●リプレイ本文
これが今生の別れと言う訳ではない。
悲しいが友よ、一時の別れだ。私は必ず戻ってくるよ。
「セロリさん、そろそろ行くわよー」
皇 千糸(
ga0843)に呼ばれ、しゃがみ込んでいた芹架・セロリ(
ga8801)は、目の前の『てんたくるすのぬいぐるみ 』にこくりと頷きを送って立ち上がった。
話す時にぬいぐるみを齧る癖をもつ芹架のこと。本当はぬいぐるみも連れて行きたかったが、スクラップと共に敵に取り込まれでもしたら堪らない。泣く泣くスクラップ置き場の外に残して行く事にした。
芹架は後ろ髪を引かれる思いを振り払うように、小走りで仲間達に合流した。
キメラが潜んでいるスクラップ置き場は広大だった。更に、積み上げられた金属の山々が出来の悪い迷路となって視界を阻んでいる。傭兵達は一旦四人ずつ二組に分かれて、キメラを捜索する事にした。
地面に半ばまで埋まったボルトを蹴りつつ、皇はキメラの特徴を思い出す。
「地球に優しいリサイクルキメラね。ついでに私達にも優しいと嬉しいんだけど。そんな訳ないか」
「地球を侵略しようとしている奴が、地球に優しい訳ないですよ。ま、巨大ロボは嫌いではありませんが‥‥」
言いながら、鋼 蒼志(
ga0165)は眼鏡を押し上げた。鋼の個人的な嗜好から言えば、巨大ロボは嫌いどころか寧ろ好きな部類に入る。しかし、敵は敵だ。今回に限っては破壊するのみである。
「ああ、セロリさん。手当たり次第にジャンクを崩していると‥‥」
鋼は刀で邪魔なスクラップを破壊しながら進むセロリに注意を促そうとするも、時既に遅く、小高く詰まれたスクラップの山が崩れて行く手を塞いだ。
嵐 一人(
gb1968)が呆れつつも、埋もれかかった芹架を助け出す。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「うん。ありがとう」
ぬいぐるみを噛んでいないので物足りないのか、芹架は口をもごもごと動かしながら礼を述べた。
嵐は芹架に怪我が無いのを確認すると、道を塞ぐスクラップの除去に取り掛かった。
嵐は予めAU‐KVを装着した状態で捜索に参加していた。瞬時に脱着可能なAU‐KVであるが、何処かに置いておくといざ戦闘になった時に取りに戻らねばならない。錬力の消費は勿体無いが、手間を考えれば致し方無い。
覚醒状態であり、AU‐KVの補助を受けている嵐は、手早くスクラップを除去して道を開けた。
探索が再開される。しかし程無くしてもたらされたもう片方の探索班からの通信が、探索の打ち切りを告げたのだった。
幸いにも探査の目を発動していた為、敵にイニチアティブを握られずに済んだ。
フィオナ・シュトリエ(
gb0790)は、瓦礫の山を割って姿を現したキメラを見上げた。
ライフルを携えた鋼の巨人。身の丈は約5m。見慣れたKVよりもやや小柄だが、それでも人の身と比べれば巨体である事には変わりない。事前の情報に違わず、巨大ロボットを髣髴とさせる姿だ。
改めて自分の目で確認した敵の姿に、フィオナは呆れに似た感情を抱いた。しかし今は個人の感想などどうでもいい。まずは仲間の援護が先だ。
頼もしき仲間達は、敵の出現と共に攻撃を開始していた。
ブレイズ・S・イーグル(
ga7498)は巨人がガラクタでできたライフルから発射する屑鉄の礫を回避し、防ぎながら接近を試みていた。
一方、刀を手にする御門 砕斗(
gb1876)は、AU‐KVを装着せぬまま巨人と相対していた。力を温存するつもりなのかも知れないが、御門の身体能力では、AU‐KVを装着せずに生身で敵と戦うのは大きな危険を伴う。
目の前の戦いに参加すべく直刀を抜いたフィオナは、得物の感触を確かめながら強気な台詞を舌にのせた。
「それじゃ、ロボット撃破といきますか!」
言って、巨人を挟撃すべく、スクラップの陰から陰へ移動し、巨人の背後へと回り込む。
対物ライフルを担ぐ三島玲奈(
ga3848)は、後方へ下がりながら巨人を見上げた。
「饐えた金属‥‥何となく血の匂いがしますね」
一人言ちつつ、勢いよく瓦礫の山を駆け上がった。銃身下の二脚を突き立てるようにしてライフルを固定する。そうしなければ、全長1369mmを誇るこの得物は扱えないのだ。
スコープを覗き込みながら、舌で唇を湿らせる。
「まぁ玲奈さんのアンチマテリアルライフルで、木っ端微塵に粉砕されるわけですが」
