タイトル:東方急行マスター:一本坂絆

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/30 04:22

●オープニング本文


 オリエントエクスプレス。
 それはかつて欧州と中東を結ぶ役割を担った豪華寝台列車の呼び名である。
 一度は栄華を誇った長距離輸送列車ではあるが、航空機による大量輸送時代の到来により凋落の運命を辿る事になる。現在同じ役割を担っているのは一部の路線が運行する特別便のみ。他にも国際寝台列車は存在するが、どれも運行距離が短く、どちらかと言えば庶民向けの内容だった。
 しかし運命とは皮肉なもの。対バグア戦争の勃発を契機とし、国際寝台列車は再び脚光を浴びる事になる。危険の度合いが高まった空路や海路ではなく、安全が確保されている陸路を望む旅行客が急増したのだ。
 理由がどうであれ、ニーズが有れば自ずと供給は行き届くもの。乗客の声に応える形で、豪華寝台列車というジャンルは再び黎明期を迎えつつあった。


「お嬢様、失礼します」
 ドア越しに声をかけ、室内から了承の声を得て入室を果たす。
 隔たりを越えると、列車の最後尾車輌を丸々一つ用いた豪奢な部屋が視界に広がる。しかし室内へと足を踏み入れた男の出で立ちは、少々場違いなものだった。
 執事という職務に生涯を捧げるウィリアムであったが、いま彼の身を包んでいるのは無骨な野戦服だ。そして彼の主たる少女はと言えば、鏡の前に座り蜜色の髪を侍女に櫛で梳かせている。
「準備は万端かしら。久しぶりに人前に出るのだから、粗相だけはしたくないわ」
 鏡越しに少女―――オーフェリア・L・C・アークライトが尋ねた。
「報告致します。ランデブーポイントへの到着予定時刻は二○三四時。各員ならびに客人方は、既に持ち場に就いております」
「それは重畳。折角の列車の旅だもの。この機会を捨て置くのは余りに勿体無いわ。最近は活動らしい活動もしていないしね」
 長らく続いた潜伏生活からの開放感からか、オーフェリアの声は弾んで聞こえる。だがウィリアムは主の注意を喚起するべく、敢えて水を注す言葉を舌に載せた。
「致し方ありません。無法地帯とはいえ、イタリアであれだけの騒ぎを起こしたのですから。こちらの素性が漏れた以上はより慎重な行動が必要です」
「あら、それは遠回しに主人を非難しているのかしら?」
 オーフェリアが冗談めかした口調で返した。
 『キャラバン』との商談においてULTの傭兵による襲撃を受けたアークライト一派は、長らく暗中での逃亡劇を余儀なくされた。彼女等を追う警兵隊が優秀だという事実も有ったが、オーフェリアが傭兵に対して堂々と本名を名乗った事が状況に拍車をかけていた。
 しかし当の本人に悪びれた様子は無い。元より名を隠す事に頓着しない少女である。今まで素性が割れていなかったのは奇跡であろう。
 ともあれイタリアから脱出した一派は、スロベニア、セルビアを経由してトルコのイスタンブールへ向かう線路上を進んでいた。
 髪を梳いていた侍女が、櫛を持つ手を止めて主人に語りかける。
「非難などとんでもない。私ども従僕は一人残らずお嬢様に心酔しております。それは執事兼護衛役筆頭であるウィリアム・バート様とて同じこと。此度の計画が如何に困難を極めるものであろうとも、お嬢様がお望みとあらば私ども僕は飛蝗の戦士にも引け劣らぬ妙技を披露して御覧に入れますわ」
「そう、ありがとう」
 自信と共に語る侍女に、アークライトは微笑を浮かべて見せた。


