●リプレイ本文
●津軽海峡上空
ラストホープから飛び立った8機のKVは、三沢基地での補給を済ませ津軽海峡へと向った。
戦域に到着するや、里見・さやか(
ga0153)は眼下の光景に息を呑む。
「これは、すごい‥‥」
海峡を越えようと押し寄せる敵の軍勢を、海上砲台と化した護衛艦隊が旺盛な砲火で迎え撃ち、敵に制空権を渡すまいと、戦闘機、戦闘ヘリ、武装ティルトローター機が艦隊上空を飛びまわっている。
上空まで砲撃音が聞こえてくるかのようだと、間 空海(
ga0178)は思った。
この防衛線が突破されれば、眼下を埋め尽くす敵の軍勢が本土へと上陸する事になる。それだけは阻止せねばならない。
「艦船つえー! つーか、火力だけならKVなんか話になんねえじゃん!」
戦況を見下ろし、ルクシーレ(
ga2830)がはしゃいだ声を上げる。
KVは高性能だが、かっこよさでは断然F−15だな。
ルクシーレは艦船を観察する一方で、航空機のフォルムにも目を奪われていた。
因みに、全長十数mで空を飛ぶKVと、全長数百mで海上に浮く艦船で火力に差が出るのは当然の事である。逆に、高い機動力を武器とする航空機に対し、陸上では運用困難な大火力を展開できるという事が、艦船にとっての大きな武器だと言えるだろう。
上空を飛ぶ8機のKVの無線に、艦船からの通信が入った。
「此方は護衛艦『天佑』艦長、木突だ。これより各機に艦隊の無線周波数を送る、チャンネルを合わせたまえ」
砂嵐に混じり聞こえてきたのは、まるで難解な数式に挑んでいるかのような、深く硬い声音だった。
ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)は無線の周波数を合わせると、早速声の主、木突と名乗った艦長へ通信を送る。
「こちらシーガルー。楽しそうなパーティ中の様だが、オレ達の『ごちそう』は残っているかい?」
「オードブルからデザートまで。好きなだけ食して行くと良い」
艦長は声音を崩す事無く、ジュエルの軽口に応える。
「Jem、シーガルーではなくシーガル、君の場合はシーガル5だよ」
通信に割って入った赤村 咲(
ga1042)は、ジュエルの発言に訂正を加えつつ、
「ヘルメットワームには極力此方のみで対処するよう努力するが、有効火力を搭載している艦には出来るだけワームの撃破に協力して貰いたい」
「私達が追い込み、そちらが仕留める。要はそう言う事と御理解下さい」
間が赤村の言葉を引き継ついで作戦を進言する。
艦長は一瞬の逡巡の後、
「各駆逐艦に支援射撃の要請を出そう。それと軽空母一隻も支援に回す。整備兵にはKV整備のマニュアルを送付済みだ、長期戦に備え、必要ならば補給を受けろ」
通信が終わると、能力者達は操縦桿を倒し、空域への降下を開始した。
●防衛線
緋霧 絢(
ga3668)は降下と同時にAIを覚醒させる―――目指すは戦線右翼。
海峡東側は西側よりも水深こそ深いが、わずかばかりだが距離が短い。敵航空戦力はキメラの渡海距離を少しでも縮めるつもりか、ここに戦力を集中させていた。
緋霧は上空から、海上を遊弋するヘルメットワームの中の一機に狙いを定める。
「シーガル8―――Crow。目標捕捉、確実に当てましょう」
「了解! ブービー、エンゲージ! Crowオレがあんたの二番機だ! あんたの背中、任された!」
緋霧に続いてルクシーレも降下を開始した。
ルクシーレは、ノリは軽いが今作戦における要点をしっかりと理解している。安心して背を任せられる。
緋霧はブレス・ノウを発動させると、降下しながら84mm8連装ロケット弾ランチャーを発射。8発の対地ロケット弾が、ヘルメットワームを頭上から殴りつける。
攻撃を受け、姿勢を崩しながらも緋霧機に狙いを定めるヘルメットワームを、ルクシーレが20mmバルカンで牽制。
流石に一度のアタックでは撃墜には至らないようだ。追撃を加える為、機首を返そうとした緋霧の視界に、降下しながら大量の短距離ミサイルを放つKVの姿が飛び込んでくる。
「ミサイルのてんこ盛り! 食らいなさい!」
高木・ヴィオラ(
ga0755)は緋霧機による打撃を受けたヘルメットワームに対し、アグレッシヴ・ファングを発動させ、H12ミサイルポッドから大量のミサイルを放つ。
「あったれぇー!!」
放たれた45発の短距離ミサイルが、細い雲の糸を引いてヘルメットワームを強襲―――上部装甲に次々と激突し、爆炎で空を彩る。
「ディオネ、私のミサイルがきれるまでは突出は控えてください」