巨人の関節部に照準を定めて発砲。衝撃。重い銃声。
初弾から狙い違わず命中―――とはいかなかったが、弾丸は敵の脚部の表面装甲を吹き飛ばした。
通信からそう間を空けずに、皇達の班が合流した。両班の距離を開け過ぎないようにしていたのが功を奏した。
「出たか、巨大ロボ。鉄の巨人を穿ち貫くは―――螺旋の鋼槍だ!」
颯爽と前衛へ躍り出た鋼は、穂を高速で回転させるドリルランスを突き出して走る。
兎に角、貫く。
巨人の外装はただのスクラップだ。倒したければ、装甲の下にあるキメラの本体を狙わなければならない。
三島の狙撃で巨人のライフルが砕けた隙を衝いて槍を巨人の脚部に突き刺さし、スクラップとの摩擦で散る火花を無視して強引に突き込む。これを嫌った巨人は、勢い良く足を振り上げた。槍ごと振り払われた鋼は空中で姿勢を制御して、何とか着地を果たす。地面を擦った足が、瓦礫の中に二本の線を引いた。
「再生の速度が速いわね。こっちは練力に限りがあるし、長丁場になると不利かしら?」
皇が巨人の胸部へ小銃を撃ちながら言った。計八人の能力者による集中攻撃は、着実に敵にダメージを刻んでいたが、敵は外装を砕かれる度に周囲のスクラップを取り込んで傷口を修復してしまう。
「メンドクセェ奴だな! 小学生が無理に改造したプラモみたいにごちゃごちゃしやがって!」
血桜を手にした芹架の言葉に、皇は同感だと頷いた。
全身を覆う装甲服にレーザーブレードと、キメラ扮する巨人に勝るとも劣らぬ出で立ちの嵐が、AU‐KVの装輪をフル稼働させて巨人の死角へ回り込み、通り抜け様に脚部を切り裂いて叫んだ。
「このままじゃ埒が明かねぇ。何とかならないのか!」
「だったら何とかして見せよう!」
応える声は頭上から来た。
嵐が振り仰いだ時には、ブレイズは鉄屑の山から宙へと身を躍らせていた。服に風を孕ませ、髪を振り乱しながら跳ぶブレイズは、空中で体を捻り、両手で構えた大剣を敵の頭部へ叩きつけた。
「撃滅のファフナーブレイク!」
紅蓮衝撃と豪破斬撃を付加した一撃を受け、巨人の頭部が中のスライムごと粉々に砕け散った。
巨人の背後へと回り込んでいたフィオナは、頭を失い大きくバランスを崩す巨人の様を見てとると、武器をデヴァステイターに持ち替えて膝裏目掛けて発砲した。
「いい加減に倒れな!」
放たれた貫通弾は巨人の脚を痛打した。遂に、巨体がゆっくりと傾き膝を屈したのだ。
誰からともなく歓声が上がった。しかし、まだ終わったわけではない。この機に乗じて集中攻撃を見舞うのだ。
気を引き締めて武器を構え直す傭兵達の目の前で、巨人の身体が爆発的に膨らんだ。装甲の隙間から無数の触手と化したキメラの身体が伸びて、周囲のスクラップを捉えた。同時に、巨人が膝を屈したままの姿勢で跳躍した。体構造を無視した動きだが、本体がスライム型のキメラである以上、関節など無いも同然である。
後方からスコープで巨人に狙いを定めていた三島でも、突如レンズの中から消えた敵を狙撃する事はできなかった。
大量のスクラップ諸共跳びあがった巨人は、それを空中で繭の様に纏い、自由落下で着地を果たす。
着地の衝撃で余分な外装を振り落としながら立ち上がった巨人は、明らかに大きくなっていた。
右肩からクレーンの首が突き出し、左の肩にはトラックの荷台がショルダーガードの様に取り付けられている。V字型の角が陽光を反射して鈍く輝いた。
二倍近い巨体へと変形を果たした敵に、鋼は皮肉を込めた笑みを向けた。
「ハッ! ピンチになればパワーアップってのもお約束か!」
「因みにこの間わずか0.4秒! 敵ながら流石ね。変形中に攻撃する暇さえなかったわ!」
皇が何だか良くわからない事を言っているが、これは聞き流してもいいだろう。
「‥‥くそ。不覚にも少し燃えちまった」
嵐は悔しそうに呟いた。
難敵を前にしても戦意を失う事無く笑って見せるのは、能力者ゆえの豪胆さだろうか。
不敵な傭兵達の心をへし折るべく、巨人が動いた。胸部の四箇所から瓦礫弾を連射する。先程と比べて四倍の火力だ。
射撃の嵐がフィオナの身を隠すスクラップの山を吹き飛ばした。フィオナは自身障壁を発動して飛び散る鉄屑を転がりながら回避しつつも、デヴァステイターをフルオートで連射して攻撃を加えた。
「変形は見せ掛けだけじゃないみたいだな」
別の瓦礫の陰へ滑り込んで忌々しげに吐き捨てた。
嵐は射撃を続ける巨人へ竜の翼を発動して急接近すると、跳躍した。迎撃の為に放たれた礫が身体や顔の横を通過する度に、背筋が凍る様な風切り音がきこえてくる。
