タイトル:【崩月】Grubby J Brideマスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/03 18:41

●オープニング本文


 月の裏側に存在したバグアの拠点。同心円状に配置されたそれが何物であるかはわからないが、L2艦隊全滅の経緯などからみても、バグアにとって知られたくない施設だったのは明らかだった。
「だからといって、一隻で喧嘩を売るってのはしんどいなぁ」
 
 誰かがぼやく。崑崙には、駐留アジア艦隊をはじめ少数の戦力しかいない。手持ちの戦力で可能な限り、といったところだろうか。

 攻撃手段はKVによる強襲と、巡洋艦のG5弾頭による長距離攻撃だ。
 相手が回避しないならば、G5弾頭ミサイ ルの有効射程は60kmに及ぶ。とはいえ、迎撃されれば破壊されるし、なにより崑崙にあるG5弾頭は決して多くは無く、艦艇に配備できるのは3基までらしい。
「施設の護衛がいないとは思えん。G5は目くらましに使うか、本命に使うかは自由だが、無駄撃ちはさせないようにな」

● 
 ここ『六月』と呼称された施設への奇襲攻撃は順調に進行するかと思われた。
 UPCの投入戦力はエクスカリバー級巡洋艦『サンディア・ピュルム』及び随伴の輸送艦二隻。

 
 基地の戦力の大半がUK1番艦の迎撃に駆り出されたせいもあったのだろう。対するバグア軍はタロス二機に、宇宙キメラが少数と急ごしらえの対空施設のみ。奇襲は功を奏する筈であった。

「艦を全速前進。G5弾頭をセルに装填して」
 サンディア・ピュルム艦長、58歳にしては若く見える穏やかな紳士と言った風貌のコンラッド・マルティネスが命令する。

「了解なのだ!」
 元気よく答え、簡易ブーストを制御するのは、能力者であり管制も担当する12歳の少女、ノラ・ベルナリオである。

 コンラート艦長は、時間との勝負であることを理解していた。敵は完全に沈黙しておらず、迎撃の危険性はあったが、KV隊に、敵注意が集中しているこの時が早期決着ののチャンスなのだ。
 その判断は正しかった。現に、守備隊のワームも、キメラも発射されたG5弾頭にまるで反応出来なかった。
 そう、守備隊は、である。

「!? か、艦長!」

「どうしたの?」

「敵施設後方の月面上空から高エネルギー反応!」
 遥か虚空から赤い閃光が飛来。確実に施設に直撃する筈だったG5弾頭をその奔流に飲み込み、人類にとっては惜しい所で、バグアにとっては危うい所で迎撃した。

「艦長。遠距離に反応多数! ‥‥バグアの艦隊なのだ!」
 ノラが叫んだ。
「数、構成艦艇を」
「巡洋艦一隻! でも、BFとワームが一杯なのだ!」
 
 表示を見るとまだかなりの距離がある。幾ら敵の巡洋艦の射程が長いとはいえミサイルを迎撃したのが巡洋艦とは思えなかった。

「彼我の中間地点に熱源反はんのー! こっちに向かっているのだ!」

「そうか、速度の速い艦載機を既に発進させていたのか‥‥」
 コンラッドは唇を噛んだ。巡洋艦同士の性能差。彼我戦力の差。増援本隊がここに到達すれば作戦は失敗する。
「傭兵隊は?」
「輸送艦より連絡。補給完了! すぐ出せるのだ!」


 傭兵のKVを輸送していた輸送艦がKVの係留を解く。
「本艦は一旦下がります‥‥ご武運を!」
 輸送艦の能力者である眼鏡の少女が叫ぶ。その時であった。
「こちらに急速接近中の部隊を捕えました! 映像、回します!」
 映像を見た少女は凍りついた。そこに写っていた機体――それは
『フィ、フィーニクス!? どうして‥‥』

