タイトル:復活する象徴マスター:一本坂絆

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/29 03:01

●オープニング本文


「サリムよ、俺達はいつまでロシア人どもの言いなりになり続けるのだ?」
 UPC欧州方面軍黒海防衛艦隊第4任務艦隊司令ウル・オルベイ中将は語気も荒く尋ねた。トルコ海軍屈指の闘将と謳われる提督は、ギョルジュック海軍基地司令長官であり旧友でもあるサリム・マーディン大将に言葉を投げかけていく。
「俺達は栄えあるトルコ海軍軍人じゃなかったのか? 国家の意思の元、力を持たぬ国民に代わり、力ずくで敵をねじ伏せる暴力代行機関ではなかったのか? その俺達が因縁浅からぬロシア人どもの下に就くばかりか、国防の任まで頼りきっている。こんな状態をいつまで続けるつもりなのだ」
 オルベイに間近で見据えられたマーディンは、視線を逸らすように窓の外を見た。ブラインド越しにギョルジュック軍港に停泊する艦艇が見える。元トルコ共和国海軍から成る第4任務艦隊には、アジア作戦の爪痕が深く刻まれていた。そしてその傷は、黒海防衛艦隊における元トルコ海軍閥と元ロシア海軍閥の溝をより深めるものであった。
 旧体制崩壊により軍備縮小を余儀なくされたロシア連邦であったが、対バグア戦争の開戦が状況を一変させた。世界的戦時への突入とメガコーポレーションの繁栄。二つの要素により、軍事力は縮小どころかより増強されていった。さらにロシアは世界中の軍がUPCの名の下に統合されたことを理由に、モンストール条約における軍艦、軍用機規制の事実上無効化を宣言。マルマラ海、エーゲ海へと艦隊配置を推し進めた。
 長らくダータネルス、ボスポラス両海峡の領有権を巡って睨み合いを続けてきたトルコ共和国は、これを忸怩たる思いで見守るしかなかった。
 それも仕方ない事。ロシア側に比べて、トルコ側の艦艇配備状況はお寒いものなのだ。元から所有するフリゲート、コルベットは大半が独軍や米軍の退役艦を買い取ったものであり、バグア軍兵器に到底太刀打ちできるものではない。また戦時不況の煽りを受けて、国産コルベットであるMILGEM級の建造は中断されたままだ。更に敵にアフリカを押さえられてからは、外洋との海上貿易における危険性が跳ね上がっていた。艦艇を潜水艦同様にノックダウン方式での建造に切り替えたものの、運搬に時間とコストが掛かるため大型艦の配備は遅々として進んでいなかった。
 現状ではロシア艦艇の護衛、援護に徹するしかない。そういった状況を理解しているからこそ、マーディンは否定的な意見を述べた。
「現状の戦力を考えれば致し方ない事。元よりトルコは陸軍国なのだ。オスマントルコ時代の海軍とて、兵の大半はギリシャ人だったではないか。餅は餅屋に任せるのが一番だ。それとも君の部下は、不遇な境遇に陥った途端に士気と切れ味を失う様な軟弱者なのか?」
「いいや。最前線で戦う兵に、肌の色も言葉の違いも関係ない。命を預けるに値する者なら誰だっていい。バグアどもをこの宇宙から絶滅できるのであれば、熊のケツだって舐めてやるさ。しかしそれは最前線での話。後方から戦いを見守る国民達は違う」
 前線と後方の温度差は沸点と氷点下程の開きがある。第一戦線指揮官であるオルベイはその事実を痛感していた。
「お前も知っていよう。スチムソンやカッシング‥‥バグア側に寝返った奴等の法螺話に、不安を顕にする国民の姿を。長らく続く戦争は民衆の間に厭戦感を募らせ、親バグア派じみた安易な考えに走る者まで出る始末! いいかサリム。国家の危急に際し、民衆の支えとなるのは愛国心だ。祖国への信頼と民族への誇りだ。だが他国の背に隠れて体裁を取り繕う軍に対し、国民が信頼を寄せられるというのか! そんな状況を許す国を誇りに思えるというのか! 故に俺達は示さねばならない。トルコ共和国軍は、敵が何者であろうと国民を守る為に全力を尽くすと。我が共和国は決して国民を見捨てはしないと! ‥‥サリム。トルコ艦隊司令長官というお前の立場なら、アランカの連中への意見具申も可能だろう? 上に立つ等とは言わぬ。せめて対等な立場となれるよう進言するべきだ」
 オルベイの発言を聞いたマーディンは思った。ウルの目は激情で曇っていると。
「今の我々はUPC軍の一員だ。民族主義を先走らせれば国際社会で孤立するぞ。君の意見は胸に留めて置くが、今は力を蓄える時。焦る事は無い。君の懸念も時間が解決してくれる」
 しかしオルベイは首を振って反論した。
「いいや違う。時間は俺達に味方しない。今の俺達は伏して牙を研ぐ獣などではない。敵のハードパンチをまともに食らい、膝を屈したファイターだ。今この瞬間にも立ち上がらねば、俺達は二度と勝者としてリングに立てなくなるのだぞ」
 だがオルベイの熱弁に対し、マーディンは議論の余地は無いと手を振るだけだった。
 オルベイは憤懣やるかたなしといった表情で勢い良く背を向けると大股でドアへ向かった。ドアノブに手をかけ、そのままの姿勢で口を開く。
「妥協の先にあるのは新たな妥協だけだ。一度売った矜持は、取り戻すのに一世紀は掛かるぜ」
 最後にそう言い残し、オルベイは部屋を去った。


