●リプレイ本文
封鎖された道路に次々とKVが降り立つ。哨戒任務を終えた傭兵達が帰還したのだ。
レーダー基地防衛に当ってトルコ東部トゥンジェリ県の山間部に展開した傭兵達は、駐屯地前の大型道路を滑走路代わりにして航空作戦に従事していた。
KVを着陸させた『シールド小隊』は誘導官の指示に従い機体を車道の脇に寄せると、人型に変形させて駐屯地内の仮設ハンガーに横付けした。KVが完全に停止するのを待ち、整備兵が燃料補給車から伸びるチューブを抱えて駆け寄ってくる。
ディアブロから降りた憐(
gb0172)は、KVの点検を始めた整備兵達にペコリと頭を下げた。
「皆さん‥‥宜しく‥‥‥お願いします」
続けて機から降りた須佐 武流(
ga1461)、音影 一葉(
ga9077)が車道へと視線を振ると、入れ替わりで哨戒任務に就く『アロー小隊』のKVが次々と離陸する様が見て取れた。
12名の傭兵は6つのロッテを編成し、『アロー小隊』『ダガー小隊』『シールド小隊』の3小隊に分かれて交替で哨戒飛行を行っていた。班分けは空戦時の作戦に合わせたものだが、傭兵達はそれを哨戒任務にも適用していた。
道路の封鎖が解かれると、通行止めを食らっていた車両群が駐屯所の前を通過していく。
対空戦車、機関砲とミサイルを搭載した装甲兵員輸送車、中距離ミサイル防衛システムを牽引する大型トラック、その後ろに兵を満載した軽トラックが陸続と連なっている。
通り過ぎる車両から兵達が傭兵達を物珍しげに見た。
「あれが対空部隊か。装甲車の割合が多いのは、UPC軍の予算的な問題かな?」
ハンガー前の喧騒から離れた霧島 亜夜(
ga3511)は、流れていく車列を眺めながら言った。
空襲に関する資料に目を通した霧島は痛感していた。敵の爆撃は兎に角スピーディーであると。
高度40000mという高みから進空し、ギリギリの距離から降下。掃射を含めても十数分程度の間に攻撃を済ませ、高空へと帰っていく。
有効射程、探知範囲が大きく減退している現状では、敵の爆撃を完封するのは困難を極める。
思考に耽る霧島にステンレス製のマグカップが差し出された。コーヒーの苦味と酸味が鼻腔を擽る。
「今ならベッドは空いてるぜ。休んで錬力を回復させておけよ」
そう言って霧島にカップを手渡したヒューイ・焔(
ga8434)は、他の傭兵にもコーヒーを配って回った。
●戦爆同時投入
哨戒任務中の『ダガー小隊』に、地上のレーダー基地が警鐘を鳴らした。
『航空部隊に通告! レーダーサイトが高高度に大編隊をキャッチ。機数は凡そ30。北方より急速接近中の模様。味方機でない公算極めて大なり!』
続けて各戦域の観測部隊からも報告が寄せられる。情報が補完されていくにつれ脅威が浮き彫りとなる。最早疑うべくも無い。接近しつつある編隊は、敵航空爆撃部隊と見て間違いあるまい。
ヒューイは顔を歪め、
「随分派手に来なすったな!」
「ここまで大規模な爆撃部隊は見た事が無いですね‥‥」
夕凪 春花(
ga3152)の表情もまた慄然としたものであった。
「一旦下がって補給を受けるか?」
榊兵衛(
ga0388)の提案に、ソード(
ga6675)が意見を述べた。
「今から駐屯地に戻って全機に補給を受け、発進して目標空域へ向かう。最低でも1時間はかかるでしょう。敵の速力を考えれば、水際での防衛を強いられる」
不本意だがこのまま他の小隊と合流するのが良策。『ダガー小隊』の面々はそう判断を下した。
敵機襲来の報せは待機中の傭兵達にももたらされた。スクランブルが掛かるや、駐屯地の其処彼処から喧騒が湧き上がる。
傭兵達のKVは急ピッチでの離陸を強いられた。危険な方法ではあるが今は安全よりも拙速を要する場面である。
