●リプレイ本文
クルメタル社所有のハンガーに到着した傭兵達は、二機のCD‐016に目を留めた。
二機とも黒地に黄色のラインが入ったカラーリングで、非常に特長的な形状をしている。
機首は片刃のナイフを思わせる鋭いラインを描き、胴体部分は突起の少ない滑らかなラインを描く。機体後部に収まった四基のエンジンも相まって、ロケットを髣髴とさせる姿だ。
だが最も目を引くのは翼の数である。二枚の主翼と四枚の後尾翼に加えて、主翼を挟むように取り付けられた四枚の翼とキャノピー横に取り付けられた二枚の小型翼。その数、計十二枚。
その異形ともいえる姿を見上げた白鐘剣一郎(
ga0184)は苦笑を浮かべた。
「これだけ翼があると壮観だな」
前回の機体開発時にの草案を提出した白鐘としては、機体が実際に形を持った事に感慨を覚える。
「本当に‥‥物凄い翼の量ですね‥‥」
隣で見上げる夕凪 春花(
ga3152)も、感嘆とも呆れとも付かない呟きを漏らした。
「うむ‥‥。俺としては高機動重戦闘機という方向性を期待していたが、これはこれで興味深い」
「高機動―――かどうかはわからないけど、デュアルロールである以上、それに近い性能を持っていると自負しているよ」
背後からの声に白鐘が振り返ると、皺の寄ったワイシャツと綿パンの上から白衣を纏った中年男が、気弱そうな微笑を浮かべて立っていた。
機体開発の責任者の一人、グスタフ・ファーベルグだ。
現状デュアルロール機(戦闘爆撃機)とマルチロール機(多用途戦闘機)の間に厳密な規定が存在しないが、主にデュアルロール機と言った場合F‐15Eに代表される対空戦闘能力と対地攻撃能力を併せ持った、高い機動力と兵器搭載容量を併せ持った機種を指す。
グスタフは白鐘が書いた予想スペック表を振って見せ、
「読ませてもらったよ。現状(試作機)は、これよりもバランスの取れたスペックをしているかな。攻撃力は既に君の希望スペックを満たしているし、防御力はもう少し低い」
グスタフはスペック表を白鐘に返す。
「ただ、ハイパークルーズ(音速巡航)に関しては難しいと言わざるを得ないなぁ。エンジン開発に力を入れている英国兵器工廠でも、実現はしていないからね」
「最近は生存性重視の機体の開発が盛んですから、もう少し能力を平均化してしまっても良いかも知れませんね」
グスタフの説明を聞いていた、夕凪が提案した。
「バランス型の機体なようですが、これから発売するとなると生命などが若干低い気もします。マニューバは効果が面白い分、使いどころを間違えると大変そうですね」
口元に薄い笑みを浮かべるリディス(
ga0022)が感想を述べると、カルマ・シュタット(
ga6302)も続けて意見を述べた。
「装備搭載量を減らして、その分を錬力に回したほうがより特殊能力を使いやすくなると思うけどな。それと上昇可能な能力を3〜4項目ぐらいに絞って、代わりに能力の上昇値を1.5倍といった感じにした方が良い気がする」
カルマもまた前回の開発依頼に参加しており、機体が形になった事を素直に嬉しく思っていた。
そしてもう一人、前回の開発依頼に参加していたセラ・インフィールド(
ga1889)は難しい顔をして、
「この機体はどのようなコンセプトの機体なのでしょうか。それと運用方法などもハッキリさせたいですね。ただ防御重視のバランス型というだけではいま一つ魅力に欠けると思います。特殊能力に関してももう少し燃費が良くないとどうにも器用貧乏という印象が拭えません」と辛口のコメントをした。
すると興味津々と言った様子でリディスと近伊 蒔(