 クルメタル社が所有する艦船ドックの一角で、設計主任は最終点検を済ませた巡洋艦を感慨深く見上げた。
 艦外に露出する突起物を極限まで廃したシャープな外見。ペーパークラフトを思わせる珍妙な形のフネだ。しかし技師らにとっては何処に嫁に出しても恥ずかしくない自慢の娘であった。
 クルメタル社は開戦に合わせ、他の兵器同様に艦艇の増産を開始していた。ブレーメン級フリゲートの設計を叩き台に大型化、汎用化した量産型汎用艦は既に90隻以上が就役し、212A型潜水艦の生産数も順調に伸びている。これらの艦艇に加え、長らく途絶えていた巡洋艦の生産にも着手していた。本来なら実績のある他社に任せるべきなのだが、一部の軍がシステムの複雑化を嫌い要望を出したのだ。クルメタル社はこれに既存のフリゲートを拡大コピーする事で対応していた。
 だがこの巡洋艦は違う。クルメタルの造船技術の粋を結集し、技術証明の一環として建造されたのだ。それ故個艦性能に優れる反面、量産には全く向いていないという欠点もあった。
 長らく嫁ぎ先が見つからなかった彼女だが、救いの手は意外な所から差し伸べられた。本部戦略軍が消耗著しい元トルコ海軍黒海艦隊に、アーセナルシップ4隻と共に配備する旨を決定したのだ。相手にとっては破格の好条件であったが、この種の善意ほど胡散臭いものはない。しかしその裏に渦巻くものを見たいとは思わなかった。魔女の釜の内容物を興味本位で覗こうものなら、必ずや己が身を滅ぼす結果を招くのだから‥‥‥
 主任はぶるりと身を震わせると、船体に書かれた文字を見た。
(「まったく。この名を冠するフネは、数奇な運命を辿る宿命にあるのだな」)
 視線の先―――船体にはドイツ語で『ゲーベン』と書かれていた。それが彼女の名前であった。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
井筒 珠美(ga0090
28歳・♀・JG
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166
15歳・♀・ST
威龍(ga3859
24歳・♂・PN
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
桐生 水面(gb0679
16歳・♀・AA