高木機の後に続く里見からの通信―――要請。
「おいおい、横取りはよくねーぞ?」
ルクシーレ機からは茶化すような通信が入った。
「ごめんごめん。でも、私バグアって大嫌いなのよね。なんか得体が知れないし―――だから!」
「攻撃してくるなら倒すだけよ!」と高木は次なる獲物を求めて視線を走らせる。
「シーガル6、敵を貫く」
艦隊の火線と敵の間をすり抜けながら、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)はヘルメットワームに射撃を加えた。
目標補足―――降下を開始。レーザー砲の三点バースト。
単調だが、だからこそ気の抜けない作業。
ホアキンは元闘牛士と言う経歴の持ち主だった。マントの変わりに翻すのは巨大な銀翼。獲物を貫くのは3.2cm高分子レーザー砲だ。
ホアキンの射撃を受けたヘルメットワームに対し、エレメントを組む間がガドリング砲を撃ち込む。彼女の役割は先行するホアキンのサポート―――追撃と牽制射撃である。
2機は次なる獲物を求めて機首を返す。
「シーガル2よりシーガル6へ―――機体はまだ持ちますか?」
「飛行速度15%減といったところだな。敵の機動力が此方を圧倒している以上、無理はできん。手堅くいこう滋藤」
「流石は慣性制御装置といったところでしょうか‥‥乱戦に持ち込まれると部が悪いですね。Quena、あまり無理はしないように」
間は事務的にホアキンへ通信を返す。覚醒状態の間は、外見の変化こそ少ないが、口調が冷徹且つ事務的なものに変化している。
「了解―――と言いたい所だが、敵も待ってはくれないようだ!」
一機のヘルメットワームが砲火の間を文字通りすり抜け、二機に迫ってきた。
ホアキンは操縦桿を倒して機体を旋回させると、レーザー砲を撃った。しかし、敵機はまるで体軸をずらすかのような異常な軌道で、これを回避する。
「‥‥目標捕捉、照準固定。射撃開始します」
照準環に敵機を収めた間がトリガーを引くと同時に、スナイパーライフルが火を噴いた。ライフル弾が敵機装甲を削り取るが、決定打には至っていない。
二機の攻撃を凌ぎ、ビームの発射体制に入ったヘルメットワームが、突如として爆発する。
艦隊からの、対空ミサイルによる支援射撃だ。
炎を上げて落下するヘルメットワームを横目に、間とホアキンは操縦桿を引いて機体の上昇を開始した。
「これは中々いい連携だな‥‥」
赤村は射撃を終えた3.2cm高分子レーザー砲から、使用済みのカードリッジを排出しながら言った。
放電装置とアグレッシヴ・ファングを併用して赤村をサポートするジュエルが、通信をよこす。
「思った以上に楽だな。敵さんも流石に息切れかね?」
「そうでもないさ、Jem。シーガル2とシーガル6の方を見てみろ」
ジュエルは、間とホアキンの機体へと視線を向ける。射撃を終え、背を向けた二機に襲い掛かろうとするヘルメットワームの進路を、艦隊からの火線が阻んだ。
「俺達も同じだ。艦隊が上手く援護して、敵の追撃や連携を阻んでくれている」
KVの攻撃の間、艦隊の砲火が敵の連携を分断。敵がKVに喰らい付こうものなら、その腹に対空ミサイルが突き刺さる。これならば、ヘルメットワームが絶対的優位を占める格闘戦へと持ち込まずとも、艦隊の援護を受けながら一旦上空へと戻り、砲火に囚われている敵に再度上空から攻撃を仕掛けるという、一撃離脱戦法も可能だ。
「どうするBrave? このまま敵を狩るか、それとも一度上空へ戻るか‥‥」
ジュエルに言われ、赤村はしばし考え込んだが、直ぐに通信を返した。
「ヘルメットワーム相手に深追いは禁物だ。一旦上空へ上がって、戦線全体の動きを把握してから再度、降下攻撃をしよう」
エレメント単位で動くよりも、他のエレメントと共同で敵を狩った方がより確実だ。
二機のKVは敵をすり抜けながら、上空を目指して飛翔する。
●護衛艦隊
どうやら、護衛艦隊の指揮官は、自分達能力者を存分に扱き使うつもりらしい。
長期戦を睨んだ各KVは、必要に応じて交互に補給と損傷箇所の応急修理を受けていた。特に、大量に消費される燃料と弾薬の補給は必須である。
機体損傷率が40%を越えた緋霧機と、燃料を消費したジュエル機が軽空母の飛行甲板に向けて降下を開始する。
緋霧は損傷率が70%を越えるまで粘るつもりであったが、機体の修復は早い内に行った方が楽に済む、と言われそれに従う事にした。