「‥‥行ってくる」
左手薬指に嵌めた指輪に口付けを施した藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)も、前の機が離陸すると機体を車道に乗せる。
8機のKVは瞬く間に空へ上がり、目標空域に急行した。
空域へと侵入したバグア軍の爆撃隊は高速で緩降下を開始。20機のHWが先行し、新型12機が後ろに続く。
哨戒班と合流した傭兵達も敵機を迎え撃つべく機体を上昇させていた。
編隊の最前列を行くのはソードのシュテルンだ。彼は敵の出鼻を挫く役割を帯びていた。
そろそろ敵機を肉眼でも確認できる距離。緊張の度合いは嫌が応にも高まっていく。キャノピー越しに周囲へ視線を飛ばしていた榊が、眉根を寄せて目を糸の様に細めながら叫んだ。
「奴等、太陽を背にしているぞ!」
榊の言葉通り、バグア軍機は直視し難い極光の中から現れた。徐々に大きさを増す黒点に向かって、12機のKVが機首を上げる。
遂に両軍の航空兵器は高空で激突した。
敵機発見と同時にミサイルの発射準備に入ったソードだったが、射程範囲の広さでは敵に軍配が上った。ソード機よりも早く、先頭を飛ぶ4機のHWが小型ミサイルを発射した。
出遅れたと判断せざるを得ない状況であった。だがまだ間に合う。大量のミサイルと共に迫るバグア軍機が射程に入った瞬間、
「女神の加護を受けたこの攻撃、痛いだけでは済みませんよ」
ソードはK‐02ミサイルを全弾射出。続いてM2(
ga8024)が煙幕銃を、音影がラージフレアを使用する。
発射されたミサイルは敵味方共に1000発ずつ。
視界を覆い尽くす程の飛翔兵器が空中で交錯し、連鎖的な爆発を引き起こす。その爆炎を掻い潜った幾つかのミサイルが両編隊へ突入した。
煙幕とフレア弾によって回避能力を最高レベルにまで引き上げていた傭兵側の損傷は微々たるものであった。反対に被弾したHWは呆気無く弾けて墜落していく。脱落したのは6機。打たれ弱いにも程があるというもの。
しかし本番はこれからだ。
煙幕の中でKVとワームの編隊が高速で交錯する。
煙幕を突き抜けたHWは傭兵達が機体をピッチングさせるより早く急激な上昇に移る。初撃で6機を喪失した敵編隊はHWによる先行爆撃を捨て、HWの残機全てを傭兵達に差し向けてきた。地上へは爆撃機のみが向かう。
KVの尻に食らい付いたHWが小型ミサイルを一斉に発射する。
放たれたミサイルの数は約3500発。精密射撃よりも面制圧力に重きを置く攻撃であった。
空中に散華したミサイル群が傭兵達を襲う。
●空飛ぶトーチカ
新型爆撃機誅戮の任を帯びた『アロー小隊』は編隊から離脱し、HWを迂回して目標を追った。
だからこそ『アロー小隊』に属するM2には、敵のミサイル群が『ダガー』『シールド』両小隊を包み込む様が見て取れた。
(「なんて数だろう。これは向こうも本気で潰しに来てる。ってことだよね‥‥」)
現実を直視した事で、己の未来に不安を覚えるM2であった。
そんな彼等が追う爆撃機はと言えば、速度を落とす事無く飛行隊形を組み変えていた。機体間の距離は密に保ったまま4機を前に出す。僚機を盾に強行突破を図る構えだ。
小細工を弄するバグア軍機に、ブーストを起動させた赤崎羽矢子(
gb2140)のシュテルンが追い縋る。本当は煙幕の展開直後に仕掛けるつもりであったが、視界が大きく制限された状況では思うような機動を行えなかった。
でも大丈夫。M6.2の速力を持ってすれば追い付くのは容易。
「使えるものなら使ってみなよ!」
挑戦的に吼えた赤崎は剣翼による肉薄攻撃を仕掛けた。乱戦に持ち込めばHWからのミサイル支援も得られまい。そうした考えからの行動であったが、今回はそれが裏目に出た。
