●リプレイ本文
依頼人が襲われたという別荘の前で、傭兵たちは最後の準備を行っていた。
「中々立派な別荘ですね‥‥」
別荘を見上げながら言うセシリア・D・篠畑(
ga0475)。彼女の頭には何故かネコミミが生えている。
いや、彼女だけではない。
そこには4人のネコミミとネコシッポを装着した傭兵がいた。依頼を受けたのは全部で6人なので、実にその場にいる人間の三分の二がネコミミネコシッポ、というわけである。
「是非、取り返してあげないといけませんね‥‥にゃ」
ガーネット=クロウ(
gb1717)もそんなネコ傭兵の一人である。ネコっぽくを心がけている彼女は、耳と尻尾だけではなく、語尾までネコっぽい感じを演出していた。若干ぎこちない気もするが、それはご愛嬌。
「どういう状況だ、これは」
ぼそとつぶやく赤木・総一郎(
gc0803)。ネコミミでないほうの片割れである。ただしその手には、セラ・ヘイムダル(
gc6766)に無理やり渡されたネコミミがあるのだが。
「ハハ、イイじゃねェか。俺ァ簡便だけどな」
Nico(
gc4739)が総一郎の肩を叩きながら言う。傍から見てる分には面白い、ということらしい。
だが、それが通るかは別問題である。
「えー、Nicoさんもつけましょうよ♪」
「これが有効なのだから、つけるべきです‥‥にゃ」
「‥‥早く付けると良いですよ‥‥」
「え?なんで? つけないの? つけるよね?」
次々Nicoに詰め寄っていく、セラ、ガーネット、セシリア、崔 美鈴(
gb3983)のネコミミ娘4人組。そういう作戦なのだから装着すべきという意見は、まあ間違ってはいない。間違ってはいないのだが。
「いやまて、これは本当に、必要なのか?」
作戦自体がどこかおかしいのではないかと、とても常識的なツッコミを入れる総一郎。しかしその意見は彼女たちには通じない。逆にどこがおかしいのかと聞き返され、言葉に詰まってしまう。
そんな総一郎にこのままでは押し切られてしまうと悟ったNico。なんとか話題をネコミミからそらすべく、今思い出したというような風を装い、置いてあった荷物から何かを取り出す。コイツの匂いでおびきだそうと思うんだが、と言うその手にはレーション「ビーフシチュー」が握られていた。
「あー!それ、私も持ってきたんだ♪」
どうやらビーフシチューを持ってきたのはNicoだけではなかったらしく、自分の荷物を漁りだす美鈴。匂いでおびき出すのも効果的かもしれない、どうやってつかうつもりなのか、といい感じに話題も変わり。とりあえずの危機を脱し安心するNicoと総一郎の眼前に、じゃーんという美鈴の掛け声と共に、妙に色のおかしいビーフシチューが突きつけられた。
「Nicoさんと赤木さんだっけ? これを塗ったら、いい囮になるんじゃないかなって思ったの!」
塗る、という言葉の意味を理解できずに、美鈴を除いたその場の全員が一瞬固まる。
「ね、いいアイディアでしょ? みんなもそう思うよね?思うよね‥‥?」
目がマジである。
あまりの気迫に静まり返ってしまったその場でなんとか口を開いたのは、Nicoだった。
「ア、あァ、イイんじゃねェかな‥‥」
Nicoはとりあえず納得したように頷くが、その後にこう付け加える。
「ただ、俺ァ貧弱なイェーガーだから‥‥、頑丈な赤木に任せたほうが、イイんじゃねェ‥‥かな?」
言葉を選びながら言うNicoの額には、冷や汗が浮かんでいる。総一郎を売ることに抵抗はないが、下手に刺激したらどうなるかわからないのが恐ろしいのだ。
「そっかー、残念」
肩を落としてうつむく美鈴。次にどんな行動を起こすのか、周囲が固唾をのんで見守る中、くるっと振り向いた彼女の顔は微笑んでいた。
「それじゃ赤木さん、じっとしててね!」
総一郎に、逃げ場はない。
もはやどうしようもないということで、了解したと短く告げると、微動だにせずにべったべったとビーフシチューを塗りたくられている。古いレーションなのだろう、シチューの香りに混じって、えぐみのある臭いも漂ってきた。あんまりな状況に複雑な感情が押し寄せてくるが、作戦なので仕方がないと無理やり自分を納得させ、おくびにも出さない総一郎。漢である。
その後ろではまんまと逃げおおせたNicoが、ホクホク顔で自分のビーフシチューを炊いていた。