 仮眠を取っていた男は列車全体を襲った強烈な揺れに叩き起こされた。
 まるで何かが追突したようだ。
 車輌が浮き上がる程の衝撃に脱線事故という最悪の想像が脳裏を過ぎるも、動輪が線路の連結部を叩くリズミカルな音が男の考えを否定する。どうやら列車は走行を続けているようだ。代わりに後方の車輌から布を切り裂くような悲鳴と叫声、銃撃音が響いてきた。
 傭兵であり国際寝台列車の警護を請け負っている男は、状況を確認するため急いで窓を開けて外を見る。
 その視界に飛び込んできたのは、信じ難い光景であった。
 なんと三両編成の装甲列車が先頭部分を寝台列車の最後尾にめり込ませ、強引に走行しているではないか。
「馬鹿な! あんなものをどうやって線路内に進入させたんだ!」
 国際列車の線路は大型貨物車両も運行される交通の動脈。線路周辺には軍の精鋭部隊が配置され、鉄道警備隊と警兵隊の監視網にも力瘤が入れられている。故に列車の警護と言っても、軍の監視網を掻い潜って浸透した小型キメラの相手をするだけという簡単な仕事。その筈だった。それなのに、それだと言うのに!
 ハイジャックという想定を上回る異常事態に、男の思考はパニックに陥った。
 とにかく仲間と連絡を取らねば。
 無線を取り出そうとした男の顔が、突如黒い影によって鷲掴みにされる。車外から伸びた腕が、男の身体を強引に窓から引きずり出して投げ捨てた。
 尾を引いて消え行く悲鳴に気を留めず、事の下手人は窓の淵を蹴って器用に列車の屋根に上がった。
「■■■■■■■■■■■■■■―――!!!」
 仁王立ちとなったどす黒い西洋甲冑が夜の闇に咆哮する。
 食堂車の窓を突き破って飛び込んできた女が刀を一振りすると、唖然とした表情の老人の首が宙を舞った。乗客が驚きで凝固している間にも、続けて二人の少女が窓から侵入を果たした。
 女達は三者三様のゴシック風衣装に身を包んでいる。マルチアーノ三姉妹だ。
 騒ぎを聞きつけた傭兵が前後のドアから食堂車へ突入するが、一人は次女フォルゴーレの軽機銃によって身体を引き裂かれ、もう一人は三女ヴェルトロの携行用無反動砲で上半身を吹き飛ばされた。
 ここに至ってようやく悲鳴を上げる乗客に向い、殺人姉妹の長女サエッタは唇を笑みの形に歪めてこう告げる。
「乗客を皆殺しにして列車に爆弾を仕掛け、イスタンブール駅に突っ込ませる。勿論、私達は爆弾が作動する前に脱出しますわ。これが今回の計画。ですので乗客の皆様には申し訳ありませんけれど、老若男女差別無く、端から端まで撫で斬る様に、ぶっ殺して差し上げますわ」


●暴走列車
 トルコ人の警兵隊隊長は幾分かの困惑を滲ませながら説明を始めた。
「ベオグラード発、イスタンブール着の国際寝台列車が何者かに乗っ取られた。列車の自動停止装置も外部からの信号を受け付けない状態だ。犯行声明は無し。犯人グループの詳細は不明だが、幾人かの能力者が混じっているらしい。そこで君達の出番だ。輸送ヘリで列車に乗り込み、犯人グループを制圧。この停止信号の受信機を運転席に設置して貰いたい。装置の操作自体は身体にAIを搭載している傭兵諸氏ならば問題なく行えると思う。念の為に後ほどレクチャーも行おう」
 そこまで言ったところで、警兵隊長は複雑な胸中を吐露した。
「列車の乗っ取りはハイジャックの中でも特にリスキーな手法だ。それだというのに、これだけの暴挙に出た犯人とは、余程の豪胆さを備えた人物か、或いはただの阿呆なのか‥‥‥」

●参加者一覧

里見・さやか(ga0153
19歳・♀・ST
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
皇 千糸(ga0843
20歳・♀・JG
沢辺 朋宏(ga4488
21歳・♂・GP
ブレイズ・S・イーグル(ga7498
27歳・♂・AA
蛇穴・シュウ(ga8426
20歳・♀・DF
秋月 九蔵(gb1711
19歳・♂・JG
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG

