タイトル:【極北】少女と白い挽歌マスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/13 19:44

●オープニング本文


 雄々しく闘い、華々しい武勲を残した者。
 泥濘の中、故郷と愛しい人を想いながら空しく朽ち果てた者。
 首尾よく遺骸が回収されればそれを納める為に。
 そうでなければせめて遺品だけでも、あるいは何も無いとしても、故人の思い出だけでも葬る為。
 世界の各地には戦没者用の墓地が多数存在する。
 ここもそういった類の霊園の一つである。北極圏にほど近いこの霊園は、この時期一面の白に覆われていた。
 UPCが直接管理するここは、かなり規模の大きなものである。
 ある日の朝、雪が舞う中、五、六人からなる男女の一団が、墓碑の前に佇んでいた。
「一年振りだろう? 随分綺麗だな、兄さんの墓」
「大分萎れているけど、花束まで供えてあるわ。 この一年誰も来てないのに‥‥」
「この霊園では、墓の管理は遺族の手に任されているはずだよな?」
 遺族たちに人影が近づいて来た。が、墓碑の前に遺族らが集まっているのを見ると慌てたように墓碑の陰に隠れてしまう。
 それに気づいた未亡人がその方を見る。
 年のころはようやく十代になったばかりにも見えるが、その表情と目つきからはもう少し年上にも見える。
 目を引くのはその異様な衣装だ。 白と黒を基調にフリルやリボンで過剰なまでに装飾されたそれはゴシック・ロリータ調のそれだが、問題は本来清潔に選擇されてしかるべきその衣装が異様なまでに薄汚れているのだ。
 よく見れば、顔も肌も本来の艶やかさを、様々な汚れが覆い隠してしまっている。
 少女が抱えているのは、どう見ても多すぎるほどの花束。
 そして、少女が立っている地点を境にして、前の方の墓に備えられている花はどれも萎れている一方、後ろの方の墓にはすべて真新しい花が供えられている 
 未亡人は全てを了解した。
 が、あえて話しかけるようなことはせず、ただ去り際に亡夫への供物に少女への心付けを忍ばせた。
 
その日の午後、少女は霊園の管理を担当しているURTの基地にいた。
 受付で少女は、薄汚れた、もはや何の動物を模したかも不明なぬいぐるみを抱きかかえ、それで顔の下半分を隠しながら上目遣いで受付嬢に何事か伝えている。
 応対する受付嬢は終始笑顔で少女の話に耳を傾けていたが、少女が話し終えるころには真剣な表情になり少女を見送った。
 そして、上司に少女の話を報告した。
「墓荒らしだと?」
「はい。 あの子の話では一月くらいの間に、土葬された遺体が次々に消え失せているとか。 それも遺体は地面を掘り起こしてではなく、棺の底に穴が穿たれ、そこから持ち去られたようだと‥‥」
「あの子の言う事なら、捨ててはおけんな。 傭兵たちへの依頼ファイルにリストアップさせておこう」
 
