タイトル:パンフレットルーレットマスター:稲田和夫

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/03 13:10

●オープニング本文


 時刻は真夜中。豪雪に覆われた北米の森林地帯を男がただ一人歩き続けている。いや逃げていた。時折不安に満ちたまなざしで背後を振り返るのがその証拠だ。
 走る。走る。一応の防寒装備はしているが、どう考えても、この季節にこの地方を生きて踏破することが望める装備ではない。
 駄目だ。もうこれ以上歩けそうにない。大きな針葉樹の根元に座り込んだ男は凍てついた指で、何度も失敗しながらようやくポケットから、小さなチョコレートを取り出した。 
 既に半分以下になったこのチョコレートと僅かな水。これが男の食料のすべてだ。がたがたと震える口元に一欠けのチョコレートを運ぼうとした時、寄りかかっていた木の陰から、湯気の立ったココアが差し出された。
「そんなものより、こっちの方が暖まるぞ? ん?」
 凍死寸前の幻覚、ではない。現れたのは、防寒服で身を固めた本物のUPC士官である。
 それ故、男の恐怖は、いや絶望は極限に達した。
 よく見れば周囲には白い雪上装備に身を固めた特殊部隊が、完全に配置されている。
 全ては終わったのだ。
 がっくりとうなだれた男の肩に手を置き、士官は静かに宣言した。
「まずは、飲み物を飲みたまえ、ジョッシュ・ジョンストン少尉。しかる後、君をスパイ容疑で基地に拘引させてもらう」

 数時間後、護送された少尉は近くの基地の、独房に入れられていた。その彼の耳に、自分を逮捕した士官が誰かと口論する声が届いている。
「お引き取り下さい、中佐殿。 彼はまだ尋問に耐えられる体調ではありません」
「君はスパイの肩を持つ気かね!  報告士官! 奴は、この基地の同胞に対する重大な背信行為に手を染めたのだ! 本来は即刻銃殺しても飽き足らん!」
「ですから、まずは彼が流した情報を確かめることが先決だと申し上げております」
「ならば何故、拷問器具なり自白剤なり用意せんのだ!」
「申し上げた通りです。 どちらも被疑者に相応の体力が戻ってからでなくては危険です。 またこの一件は動機の点からも、不明な点が多い。 単なる報酬目当てか、思想的変節なの、かあるいは脅迫か‥‥事態の重大さから鑑みて、万全の準備と配慮を要する、と小官は申し上げているだけです」
 延々と続く言い争い。当初は呆けた表情でこれに聞き入っていた少尉の眼に、今は悲壮感に満ちた決意が浮かんでいた。
 
