●リプレイ本文
ヘイル(
gc4085)は天井や窓が破損し、宇宙空間に剥き出しになった通路を手すりに掴まって進みつつ、時折立ち止まっては周囲のKVの残骸を観察する。残骸は、視界を月面が占める方向に多く、逆に月が見えない方向には少なかった。
「‥‥これは酷いな。ここまで壊滅させる必要があった、と言う事か?」
「艦橋は、アッチみたいだね」
夢守 ルキア(
gb9436)が、巨大な残骸を指す。こうも艦体が穴だらけでは、艦内を探索するより、外側から回り込んだ方が近い。二名は沈黙と漂流物が支配する宇宙空間へ踏み出した。
時折、交戦する両軍の爆発光が煌めく。ヘイルは移動しつつ、付近を漂う遺体を調べる。
「‥‥少なくともこの艦については白兵戦があった訳では無い様だ。この遺体は恐らく‥‥」
ヘイルが指した遺体は、爆発の熱で焼け焦げていた。恐らくこの惨状を引き越した張本人に砲撃された際に、一瞬でやられたのだろう。
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『こちらは傭兵のヘイル。生存者がいれば反応してくれ』
通路に漂う宇宙服のヘルメットに取り付けられた通信機から、ヘイルの声が響く。
『救助を行う。繰り返す‥‥』
倉庫の荷物に寄りかかるその宇宙服は、一見生きてヘイルの通信を聴いているようにも見える。
ヘイルは定期的に無線で全方位に呼びかけつつ艦橋に急ぐ。しかし、彼の通信応える声は無かった。
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艦橋は地獄絵図であった。そこかしこに遺体が、それも酷く破損した原形を留めていないそれが浮遊している。
人間くらいの大きさの、手と口と無数の眼球をつけた黒いナマコのようなキメラが遺体を漁る。艦のメインコンピューターは、そのキメラ集団の向こうだ。
突如、無音で数匹のキメラが爆ぜる。貫通弾による攻撃だ。慌てて死体から口を放すキメラに黒いAUKVが突撃。キメラを槍で突き殺していく。
飛び掛かって来たキメラを、残骸を蹴って跳躍。回避したヘイルはそいつを小銃で倒すと、周囲に敵が残っていないことを確認して呟く。
「宇宙は音がしないから奇襲が楽でいい。‥‥これはお互い様か」
「無線は繋がるかな、一応艦橋の放送室が活きてたら、傭兵が来たってコトを知らせよう」
ルキアはそう呟くと、艦橋にあった艦内用の通信装置を作動させた。
『傭兵のルキア。喋らなくていいから、意識があったら、手を上げて知らせて』
だが、やはり応える者はいない。
続いて、ルキアは辛うじてメインコンピューターが動くことを確認して調査を始めた。
「データの判別はSFとしての知力トカ能力も使ってみるよ。研究者としての能力はワカンナイケド、パイロットとしてはそれなりのツモリだし」
「頼む」
ヘイルはそう言うと残り時間を確認した。
「俺は、もう一度艦の外を調べてくる」
「ここまで徹底的に破壊されているとはな‥‥碌な抵抗もさせずに艦隊を壊滅させるとは、バグアもまだ何か隠し持っていると言う事か?」
ヘイルは暗黒の宇宙空間を漂いながら、周囲を双眼鏡で注意深く観察した。彼はKVなどがどの方面に多いかを確認し、攻撃を受けた方向を測る事を目的としていた。
時間を気にしつつも、注意深く観察を続けるヘイル。
「‥‥艦隊は内周から攻撃を受けたのか」
調べた範囲で解ったのは、艦隊が隊列を組んで航行している際に、何者かがそのど真ん中から全周に攻撃を行ったらしいという事だ。この事を心に留めたヘイルは時間が迫っていることを確認して艦橋に戻った。
「やっぱり相当強力なジャミングを受けたみたいだね」
艦のコンピューターを調査していたルキアは、艦隊がジャミングを受けていた事を調べ上げた。
更に調査を進めたルキアは、遂幾つかのデータを抽出した。
「木っ端みじんってコトはデータも抜かれているかもと思ったんだケド‥‥時間的に不可能だったみたい」
データそのものは相当破損していたが、それは敵が意図的にそうしたというより、攻撃の余波でそうなっただけのようであった。
「修復は‥‥デューク君か、正規軍にお願いでも良いかな。ま、カメラは完全に壊れているケド」
ルキアはそう呟くとレコードを回収。そこにヘイルが合流した。二人は、ヘイルがペイント弾でつけた目印を頼りに合流地点へと急ぐ。
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「死者の庭か‥‥」
周囲を見回し、終夜・無月(
ga3084)が呟いた。
今、彼はバイブレーションセンサーと、探査の眼を併用して大宇宙のど真ん中を移動している。彼を囲むように複数の輸送艦の残骸が周囲に浮遊しており、それに交じって大小の破片が全天を囲んでいた。彼は残骸の一つ一つに触れ、振動を確認しては飛び移って行く。
そこに、無月とバディを組んでいる綿貫 衛司(
ga0056)が戻って来た。
