●リプレイ本文
「さて、情報が正しければ、盗賊達のアジトはこの先にある」
地図を広げた藤村 瑠亥(
ga3862)が言った。
「人々を守る為に使うべき力を悪用するなんて‥‥」
ルーシー・クリムゾン(
gb1439)は、地図を元に待ち伏せや罠等ありそうな場所にチェックを入れながら、ぽつりと呟いた。今回の敵は脱走兵。元軍人だ。傭兵の中には複雑な想いに駆られる者もいる。
「人を守るべき能力者が人に対して害をなすなんて‥‥。絶対に許すわけには行かない。全員地獄で後悔させてやる!」
「意気込むのは良いが、気を付けろよ」
風見トウマ(
gb0908)にカララク(
gb1394)が言った。
カララクと風見、クリム(
gb0187)は友人同士だ。今回は作戦上別行動となるが、カララクは二人の身を案じていた。
カララクがこの依頼に参加した理由は他の者達と少し違う。いつかゾディアックのような敵と対峙しても躊躇いが無いよう、人殺しに慣れたい。それが、カララクの理由だった。
付近の探索を開始してしばらく―――傭兵達はツーマンセルで見回りを行っている男達を発見した。
自動小銃に野戦服姿の男達は、盗賊の一味と見て間違いない。
月島 瑞希(
gb1411)は隠密潜行を使用して盗賊達の背後に回り込むと、片方の男の身体を引き寄せながら口を塞ぐ。
もう一人の男が慌てて銃を構えたが、喉元に大剣を突きつけられて動きを止めた。
「俺達相手にやんのかァ? 賢い選択をしろよ。‥‥言ってる事わかるよねぇ?」
相手の喉元に刃を突きつけた東 冬弥(
gb1501)が、ニヤニヤと笑いながら忠告する。
藤村が抵抗を止めた盗賊達に、低く凄みを利かせた声で脅しをかけた。
「最初に忠告しておく。お前に与えられているのはこちらの質問に答えるか、下らない義理を持って命を落とすか、どちらかだけだ」
盗賊達は無言のまま目配せし合うと、ゆっくりと頷いた。
「イシュメルのツキもここまでか‥‥」
口を押さえる手を離してやると、男は溜息を一つ吐いて、ペラペラとアジトの場所、罠や狙撃兵が潜伏している位置を話した。
傭兵達は情報を聞き出すと、二人を手近な木に縛りつけた。
アジトを目指し、その場を立ち去ろうとする傭兵達の背に、縛られた盗賊が声をかけてきた。
「俺達はちゃんと協力したんだ、その辺りの事はしっかり報告してくれよ?」
「何だって?」
御柳 陣(
gb1545)が振り向くと、男は下卑た笑みを浮かべた。
「しほーとりひきってぇの? 俺達は反省した上で協力したんだぜ。見返りを貰うのは当然だろうが」
そのあまりにも身勝手な発言に、御柳の頭にカッと血が上る。
「落ち着け」
月島が御柳の肩に手を置いた。
御柳と視線を合わせると、月島はゆっくりと首を横に振る。
「あーもういい! さっさとアジト行こーぜぇ!」
「胸糞が悪くなる」と東が苛立たし気に、一行を促した。
月島は身勝手に力を振るう盗賊達に、怒りよりも悲しみを感じた。
「‥‥成功させてみせる。これ以上の犠牲は出させない」
月島は淡々とした口調のまま、決意をより固いものとする。
傭兵達が遠目にアジトを確認したところで、盗賊達からの攻撃を受けた。
「きゃ!?」
ルーシーの足元に弾痕が穿たれる。
射撃を行った敵の姿は見えない。狙撃兵のものだろうか。
極力トラップや狙撃地点を迂回するルートを進んできたが、それもここまでのようだ。
その発砲音を合図に、木々の中に巧妙に偽装したテントから、武装した盗賊が次々と飛び出してくる。
素早く周囲に展開し、自動小銃を構える様は、腐っても元軍人と言うべきか。
「乱戦必須ってか? 上等じゃねぇか!」
覚醒した風見が荒々しく言い放った。
傭兵達を迎え撃つべく、発砲音が重なり合う。