 ――『『ほう、あの時の戦士階級の娘か』』
 まだ、かなりの距離があるが、高速接近中の機体から通信が入る。
 
 【福音】Counter Back in Spaceにて決行された本星艦隊の拠点の一つである低軌道ステーションへの威力偵察の結果、第三の異星人であるバーデュミナス人及び、彼らの技術であるフィーニクスが保護、確保された。
 だが、作戦の最終段階で、一機のフィーニクスと、一人のバーデュミナス人が再びバグアに捕えらえた。

 
 直接には言語の通じないバーデュミナス人と、人類の間を会話能力で取り持ってくれた更に別の異星人、クリューニスによれば、『トゥシェク』という個体が、作戦中に航行不能となった人類側の輸送艦を救うために再度出撃した。

 ――まるで同胞を救われた恩を返すかのように
 
 そのバーデュミナス人は救援部隊の到着まで輸送艦に迫る敵を排除し続け、最終的には敵のワームを引き離す為にバグアの虜囚となった。

 この少女こそ、トゥシェクに救われたクルーの一人だったのだ。
 その彼女の前に、フィーニクスが紛れもない敵として出現したのだ。背後には大型の宇宙キメラが随伴している。

 紛れも無くバグアの悪意だ。
 低軌道ステーションで大きな被害を蒙ったバグアの、腹いせだ。

 呆然とする少女の眼前で、今度は映像が流れる。
 それはフィーニクスのコックピットで液体に満たされた操縦者、つまりトゥシェクその人の映像だったが、その頭部の上半分は巨大な芋虫とナメクジの合いの子の様なバグア、グラッブグローラーに覆われている。


『オ互イニ時間ガナイノデ単刀直入ニ申シアゲマス』
 芋虫が、淡々と言う。

『我々ハ、家畜ノ背信ニ対シテ死デモ、ヨリシロノ栄光デモナク、恥辱トイウ罰ヲ与エマス。今、コノ家畜ノ体ハ私ガ操作シテイル。自決モ許サヌヨウニ。コレガ私ノヨリシロノ能力デスノデ』
 映像の中で、イルカと言うよりはシャチが短く鳴き、触手を動かす。それを通訳して、芋虫が人類の言葉でこう続ける。

『家畜ノ命乞イヲ伝エマス「あの青き星の民よ。我が同胞の救出を謝し、我が身の不始末を詫びる。お前たちの星を害するものを粉砕する為に、この虜囚に相応しき死を賜ることを願う」ダ、ソウデス。動揺シテイタダケレバ有難イ』


 それは『取引』であった。

 芋虫の技量では、プロト・ディメント機能を利用してもミサイルを撃ち抜く芸当は無理であった。
 
 だが、巡洋艦か輸送艦なら当てられない事も無い。
  
 だから、トゥシェクは艦を攻撃させないために、一時的に手の神経を「解放」されミサイルを迎撃したのだ。
 
 芋虫がトゥシェクの射撃の技量に頼るべきと判断すれば再び手の神経のみが解放され、トゥシェクはミサイルの着弾を妨害する、これが成功すれば、芋虫は本隊到着前に逃げるであろう艦隊を見逃す。

「貴ニハ戦士トシテノ誇リアル死スラナイ。ソレデモアガクノデスカ?」
 それは、虜囚を恥と、闘いの中での死を良しとするバグアである芋虫にとって、素朴な疑問だった。

「それは自分の身勝手な誇りを他者に認めさせようという奢りだ。自らの無力さ、無様さを知らしめられてなお、最後に自分を支えるものが誇りだ」

「貴方方ノ母星デ、エアマーニェ様ノ交渉ノ結果確保シタヨリシロモ‥‥私ニ体ヲ渡ス時ソウ言イイマシタ。己ノイ命デ同胞ノ安寧ヲ購ッタ」

「貴様は自分の同胞の為に戦うが良い。俺は、貴様が汗水流す間に、出し抜く算段を考える事としよう!」
 心底愉快そうに笑いの感情を示すトゥシェクに、芋虫は沈黙した。

●参加者一覧

里見・さやか(ga0153
19歳・♀・ST
鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN
狭間 久志(ga9021
31歳・♂・PN
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
マキナ・ベルヴェルク(gc8468
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