「どうでした‥‥?」
呼びかける無月。
綿貫は無言で首を振る。彼は比較的原型を留めているKVのコックピットを確認していたが、奇妙なことにいずれもコックピットブロックが射出された形跡が無いにもかかわらず、その中は『空』であった。遺体すら残っていないのだ。
二人は場所を変える事にした。
やがて無月のバイブレーションセンサーが何かに反応する。手を触れたKVの残骸の内部からの反応だった。
「数は二つですね‥‥大人よりは少し小さいか‥‥」
呟く無月。綿貫がハッチに手をかけて、豪力発現でこじ開けようとするが――
「‥‥!」
無言で無月が綿貫の肩に手を置く。彼の探査の目が、何かを捕えたらしい。綿貫は無月の方を振り向くと、納得したように先手必勝を使用。二人は同時に拳銃を抜き、綿貫がハッチをこじ開ける。
直後、両名は一切の躊躇なくクルメタルとケルベロスの全弾をコックピットの中に向けて連射した。
――やがて、コックピットの中から鉛玉をたっぷり撃ち込まれたキメラの死体が二体漂い出てくる。
コックピットの中には食い荒らされた遺体があるだけだった。
綿貫は無言で、遺体を調べその認識票を回収した。
「フライトボックスも回収しておきます」
綿貫はそう言うとコックピット内を調べ、レコーダーを回収した。次に綿貫と無月は漂流する輸送艦の残骸を目指す。
輸送艦は、既に原型を留めておらずラインガーダーが係留されたままだ。
綿貫は宇宙空間ならではの距離感覚に留意して、不自然な揺れ方をする残骸などがないか注意を払いつつも、可能な限り急いで輸送艦に向かう。
「現場検証遂行に関するモノは全て見逃しません‥‥」
何気無く宇宙を漂う物体にも気を配る無月。そのおかげか、彼は幾つかの認識票を見つけた。これは、先刻綿貫が回収していたのを見ていた為だ。逆に言えばこれ以外に注目に値するような漂流物は今の所無かった。
やがて、輸送艦の艦隊に二人は辿り着く。
「残り時間が厳しいですが‥‥やれるだけの事はやりましょう」
こう言ったのは綿貫だ。
綿貫は、悲観主義者だが絶望主義者ではない。楽観論に依って行動して失敗した時の損害やダメージが大きい事を経験則的に知っているだけだ。
だからこそ、綿貫は残された時間で最善を尽くしたかった。
「自分は、艦橋と倉庫に向かいます。無月さんはラインガーダーの方を頼みます」
事前に輸送艦の構造についての資料を把握していた綿貫の指示で二人は二手に分かれた。
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格納庫を調査しながら綿貫はため息をついた。既に艦橋も調べたが、そちらは損傷がひどすぎて得るものは何もなかった。
格納庫は、構造こそ保たれていたが中にあるのは死体ばかり。
綿貫が発見したのは、認識票その他の小さな遺留品のみである。
だが、コンテナを調べていた綿貫はあるものを発見する。それは、漂って行ってしまわないようコンテナの隙間に無理やり挟み込まれていた。
手帳だ。どこの店でも売っているようなごく普通の手帳である。これも持ち帰ろうとページを捲っていた綿貫はある記述に眼を留めた。
――非常に強力なジャミんぐ 衝撃 振動 閃光 爆発 何が起きたか不明 警報 倉庫内できゅう助ヲマツ 援軍 救援要請 だれかくる さわぐ もう一度―(以下判読不能)
輸送艦の外部では無月がキメラに聖剣デュランダルの猛威を振るっていた。全てのラインガーダーの残骸を丁寧に調べたが解ったのは、圧倒的な火力で瞬時に貫かれたという事のみ。
後は時折、何処からともなく湧いてくるキメラだけだ。
一匹のキメラを倒した無月は、接近して来る者を感知した。素早く銃を構え、苦笑して下す。それは撤収して来た綿貫であった。
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ドクター・ウェスト(
ga0241)とメシア・ローザリア(
gb6467)は、艦橋を避けて破壊された比較的原型を留めている巡洋艦に進入した。
ドクターは艦橋に着くと、生きているコンソールに電子魔術師を使用してセキュリティを解除。手早く艦内の捜索を進める。
「ふむ、封鎖されているブロックがあるね〜」
表示されたは、艦の比較的安全な位置にある一画だ。いざという場合の避難所らしい。
「では、そちらに向かいましょう」
ローザリアも言う。
この巡洋艦は別の艦と比べると不自然なくらい原形を留めている。今の所、艦内では死体は見つかっていない。
「やはり、生存する望みがあるとすればココかね〜」
ドクターが言う。
「急ぎましょう」
班の中でも、生存者の救助を最優先に考えるローザリアもそう言う。だが、直後に警戒のためにバイブレーションセンサーを起動した彼女は険しい表情になった。
「先に行ってください。ここはわたくしがお相手を致しますわ」
そう言ったローザリアの視線の先には、個室のドアが‥‥
