タイトル:蹂躙の足音マスター:一本坂絆

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/21 01:21

●オープニング本文


●スペイン国アンダルシア州山間部
 遠くから響く砲声を背に、二人の兵士が撤退していく。
 兵の内、一人は折れた片足を引き摺り、もう一人はそれに肩を貸していた。
「畜生‥‥全滅だ‥‥‥」
 骨が露出した足を引き摺りながら歩く兵士は、奥歯を噛み締め、涙を流す。
 モルヒネで痛みは緩和されているが、精神的に参っているのだろう。肩を貸すもう一人の兵士が、弱音を吐く兵士を叱咤した。
「全滅とは何だ! まだ、俺とお前が残っているじゃないか!」
「だが、ルイスもアルベルトもリカルドも死んだ‥‥アルベルトの奴は、もう直ぐガキが生まれるって喜んでたのによ‥‥」
「だからこそ―――生まれてくる子供が、こんなクソッタレな世界を見ないで済むように、あんなにも必死に戦ったんだよ」
「だからって‥‥‥テメェが死んじまったら意味ねぇだろうが‥‥馬鹿野郎が。ガキにはよ‥‥世界云々よりもまず、親父の顔を見せてやらなきゃ駄目じゃねぇか‥‥」
 嗚咽を漏らす兵士に、肩を貸す兵士は何も言い返せなかった。奥歯を噛み締め、ただ前だけを見て進み続けた。


●ラストホープ島司令部
 全世界から報告される戦況。次々と送られてくる、或いは製作させる資料。人の声と書類であふれかえる司令部の中で、傍らにメイド服を着た少女を侍らせ、紅茶を啜る男の姿はかなり浮いていた。
「困ったものだ。そもそも、私は司令部の人間ではないと言うのに」
 UPC軍士官服に大佐の階級章を付けた男は、紅茶を飲みながら机の上の資料に目を通し、苦笑を漏らす。現在、彼は出向と言う名目で、普段活動しているヨーロッパ戦線への指示と書類整理の為に、多忙を極める司令部へ引き抜かれていた。
 メイド姿の少女が、空いたカップに新たに紅茶を注ぐ。
「しかしながら、艦の補修工事が済むまでは、各隊員は待機状態となっております。給金を支払っている軍としては、貴重な人材を無駄に遊ばせておくより、本部の手伝いに回した方が効率的と判断したのでしょう。配属に関しては十全とは申しませんが、無理の無い采配かと」
 黒いワンピースに白いエプロンと手袋、頭にはカチューシャではなくボンネットを被った、オールドスタイルのメイド少女は、無表情かつ抑揚の乏しい声で言った。
「確かにそうだが‥‥安い給料で働かされる私の身にもなって欲しいものだね」
「それに付き合わされている私の身にもなって欲しいものですね」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 微妙に視線を逸らす大佐に構わず、メイド少女が一枚の資料を机に載せる。
 差し出されたのは、スペイン国アンダルシア州山間部の部隊配置図だ。戦線後方にはグラナダと呼ばれる都市が存在する。配置図には人類側の軍の配置、進軍状況と、敵の進行経路が細かく書き込まれていた。
「現在アンダルシア州山間部において、キメラ群との戦闘が発生しています。敵の大部分は前線陣地で喰い止められていますが、一部戦力が機銃部隊の火線を突破。市街地へ向けて進行中です」
 敵の進行経路を示す赤線は、山間部の中でも地形が比較的緩やかで、木々の少ない場所を走っている。また、敵は途中、隣り合って配置されたスペイン国軍陣地とUPCヨーロッパ連合軍陣地の間の、僅かな空白地帯を突破していた。おそらく両軍の間で、連携が上手く取れていないのだろう。この程度の、ヨーロッパ支部でも十分に処理できる案件が本部にまで回ってきたのは、その辺りの事情からか‥‥‥。
「ふむ? しかし、この辺りには戦車隊が配置されていたはずだが?」
「Ja.位置的に戦線に最も近いのは、UPCヨーロッパ連合軍所属の第4268戦車小隊ですが、小隊が有する戦闘車両4両の内、2両が夜間にキメララットによる損害を被り、配線を損傷―――走行不能に陥っていたとのことです」
「‥‥頭の痛い話だね」
 キメララットはその大きさ、姿から、キメラの中でも浸透を防ぐのが非常に困難な種である。特に物資に対する被害は馬鹿にならない。
「戦線各所に設置している小型センサー及び特殊偵察兵からの情報によりますと、戦線を突破した敵キメラはスティンガー1、パンテラ1、ベイウルフ10。それぞれ異なる種類のキメラですが、行動を共にし、連携した動きも見せています」
 キメラの混成部隊といったところか。
 獣並の知能しかないと言われるキメラであるが、それでも立派なバグア軍兵器だ。バグアの指示か、造られた際の刷り込みか、詳しい原理は不明だが、キメラの中には個々の特性に合わせた連携を見せるものもいた。それは、戦線付近に出没するキメラほど顕著だった。
「この規模のキメラ群ならば、一個小隊分の戦力で十分に対応できるかと。市街地付近の守備隊から増援を回せば、水際となりますが十分に殲滅可能です。如何なさいますか?」
 大佐は配置図に視線を走らせ、
「守備隊は待機。但し、いつでも出撃できるよう、準備だけはしておくように」
 次いで、メイド少女に、この一件を依頼用モニタに表示するよう指示を出した。
「傭兵を使うおつもりですか?」
「残念な事に、軍の中には傭兵と言う存在を快く思っていない者も存在する。故に傭兵諸氏には、少しでも自身の存在意義をアピールして貰わねばならないからね」
 大佐は紅茶を啜る口元に、薄い笑みを浮かべた。