●リプレイ本文

 テロリスト達に占拠され、イスタンブール駅目指して驀進する豪華寝台列車を空から追う様に、8人の傭兵達が分乗するUPC軍の輸送ヘリ2機が飛行を続けていた。

 先行する1番機の中では、
「豪胆なのか阿保なのか‥‥或いは両方なのかも。このご時世にテロい事やる連中なんて大概そうです」
 A班所属の蛇穴・シュウ(ga8426)が呆れたようにぼやいていた。
「案外、儲かるのかなあ。聞いてみようかな?」
「列車をジャックとはね。豪胆だこと‥‥しかも強化人間ではなく能力者による犯罪か。どこぞの黒ゴスシスターズを思い出すわね」
 能力者の直感とでもいうべきか。今回の犯人の手口に、皇 千糸(ga0843)はどことなく既視感を覚えていた。
「列車ジャックをシバき倒す‥‥燃えるシチュエーションだな」
 沢辺 朋宏(ga4488)が片方の拳を掌に叩きつけて気合いを入れれば、対照的にブレイズ・S・イーグル(ga7498)は面倒臭そうに舌打ちしながら大剣コンユンクシオの鞘を傍らに引き寄せた。

「ふむ‥‥解せませんね」
 同じ頃、2番機に搭乗するB班所属・鳴神 伊織(ga0421)は首を傾げた。
「ここで列車ジャックを行う利点が見当たらないのですが‥‥何か他の目的があるのでしょうか‥‥?」
 まあ犯人が親バグア派組織なら、単に「大事故を起こして1人でも多くの人間を殺す」だけでも立派な動機になるのかもしれないが。
「やれやれ、随分とまた派手なことになったものだ。まァ稼ぎは稼ぎ、仕事に移るとしようか」
 同乗するミスティ・K・ブランド(gb2310)が軽く肩をすくめる。
「民間人を巻き込んで‥‥。絶対に、許せません! あなたたちテロリストの思いどおりになんて、させない‥‥っ」
 元海上自衛官の里見・さやか(ga0153)は犯人達の非道に憤っていた。
 一方、秋月 九蔵(gb1711)は「親バグア組織ねえ‥‥」と呟いたきり言葉少なに装備のチェックを行っていた。
(「まぁ良いさ、もう人間は殺してしまってる。今回も同じだ、難しく考える必要は無い」)
 問題は犯人グループに能力者が混じっている点だが、既に対能力者戦は経験済みなので、九蔵もさほどの不安はなかった。

 犯人制圧や乗客(生きていればだが)の救出もさることながら、今回の最優先任務は「イスタンブール駅に突入して大惨事が起きる前に列車を止める」こと。そのためA・B両班とも運転席に設置する停止信号受信装置を警兵隊から預かり、設置方法も事前にレクチャーを受けている。
「列車を突っ込ませるだけではテロとして弱いのではないでしょうか?」
 沿線に爆弾処理班の待機を要請したのはシュウだった。
 敵の目的が寝台列車もろともイスタンブール駅を破壊することなら、当然列車内の各所に爆薬が仕掛けられている可能性は高い。
 とはいえ、限られた時間内で何処に、いくつ仕掛けられているかも判らぬ爆弾全てを解体するなど、それこそ専門の爆弾処理班にさえ不可能だろう。
 そのためUPC軍と警兵隊は沿線住民の避難を優先、列車についてはイスタンブール手前で停止させた後に救護班が生存者(いればだが)を連れて速やかに退避――との決断を下した。
 まさに時間との勝負だ。

 大地を這う龍のごとく、轟音を上げて夜の鉄路を爆走する豪華寝台特急。その最後尾には、犯人グループが強引にめり込ませた装甲機関車も続いている。
「あの装甲機関車はどうします? 犯人グループのリーダーが乗っている可能性もありますが」
 伊織の質問に、無線を通してUPC軍指揮官の返信が入った。
『とりあえず無視して良い。もし列車から離れて逃亡するようなら、我々が追跡する』

