●リプレイ本文
『悪の組織「外道サムライズ」の怪人が園内に逃げ出した! 見つけた際は近くのスタッフに教えてね。ヒーローが駆けつけてくれるよ』
キメラの特徴を描いたイラスト付きのチラシをまじまじと見ながら、狭間 久志(
ga9021)は苦笑を漏らす。
「ヒーローになってキメラを退治する。夢のある依頼だなぁ、今回は‥‥」
「この世界で楽しい夢を見させてあげる事も仕事の内よ。せめて子供には夢を見させてあげないとね‥‥フフ‥‥」
隣でチラシを配るナティス・レーヴェル(
ga8800)が微笑を浮かべた。
遊園地に到着した傭兵達は、裏方を手伝う者はスタッフ達と合流し、それ以外の者はショーのチラシを配布しながら、キメラの捜索を行っていた。
因みに、このチラシの文面を考えたフィオナ・フレーバー(
gb0176)は、ショーの司会進行を担当する為、スタッフ達との打ち合わせに参加している。
「いいじゃないかヒーローショー! 自分が出演できるなんて‥‥夢みたいだぜ!」
少年の心を忘れない企業戦士、蓮沼千影(
ga4090)は目を輝かせながら拳を握り締めた。
皆の楽しみを奪わせはしない。
熱い心を胸に秘め、顔には爽やかな笑顔を浮かべて、蓮沼はチラシを配り続ける。
目の前の光景に、不知火真琴(
ga7201)は頬を紅潮させ、目を見開いた。
「わ! わ! すごいですねっ! こんなに広いんじゃ、一日では回りきれませんよっ!」
キメラ退治の依頼だとわかっていても、胸が躍る。
そんな不知火の頭上の線路を、汽車の形をした電動車輌が通り過ぎる。
「ここまで大掛かりになるとは思わなかったな。スタッフも本気という事か」
ザン・エフティング(
ga5141)は、メインストリートをゆっくりと進む台車を見ながら呟いた。大小様々な台車はパレードに使われる物で、上部がステージのセットになっている。
各メインストリートを走る台車が中央広場で連結され、ステージとなるのだ。これはストリートの通行を規制して、キメラの誘導を容易にする為の措置だった。
ショーの衣装も戦隊物という事で、ザンのアイディアを元に新しくデザインされたものが一式揃えられた。
「夢の国の番人のプライドかしら」
神森 静(
ga5165)が園内のマップを確認しながら言った。
「ところで‥‥早めに仕事が終わったら、少しぐらい遊ぶ時間てないのカナ?」
声を弾ませる不知火に、ザンは笑みを浮かべた。
「ショーの後は握手会もある。疲れて倒れなければ―――な」
裏方でのサポートを選んだ緑(
gb0086)は中央広場で、演出の為の火薬や煙幕のセットを手伝っていた。キメラを倒すにあたり、残酷なシーンを子供達の目から隠す為の仕掛けだ。
「みんなの、夢を、邪魔するキメラは、許さない、ですよ‥‥!」
ヒーローショーにはわくわくするが、こんなところにまで出没し、被害を及ぼそうとするキメラには憤りを感じる。
緑は黙々と作業を続けた。
●幕末戦隊武士レンジャー
「みんな〜 ‥‥‥こんにちは〜!!!」
中央広場に移動した巨大なステージの前で、司会のおねーさん―――フィオナは明るい笑顔を集まった子供達に向ける。
観客席の一番前に陣取った緑は、他の子供達と一緒に盛大な拍手を贈った。
「‥‥‥これなら、キメラも、確実にやってきそう、ですね」
緑は周囲を見渡しながらコクコクと頷く。
フィオナのオープニングトークが進む中、スピーカーから不気味な笑い声が響き、会場全体を包み込んだ。
ステージの右側から、一人の男が現れた。