「お初にお目にかかります。私は081号輸送艦の救援に携わった者の一人です。その節は、私たちの仲間を守っていただきありがとうございました」
 敵が射程に入る直前、里見・さやか(ga0153)は通信でそう呼びかけた。
 やや間があって――

 ――『我が意を継いでくれたことに礼を言う。女戦士よ』
 動揺させると言う割に芋虫は、淡々と通訳するばかりだ。そうした方がより動揺を誘えると考えているのか。

 ――動揺? してやるもんですか。私はもう腹括ってんのよ。

 操縦席で、鷹代 由稀(ga1601)は静かに呟いた。
 
「そりゃ、救出できればそれに越したことは無いわよ。でも、そのために払う犠牲が大きいなら‥‥」
 由稀は聳え立つ巨大なエンジンノズルを一瞥する。

 ――‥‥私の手で落とす。トゥシェクだって望まないと思うから
 
「最後の最後で敵に回るかや、フィーニクス‥‥」
 以前にフィーニクスがらみの救出戦にも参加したことのある美具・ザム・ツバイ(gc0857)も状況に際して内心では動揺せずにはいられない。

 しかし、肉親すら敵味方に分かれるのは戦場の習いであることは百も承知している美具は任務完遂にに死力する覚悟を決める為に、動揺は押し殺して言う。

 ――『理由は察するほかはないが――戦うと言うからには手加減はすまい』

 そう言うと美具は攻撃範囲に入った敵集団に大型榴弾砲を投射する。フィーニクスはこれを回避。キメラの群れも芋虫の指揮で、良直撃こそ避けたものの足並みを乱された。
 其処を狙ってさやかのHuma、由稀のヴェズルフェルニル、そしてマキナ・ベルヴェルク(gc8468)のアスト。計三機の地球製フィーニクスが、オリジナルのフィーニクス率いる敵編隊に向けてプロトディメントレーザーを発射した。

『‥‥永く宇宙を彷徨ったが、このような光景を見るとは思わなんだ‥‥実に大した連中だ!』
『多少小型ナノハ彼ラノ体格ニ合ワセタノカ――ディメントマデ再現スルトハ』
 
 レーザーに焼かれるナマコの群れを見て、感慨を漏らす異星人たち。この砲撃で2体のナマコが焼き殺され、他の数匹も深手を負った。

 そして、三発の内、自機を狙った一発に、トゥシェクはかつて自分が一度救出された際の事を思い起こす。
『狙撃――あの戦士階級、タカシ‥‥ロと言ったか。奴もいるのか?』


 由稀とさやかのフィーニクスがブーストで加速。キメラと引き離された芋虫へ向かう。
 
「里見さんは由稀さんの事、よろしくお願いします。あの人はあの人で、敵とは浅からぬ縁があると聞きました。あの人もまた、信頼に応えるべくに戦うのだろうけども――縁のある相手を撃つ事は、きっと辛い事だと思いますから」
 マキナはそう里見に声をかける。


 さやかはプレスリーでフィーニクスを狙う。

「施設破壊に集中して。邪魔なのはこっちで抑え込むから!」
 由稀も巡洋艦にそう言うとレーザーライフルで敵と射撃戦を展開する。両者とも、本気で撃墜するがごとき攻撃。一切手心は加えていない。

 ――助ける云々の算段を立てるのは本来の作戦が成功してからの話!

 そう思いつつ由稀は、背後の味方に芋虫が意識を向けぬよう間断の無い攻撃を加える。

 ――彼は(自分が亡命に携わった)ミィブさんの仲間だし、081号輸送艦救出の恩義もあります。出来るならば助けたい。でも、今は‥‥

 さやかも、足止めに専念する。だが、この時それまで銃剣からの射撃を行っていた芋虫は機体を加速させ、銃剣を槍のように振り回しながらさやか機に迫った。

 やはり二対一、しかも冷却中で機能が低下している機体では危うい所だった。だが、接近戦を避けるというさやかの意向が幸いした。芋虫の機体を銃撃しつつ素早く残像に回避で距離を開けるさやか。

