●リプレイ本文
造船所のエントランスで傭兵達を出迎えたヘルべルト・ドレヴァンツ技術長の眉間には深い皺が刻まれていた。
それもそのはず、諸般の事情によりUB−XX「ゼーフント」級特殊潜航艇の開発が滞っている間に、競合機体と目されていたメルス・メス社のGF−M「アルバトロス」が先に発売されてしまったからである。
「テンタクルズより高性能、ビーストソウルより低価格」をウリに中堅水中用KVの市場を狙っていたドレヴァンツにしてみれば先手を取られてしまったわけだ。だからといって彼はクルメタル初の水中用KVの開発を諦めるつもりはなさそうだが。
所内の開発室に案内された傭兵達は、まずUB−XXの性能や特徴について配布された完成予想図を見ながら一通りの説明を受けた。
「‥‥デルフィン、でどうでしょう‥‥」
予想図をひと目みて早速愛称を付けているのは憐(
gb0172)。
「この子の大軍団が大海原の勢力図を塗り替えるのなら、憐も一匹欲しいかも‥‥」
早くも量産されたUB−XXが大規模作戦で活躍する光景を思い描いているらしい。
対照的に、エリク=ユスト=エンク(
ga1072)は少し難しい顔で、渡された機体性能の資料に無言で目を通していた。
開発コンセプトや機体性能の概要を聞き終えた傭兵達は、意見交換会に先立ちヴァーチャル・シミュレーターで同機の操縦と戦闘を疑似体験することになった。
「【アクアリウム】所属、ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)。海が賑やかになるのは歓迎。よろしく頼むぜ」
大規模作戦では水中戦を得意とする小隊に所属する陽気な青年が、所員達にサムズアップしながらシミュレーター・ブースへと乗り込んでいく。
「憐ちゃーん、一緒にシミュレーター乗ろ? ヴァレスさんもどうです?」
ヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)は友人の憐やヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)に声をかけた。
中にはルーイ(
gb4716)のように水中戦の経験はないものの、水中用KVへの興味から参加したものもいる。
「防御性能と生存性、可能ならば単機で統合火器管制システムを何回程度使えるものなのか確認したいものですね」
こうして7名の傭兵がポッドの中へ入ったが、エリクのみは
「いや、俺は遠慮しておこう。水中戦未経験だしな」
と、外部モニターからの見学を希望した。
仮想敵は7体の量産型メガロ・ワーム。これには過去の戦闘報告を元に割り出した、最も標準的と推測される性能データが設定されている。
対する傭兵側のUB−XXはガウスガン×1、重魚雷×2を装備。
新居・やすかず(
ga1891)の希望により、単機戦闘、及び集団戦をそれぞれ10分ずつシミュレートすることになった。
「うーん、空とはやはり違うのね。動きが重い‥‥」
ヴェロニクは水中で人型変形し様々な動きを試して見たが、やはり陸上で動く様には行かない。
「それにしても、折角人型に変形出来るのに、格闘武器装備して無いんですか?」
モデル兵装に疑問を呈するヴェロニクだが、これがクルメタル側のテスト条件なのだから仕方がない。
そうこうするうちにアラート音が鳴り、まず1対1の単機戦闘が開始された。
各々のシミュレーター・ブースの中でメガロと相対した傭兵達は、まずその機動力に手を焼いた。通常時のスピードではまず勝負にならない。遠距離から放った重魚雷は2発ともかわされ、FFを展開し突進してきたメガロの体当たりを許してしまう。
「にゃーーーっ! 食らうにゃ鉄拳っ!!」
近接兵器のないもどかしさに業を煮やした憐は、思わず人型変形してアームで殴りつける。残念ながらFFに防御され、さしたる効果はなかったが。
「図体の割にチョコマカすばしこい奴だな!」
ジュエルはブーストでいったん距離を取り、機体特殊性能の統合火器管制システムを起動させガウスガンによる中距離攻撃を図った。
アーク・ウイング(
gb4432)もまた特殊性能のテストも兼ね、突撃を繰り返すメガロから間合いをとりつつガウスガンを撃ち込む。その際もう1つの特殊性能、状況適合型航行システムを起動、航行形態でブーストをかけることによりメガロの移動力に対抗できることが判った。
徐々にコツを掴んできた傭兵側は勢いを盛り返し、時間内にメガロ全機を撃破。UB−XXの損傷率は、個人差はあるがだいたい50%前後という結果に終わった。
ルーイが数えたところ、統合火器管制システムの使用は3回だった。ブーストに消費しなければあと1回くらいは使えたかもしれない。
引き続いて行われた7対7の集団戦では、同機最大の特徴ともいうべき統合火器管制システムが効果を発揮した。単機の場合は1回の使用に練力60を消費するのに比べ、半径1Km以内に他のUB−XX2機以上存在する場合、消費練力を半分の30に抑えられる。つまりずっと効率的な水中戦闘が可能となるわけだ。
その恩恵で、単機戦闘時に比べ遙かに早い時間、少ない被害で7機のUB−XXは同数のメガロを駆逐することができた。
近接武器がないため人型形態時の性能が充分確かめられなかった嫌いはあるが、とりあえずデータ上はメガロ・ワームに充分対抗できる性能を証明し、シミュレーター・テストは無事終わった。
30分の休憩時間を挟み、傭兵達は所内の会議室へと移動した。バーチャル戦闘の結果も踏まえ、ドレヴァンツを始めとするクルメタル側技術陣とUB−XXについての意見交換を行うためである。
会議の冒頭、ヴァレスは傭兵同士で話し合った内容を技術者達に発表した。
「まずは、みんなで出し合って纏まった意見を伝えるよ? 各自、個人的に他にも言いたい事があると思うけど基本的な纏めと思ってほしい」
○価格(120万〜150万C)については異論なし。
○統合火器管制システムは「数が増えると消費が減る」ではなく「数が増えると効果が上がる」の方が良い。
○統合火器管制システムを確実に使えるかどうかシミュレートした方が良い。
○人型形態での運用が不安。
○集団戦前提だからといっても、このままじゃ売れにくい。
○抵抗を上げてほしい。
○電子戦機にできないか?