 2機のヘリは列車に合わせて速度を落し、同時に高度も下げ始めた。
 ミッションそのものはごく単純だ。ヘリからロープで列車の屋根に飛び移り、車内へ侵入。生存者の有無を確認しつつ先頭車両の運転席を目指し、発信装置を取り付けて列車を停止させる。
 問題は車内の障害物――一部能力者を含むという犯人グループの存在であるが。
 いよいよヘリが列車上空に迫ったとき、車両の屋根に人影が見えた。
 あまりにも場違いなゴスロリ風ドレスが風圧にはためく。
 間違いない。マルチアーノ三姉妹の三女、ヴェルトロだ。
「また逢えるなんて運命感じちゃうじゃないの」
 千糸は思わず苦笑した。
 あの三姉妹がいるということは、犯行の首謀者は悪名高い親バグア派の大物、オーフェリア・L・C・アークライトであろう。
 ヴェルトロは片膝をつき、大胆にも無反動砲をヘリに向けて発射してきた。
 幸いわずかに狙いが逸れ、噴煙の尾を引く弾頭はヘリをかすめて遙か彼方の地上で爆発した。
 傭兵達がヘリから銃撃を加えると、彼女はドレスの裾を翻し開け放った窓から車内へと姿を消した。
 まず一番機のヘリからワイヤー弾が発射され、楔状になった先端部が車両中央付近の屋根へと食い込む。メトロニウム製の高張力ワイヤーがヘリと列車の間に張り渡され、鉤状の金具を握り締めた傭兵達が次々とワイヤー伝いに列車の屋根へ乗り移っていく。
 A班4名で最後に乗り移ったシュウが手を振って合図すると、ヘリはワイヤーを切り離して素早く列車上空から離脱。
 千糸が手近の窓から閃光手榴弾を投げ込んだ。
 激しい閃光、爆音と共に屋根が震える。
「いらっしゃいませ、お客様ってな!」
 ブレイズを先頭に車内へと突入していくA班。
 続いて2番機のヘリから同様にしてB班4名が乗り移る。
「まさか、立入検査隊の真似事をすることになるなんて」
 ワイヤー伝いに滑り降りながら、思わず呟くさやか。
「私、この依頼終わったら立検課程受けるんだ‥‥」
 残念ながら、彼女は既に海自を退職済みなので受けられないが。
 車内から先頭車両の運転席を目指すA班に対し、屋根伝いに先頭へ移動するのがB班のルートだ。
 各々覚醒し、足を滑らせないよう慎重に前進する傭兵達の前に、ぬっと黒い影が立ちはだかった。
 西洋甲冑を思わせるどす黒いアーマーに全身を覆った、正体不明の能力者。
 ――「アンデッド」シノギ。
「やはり、現れましたね‥‥」
 伊織は鬼蛍の鞘を払い、仲間達と共に身構えた。
 できれば足場の悪い屋根上での戦闘は避けたかったが、向こうから妨害してくる以上、そうもいくまい。

「ひどいな‥‥」
 車両内に侵入した朋宏は、目の前の有様に言葉を失った。
 サロンと思しき瀟洒な旅客列車の中は、もはやその面影さえない地獄のごとき惨状を呈していた。
 床といわず壁といわず飛び散る血痕。
 老若男女を問わず、ある者は銃弾で、またあるものは刃物で惨殺された乗客や乗務員たちの遺体。
「生存者は‥‥捜すまでもないですね」
 予想された事態とはいえ、あまりの光景を前にシュウがため息をもらす。
 犯人グループたちに「生き残りの乗客を人質に取る」などという発想がないことは明白だった。
 傭兵達が惨劇に憤る暇も与えず、前方の車両から黒い野戦服の男達がサブマシンガンを構えて近づいてきた。
「選べ‥‥道をあけるかくたばるか」
 ブレイズへの返答とばかり、マズルフラッシュが閃き銃撃が浴びせかけられる。
「オラオラ、どきやがれ! どかねーとぶった斬る!」
 通常兵器の銃弾などものともせず、大剣を振りかざしたブレイズが突進した。
 小銃S−01を構えたシュウ、ロエティシアを装備した朋宏がその後に続く。
「あんた達も邪魔よ!」
 後方の車両から銃撃を加えてきた犯人グループに対して、千糸の小銃S−01が火を噴いた。

