●リプレイ本文
●たぬ子仲間と一緒
辺りは一面、白銀の世界。風が吹き抜ける度に、肌から熱を奪っていく。それでも、空は雲一つない晴天で、陽の光がそれ以上に暖めてくれた。
「熊のような爪痕‥‥と言っても、冬に熊は活動しないだろうし、やはりキメラだろうな」
シクル・ハーツ(
gc1986)は冷静に今回の事件を推察する。
「これ以上被害が広がる前に御掃除してしまいましょう」
リュティア・アマリリス(
gc0778)もシクルと同意見のようであった。
「キメラを倒し安全を取り戻す、安心して観光客が楽しめるように‥‥」
神妙な面持ちで煌 輝龍(
gc6601)は自分に語りかけるようにつぶやく。
傭兵達は件のスキーゲレンデへと赴いていた。これから、キメラと戦おうとするメンバーだが、その緊張は若干足りない。何故なら、約一名大きな雪玉を作って遊んでいるからであった。
鼻歌のようなモノを口ずさみながら、椎岳 たぬ子(gz0407)はマイペースに雪玉を作り続ける。
「たぬ子を見てると‥‥お腹が空いてくるんだよー‥‥たぬき鍋‥‥」
涎を啜りながらたぬ子を見つめる少年は犬坂 刀牙(
gc5243)。彼も今回の依頼に参加した傭兵である。
「たぬぅっ!」
たぬ子は突如、背筋を振るわせて周囲を警戒し始める。どうやら、本能が危険を察知したようだ。
「あ、たぬ子は初めまして‥‥フェンサーの、安原小鳥(
gc4826)です‥‥。よろしくお願いしますね‥‥♪」
こちらに注意が向いたたぬ子に、小鳥が微笑みながら挨拶をする。
「フェンサーの音無音夢(
gc0637)です‥‥よろしくお願いします‥‥」
無表情な音夢も、物静かに挨拶した。
「うちは、椎岳たぬ子たぬぅ! こちらこそ、よろしくたぬぅ〜! コトリン! ネムにゃん!」
上機嫌なたぬ子に対して、妙な愛称を付けられた小鳥は若干苦笑いを浮かべる。それに対して、音夢は無表情なままであった。
「新人か‥‥、駆け出しの頃を思い出しますね‥‥まぁ、これも何かの縁です。デビュー戦、一緒に頑張りましょう」
舞い上がっているたぬ子を眺めつつ、秦本 新(
gc3832)は丁寧に語りかける。
こんな感じで緊張感に欠けたまま、キメラの捜索が始まった。
●たぬ子初めての戦闘
「それにしても、スキー場と言うだけあって、かなり広いな‥‥。手分けした方がいいかもな」
シクルは周囲を見回しながら呟いた。
広いゲレンデと森林を全員固まって捜索するのは、時間がかかり過ぎる。そう考えた傭兵達はチームを二つに分ける事を決めた。
チーム分けは各々の戦闘スタイル、技量からバランスよく分かれる。だが、新人のたぬ子だけはそのスタイル、技量が不明であった。
「――‥‥た、たぬ子殿、私達と一緒にこないか‥‥?」
先程から緊張感のない行動を取るたぬ子に、シクルはかなりの不安を覚えた。そこで、自分で守ろうと、所属するA班に誘う。
「いいのたぬぅ? よろしくたぬぅ!」
「たぬ子もA班でボクと一緒なんだよーっ!」
何処となく似た者同士の刀牙と笑いあう。
「ホットミルクを用意いたしました。どうぞ、お持ち下さい」
リュティアは事前に用意した大き目の魔法瓶をA班に渡す。
「それでは、行くとしましょうか」
新は丁寧な口調で探索を勧める。
陽の光に当たっていれば、さほど寒くないのだが、木の枝で遮られると若干の寒さを感じてしまう。B班の四人は、そんな中でキメラを探していた。
「雪山‥‥寒い‥‥。‥‥早く終わらせて‥‥ぬくぬくしましょうね‥‥」
小鳥は両手に息を吐きかけながら呟いた。
「宜しければお使い下さい」
その様子を見ていたリュティアは、自分が使っていた防寒マフラーを小鳥の首にかける。