 その晩、少女は霊園のはずれにある物置小屋で布団とも呼べない薄汚れた毛布にくるまっていた。周囲には携帯用ガスコンロの他、貰ったり拾ったりした食料や、その他の生活用品がある。そして小屋の中央には火のついた薪を満載した、錆びついたドラムカンが鎮座していた。
 この小屋こそが少女の棲家である。
 少女がどういう理由でこのような生活を送り始めたのかは、誰も知らない。
 戦災孤児自体は珍しくないとはいえ、この国はそういった孤児たちを養育する施設に力を入れており、少女がこのような生活を営んでいるのは少女自身の選択としか考えられなかった。
 家族か、友人か、そのような存在を失い人間としての存在理由をも見失った少女は、自らの存在理由を同じようにこの戦争で倒れて行った人々へのせめてもの弔いに見出したのかもしれなかった。
 ともかく、いつの間にか基地のスタッフを始めとして周辺の人々も、彼女の存在を地域社会の一員として受け入れ、それとなく彼女を手助けするようになっていたのだ。
 そんな彼女だからこそ、無表情の下に秘めたこの死体泥棒に対する怒りは並みならぬものがあった。
「ゆるせない‥‥」
 そう呟いた少女はしかし、すぐに自らの発言を後悔することとなった。
 突然、何の前触れもなく小屋が激しく揺れた。そして床のコンクリートが砕かれ、その破片と土煙を巻き上げながら、巨大な怪物が少女の眼前に屹立した。
 一見したところそれは胴回りの直径が2メートルにもなる巨大なミミズのようである。呆然とする少女の前で通常のミミズにはあり得ない巨大な口が開かれた。
 少女の履き潰され光沢を失ったローファーが、したたりおちる粘液に濡れ、再び光沢を取り戻した。
 同時に少女のスカートの上に何かが落下した。それは明らかに腐敗した死体のものと判別可能な、人間の手であった。
 少女は恐怖のあまり悲鳴も出ぬまま、一目散に小屋の出口に走った。しかし、ミミズのぬめり光る巨体が素早く出口を塞いでしまう。
 だが、怪物はすぐ餌食に襲い掛かることはせず、奇妙な行動に出た。
 鎌首をもたげ、ゆらゆらとその頭部をゆすり始めたのだ。それに伴って空気が吸い込まれるような音も微かに響いてくる。
 何かに思い当たったのか、蒼褪めた顔色で少女は自分の服の袖に鼻を押し付けた。
 その瞬間少女は全てを悟った。
 匂いだ。このミミズの化け物は、匂いで獲物の位置を感知しているのだ!
 少女は、激しく後悔した。こんな生活をしていても、やはり週に一度は近くの公衆浴場を使わせてもらっているのだが、今日はURT本部に墓荒らしのことを相談しに行ったためにお風呂に入るのをさぼってしまったのだ!
 一週間シャワーを浴びていない自分の体臭を嗅がれている! 
 この事実を悟った時、少女は全身の血が逆流し、卒倒しそうな感覚を味わった。
 恐怖で座り込んでしまった少女は、四つん這いになって必死に逃げようとする。
「ぁぁっ‥‥!」
 しかし、冷たく、ぬめった巨大な何かが、ロングスカート越しに下半身に押し当てられたのを感じた時、少女はとうとう力尽き、這うこともできず突っ伏してしまった。
 ミミズの窄まった口が粘液をたっぷりとまぶしながら、布越しに少女の全身を這い回る。
 だが、布越しでは獲物の匂いに満足できないのだろう。ついにその口は突っ伏したままで震えおののく少女の顔に迫った。
 まずうなじに粘液が塗り広げられる。少女がはっと振り向く。
 可哀そうに、大きく見開かれた眼帯をしていない方の眼からはとめどなく涙がこぼれ、上下の歯が打ち合わされる音も止むことがない。
 ミミズは口の先だけをすぼめ、少女の垢と埃に汚れた頬を舐めまわす。粘液によって汚れが洗浄され、粘液まみれになった代償に少女の本当はアイドル並にかわいらしい素顔がそこにあった。
「ゃ、ゃめてぇ‥‥許して‥‥」
 もちろん環形動物にそんな哀訴が通じる筈がない。その仕上がりに満足したミミズは、必死そうに哀願する少女を、今度こそその口腔を最大全開にして丸呑みにした。
 少女はぬるぬるしたシャワーを浴びているような生暖かい感触の中で遂に気を失ってしまった。

●参加者一覧

キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
ジン・レイカー(gb5813
19歳・♂・AA
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
兄・トリニティ(gc0520
24歳・♂・DF
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD
ビリティス・カニンガム(gc6900
10歳・♀・AA

●リプレイ本文

 サンドワームは警戒していた。その夜は、奇妙な臭気が空気に混じっていたからだ。確かに、一種の腐敗臭ではあった。
 鳥類の卵、解体された肉の残骸、そして植物性蛋白質の腐敗臭。
 どれも彼にとっては関心が無く、不自然なもので、今夜の食事に這いだすのを躊躇せざるを得ないのだ。

