●リプレイ本文
●トーヤ進撃
門を抜けたウェス――いや、トーヤは街を手当たり次第に破壊しながら先に進む。それは鎖から解き放たれた猛犬のようだった。
「ひゃはははは! 皆殺しだぁ! 皆殺しだぁ!」
トーヤは逃げ惑う住民を見て楽しみながら、破壊を繰り返す。
途中、トーヤが破壊した建物の破片を受けて、青年が転んでしまう。青年が振り返ると、そこには10歳にも満たない少年が殺意を抱いた瞳で笑っていた。
「ひ、ひぃ‥‥た、助けてくれ‥‥」
青年は腰を抜かしたまま、あとずさっていくが、トーヤは徐々に距離を詰める。
「助けて? その言葉、オレが貴様に何度言ったか覚えているか! 貴様は見てないふりして、助けた事など、無かっただろうが!」
少年とは思えない荒々しい怒声をトーヤが発した。そして、その血に汚れた右手を振り上げる。
「こんにちは。あなたのお名前は?」
クラリア・レスタント(
gb4258)が本当に、本当に何気ない、日常会話のように淀みなく訊ねる。
「あ? オレはトーヤだ。覚えておけ、貴様を殺す奴の名前だ」
右手を上げたまま、クラリアの問いに答えた。
「聞きたい事があるの。恐いと思わなかったの? 傷つけたら、傷つけられるかも知れないのに」
「オレはもう十分傷ついた。次はこいつらの番だろ?」
トーヤは顎をしゃくって、腰を抜かす青年を指す。クラリアは結果を聞いて尚も静かに言葉を続けた。
「そう‥‥羨ましい。私には出来なかった事だから――」
クラリアがさっと抜刀する。
「羨ましい‥‥‥ソレいじょうに‥‥妬ましい!」
猛然とトーヤに接近するとハミングバードを何度も振るう。
「ターゲットと接触。戦闘を開始」
音無 音夢(
gc0637)が無線機で別働班へ連絡を入れるとスイッチを切る。
「チッ! いてぇな‥‥」
クラリアから遠ざかろうとするトーヤに音夢が接近していた。
「貴様がウェスか。なるほど、名は体を表すと言うが本当だったか」
「オレはウェスじゃねぇ! トーヤだ!」
音夢は激昂するトーヤの前に立ちはだかり、妖刀「天魔」で攻撃を仕掛ける。だが、その攻撃は回避されてしまった。だが、それはあくまで牽制である。
「廃棄物の次は番号か。お似合いだな」
音夢はさらに挑発を行い、冷静な判断をさせなくする。
「これ以上、好き勝手にさせるわけにはいかないんでね‥‥悪いが邪魔させてもらうぜ?」
ジン・レイカー(
gb5813)も音夢と共にトーヤの行く手を塞いだ。
「トーヤだったか、討たせてもらう」
朧 幸乃(
ga3078)は音夢が作った隙を突くように、ライガークローによる攻撃を繰り出す。避けられないトーヤは攻撃を受けるしかない。
「やりやがったな‥‥貴様らも皆殺しだ!」
素早い動きでトーヤは傭兵達に近接戦闘を挑んでいく。強化されたその拳は、頑丈な防具でも防ぎきる事は出来ない。クラリアは回避、幸乃は防御に成功する。だが、ジンと音夢はその強烈な一撃をその身に受けてしまった。
「どうした、皆殺しにするんだろう? 俺たちはまだ生きてるぞ?」
ジンの言葉に、トーヤの顔が不快に歪む。ジンは隼風による突きを繰り出すが、トーヤに回避されてしまった。ジンはとっさにトーヤの側面に回り込むと、渾身の一撃を叩き込む。
「糞っ! 一対四なんて卑怯なんだよッ!」
四人の攻撃を受けてうろたえるトーヤに、クラリアと音夢が再び斬りかかる。
「たとえ刺し違えてでも貴様は殺る!」
豪破斬撃を発動すると、妖刀「天魔」が淡い赤色に輝く。そして、その一撃がトーヤに命中した。
「貴様ら、さっきからやりたい放題やりやがって‥‥」
かなりダメージを受けたトーヤは歯を食いしばり、悔しそうに傭兵達を睨みつける。そして、トーヤは突如後退すると、思いきりマンホールの蓋を踏み付けた。金属製のそれは呆気なく砕け、トーヤの体は地下を通る下水へと落ちていく。
「オレは生き延びる為なら、逃げも隠れもするぜ! そうして生きてきたんだからなぁ!」
暗く狭い下水の奥からトーヤの声だけが聞こえてきた。
●トーヤの挑戦
その頃、別働班はトーヤによって怪我を負った人々を救助していた。
「酷い怪我だ。すぐ治療してあげよう」
大泰司 慈海(
ga0173)は住民の治療を優先していく。
ファサード(
gb3864)は探査の眼で逃げ送れたり、瓦礫の下になった住民を発見したりしては仲間に連絡を入れていく。
「大丈夫ですか? すぐに救助しますからね」
仲間に連絡を入れると番 朝(
ga7743)がやってきて瓦礫をどけていく。
「すぐ助けるからな。待ってて」