ドクターは躊躇せず先を急ぐ。
生存者の救出を最優先に考えるの彼も同じ。まして現在の彼は様々な経緯から、能力者への不信が芽生えてしまったらしく彼がノーマルと呼ぶ非能力者の負傷だけを治療しようと考えるような心境なのだ。
キメラなら殺しておくべきだが、今は問題の場所に辿り着くことを優先したのだ。
ドクターを見送ったローザリアは、ハッチの前に跳躍する。
その瞬間自動ドアが開き中からキメラが数匹飛び出してきた。ローザリアはそいつに脚甲「イキシア」の回転させた爪先を抉るように撃ち込む。
キメラは多数の眼球の生えた頭部を抉られ、息絶えた。
「宇宙服を纏っているのは難いけれど、救助小隊の隊長としてめげませんわ」
薔薇の紋章が縫い付けられた宇宙服が華麗に無重力空間を舞い、キメラが次々と仕留められていく――
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問題の区画に辿り着いたドクターは呆然としていた。そこには確かに頑丈な隔壁があった。だが、それは今無残に破壊されている。そして避難所の中には生存者どころか死体すらなかった。
「コレは、何で破壊された跡かね〜」
それでも、先見の目で周囲の状況に注意しつつドクターは調査を開始する。
やがて、あることが解った。この隔壁は艦が武装を破壊され、無力化されてから改めて破壊されたのだ。
「‥‥一体なんのためかね〜」
一旦覚醒を解き、思案するドクター。
「この隔壁にしても、まるで中にいた『人間を傷つけないように』丁寧に破壊されているような〜‥‥」
突如、ドクターは覚醒した。無数の覚醒紋章が足元から全方位に広がる憎悪のリコリス(曼珠沙華)が現れる。
周囲に敵がいた訳では無い。
「バグアめ‥‥!」
ドクターはいきなりエネルギーガンを引き抜くと周囲に乱射し始めた!
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「もう撤退の時間ですわ!」
「吾輩の邪魔をするな〜!」
キメラを倒して仲間を探しに行ったローザリアが見たのは艦内を彷徨い、遭遇したキメラを片っ端からエネルギーガンと機械剣で殺戮するドクターの姿だった。
「わたくしも探してみましたが、この艦には何もありませんわ! 死体さえ‥‥!」
「何故死体が無いと思うかね〜!」
乱射される光線から身を守るために、物陰から呼びかけていたローザリアはドクターの問いにはっとなる。
「もっと早くに気付くべきだった〜! 何故わざわざ乗員を傷つけないように破壊されている艦があるのか〜!」
怒りのままに暴れ続けるドクター。その時ヘイルが打ち上げた照明弾が周囲を照らした。
それを見たドクターはようやく落ち着いた。
「‥‥最後にどうしてもやっておかなければならない事がある〜。 もう少しだけ待って欲しい〜」
ドクターはそうローザリアに言った。
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巡洋艦のコンピューターにアクセスしたドクターは一心に残っている情報を引き出していた。彼が特に重要視したのは乗員名簿である。
「艦18隻、乗員総数数百名‥‥死者、行方不明者‥‥いや、もはや行方不明者も『死者』だ。この数百名の命、すべてバグアに支払ってもらうぞ‥‥」
作業に夢中になるドクター。ローザリアも彼の想いを解っているので、せかすことができない。
しかし、艦橋の外に一機の小型HWが迫っていた。サンディア・ピュルムの部隊と交戦している機体がこちらに迷い込んだらしい。
無人機のようだったが、何かを感知したのか武器を構えるHW。
慌てて外を見る二名の前でHWの砲身に赤い粒子が集まり――直後、スナイパーライフルの弾がHWを貫いた。
飛来したリヴァティーがHWを蹴り飛ばし、艦橋が爆発に巻き込まれないようにする。
――『もう限界なのだ! 急いで撤収するのだ!』
艦橋の前に手を差し伸べるリヴァティー。リヴァティーから伸びる命綱には、既に他の傭兵たちがしっかりと掴まっていた。
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任務を終え、全速で離脱するサンディア・ピュルムの艦橋ではコンラッド艦長が沈痛な面持ちで傭兵たちが提出した品や書類を分析していた。
調査の結果自体は、満足すべきものであったが判明した事実はこれからの厳しい戦局を暗示している。
「‥‥やはり、生存者は全て連れ去られたということだね‥‥ヨリシロとして」
目を閉じるコンラッド艦長。
「ヘイルさんの報告によると艦隊の中央から全方位に強力な攻撃が行われている。
更に、ルキアさんによれば相当強力な電波妨害も確認されている。この二つはほぼ一つの回答を示している、か‥‥ユダかそれに匹敵するワームの存在は、確実かな」
艦長は報告書を手早く書きながら綿貫の回収したドッグタグを静かに見つめた。
月が、遠ざかっていく。