「ほ‥‥本気かよ月城先輩!?」
「出てこないのならば、こちらから出向くしかなかろう。 他のメンバーにも連絡はしておく」
 東地区の広場に空いた穴の前で相談しているのは、月城 紗夜(gb6417)とビリティス・カニンガム(gc6900)の二名である。
 紗夜は、可哀そうに初任務でびくついているビリィに、ミミズが掘った穴に殴りこもうと言ったのだ。
「や、やっぱり不味いぜ? 素直に待ち伏せした方が‥‥自分から虎の穴に入っていくなんて‥‥わあ!?」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ 行くぞ」
 元来背が低いビリーを、AL−011『ミカエル』を装着した1.8メートルになる月城がひょい、と片手で持ち上げる。
 そのまま軽く宙に放り投げられたビリーが着地したのは、変形したミカエルのバイク形態。その座席部分である。
「しっかり私に捕まっていろ! ミミズが出たら弓矢で援護は任せた!」
「言ってることが、矛盾してるぜ! センパ〜イ!」
 ビリィの絶叫を後に残し、二人はミミズ穴に突入した。

 同様に、ミミズ穴に突入した組がもう一つあった。霊園南地区で待機していたジン・レイカー(gb5813)と秦本 新(gc3832)である。
 彼らが事前の作戦を変更したのには、二つの理由がある。一つは先行した月城たちから連絡を受けて、彼女らを援護する必要を感じたこと。
 もう一つは、ミミズはまだ来ないのかと、穴に耳を当てたジンが少女の悲鳴らしき音を聞いたことである。もし、少女が近くにいるのなら先に確保するべきだと判断したのである。
 こちらはKV形態の新が、前方を警戒しつつ、慎重に土中を進む。やがて、周囲の様子が変化していた。。サンドワームの掘った土壁が、いつの間にかコンクリート製の壁面になっていた。
「どうやら、霊園の地下区画に出たらしいね?」
 周囲を見回しながら、ジンが呟く。
「ここまでミミズに遭遇しなかったのは却って幸運だった‥‥うまくいけば先に女の子を見つけることが出来るかもしれません」
 新は、そう言ってPR893『パイドロス』のヘルメット越しに周囲に注意を向けた。
 やがて、地下区画を歩き回っていた二人は、物陰に隠れていた少女を発見する。
「君がその、お墓の子‥‥だよね」
 まず、周囲の安全を確認したジンがそういって少女に近づく。
 少女が持っていた粘液でぐしゃぐしゃのぬいぐるみに、怯えて顔を隠すような仕草をしたので、ジンは頭を撫でて慰めてあげた。
「うわ、ベトベトだな‥‥袖口で悪いけど、我慢してな?」
 未だ乾かないミミズの粘液でぬめり光る顔をも優しく拭いてくれるジンに、少女もようやく安心したような表情を見せた。
 少女の外見は以前にもましてひどかった。飲み込まれたせいで衣服はほとんどぼろ布と成り果てている。
「念のため、上着(カーディガン)と靴(ローファー)を持参しましたが‥‥お渡しするのは、後の方がいいでしょうね」
 新が、周囲を警戒しながらそんなことを言った。
 
 霊園北地区の、開けた広場。そのアスファルトの地面にソウマ(gc0505)が置いた水の入ったコップがあった。
 新月の夜は、暗く風一つ吹かない。
 だが、水が微かに揺れたのを、ソウマもイレイズ・バークライド(gc4038)も見逃さなかった。
 さらに、ガスの濃度が徐々にその濃さを増すのも二人には感じられた。それは最早腐敗臭などではない。微かに嗅ぐだけでもその人体に対する危険性が理解できる、猛毒ガスの刺激臭だ。
「死体で作り上げた毒、か‥‥死者への礼儀も知らんとはな‥‥」
 イレイズの言葉には静かで、冷えた怒りが込められていた。
「‥‥これがまき散らす毒か。 現段階ではどれほどの脅威になっているのか」
 微かに眉をしかめたソウマが呟き、無線機のスイッチを入れる。