瓦礫を丁寧にどけると、そこには傷ついた住民が倒れていた。ファサードは慈海に連絡を取る。慈海が到着するまで、朝がけがの手当てを施しておいた。
蒼河 拓人(
gb2873)は周囲を見回して、トーヤの接近を警戒していた。負傷者や避難者がおおいこの場所のでは見張りを強化せざるを得ない。
(「君はどんな想いを伝えてくれる?」)
見回りしながら、拓人はそんな事を思っていた。
そんな時、別働班からの無線連絡が入る。トーヤはどうやら地下下水道を利用して、移動しているという事だった。
「ここは私に任せて下さい。彼が何処に出て来るか、調べてみます」
ファサードは地図を見ながら、下水道の通り道を調べて手近なマンホールをこじ開け、聞こえてくる音を頼りに向かう先を割り出す。
「どうやら、こちらに向かっているようです。どうしてでしょうか? 実に興味深い」
傭兵達はファサードが割り出した出現予想地点で陣取ると程なくして、マンホールの蓋がガタガタと鳴る。そして、次の瞬間には、少年が飛び出してきた。
「いやがったな! 向こうでは苦戦したが、こっちの連中なら皆殺しだ!」
トーヤは待ち伏せされた事にも気付かず、殺る気満々であった。
既に覚醒していた朝はトーヤの側面へと回ると、巨大な大剣を振るう。予想しない攻撃にトーヤは避けそこなって直撃を受けた。
建物の影でトーヤを待ち構えていた拓人は跳弾と部位狙いを上手く組み合わせ、トーヤの足を撃ち抜く。
「何! 貴様ら! 待ち構えてやがったな!」
奇襲をかけられてから、待ち伏せに気付いてももう遅い。足を撃ち抜かれたトーヤに逃げる術はなかった。
「今更気付いたのか、本当に頭の悪い‥‥」
拓人はトーヤを挑発し、冷静さを失わせる。それから、拓人と朝は連携して強烈な攻撃を叩き込んだ。
「ほら、もう終わりか?」
拓人の思い通りトーヤは周囲が見えなくなり、近くにいる朝しか目に入らない。
「先ずは貴様だ! 貴様から殺してやる!」
覚醒した朝は無言のまま攻撃を捌こうとするが、トーヤの動きが早すぎて剣で受ける事が出来ない。
「糞っ! なんで死なねぇんだ!」
トーヤは全ての攻撃を朝に叩き込んだが、朝は倒れる事は無かった。
「ご苦労様、朝ちゃん。今回復するからね」
慈海は朝へ練成治療を施して回復させると、トーヤに向けて練成弱体をかける。
「あ? 何かしたか?」
「トーヤくん、俺は君を止めないといけない」
これでトーヤが死にやすくなる事に、慈海は胸を痛める。
「苦しむ事無く倒したいとは思いますが‥‥」
ファサードは長弓「燈火」を引き絞ると、トーヤに向けて矢を射った。命中するものの、ダメージはないのか、トーヤにリアクションはない。
戦いの激しい音を聞きつけて、別働班が到着する。トーヤを包囲する形で、傭兵が集結した。
●トーヤの最期
四人を相手にして押されていたというのに、ここに来て八人を相手する事になったトーヤ。再び逃げようにも、足を撃ち抜かれているのですぐに追いつかれてしまうだろう。
「糞っ! 糞っ! どうして! どうしていつもオレの邪魔をするんだよ!」
自分の思い通りにならない現実に、トーヤは腹を立てる。だが、そんな事をした所で現実は変わらない。
地団駄を踏むトーヤに朝が攻撃を仕掛ける。大剣を斬り返しながら、トーヤに迫っていった。そして、隙を見つけて豪破斬撃を叩き込む。
「畜生! ぶっ殺してやる!」
何度も攻撃を受けて、所々から血を流すトーヤは傭兵達に向かって遠吠えした。
トーヤの滅茶苦茶な攻撃に対して、クラリアは難無く回避する。
「隙あり!」
クラリアは足に仕込まれた刃を回避しざまに展開すると、わき腹を引き裂くように斬りつけた。トーヤは痛むわき腹を押さえると、殺意の籠った瞳を傭兵達に向ける。
「ウェス、全てを吐き出せ。その全てを否定してやる」
拓人はアラスカ454の銃口をトーヤに向けると、無慈悲に引き金を引く。その弾丸は正確にトーヤの体を撃ち抜いていった。
「オレはトーヤだ! ウェスと呼ぶなぁ!」
トーヤは朝へと拳を振るう。だが、治療を受けた朝は、顔色一つ変えず平然と受け切る。
このままでは殺されると察したトーヤの瞳には、ふらふらと歩く少女の姿が映る。どうやら、親を探しているようで、あまりにも不用心であった。
突如走り出したトーヤは、少女へと一直線に向かって行く。そして、少女を盾にするように後ろへ回り込むと、首に両手を添えた。
「ヒャハァ! おい、貴様ら! 動くんじゃねぇぞ!」
トーヤが暴れていたので、傭兵達はその動向に気を取られて、少女の存在に気付かなかった。傭兵達に緊張が走る。
「ほらほら! 動くなよ、動いたらこの首がポキッといくぜ‥‥」