●参加者一覧

御山・映(ga0052
15歳・♂・SN
ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
ヴィス・Y・エーン(ga0087
20歳・♀・SN
岸・雪色(ga0318
17歳・♀・GP
安藤 諸守(ga1723
16歳・♂・SN
醐醍 与一(ga2916
45歳・♂・SN
葵 宙華(ga4067
20歳・♀・PN
西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA

●リプレイ本文

 ヴィス・Y・エーン(ga0087)は身体用偽装網に枝葉を取り付けた、手製の迷彩服を纏って地に伏せながら、誰に言うでもなく皮肉を漏らした。
「あーあ、やだねー。人類皆一致団結しなきゃならないご時世に、変な縄張り意識持ち出すなんてさー」
 現地到着時に渡された、現状の敵進路と予想進路が書き込まれた地図を頼りに斥候に出たヴィスであったが、そもそも現地に派遣された兵同士がもう少し連携が取れていたなら、このような事態になっていなかったかもしれない。
 ヴィスはやや離れた場所で木の上から監視を行う、もう一人の斥候―――岸・雪色(ga0318)へと視線を向ける。能力開放時に常に発汗を伴う岸は、時折自前のペットボトルに入れた水で水分を補給しながら、監視を続けている。
 木の上から双眼鏡を覗いていた岸は、ヴィスよりも早く敵の接近を察知した。ヴィスもまた、微かに聞こえてくる足音と、草木のざわめきを聞き取った。
 やがて茂みが揺れて、二体のベイウルフが飛び出してきた。二体は周囲の様子を窺うように首を巡らせている。そしてやや遅れる形で、六本の足を蠢かせ、スティンガーが姿を現した。
(「大きい‥‥!」)
 これより戦う相手を目の当たりにして、岸は息を呑んだ。他のキメラはというと、スティンガーの側面と背後を囲むように、やや距離を開けてU字型の隊列を組んでいる。しかし、どうにもベイウルフの群れを統括しているパンテラの姿が確認できない。地上からパンテラが確認できなかったヴィスが岸にハンドサインを送る。岸は頷き、双眼鏡で敵の隊列を注意深く覗き込んだ。
 どうやらパンテラは、スティンガーの真後ろの位置についている様だ。正面からの攻撃に晒されない位置を選んでいるのは明らかである。
 また、二体のベイウルフが先行して走り出す。
 統率がどの程度取れているのかは知れないが、軍隊の真似事程度の行動はできるらしい。待ち伏せの隊形にも、少々変更が必要だろう。
 二人は仲間に連絡を入れると、敵の進路を大きく迂回するようにして、待機地点へと急いだ。