「そこから離れて下さい!」
 キョーコ・クルック(ga4770)の無線機から響いたソウマの声は、通信というよりも明らかに戦闘中のイレイズに呼びかけたものだった。
「は〜。 ミミズは嫌いなんだよなー。 男アレがでっかくなったみたいで」
 その声から状況を察した世史元 兄(gc0520)がいかにもイヤそうに呟いた。
「キメラ出現! 援護行くよっ」
 とはいえ兄も傭兵だ。キョーコの言葉に武器を構え北地区に急行するのであった。

 北区の広場に屹立したミミズは、サンドワームらしく口から生えた触手でイレイズの装備した『鳴神』を強奪する。
「キモ! クッソが全身に虫唾が走る!」
 しかし、ようやく北広場に到着した兄が嫌悪感を露わにして吐き捨てると、ミミズに肉薄して『流し切り』を叩き込んだ。
 側面からの斬撃――『菫』の刃が柔い体表に食い込み体液が飛散する。
 たまらず武器を放すミミズ。イレイズはそれを装備し直すと、頭髪を覚醒の漆黒へと染め上げ、強靭なばねで体を捻り、刹那併用のエアスマッシュを、キメラの胴体に喰らわせる。
 二点同時の斬・打撃。だが、ミミズもタダでは引かない。口腔周囲の触手を蠢かせ、改めて二人の武器の強奪を試みる。
「その行動は予測済みです」(ポツリ)
 しかし、そう呟いたソウマが超機械『ミスティックT』の電磁場を展開した為、その抵抗は失敗に終わった。無念、と思う間もなくその隙を見逃さなかったキョーコがツインブレイドを回転させ、止めの一撃を繰り出す。
「ここで眠る人達の安息を妨げた罪、その身で味わえっ!」
 着地したキョーコがそう叫ぶと同時に、キメラは耳障りな悲鳴を上げた。
 
 地上で、四人がミミズ圧倒している頃、月城とビリィは、狭いミミズ穴で大口を開けたミミズに追い回されていた。
「射ちまくれ!」
 そう指示する月城は、ミカエルの操縦で手一杯だ。バイク形態で走行中、いきなり大口開けて待ち構えているミミズに出会ってしまったのだ。
 即座にUターン→逃走→背後のビリィが弓で必死に抵抗(今ココ)という流れになってしまったのは仕方あるまい。
 AUKVに同乗しての車上射撃戦は可能とはいえ、相応の不利を招く。だが、この場合相手は通路一杯に広がっているのでビリィの矢は外れたくとも外れようがない。
「出口はまだかよセンパイ! もう矢が持たないぜ!?」
 困ったことに、やみくもに逃げた為か、二人は完全に迷っていた。地上にも、霊園の地下区画にも出られない二人の運命やいかに?
 