撃ち込まれる銃弾の嵐を正面から受けて、東が勢い良く倒れた。
「流石に、ライフル弾を纏めてブチ込まれっと痛てーのな」
東は地面に大の字になったままボソリと呟くと、倒れた時と同じように、勢い良く起き上がる。
「なんだ、あいつら。普通じゃねぇぞ!」
「まさか―――能力者か?!」
その光景を見た盗賊達の間に動揺が走った。
「ビビッてんじゃねぇ! グレネードで押さえ込め!」
怯んだ盗賊達を顔に歪な傷を持つ男が叱咤する。盗賊のリーダー、イシュメル・パースだ。
動揺していた盗賊達は、何とか持ち直すと、小銃の下部に取り付けられたグレネードランチャーの引き金を引いた。
対フォースフィールド用として普及した、単発式のグレネードランチャーが一斉に発射された。
爆発。
爆発。
爆発。
飛び散る破片から仲間を護る為、クリムと共に盾を構えていた藤村は、周囲を見渡し、黒い甲冑が未だ姿を現していないことに気づく。
「奴は―――奴は何処にいる!」
藤村は飛び交う銃弾の中を、敵の姿を求めて駆け出した。
クリムが旋回しながら放った突きが、盗賊の胸を貫いた。
「蒼風紫裂流、突型‥‥穿風!」
長剣を引きながら血振りすると、宙に赤い線が描かれる。
月島は銃弾を回避しつつ、自動小銃の引き金を引いた。
「人を守るための武器で、力で――ふざけるなよ、お前たち!」
怒りを込めて放たれた銃弾は、対物ライフルさながらの威力で、盗賊達の手足を吹き飛ばした。
カララクが放った弾丸は、容赦なく盗賊の頭部を捕らえた。
拳銃とは言え、SESを搭載した火器の威力は絶大だった。盗賊の頭部は実に三分の二が吹き飛び、身体は衝撃で後方へと勢い良く転倒する。
(「これで初めて‥‥人を」)
引き金にかける指に躊躇は無い。だが心の奥に沸き上がる『何か』がある。
死体に目を奪われていたカララクの腕を、藤村が引いた。
「シノギが居ない。どこかに隠れているのかも知れん。探しに行くぞ」
「そうか、わかった」
カララクは『何か』を飲み下す様に頷いた。
クリムは徐に着物の前をはだけさせると、頬を上気させて上目遣いで盗賊達を見た。
「我を‥‥いぢめるのか?」
クリムの潤んだ瞳に、榴弾を発射する兵の姿が映る。
爆発。
盾を構えて爆発に耐えたクリムは不服そうな顔で唸った。
「むむむ‥‥何故だろう。我に色気が足りんのか?」
「イヤ、状況が状況だから‥‥」
月島が苦笑混じりに言った。
銃弾の飛び交う中で色仕掛けというのは、無理があるだろう。
「身体は大丈夫なのか?」
防御したとは言え、爆発をもろに受けたクリムを月島は心配そうに見る。
「何、この程度の傷、我の訓練に比べればたいした物ではない!」
胸を張るクリムに、月島は呆れた様に肩を竦める。
「ところで、他の者は?」
「イシュメルを追って行ったよ。アイツ、急に森の中へ逃げ込んだんだ」
「そうか‥‥」
クリムは頷き、残る盗賊達を見据える。
この身は皆を守る盾。ならば、今やるべき事は一つ。
「では、取り溢しの無いようにせんとな」
クリムは剣を構え―――
「そうだな。こいつらに全員に、正しい女の扱い方というものを教えてやろう」
月島は銃を構えた。
●アンデット
いくつものテントで構成されたアジトの中で、カララクと藤村はついにシノギと対面を果たす。
全身を隈なく覆う、西洋甲冑じみたどす黒いプロテクターとジャケット、ヘルメット。
それら防具の繋ぎ目からは、身体に埋め込まれたSESのものだろうか―――緩やかに蒸気が漂い出している。
「お前の目的はなんだ黒騎士?」
藤村は一歩前に出て問うた。
「能力者でありながら、何をしている」
対するシノギは無言のまま、腰の刀に手を添えた。
それを問答無用の意思表示と受け取った藤村は、盾を刀に持ち替えて構えを取った。
ドバン!
