●リプレイ本文
蛇穴・シュウ(
ga8426)はモーテルから少し離れた酒場に入ると、軽い足取りで席へと向かった。
「何を飲んでいるのかと思えばミルクですか。締まらないですねぇ」
蛇穴は席に座る雪村・さつき(
ga5400)とミスティ・K・ブランド(
gb2310)に声を掛けた。
「任務の前に酒を飲むほど馬鹿ではないさ」
ミスティはグラスを傾けながら言った。
蛇穴は肩を竦めて席に着くと、煙草を一本咥える。
「ああ‥‥火ぃ、あります?」
ポケットを探りながら訊いてくる蛇穴に、ミスティは持っていない、と手振りで示し、
「他のメンバーは集めた情報を元に、既に動き出している」
「そうなのよね。私は決行時刻までやる事もないし、暇だわ」
雪村はグラスの中の氷を口の中に流し込み、ガリガリと噛み砕く。雪村は街の有力な組織を焚き付けようと計画していたが、他の仲間の潜入や調査の障害が増えるという事で却下された。
街へ潜入した傭兵達は方々へ手を尽くして情報を集めていた。しかし街のチンピラは足元を見てくるか、薬で脳が火星にまで飛んでいるかのどちらかだ。肝心の諜報員も、身元がバレないよう直接の接触を避けてきた。恵まれているとはいえない状況で、いくつか集まった情報は―――キャラバンの宿営地。オード・タフタとアークライトが取引を行う場所。そしてその間は、周囲に両手勢の護衛が張り付いているという事。
「キャラバンの方は、街外れに堂々とキャンプを張っていますね。大型のキャンピングトレーラーが五台。武装した4WDが十台以上。常に見張りも立っていやがるようです」
蛇穴は火の無い煙草を咥えたまま報告した。
「難儀な事ですよ。まぁ、私の生き甲斐は、世界中のバグアと言うバグアに鉛弾のツイストを踊らせる事ですから。ついでに親派の連中のケツにも、固くて熱い奴をぶち込んでやるとしましょう」
蛇穴は心の奥に、バグアへの憎悪を燻らせている。本人はその感情を指して「その程度には堅気の女ですよ♪」と笑っているが‥‥‥
ミスティはバイザー越しに蛇穴の目を真っ直ぐに見た。
「蛇穴―――金と剣を秤に掛けるのが傭兵だ。だが、過ぎた情念は秤を狂わせる。己の立ち方を見失うなよ?」
蛇穴はしばし間を置いて、クククッと喉を鳴らした。
「私は蛇ですから、チャンスが来るまでしぶとく身を伏せていますよ。無理な勝負はしません。安心してください『ベイブ』」
「‥‥その渾名は嫌いなんだがな、スネイク」
言葉に反して、ミスティの口元には薄い笑みが浮かんだ。
暫くして、皇 千糸(
ga0843)と八神零(
ga7992)が店に入ってきた。
「聞きしに勝る荒れた街ね。皆揃って殺気立っちゃってまぁ‥‥」
皇は客達が腰に吊るした銃を横目に見ながら、肩を竦めた。
皇はそこらで手に入れたようなボロ布で、細長い『何か』を包んで担いでいる。八神は服がボロボロになっていて、煤けていた。
二人は取引の行われるモーテルを囲んでいるであろう、敵の伏兵を無力化する為に街中を歩き回っていた。
「とは言え、逃げられちゃったんだけどね」
双眼鏡と隠密潜行を駆使して敵の居場所を探っていた皇は、ビルの屋上で狙撃手を発見した。狙撃手の男は、小太刀を構える皇の足元へ発煙弾を撃ち込んで逃亡。実に手馴れたやり口だった。
「その男が屋上に残していったのが、これよ」
皇は他の客の視線から隠すように、持っていた長物の布を一部剥がして見せた。布の中身は対物ライフルだった。
「『使うな危険』『この兵器を使用した場合、あなたとあなたの周囲の環境に重大な損害が発生する可能性は非常に高いものとなります』何これ?」
雪村がライフルの表面に彫られた注意書きに眉を顰めた。