少女を盾にしながら、トーヤはじりじりと傭兵達から距離を取っていく。昔ウェスと呼ばれた少年は生きる為なら何でもした。それは、これからも同じである。
幸乃は情報伝達によって、慈海に思念を送る。
(「人質」)(「回復」)(「お願い」)
それから、幸乃は超機械「クロッカス」をはめた手をグッと握る。少女に危険が及ぶのを承知で超機械を使うつもりなのだ。
その事を知っている慈海は幸乃の覚悟を無駄にしない為、もしもの時に備え緊張した面持ちへと変わる。
ファサード、ジン、音夢は人質となった少女を気遣い、挑発する事も出来ず、じっとしているしかなかった。
覚悟を決めて幸乃が超機械を起動しようとする少し前、彼女より先に動くものがある。それは、拓人のアラスカ454の引き金を引く指だった。
跳弾を利用して少女を迂回し、部位狙いでトーヤの右腕を射抜く。
「!」
トーヤが悲鳴を上げる為に口を開けた瞬間、クラリアが既にトーヤの背後にいた。直後、トーヤの左腕が地面にぼとりと落ちる。迅雷と刹那を利用し、強化された瞳でも捉えられない一撃で切断していた。
予定とは違うが、準備していた慈海は少女を救出するために、駆け出していた。そして、少女を抱きとめる。
「今だよ! トーヤくんに攻撃を!」
慈海の言葉で最初に動いたのは、朝であった。
「やめろ! やめて! 助けて!」
残った右手を振りながら、トーヤは助けを請うが、朝が止まる事は無い。
朝の全身と【OR】樹は赤いオーラに包まれ、トーヤのすぐ隣へと回り込む。そして、渾身の一撃をトーヤに叩き込む。朝の大剣が振り抜かれる時には、トーヤの上半身と下半身は二つに分かれていた。
生きる為に逃げ、人質を取った少年の最期である。
●トーヤ追悼
慈海の腕の中で、泣きじゃくる少女に幸乃が近づく。そして、少女の頭をそっと撫でた。
「怖い思いをさせてしまって‥‥すまない」
幸乃の気持ちが伝わったのか、少女は徐々に落ち着いていった。
強化人間トーヤを退治した傭兵達だったが、その胸中は晴れ渡るものではなかった。
「なんとか‥‥なりましたね‥‥」
音夢そう言いながら、額の汗を拭う。その顔は無表情で何を思っているのか、まるで分からない。
それから、傭兵達は少女を親の元に届けると、怪我人の治療、行方不明者の探索を行う。
建物の破損が多い割に、怪我人はさほど多くなかった。これは、ただの偶然なのだろうか。その為、さほど時間もかからず、作業は終了した。
拓人はトーヤの墓を作る事を提案する。目立った反対者もおらず、墓を作る事になった。傭兵達はトーヤの遺体を持って街の代表に話をしに行く。
しかし、代表者の返答は芳しくない。
トーヤはこの街を破壊し、幾多の罪を犯し、街を追放された人間だ。代表者としては、彼の墓をこの街に作る事は難しいと返答せざるを得なかった。
「待ってくれ!」
その話を聞いていた住民の一人が声を上げる。声を上げたのは、トーヤに襲われかけた青年であった。
「アイツに言われたよ、自分が何度助けてと言っても、誰も聞いてくれなかったって。もしさ、俺達がアイツを助けていたら、この悲劇は起きなかったんじゃないのか?」
青年の言葉に異を唱える者はいなかった。住民も心のどこかで、同じことを思っていたのかもしれない。
話し合いの結果、共同墓地の片隅に小さな墓を作る事になった。
街は壊れ、沢山の怪我人も出た。だが、門番をしていた兵士二名を除き、死者が出なかった事がトーヤの同情を集める結果となった。トーヤが逃げた時、住民を狙う機会があったにも関わらず、傭兵を狙ってきたのはただの偶然だろうか。
傭兵は小さな墓の前で佇んでいる。その墓には『十八』ではなく、トーヤと書かれていた。
「‥‥今更な話だけど、誰か一人でも彼に手を差し伸べた人がいたのなら、また結果も違ってたかもね」
ジンは青年の事を思い出して、そう口にする。トーヤが街を追放されて、強化人間となって、傭兵達に討たれた。その結果は変えようが無い。だが、そう思わざるを得なかった。
「トーヤ君含め、死んだ人に黙祷したいな」
朝の提案によって、傭兵達は墓の前で瞳を瞑る。そして、彼らの冥福を祈った。
数秒間の黙祷をして、瞳を開いていく。
「トーヤくん‥‥いい名前だよね」
慈海は少年の名を口に出して、墓の前で手を合わせた。
「トーヤ、確かに君はこの世界の一つだったよ」
拓人は墓に向かってそう呟く。
「安らかにお眠りください」
ファサードはもう一度、冥福を祈った。
傭兵達は街の墓地を後にする。もう、この街からトーヤのような不幸な人間が生まれない事を願いながら‥‥。