それぞれの僚機が上空を警戒飛行する中、AIによる操縦補正を受けた二機のKVが、無事甲板に着艦を果す。機体が甲板脇に身を寄せると、燃料チューブを抱え、弾薬や予備パーツ等を乗せた台車を押す整備兵が猛然と駆け寄り、機体に張り付く。
「整備には20分程かかる。機体を降りて休め」
整備班長に促され、ジュエルと緋霧が機体を降りた。瞳が激しく動き回っている。神経が高ぶっているのだ。敵味方が入り乱れる中を飛び続けたのだから、当然である。
機体を降りた二人に、整備班長が小さな紙袋を差し出した。
「これは?」
首を傾げる緋霧に、班長はにやりと笑みを浮かべる。
「メロンパンだ。少しでいいから腹に入れておかんと、身体がもたねぇぞ」
「ありがてぇ」
ジュエルが笑みを浮かべて紙袋を受けとった。
「材料はプラント産だが、パンそのものは青森の市街で手に入れた手作り品だ。プラントの大量生産品とは味が違うぞ」
二人は整備の様子を遠目に見ながら、艦橋の外壁に背をつけて座り込んだ。パンを一欠け口に含むと、口の中に粗目砂糖の甘味が広がる。疲れが少し和らいだ気がした。
甲板から飛び立つKVに向かって帽子を振り、見送る整備兵に、緋霧は機体を空母上空で旋回して見せる。
「お待たせしました」
「腹も膨れた事だし、気合入れていくか」
そう決意を新たにした時―――無線からホアキンの緊迫した叫びが飛び込んできた。
「こちらシーガル6、敵に抜かれた! そちらに向かっているぞ!」
その通信が終わらぬ内に、ヘルメットワームの姿が視界に飛び込んでくる。
弾幕の中を猛進してきたヘルメットワームは、機体全体から火花を散らしながらもビームを発射。内一条の光線が空母の甲板を貫いた。衝撃で艦が傾き、甲板上にいた整備兵が海に落下する。ビームの余波を受け、火達磨になった整備兵が甲板上を転がりまわる。
その光景を眼下に見下ろす緋霧の脳の中心に、カッと火がついた。
「畜生! あいつら、やりやがったな!」ルクシーレが敵機を睨みながら吼えた。
ルクシーレ機に取り付けられたガドリング砲の回転機構が唸りを上げ、高速で打ち出される弾丸がキメラの群れを引き裂いて道を作る。
「シーガル8、エンゲージ!」
緋霧は機体の速度を上げると、敵機との交戦に突入した。
「そんな‥‥」
高木の怒気を孕んだ声を無線越しに聞きながら、里見は愕然と呟いた。
飛行甲板を守る為、空母上空を重点的に防衛していた里見の努力は、無常にも破られた。
津軽海峡は陸地間の距離が20km程度しかない。ヘルメットワームが全速力で飛行すれば、10秒弱で渡りきる事ができてしまう。艦隊上空の制空権だけでなく、海峡全体の制空権に気を配るべきであった。元々、敵の攻勢を押し戻す為に投入されたKVである。艦隊の防衛に集中し過ぎたのが、逆に仇となった。
「ヘルメットワームが更に2機接近! 艦隊に接近する前に叩く! シーガル4、エンゲージ!」
「シーガル5、エンゲージ!」
「私達も行くわよ、Anahite! シーガル3、エンゲージ!」
そうだ、まだ終わりではない。
「シーガル1、了解。シーガル1、エンゲージ!」
里見は顔を上げると、高木機に続いて緩降下を開始―――敵機に襲い掛かった。
「捉えた‥‥‥っ。シーガル1、フォックス2!」
里見は高木機の放つミサイルを回避しようとしたヘルメットワームに、ここぞと言う時の為に取って置いたミサイルを撃ち込む。里見機のミサイルを喰らって錐揉みするヘルメットワームに、高木機の放つアグレッシヴ・ファングで強化された短距離ミサイル、45発中10発が突き刺さった。
先行して降下を開始するホアキンに続き、降下を開始した間は小さな声で呟く。
「これは手痛い失態ですね」
兎に角、これ以上艦隊への攻撃を許すわけには行かない。
間は新手のヘルメットワーム二機の内、一機に狙いを定めるとブレス・ノウを発動。命中率を高めた状態で、ホーミングミサイルを発射する。
「‥‥ここは外しません」
間の宣言通り、白煙の尾を引いて敵機に吸い込まれていった。
爆炎を上げるヘルメットワームに、更に赤村機とジュエル機が降下しながら射撃を加える。
「この距離貰った!」
赤村機のレーザー砲による追撃に、ジュエル機のアグレッシヴ・ファングを付加した放電装置による追撃が続く。
撃墜されたヘルメットワームは、艦隊に届く事無く海面へと落下していった。
艦船に幾分かの損害を出したが、函館を占領して間もない敵は、維持しきれぬと見たか、函館市街へと撤退。防衛線は維持された。
この後、函館を占領したバグア軍と護衛艦隊は、津軽海峡を挟んでの睨み合いを続ける事になる。