●リプレイ本文
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4月も終わろうというのに、ロシアの大地は白銀色の輝きを保っていた。
気温は低く、昼間でも二桁に達する事はない。夜は当然の如く零下である。
深く積もった雪は溶けるまでに時間がかかる。春の息吹を感じるには、今暫くの辛抱が必要だ。
雪の中を歩く綿貫 衛司(
ga0056)は、足を止めると同行する二人の女性にハンドサインを送った。視線の先には隊伍を組んで進むキメラの群れが在る。
「スティンガー5。パンテラ2。ベイウルフ24。規模や編成から考えて、威力偵察の類でしょうな」
綿貫は敵に視線を固定したまま、自身の見解を述べた。
その隣に着くアセット・アナスタシア(
gb0694)が白い息を吐いた。
「私達が初攻撃だ。極力有益な情報を持ち帰りたい。それにこれは、寒冷地でどこまで戦えるか試すいい機会かもしれないな‥‥‥」
万全の防寒対策をとるアセットであるが、冷気は身体の芯へジワジワと染み込んでくる。
足場も良いとは言えない状態だ。日が傾きかけた現在、低下した気温が雪に硬度を付加している。
AU‐KVを駆るエリザ(
gb3560)は足元を確認しつつ、
「新雪が積もっていないのが幸いでしたわ。高い地形踏破性能をもつAU‐KVですけれど、重量級のBM‐049の事。行動を大きく制限されていた可能性は否めませんもの」
そして口の端を好戦的に吊り上げ、
「大多数のキメラ群。相手にとって不足無しですわ! 私が先陣を切ります。お二方には掩護をお願いしますわ」
エリザが宣言と共に覚醒。AU‐KVを装着する。
綿貫、アセット両名の同意を得ると、雪を蹴立てて突進を開始した。
小技を弄するは好みに非ず。ガトリング砲を掃射しながら、一直線に駆けて行く。
キメラもこれに反応した。
射撃を受けたベイウルフが挽肉へと姿を変える中、5体のスティンガーが尾を巡らせて先端から生体光線を発射。集中砲火を浴びたエリザが転倒する。
固まりかけた雪と射撃の反動で踏ん張りが利かないのだ。
スティンガーの尾が尚もエリザを付け狙う。
しかし第二射が放たれるよりも早く、アセットが接敵を果たした。
「一撃必殺‥‥! 我が剣は異形を断つ剣なり!」
1体のスティンガーに狙いを定めて側面へ回り込んだアセットは、スマッシュを発動。 敵の脇腹を両手剣で貫いた。
アセットへ襲い掛かるベイウルフは、綿貫が小銃による掩護射撃で仕留めていく。
エリザも武器を竜斬斧に持ち替えて立ち上がると、スティンガーの頭部に振り下ろした。
イニチアティブを握るのに成功した事も手伝って、戦闘は傭兵側に優位に進んでいく。
「この程度で終わりですの?」
最後のキメラを切り伏せたエリザが、呆気無いと呟いた。生体光線によるダメージはあったが、彼女が望む闘争にはまだまだ遠い。
しかし戦況とは常に移ろうもの。彼女はその現実を、数日の内に身を持って経験する事となる。
●ザ・トレンチ
歩兵用の塹壕は実に窮屈な造りであった。内部の側面には射撃用ステップ代わりに土嚢が積まれ、流れ込んでくる雪水が不快指数を底上げしている。
夜十字・信人(
ga8235)は不意に、塹壕内から狭い空を見上げた。彼の聴覚が、上空を通過する幾重もの飛翔音を感知したのだ。それは稜線陣地から発射された、人工物が奏でる音色だ。
「グラードのロケット弾か。ロシア軍は燃料気化爆弾の普及に熱心と聞く。ならばあれはサーモバリック爆弾頭かな? いや、戦場の状況を鑑みれば、地雷散布弾頭である可能性の方が高いだろうか」
夜十字は一頻り思考する事で己を納得させると視線を戻した。