そんなこんなで随分と時間はかかったが、準備を整えた傭兵たち。待ち伏せをするものは、既に別荘の周辺に隠れている。後は別荘内からネズミを引き出すだけだと、囮役であるセシリア・ガーネット・総一郎の3人が扉へと歩き始めたその直後、もの凄い勢いでネズミたちが飛び出してきた。
予定外の事態ではあるが、能力者たちは冷静に迎撃態勢に入る。最初に飛び出してきた2匹が最も扉に近かったガーネットに襲い掛かる。勢いをつけて飛びかかるも、1匹目の突撃はかわされ空を切り、2匹目はシールドで叩き落されてしまう。
「隙ありです‥‥にゃ」
体勢を崩したネズミの隙を逃さず、純白の爪を突き立てるガーネット。1匹仕留めた。
次々と出てくるネズミたちに、自分の体を盾にするように前へ出る総一郎。6匹のネズミに囲まれて、一斉に襲い掛かられる。回避するつもりもない総一郎に、ネズミたちは容易にその体に張り付くことができた。しかし所詮はネズミキメラ、その強大な防御力には文字通り歯が立たず、一向にダメージを与えられない。
「おおおおおおおおっ!」
総一郎は声を張り上げ、ネズミを振り払う。眼前に落ちたネズミに目標を定めると、両手に持った硬鞭で打ち据えこれを倒す。
さらに遅れて、別荘から2匹のネズミが駆け寄ってくる。それを発見したセシリアはすばやく狙いを定めると、超機械「ブラックホール」のトリガーを引いた。
「‥‥近づかせませんよ‥‥」
総一郎めがけて駆け寄るネズミのその眼前に、4つの黒い小さな球体が突き刺さる。反応する間もなく一瞬で膨れ上がる黒い球体に、なすすべなく飲み込まれる2匹のネズミ。強大なエネルギーの奔流に耐え切れるはずもなく、絶命する。
「案外余裕かねェ」
そうつぶやきながら、先ほど地面に落とされたネズミに狙いを定めるNico。体勢を立て直し、再度飛び掛ろうと無防備に止まったところを、横合いから番天印で撃ちぬく。さらに2発3発と、衝撃で動けなくなったその体に連続で弾丸を浴びせかける。ネズミが動かなくなったのを確認し辺りを見回すが、苦戦している味方は見当たらない。
建物の影に隠れていた美鈴も、ネズミが出てきた直後に飛び出しており、手近にいたネズミをその手に持った赤黒いナタで滅多切りにしていた。
「あはははははははははははっ!」
甲高い笑い声があたりに響き渡っている。笑顔でナタを振り回すその様は、その笑い声とあいまってかなり怖い。何度もナタを振り下ろされたネズミに関しては、もはや原型がなんだったのかわからない、ただの肉塊へと変貌していた。
セラも残ったネズミの1匹を狙って超機械「スズラン」を振るう。
「食らえー、にゃあ♪」
かわいらしい掛け声と共に放たれた電磁波の渦が、ネズミの体を包み込む。焼けるような痛みにネズミはその場から飛びのくが、これをセラはすかさず追撃。逃さずに倒す。
あっという間に数を減らし残り3匹となったネズミキメラ。どう考えても勝ち目はないが、それでもネズミは傭兵たちに向かってくる。彼らの頭には人を見たら襲うという単純な行動しかインプットされていないらしい。
だが、そんな彼らの最後の攻撃も、圧倒的な戦力差の前には何の意味もなかった。
1匹は動きだす前に黒色の球体に飲み込まれ、1匹は電磁波で動きを止められたところを爪に刺され、そして最後のネズミは、硬鞭にはじかれたところにナタを振り下ろされ絶命する。
最初のネズミが飛び出してからわずか十数秒、あっけないほど簡単にネズミキメラは全滅してしまった。別荘内から追加で出てくる様子もないが、しかし、これで別荘内に潜む全てのキメラを倒せたかどうかはわからない。やはり、当初の作戦通り囮を使って別荘内の様子を探ることにする。
別荘内の状況を確かめるため、囮組が別荘へと歩を進める。
「む、よっと」
小さな掛け声と共に、壊れたドアを脇に退ける総一郎。他のメンバーと小さく頷きあい、埃っぽい別荘内に足を踏み入れるが、何か生き物がいるような気配は感じられない。
「静かですね‥‥」
ゆっくりと別荘内に足を踏み入れたセシリア。神経を尖らせ耳を澄ますが、聞こえるのは外で風が気を揺らす音ばかりである。ふと、室内が明るいことに気がつき上を見上げると、埃をかぶった小さなシャンデリアがやわらかい光を放っていた。依頼人が来たときから、ずっとつけられたままだったのだろう。