 一方―――待機組は配置を確認した後、斥候の二人から連絡があるまでの間、思い思いの方法で時間を潰していた。
「キメラを通さない事、倒す事はできるけど、僕みたいに生まれの判らない子が減る‥‥なんてことはないんでしょうね」
 安藤 諸守(ga1723)と会話を交わしていた御山・映(ga0052)は、そこでふと、安藤の様子がおかしい事に気が付いた。初めは作戦前で緊張しているのかと思ったが、牧歌的な安藤の性格からするとどうにもらしくない。緊張していると言うよりは、落ち着かない様子だった。
「どうしたんですか、安藤さん?」
「あー、いや、実はボク猫中毒でさ‥‥」
 安藤は不自然にチラチラと後ろに視線をやりながら、
「勿論、本物の猫が一番だよ? でもそれっぽい記号を目にするとどうしても反応してしまうと言うか―――」
「あの‥‥安藤さん、本当にどうしたんですか?」
 何やら弁明を続ける安藤に、御山は怪訝そうに首を傾げた。
 打って変わって―――葵 宙華(ga4067)は構えたスナイパーライフルのスコープを除きながら空撃ちをし、銃の具合を確かめてる。このライフルはロッテ・ヴァステル(ga0066)から借り受けた品であり、予めロッテによって強化を施された一品であった。しかし、狙撃銃は自身の癖に合わせた改良を施して、初めて狙撃銃として成立するものである。その為、少しでも銃に慣れておく必要があった。
「後はロッテ小姐の整備を信じるか‥‥」
 葵の傍らでは、醐醍 与一(ga2916)もまた、銃器の整備を行っていた。
「こいつの初舞台だ。最高の状態で使ってやらんとな」
 醐醍が熱心に磨くのは、シエルクラインの愛称で呼ばれる自動小銃だ。その大きさに反して片手でも扱える上に、装弾数160発と大容量かつ連射能力も高い。優秀な銃器と言える。
 醐醍は青みがかった銀色の銃身を撫でながら、興奮に滾る笑みを浮かべた。
「小隊規模の敵との戦闘は久々だな。ふっ、わくわくするぜ!」
 醐醍は年相応に場数を重ねているのか、戦闘に対する無駄な力みが感じられない。
 それより更に緊張感と縁遠いのは、何処を見ているのか判断し辛い無表情で、虚空を見詰めるロッテと、その膝に嬉々とした表情で座る西村・千佳(ga4714)であった。
 敵の迎撃準備を整え終えているロッテに比べ、西村は猫耳と尻尾を真で付けて、完全に猫気分である。
「斥候に行った二人は大丈夫かにゃー? 見つかってないといいんだけどにゃー‥‥」
 西村はロッテの身体に身を摺り寄せながら呟く。ロッテはそんな西村の頭を撫で、
「あの子達なら大丈夫。きっと上手くやっているわ」
 表情こそ変わらないが、その言葉はロッテの本心からのものであると感じられた。
「うに、それもそうにゃ」
 ロッテに頭を撫でられて、西村も頷く。気が抜けまくっているようにも見えるが、彼女なりに仲間の安否を気にかけているのは変わらない。
「それはそれとして‥‥‥相変わらずロッテお姉ちゃんの膝は居心地がいいにゃ。他の人はどうだろうにゃー? ダ〜イブ―――なのにゃ♪」
 西村はロッテの膝から降りると、今度は他の傭兵達に狙いを定める。気が抜けまくっているようにも見えるが、彼女なりに仲間の安否を気にかけているのは変わらない‥‥はずだ、多分‥‥‥。
 流石に見かねたロッテが、意気揚々と立ち上がった西村へと、背後から大きく手を伸ばし―――西村の『前髪を』鷲掴みにする。
「ぎにゃあッ!」
 西村の首が、勢いよく後ろへ仰け反る。嫌な音が聞こえた気がした。
「あまり、周りの人に迷惑をかけては駄目よ?」
 背後から前髪を引っ張るという強烈な抑止に悶絶する西村を、ロッテは静かな声で窘める。「わかった! わかったから離して欲しいにゃ! ロッテお姉ちゃんは何気にやる事がえげつないのにゃ!」
 場が俄かに騒がしくなり始める中、斥候から連絡が入った。
「こちら岸です、敵の姿を確認しました。敵の隊列の関係上、此方も隊形を変える必要が―――‥‥‥あの、なんだか騒がしくないですか?」
「いや、大丈夫ですよ? 何でもありませんから」
 連絡を受けた御山は、乾いた笑みで誤魔化した。