 4人の傭兵の連携に悲鳴を上げるミミズ。しかし、その悲鳴は断末魔のものではない。
 それは、四人が毒ガスの射程内に収まったことに対する勝利の咆哮であった。
 ソウマは、一瞬早く未来予知じみた直感で危険を感じ、仲間に警告するが、この攻撃に対しては緊急回避も役に立たない。風も無い夜ではこの短時間に射程外に退避しようがない。
「肉を切らせて骨を断つ、か‥‥ひはっ! やるねぇ‥‥。なら、これで‥‥!」
 ――が、風は吹いた。遅れて戦場に馳せ参じたレイカーが紅い瞳孔をギラつかせ渾身のソニックブームをかます。
 衝撃波が満身創痍のミミズに与えたダメージは大きい、それ以上に大きかったのは虎の子の毒ガスが吹き散らされたことだ。
 周囲の街路樹からぼとぼとと小鳥達の死骸が落下する。毒ガスを吸ったせいで、立木をねぐらにしていたのがそのまま永眠したものだ。
「成程‥‥かなりの威力ですね。 我々能力者でも無視はできないし、まして普通の兵士が喰らえば‥‥」
 少女を安全な場所に運んだ新の登場だ。AUKVのヘルメット越しに相手を睨む。覚醒のおかげでヘルメットの内側が蛍のような燐光を放つ。
 その、まさに特撮ヒーロー! という姿にビビった訳ではないだろうが、ミミズは不利を悟って素早く土中に潜る兆候を見せる。
「‥‥逃がしはしませんよ」
 だが、そう言って、竜の翼で接近した新の槍によって無理やり引きずり出される。
「はー、はー 終わった! キモかった!」
 止めに武器を突き立てたのは、兄であった。
 歓声を上げる一行。その時、北広場の一角から土砂が噴き上がった。やはりもう一匹いたのかと、警戒を怠っていなかったイレイズが武器を構えて敵に備える。
 だが、土中から飛び出してきたのはバイク形態のミカエルを駆る月城と、彼女の腰に手を回して掴まっているビリィだった。
「やっと追いついたぜ〜!」
 安堵の声を上げるビリィ。
 月城は止めを刺されたミミズの頭部を一瞥してから一同に警戒を呼びかける。
「油断するな! もう一匹入いるぞ!」
 臨戦態勢をとり、月城が飛び出してきた穴を注視する傭兵たち。穴の入り口からミミズの先端が覗いた。
 しかし、ミミズは、即座に穴の中に引っ込んでしまう。
 スカンクの如く、強烈な悪臭の腐敗ガスをばら撒いて、である。傭兵たちは強い嘔吐感と催涙効果に一瞬ひるんでしまう。
 そして、カチッというライターのような着火音が、最初に倒されたミミズの方から響いた。腐敗ガスへの意図的な誘爆がである。
 煙が徐々に晴れていく中、傭兵たちは、明らかに死んでいるはずの、最初のミミズの頭が、何かに引きずられてゆくように、穴の中に戻っていくのを目撃した。
 傭兵たちは理解する。環形動物の一種であるヤマビルは体の前後に獲物に吸着する為の吸盤を持つ。
 ミミズは二匹いたのではない。体の前後に頭を二つ持っていたのだ。毒ガスを担当する頭部と腐敗ガスを担当する頭部に別れていたのだ。
 北区に集結した六人が、無事その一つを潰せたのは月城とビリィがそのうち一つを引き付けてくれていたからであった。
「ということだ。我らドラグーン馬賊を称えよ」
 真顔でそんなこと言う月城さん。
「先輩!? その呼び名はなんなんだぜ!?」
 ビリィの感想も無視して、再びバイクでミミズの追撃に移る。
 他の傭兵もそれに続く。
 その移動速度は流石に早い、移動を示す土の盛り上がりが見る見るうちに霊園の外周部に遠ざかっていく。

 必死に逃走するミミズは突如、不快な臭いを感じる。――新鮮な遺体の匂い。彼の最も嫌う香りだ。
 さらに、ミミズの口先に何かが触れる。新鮮な死体の、手だ。墓の底にミミズが掘った穴に、棺桶が落下した衝撃で、中身がこぼれ落ちたものだ。
 嫌悪感を丸出しにしてミミズは方向転換した。
 
 この様子を地上で追跡しながら目撃した兄が呟いた。
「何だ? まるで幽霊にでも出会ったみたいに‥‥」
「こんだけ騒がしくしていたら、死者だって迷惑がって起きてきますよね」
 ソウマは冷静に答えると、微笑した。
 残った頭部から腐敗ガスを放出しつつ逃げ惑う彼は、いつの間にか昨夜少女を襲った物置小屋の下に到達していた。
 小屋の床が掘削の影響で崩れる。穴の中にバラバラ落下するものの中に、彼にとって危険極まりないものがあった。――熾火だ。
 少女は、昨夜薪を満載したドラム缶で暖をとっていた。薪はほぼ、燃え尽きていたが、微かな熾火がまだ赤く輝いていた。そして、それは誘爆には十分である。
 霊園の一角で、轟音と爆炎が噴き上がった。何事かとそちらへ向かう傭兵たち。安全な場所でこれを眺めていた少女はポツリと呟いた。
「私の‥‥おうち」
 死者の怒りか? はたまた誰かさんの招いたキョウ運か? 我々にそれを知る術は無い。
 