○状況適応型航行システム案
その1:単独の練力使用(30くらい)スキルにして、ブーストとも併用可能。
その2:加えて超電導で人型形態でのブーストで1行動後移動力1での追加行動を得る。
その3:水中戦闘時、10分間の消費錬力を増やすことで、戦闘機形態での移動力にプラス修正。オンオフ可能。
ヴァレス自身は水中戦未経験者だが、空と比べてどの程度動けるのか、どの程度無理が効くのか、そして統合火器管制システムがどの程度役に立つのか、もう少しシミュレーションに時間をかけてみたかった。
(「シュテ乗りとしてクルメタルには期待してるけど、同時にビーストソウルと並ぶ程度の価格と性能のものを作ったほうがいいのが出来るんじゃないかな?」)
ふとそんな考えが頭を過ぎったりもする。
何しろ同価格帯の新型水中用KVとして「アルバトロス」が発売されたばかりだ。
スペック上の性能は全般的にUB−XXの方が優れているようだが、その分価格の高騰を抑えられるか、また150万Cを超えた場合、やはりBSに見劣りしてしまうのではないかと不安は拭えない。
「‥‥このままでは売れん‥‥」
あえて仮想戦闘に参加せず、外部からモニターしていたエリクが呟いた。
「UB−XXは使い続けられる移動特化KVに仕上げる必要があるのではないか?」
そのため、エリクは回避は下げてもいいから生命と移動を上げるべきと主張した。
「生命は低いと敬遠されるし、防御重視ならば回避は不要。移動はこのままだとブースト時の移動力が小さいからな」
機体特殊性能について、彼自身は統合火器管制システムをオミットしてその分を能力値の増加に回すこと、逆に状況適応型航行システムは同機体の「目玉」として強化するべきという考えを述べた。
「具体的には‥‥燃料電池機構の数を倍にし、ブースト時の強化と非ブースト時の単体で移動力強化、両方出来るようにすること。そして、ブースト使用時は合計移動力を10以上にしたい」
超伝導技術の導入により航行システムの強化を提案したのもエリクだった。
「名前は‥‥『シール』がいいな」
「ギミックは面白いけど、効果が一瞬だと使いどころが難しいねえ」
仮想戦闘を体験したジュエルが、統合火器管制システムについて所感を述べた。
「攻撃を下げてもいいから、命中はそのまま1ターン持続できるよう改良に期待、だな」
状況適応型航行システムについては、
「ブーストがキーだと使用時間が極端に短く、移動か命中の上昇が無駄になりやすいな。個別の移動スキルの方が望ましいんじゃないか?」
価格については、ヴァレスとは逆に130万C以下に抑えるべきとジュエルは考えていた。
「それ以上だとどうせならBSを買うまで我慢‥‥ってなりそうだぜ。あと装備は初期値300もあれば充分。知覚も削れるだけ削り、その分スキルや他能力に回していいな」
「‥‥回避と抵抗は逆にして欲しいかな」
控えめな口調で、やすかずが言った。
「防御重視の機体なら、回避より抵抗の方が優先順位高いんじゃないかと思いますので。あと、水中用武器は攻撃>命中という傾向があるので、命中を若干優先しても良いかもしれません」
やすかずは僅かに思案し、
「火器管制システムは、大規模作戦や正規軍向けですね。『火器』管制ということは、射撃武器でしか使えないのか? それとも、格闘武器にも適用されるのか? その辺りは、気になるところです」
ドレヴァンツからの返答はない。ただ腕組みして黙り込んでいるだけだ。
「数を揃えることが前提の機体みたいだから、通常依頼だと使い勝手が悪いかな? このままの性能だと、アーちゃんはあまり売れないと思うな」
呟くようにアークがいった。
「シュテルンの貸出権はかなり高額だけど、それでも大きなシェアを持っているのは、性能の高さによるところが大きいと思うから、いくら価格が抑えられていても性能が低ければ、傭兵にはあまり売れないと思うんだよね。だから、現状のコンセプトはコンセプトとして、バージョンアップ対応も整備しておいた方がいいと思うけど」
次にアークはクルメタルの技術陣に尋ねた。
「火器管制のために得た各種情報を他の機体に送ることで、他の機体の命中精度を高めることはできますか?」
「それについては‥‥社内で検討してみますので、暫くお時間を下さい」