●リプレイ本文

「思った以上にタフだったな」
 海面へ落ち行く敵機を見る井筒 珠美(ga0090)は苦々しげに言った。
 装甲は薄いがなかなか沈まない。少々の損害では浮力を失わないのだろうか?
 哨戒飛行中に敵の水上偵察機―――フライングフィッシュと遭遇した井筒と白鐘剣一郎(ga0184)は、艦隊に接敵の報を送るとすぐさま戦闘に移った。
 敵は巨大だった。50m級ビックフィッシュに翼を増設し、合計四つの増槽を下げた姿はまるで前大戦期の飛行艇を髣髴とさせるものだった。だが規模はその倍はある。体内には恐るべき破壊力を内包しているに違いない。
 脅威は早急に排除せねばならない。
 幸いにもKVの速度と比べれば敵は鈍足。死角に回り込むのは容易であった。
 しかし井筒機のスナイパーライフルと白鐘機のミサイルの連打を叩き込んでも、敵の水偵は至る所から火を噴きつつ前進を続けた。
(「トルコと日本は縁浅からぬ間柄。これ以上バルカン半島方面に圧力がかからない様、何としてでも無事に艦隊を送り届けたいものだ」)
 任務完遂の決意を胸に秘め、井筒は哨戒を続行する。


 バグア軍の夜間襲撃を警戒した任務艦隊は、フランス最大の軍港都市ブレストに身を寄せていた。
 改造空母の機銃座に腰を下ろすロッテ・ヴァステル(ga0066)は、闇夜に浮かぶ艨艟達を眺めていた。
「大いなる海が、私達の味方をしてくれるわ」
 嘯くロッテであるが、不安もあった。
 ユーラシア大陸最後の砦とされる欧州。それだけにシレーンの防御は固かった。湾口は規定の航路を除き機雷によって封鎖され、潜水艦が至る所で目を光らせている。沿岸警備隊の火力も強力だ。
 だがここから先は違う。
 スペインは未だ情勢が不安定だし、ポルトガルに至ってはバグア支配地の目と鼻の先にある。水偵を撃墜したこともあり、敵は警戒の度合いを高めているかも知れない。
 考えを巡らせていたロッテは、近づく足音に振り向いた。
「陸に上がらなくても良いんですかぁ?」
 ロッテの背後に立った幸臼・小鳥(ga0067)が遠慮がちに声をかけた。
「地中海の情勢も不安定ですし、ダーダネルス海峡を越えるまで上陸できないかもしれませんよ?」
「確かにそうだろうけれど。そういう小鳥はどうしてここにいるのかしら?」
 問いを切り返された幸臼は視線を彷徨わせて、口をもごもごと動かす。その様子にロッテは心の中で白旗を振ると幸臼の前に立った。
「そうね‥‥折角の機会だから、基地内を散歩でもしましょうか。小鳥、一緒に行きましょう」
「あ! は、はい。わかりました」
 幸臼は花の様な笑顔でロッテの隣に並んだ。思わずロッテの手が動く。
「‥‥‥にゃッ! どうして私のほっぺを人差し指でぐりぐりするんですか〜?!」
「何となく、よ」
 ロッテは口元に微かな笑みを浮かべて言った。


●アイアンボトム・サウンド
 艦隊上空を旋回する雷電。そのキャノピー越しに下界を見下ろす獄門・Y・グナイゼナウ(ga1166)は、うっとりとした表情を浮かべる。
 斜めに傾いだ視界の中心には特徴的な外見のフネが在った。艦外の突起物を極限まで配した最新鋭のミサイル巡洋艦ゲーベンと、前部にのみ艦橋を持つアーセナルシップだ。
「美しい艦だねェー‥‥まさにクルメタルの技術は世界一! しかし、ゲーベンとは。また因果な艦名だよねェー」
 『ゲーベン』―――その名を冠する軍艦は過去にも存在していた。彼のフネは後にトルコ海軍の守護神となり、黒海に君臨する女王となった。獄門が今回の配備を何らかの演出と捉えるのも無理はない。
 眼下のゲーベンは前後左右を4隻のアーセナルシップに囲まれ、後ろには平行に並ぶ補給艦と改造空母を連れていた。更にこれらの艦の周りを10隻の護衛艦が固めている。ジブラタル海峡に差し掛かった現在は、各艦の距離を詰めた密集陣形を組み、ヨーロッパ大陸に寄り添うように航行していた。また艦隊前方ではハンター(探査役)とキラー(攻撃役)に分かれた対潜哨戒ヘリが監視の目を光らせていた。