「わぁ‥‥ありがとうございます‥‥♪」
防寒マフラーが気に入ったのか、小鳥は笑顔でお礼を言った。
音夢と輝龍は双眼鏡でキメラを探す。
「あれは‥‥兎ですね‥‥」
動く影に反応して音夢はそちらを見るも、それは野生の兎であった。
「何? 兎じゃと?」
音夢の声に反応した輝龍は、双眼鏡をそちらに向ける。
その頃、A班も双眼鏡を使いながら索敵を行っていた。だが、双眼鏡を持たないたぬ子はキョロキョロとしながら、せわしなく動いている。
「あ、あまり遠くに行くなよ? これでも飲んだらどうだ?」
シクルはリュティアから渡された魔法瓶をたぬ子に渡す。すると、たぬ子は目を輝かせながら、魔法瓶の中身を飲み始めた。まるで、子守をしているようで、ついため息を吐いてしまう。
「んー! 温かくて、美味しいたぬぅ!」
蜂蜜の入ったホットミルクに、たぬ子はご満悦であった。だが、ミルクをこぼしてしまい、白くドロドロになってしまう。シクルは諦めた様子で、たぬ子を拭いてやった。
一杯飲んで満足したたぬ子は、双眼鏡を覗きこむ刀牙をじっと見つめる。
「わふ? たぬ子も双眼鏡覗いてみる?」
たぬ子の視線に気付いた刀牙は、双眼鏡をたぬ子に貸した。たぬ子は初めて触れる双眼鏡にビックリしつつも、楽しそうに周囲を見回す。
「これは‥‥熊、ですかね?」
地面を注意深く観察していた新が、一際大きな足跡を発見した。形はまだはっきりと残っており、比較的新しいモノだと思われる。
その足跡は、B班が捜索している方へと続いていた。新は無線機を取り出して、B班にその事を連絡する。
「この足跡を追えば、キメラに出会えるかもしれませんね」
新は森の奥へと続く足跡を見据えて、そう呟いた。
A班からの無線を受けたB班は、その情報を元により警戒しつつ森の奥へ進む。
「あれ‥‥何か動きましたか‥‥?」
探査の眼を使用した小鳥がいち早く、何かに気付く。
「あれが目標ですね、どうやらお供も居るようです」
小鳥の指す方向を、軍用双眼鏡で調べたリュティアが目標を発見する。双眼鏡から見える視界に、熊のような白い大型の獣と、無数の飛び回る蜂のようなものが見えた。
「目標はあれか‥‥?」
獲物を確認した輝龍は、早速小銃を構えた。
小鳥が無線機でB班に連絡を入れた後、真っ先にリュティアが動く。迅雷を使用しその距離を一気に詰めた。そして、手に持った双短剣を熊へと煌めかせる。
「黒猫は不幸を運ぶ。貴様にはとびきりの不幸をやろう」
覚醒して瞳を深紅に輝かせた音夢は、妖刀「天魔」を熊に対して振り抜いた。だが、巨大な体躯の熊は、怯むもののまだまだ元気なようである。
「行きます!」
小鳥の覚醒と同時に、白と黒の羽が舞う。そして、熊の周囲を取り巻く蜂を小銃で撃ち落していった。
「援護する、皆は確実にしとめてくれ」
輝龍はプローンポジションを取ると、血のような紅の瞳で狙いを付ける。その狙いは正確無比、蜂を確実に撃ち落していった。
熊は何人もの命を奪ってきた爪を豪快に振るう。しかし、能力者にとって、その動きは遅すぎた。音夢は足元に気を払いながら、最小限で回避する。
キメラと交戦中のB班に、A班が追い付く。足跡を追ってきたのは、どうやら正解だったようだ。
「待たせた!」
瞳に冷たく青白い光を宿したシクルは、蜂へ向けて矢を放つ。ターゲットが小さいにも関わらず、難無く蜂を射抜いた。
「たぬ子は、ここで待ってるんだよー」
刀牙はたぬ子の前に立ち、独断先行を阻止しようとする。
「た、たぬぅ〜‥‥」
だが、ここまで走ってきたたぬ子は、息を切らしてまともに動ける状態ではなかった。