赤崎機が突如として光の槍に突き上げられる。曳光弾の軌跡にも似た光線は、敵機後部に搭載された防護火器によるものだ。
複数の機体から放たれる光線を、赤崎はPRMを起動させる事で緊急回避する。列機である藍紗がミサイルで掩護するが、これも光線に阻まれた。
「ふ、やるのぅ‥‥じゃが、このまま押しかけ強盗を許すわけには行かぬ! 行くぞ『鴇』!」
闘志を露にする藍紗に続き、今度は皇 千糸(
ga0843)のS‐01が攻撃を仕掛けた。
(「随分と連携が取れているのね。機械だからこそのものか、それとも指揮する有人機がいるのかしら?」)
考えを巡らせる皇であったが、照準はしっかりと敵機を捕らえていた。更にブレス・ノウを起動させて命中精度を底上げする。
「強く鋭く穿つようにぃ‥‥‥撃つべし!」
機体に走る微かな振動。撃ち出された砲弾は低進し、バグア軍機の翼を直撃する。だというのに、敵機は僅かに傾いただけで尚も飛行を続けていくではないか。
「そんな‥‥‥」
皇の声が愕然とした響きを帯びる。
畏怖すべき強固さを示したのはバグアの新型襲撃機―――『カノープス』だった。対地攻撃という任務を達成するべく、機動力を犠牲にして重装甲化と武装強化に邁進した機体である。
「奴等、私達とまともにやりあう気は無いみたいだね。ひたすら基地に向けて飛行し続けている!」
「この速度じゃと、基地に到達するまでそう時間は無いぞ」
焦りを露にする仲間に、M2は敵機にライフル砲を撃ち込みながら言った。
「とにかく数が多いから、きっちり仕留めるよりも、ダメージを蓄積させて行動不能にした方がいいと思います」
この意見に他の傭兵も了解を示した。4機のKVが次々と機体を翻す。
『ダガー』『シールド』両小隊の戦闘もまた過熱の度合いを高めていた。
ミサイルの撃ち合いを切り抜けた傭兵達であったが、幾つかの編隊に乱れが生じていた。それはKVの機体特性の違いが、各自の回避行動に反映された結果でもあった。雑多な機体で編隊を組む傭兵ならではの弊害と言えよう。
「掛かって来るにゃ! 一機残らず叩き落してやるのにゃーっ!」
強がりを口にしたのは憐であった。覚醒状態にある彼女は饒舌に捲し立てるが、機体は万全の状態とは言い難い。ラージフレアの効果で直撃弾こそ少なかったが、損害と無縁ではいられなかった。敵は自ら囮として打たれる杭にならんと欲する須佐機に目もくれず、損傷している憐の機体へと襲い掛かってきた。その数7機。
一旦高度を取った敵編隊は上から被さる様に射撃を開始。機首と胴体の小口径連装砲の光線が擦れ違い様に突き刺さる。
しかしされるがままの憐ではない。被弾しつつも通過した敵編隊へ機首を巡らせ、ホーミングミサイルの照準を合わせる。
「猫の爪からは逃れられないにゃ!」
だが眼前のHWが突如姿を消す。慌てて周囲を見回すと、敵機は背後へと位置を変えていた。
「何時の間に回り込んだにゃ!?」
否。HWは機体をスライドさせながら急激に速度を落としてKVをやり過ごしたのだ。初歩的なマニューバだが、慣性制御装置が生む機動の切れは凄まじい。
同様の光景は『ダガー小隊』の戦闘にも見られた。
夕凪機とソード機の背面を取って連装砲を撃つ7機のHW。ソードはコックピット内で苦い笑みを漏らした。
「これは少し厄介だな‥‥」
火器レーダーの死角に着かれては攻撃する事もできない。
「だがその程度で御し切れるものではないぞ。この『忠勝』を舐めるな!」
ソード、夕凪機に攻撃を行うHWを榊とヒューイのロッテが襲う。反応の遅れたHWに、ミサイルとエネルギー波、砲弾が突き刺さった。
