併用した十字撃を発動。強烈な衝撃波が三体の影を吹き飛ばした。付近の樹や岩場に叩きつけられる影。
だが、一体が致命傷を回避したのか、跳ねて逃げようとする。しかし、負傷しているのか動きは鈍い。奏歌がザフィエルで相手を怯ませる。
「逃がさない‥‥」
今度こそはと、望が塗料に向かって発砲。影はのけ反るとその場に倒れ込む。
――その時、一般兵の一人が悲鳴を上げた。影だ! まだもう一体が死角から飛び跳ねて包囲の穴に入り込んで来た!
影は徹底して弱い獲物から狙うらしく、発砲する健全な兵士には目もくれず、横たわる負傷者へ迫る。
――楽器ひとつで、オーケストラの音を出そうとしても無理な話ですわ
「やぁらせるかあああぁあああ!」
絶叫したヒルダが、ボディガードを発動。影の攻撃を正面から受け止めた。
「それでいいのですわ! さあ! 良い声でお鳴きなさい!」
その影を、アオカが蹴り飛ばす。すかさずヨダカが超機械の旋風で影を吹き飛ばす。影に止めを刺したのは、瞬天足で追いついたエリーゼだった。
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「アセリアさん、血が‥‥」
ヒルダは目から血を流すアセリアを心配していた。
「いや、これが私の覚醒反応なんだ‥‥私と奴等では、どちらが化け物かわからないな」
苦笑するアセリア。
「そんなことないですよ‥‥」
微笑むヒルダはアセリアが追った浅い傷を手早く処置する。
そのヒルダの表情を眺めるアオカ。ヒルダの表情には、アオカが彼女に取り戻させてあげたかったもの――自身と笑顔が戻って来ていた。
そこに、カプセルに入っていたレコーダーを抱えたエレナと追儺が合流して来た。一同に安堵が広がる。
彼らも帰り道で影に襲撃されていた。
能力者のみであることは、可能な限り瞬天足で移動していた事から影にも解ったのだろう。それでも襲撃して来たのはやはり、影には回収を阻む目的があったということらしい。
最終的には、敵がしつこくて振り切れないと判断した追儺が、影の足を攻撃して動きを鈍らせ、エレナが止めを刺したらしい。
そして、待機していた傭兵たちが仕留めたものと合わせてキメラはこれで全部だったようでそれ以後襲撃は無かった。
午後遅く、一行は無事ベースキャンプへと帰還した。
望はようやくヒルダを抱きしめる事が出来た。
「遅くなりましたが‥‥ヒルダさん?」
おかえりなさい、と言おうとした望はヒルダがすーすーと寝息を立てている事に気付くと優しく微笑んでヒルダを椅子に寝かせた。