「正面から攻撃するのは危険だ! 私が隙を作るから、後ろから攻撃するんだ!」
咄嗟に弓へと弾頭矢を番えると、熊の顔面に狙いを付けると弓を引く手を放す。狙い通り顔面で爆発した弾頭矢は爆煙で、熊の視界を塞いだ。
「まずは、足を潰させてもらいましょうか」
竜の翼を発動させた新の纏うAU−KVの脚部にスパークが走る。そして、一気に駆け抜け、紫電を帯びた手に握られた和槍「鬼火」を怯んだ熊の足に突き刺した。
「今!」
新が攻撃したのとは、別の足に音夢は妖刀で切り裂く。
その頃、蜂を駆除していた小鳥に、蜂が近づいていた。
「好きにはさせません!」
イオフィエルで傍まで来た蜂を切り裂く。
「ちょこまかと‥‥我が動きを止める、しとめるのは任せたぞ」
輝龍は小鳥へと援護射撃を行うと、蜂の動きをある程度制限できたが、数が多過ぎた。小鳥は蜂に刺されてしまうが、前もって使用したレジストのお蔭で、毒を受ける事は無い。
「まだ、数が多いようですね」
新は超機械「扇嵐」を起動させて、小鳥の周囲にいる蜂を竜巻で散らした。
「そのような攻撃ではっ!」
熊の大振りな爪は、リュティアに触れる事は無い。リュティアは、カウンター気味に円閃と二連撃を組み合わせた攻撃を撃ちこむ。それは、まるで踊っているようであった。
「うちも行くたぬぅ〜!」
何とか呼吸を整えたたぬ子は、熊へぽてぽてと走っていく。装備した爪を振るうが、熊の厚い毛皮を貫けない。
動きの止まったたぬ子に、熊の一振りが襲い掛かる。
「わうっ‥‥い、痛くなんかないんだよーっ! ボクだって男の子なんだよーっ」
咄嗟に割り込んだ刀牙が熊の爪を受け止めた。
「ト、トーガ‥‥、ありがとたぬぅ」
たぬ子は驚いて腰を抜かしていた。
「もらった!」
目にも止まらぬ速さで、風鳥へと持ち替えると熊の背後へと迅雷で接近。そして、素早い二連撃を叩き込んだ。
これには熊も耐え切れず、その巨体が傾いていく。音夢は一度、熊から距離を取ると迅雷で急接近した。
「秘剣、燕返し!」
勢いの乗った二連撃。初撃は浅く、次撃は深く熊を切り裂いた。その威力は凄まじく、熊の返り血が音夢を汚す。
後始末して、残った蜂を駆除する。みんなで蜂が残っていないか、周囲を警戒していた。
「‥‥刀牙様、大丈夫ですか?」
「トーガ‥‥ごめんたぬぅ‥‥」
「わふ! ボクは大丈夫なんだよー」
小鳥は自分の怪我そっちのけで、刀牙の怪我を治療する。たぬ子は刀牙に怪我を負わせた事を、気にしているようだった。
●みんなで大いに遊ぶ
キメラを退治し終わり、自由時間を得た傭兵達はそれぞれに行動を始めた。
「ソリで遊ぶたぬぅ〜!」
「わふ! ボクも一緒に滑るんだよー!」
刀牙とたぬ子はソリを引きずりながら、坂を上っていく。キメラの影響もあり、来場客が少ない為思う存分滑る事ができた。
だが、ソリは意外とスピードが出るのに関わらず、曲がりにくく、止まり難いという困った代物である。数が少ないとはいえ、レジャーを楽しむ来場客が少なからずいる訳で‥‥。
「わふーーーー! 危ないんだよー!」
猛スピードで滑るソリの前方には来場客が止まっており、刀牙は思いきり重心を傾けて強引にコースを変更するが、その先にはたぬ子がおり‥‥。
「わふぅっ!?」
「たぬぅっ!?」
二人は雪まみれになって、ゴロゴロと転がりながら坂を下って行く。そして、木にぶつかって、止まると二人して笑いあった。
ゲレンデ最高峰の難易度を誇るコースで、新は来場客の視線を釘付けにする。
「これは、スピード感があっていいですね」