ga3161)が乗ってきた雷電を眺めていた、もう一人の開発責任者、ドーラ・フォン・グランハルトが口を開いた。
「運用方法なら、『戦闘爆撃機』だって最初に説明してんだろ?」
ビキニブラとローライズのジーンズの上に白衣を纏うという出で立ちのドーラは、煙草に火を点けながら、
「―――つまり、幅広い作戦に対応できる機体ってこった」
「ドーラ‥‥それじゃあ説明になっていないだろう?」
グスタフは紫煙を吐き出すドーラに厳しい視線を送ると、傭兵達には一転して申し訳なさそうな顔になった。
「運用方法に関しては、確かに僕等の説明が不足していたね。申し訳ない」
グスタフは一度謝罪し、説明を始めた。
「CD‐016の最大の特徴は、バランスの取れたスペック、兵器搭載量、特殊能力からくる、汎用性と拡張性の高さだ。機体能力だけを見れば器用貧乏に見えるが、その真価はパイロットと武装を搭載した時初めて発揮される。パイロットが機体の戦闘スタイルに合わせるのではなく、機体がパイロットの戦闘スタイルに合わせる。それがCD‐016なのさ」
自信満々に説明するグスタフに、カルマが質問する。
「いくら良い機体でも、高ければ普及はしないだろう。以前の時に出ていた既存機体からのパーツの流用などはやっているのだろうか?」
そうすれば少しは機体価格を下げられるのではないかと言うカルマに、グスタフは弱った顔をする。
「問題はそこだね。極力コストダウンさせるよう手段を講じているんだけど、あまり機体単価を下げると性能が落ちる。かといって性能を上げようとすれば、価格が上がる」
難しい顔をするグスタフに、夕凪が微笑を浮かべる。
「あまり凝り過ぎて、価格が高騰してしまうのだけは注意してくださいねっ」
夕凪の微笑につられて、グスタフの口元にも笑みが浮かんだ。
「価格と性能のバランスに関して、最終的な決定権を持つのは上層部だけど、善処してもらえるように努力するよ」
「ところで‥‥正式採用された暁にゃ、アークエンジェルとでも名付けるのか?」
風羽・シン(
ga8190)ニがヤリと笑って言った。
「ディアブロ乗りの俺としちゃ、ルシファーって選択もありなんだが」
名前に関しては、似たような意見が出ていた。
ドーラは紫煙を吐き出し、
「空想上の生物の名前をつけると、キメラの符号と被る時があるからな。ま、付けるとしても、メジャー所は避けるつもりだ」
新機体のチェックと操縦に関する説明、テストの打ち合わせを済ませた傭兵達は、それぞれの機体に乗り込んで飛び立った。
因みに今回観測機役を務めるのは、四枚翼の白亜の機体、ウーフーである。
意地でも岩龍を使用しないのは、開発競争で競り負けたクルメタルのプライドだろう。
しかし、ここで問題が起こった。
どうにもCD‐016の操縦を志願したセラと風羽両名の調子が悪い。特にセラに至っては他の機体との連携すら取れていない状態だった。
この事態に、全ての機体が一旦ハンガーに戻される事となった。
思わぬテスト結果に、開発チームのメンバーは額を突き合わせて相談を始めた。
「どうすんだよ。最終試験だからっつてウーフーまで持ち出してんのに、こんなデータ提出したら開発計画そのものが潰れちまうぞ?」
煙草を咥えたドーラが苛立たしげに言う。
「兎に角、今すぐリトライだ。白鐘君が搭乗を希望していたから、パイロットを変えてもう一度やろう。リトライした場合、撤収までにはどのくらい時間が掛かる?」
グスタフが皆を落ち着かせるように穏やかの声で言った。
「予め時間を多めに取っていたから、撤収を急げば三十分オーバーで何とか‥‥弾と燃料代は足が出るけどな」
ドーラが間髪入れずに答える。
「わかった、後に控えている開発チームには僕から話して置く。整備班は装備の換装を急いでくれ」