「俺の方は取り押さえたものの、自爆された。口の中にスイッチを仕込んでいたのか、或いは何らかの仕掛けが別に施してあったのかはわからないが‥‥」
八神は難しい表情をつくる。狙撃兵は広範囲に配置されているようで、先程まで捜索を続けていたが、全てを無力化できたとも思えない。
「ともあれ、もうすぐ襲撃の決行時刻だ。待機場所に急ごう」
八神の言葉に全員が頷いた。
虎牙 こうき(
ga8763)はモーテル襲撃に先んじてキャラバンの車輌に細工を施す任を帯びていたが、結果は惨憺たるものだった。
キャラバンの改造4WDはモーテル近くに停車していた。
虎牙は「ちょちょいとやっちゃいますか♪」と慎重に近付いたのだが、急に車の窓が開き銃撃を受けた。虎牙は寸での所で覚醒し難を逃れた。
「め、めちゃくちゃッスね!」
虎牙は思わず叫んだが、敵は容赦無く追撃に出た。車の前後の窓が半分開いて、7.62mm機銃が突きだされ、天窓から上半身を晒した女が屋根に掛かったシートを捲って12.7mm機銃を露にする。
場所がモーテルの近くだけに、下手をすれば敵の増援が来るかもしれない。虎牙は片方の車に電磁波を放つと、脱兎の如く逃げだした。
●モーテル内部
防火扉の前に陣取る三姉妹の気を引く為、髪を下ろしてサングラスをかけたブレイズ・S・イーグル(
ga7498)は、ナンパを装って三姉妹に声を掛けた。しかし、返ってきたのは「そこにトイレがありますので、一人でマスでもかいていやがりなさいな」という辛辣な答えだった。フォルゴーレはブレイズを見ようともせずに、階下の喧騒を見下ろし、ヴェルトロはフォルゴーレの後ろに隠れて視線を合わせようともしない。サエッタは目を伏せて壁に寄りかかっている。
ブレイズが尚も話しかけようとすると、サエッタが素早く腕を動かした。AIが危険を察知し、自動的に覚醒した。ブレイズが咄嗟に仰け反らせた顔の前を、白銀が一閃する。
「鼻を削ぎ落とせば黙るかと思ったのだけれど‥‥」
刀を振り上げたサエッタは、覚醒したブレイズを見て視線を鋭く細めた。
「ハッ! 相変わらず物騒な連中だな!」
ブレイズは三姉妹を表に誘い出す方向へプランを変更。素早く一階へと飛び降りた。
サエッタはブレイズに構わず背を向け、
「私はアークライトにこの事を伝えます。フォルゴーレ、ヴェルトロ、後の事は任せますわ―――ぶっ殺して差し上げなさい」
サエッタの言葉と共に、ヴェルトロが無反動砲をブレイズに向けた。後方から塩水を噴射しながら66mmHEATが発射され、階下で爆発する。次いで、軽機銃の射撃音が店内に響き渡った。
一階の酒場は地獄絵図と化した。
髪を黒く染め、男の子に変装して酒場に紛れ込んでいた月森 花(
ga0053)は爆圧を凌ぐと、急いで階段を上り、一番奥の部屋へと向かった。
(「やっぱり‥‥間違いない! あの時の女の人だ!」)
三姉妹の長女サエッタ。以前調査依頼で見かけた黒服の女に間違いない。ではあの少女は―――月森の中の疑問が確信へと変わっていく。
「縁があったら‥‥か。確認しなくちゃ」
防火扉を開け、隠密潜行を使用して部屋の扉に近付く月森。
「取引はこ‥‥商‥‥‥ま‥‥シノ‥‥‥くよ‥‥」
「‥‥あ‥‥もう‥‥‥今度は‥‥かしら?」
微かに漏れ聞こえてくる声に耳を済ませた。その時―――急に部屋の扉が開いた。どす黒い甲冑が視界一杯に飛び込んできた瞬間、月森は影撃ちのスキルを使用して小銃の引き金を引いた。甲冑の表面に火花が咲き、跳弾が壁に穴を開ける。
シノギは月森が後ろへ飛び退るより早くその首を掴み、背後の床へと叩きつけた。息苦しさで歪む月森の視界に、民族衣装に身を包んだ老婆と、老婆と同じ格好で銃器を下げた女達が写る。キャラバンの一行だろう。敵の素顔を拝めた時点で、情報収集として大きな戦果を挙げたと言って良い。しかし如何せん、状況は絶体絶命である。