敵の隊列が乱れた隙を見逃さず、ソードと夕凪は機体を反転させた。
(「確かに機動は厄介だけれど、敵の機体性能が格段に優れていると言うわけでは無いようですね」)
夕凪は数回の撃ち合いで、敵の実力を正確に見抜いていた。此方の隊列を乱し、編隊行動と奇抜な機動で優位に立っているが、単機辺りの性能は何回か改良を加えたKVと同程度。そうでなければとっくに撃墜されている。
PRMを発動した夕凪機が、HWの一機にライフル砲の照準を合わせた。放たれた砲弾がバグア軍機を貫く。
立て直しを図る敵編隊が高度を上げる。そうはさせじと『ダガー小隊』が追撃する。
『シールド小隊』に属する霧島は電子戦機としての自機の役割に忠実だった。
「『ダガー小隊』がHW3機を撃墜した。だが、小隊の損耗は30%を超えている」
霧島からの報告を耳にしつつ、音影は再度上昇を開始した敵を凝視する。
「霧島さん。ディスタンが道を開きますから、本命を宜しくお願いしますね」
通信と共に音影はラージフレアを射出。ガトリング砲を撃ちながら敵機へと突貫した。反応したHWがディスタンの攻撃を回避した所に霧島機がG放電装置を発動させて、敵機に確実にダメージを与える。
機首を上げた須佐が、算を乱したバグア軍機にミサイルを発射しながら叫んだ。
「良し! 確実に数を減らせ。迷子とちんたらしてる奴から仕留めろ!」
「一旦離脱後、再度攻勢を仕掛けます。一気にここで敵を減らしますよ!」
音影は一旦高度を上げて体勢を立て直すと、自機の圧倒的な防御力に物を言わせて再度敵編隊へ突撃する。
打たれ強いという言葉は無敵と同意語ではない。
『アロー小隊』の攻撃を受け続けるカノープスは8機にまで数を減じていた。しかしレーダー基地までもう距離が無い。眼下には地上の陣地から撃ち上げられた航空榴弾の炸裂が見える。このままでは味方の対空砲火に巻き込まれる危険も出てこよう。
鋼の猛禽と化した4機のKVは高度を稼ぐと、防護火器の火線を潜り抜けて上空からバグア軍機を強襲する。背を撃たれたカノープスが隣の機体に激突。揃ってバランスを崩す敵機に、傭兵達は機体を上昇させて胴体下へと集中射撃を撃ち込んだ。
「ハードね、どうにも!」
縮まる距離。消費される時間。M2からレーザーによる掩護を受けながら、皇は苛立たしげな台詞を舌に乗せた。
しかし戦況とは常に移ろい行くもの。それを再認識する事態が起こった。
なんと『アロー小隊』の目の前で、カノープスが突如爆弾倉を開いたのだ。レーダー基地まではまだ距離があると言うのに、未だ飛行を続けるバグア軍機は爆弾の投下を開始。着弾地点に巨大な光球が生まれ、幾つかの陣地が沈黙したがそれだけだ。
『こちら『シールド小隊』の音影です。ダガー小隊と合わせて7機のHWを撃墜したところで、敵編隊は撤退を開始しました』
無線からの報告に耳を傾ける『アロー小隊』を尻目に、爆弾を吐き出したカノープスが直上へと急上昇を開始する。
傭兵達は悟った。数を大きく減じた敵爆撃隊は、作戦そのものを中止したのだ。
「行かせないよ!」
ブーストを使用して追い縋ろうとする赤崎に藍紗から制止の叫びが飛ぶ。
「待つのじゃ、深追いはならぬ!」
M6超の速度で上昇すれば、瞬きの間に高度20000mを超えてしまう。その空域を超えた場合、KVの性能は大きく低下するのだ。危険極まる行為と言えよう。
赤崎は蒼空へと消えた敵の残影を睨み、奥歯を噛み締めた。
『『ダガー小隊』の夕凪です。消耗の激しい機体から補給に向かわせたいのですが‥‥‥』
ここ最近の情勢を考えれば、敵の襲撃が一度で済むとは考えにくい。次の有事に備える必要があるだろう。
どうやらトルコ上空に立ち込める暗雲は、まだまだ晴れる事が無さそうだ。