 傭兵達は、当初の計画よりやや間隔を広げたV字隊形でキメラの群団を待ち受ける。斥候に出ていた岸とヴィスも既に戻り、隊列に加わっていた。
 待機してからしばらくたって、先行する二体のベイウルフ、それからやや遅れる形で、スティンガーとその左右背後を囲むベイウルフ、パンテラの群れが現れた。
 スコープ越しに敵の隊列を確認した葵が、忌々し気に唇を噛む。
「キメラごときが知恵を得て人様の真似事なんて‥‥」
 キメラは斥候を立て、スティンガーの死角を埋めるように、或いはスティンガーの身体を盾にするように隊列を組んでいる。
「獣は獣らしくしてなよ‥‥」
 まずはベイウルフを指揮するパンテラを‥‥と考えていただけに、なおの事口惜しい。葵は仕方なく、スコープの照準を先頭のベイウルフに合わせた。
 敵との距離が90mに入った時、御山が仲間達に通信を送った。
「撃ちます!」
「待て、まだライフルの射程にも入っていないぞ。落ち着け」
 逸る御山を醐醍が制する。この中で狙撃眼のスキルを所持しているのは御山だけだ。今下手に発砲すれば敵を逃しかねない。緊迫した空気の中、敵との距離が60mに入った。
「行こう皆!」安藤の声を引き金に、傭兵達が攻撃を開始する。
 初めの一斉射により、三体のベイウルフが着弾の勢いで吹っ飛ぶ。
「皆、くれぐれも油断しないようにね‥‥」
 ロッテが言い残し、岸と共に敵側面へと潜り込む為に駆け出した。ロッテは覚醒と共に、覚醒可能時間を確認する為ストップウォッチをスタートさせる。
 林を駆けるロッテ達の前に、四体のキメラが躍り出た。敵もまた、此方の側面を突く為に二手に分かれていたのだ。
 四体のベイウルフが、ロッテに殺到する。ベイウルフ一体一体は、非能力者でもSES搭載武器さえあれば対応できるほど貧弱だが、能力差を補って余りある数によって相手を飲み込むのだ。
 凶悪な鍵爪が、ロッテの肉体を引き裂きにかかる。
「‥‥弱すぎるわ」
 但し―――それは、能力を補って余りあるだけの数がそろっていればの話。今回の依頼を受けた傭兵の中でもトップクラスの力を持つロッテを相手にするには、後十体以上の数が必要だ。
 ロッテは攻撃をやすやすとかわすと、スパークマシンβを発動させた。渦を巻く紫電が一直線に走り、一体のベイウルフを襲う。
「弾着まで3、2‥‥次っ!」
 一体仕留めると、ロッテは時間をカウントしながら、もう一体のベイウルフにもスパークマシンを向け、これも難なく仕留めた。
 ロッテに続いていた岸は、ロッテをとり逃して姿勢を崩した一体のベイウルフの膝、胸、頭部を自動小銃で撃ち抜いて仕留めると、動揺を誘う為、もう一体の目の前に投げ出した。
 しかし、敵は動じる事無く、逆に憎悪を込めて、岸に向かって礫を投擲した。岸はこれを回避。岸の頭の変わりに、木の幹が深々と抉られる。
「あまり貴方達に構っているわけにも行きません」
 岸の小銃が火を噴き、ベイウルフが崩れ落ちる。
 敵を難なく倒す事ができたが、ベイウルフは他にもいる。ロッテと岸は頷き合うと、戦火の中へと走り出した。