そんな中、鈴を揺らすような声が響いた。
「私は犬が嫌い。だって嘘を吐かないんだもの」
月森は不自由な首を巡らせて声の主を見た。艶やかなブロンドの髪に白磁のように白い肌、青い瞳を持つ少女が椅子に腰掛けている。少女は白く可憐な帽子とワンピースを着て、屋内だというのに何故か日傘を差していた。
「私は人間が好き。だって平気な顔で嘘を吐くんだもの。ねぇ―――月森花。そんな変装じゃ、貴女の愛らしさは隠せないわよ?」
少女は微笑を浮かべた。月森はその微笑に得体の知れない違和感を覚えた。
「なんだい、お前さんの知り合いかい?」
タフタが少女と月森を見比べて訊いた。
「ええ、以前スペインで‥‥とても良くして貰ったわ」
「‥‥そうかい。じゃあ、この娘の事は任せるよ」
シノギに月森を離すよう指示を出したタフタは、女達を引き連れて部屋を後にした。
「妹達が心配ですわ。私達も急ぎますわよ」
細長いトランクケースを片手に、部屋の窓を打ち破ったサエッタが、優雅に紅茶を飲む少女を催促する。
「アラ、折角のお客様なんだから、お茶の一杯も出さないと」
少女ののほほんとした言動にサエッタは顔を露骨に歪め、強引に少女を担ぎ上げると窓枠へ足をかけた。
月森は「ちゃんと横抱きにしてくれないと嫌!」とむずかる少女とサエッタの背中へ向けて、小銃を構えた。
「君が、アークライト‥‥だね」
月森の確信を込めた問いに、少女はあっさりと答えた。
「ええ、そうよ。私の名前はオーフェリア・L・C・アークライト。皆はただ、『アークライト』とそう呼ぶわ」
微笑を浮かべる『アークライト』。その笑みはやはり、どこか違和感を覚えるものだった。
「貴女とは縁があるみたい。今度はゆっくりお話しできると良いのだけれど」
そう言い残して、サエッタとアークライトは一瞬で姿を消した。
「Lets Party!!」
モーテルの近くに隠れていた雪村は、モーテルから飛び出したブレイズに預かっていた両手剣を渡すと、次いで飛び出してきたフォルゴーレとヴェルトロにファイティングポーズを取って見せる。
「ストリートの喧嘩‥‥教えてあげるわ!」
挑発するように拳を突き出す雪村。
「広がりて、勇気を皆に、進撃マーチ」
待機していた虎牙が、ブレイズに練成強化をかける。
「俺はアークライトやキャラバンに興味はねぇ。お前らに借りさえ返せればなァ!」
ブレイズは大剣の切っ先をフォルゴーレ達に向けた。
「さつき、虎牙、行くぜ‥‥!」
傭兵達が連携して飛び掛るのに対し、
「ハン! 磨り潰してくれやがりますわ! ヴェルトロ―――」
「うん!」
「「ストームアタック!!」」
フォルゴーレとヴェルトロも必殺の陣形で挑んできた。
ブレイズ達の援護に向かおうとしたミスティと八神の前に一台の改造4WDが停車し、機銃による弾幕を張った。更に降車した二人の女が、二連装のドラムマガジンを搭載した自動小銃を掃射する。
SESを搭載しているとは言え、一般人の扱う火器など能力者にとっては脅威足り得ないが、数が揃うと面倒だ。
ミスティはAU‐KVを起動させて、全身に纏った。小柄な矮躯から鋼の巨躯へと変貌を遂げ、重い足音と共に一歩を踏み出す。
ミスティはペイント弾を車の硝子に撃ち込んで視界を塞ぐと、AU‐KVを走らせて、4WDのタイヤに刀を突き刺し大破させる。鋼の威容に、自動小銃を撃つ女達が一歩下がった。
動揺する女達。その後方から、黒い影が駆けて来くる。
「■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」