「どうした兄ちゃん。早く飲んじまえよ」
雪焼けと酔いで顔を赤く染めた古参兵がウォッカを勧めてくる。
単独で陣地内を闊歩する夜十字は、出会った兵と酒を酌み交わしている最中であった。
「いや‥‥‥何を隠そう、俺は下戸でな」
意外な告白に、兵は珍妙な生き物を見た時の様に微妙な表情を作る。
夜十字は笑って言った。
「そんな顔をするな。頼りにしているぞ、戦友。だからアンタ達も俺達を頼ってくれ」
そして酒の代わりにチョコレートを取り出して齧る。
古参兵と談笑していると、再度頭上から風を切る飛翔音が響いた。先程とは違い、音は此方側へと接近してくるものだ。
経験から音の正体を導き出した兵が警告の声を発した。
「いかん! 伏せろ!」
直後―――爆圧が夜十字を殴り倒した。
これを皮切りとし、連続的な爆発音が続く。
ようやく辺りが静まったのを確認して、夜十字はヨロヨロと立ち上がる。
危険を察知したAIが自動的に作動したらしい。全身が痛みに悲鳴を上げているが、四肢は繋がっているようだ。
(「後でさやか嬢に治療を施して貰う必要はあるだろうが‥‥‥」)
息を吸うと、生体噴進弾独特の臭気が鼻孔を突く。
周囲の景色は変貌を遂げていた。土嚢からは土が零れ、コンクリートには亀裂が走っている。
先程まで話していた古参兵の姿は無く、肉片と装備の一部が散乱していた。
しかし迫る脅威は、記憶と現実をすり合わせる時間さえも与えてはくれないようだ。
各所から響く機銃の大合唱。
崩れた土嚢に駆け上がると、陣地へ進攻するキメラ群が見えた。
夜十字は近くの銃座に飛び込むと、手首だけ残して吹き飛ばされた射手に代わり、重機関銃に取り付いた。
●
「オーグラ6。カトブレパス12を確認。噴進弾を発射するカトブレパスを囲う形で、オーグラが護衛についています。なかなか崩し難い陣容ですね」
木に背を預ける様にして身を隠す里見・さやか(
ga0153)は、軍用双眼鏡で敵を観察しつつ、同じく木々の中に身を隠すアレックス(
gb3735)、九条・運(
ga4694)に報告する。
陣内に生体噴進弾を撃ち込んだのは、陣地の南北に布陣したキメラ群であった。
キメラの遠距離砲撃に対して、傭兵達は休息中の第1班を除く、第2班と第3班を南北のキメラ群にぶつける決断を下した。
里見達の第2班が相手にするのは北側の敵群である。
「こういう陸戦、江田島の教務以来ですね」
里見は懐かしい記憶を語った。流石に広島では、雪と泥の混ざり合う状況は体験できなかったが‥‥‥
「思い出に浸ってる場合じゃないぜ。こっちの戦力が釘付けになっている間に、陣地を迂回突破されないとも限らない。そうなる前にさっさと片付けちまおう」
九条が自前の双眼鏡を覗きながら提案した。
アレックスにも異論は無かったが、付け加える様に彼は言う。
「多くの犠牲の上に成り立った勝利に、泥を塗るような真似は許さねぇッ!」
他の二人も思いは同じであった。
『これより支援砲撃が開始される。その場所を動くな。榴弾が降ってくるぞ』
防衛陣地からの通信だ。無線から響く声は良く知った男のものだった。
先の御返しとばかりに、重量20kgにも及ぶ重迫撃砲弾がキメラ群の頭上に降り注いだ。荒れ狂う鋼の暴風雨が過ぎ去ると、後には傷付いたキメラ群が残された。
「敵残余―――オーグラ3。カトブレパス7」
アレックスが先陣を切る形で、傭兵達は全身から体液を噴き出すキメラへ襲い掛かった。
アレックスは接近を拒むように発射される炎弾を回避し、オーグラの脚部をランスで貫いた。フェンシングの要領で関節部を狙う攻撃だ。竜の咆哮の効果によって、オーグラの巨体が吹き飛んだ。