「怪しいところはなさそうです‥‥にゃ」
ガーネットは注意深く辺りを探るが、特に怪しいものは見つからない。目に入るのは埃まみれの家具類や小さく開いた壁の穴、ネズミや依頼人のものと思しき足跡など事前の情報にあったものばかりである。
特に何が来るでもないので、わざとらしく音を立てて歩いてみるが、別荘内に足音が響くだけでやはり何も起こらない。
「ふむ、何も出てこないな」
「‥‥さっきので、全部だったのでしょうか‥‥」
辺りを見回しながら言う総一郎とセシリア。キメラが出てこないのなら囮をする意味もないわけで。
「一通り見て戻りましょうか‥‥にゃ」
ガーネットの言ったように、1階部分を一回りして、それで何も出なかったら戻ることにする3人。詳しく調べるのはその後に全員でやれば良い。そう結論付け、玄関エントランスを後にしてリビングへと向かうのであった。
一方その頃、外で待っている待ち伏せ組は、わりとだらけていた。
「フー、生き返るなァー」
煙草の煙をゆっくりと吐き出し、満足そうに言うNico。腰に手を当て煙草を吸うその姿には、警戒心は微塵も感じられない。多少追加で出てきても周りに任せれば良いだろうと、完全に働く気を失っていた。
「いくらなんでも、気を抜きすぎですヨ」
そんな様子を見てセラがたしなめるが、Nicoは笑って誤魔化す。囮組が別荘に入ってから、セラが何度かバイブレーションセンサーで別荘内の様子を探ってみているのだが、囮組の3人以外に、動くものは検知できていない。おそらくキメラはもう残っていないだろう。
「もー、2人ともちゃんと聞いてる? 聞いてるよね?」
今まで1人でマシンガントークを繰り出していた美鈴、上の空な2人の聞き手に、急に詰め寄ってきた。慌てて聞いてると返事をする2人に、それならいいと、またトークを再開する。
「それで、どこまで話したんだっけ? そうそう、彼ってやっぱり優しくってさー♪」
エンドレスで続くかなりズレたのろけ話。
ヤンデレって怖い。
「別の意味で気が抜けねェ‥‥」
「そうですネ‥‥」
美鈴に聞こえないようにつぶやき合う。囮組が別荘に入ってから戻ってくるまで、5分にも満たない短い時間が2人には永遠に近い長さに感じられたという。
全員で合流しお互いに何もなかったことを確認しあうと、傭兵たちは全員で別荘に入り探索を行うことにする。手分けして探したほうが効率が良いだろうと、適当に分かれて調査をはじめる傭兵たち。
ネコミミを外したガーネットは、キッチンの床にある小さな扉の前にしゃがみ込んでいた。囮として中に入ったときに発見し、気に留めていたのだ。埃を払って埋め込まれていた取っ手を掴み、力を込めて引き上げるガーネット。がこんという音と共に扉が外れた。食料品の保存スペースなのだろう、中はあまり広くなく、非常食のパッケージらしき破片が散らばっている。
「死体とかあった?」
「いえ、そういったものは‥‥」
「なあんだ、つまんないの」
ガーネットとは反対側から中を覗き見る美鈴。興味を引くものはなかったらしく、すぐに顔をあげどこかに行ってしまう。他には何かないかと目を凝らしていたガーネット、暗くてわかりにくいが、壁の一部が壊れて穴が開いていることを発見する。どうやらその穴は、床下を通して外に繋がっているようだ。おそらく外から来たネズミたちが食料の匂いをかぎつけ、そのままここに住み着いてしまったのだろう。
これは皆に知らせた方が良いだろうとガーネットはその場を後にする。
セシリアとセラと総一郎の3人は、まだ見ていなかった2階部分を見て回っていた。
「どうだ、何か見つかったか?」
「‥‥いえ、何も」
「こっちもなんにもないですネー」
2階に並んだ寝室を順番に探索していた3人。これで3部屋目になるがめぼしい成果は何もなかった。他のメンバーも含めればこれで別荘内の全ての部屋を探索したことになるが、新たにキメラが出てくるようなこともなく。キメラが巣食った原因も判明し、これで依頼は無事にこなしたことになる。
後日、依頼完了の連絡を受け別荘を訪れた依頼人は、何一つ壊されていない昔のままの別荘を見て大いに喜び、傭兵たちへとお礼の言葉を送ってきたのであった。