咆哮する黒い影―――シノギは、走る勢いそのままに両手で女達の後頭部を掴むと、地面に叩きつけて頭部を粉砕した。そして女達の死体から自動小銃を取り上げ、両手に構えて乱射する。
「■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」
先程までとは比べ物にならない威力の射撃が傭兵達を襲った。
荒れ狂う銃弾は4WDにも襲いかかり、防弾硝子を砕いて車内の女達を蜂の巣にする。天窓から露出していた女の上半身が切り裂かれて宙を舞った。
66mmHEATの爆圧を食らった雪村が地面を転がる。
雪村はヴェルトロを狭所へ追い込み、素手での力勝負を挑もうとするが、ヴェルトロは攻撃を回避しながら一定の距離を保っていた。
ブレイズが次弾を装填するヴェルトロに斬りかかるも、瞬天速で逃げられてしまう。代わりに、フォルゴーレがブレイズの背後へと回り込んだ。
「頂きですわ!」
機銃の引き金を引こうとしたフォルゴーレは、足元に光弾を撃ち込まれて動きを止めた。
「相変わらずトンでるファッションね、黒ゴスシスターズ!」
通りに面した建物の屋上から、皇が銃と顔を覗かせた。そして放たれる第二射。急な制止により生まれた隙を突いて撃ち込まれる一撃は、必中するものと思われた。だが、突如場に現れたサエッタが、フォルゴーレを横抱きに抱えて跳躍。これを回避する。
フォルゴーレを下ろし、顔を上げたサエッタに皇はおどけた調子で、
「久しぶりね、サエッタ。貴女に貫かれた胸が痛むわ。これって恋かしら?」
その発言には、サエッタ以上にフォルゴーレが反応した。
「テ、テメェなんか、お姉様とは釣り合わねぇですわよ!」
憤怒の形相になるフォルゴーレ。ヴェルトロもむっとした顔で皇を見る。熱り立つ妹達に、サエッタは静かな声で告げた。
「フォル。ヴェル。アークライトは他の護衛に預けましたわ。私達も引きますわよ」
不満そうな顔で姉を見る二人であったが、渋々と頷くと、瞬天速を使用し、三人同時に姿を消した。
自動小銃を乱射するシノギに、八神がソニックブームを打ち込んだ。
「報告書を見た時から、お前と戦ってみたかった‥‥。悪いが、少し付き合って貰おう‥‥」
八神は衝撃波の後を追って相手の懐に飛び込むと、豪破斬撃と二連撃の合わせ技を繰り出した。強烈過ぎる連撃は、防御スキルごと鎧を切り裂き、シノギの身体を1m近く後退させる。しかし傷は瞬時に癒され、鎧の下からは血の代わりに憎悪が噴き出した。
「どけ、八神!」
叫ぶミスティは4WDを盾の様に構えてシノギに突っ込んだ。ブースターを使用し、シノギごと建物の壁に激突させると、車輌を残して後退する。
「スネーク!」
呼びかけに応え、非常階段に陣取った蛇穴が小銃を構えた。
「貴方方がヤクザ共とケツの掘り合いしようがクソどうでもいい。唯一つ我慢ならねェのは‥‥てめェらの飼い主がバグアとつるんでて、てめェらはその方棒担いでるって事だ!」
吼える蛇穴が放った銃弾は車輌を撃ち抜き、ガソリンに引火。車内の弾薬に飛び火し、連鎖的な爆発を引き起こす。衝撃で崩れた建物の壁面が、燃え盛る車の上に降り注いだ。
流石にここまで騒ぎが大きくなると厄介だ。モーテルから出てきた月森と合流した一行は細い路地へと飛び込んだ。
ブレイズは通りを覗いて苦い顔になる。
「どうする? 形だけのものとは言え、警察が出てくると面倒だぞ」
「何、狩る狩られるの境界はいつだって曖昧だ。必要なのは老狐の魂さ、バディ」
ミスティは予め調べて置いた、退路と集合場所を全員に知らせた。
「後は傷を癒してから、悠々と街を出ればいい」
傭兵達は頷き合うと、別々の方向へと散って行った。