 今回の艦隊運用には傭兵達の意見も取り入れられていた。これは所属の違いによる摩擦を避けるための措置でもあった。
 白鐘は敵の侵攻速度の速さを説いた後、海中の敵に対する警戒強化を唱えていた。これに当たり、哨戒ヘリによるソノブイの投下を打診した。威龍(ga3859)もまた護衛艦による積極的な支援攻撃を希望した。
 艦隊司令官はこれに快く応じたが、いくつかの問題点も示唆していた。
 ドイツ人司令官は言った。
 敵本拠地の眼前を通過する以上、無線式であるソノブイによる探知には限界が生じると。敵の水中機は速力において地球軍の標準的な魚雷を上回っていると。真に敵の脅威を退けるには、航空機による早期発見、早期撃滅こそが最善。その現実を忘れてはならないと。


 獄門の視界の隅に、空母から発艦したシュテルンが高度を上げる様子が映る。哨戒任務の相棒であるロッテの機体だ。
「ロッテ君とロッテを組むか‥‥ぷふー」
 自分の言葉に噴出す獄門であったが、点けっ放しの無線から響く冷えた声にギクリと身を固める。
「‥‥ユウコ」
「いや、済まない。ゲルマンジョークなんだよー」
 獄門は慌てて言い繕う。
 やがて二機のKVは哨戒の任を全うすべく、旋回の輪を広げていった。


 ―――敵偵察機二機を発見。これより交戦に入る。
 獄門達からの通信を受け急ぎ機体を発艦させた白鐘、井筒の両名は、艦隊の遥か前方、高度2000mに敵機と僚機の姿を発見した。
 接触して早々に獄門機から速攻のミサイル射撃を食らったフライングフィッシュは全身から火と煙を噴き、ロッテ機のレーザーガトリング砲を浴びていた。それにも関わらず、敵機は己が任務に邁進する。
 一機のフライングフィッシュが機雷投下の為に高度を下げ、もう一機がミサイルの発射態勢に入る。ミサイルはKVを狙うものではない。後方の艦隊を狙うものだ。
 白鐘は驚愕の声を上げる。
「この距離から狙う気か! 奴等は既に艦隊の位置を捕捉しているというのか! ‥‥いや、まさか―――ッ!」
 そう―――脅威はもっと早い段階から、影の様に艦隊を追跡していたのだ。
 実は艦隊を先に発見したのはフライングフィッシュではなくメガロワームだった。海峡に散布した海中探知機で艦隊の接近を察知した敵水中機は、息を潜めたまま上空を哨戒するフライングフィッシュに艦隊の位置情報を送り続けていたのだ。
 全ては狭い海峡で獲物を挟撃する為の策略であった。


『敵航空機のミサイル発射を確認。本艦隊はこれより迎撃戦闘へ突入する。上空の管制機は高度をとられたし』
 ウーフーに搭乗し艦隊上空に待機していた幸臼は、通信を受けるとすぐさま操縦桿を引いて機首を上げた。高みからも護衛艦が対空ミサイルを発射する様子が見て取れる。しかしその光景に見入っている暇は無い。レーダーモニターに新たな敵の到来を示すマーカーが点灯したのだ。