「ドラグーン・クラぁッシュ!!」
竜の角を付加して振るわれた機械剣の収束されたエネルギーの刃が、礫を発射する巨人の胸元を袈裟懸けに大きく切り裂いた。
その傷口をキメラが回復する前に、ブレイズが走った。実は予め槍に弾頭矢を括りつけた物を用意してあるのだ。それをスクラップの代わりにキメラに掴ませ、装甲として取り込まれた後に狙撃によって誘爆させようというのだ。
弾頭矢は近くに隠してある。余計な手間を厭うての事だが、置き場所まで取りに行き、武器と持ち帰るのだから手間が短縮されているとは言い難かった。
そうこうしている間にもキメラの触手がスクラップを掴むが、これを御門が竜の咆哮で弾き飛ばす。
「させねーよ。やっちまいな! ブレイズ!」
御門の言葉に応えて、ブレイズが弾頭矢付きの槍を投擲した。キメラは狙い通りに槍を取り込んでくれた。後は三島の出番だ。
ブレイズの合図に従って、三島は引き金にかける指に力を込めた。一発目は近弾。二発目は腕に阻まれて胸部には当たらなかった。間を置いて、三発目。ようやく弾頭矢へ直撃した。しかし結果は芳しくない。矢は爆発したものの、表面の装甲を幾分か剥ぎ取るだけに留まった。それも当然の事。弾頭矢はSES搭載の弓から放ってこそ真価を発揮するのだ。弾頭矢単体を爆発させても、十分な効果は発揮されない。
「駄目か! 仕方ない」
作戦の失敗を見て取った御門が、両手の刀を鞘に納めて走りだす。それに気付いた巨人は背中に手を回し、スクラップを寄せ集めて巨剣を作り上げた。
御門を迎え撃つべく、巨剣を大きく振りかぶって構える巨人。
御門は構わずに突き進み、竜の咆哮、竜の爪と四本の刀を用いた四連続の抜刀を試みる。
「名づけて四連抜刀!! あーばよ!!」
しかし四連続抜刀など、トップクラスの能力者でも実現不可能な神業である。御門の身体能力で叶う筈も無い。また錬力も足りなかった。
身に余る行為は相応の報いとなって御門を襲った。
抜いた二本の刀と、巨人が振るった巨剣が激突する。巨人の振るった剣身に電撃が走り、御門の身体を吹き飛ばした。御門の身体は弾かれたピンボールの様に飛んで、スクラップの山に激突する。だがこの時、弾き飛ばされたのは御門だけではなかった。巨人もまた御門が使用した竜の咆哮によって、後方へと吹き飛ばされた。
そこへ芹架が追い討ちをかけた。
「その無駄なプラモスピリット諸共解体してやるぜ! ちょいさー!」
芹架が手にする武器は、先程までの赤い刀身ではない。それは芹架の矮躯には不釣合いな、しかし覚醒した彼女の気性を具現化した武器であった。
六つの銃身を束ねたガトリングガンを腰だめに構えた芹架は、駆動音と発砲音をバラ撒きながら射撃を開始する。
芹架の意思を孕んだ弾丸の群れは、驚異的な発射速度に物を言わせて巨人の胸を叩き、外装を強引に剥ぎ取っていく。こうなっては胸部から礫を発射する事も侭ならない。
巨人はこの小さな暴力者を強引に粉砕しようと、骨格を持たぬ身を驚異的な角度で捻って巨剣を振り下ろした。だが、苦し紛れの一撃は届かない。
槍を構えた鋼がソニックブームで、巨剣の軌道を捻じ曲げたのだ。
「お前に足りない物、それは! 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そして何よりもー! ドリルが足りない!!」
奇怪な絶叫と共に突き出された槍が放つ衝撃波が、電撃を帯びた剣を巨人の腕ごと跳ね上げた。がら空きになる胴体。この千載一遇のチャンスを逃す皇ではなかった。
「もっと―――もっと! もっと輝けぇ!」
皇の叫びと共にエネルギーガンの銃口が強烈な光を発した。渾身の力を込めた射撃が、外装の剥がれた巨人の胸部を貫いた。それがダメ押しだった。
一際激しく巨人の体が震えたかと思うと、至る所の装甲の隙間からキメラの本体が血飛沫の様に噴出した。黒い粘液はスクラップをどす黒く染め上げたが、形を成す事は無かった。ただゆっくりと地面へ落ちていく粘液に続くように、巨人の身体もまた崩れ落ちていった。
崩れていく巨人を見やりながら、三島は「私が撃つ物は万死に値する物だ」と長大なライフルの銃口に息を吹きかけた。
同じく元の鉄屑へと返る巨人を見ながら、嵐はどこか羨ましそうな声でこう漏らした。
「‥‥‥ああいうKV、ないのかな」
それは多分‥‥‥無い。