「ハン、思想家どもめ、自分の好きに生きれて羨ましい限りだよ」
 九蔵の手にしたP−38が火を噴き、練力を込めた銃弾が黒い甲冑に命中し火花を散らした。
「‥‥」
 果たして効いているのか、いないのか?
 シノギは無言のまま、鎖に繋がれた分銅状の武器を振り回し、傭兵達に向けて投げつけてきた。
 命中すればもちろん、上手く避けても足を滑らせ転落したらそれまでだ。いや、むしろ後者の方が狙いなのかもしれない。
「この列車を止めるために‥‥また力を貸して、スパークマシンっ!」
 さやかのスパークマシンβから光条が迸り、錬成弱体がシノギの防御を下げる。
 一瞬戸惑うように立ち止まった甲冑の男は、再び分銅を振り回しつつゆっくりと歩き始めた。
 夜の闇に半ば溶け込んだようなその姿は、もはや思想などとは縁のない、純粋な殺意が具現化した怪物のようだ。
 風を切り飛んできたSES武器の分銅を、プロテクトシールドを掲げたミスティが受け止めた。
「今日は私が戦車役だ。そうそう抜かせてはやれんね」
 AU−KVバハムートを身にまとい、さらに盾を構えたドラグーンの防御力は伊達ではないのだ。
 ミスティは反撃とばかり竜の翼で間合いを詰め、甲冑の男に竜の咆吼を浴びせた。
 この攻撃に、シノギの体勢が大きく崩れた。
 その一瞬を伊織は見逃さない。
「灼雷――閃」
 豪力発現&スマッシュ&紅蓮衝撃を同時発動、鬼蛍の刃に全てを込めた剛剣の一撃!
 鈍い音を立て、シノギの甲冑に亀裂が走った。
 言葉にならぬ苦痛の呻きをもらしたかと思うや、その巨体は列車の屋根から転げ落ち、そのまま夜の闇へと消えていった。
 これで奴を仕留めたかどうかは判らないが、ともあれ今は列車を停めるのが先決だ。
 B班4名は他の伏兵やスナイパーの存在を警戒しつつ、先頭車両を目指して進み始めた。

 ブレイズのコンユンクシオ、朋宏のロエティシアが振るわれる度、所詮は一般人に過ぎないテロリスト達はでく人形のごとくなぎ倒されていく。
 シュウはまだ息のある兵士の1人を捕らえ、生存者の有無、また列車に爆弾を仕掛けたかどうかを詰問した。
「生存者? うへへ‥‥皆殺しにしてやったぜぇ‥‥爆弾? さあてねぇ? 全てはアークライト様の――」
「お答えありがとうございます」
 全てを聞き終えぬうち、シュウは両手両足を撃ち抜き男を黙らせる。
 ブザマに制圧され、列車の床に転がる男達の向こうから、ゴスロリドレスをまとった3人の女が現れた。
「見つけたぜ‥‥マルチアァァァァノォ!」
「出たな変態姉妹ども! 一緒に踊ってやるから、その胸揉ませろってんだ!」
 ブレイズとシュウが口々に叫ぶ。
 長女サエッタ、次女フォルゴーレが左右に分かれたかと見るや、背後にいた三女のヴェルトロが例の無反動砲を発射してきた。
 咄嗟に回避した傭兵達の間を擦り抜けた砲弾が遙か後方の車両で爆発し、真っ二つに避けた後部車両が離れていく。
 どうやら加減というものを知らないらしい。
 ただしこれはフェイントだった。無反動砲の噴煙に紛れるようにして斬り込んできたサエッタの刀を、ブレイズの大剣が甲高い音を立て受け止めた。
 次いでフォルゴーレがサブマシンガンを腰だめに構え乱射してくる。
 こちらは専ら千糸が相手となる。
「今度は貴女がお相手してくれるの? ふふ、私ってば愛され上手!」
 近接戦タイプのサエッタを朋宏とシュウが相手にし、じりじりと後退するふりを装い他の姉妹と徐々に分断していく。
 無反動砲の2発目を撃とうとしたヴェルトロに対し、ソニックブームで射程を伸ばしたブレイズの斬撃が叩き込まれる。手にした重火器を弾きとばされ呆然とした三女に、ブレイズが駆け寄った。
「カーネイジ‥‥ファングッ! 砕けろぉ!!」
 紅蓮衝撃&スマッシュの二段撃!
 さらに下段から大きく斬り上げる!
 文字通り肉と骨の砕ける音。飛び散る血飛沫。
 一般人なら文字通り粉砕されているところだが、そこは能力者の驚異的な生命力で辛うじて耐え抜き、ヴェルトロは血の滴る傷口を押さえたまま窓を突き破って車外へと脱出した。
 三女の逃亡に一瞬気を取られた残りの姉妹に、傭兵達はそれぞれ攻撃のラッシュをかけた。
 千糸はエネルギーガンの照射でフォルゴーレの気を引き、足元へ影撃ちの銃弾をお見舞いする。
「さぁ、愛情たっぷりの鉛玉を召し上がれ!」
 シュウが蛍火で斬りつけ体勢を崩したサエッタに、疾風脚で朋宏が接近。
 カウンターで斬りつけてきた刃を紙一重で避け、逆に相手の刀の鍔にロエティシアの爪先を押し当て動きを封じ、顎へ掌底打ち。次いで腹へ前蹴り。
「――げふっ!」
 能力者とはいえ、FFを持たない哀しさ。内蔵の破れたサエッタが血反吐を吐く。
 それでも朋宏は攻撃の手を緩めない。
 蹴りで前のめりになった相手の頸椎に手刀を落としつつ、足を取って掬い首投げで顔面から床に叩き落とした。
 ぐしゃ! 鈍い音を立てサエッタの顔が床面にめり込む。
「ぱっと見いい女のように見えるだけに‥‥残念だ」
 とどめとばかり全体重をかけた踵落としを、サエッタは最後の力を振り絞って転がり間一髪で避けた。
 曲芸師のような器用さで跳ね起きるが、もはや抵抗するだけの力もない。刀を捨て、両手で顔を覆ったまま、やはり窓を破って逃走する。
 1人取り残されたフォルゴーレは動揺し、姉の後を追うように窓から飛び出した。
 その背中に千糸が狙撃眼で放った銃弾が命中し、女の姿は長い悲鳴を残して闇の奥へと消え去った。