●波状攻撃
 空と海上の熱狂はすぐさま海中にも伝播した。旗艦ゲーベンが敵水中機の襲来を告げたのだ。
『ゲーベンのソナーが方位1‐6‐0、深度60にコンタクト(探知)。ハンター4番機のディッピングソナーでも目標を探知』
 悪い報せは更に続いた。
『方位1‐8‐5及び2‐3‐3に新たなコンタクト。目標はいずれも推定10mlの距離から速力60kt以上で接近中!』
 すぐさま海中の目標にC1、C2、C3のコードが割り振られ、能力者達にも位置情報が送信される。
 哨戒の為に単機潜行していた威龍が呻いた。
「敵は三機。いずれも後方から。待ち伏せだな、完全に背後を取られたぞ!」
「此方‥‥幸臼機ですぅ。水中の目標は包囲を縮めながら艦隊へ‥‥急速に接近してますぅ。今‥‥桐生さんとクリアさんが出撃しましたぁ」
 幸臼の言葉を裏付けるように海面に動きが生まれる。
「シュテルン、ジャイアントストライドエントリーっ!」
 桐生 水面(gb0679)に続きクレーンで海面に降ろされたクリア・サーレク(ga4864)は、掛け声と共に機体を海中へと潜行させる。同時に狭まった視界を補う為ソナーを起動させた。
 パッシブソナーではバグア軍の水中機を探知するのは難しい。敵の脅威が迫りつつある今は、自機の位置を捕捉される危険を冒してでもアクティブソナーを使用する場面だ。
 決意を固めたクリアの耳に、通信官の絶叫が飛び込んできた。
『方位2‐1‐2からトーピード(魚雷)! 二発の発射を確認。C3によるものと思われます。魚雷の速力は‥‥‥220kt!』
 速い! 任務艦隊に属する艨艟達は皆30kt超の健脚を誇るが、到底回避できるものではない。
 この事態に真っ先に動いたのは桐生であった。ブーストを使用して機体を魚雷の軌道上に割り込ませた桐生は、近距離用カメラに映る敵魚雷が照準に入った瞬間トリガーを押し込んだ。
 ビーストソウルに搭載されたバルカン砲の一連射が魚雷を斜めに切り裂き爆散させる。
 桐生は押し寄せる爆圧に耐えながら、気泡によって生まれるノイズから逃れるように機体を離脱させると威龍機に通信を送った。
「威龍さん、もう一発は頼むで!」
 応えるようにテンタクルスが動いた。威龍は桐生と同じく魚雷の軌道上に機体を晒すと、トリガーを引き絞った。ガウスガンの第一射は空しく海水を切り裂いただけであったが、続く第二射が際どい位置で魚雷の迎撃に成功する。とは言え、まだ安心はできない。敵の攻撃は終わっていない。
 C2、C1もまた時間差をつけて2本ずつ魚雷を発射してきたのだ。
 C2の魚雷には対潜ミサイルを装備した幸臼機と、艦隊直衛を任されたクリア機が対応した。
 上空のヘリの動きも活発であった。
 UPC軍が装備する標準的な魚雷では、メガロワーム本体を捉えるのも難しい。しかし数は武器となる。
 各哨戒ヘリと護衛艦隊から魚雷、機雷が次々と吐き出され、C1が放った魚雷を絡めとる。
「敵魚雷6‥‥全て反応消失しましたぁ」
 幸臼からの歓喜の報告。
 だが戦況とは常に移ろい行くもの。今回もまた然り。
 射撃後即移動したC3は、間髪入れずに3発目の超高速魚雷を発射したしてきた。
 これを桐生と威龍が連携して食い止めるが、それが限界であった。続くC2の攻撃を防ぐ術は無かった。
 上空の幸臼には最早海中を攻撃する手段は無く、哨戒ヘリは早くも武装の3分2を使い切っていた。また直衛とは言え水中ユニットを装備したクリアのシュテルンでは、km単位で展開する艦隊全てをカバーする事はできない。
 結果として、魚雷は遮る物の無くなった海中を突き進み、艦隊後方へ喰らい付いたのである。


「にゃっ‥‥フネが‥‥」
 幸臼の声は悲鳴に近い。
 眼下には巨大な水柱が起立していた。
 敵の魚雷が護衛艦の1隻を直撃したのだ。
 後部を粉砕されたフネは艦体を大きく跳ね上げた後、艦底を海面へと叩き付けた。排水量8000tに達する構造物が、傷口から大量の海水を飲み込み沈んでいく。
 それは300名に上る人命が海の藻屑と化した瞬間であった。