 翌日の午後遅く、基地内のオフィスではスパイを逮捕した報告士官が、関係各所との連絡調整に忙殺されていた。
 そこにチャイムの音。愛想良く入室許可をインターホンに告げた士官は、入室してきた女性報告官を見て一気に不機嫌な表情になって見せるのであった。
「報告します。 ジョッシュ・ジョンストン少尉が自殺されました」
 目を隠すほど長い前髪に制帽といった没個性的な外観の女性報告官が淡々と、急転した事態を述べる。
「‥‥身体検査は徹底させたはずだが」
 やはり、制帽を目深に被っているせいで、没個性的な印象しかない士官は動揺した様子も見せず先を促した。
「護送中に看守の武器を奪って抵抗しました。 看守としても自己防衛の為、発砲はやむを得なかったそうです」
「確信犯か‥‥最初から逃げるつもりはなかったな」
「だから、自殺と申し上げました」
「相変わらず君は低能だな。 だから昨夜は中佐殿を基地に入れるな、せめて被疑者と接触させるなと言いつけておいた」
「中佐殿はこの一件が発覚して以来、一睡もせず対応に追われていました。その中佐が専用機で基地にすっ飛んできて、近衛兵を侍らせて怒鳴り散らせば、この基地にいる人間の星の数では誰も逆らえません」
「実にすばらしい言い訳だ‥‥仕方あるまい。 君はともかく、この件で疲弊している他のスタッフを、中佐の癇癪にさらすのは気の毒だ」
「言い訳ついでに、調査の結果、ジョンストン少尉が無断で複写し、敵に譲渡したと思われる機密文書のリストを二つに絞りました」 
「それと、ジョンストン少尉の背信行為は、脅迫によるものと断定されました。 基地付近の都市で、若い女性の遺体が発見され、捜査の結果行方不明になっていた中尉の婚約者と判明しております」
 この報告を聞いた士官は一瞬、制帽の下で無念そうな表情を見せた。しかし、すぐ元の冷静さを取り戻し、先を続けるよう顎をしゃくった。
「まず、この基地に所属する兵士たちの親族・家族関係をまとめた書類です。 これがバグアの手に渡れば、この基地の全人員が危機にさらされます」
「ふむ、次は?」
「この基地で管轄している都市部の交通網についての軍用書類です。 この周辺で市街戦、あるいは侵攻作戦が発生した場合、敵には喉から手が出る程、貴重な逸品です」
「君の片手落ちにはいつも驚かされるな」
 士官が机に散乱した書類の中から、綺麗にファイルされた資料を抜き出した。書き込まれた手書きの文字はこの士官自身のものであり、彼自身が自らの足で収集して分析した資料であることは明らかだ。
「これも追加したまえ。 この基地に出入りする各種民間企業と納品物資一覧表だ。 これを悪用すればこの基地への潜入など朝飯前ではないかね? ジョンストンが自身の地位を越えて、こういったものにも興味を示していたとの証言も複数ある」
「失礼いたしました」
「しかし、これを絞り込むのは難物だな。 この時期にこれ以上人員を裂く訳にもいかない。 さて――」
「既に傭兵の方たちへの依頼書類を作成しました。 先程、加えた文書について補足すれば、一両日中に提出できます」
「そういう子供でもできる仕事だけは早いわけだ。 いいだろう。 私は、いくら君でも見れば解ると思うが忙しい」
「サー 今回は私が報告を担当します」
 この時、女性士官が運んで来たコーヒーを啜った士官は顔をしかめた。
「実に不味いコーヒーだ。 これは床を拭いた雑巾の水かね?」
 女性士官が無表情に回答する。
「いいえ。 ただの泥水です」

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
天空橋 雅(gc0864
20歳・♀・ER
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
三日科 優子(gc4996
17歳・♀・HG
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
ビリティス・カニンガム(gc6900
10歳・♀・AA

●リプレイ本文

「コーヒーは六つですね? はい、ココアが一つ。 ウィスキーは、土地柄カナディアンしか置いていませんが宜しいですか?」
 女性報告官が飲み物を配り、殺風景な会議室にて八人の傭兵たちによる会議が始まった。
 その目的はこの基地で流出した機密情報を

1:この基地の将兵の家族・親族及び交友関係等のプライバシーについてまとめた書
2:この基地が管轄する都市の交通網についての詳細なレポート
3:この基地に出入りする民間業者についてのファイル