アレックスは再度槍を構える。AU‐KVの装甲越しに敵の憎悪を感じる。
「図体がデカけりゃ良いってモンじゃないぜ!」
啖呵を切るアレックスに向かって、巨大な腕が振り下ろされた。硬い打撃音が響いて、受け止めたアレックスの足が積雪にめり込む。
里見はカトブレパスの生体噴進弾による爆発を切り抜けて、遠距離から超機械による攻撃を仕掛けた。鳥籠型の超機械から紫電が羽ばたき、キメラへ向かって飛翔する。電磁波で焼かれたカトブレパスの体表が勢い良く爆ぜた。
別のカトブレパスが怒りに任せて、里見に体当たりを仕掛る。
「させるかよ!」
九条が里見を庇う様に前へ出ると、刀でキメラの腹を切り裂いた。カトブレパスは突進の勢いを殺せぬ儘、地面に激突して動かなくなる。
傭兵達に気を取られているキメラの背中へ、何処からか発射された73mmブンカー・バスター・ロケットが突き刺さった。周囲に展開し終えたUPC軍からの支援砲火だ。
ロケット弾の射手を探すキメラに、今度は九条の小銃弾が突き刺さる。
その間にも、アレックスは3体目のオーグラを槍で貫いていた。
傭兵と現地軍の連携が見事に嵌った結果、キメラ群は程無くして壊滅した。
●波のように‥‥‥
翌朝未明。ダメージの残る第一線塹壕へ、ロック鳥の編隊による航空爆撃が開始された。
身の毛もよだつ絶叫を上げながら接近してくる飛行キメラを、猛烈な対空砲火のカーテンが迎え撃つ。
激戦の音を背に、朝まで歩哨をしていたアセットは、後ろ髪を引かれる思いで休憩用の退避塹壕へと入った。直ぐにでも支援に向かいたかったが、練力に限りのある能力者の身で消耗戦は避けたい所。ここは耐え忍ぶ場面である。
キャンプ用テントを部分的に張ったこの横穴は、塹壕内でも比較的後方に造られており、戦闘区画からも離れている。
中では既に綿貫とエリザが睡魔の虜となっていた。
何処でも寝られて直ぐに起きられるのはレンジャーの特技みたいなものと嘯くだけあって、綿貫の寝入りは特に早かった。
ローテーションに従い待機班から攻撃班へチェンジした狭間 久志(
ga9021)は、戦いに赴く前にアセットへ水筒を手渡した。中には熱い紅茶が入っている。
「身体、冷やさないようにね。後は任せてくれ」
そう言ってアセットの頭を撫ぜると、足早に退避壕から出て行った。
狭間が戦闘区画に到着した途端、上空から貫通光弾が降り注いだ。これを横っ飛びに回避する。土嚢に身体をぶつけながらも敵の姿を目で追う狭間が見たのは、頭上を通過するソウルイーターの胴が勢い良く爆ぜる瞬間であった。
「今のは能力者用の対物狙撃銃の発砲音か。だったら夜十字の仕業だろうな」
狭間は頭を軽く振って体を起こした。
積み上げられた土嚢の上に登り空を睨むラウラ・ブレイク(
gb1395)は、顔を直撃する熱波に目元を歪める。
巨大な火球が前方の空に発生していた。対空砲がロック鳥の腹を撃ち抜いた際、共生する自爆キメラに誘爆したのだ。
「汚い花火ね」
ラウラは悪態を吐きつつ、能力者用の武器としては破格の射程を誇る魔創の弓で、低空進入してきたマンイーターの眼球を撃ち抜いた。
ロック鳥の護衛を勤めるソウルイーターとマンイーターは、塹壕へ引っ切り無しに攻撃を仕掛けてきた。両キメラの攻撃は歩兵にとって脅威となる。接近を許すわけにはいかない相手だ。
各陣地からもロケット弾や虎の子の携行ミサイルが発射され、飛行キメラの群れが空中で死のダンスを踊る。
ラウラの隣に並び、拳銃による支援射撃を始めた狭間が話しかけてきた。
「この規模の敵戦力に対してKV無しとは、やれやれ‥‥‥」
「ホント、復帰後のリハビリにしては少しハードだったかしら? 戦闘機より大きい蜂なんて、恐怖を通り越して笑うしかないわよね」