 マルチアーノ三姉妹を退けたA班が改めて先頭車へと向かうと、前方から銃声が聞こえてくる。
 まだ敵がいたのか――と一瞬身構えるが、これは屋根から車内へ侵入したA班メンバーが犯人グループの残党を掃討している所だった。
「今ここで頭の風通しが良くなるのと、この思想家集団と手を切って、最愛の家族と仲良く過ごすのと、どちらが好ましい?」
 足を撃ち抜き制圧した兵士の1人に銃口を突きつけ、九蔵が問う。
「‥‥」
 無言で懐から手榴弾を取り出す男の頭を、九蔵は自爆する余裕すら与えず無造作に撃ち抜いた。
 もはや犯人グループも乗客もいなくなった車内を、合流した8名の傭兵達が先頭車両目指して急ぐ。
 ようやく目的の運転席にたどり着いた時、腕時計で時刻を確認した千糸が声を上げた。
「‥‥わーぉ、天国へのカウントダウンがラスト3分切ってるじゃないの」
 イスタンブール駅はもう眼と鼻の先だ。
 事前のレクチャー通り受信装置を取り付け、スイッチを入れる。
 キキキィ――!
 悲鳴のような甲高い音を上げ、寝台列車が停止したのは、駅のホームまであと十数mという瀬戸際であった。
 急いで車外に脱出した傭兵達の背後で、列車の各所に仕掛けられた爆弾が一斉に爆発する。
「‥‥やれやれだぜ」
 大きく息を吐き、ブレイズはどっかりとその場に座り込んだ。


 線路上に取り残された装甲列車を包囲したUPC軍部隊が突入した時、もはや車両の中はもぬけの殻だった。
 また沿線に敷かれた厳重な警戒網にも拘わらず、逃走したシノギとマルチアーノ三姉妹の足取りも不明。死体さえ発見されていない。
 UPCはアークライト一派を重罪犯として追い続けているが、未だにその行方は杳として知れないという。

<了>
(代筆:対馬正治)