むっつり沈黙したままの技師長に代わり、同席の技術者がおずおず返答する。
「通常依頼でUB−XXが3機揃うというのは少し考えにくい。機体の錬力にもよるが単機での使用を考えれば、今の消費錬力と修正値を減らして数が増えると効果が上がるとした方が実用的ではないかな?」
ルーイも傭兵使用KVという観点から指摘した。大規模作戦ならいざ知らず、通常依頼でUB−XXの乗り手ばかり集まるという保障はないのだ。
同特殊性能について「数が増えれば練力消費が減る」ではなく「効果が上がる」に変更した方がいい――という傭兵達の総論はこのあたりに由来する。
「例えば、消費錬力30で攻撃+50、命中+30の修正。一機増える毎に攻撃+25、命中+10づつ上昇という感じで‥‥上限は大量配備を目的とするなら、あえて設定しないのもありだと思う。現状では3機以上揃えるうまみがないが、これならば大規模作戦に大量配備する事で戦果を得られるのではないか?」
かくのごとく現状では改善論の強い統合火器管制システムだが、
「‥‥売れれば売れるほど‥‥この子は強くなるのです‥‥クルメタルさんも商売が上手です‥‥おぬしもわるよのう‥‥」
淡々とした口調で述べながら、うんうん頷く憐のような者もいる。
「ただ単機運用では効率が悪いので‥‥錬力消費を30位で固定し、範囲内の同型機の数によって威力と命中が上昇、の方が良いですね」
一例として初期値攻撃+50命中+20で、一隻につき攻撃+25命中+10、最大リンク自機+10機(攻撃+300命中+120)と言う案を憐は提唱した。
「バグアの水中要塞に放たれる、数十機のこの子の一斉雷撃‥‥憐も見たいです‥‥」
よほど同機を気に入ったのか、無表情ながらどこか夢見るような目つきで語る憐。
スペックや細かい特殊性能についての意見は仲間達に任せていたヴェロニクが、視点を変えてパイロットの生存性確保について注文をつけた。
「回避が低下している分の防御力増強‥‥対水中専用の防御兵装の開発とか。魚雷やミサイル防ぐ為の柔らかい盾みたいなの出来ませんかね?」
「空と違って海では軟着陸も落下傘も無理なのですよね‥‥脱出装置の方は大丈夫なのですか?」
憐もまた、ふと思い出したように尋ねた。
「ああ、それならご安心ください。現行の機体も含めて、水中用KVは非常時にはコクピットごと機体から離れて、海面へ浮上する仕組みになってますから」
クルメタル技術者が答える。
「航行システムは、高機動を売りの1つにするなら、もっと使いやすくして欲しいというのが正直な気持ちです」
やすかずが話題を航行システムの方に戻した。
「今のままでは、使用条件が限定的な上に回数使えませんから、柔軟性を増すとか汎用性を増すとかしたいものです。動力や推進装置を、通常航行時と戦闘機動時で切り替えることはできないでしょうか?」
会合も終りの刻限が近づいてきた。
「戦闘時の練力使用を重点におくってのは良いけど、現状だと敵を倒す前にガス欠になりそうだ。スキル自体は悪くないと思うんで、もうちょい柔軟にできれば。あと知覚を削ってる分、水中では変形の出番はなくていいと考えてる。人型時は気にしなくて良いから、潜水深度はもうちょい深くならないもんかね? MSIのダイバーフレーム必須、なんてのは勘弁だろ?」
と、ジュエル。
「戦闘機形態での高機動集団戦法を想定した機体という印象ですね。問題は能力の練力消費量が多いこと、状況適応型というには柔軟性に欠けるきらいがあることだと思います」
やすかずの私案はヴァレスがまとめた総論の方に盛り込まれている。
「推奨兵装についてだけど、非売品もしくは店売りでも、個数限定になるのは勘弁して欲しいなあ」
店売りでも限定商品はあっという間に売り切れてしまう最近の風潮を憂いつつ、アークが注文する。
「‥‥ぜひとも、頑張ってほしい」
最後に一言エールを送るエリク。
終始無言だったドレヴァンツはおもむろに席を立ち、
「本日は諸君の意見を聞けて実に有意義だった。また次の機会があれば、よろしく頼む」
それだけ言い残すと、部下の社員に傭兵達の見送りを命じ、自らはどこか重い足取りで薄暗い造船所の奥へと歩み去った。
<了>
(代筆:対馬正治)