金色の鋲や鎖を付けたボディースーツの上に金色の着物を着込み、帯の代わりに髑髏模様のチャンピオンベルトを腰に巻いている。その顔はガスマスクじみたフェイスマスクで覆われている。
蓮沼扮する金羅だ。
「フハハハハ! よくもまぁ集まったものだ。ここにいるものたち全てを洗脳し、外道サムライズに引き込めば、E‐DOの征服も容易だな」
次いで、ステージの左側から一人の女が現れた。
銀色の着物の上から銀色のファーで飾られた黒のジャケットを羽織り、鈴の付いた無数の簪で髪を飾り立てている。
神森が扮する銀鈴だ。
手に持つ扇子を揺らしながら、銀鈴は妖艶に嗤う。
「それよりもまず、目障りな武士レンジャー共を倒すのが先だろう。丁度いい、こいつらを使って誘き出すとするか」
突然の外道サムライズの襲来を、会場の子供たちは固唾を飲んで見守った。時折気の強い子供の野次が飛んでくる。
「悪の秘密結社、外道サムライズ! 武士レンジャーがいる限り、E‐DOの街を貴方達の好きにはさせないわ!」
気丈に振舞うフィオナを銀鈴が一笑に付す。
「ハッ! いつまで生意気な口が利けるかな?」
銀鈴が扇子を振り上げるのを合図に、黒いフルフェイスヘルメットを被った忍者風の戦闘員がわらわらと現れる。
絶体絶命かと思われたその時、スピーカーから勇壮なBGMが流れてきた。
「幾多の世界を見つめ、邪悪な運命に囚われる者達を切り捨てる‥‥」
朗々とした声が響き、下からせり上がる様に三つの影がステージの上段に立ち上がる。
「武の心にて悪を討つ。武士レンジャー・赫焔―――推参!」
初めに名乗ったのは、ヘルメットと一体化したバイザーで顔を隠した男だ。全身を覆う黒いボディースーツの上から、炎のような赤い着物を着込み、肩を片側だけ出している。
「同じく、武士レンジャー蒼雷! 推参!」
次に名乗りを上げたのは、同じくヘルメットとバイザーを被り、ボディースーツに身を包んだ男だ。ただ赫焔とは違い、青い着物をロングコートのように羽織っていた。
「武士レンジャー黒陽! 只今参上!」
最後に名乗ったのは、他の二人と同じくバイザーを被っているもののヘルメットは被らず、ポニーテールに結った髪を揺らす女だ。太腿の生地が大胆にカットされたボディースーツの胸元を大きく開き、サイズの小さい黒い着物を上に着ている。
ザン扮する赫焔、狭間扮する蒼雷、ナティス扮する黒陽は、同時にステージ上から跳躍。地面に降り立つと、腰から刀を抜き放ちポーズを決める。ステージが乾いた音を上げて爆発し、赤と青と黒の煙が上がった。
「また、やっかいな奴等が来たようだな‥‥」
銀鈴は扇子越しに、忌々しげに目を細めた。
「貴方達の企みもここまでよ。冥府の闇へ葬ってあげるわ!」
黒陽が外道サムライズを指差した。
それに応えるように、金羅は腰に挿した二本の刀を引き抜き、切っ先を武士レンジャーに向けた。
「出たな武士レンジャー! 今日こそ決着をつける時!」
「望むところだ、行くぞ蒼雷! 黒陽!」
軽快なBGMが鳴り響き、三人のヒーローと二人の悪役が、派手な殺陣を演じる。
スタッフからキメラ発見の知らせを受けた不知火は、早速キメラの誘導を開始した。片方の耳にはめたイヤホンからは、ステージの進行状況がリアルタイムで流れてくる。
「次、ルートC5からE2に入ります」
不知火は通路を規制するスタッフと連絡を取り合いながら、時折背後を確認し、適当にちょっかいをかけてキメラの気を自分に向かせる。
「なんとか間に合いそうですね」