の三つの候補からからどれか一つに絞ることである。

 口火を切ったのはビリティス・カニンガム(gc6900)であった。
「とりあえず、あたしから発言してもいいかな?」
「構わないよ。 私は、少し考えて、見させてもらう」
 UNKNOWN(ga4276)はそう言うと、グラスを片手に、基地の外に広がる針葉樹林に目をやった。
「あたしは2だと思う」
 そしてビリィは手元の資料を示した。
「1は無いと思う。 この少尉さんの階級から考えて、閲覧できる情報なんて限られている筈だ。 無理やりこの資料にアクセスしようとしたから、事件が発覚して、少尉さんは 碌な準備もせず逃げる羽目になったって訳だ。 あ、チョコいるか?」
 ビリィが進めたチョコを齧りつつコーヒーを啜った三日科 優子(gc4996)は、しかしチョコに礼を言いつつも、ビリィの意見に反論した。
「いや、少尉さんは決して行き当たりばったりで逃げた訳やない。 これ見てみ」
 優子が全員に示したのは、少尉が逃走時に所持していた。メモ帳である。
 優子は予め、関連資料の山を漁り、自説を裏付ける証拠を幾つか見つけていた。
「少尉さんは2の交通ルートから、どのルートを通れば、軍や警察の眼を欺いて逃げられるか、ちゃんと計算しとったのや」
 優子の言う通り、そこには交通網についての詳細な覚書が整然と記されていた。
「少尉が捕まったのは、大都市から離れてる山岳地帯やろ? 少尉はちゃんと計算通りに事を運んだのや。 計算外だったのは発覚が予想外に速かったことやで。 だから必要な装備までは整えられなかったのや」
 感心するビリィ。しかし、彼女もそう簡単に自説は曲げない。
「でも、2番だと断定することに対する反証にはならないだろ? 最初に言った通り、1番は無いと思うし、3番は対応が容易だし、対応されると情報が無価値になっちまうからな。 あたしは2番を押すよ」
「うちはやっぱり1番やと思う。 2や3は少尉が婚約者に貢ぐために、軍需物資の横流しに使ったのや。 横流しの証拠は結局発見出来なかったけど、クレジットカードや、口座の入金記録から見て、殺された婚約者の不自然な羽振りの良さは事実なんよ」
 ここで、それまで書記に徹していた報告官が意見を述べた。
「ビリティスさんの意見も、一考に値します。 ただ、出入りの民間業者を変えるといってもそう容易ではありません」
「ここは、地方の小さな基地で、近郊で軍需物資を扱っている企業の数はそう多くはありません。 地域密着故の付き合いというものもあり、怪しいからとホイホイ業者を変える訳にはいかないのです」
 報告官が説明すると、ビリィは難しい顔で考え込んでしまった。
「次は僕が発言させてもらうよ。 悪いけど、2番は真っ先に候補から外せると思う」
 そう言ったのは黒木 敬介(gc5024)。ビリィに悪いねと謝って、塩クッキーを貰いつつ自説を述べる。
「2は確かに人間の視点からは重要に思える。 だけどバグアは、キメラからバグアの歩兵、HWに至るまで慣性制御による飛行という手段が使える」
 敬介の指摘は、ここに集った傭兵の誰にとっても、正にコロンブスの卵であった。
 反論されたビリィや、外を眺めていたUNKNOWNも含めて全員が感心したような表情で、敬介に注目する。
 敬介は、やや照れながらも先を続ける。
「今言ったように、街路をパスすることは容易だ。 地下もアースクエイクを使えば強引に通過できる。 結論として、バグアが本気の攻撃を仕掛ける場合は、この情報の重要度は低いと思うな」
 ビリィも含めて、成程、と納得する一同。
「交通網の破壊を画策するにしても大きな幹線道路を破壊すれば良いだけで、空から俯瞰すれば良いだけだ。 だから、2は候補から外していいんじゃないかな」
 そう言った敬介は最後にクッキー美味しいよ、ビリィに気遣いを見せた。
「これで、二つに絞られた訳ですが‥‥意見を述べさせてもらっても、よろしいでしょうか?」
 秦本 新(gc3832)は、ややもったいぶった調子で意見を述べ始める。
「今回少尉は婚約者を盾に脅されていました。 つまり、敵は現時点でも、全将兵は無理でしょうが、ある程度軍関係者の家族や交友関係について、把握できるのではないかと思います。 つまり、候補1は、優先順位としてはやや低くなる訳です」
 ここで、新は一旦言葉を切り、コーヒーを飲んだ。
「少尉が最後の段階で焦らざるを得なかったという点については、優子さんの意見に賛成します」
「三日科さんが言うように防寒装備を用意する時間が無かったということは、情報を探った痕跡を消す時間も無かった。 つまり、候補3のみ少尉が興味を示していたという証言が残っている点からも、3番の可能性が高いのではないでしょうか」
 意見を述べ終えた新は手元の資料を見ると、こう付け加えた。
「蛇足ですが、念の為調査した少尉の外出記録や面会記録からは、彼が情報を流した相手であると判断できる不審な人物は、浮かんできませんでした‥‥これについては、少尉が周到に痕跡を消したということでしょうか」
 次に発言したのはココアクッキーで糖分を補給したソウマ(gc0505)であった。
「僕も秦本さんと同じ意見です。 少尉を脅迫できるだけの材料があるなら、わざわざ1番を要求する意味があったとは思えません」
「また、脅迫されていた事実が明るみに出たことで、この基地の高官たちも、すぐに対策を考えるでしょう。‥‥やはり1の価値は低いと言わざるを得ません」
「一方、彼が3の情報を調べていたという証言は複数あります。 直感ですが、少尉自身も人質が無事では無い事を薄々は分かっており、証言をわざと残して保険としたのでは無いかと思います。 ‥‥少尉の、最後の良心とでも言うべきでしょうか」
 二人が連続して、候補3について肯定したことで、会議の空気が動いたことを、速記に忙しい報告官は感じていた。
 とはいえ、まだ全く意見を述べていない者もいる。
 天空橋 雅(gc0864)は会議室を行ったり来たりしていたが、ここで立ち止まるとビリィに軽く会釈してマシュマロを口に入れ、自説を述べた。