こぶだらけのコースをスノーボードで、見事に滑り降りていくその姿は、プロにも匹敵しそうな勢いであった。ちょっと無茶な事をしようと、こぶを利用して高くジャンプする。着地も見事成功しコースを終えると、来場客から拍手を受ける事になった。
新は少しはにかみながらも、まんざらでもない様子である。
先に宿へと到着した女性陣は、用意された部屋へ赴くと早速浴衣に着替える。
暫く雑談を交わしていると、たぬ子が帰ってきた。どうやら、随分と話し込んでいたようである。
音夢、リュティア、シクル、輝龍、たぬ子は温泉へ。小鳥はひとまず眠る事にした。
「はぁ‥‥ぬくぬくです‥‥♪」
布団に包まる小鳥は、程なくして心地よい眠りに誘われる。
温泉に向かう途中、浴衣に着替えた新と刀牙に出会う。どうやら、卓球台を見ていたようだ。
「どうです‥‥温泉の前に、一戦、お相手願えませんか?」
「やるたぬぅ! よろしくたぬぅ! あらちー!」
早速食いつくたぬ子だが、卓球など初めてでまともに打ち返す事ができない。
「駄目たぬぅ〜。リュティっちにパスたぬぅ!」
「え? 私ですか?」
リュティアは慌てながら、たぬ子からラケットを受け取る。
「お、お手柔らかに‥‥」
「では、行きますよ」
二人の腕前はかなりのもので、長い間ラリーが続く。少しでも甘い球があれば、容赦なくスマッシュが決まった。そして、何よりリュティアが動く度に胸に実るたわわな果実が、大きく揺れる。その様子をたぬ子は食い入るように見ていた。
先に新が疲れて選手交代を申し出る。
「我は結構じゃ」
「‥‥同じく」
「折角だし、一勝負しようか」
シクルがラケットを受け取ると、リュティアと対決を繰り広げる。お互い、一歩も譲らず、激しい応酬が続いた。その度に浴衣が乱れて行ったが、二人が気付くのは全てが終わった後である。
卓球を終えて温泉に到着する。
女性陣はワクワクしながら、浴衣を脱いで浴場へと向かった。露天風呂は岩作り、周りは雪景色と、なかなか風情がある。
「ふぅ‥‥」
「‥ふぅ‥気持ちいいです‥‥」
「ふう‥‥気持ちいいですね」
湯船に浸かって、各々ゆっくりするが、一人だけはしゃいでいた。たぬ子は湯船の中で泳いでいたが、流石に仲間から注意されてしまう。
「ふぅ‥‥風呂で飲む酒はうまいの‥‥」
輝龍は前もって注文した冷酒を煽っている。
「フェイちゃん! うちも欲しいたぬぅ」
「たぬ子様にはこちらを」
リュティアが差し出したのは、オレンジジュースでたぬ子は満足げに口を付けた。
たぬ子が静かになり、温泉に静寂が訪れる筈だった。だが、温泉と言えば、不届き者がいるものである。
「‥‥ん? ほぅ、いい度胸だ‥‥」
シクルは湯船の傍にあった桶を手に取ると、気配に向けて投げ付ける。
痛! という声と共に、その人物が姿を現した。
「ち、違うだ。オラ達は、ゲレンデを救ってくれた方々にお会いしたかっただけですだ」
「そ、そうだべ!」
詭弁とはまさにこの事。姿を現したのはゲレンデ関係者であった。
「わざわざ女湯へ会いに来るとはの‥‥」
輝龍は冷たく突っ込むと、酒を煽る。
「さて、あの世へ行く準備は出来たか?」
覚醒した笑顔の音夢が、体にタオルを巻いた状態で関係者に近づいていく。だが、その目は決して笑ってはいない。
「わふ? 何だか隣が騒がしいんだよー」
「賑やかでいいではないですか」
男湯では新が静かに酒を飲み、刀牙はゆったりと湯に浸かっていた。
こうして、夜が更けて皆が寝静まる頃、小鳥がこっそりと部屋を抜け出す。
そして、向かった先は温泉であった。
「はぁ‥‥いいお湯です‥‥」
小鳥は一人、静かにお湯へと浸かる。そして、雪景色を眺めていると、チラチラと雪が降ってきた。
小鳥はその様子を眺めながら、雪見風呂を堪能した。