『成程、ヤハリ厄介ダ』
『ク、貴様らは例のFFに頼り過ぎなのだ』
 芋虫のフィーニクスの中で会話する二人。
 
 人類のフィーニクスは、冷却で大きく防御を低下させるが、機動性までが低下する訳では無い。そして芋虫も先程Dレーザーを撃っている。時間を稼ぐ必要があるのはバグアも同じだったのだ。


「さて、開幕の合図代わりになるかどうかはボクらの活躍次第だねぇ‥‥出し惜しみはなしだ。全力で踊るぞ、リストレイン」
 生き残ったキメラの足を止めるべく、レインウォーカー(gc2524)が愛機リストレインをキメラの中に突っ込ませた。敵を逃がさぬよう真雷光破を発動させた。
 月面に走る雷が、生き残った海鼠を高圧電流で炙る。1体が耐えかねて月面に転がる。

「‥‥今はあの構造物をぶっ壊す方を優先だ。でも いけすかねェことしやがるあの蟲野郎は、あとで全力でぶっ飛ばす!」
 
 内心の怒りを隠して、砕牙 九郎(ga7366)はタマモでグレーネードを二連射! 月面地表近くで炸裂した砲弾の破片で一匹のキメラは最大の武器である衝角を根元から折られた。

 怒り狂い九郎に襲い掛かるキメラ。だが九郎は慌てずアサルトライフルで海鼠の体表を穿つ。反撃の掌プロトン砲を数発食らいつつも、タマモのスラスターで敵の腹部に回り込みただ一刀の下、機剣でキメラの腹を断ち割った。
 
『加速』
 キメラを指揮すべく芋虫が触手の一つを蠢かす。途端、キメラはラムを突出し一気に加速した。

「これで、彼我戦力比は拮抗、ただし敵方は尚も増援本隊が接近中、ですか」
 そう言いながら飯島 修司(ga7951)は対空砲を構えた。

「手早く仕留めないと増援が来るし‥‥時間との勝負になりそうだな こりゃあ」
 九郎も無数の光点として確認できる増援本隊を見て呟いた。

「さて、ここからが指揮のようなものを行う身の見せ所ですか‥‥どこで誰に見られるかは分かりませんし、無様だけは晒したくないものです」
 飯島は呟くと、まず対空機関砲と自動歩槍に地対空攻撃でキメラを牽制。更に飯島は交戦開始前からブーストで敵の高速移動に備えていた狭間 久志(ga9021)に迎撃を任せる。
「それでは、狭間さん、頼みます」

「了解です。作戦に横槍は入れさせない。なんにしろ手早くやらないと‥‥カウントダウン行くぞ‥‥ブーストオン!」
 敵に高速接近した狭間は、ソードウィングで敵を深く切ったが、自身も堅牢なラムに激突され、弾かれる。
『エンジン臨界点まで、振り絞れッ!』
 だが、狭間は限界までブーストを吹かして強引に姿勢を立て直すと、敵の群れにミサイルを発射した。さっき切られた一体が爆炎の中でもがく。そこに飯島の対空砲火が集中した。その体液や肉片が月面の低重力に引かれまるで汚らしい雪の様にゆっくりと月面に振った。
 
 その汚物の雪の中をリストレインが駆ける。プロトン砲を舞うように回避しつつ機関砲で最後尾の敵を牽制。
「機体と言うか、全てが軽いな。面白いと言えば面白いけど、地に足が着いてないのは変な気分だなぁ」
 機体の制御に注意しつつ呟くレインウォーカー。そのレインウォーカーとの挟撃でキメラを仕留めるべく、美具は敵の腕や眼を斧で刻む。悲鳴を上げるキメラ。

 だが、止めを刺そうとした美具に別のキメラが組み付いてきた。腕で美具機を抑え込むキメラ。しかし、美具は慌てず装甲をパージ。敵の腕の中には装甲鑿が残された。
 一方、美具に目をやられたキメラは闇雲に動く。芋虫の指示で仲間に追いつこうとするが――

「嗤え」
 立ち塞がったリストレインのリビティナが怪しく煌めき――そのナマコを正面から断ち割った。
 もう一体は、手元に残った装甲を腹いせにバキバキと握り潰し、仲間に追いつこうとする。