 無線から流れる戦況報告を耳にし、白鐘は奥歯を噛み締めた。
(「やはり敵の狙いは挟撃だったか。機雷で海峡を封鎖し、前と後ろ、空中と海中から艦隊を襲うつもりだな」)
 しかしそれを断固阻止するのが自分達の任務である。
 白鐘は編隊を割る決断を下した。
「こちらPegasus。ロッテと井筒は艦隊の応援に向かってくれ。獄門、悪いが少し無理をするぞ」
 これに各機は了解の通信を持って応えた。
「さて、そうと決まれば、手早く串焼きにしてやろうかねェー!」
 そう言うと獄門は機体を翻した。発射されるミサイル群が、高度を下げたフライングフィッシュの背に突き刺さる。
 白鐘は敵機の胴体下に潜り込みシュテルンの機体能力を起動させた。
「ここから先へは通さん!」
 轟音と共に放たれた135mm砲弾が敵機のミサイルベイを殴りつけた。


 如何に敵水中機の速力が高かろうと、それは艦艇と比べた話。航空機相手に当てはまる道理ではない。
 艦隊の元へ急行したロッテ機と井筒機は、機体速度を巡航速度に落としながら対潜ミサイルの発射体制に入った。
「此方ホワイトアイ。敵魚雷1を捕捉! 方位1‐8‐0。深度40」
 ゲーベンから送られてくる周辺海域の情報を元にC1が発射した魚雷を捕捉したロッテは、まず眼前に迫る脅威を排除するための行動に出た。
 ロッテ機から発射された対潜ミサイルは、海中に沈むと予め設定された範囲に小型機雷を散布した。そこに敵魚雷が突っ込んで海面に巨大な水柱を生み出す。
 ロッテ機に続く井筒機は、魚雷を発射した直後のC1に襲い掛かった。井筒機が落とした対潜ミサイルがメガロワームの上に小型機雷を降らせる。そうして海面に生まれた気泡を目印に、機体を反転させたロッテが駄目押しに二発目の対潜ミサイルを発射する。
 残るは二機。
 魚雷を撃ち尽くし、僚機を撃沈されたメガロワームが艦隊に向けて猛チャージをかけた。命を持たぬ兵器は、自らを武器へと変える事で戦果を刻もうと試みたのだ。
 形振り構わず突進するC3に桐生機が襲い掛かる。
「お返しはきっちりさせて貰うで!」
 人型に変形して敵機に張り付いた桐生機は、ツインジャイロを使って装甲を突き破り、強引に引き裂いた。
「艦隊を無事に届ける事が出来れば、地中海での戦闘に大きく貢献する事になる。こんなところで沈めさせはしないぞ!」
 桐生機が離脱すると、威龍機がホーミングミサイルを発射してC3を海底へ葬った。
 艦隊からの援護射撃によって進行方向を誘導されたC2の前には、人型に変形したクリア機が立ち塞がった。クリア機ごと打ち砕かんと迫るメガロワームに蛍雪を振るい、一刀の元に切り伏せる。
「こちらRipple。目標C2の撃破を確認」
 爆圧を機体の背に受けながらクリアは通信を送った。
 それが今海峡での戦闘に閉幕を継げる言葉であった。


●象徴
 マルマラ海に入った時、護衛艦の数は5隻にまで磨り減っていた。
 ジブラタル海峡を越えた後、更に二度に渡る襲撃を受けた結果であった。何とか切り抜けはしたものの、護衛艦の内2隻が大破、1隻が中破。それらのフネをイタリアの軍港へ送り届ける為に、護衛艦1隻が艦隊を離れた。傭兵達もまた満身創痍であった。
 黒海防衛艦隊に組み込まれるに当たり、『ゲーベン』は名を『ヤウズ・スルタン・セリム』と改めた。号はセリム級とされた。既にヤウズ級と称されるフリゲートが存在する以上、戦闘時の混乱は避けねばならない。
 艦隊が停泊する港では、配備された5隻の艨艟をバックにドイツ人司令官とトルコ人司令官が敬礼と答礼を取り、指揮権移譲の簡易セレモニーが行われた。傭兵達はその様子を空母の甲板上から見守った。
「でも‥‥軍艦がこんなに増派されるって事は、次の大規模作戦はロシア方面なのかな?」
 クリアが疑問を述べたが、答えを知る者は居ない。
 今回の増派が意味する所を彼らが知るのは、もっと先の話である。