不知火は中世の町並みを再現した通りの壁面を左右交互に蹴りながら、ステージへの道を急いで駆ける。
「甘いな。お前に剣を教えたのは誰か、忘れたのか?」
銀鈴が刀を握る手に力を込める。それを受ける黒陽は足を踏ん張ってそれに耐える。
「貴女を倒せば全てが終わる‥‥。でも‥‥それだけでは‥‥‥!」
刀と共に、二人の心が鍔競り合う。
「あぁ‥‥不幸な誤解から、実の姉妹が争い合うなんて!」
進行役のフィオナが説明口調で二人の身の上を嘆いた。
一方の赫焔と蒼雷は、二刀を操る金羅と戦っていた。
二人懸かりで押し込もうとするも、力任せに振るわれる刀に弾き飛ばされる。
「まったく、悪い事して何かを得てもイイ事なんてないよ?」
蒼雷の軽口を、金羅は鼻で笑い飛ばす。
「それはどうかな? アレを見てみろ!」
金羅が指差した方向を見ると、「私だって戦えるんだからっ!」と戦闘員にちょっかいを出していたフィオナが捕らえられている。
「いやあぁー! 助けて〜!」
すばやくフィオナに駆け寄った金羅が、その首筋に刀を突きつけた。
「武士レンジャーよ、動けばどうなるか。わかってるな?」
「やめろ金羅! その子を離せ!」
赫焔の叫びも、金羅を喜ばせるだけだ。
「ほら見ろ。悪い事をするとこんなに良い事がある!」
更にタイミングよく、ストリートから奇怪な姿の怪物が姿を現した。
体長は2m弱といったところだろうか。モコモコとした丸い胴体。細い腕と脚。大きな手と足。頭は三つあり、前歯が異様に長い、デフォルメされた間抜けな顔のウサギの頭を挟んで、不細工な顔のダックスフンドの頭と、ふざけた顔のアヒルの頭が付いている。キャラクターの着ぐるみに見えなくも無い姿だ。
だがこれは着ぐるみではない。本物のキメラだ。そうとは知らず、『怪物』の登場で更に盛り上がる子供たち。
ヒーローと悪役に扮する傭兵達は、無言で目配せしあった。
芝居は続く。
「おぉ、待っていたぞ俺の作りだした怪物よ! 武士レンジャーを倒すのだ!」
怪物へ大声で指示を下す金羅。それを聞いた蒼雷が意外そうに言う。
「奴が作っただと? 金羅め、ただの馬鹿じゃなかったか!」
蒼雷の言葉に、金羅は身体をブルブルと震わせた。
「貴様!! 人に馬鹿って言った奴が―――本当の馬鹿なんだぞぉッ!!!」
怒りに震える金羅が、フィオナに突きつけていた刀を勢い良く振り上げた。
「いかん!」
凶刃を止める為、赫焔が駆け出そうとしたその時―――
「闇あるところに光あり。光あるところに影はあり」
何処からとも無く響く声。
「何者だ!」
金羅が首を巡らせるが、声の主の姿は見当たらない。
だが―――『彼女』はそこに居た。金羅の背後に揺れる白い影。
その出で立ちはまるで忍者だ。
裾が短く、袖の無い白の着物。指先から二の腕までを覆うグ白のローブと、爪先から太腿までを覆う白のブーツ。顔の下半分を隠すように巻かれた白い帯が、マフラーのように風に揺れる。
「貴女は謎の忍者・白霧!」
金羅に捕らえられているフィオナが、説明口調で歓声を上げる。
『謎の忍者・白霧』こと不知火は、キメラの誘導を無事に終えて、瞬天速で金羅の背後へと潜り込んだのだ。
白霧は金羅の膝裏を蹴って態勢を崩すとフィオナを抱き上げ、仄かな赤い燐光をその場に残して素早く距離を取った。
「さぁ、これでもう遠慮はいりません。武士レンジャーの皆さん、思う存分戦ってください」
「おのれ白霧め‥‥我が怪物よ! 奴らを纏めて片付けろ―――おおぉ?!」