「『速さは力』だっ!」」
 視界が悪化する中、敵の停止時ではなく始動時を狙っていた狭間が剣翼で一閃。横一文字にキメラを切断した。

 それでも数の減ったキメラは執拗に施設の方角を目指す。飯島はキメラが半数以上減ったのを確認して由稀とさやかの援護に向かおうとしていたが、自分が攻撃に最適な位置だったので、機体をブーストで上昇させると敵の前に立ち塞がる。
「突破を狙うなら、叩き落とすか封殺するだけの話ですが‥‥ま、言うは易し、行うは難しですか」

『アノ機体ハ‥‥』
 かつて、一度だけ地上で飯島と交戦した経験のある芋虫は、その脅威を把握していた。全ての海鼠を一度に飯島に向かわせる。
 
 が、飯島は微動だにせず、一体を正確に機槍で真正面から、強固なラムをも通してブチ抜き。更にもう一体を機盾で押し止める。
 
 怯んだのは盾に激突したキメラの方だった。動きの止まったそいつに、すかさずマキナがレーザーライフルを撃ち込む。美具と九郎もそこに火線を合わせ、キメラは撃破されるのだった。
 
 これを見届けたマキナは機体を翻して由稀とさやかの援護に回る。一方、美具と九郎は機体を巡洋艦に接近させつつG5弾頭による攻撃を進言する。

「詳しいタイミングは任せるぜ!」

 マキナまでが、フィーニクスに向かったのを見て、状況把握のために回線を開いたままであった、輸送艦から誰かが息を飲む音が聞こえた。
 
 以前トゥシェクに助けられた少女だ。勿論彼女も状況は解っている。何かを叫びたくなるのを必死に堪えているのはマキナにも解った。
 なので、マキナは彼女に語りかける。

「私はトゥシェクさんを知らない。‥‥けれど。何を想っているかは、痛いほどに伝わっていますよ。死すら厭わぬ、その想いが。例え言葉が通じなくても。私達は『同胞』なのだから」
 
 マキナが独白のように呟く。
「同胞殺しなんて、本当はしたくない」
 マキナは言う。
「‥‥けれど。それが信頼に応える行動だと言うのなら。‥‥私は迷わない」

『私からも、お願いします‥‥!』
 少女も決意したようだ。芋虫に向けてトリガーを引くマキナ。撃ちまくり、さやかと由稀が体勢を立て直す時間を作るマキナは、今度は敵に呼びかけた。

「グラッブグローラーさん。『戦士として誇りある死』と言うのも、確かに大事ではありますが、それよりも大事なものも、あるのですよ‥‥解りませんか? 貴方も同胞の為に戦っている身でしょう?」

 それは、この戦闘では珍しくトゥシェクではなく芋虫に対しての言葉であった。

『誇リ‥‥私ハ数多ノ知的生物ヲ糧トシテ来マシタ。ソシテ、彼ラノ様々ナ誇リヲ自我へト還元シテ来マシタ』

『多クノ生命ハガ守ルベキモノノ為ニ、生命ヲ賭ケル‥‥我々ハ‥‥私はドレダケソレヲ糧トスレバ満タサレルノカ?』

 マキナに応えているのか、思索の独白なのか、回線でそう言いつつもを芋虫は応戦の手を緩めない。
『何を迷う?』
 トゥシェクが言う。
『――ヨリシロヲ食ベ過ギタ食中リデショウ』
 芋虫はそう答えた。

 遂に冷却を終えた芋虫のフィーニクスが固定ビーム砲を構える。
 だが、由稀は無理やり相手を抑え込み、ビーム砲を機剣で切る。しかし、芋虫は素早く銃剣に持ち替えると、由稀の機体の腕を剣で突いて破壊する。そのまま芋虫は高速の突きで止めを刺そうとするが――
「後ろだ!」
 ――それは、由稀を救うことでもあり、芋虫を救う事にもなった。