その言葉をきっかけに、ハンガーは喧騒に包まれていく。
●テイク2
機体テストはCD‐016のパイロットをセラから白鐘に交代して再開された。
CD‐016二機を組み組んだAチームは風羽、夕凪、神撫(
gb0167)、白鐘。対するBチームはリディス、近伊、カルマ、セラという陣容だ。
CD‐016以外の機体は最新鋭機や改造を施させた機体が殆どで、万全の状態でも苦戦は必須である。
飛行中、白鐘へ「面倒をかけてすまない」と開発陣からの通信が入った。
全機が訓練施設の上空へ到達すると、チームに分かれて距離を取り、テストが開始される。
「新型対新型ってのも面白そうだな!」
購入したばかりの雷電を駆る近伊は白鐘の乗るCD‐016に照準を定めると、ホーミングミサイルで牽制しながら距離を詰める。
ナイチンゲールに乗る夕凪は、ミサイルを回避しつつ近伊機へと距離を詰める白鐘機を援護する為、レーザー砲を放つ。
「迂闊に近づきすぎですよっ」
レーザー兵器は他の実弾兵器と異なり、観測機が相対速度や砲の向きから命中を判定する仕組みとなっている。
放たれたレーザーは超伝導アクチュエータを起動させた近伊機に回避された。
変わりに、夕凪機はカルマの駆るディアブロからの狙撃を受ける。
「やりましたね! お返しですっ」
夕凪はMAAを全て使い切るつもりで次々と発射した。
近伊機の回避行動の終わり目を狙って、白鐘が仕掛けた。
知覚に対してポーラルリヒトマニューバを発動。CD‐016の主翼を挟む様に展開する四枚の翼が、前進翼のように前方へと傾いた。その状態から、威力を高めたレーザー砲を放つ。
近伊は咄嗟に回避を試みるも、主翼に直撃を食らった。
「やってくれたな!」
近伊は吼えると、機首を翻してソードウィングを煌かせる白鐘機へ、AAMとロケットランチャーを発射した。
雷電に乗るリディスは、風羽の駆るCD‐016へAAMとライフルによる牽制を加えながら、口元に薄い笑みを浮かべた。
「さて―――その見た目がただのハッタリではない事を、じっくりと観察させて頂きましょう」
対する風羽機とそれを援護する神撫のR‐01は、お世辞にも連携が取れているとは言い難い。
敵チームの神撫機への対応を見て攻撃の対象を絞り込もうとする風羽。
CD‐016を盾にして敵側面へと回り込もうとする神撫。
そんな二機へ、リディス機が螺旋弾頭ミサイルを発射した。
神撫は機体を旋回させると、風羽機の陰に潜り込んだ。
「硬い機体を有効活用ってね!」
とは言え、CD‐016が如何に防御力を高めに設定されているとは言え、防御特化という訳ではないのだ。雷電が発射した螺旋弾頭を受けてはただでは済まない。
風羽はポーラルリヒトマニューバを使用すると、回避行動に移った。
可動翼と推力偏向ノズルを駆使するCD‐016は、強風に煽られる木の葉のようにリディス機の攻撃をかわしながら、その機体下部へと潜り込む。
「能力者で無ければ、口から内臓が飛び出しているな」
風羽は不敵な台詞とともに、リディス機に標準を定める。
しかし、リディスは超伝導アクチュエータを起動させると、機体をヨーイングさせ、 少々の被弾には構わず、ソードウィングを展開し、最高速度で逆落としに突撃を慣行。テスト用のソードウィングと音速の衝撃波が、風羽の乗るCD‐016の鼻先を掠めすぎた。
コックピット内に響くアラート音。
機首にはインクで大きく斜めにラインが引かれ、観測機からレーダーに深刻なダメージ有りとの判定がなされた。
完全に鼻っ柱を斬り飛ばされた状態だ。
「援護する!」