ずかずかと無遠慮に近付いてきた金羅に、怪物が長い前歯を振り回して襲い掛かった。
「狙うのはこっちじゃねぇ! 武士レンジャーだ!」
金羅が慌てて叫ぶが、怪物は攻撃をやめない。
怪物の暴走を見た戦闘員達が大慌てで逃げ出した。
「金羅の奴、何をやっている」
黒陽と切り結んでいた銀鈴が、手を止めて呆れた様に言う。
「困っているね。どうだい、今日のところは一緒に戦う。ってのはどうかな?」
蒼雷の提案に困惑する金羅。そうこうしている間にも、怪物は客席へと飛び掛っていく。
「お前の出場所は、あっち、だよ‥‥!」
これを客席の最前列に陣取っている緑が、子供達が悲鳴を上げて目を瞑った一瞬の隙に覚醒し、ストリートへと蹴り返す。
「仕方無い。謀叛したものは、倒される宿命だぜ! 銀鈴、お前も協力しろ!」
金羅が叫ぶと、銀鈴もしぶしぶながら応じた。
赫焔が、蒼雷が、黒陽が、金羅が、銀鈴が、白霧が、それぞれの武器を構えて、怪物へと躍りかかる。
「さぁ、みんなの応援が武士レンジャーに力を貸すわ! みんなで応援するよ! せーのッ―――」
フィオナが子供達の感情を煽るように呼びかける。
「武士レンジャーがんばれ!」
緑が率先して声を上げると、それに続いて会場のあちこちから声援が上がった。
「武士レンジャーがんばれー!」
「がんばって武士レンジャー!」
「がんばれ!」
「がんばれー!」
「ガンバレッ!」
子供達の声援に合わせ、フィオナは赫焔に練成超強化を使用する。
虹色の輝きを纏った赫焔が、天に向かって握り拳を突き上げた。
「おおおおおおおッ! 皆の応援のお陰で、力が沸いてきたぞ! 蒼雷、黒陽。これ以上被害を広げない為にも、一気にケリを付けるぞ!」
「「応!!」」
掛け声と共に、蒼雷と黒陽が同時に駆けた。
左から右へ。右から左へ。互いに交錯しながら斬撃を繰り出す。
一泊遅れて駆け出した赫焔の腕が白く輝き、刀身が赤い光を纏う。
「必殺―――武士道ダイナミックっ!!!」
赫焔が放った渾身の突撃が怪物の身体を貫いた。
これまでで一番の爆発が起こり、白煙が広場に立ち込める。
もうもうと立ち込める白いカーテンが晴れた時、怪物の姿は消えていた。
「冥府へと 御身を天へ 導かれる 無数の魂の 鎮魂歌‥‥」
黒陽は観客に背を向けると、刀を一振りして鞘に納め。
「闇に抱かれて眠れ‥‥‥永遠に!」
蒼雷も決め台詞と共に刀を手元で回転させて鞘へ納めた。
刀を納めた赫焔が辺りを見渡す。
「白霧はもう行ったのか。相変わらずだな」
白霧に扮した不知火は手筈通り、煙幕に乗じてキメラの死体をステージ裏へ運び込んでいた。
一方―――外道サムライズの金羅は、
「まさか、力を合わせてくれるなんて‥‥!」
一人感動に打ち震える金羅を横目に見ながら、銀鈴は鼻を鳴らし、
「邪魔が入ったおかげで、興が冷めたわ。今日の所は退くぞ」と吐き捨てて、ステージ裏へと消えた。
「E‐DOの諺に曰く、『強敵と書いて戦友(とも)と呼ぶ』‥‥‥か。武士レンジャーよ、また逢おう!」
金羅も颯爽と着物を翻しながら訳のわからない言葉を残し、銀鈴の後に続いてステージ裏へと消えた。
エンディング代わりのBGMをバックに、赫焔が客席に向かって力強く声をかける。
「今日勝てたのは皆が応援してくれたおかげだ! その悪に屈しない勇気を、いつまでも忘れないでくれ!」
最後に広場に集まった子供達との握手会が行われた。
観客が多すぎて全員と行う事はできなかったが、極力多くの子供達と触れ合えるよう、傭兵達は求められる限り握手に応じた。