「失礼な言い方になるが、私は二人が1について、潜在的な危険性を無視しているような気がする。 これからその点について述べさせてもらいたい」
「候補1に含まれる情報の中でも、特に家族親族情報を流出させたと仮定しよう。 確かに、この基地の人員については、簡単に情報が手に入ってしまう可能性はある。 ならばこう考えてみてはどうか? この情報は、その流出を匂わせてこそ価値があるのだ、と」
 雅の示した意外な視点に、3を主張した二人も含めて、興味を惹かれた様子で彼女に注目した。
「相手がこの情報を悪用するのに、例えば、本人かその親族を洗脳なり人型キメラやヨリシロと入れ替えるということが考えられる。 こうすれば、やりたい放題だからな」
 雅の恐ろしい指摘に、場の空気が凍りついた。普段無表情な報告官さえも、長い前髪に隠された表情がわずかに強張ったようだ。
 雅は我が意を得たりとばかりに、発言を続けた。
「このように、この可能性を指摘しただけで基地内で疑心暗鬼が渦巻くことになり、基地機能は著しく阻害される。バグアとしてもわずかな労力で複数の利益を得られる。 まことに都合の良い手段だと思わないか?」
 ここで、報告官が再び言葉を発した。
「個人情報は、種類によっては揉み消すことも可能です。 しかし、家族や親族については、秘密裏に避難させても一時しのぎにしかならないし 軍で匿うにしても、人数に限度があります。対策を講じるのは難しいですね」
 終夜・無月(ga3084)は、コーヒーがよほど気に入ったのだろう。報告官にお代わりを頼んだ。
「この辺は、氷河から溶けた水を飲料水として使っていますからね」
 そう言うと報告官は、新しいコーヒーを無月のカップに注ぐ。
「美味しいです‥‥」
 淹れたてのコーヒーを飲んだ無月は、そう微笑むと喋りはじめた。
「私も、1番を押したいと思います」
「2と3については、この基地及び管轄都市部が戦略的に重要で在るという一つの大前提が必要です」
 無月の発言に報告官が回答する。
「この基地は前線から遠く、規模が大きい訳でも無い。 それは管轄している都市も同じです。 その他の要素を加味しても戦略的に重要視される可能性は皆無ですね」
「ありがとうございます。 さて、バグアの根源的な目的は人類の肉体を手に入れることで、脳の中の情報あるいは技術を手に入れることだというのは、皆さんもご承知の通りです」
「今回の一件は、強靭さと有益な情報を持つ軍属の者の肉体を手に入れるという目的が根底にあると思います。 脅迫による呼び出しで洗脳や肉体の乗っ取りは容易ですからね」
「そして、ヨリシロを足掛かりに脅迫による侵食を広げれば、基地所属の軍属の質やVIP等の条件にもよりますが、人類側上層部に潜入できる可能性もあります。 実際南米ではこの手口で手痛い目に遭っていますからね」
 この時点で、会議の大勢はほぼ決まっていた。無月の推理は、先に意見を述べた雅の解釈と相まって、1番の情報に秘められた潜在的な危険性を的確に指摘したものと言えた。
 何より決定的だったのは、グローリーグリムとソフィア・バンデラスという手痛い実例が示された点であろう。
 最後は、UNKNOWNの番だった。
「そうだ、ね。 私も1を推そう」
 この発言は事実上、閉会を告げるものであった。傭兵たちに課せられた依頼は、あくまでも流出した書類の特定であったのだから。
 しかし、彼は言葉を切ろうとはしなかった。
「さて、少尉が1の情報を流出させたことは明らかになった。 では、なぜ彼が自殺を選んだのかを考えよう‥‥中佐の癇癪を、彼に聞こえる所で聞かしてしまった事はないかね? その報告を聞こう」
 報告官は動揺した風も無く、彼の質問に答える。
 壁に背をもたれ、煙草に火をつけて拝聴し終わると、彼は言葉を続ける。
「彼は大事な者へ、その怒りが向くのを恐れたのだな」
「婚約者が、いたのだろう? もし自白したら何をされるか、と、守る為にそうしたのだろう」
「中佐をお疑いなのですね?」
「いや、疑いではない、よ」
 UNKNOWNのこの言葉に、傭兵たちの間に緊張が走る。
「そう、ここにいる皆の推理、そして調査が無ければ、真実には辿り着けなかっただろう」
「この行為が発覚したのは、少尉が1の情報に手を出したからだ。 ソウマが直感で指摘したように、少尉に残った最後の良心がそうさせたのだろう」
「1の情報は既に、共犯者の手に渡っていた。 ビリィの言うように、少尉は発覚を承知で二度目の不正アクセスを行い、警鐘を鳴らしたのだ」
「この共犯者こそが中佐だ。 少尉は、中佐の後ろ盾でスパイ行為に手を染めていた。 共犯という形にすることで、リスクの分散を図ったのだろう。 1の極秘情報を複写する際は、権限のある少佐のIDを、実行犯である少尉が使用する、というようにした訳だ」
「秦本が調べてくれたように、不審な人物との接触が一切無かったのはこの為だ。 少尉と中佐が接触しても、怪しむ者はいなからね」
「さて、次にスパイ行為には付き物の報酬だ」
「少尉ではなく、婚約者の口座に報酬を振り込めば、基地の人間がその事実を発見する危険性はかなり低くなる。 これが、三日科の暴いた婚約者の不審な収入の真相だ」
「彼が良心を取り戻したのは、終夜と天空橋の言及した潜在的な危険性に遅ればせながら気付いた為だろうね」
「綿密に逃亡計画を練っているのは、中佐の手の届かないところに逃れ直接上層部に直訴する為だったのだろう」
「だが、僅かなタイミングのずれで全ての歯車が狂ってしまった。 発覚までの時間が予測より早かったのだ。 少尉は最悪のタイミングで逮捕されてしまった」
「君の上司に真実を話して、上司がそれを信じたとしても、婚約者の保護が間に合うかどうかは微妙だったはずだ」
「一方、逮捕後も少尉が沈黙していることを中佐が知れば、彼が秘密を抱えたまま自殺することで、婚約者だけは見逃してもらえる可能性が生まれる。 少尉はその僅かな可能性に賭けたのだね」
 UNKNOWNが話し終えた時、報告官は素早く立ち上がると、こう言った。
「たった今、中佐の秘密口座から、婚約者の口座へ多額の振り込みが行われていた事実を確認しました。 皆さんのご尽力に、深く感謝いたします」