同じく小銃で飛行キメラを牽制する二条 更紗(
gb1862)が会話に混ざる。
「上も下もすごい数の敵のようですね。長丁場になりそうです。錬力が切れたら非覚醒で殴り合いですか、ゾッとします」
二条の言葉通り、攻撃は空からだけではなかった。飛行キメラの攻勢に呼応して、地上のキメラも陣地へ進攻を開始していた。とは言え、此方は前線陣地の火力と地雷原、高圧電流が流れる鉄条網に進路を阻まれて立ち往生している。
この分なら、小回りの利く飛行キメラさえ防ぎ切れば優位も保てよう。
その筈だった。
しかし彼方の空から陣地へと突き刺さった無数の光線によって、形勢は一気に逆転する。
全長50mに達する超大型飛行キメラ―――ドラゴンノートが6体。密集陣形を組み、長射程から生体光線を撃ち込んできた。
各機関砲陣地も反撃するが、倍する攻撃を返されては堪らない。攻撃を受け止めるコンクリートも長くは耐えられないだろう。
「後方の陣地と合流する。機銃を解体しろ!」
中隊長の号令を受けた兵達が素早く撤退準備に入った。
防衛部隊の動きに呼応して、狭間も仲間に指示を飛ばす。
「ラウラさん、急いで待機班を無線で呼び出して下さい! 休息中の三人にも連絡を!」
人類側の火線が弱まるや、オーグラが地雷原を突破し、巨大な拳で鉄条網を粉砕した。その隙間から多数のベイウルフが陣地内部に浸透。逃げ遅れた兵に殺到した。
バグア軍兵器のFFに、一般兵の近接武器は通用しない。
塹壕の至る所で絶望的な白兵戦が発生する。
塹壕を抜け出した兵の背中にも、光線と小型キメラの魔手が迫った。稜線陣地から発射させた煙幕弾が、敵の視界を塞ぎ兵の撤退を支援する。
そうした動きと逆行して、サイドカー付きのバイクが次々と塹壕を飛び出し、生体光線の雨の中を突貫して行く。
「あのバイク兵の人達は一体‥‥‥」
二条が兵の背中に取り付いたパンテラを剣で串刺しにしながら尋ねると、軽機関銃を撃つ兵が説明してくれた。
「対飛行キメラの専門家だ。デカブツの腹の下に潜り込んで、携行ミサイルを叩き込むのさ。俺達が後方へ下がれば、キメラも前進して距離を詰めてくる。そこが狙い目よ!」
傭兵達は転がるように第二線陣地に潜り込むと、すぐさま攻撃を再開した。
そうして一時間ほど過ぎた頃、遠方の空に爆発音が響いた。空中を遊弋するドラゴンノートが、腹から火を噴いて次々と墜落していく。これこそ、バイク兵達が刻んだ戦果であった。
生体光線が止むと、頃合を見計らって中隊長が新たな命令を下す。
「よし、陣地を奪還するぞ!」
号令の元、軽機関銃、擲弾発射機、タンデム弾を装填した散弾銃を構えた歩兵が、火炎放射器を背負う工兵より先行して突撃を開始する。
傭兵達も率先して突撃に加わった。
塹壕を越えてきたオーグラに、アレックスとエリザが白兵戦を仕掛けた。
二条は盾を構え、兵とキメラの死骸を踏み越えながら放棄したばかりの塹壕に飛び込むと、内部に入り込んだ小型キメラを片っ端から刺突して廻る。
ふと顔を上げると。五条が上から壕内にSMGの銃弾をばら撒き、里見が負傷した兵に治療を施す様が見えた。
視界一面に血肉と硝煙が溢れている。塹壕内は死の臭いに満ちていた。
刀でパンテラを切り伏せながら駆けつけた狭間が、戦場の音に負けぬ大声で伝令を述べる。
「戦場観測隊から報告がありました。主力群の大半が壊滅した段階で、敵は退却を開始した模様。戦闘は収束へ向かうものと思われます」
喜ぶべき報告だった。だが安堵するにはまだ早い。戦場後方に敵陸上戦艦が存在する限り第二波、第三波の戦力投入が実行される事は確実であった。
ロシア西部戦線は、未だ予断を許さぬ状況に置かれている。