散弾銃の重い発砲音が響き、風見の脇腹が裂ける。
「くぁっ!」
衝撃で転倒しながらも、風見は木の影に転がり込んだ。
「クソ! イシュメルの野郎、ただ森に逃げ込んだわけじゃねぇな!」
傷の具合を確かめながら、風見は苛立たし気に吐き捨てた。
イシュメルはスキルで気配を遮断し、木々の中からこちらを狙っている。
風見に代わって、御柳と東が飛び出そうとするが、どこかに隠れてる狙撃兵の射撃によってタイミングを崩された。
ただの自動小銃では大したダメージを受けないとは言え、この状況では非常に厄介である。
「皆さん、私が狙撃兵を抑えます。その隙にイシュメルを‥‥」
矢を番えながら言うルーシーに、御柳は、
「だけど、一般兵の武器は射程が長いから、居場所を特定するだけでも一苦労だ」
「いえ、どんなに腕の立つ兵でも、自動小銃による狙撃の限界は300m程。盗賊達にそれ程の技量があるとも思えませんし、木々が邪魔で視界が悪いとなると、実際の距離は100m以下でしょう」
ルーシーは素早く頭を回転させ、先ほどの射撃を考慮した上で、敵の射撃ポイントを割り出す。
「行ってください。このままでは本当に逃げられてしまいます」
三人は視線を交し合うと、ルーシーに頷き返して、駆け出した。
同時に、三人とは別方向へと走るルーシー。
「気は進みませんが、あくまでも抵抗するというのなら致し方ありません‥‥」
弓を持つルーシーの手に力が篭る。
ドバン!
放たれる散弾。
顔の横を通り過ぎる衝撃を無視して、東は走る。
その目にイシュメルの姿を捉えると、大剣を振るった。
「―――食らいなァ!」
死角からの流れ斬りは、すんでのところでかわされるが、続けて流し斬りを仕掛けた風見の剣がイシュメルの腿を切り裂く。
「ぐおおぉ! 糞! ガキ共ぉお!!」
片膝を折ったイシュメルが、憎悪に歪んだ目で傭兵達を睨みつける。
御柳はその目を真っ向から睨み返した。
「あんたらの手に持った武器は、みんなを守るためのものじゃないのか!?」
「随分ケツの青い事を抜かすな、坊や」
叫ぶ御柳に、イシュメルは失笑を漏らした。
「夢見がちな坊やに良い事を教えといてやるよ。武器ってのはな―――」
イシュメルが素早く銃口を向ける。
「奪う為にあるんだよ!」
ドバン!
銃撃を食らった御柳は、しかし、活性化を発動させて一撃に耐えた。イシュメルが次弾を放つより速く、手にした槍を付き込む。
「俺は、この程度の傷で、倒れるわけにはいかないんだー!!」
槍の穂先は御柳の叫びを乗せて、イシュメルの胸を貫いた。
「■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」
空気を振るわせる咆哮。
咄嗟に後ろへ退いた藤村の腿が裂けて、血が飛沫く。
シノギの放った目にも留まらぬ速度の居合いが、防御不可能の一撃となって藤村を襲ったのだ。
もしも藤村が防御に回っていたならば、確実に足を持っていかれていただろう。
藤村は改めてシノギに向き直ると、手にした刀で斬りかかった。
「その身に埋めたエミタ、その意味する所を失くしたのなら、俺が思い出させてやろう!」
裂帛の気合と共に振った斬撃は、甲高い音を立てて鎧に弾じかれた。
「■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」
再び咆哮。
シノギは刀を振りかざして藤村に襲い掛かる。
そこに先程の居合いのような、華麗さは無い。
まるで獣だ。
振り回される刀が木の幹を切り裂き、地面を抉りながら藤村を襲う。
「藤村、援護する」
カララクは拳銃の照準を、シノギへと合わせる。
藤村はシノギの攻撃を良くかわしているが、身体に刻まれる裂傷は徐々に増えている。
急がねば―――
カララクは影撃ちと急所突きのスキルを同時に発動させると、引き金を引いた。
バン!