 時刻は真夜中。豪雪に覆われた北米の森林地帯を男が数名の護衛に守られて先を急いでいる。時折背後を振り返りつつも、その表情には苛立ちが強い。
 防寒装備は完璧。ついでに、武装も完全だ。 どう考えても、この季節にこの地方を生きて踏破するには十分過ぎる装備だ。
 大きな針葉樹の根元で小休止を取ることにして、男は護衛に少し離れたところに立って警戒するよう命じると、豊富に用意された携帯食を不機嫌に咀嚼する。
「忌々しい傭兵どもめ!」
 そう吐き捨てて、瓶に入った酒で体を温めようとした時、寄りかかっていた木の陰から、拳銃が中佐の耳の後ろに突き付けられた。現れたのは、防寒服を着たUPC報告士官である。
「‥‥!」
 中佐は、瓶を取り落とし、無様に取り乱した。
「勿体無いことですな。 高い酒でしょうに」
「ご、護衛! 護衛はどうした!」
「バグアの護衛等信用すべきではないですな。 無能な部下にさえ歯が立たない」
 中佐の足元に死体が投げ捨てられる。 悲鳴を上げる中佐。 周囲に散開していたはずの人型キメラの護衛は全て死体と化し、白い雪原を赤く染めていた。
 その死体を踏み越えて、まだ痙攣するキメラにナイフ型のSES搭載武器で止めを刺した女性報告官がゆっくりと、無言で歩いてくる。
「軍法! 軍法会議に! せめて裁判を! まだ情報はバグアに渡していない! 本当だ! この通り私がオリジナルを持っている!」
 恐怖に駆られた中佐はとうとう命乞いを始めた。
 だが、報告士官は冷たく宣言した。
「お祈りをしたまえ。 アレックス・エイヴァリー中佐。 既に上層部はあなたの処分について決定を下した」