神撫機がリディス機を風羽機から引き剥がそうと、ガトリング砲による一撃離脱戦法を試みるが、重装甲の雷電にダメージは無い。
「その程度の攻撃では、雷電は落とせませんよ?」
リディスは薄い笑みを浮かべたまま、再度MAAを発射した。
●地上戦
二機のCD‐016は垂直離着陸能力により、いち早く着陸を果たした。そのまま人型形態をとり、迎撃体制に入る。
「何だ、アレは‥‥」
人型形態を取ったCD‐016を見てカルマが呻く。
スラリとした手足。背面に背負う六枚の翼と二基のスラスターからバランスをとるように、前へとせり出した胸部。後方へ反り上がった頭部には、前方に取りけられた四つのカメラアイに加えてレーダードームが埋め込まれており、どす黒い機体の中に五つの赤い光点を点している。
二機のCD‐016は着陸したばかりの敵チームの機体に砲火を浴びせた。
ディアブロとディスタンには幾分かのダメージを与えられたが、突撃砲の如き性能を誇る雷電にはさしたる効果は無かった。
地上に降下したKVは次々とディフェンダーを抜いて近接戦闘を展開する。
ディフェンダーを構え、超伝導アクチュエータを発動させた近伊機が、装輪を軋ませながら白鐘機に迫る。その後ろにリディス機が続く。「そう易々とやられはせんさ!」
二機の雷電による圧殺するような白兵攻撃を、白鐘機はスラスターとブースターを噴かしながら回避し、ディフェンダーによる斬撃を叩き込む。
更に白鐘機の背後に隠れていた神撫機が、BCアックスによる攻撃を行う。神撫は先程の空戦から、知覚兵器による攻撃を選択していた。
神撫機の攻撃は、雷電に多少のダメージを与えたと判定された。
もう一機のCD‐016を探してビルの中を進むカルマ機は、突如としてレーザー砲による攻撃を受けた。
一瞬、敵の狙撃地点を判断しあぐねたカルマであったが、ディアブロの外部カメラがビルの窓から突き出す砲身を捕らえた。
「成る程、考えたな」
カルマは機体を回頭させて、ビル越しに敵機と向き合った。
夕凪機はビルの反対側から、ライト・デイフェンダーを盾のように構えて、その隙間からレーザー砲を突き出してカルマ機をロックしていた。
(「エース級の方々相手に何処まで通用するのか‥‥」)
自身の力量を知る夕凪は、真っ向からの打ち合いではなく、施設内に建つビルを利用したゲリラ戦法を仕掛けたのだ。
一撃目の射撃で夕凪機を発見したカルマは、ビルに向けてガトリング砲とスナイパーライフルを撃ち込んだ。
ガトリング砲の回転機構が唸りを上げ、スナイパーライフルが重い砲撃音と共に砲弾を吐き出す。
しかし、訓練用のペイント弾はビルの壁面を赤く染めるだけで、その向こうにいる夕凪機には届かない。恐らくこの位置からレーザー砲を撃っても同じだろう。
そうこうしている内に、二撃目のレーザーを喰らった。
カルマは機体を加速させると、ビルの手前で機体のスラスターを開け放ち、ビルを飛び越えた。
カルマ機は着地と同時にアグレッシブ・フォースを発動させ、ライト・ディフェンダーを振り抜く。
夕凪機はハイ・マニューバを発動させて距離を取ろうとするが、構えたライト・ディフェンダーごと弾き飛ばされて、ビルの壁面へ突っ込んだ。
内部が空洞になっているビルに埋もれた夕凪機に、観測機から機体大破の判定が下る。
「負けちゃいましたね。もう少しもたせたかったんですが‥‥」
沈黙したコックピットの中で、夕凪は残念そうに言った。
テストは五分を残したところで、二機のCD‐016の損耗率が80%を超えたため終了となった。
何とかテストを行う事はできたが、データ採取という点では十分とは言えない結果となってしまった。
開発チームの苦悩は、今しばらく続く事となる。