 一行は、これも依頼の内ということで、近所の温泉に来ていた。
「あっ!‥‥」
 少女が洗い場で、小さな悲鳴を上げる。
 ビリィが背中を流すついでに少女の胸囲の身体検査を行ったせいである。
 真っ赤にになってうつむく少女に顔を寄せるビリィ。その鼻先は少女の髪にうずまっている。
「お嬢! ちょっとアレだぜ。 あたしも面倒で面倒で3日間風呂入ってねーけど! さすがに髪、洗った方がいいぜ?」
 ビリィの言葉に少女は、ぷっと頬を膨らませたが、素早くビリィの後ろに回り込み、ビリィのシャンプーハットを奪ってしまった。
「うわ!? な、なにするんだぜ?」
 少女は口の端だけを釣り上げて、クキッと笑うと問答無用で、ビリィの洗髪を始めた。
「や、やめるんだぜ! あたし、あたしそれが無いと‥‥し、しみる〜!」
 そんな二人の様子に苦笑するキョーコ。
「二人ともしょうがないね。 皆も待ってるんだから、さっさと洗うよ」
 最終的には、キョーコが二人をごしごし洗うことになったのであった。

 入浴を終えた二人を、仲間たちがロビーで出迎えた。見違えるようにさっぱりとした少女(とビリィ)を見て仲間たちがコメントを述べた。
「へ〜可愛いな♪」
 兄が言う。
 少女はビリィから貰ったショーツとワンピース(ちなみに兄がプレゼントした服も来てはいないが有り難く受け取っていた)や、新がプレゼントしたブランドもののローファーとカーディガンを身に着けていた。
 だがキョーコはこう宣言した。
「それじゃあ可愛いゴスロリ服を買い行くよ! 何と言っても一番の功労者だからね」
 ビリィも明るく言う。
「な、うまいもんも、食いに行こうぜ! 生きてるうちは、笑って楽しく過ごす方がいいと思うぜ! あんたを遺して逝った人がいるんなら、そう願ってるんじゃねーかな」

 夜が明けて、霊園ではUPCや市の職員たちが忙しく働いていた。すでに爆発跡からは、サンドワームの死骸が確認されていた。
 ミミズはバラバラに吹っ飛んでいる。その破片を見れば、口腔を通じて体内のガスに引火して、内部からの爆発で吹き飛んだのは明らかであった。
 清掃や片づけを行う人々の中には、キョーコや新、イレイズらの姿もあった。
「戦死者は大勢いる‥‥分かっていたつもりですが‥‥こうして並んだ墓を見ると、やはりやりきれませんね」
 新は改めて周囲を見回して、しみじみと呟いた。
「せめて彼らには安らかに眠って欲しい。そう願います‥‥」
 今回の一件で遺体を奪われた人の墓の前には、イレイズが佇む。その彼に、背後から花束が差し出される。差し出したのはもちろん、あの少女である。
「遺体、取り戻せなくて済まなかった」
 礼を述べ、ぶっきらぼうにそう謝ったイレイズに、少女は首を振って嬉しそうに微笑むと、自らも花を手向けた。
 二人は、死してなお、バグアの暴威に晒された人々の為に鎮魂の祈りを捧げる。
「‥‥奇麗ですね。 普段から身綺麗にしていた方が、良いことがありますよ‥‥じゃないと、またワームが現れるかもしれませんね‥‥クス」
 元気になった少女の、そんな様子を遠くから眺めていたソウマはそう悪戯っぽくコメントして、自らも墓に花を供え静かに目を閉じて黙祷した。
「‥‥良い夢を永遠に。 おやすみなさい」
 そして、傭兵たちは高速艇に乗るために霊園から出発するのであった。