撃ちだされた弾丸が、黒い甲冑の背に食らい付く。甲冑に開いた穴から、血が霧のように舞い散った。
シノギが態勢を崩した隙を、藤村は逃さなかった。限界突破と二段撃の同時使用で、連続斬りを繰り出す。
「捌ききれると‥‥思うな!!」
藤村が叫び、
「■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」
シノギが吼えた。
必殺を賭して放たれた連続斬りだったが、一刀は刀に、もう一刀は腕に受け止められた。篭手を砕いて身に食い込んだ刀に血が伝う。だが、シノギが何らかのスキルを使用しているのか、それ以上刃は動かない。藤村とシノギはしばし押し合い、弾かれた様に距離をとった。
「あの傷を受けて、まだ動けるなんて‥‥」
カララクは呟いて、シノギの背中から流れ出ていた血が止まっている事に気がついた。
「こいつ―――自己再生能力も持っているのか!」
カララクは先程の射撃で、錬力を大幅に使用してしまっている。同じ威力での射撃はもうできない。
シノギの方も錬力が尽きたのか、或いは温存しているのか、腕の傷を癒そうとはしない。
そこへ、イシュメルを倒した風見達四人と、一般兵を片付けた月島等二人が此方へと向かってくる。
流石に数の不利を悟ったシノギは、囲まれる前に身を翻すと、脱兎の如く逃げ出した。
「甘いね。逃げられると思ってんのォ? 大人しく報いを受けなッ!」
地を這うように走るシノギに、東が斬りかかる。シノギは刀を投擲して東を怯ませると、茂みの中へ飛び込んだ。
「待て!」
後を追おうとした傭兵達の耳に爆音が聞こえてきたかと思うと、オフロードバイクに跨ったシノギが茂みから飛び出した。
「姿を見せないと思ったら、逃げる準備をしていたのか‥‥!」
月島の言葉を尻目に、シノギは倒れている盗賊達を轢き潰しながらバイクを走らせる。その後姿に向かって、カララクが拳銃を発砲した。続けてルーシーが弓を、月島が自動小銃を撃つ。連続して放たれた銃火が、バイクの後輪を吹き飛ばした。バランスを崩し、木の幹に激突したバイクは爆発。シノギは投げ出され、全身を燃え上がらせながら山の斜面を落ちていった。
かくして―――盗賊団は壊滅した。盗賊達の殆どが重症、重体の傷を受け、或いは命を落とした。
たった八人で二十名の兵を圧倒する。
能力者の力の絶大さを、再認識させられる戦果だった。
赤く染まった木々の中で、カララクは立ち尽くす。
治療や、戦闘後の処理の為に走り回っているルーシーや、やや離れた場所で物思いに耽る御柳を横目に見ながら、カララクは思う。
(「‥‥まだ、慣れないとな‥‥‥人と思わず、か‥‥」)
目的は達成したが、後味は悪かった。
大切なものを守る為に、命を奪う。
戦争が孕む不条理を前にして、カララクの中に苦い何かが広がっていく。
「なんで‥‥バグアという敵がいながら、人は自分の私利私欲でしか動けないんだよ‥‥?」
御柳の悲痛な呟きが聞こえて来た。