「フィーニクス対フィーニクスの舞台、乱入するのは無粋な気もするけど‥‥そうも言ってられない状況なんでねぇ」
 トゥシェクの叫びで芋虫は、レインウォーカーに気付く。ブラックハーツを起動した状態でリビティナを振り上げるその姿は正に悪魔だ。
 由稀に止めを刺すのを中止した芋虫は咄嗟に残像動を発動。紙一重で斬撃を躱して銃剣で相手を払うが、今度は飯島のディアブロが榴弾砲で自身を狙っているのに気付く。再び残像動を使う芋虫。
 だが、それが飯島の狙いだった。フィーニクスの元位置ではなく、その上下左右へ弾幕の如く連射した榴弾のうち、左側のみが炸裂して広範囲に爆風が広がる。移動した芋虫も直撃こそ避けたものの、何処に移動したかを飯島機に教えてしまう事になった。

 機槍を構え、突撃する飯島。だが芋虫はこれを避けようとせず、銃剣を正眼に構えて自身も突撃。両機が交錯し、フィーニクスのガンブレイドが腕ごと破壊された。
 同時に飯島機もダメージこそ受けなかったものの弾き飛ばされた。


 サンディア・ピュルムは、既に交戦距離目前に迫った敵増援本隊から散発的な攻撃を受けていた。まだバグアの主砲にとっても命中が期待できる距離では無いが、もはや一刻の猶予も無かった。
「限界だね‥‥G5弾頭発射準備を」
 
 巡洋艦の動きを補足した芋虫は即決した。固定ビーム砲、フィーニクス・レイは破壊されている。と、なれば――
『申シ訳ナイデスガ、コノ機体ヲ使イマス』
『当然だろう。何を遠慮している?』
 トゥシェクは豪快に笑う。
 
 芋虫は飛行形態に変形すると加速した。体当たりで弾頭を防ぐつもりなのだ。
 マキナ、飯島、由稀、さやかを振り切って、サンディア・ピュルムに向かい滑空する不死鳥。さすがに、その速度は驚異的で、すぐには追いつけない。
 だが、最後のキメラを狭間に任せて加速した美具が煙幕弾を発射。芋虫の視界を遮った。

『――!』
 それでも加速する芋虫。

「何が何でもノズルにG5弾頭をぶち込まないとなんねえんだ! なんでもかんでも思い道理にやらせねぇぞ――コノ蟲野郎!!』
 その進路に盾を構えた九郎が割り込む。正面から激突。FFを持たない故にフィーニクスは大きく弾かれた。
 
 それでも、芋虫は機体を立て直して煙幕を抜ける。だが、その途端閃光が溢れた。傭兵たちの支援が成功して、G5弾頭が施設に直撃したのだ。基底部に直撃を受け、低重力の中スローモーションで倒壊するノズル。
「我々の勝利じゃ‥‥降伏する気は無いかや?」
 美具が降伏を勧告する。既にキメラも全滅していた。
『確カニ今ハ我々ノ負ケデス。デスガ撤退にニ間取レバ相撃チカト存ジマス』
 
 いまや圧倒的な数の増援本隊が肉眼で見える、既に味方も回頭して離脱を開始していた。
 止むを得ず傭兵たちも撤退を始める。
『「また――死に損ねたか」』
 トゥシェクの呟きをあえて翻訳する芋虫。

「トゥシェク、聞こえてる? アンタの望みはわかった。‥‥でも、私は最後まで諦めないからね」
 それに応えて由稀が言う。

「トゥシェクさん。私はあなたをお助けしたい。ですが、今はまだその状況にありません‥‥一時の屈辱に塗れても、必ず生きていて下さい。お願いします」
 さやかもそう呼びかける。

「すまんな‥‥タカシロ。すまんな、もう一人の女戦士よ」
 由稀とさやかにそう詫びるトゥシェク。
 
 最後に呼びかけたのはレインウォーカーだった。
「ボクはお前の出した答えを見届ける。だから笑って見せろ、トゥシェク」

『その言葉、覚えておくぞ、戦士よ。願わくば――』
 既にバグアの通信妨害が始まっていた。芋虫の通訳したトゥシェクが歯を剥き出して笑いながら言ったその言葉は最後まで届くことは無かった。