「あははは! 精々今の痛みに生を感じれば!? どうせもうお前終わりなんだから!」
 覚醒してハイになった安藤が両手の拳銃を連射する。しかし、パンテラとベイウルフはスティンガーの影に隠れるように移動し、代わりにスティンガーが銃弾の雨に逆らうように前進を開始した。
「詰まらん真似ばかりしやがって。このシエルの試し撃ち、お前らでやらせてもらうぜ」
 他のスナイパー班の反対側に待機していた醐醍は、獰猛に笑って自動小銃で肩を叩く。これまで多くの戦闘を目にしてきた醐醍は、敵の隊形が戦車と随伴歩兵に似ているように思えた。醐醍は表情を引き締めると、小銃を腰溜めに構え直し、スティンガーの後に続くベイウルフとパンテラを背後から襲う。着弾の衝撃で、キメラ達が死のダンスを踊った。
 自動小銃による横薙ぎの二往復とダメ押しの貫通弾を装填した拳銃による射撃で、油断していた中、小型キメラの群れはあっさりと全滅した。
 しかしその間にも、スティンガーは狙撃班にどんどん迫っていた。
「と、止まらない!」
 アサルトライフルの弾をばら撒きながら、ヴィスは焦りを顕にする。
 スティンガーの前進―――その勢いは最早突進と言える。狙撃班が放つ弾丸は、装甲を削りはすれ、スティンガーの突進を止める程の決定打には至らない。
「まずい‥‥!」
 葵は射撃を続けながら考える。
 理想は移動して敵側面を狙う事だが、今戦線を崩せば敵の突破を許してしまう。拳銃用の貫通弾は、弾の規格の違う狙撃銃(小銃)には使用できないという凡ミスに気付かなかったのも痛い。攻撃系スキルを二つ同時に使用すれば、ダメージを与えられるかもしれないが、錬力量の関係上、使用回数には限りがあった。
 ここで使うか―――
 葵が覚悟を決めた時、スティンガーの巨体が宙に浮いた。
 西村による、瞬速縮地と獣突を併用しての攻撃だった。
 弾き飛ばされ、豪快に横転するスティンガー。
 猫のように身体をひねって着地し、仁王立ちで立ち塞がる西村。
「それ以上は魔法少女まじかる♪ 千佳が許さないのにゃ!」
 だが、見た目に反してダメージはほとんど無いのか、スティンガーは立ち上がると西村を無視して突進を再開。
「これ以上は近づかせるわけにはいかないのにゃ!」
 西村が再度、獣突を仕掛ける。
 やはりダメージは殆ど与えられないが、体重差を物ともせずにスティンガーの巨体を吹き飛ばす。
「最後には絶対に正義が勝つのにゃ♪」
 西村が得意顔で宣言した瞬間、一条の閃光が顔の横を突き抜けていった。スティンガーが横転した姿勢から、生体レーザーを発射したのだ。
「お‥‥おぉう‥‥‥」
 西村が眼球だけを動かす―――チリチリに焦げた髪を確認。全身にどっと脂汗が浮かぶ。
 小さな西村にいいように吹き飛ばされた事が余程腹に据えかねたのか、スティンガーは全身から強烈な憎悪を発散―――立ち上がると、再度尻尾の先端を西村に向ける。
「危ない! クソッ―――間に合え!!」
 咄嗟に安藤が飛び込み、西村を突き飛ばす。
 閃光。
 生体レーザーが、安藤の太ももを大きく抉った。
「があああああああ!」
 太ももを押さえて転がる安藤。幸か不幸か、肉と骨が炭化した為、出血は僅かだ。
 その間に、武器を超機械に持ち替えた御山が、スティンガーを攻撃する。スティンガーの身体が紫電に包まれ、関節から蒸発した体液を噴き出す。
 今度は御山を狙おうとする尻尾を、駆けつけたロッテがファングで殴りつける。
「これ以上撃たせるものか‥‥!」
 ファングの爪は装甲に阻まれたが、尻尾の軌道を逸らす事には成功した。弾かれた状態から切り替えして振るわれた尻尾による一撃を、ロッテはバックステップで華麗にかわす。
 醐醍が使用可能なスキルを総動員して、小銃と拳銃による同時射撃をスティンガーの横っ腹に撃ち込んだ。
「喰らいやがれデカブツ!」
 これには流石のスティンガーの装甲も砕け散り、大量の白い体液が噴出した。砕かれた装甲を狙って、ヴィスが小銃を連射する。
 完全に傭兵たちに囲まれたスティンガーに最早逃げ場は無かった。
「これで終わりよ」
 葵が『急所突き』と『強弾撃』のスキルを重ねがけ、ライフルの引き金を引いた。頭部を撃ち抜かれたスティンガーは一瞬身体を震わせて、ようやく動きを止めた。


「動かないでください。直ぐに済みます」
 他の仲間が事後処理を行う中、岸はメディカルセットを取り出して、安藤に応急手当を施す。
「この辺りにはいくつも部隊が展開していますから、後方に下がれば専門の軍医さんに見てもらえます。それまでこれで我慢してください」
「はは、ははは‥‥僕、生きてら」
 安藤はポケットからチョコを取り出して一口齧った。甘さが身にしみる。
「岸さんもチョコ食べる?」
「汗っかきの雪色には、チョコレートより水分が必要よ」
 安藤の横合いから、ロッテが金属製の水筒を岸に差し出した。相変わらずの無表情だが、差し出された水が、ロッテの思いを代弁してくれている。
「こんだけ仕事してんだからさ―――傭兵なんて胡散臭い便利屋程度な存在けど、だからこそできる事があるくらいは‥‥やっぱ理解してほしーよねー」
 ヴィスは誰に言うでもなく呟いた。
「ま、今回のように着実に成果を出していけば、お偉方も認めざるをえんだろうさ」
 そういって、醐醍が安藤を担ぎ上げる。
「ちょ?! じ、自分で歩くよ!」
 顔を赤らめる安藤に、醐醍は呵呵と微笑んだ。